人の心は、なんて儚く脆いものなのか。

それはほんの少し、力を加えるだけで。

いとも簡単に崩れてしまうんだ。

 

砂の

 

動乱の真っ只中で、人々の希望を一身に受けて戦う解放軍。

当初は無謀だと思われた戦いも、軍師・マッシュや様々な協力者の力を得て、その勢力をどんどんと伸ばしていった。

先日新たに、赤月帝国内でも独立した地位を持つ竜洞騎士団を仲間に加え、残すのは北を統括するモラビア城を拠点に置くカシム・ハジルと、帝国の水軍を統べるシャサラザードを拠点に置くソニア・シューレンのみだ。

そんな戦いの中で、それでもゆっくりとした時間がないわけじゃなくて。

暇・・・な訳でもないけど、今は比較的のんびりとした時間を送っている。

そんな中で。

私は自分の部屋の窓枠に座って、何をするでもなく太陽の光を反射してキラキラと光るトラン湖を眺めていた。

いろいろとしなきゃいけないこともあるんだけど。

たとえば・・・マッシュのところに行って軍略の勉強だってしなくちゃいけないし、それから本拠地で暮らす人たちとの交流も、出来る限り持たないと・・・というのはマッシュの言だ。

いついかなる時に敵と戦う事になるか分からないのだから、団結だけは深めておかないとと言うことらしい―――まぁ、それは私も楽しんでやってるからいいんだけど。

稽古だってサボれない―――その中でも特に剣の稽古だけはしっかりしないと。

グレミオの一件で、私は今まで使っていた棍から剣へと武器をチェンジした。

将軍の娘という事もあって、子供の頃からあらかたの武器は使えるように仕込まれてはいたが(その中でも剣が棍の次に得意だったから剣にしたんだけど)、それでも多少のブランクは否めない―――現に今だって、ちょっとばかり剣の扱いに戸惑う事もある。

戦いの中でその『ちょっとした戸惑い』が死に繋がることもある。

なら棍を使えばいい話なんだけど・・・。

私はチラリとテーブルの上に安置されてある、無残に折れてしまった棍に視線をやった。

ソニエール監獄で、私たちを助けるために自らの身を犠牲にして人食い胞子を食い止めたグレミオ―――彼自身が閉ざしたその厚い壁を、私は壊そうと躍起になった。

だけど残ったのはグレミオのマントと、壁を壊す前に折れてしまった棍―――そしてそれが折れた弾みで付いてしまった、私のこめかみの傷跡。

それ以来、棍は使っていない。

替えの棍はあったけれど・・・棍を持つと、自分がどうしようもなく無力に思えて。

だけど、今は残念ながらそんな気分にはなれない。

グレミオがいなくなって。

父さんも・・・・・・いなくなって。

そんな私の心の支えは、親友のテッドの生存を祈るだけだったのに。

グレッグミンスターから逃げ出す時に別れた親友―――絶望的な状況だったけど、だけど彼の言った『大丈夫』という言葉を・・・儚い希望と知りつつも、私は諦める事が出来なかった。

せめてテッドだけは死なせたくないと思ってたのに。

月下草を取りにいったあの山で、ずっと会いたいと思ってた親友と再会できて。

なのにそれが最後になるなんて・・・思いもしなかった。

ウィンディに操られてたテッド―――心のどこかで、それでもいいと思ってた。

例えそれを、テッドが望まなくても。

生きていてさえくれれば、それでよかったのに。

ううん・・・・・・人に操られて自由にならない生なら、悲しいけどこんな結末でよかったのかもしれない。

私がテッドの立場になれば、きっと同じ選択をしただろうから。

それでも、悲しい事には違いなくて。

心にぽっかり穴が開いた感じ。

虚無感・・・っていうのかな、これって。

何もやる気がしない―――何を目標に歩いていけばいいのか、分からなくなった。

解放軍のリーダーになった時は、ただ人が穏やかに暮らせるようにって・・・それだけを願ってたはずなのに。

今はそれが見えない。

いつも、どれだけ小さくても輝いてた希望の光が・・・見えない。

ぼんやりとしていた私の耳に、軽い羽音が届いた。

我に返ると、窓枠に座って立てていた膝の上に、淡い黄色の小さな鳥が止まってて。

「・・・ふふ」

クリクリと動く目が可愛い。

小さく首を傾げるような仕草に、なんだか励まされているような気がして。

「うん、そうだよね」

こんな所でぼんやりしててもしょうがない。

自分に言い聞かせるように呟くと、鳥は同意するように小さく鳴いて、再び広がる大空へ飛び立っていった。

それを見送って・・・姿が見えなくなった頃、私はゆっくりとした動作で立ち上がる。

そう、こんな所でボーっとしててもしょうがない。

私は、前に進むしかないんだから。

「・・・よし!」

こっそりと気合を入れて固まった体を伸ばすと、とりあえず何からしようかと思案しながら部屋を出た。

 

 

「あっ!姉だぁ!!」

部屋を出て階下に下りた私を一番に発見したのは、本拠地に住む一般の子供たちだった。

戦火で住む場所を無くし、一時的にではあるけれどここに身を寄せる子供たち。

いろんな辛い思いをしているはずなのに、それでも子供たちの顔にはいつも笑顔が宿っている―――それが救いでもあり、また見習いたいと思うところでもある。

姉!何してるの〜?」

「え〜っと・・・」

「もしかしてサボってるの?」

「・・・うっ!」

痛いところを突いてくる―――やっぱり子供は素直だ。

「ううん、サボってるんじゃなくてね?え〜っと・・・そうそう!見回りをしてるの!」

言い聞かせるように言うと、子供たちは納得したのか曖昧な返事を返してくる。

誤魔化せたかな?・・・なんて思っていると、しかし子供の1人が悪気のない澄んだ眼で。

「でも・・・マッシュ先生が姉の事、捜してたよ?」

・・・・・・やっぱり探してたか、マッシュ。

そうだよね・・・昼過ぎに部屋に行くって約束してたんだもんね。

余談だけど、子供たちはマッシュの事を先生と呼ぶ。

彼が解放軍に参加する前まで塾を開いて子供たちに勉強を教えていたように、ここでも時折子供たちに勉強を教えているみたい―――かなり忙しい身の上なのに、どうやって時間を作ってるんだろうかと思うんだけど・・・いや、見習わなきゃいけないんだろうね。

「うん。じゃあ・・・マッシュのところにでも行こうかな〜?」

内心そんな気はないんだけど。

誤魔化すような笑みを浮かべた私に、子供たちは『絶対だよ?マッシュ先生を困らせちゃいけないんだからね?』と念を押して、それぞれが遊びに戻っていった。

うん、困らせる気はないんだけどね?―――でもやっぱり困らせてるのかな?

ともかくも、会ったら絶対お説教だと覚悟を決めて、私は再び見回りと称した散歩を再開した。

ここ、トランの湖城にはいろんな人がいる。

なんていうか・・・脈絡のない取り合わせとしか言いようがない。

かなり個性的な人たちが集っていて、だからこそ騒動も絶えない―――まぁ、退屈を感じる事もないけども。

「あ、殿!新作の料理が出来たんですけど、味見して行きませんか?」

「なに?そんなウロウロして・・・暇そうだよね?そんな暇あるんならこの辺もうちょっと人の整理してよ。うるさいったらありゃしない」

「おや、殿。一勝負して行きませんか?今度は負けませんよ?」

あちこちから声を掛けられて、それをやんわりと断りながら歩き回る。

戦争中とは思えないほど明るくて、楽し気で、穏やかで。

そんな光景を見てると、やっぱり私も楽しくなってくる。

少しだけ浮上した気分に、剣の稽古でもやろうかと思ったそんな時。

「あのっ!様!!」

突然背後から掛けられた勢いの良い声に、驚いて慌てて振り返った。

そこには・・・一般市民だと思われる一人の女の子。

多分ここで兵士の世話なんかをしてくれてるんだろう―――足元には洗濯物の入った桶が1つ置かれてある。

「はい。えっと・・・何かな?」

私の記憶が正しければ、彼女と会うのは初めてだ。

まぁ、ここにはたくさんの人がいるから、会った事のない人もたくさんいるんだけど。

私の声に、女の子は俯いていた顔をこれまた勢い良く上げて。

心なしか顔が赤い気がする・・・・・・って、なんで?

不思議に思っていると、女の子は胸元で拳を握り締めながら。

「あの・・・が、頑張ってください!!」

フロア中に響き渡るほどの大声で、そう叫んだ。

女の子の声に辺りが一瞬静まり返って・・・・・・その後、クスクスという小さな笑い声が聞こえてくる。

それに気付いた女の子は恥ずかしそうに顔を赤らめて、「ごめんなさい!」とまた大きな声で謝罪すると、足元の桶を抱えて一目散に去っていった。

なんて可愛らしい―――まるで告白を受けたような気分になる自分に苦笑しつつも、やっぱり女の子はあれくらいの方が可愛いのかなと思う。

それからふと自分を見て。

別におしゃれしたいとか、そんな事全然思ったこともないんだけど・・・というより、寧ろ苦手な部類なんだけど。

何となく・・・少しだけ寂しい気持ちになる。

あの女の子を見て『一般の女の子』と思ってしまった自分が、なんだか普通と掛け離れてしまっているみたいで。

それに・・・・・・。

「・・・頑張って、か」

先ほどの女の子が言った言葉を繰り返してみる。

『頑張って』と・・・人は私にそういうけれど、私は一体『何を』頑張ればいいんだろうか?

分からない。

どう頑張ったら、みんなの望む結果になるのか?

どう頑張れば・・・この戦いは終わるのか?

このまま戦って、戦って、戦って。

それで本当に、平和な時はやってくるんだろうか?

私は何を頑張ればいい?

様!!」

ぼんやりと突っ立っていた私に、少し慌てた印象の声が投げかけられた。

慌てて辺りを見回してみると、人を掻き分けてこちらに向かってくるクレオとパーン。

「・・・どうかしたの?」

「どうかした・・・じゃありませんよ!俺と稽古をするって約束してたでしょ!?」

「それに・・・マッシュ殿が怒っていましたよ?あの人が怒ると周りに支障をきたすんですから・・・」

2人同時に言葉を投げかけられて、思わず苦笑する。

そうだ、パーンと稽古するって約束してたっけ?

それに・・・マッシュの怒りもそろそろ頂点に達しそうだし。

マッシュって怒った時も怒鳴ったりしなくて・・・むしろ静かに怒るタイプだからな。

結構、彼から放たれるオーラというか雰囲気というか・・・辛いんだよね。

「ごめんって。分かったから・・・」

心底困ったという表情を浮かべるクレオを見て、パーンには悪いけど・・・先にマッシュの方へ行くことに決めた―――そうじゃないと、被害者出そうだし。

2人を宥めるように歩き始めた私に、クレオは少しだけ心配そうな面持ちで言った。

「あの・・・何かあったんですか?」

「へ?何かって・・・?」

「いえ、何もないならいいんですけど・・・。さっきの様・・・」

深刻そうな顔してましたから・・・と続けられたクレオの言葉に、私は聞こえないフリをした。

心配なんて、掛けたくない。

グレミオを失って、そして2人が尊敬する父さんを失って。

普段は明るくしてるけど、こっそりと悲しんでるの知ってるから。

せめて私自身が重荷になるようなこと、したくない。

それが後に倍以上の苦労を掛ける事になるんだけど・・・その時の私はそんな事思いもしなくて。

「さ、マッシュの説教でも聞きに行きますか!」

暗い気持ちを吹き飛ばすように、明るく声を上げた。

 

 

夜。

それは例外なく、誰の元にも平等に訪れる。

マッシュの説教で疲れた身体を引きずって、私は昼間と同じように窓枠の上に座ってトラン湖を眺めていた。

昼間とは打って変わって、底の見えない黒い墨のような水面。

まるですべてを飲み込んでしまいそうな、漆黒の闇。

厚い雲に覆われて、自然の中では唯一の光源である月さえも隠れて、いつもよりもより闇が勢力を広げているように見える。

こんな夜は、決まって眠れない。

無理に眠ろうとすれば、大切な人を失ったあの悲しい瞬間を夢に見てしまうから。

だから私は、こうやって夜が明けるのを・・・・・・ただひたすら待つ。

少し前なら、夜明けを待つ時1人じゃなかったんだけど。

そう・・・少し前までは、ビクトールが傍にいてくれた。

誰もいない屋上で、何故か1人で酒を飲んでいるビクトール。

そんな彼の傍に行って、何を話すわけでもなくトラン湖を眺める―――それは誰といるよりも穏やかな時間だった。

クレオやパーンのところには行けない―――グレミオや父さんのことを、きっと鮮明に思い出させてしまうから。

フリックやマッシュのところへも行けない―――オデッサの事に対して、負い目があるから。

レパントやハンフリーやサンチェスも同じ。

リーダーという立場にある私が、弱みを見せるわけにはいかない。

だけどビクトールは違った。

グレミオのことで、オデッサのことで悲しんでいるけれど、どちらとも深いつながりがあるわけじゃなくて―――そりゃ大切な仲間というつながりはあるけど、それでも他の人と比べてそれは幾分か少ない。

それにビクトールは、私が解放軍のリーダーになる前から私を知っていて。

つまり私の情けないところも、弱いところも、全部見てきた人だから。

一番気兼ねなく、心を許せる人。

だけど彼は今、ここにはいない。

ネクロード戦後、彼は復讐を果たしたという報告をするために故郷に戻った。

必ず戻ってくると約束してくれたのだから、絶対戻ってきてくれるだろうけど。

でもそれがいつになるかは、見当もつかない。

会いたい、と思った。

彼に会えば、私の中のもやもやとしたものが消えてくれると思った―――それが甘えなのだと分かっていたけれど。

「今ごろ・・・どこにいるんだろ?」

ポツリと呟くと、思ったよりも部屋の中に声が響いて。

酷く心細くなる。

寂しい、悲しい、心が・・・痛い。

私は耐え切れなくなって、勢い良く立ち上がると部屋を出た。

無性に寂しくなった。

誰でもいいから、傍にいて欲しかった。

辛い思いをさせるだろうとか、弱みを見せられないとか、そんな事考える余裕はなかった。

静まり返った廊下を歩き、マッシュたち・・・主に幹部と呼ばれる人たちがいるフロアへ足を踏み入れる―――と、ある部屋から明かりが漏れているのに気付いて、ゆっくりとその部屋に近づいた。

そこはフリックの部屋だった。

自分で言うのもなんだけど、こんな夜更けにまだ起きているんだろうか?

その明かりがどうしようもなく温かいものに感じられて、惹かれるように部屋の前に立つ。

・・・・・・と、部屋の中からかすかに声が聞こえ、首を傾げた。

無用心な事に少しだけ開いているドアの隙間から、中を窺ってみる。

フリックは部屋の中央にある椅子に座り、自分の剣を両手に乗せるように持って俯いていた。

「・・・フリッ」

「オデッサ・・・」

声を掛けようとして・・・だけどフリックが呟いた言葉にかき消された。

すぐ後に、何かを耐えるように押し殺すフリックの声。

彼が泣いているのだと、分かった。

それが分かった瞬間、自分の中の何かが音を立てて崩れた音がした。

何かから逃げるように走り出す―――その際に立ててしまった物音に気付いたフリックの声が聞こえたけど、それに反応している余裕もなかった。

わき目も振らずに階段を駆け下りる。

走馬灯のように頭の中を流れていく映像。

それはグレミオの、オデッサの、テッドの・・・・・・そして父さんの最後。

頭の中に声が響く。

 

『お前が殺した』

 

「やめて!」

 

『お前が殺した!』

 

「やめてぇ!!」

 

『お前が無力だから!』

 

「・・・やだ!」

 

『お前が弱いから!』

 

「・・・・・・っ!」

 

それはいつも私が思っていた言葉。

 

『私なんて・・・いなきゃよかったのに・・・』

 

「いやあああぁぁぁぁぁ!!」

頭の中から私を攻める、私自身の言葉に。

聞きたくなくて。

でもそれは止む事もなく。

抱え込むように耳を塞いで、その場に座り込んだ。

 

 

その後のことは、覚えてない。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

幻想水滸伝1連載。全5話予定。

つーか、暗っ!!こんなんでいいのか?(←聞くな)

一応流れは、竜洞騎士団〜モラビア城攻略まで。

本編に沿ってはいますが、かなりオリジナル展開あり。

文章が説明チックな所も多々ありつつ・・・(笑)

作成日 2004.3.23

更新日 2007.9.13

 

 

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