どんなに小さな傷でも、確かにそれは在って。

放っておけばそれは勢いを増し、いずれ身体の奥へと侵食していく。

気付いた時にはもう、すべてが支配されている。

 

精神

〜ココロ、コワレル〜

 

マッシュの部屋は、静寂に包まれていた。

整然と小難しそうな本が並んだ様は、どこか図書館を思わせるほど。

主の性格を現してるのか、部屋は妙に小綺麗で・・・。

そんなどうでもいい事を敢えて考えてるのは、多分この状況から現実逃避がしたいからだろうと思った。

俺とクレオとパーン、それにマッシュにレパントにハンフリー―――いい大人が6人も揃って、それぞれが沈んだ表情を浮かべている。

その俺を含めて誰もが、何も言わずただ何かを考える素振りで自分の足元を見ていた。

そう、考える素振りだ。

ここにいる全員が、いまだにこの現実を受け入れる事が出来ていないだろう―――俺がそうなんだから、きっと。

「・・・これからどうしますか、マッシュ殿?」

そんな静けさを破ったのは、レパントだった。

神妙な面持ちでそう尋ねるレパントに、マッシュは黙ったまま宙を眺める。

これからどうするか?―――そんなのはマッシュだって教えて欲しいと思ってるだろう。

それでもそう言えないのは、マッシュが軍師という立場にあるからか。

ともかくも、とりあえず現状を把握する事が第一だと考えた俺は、1人今日の事を思い出していた。

そう・・・俺たちが異変に気付いたのは、夕方を過ぎた頃だった。

 

 

前兆は昼頃、まだ一度もの姿を見ていないと気付いた時。

そういえば・・・とふと思った―――いつもなら本拠地中ウロウロと歩き回っていて、子供と楽しそうに遊んでいたり、賭けで挑んでくるタイ・ホーを返り討ちにしたり、はたまた井戸端会議のようなものに参加していたりするのに。

それどころか朝飯を食う時も、昼飯を食う今も、今日はまだ一度も姿を見ていない。

少しだけ不思議に思って、同じ席で食事を取っていたクレオとパーンにそれとなく聞いてみた。

するとクレオもパーンも、まだの姿を見ていないと言う。

「きっと朝寝坊してるんですよ。様は結構寝ぼすけな所があるから・・・」

そう言って笑ったのはパーンだ。

「たまには寝坊くらいさせてあげよう。最近はなんだか忙しくて少し疲れてるみたいだったし・・・。たまにはゆっくりと休むのもいいじゃないか」

やんわりと微笑みながら言ったのは、クレオだ―――グレミオがいなくなってからは、もっぱらクレオがその代役になりつつある。

「ね、マッシュ殿?」

意味ありげにクレオが笑えば、俺の背後からコホンと咳払いが1つ聞こえてきた。

目線だけでその気配を探ると、いつの間に傍に来ていたのか―――マッシュが食事の乗ったトレーを片手に少しばかり苦い表情を浮かべている。

「・・・そうですね。たまには・・・」

意外にもマッシュの答えは賛成の言葉だった。

てっきり、のんびりしている暇なんてない・・・とか返してくるかと思ったんだが・・・。

俺はそんなに驚いた表情をしていたんだろうか?―――『昨日、様に2時間近く説教したのをやりすぎたと思ってるんだよ、きっと』とクレオが小さく笑いながら言う。

なるほど・・・と1人で納得していると、それが伝わったのかマッシュに睨まれた。

いろんなことを言ったが、結局のところ。

みんな、には甘いんだ。

あいつは頑張りすぎるくらい頑張ってるから。

たまに倒れるんじゃないかと心配になるくらい、がむしゃらに前だけを見て走り続けてるから。

それがリーダーとして、下で働く兵士たちに希望を与えているわけなんだが。

だから、たまに『そんなに頑張らなくてもいい』と言いそうになる。

自分の上に立つ人間に掛ける言葉としてはあまり誉められたものじゃない気がするし、決して口には出さないけれど。

その時点で、俺たちの間では『今日は一日、をゆっくり休ませてやろう』という話が成り立ち、おそらくはこの中で一番の決定権を持つマッシュも反対しなかったという事もあって、誰もを起こしに行こうと言う者はいなかった。

それから昼食を終えて、それぞれがそれぞれの予定をこなすために別れて。

俺は剣の手入れや稽古、それからサンチェスと少しばかり雑談を交わして。

夕方になった頃、やっぱりの姿が見えないことにようやく不審を抱いた。

いくらなんでも夕方まで一度も起きずに寝続けるなんてこと、ありえないだろう。

は基本的に真面目な性格だから、起きた時点で寝坊だと分かれば慌てて起きてくるはずだ。

なのに、夕方になった今でもそれがないなんて・・・。

一度気になれば頭から離れないもので、俺はクレオの姿を探して主に幹部の連中に割り当てられた部屋のあるフロアへ足を向けた。

案の定クレオはそこにいた―――パーンとなにやら雑談を交わして、のんびりと過ごしているようだ。

「・・・クレオ!」

俺はクレオに気になったことをすべて話した。

するとクレオも段々と心配になってきたらしく、

「ちょっと部屋を見てくるよ・・・」

少し慌てた様子での部屋の方へと走っていった。

「まさか・・・刺客が来たとか・・・」

不安気に呟くパーンに、それはないだろうと告げる。

刺客といえば、まだ新生解放軍が出来た当初、が襲われたと話で聞いた。

だけどその後は警備も強化されたし、それにここにはとんでもない人数が生活してるんだ。

そう簡単に、刺客が忍び込めるはずなんてない。

それ以上に、昔と比べては格段に強くなっている。

今のが一介の刺客ごときにヤられるとは、到底思えなかった。

「そうだな・・・、そんな事ありえねぇよな・・・」

安心したようにパーンが呟いた直後、クレオがさっきとは比べ物にならないほどの慌てぶりで戻ってきて一言。

様がいないんだっ!!」

・・・いない?

「・・・なんだ。じゃあいつの間にか起きて、どっかフラフラしてるのか・・・」

取り越し苦労だとため息をついて俺が呑気にそう呟くと、しかしクレオは大きく首を振った。

「そんな事ありえない!だって私は今日、ずっとここにいたんだから!!」

ここ・・・と示されたのは、廊下の一角に造られた簡易テラスのような休憩場所。

階段で降りるにせよ、エレベーターを使うにせよ、ここを通る以外に道はない。

何でそんなに慌ててるんだ・・・と思ったけど、クレオの慌ててる理由がようやく分かった気がした。

誰にも気づかれないようにここを通るなんて、普通じゃあ考えられない。

また無茶な事をするために1人でどこかに行ったのかとも思ったが、とりあえず部屋の中からなくなったものは何もないらしく、剣も旅の道具もすべてが残っていると言うことなので、勝手にふらふらと旅に出たとか言うわけではないと判断する。

「最近、少し様子がおかしかったんだ。どこか・・・ふさぎ込んでるっていうか・・・」

不安そうに呟くクレオを宥めて、とりあえず城内から捜そうと指示を出して、俺はの姿を求めて城内中を彷徨った。

マッシュやレパント・ハンフリーにも事情を話して、6人で捜す事一時間。

この城のどこにも、の姿はなかった。

マッシュが受けた報告によると、昨夜の点検の時には揃っていた船のうち一艘が、今朝方にはなくなっていたらしい。

俺たちは顔を見合わせて。

それぞれ胸の中に溢れ出す結論を、それでも決して口にしようとはせずに。

けれど解っていることは、全員たった1つだけ。

が、この城から姿を消した。

 

 

当然の事ながら、がいなくなったことは他言無用となった。

唯一それを知っているのは、最初にそれに気付いた俺たちと、その後一緒にを捜したレパントたち・・・合計6人のみ、だ。

それからはとりあえず今後の対策を練るという事に決まって、一番人の干渉がないだろうマッシュの部屋に落ち着いたわけなんだが・・・。

「・・・・・・マッシュ殿」

答えを求めるように、レパントがもう一度マッシュの名前を呼んだ。

それに小さくため息を零して、マッシュは全員の顔を見回す。

そんなのは考える間もなく、決まっている。

を見つける他無い。

今の解放軍は、というリーダーがいなくなれば崩壊してしまう脆いものだ。

当初に比べて勢いに乗り、その勢力を広げてきたと言ってもそれは変わらない。

ここに集まった者たちは、確かにこの帝国を平和にしたいという思いを抱いてはいるが、それもの元で・・・ということが前提にある。

それぞれがそれぞれの事情を持ち、けれどそれでも協力してこの場にいるのはの存在があるからだ―――の元でなら共に戦えると、全員が思っているからだ。

「ともかく、殿を見つけることが先決だ。昨晩ここを出たのなら、まだそう遠くには行っていないだろう。なんとしてもここにいる者たちだけで、殿を発見し、保護してもらいたい」

マッシュの言葉に、全員が強く頷く。

その全員の胸の中に『どうしてがこの城を出たのか?』という疑問があるのに気付いていたが、俺自身もそれには触れないようにして。

が何か無茶な事をするために、ここを出たんじゃないことは俺にだって解った。

もし何かを成そうとするなら・・・例えそれがどんなに反対されるような事でも、とりあえずは誰かに相談はするだろうし。

それに解放軍のリーダーであるが、何の装備も持たずに本拠地を出るなんて考えつかないから―――思い当たるのはひとつだけ。

けれど俺は、その『思い当たる事』をすぐに頭の中で消去した。

俺にはどうしても、がすべての責任を捨てて逃げるとは思えなくて。

それはここにいる全員が承知している事だろうから。

だからそれでもここから出たのなら、それ相応の理由がにはあるのだ―――例えそれに思い当たる事が、俺たちには無くとも。

「あの・・・」

不意にクレオが口を開き、マッシュの視線が注がれるとクレオはゆっくりと口を開いた。

「あの・・・私、行きたい所があるんですけど・・・」

「・・・行きたいところ?それは殿の行き先に心当たりがあるということですか?」

マッシュの言葉に、クレオは1つ頷く。

「それは・・・?」

「・・・・・・ソニエール監獄です」

ポツリと呟いたクレオの言葉に、全員が顔を見合わせる。

ソニエール監獄―――そこは、グレミオの果てた場所。

様は・・・昔と比べて格段に笑顔が減った気がするんです。いえ・・・確かに笑顔はいつもあるんですけど・・・なんていうか、心からの笑顔・・・といいますか」

クレオの言葉に、同意するように頷くのはパーンのみで。

だって俺たちには分からない。

俺たちがと出会ったのは、この戦いに参加してからで。

その前にも会ってはいるけれど、その頃の俺はちゃんとと向き合ってはいなかったから・・・だから分からない―――の心からの笑顔というモノがどんななのか。

様は最近、なんだか塞ぎこんでいるようなところがあって・・・。もしかしてグレミオの事やテオ様の事をとても気に病んでいるのではないかと・・・」

気に病まない筈は無い。

自分の尊敬する父親と、いつも自分の傍にいてくれた人物が、ほぼ同じ時期にいなくなってしまったのだから―――そして、その一部のことに関しては、自身がその手を血に染めている。

そこまで考えて、ふと昨夜のことを思い出した。

柄にも無く昔の事を思い出していた俺の耳に、小さな物音が聞こえた。

部屋のドアは薄く開いていて、どうやらそこには人のいた気配が残っていて。

もしかして・・・と思う。

もし、昨日そこにいたのがなのだとしたら?

がオデッサのことで、俺やマッシュに負い目を感じているのは気付いていた。

どう言葉を繕っても、は納得しないだろうと思ったから・・・だからなるべくその話題には触れないようにしていたが・・・。

あまりにもタイミングの良すぎる出来事に、不安は募る。

もし昨日あそこにいたのがだったとして。

それを見たが、負い目をより強く感じてしまったとしたら?

・・・・・・がいなくなった原因の一端は、俺にあるのかもしれない。

「では・・・クレオにはソニエール監獄周辺を洗って・・・」

「俺も行かせてくれ」

マッシュの言葉を遮って、俺はそう口走っていた。

何かを言いた気に俺を見返すマッシュを、しかし俺はそのまま見つめ返して。

「・・・いいでしょう。ではクレオとフリックにお願いします」

「えぇ!?それなら俺も・・・」

「あなたには他の所を捜索してもらいます。人手が足りないのです」

不満の声を上げるパーンを宥めながら、それぞれの割り振り地域を決めていくマッシュに、心の中でこっそりと礼を言う。

がいなくなったことに、もしかしたら全く関係が無いのかもしれないけれど。

それでも、やっぱり俺は思い至った考えを殺す事は出来ず。

クレオと顔を見合わせて、お互いが1つ頷く。

絶対にを見つけてみせる。

その後、どうするのか?―――そんな事、頭の中には少しも無くて。

ただそれだけを、心に誓った。

 

 

「この村にもいないようだ。見かけた・・・という目撃情報もないし、やっぱりソニエール監獄に向かったんじゃ・・・」

手近な村に入り、の情報を集めていた俺たちは、めぼしい情報が無い事にがっくりと肩を落とした。

けれど何の消息も掴めなかったわけじゃない―――確かにの目撃情報は無かったけれど、それに代わるモノは掴んでいた。

この村から少しばかり離れた所にある砂浜に、一艘の船があった。

調べてみた結果、それが解放軍で主に使っている種類である事が判明。

それがいつここに辿り着いたものなのかは分からなかったが・・・もしかしたらずっと前の戦いの時に、そのまま置き去りにされていたものなのかもしれないが―――ただその船の痛み具合が少ない事と妙に良いタイミングに、おそらくそれがの乗っていた船ではないかと推測した。

「ああ、そうだな。とりあえずソニエール監獄に向かおう」

クレオの言葉に俺は1つ頷いて、すぐに村を出ると南に向かって歩き始めた。

ソニエール監獄は、本拠地から見てずっと南の方にある。

そこに行くためには四方に広がる草原をひたすら歩くしか他無く、はっきり言ってそんなだだっ広い草原で1人の人間を見つけるなんてことはそう簡単にはいかない。

今俺たちが歩いているのは、人の手で少しばかり整えられている街道だが、山道と違い街道以外を歩いてもそれほど難はないため、もしが追われているという自覚があるのならば街道を歩いている事は無いだろう。

ならそこ以外を捜せばいいとも思うが、さっきも言ったようにだだっ広い草原で人1人を探すのは不可能に近い。

ともかくも、ここで見つけることが無理ならば、ソニエール監獄まで行けばいいとばかりに、歩くスピードを速める。

ひたすらに歩き続けて、ようやくソニエール監獄の建物の一部が見えてきたのは、陽も暮れようという頃だった。

沈みかけている太陽に薄く照らされ、少しばかり影の落ちたソニエール監獄は、以前の『脱獄不可能』と言われるに相応しい外見をしている。

薄気味悪いどころの話じゃない。

好き好んで近づきたくない場所には違いないが、それでもがここに向かったんなら俺たちが入らないわけにはいかない。

「・・・行くぞ?」

隣のクレオの様子を窺えば、彼女も少しばかり気後れした表情を浮かべている―――それでも俺が声をかければ、覚悟を決めたのかしっかりと頷く。

それを確認してから、ゆっくりとソニエール監獄に向けて足を踏み出した。

――――――その時。

「あんたたちの探し物は、そこにはないよ?」

不意に声を掛けられ、反射的に辺りを見回す。

しかし自分たち以外、そこには誰もいなくて・・・。

「どこ見てんだよ。こっちだよ、こっち!」

声の主に導かれるように上を見上げた俺は、傍にある大きな木の上に1人の少年がいることに気付いた―――っていうか、少年だよな?

金髪のちょっと癖のある長い髪をした中性的な雰囲気を持っていて、一見しただけじゃ男か女か判断がつきかねた。

陽が沈みかけていて、辺りが暗いために良く相手の顔が見えないということもある。

だけどその人物が身に纏っている服が狩人のものであるという事だけは分かった。

そしてその声の質からいって、男だという事は間違いないだろう。

突然現れて、意味ありげな言葉を投げかけてきたそいつは怪しいことこの上なく、俺ももちろん腰の剣に手を伸ばしいつでも抜けるよう警戒しながら、そいつを睨みつけた。

「・・・お前、何者だ!?」

「おいおい、んな敵意剥き出しな顔見せられてもさ。素直に答えると思う?」

人を小馬鹿にした態度に腹が立ったが、それでもさっきの言葉から、こいつがについて何か知っているという事は解って、何とか怒気を抑える。

これで何も知らないとかぬかしたら、どうなるか覚えてろよ?

「俺はクインシー。この森で生活してる、ただの狩人さ」

俺の心境が伝わったのか、それともそれほどたいした事じゃないのか・・・そいつ、クインシーは素直に自分の名と素性を告げた―――そして。

「あんたたちのことは知ってるぜ。あれだ・・・解放軍の幹部だろ?前にこの辺りを攻めてきた時に見たことあるからな」

事も無げにさらりと言ったクインシー。

俺たちが解放軍のメンバーだと解っているという事は。

もしかすると、本当にの事を知っているのかもしれない。

「あんた!様のことを知ってるのか!?」

同じ事を考えていたクレオが、クインシーに向かい声を張り上げた。

するとクインシーは意味ありげな笑みを浮かべて、肯定の返事を返す。

「本当か!?それで・・・様は今どこに!!」

「そんな慌てんなよ。順を追って話すからさ・・・」

呆れたように呟き、ようやくクインシーが木の上から降りてきて俺たちの前に立った。

「つい半日ほど前のことだ。俺はここでぼんやり立ってる女を見つけた。そいつもあんたたちと同じで見たことある顔で・・・まぁ、解放軍のリーダーなんだって気付いた時は驚いたけどさ。んで、様子がおかしかったし、正体がばれちゃ危ないだろうと思ったから、とりあえず俺が保護しといた」

「そうか・・・・・・よかった」

あからさまに安心したように呟くクレオに、しかし俺は同じように安心できたわけじゃなかった。

目の前のこの男が、まだ信用できるやつかなんて分からなかったし、それに・・・。

「・・・様子がおかしかったってどういうことだ?」

疑問を投げかけると、クインシーは困ったような呆れたような表情を浮かべて。

「・・・見ればわかるさ」

簡単に言葉を告げると、「付いて来い」と俺たちを先導して歩き出した。

あまり人の手が加えられていない森の中を、クインシーは慣れた様子でどんどんと先に進んでいく。

おそらくこの辺りはこいつの庭も同然なんだろう―――はぐれればもう二度と見つけられない感覚に陥る。

だからというわけではないが、こっちの苦労なんて気にもせずサクサクと先を進んでいくクインシーに心の中で悪態をつきながらも、必死で木々を掻き分けて歩き続けた。

しばらく歩き続けるとぽっかりと開けた空間が目の前に広がり、そしてそこにぽつんと小さな小屋が立っていることに気付く―――周りの風景に溶け込むようにして建つそれは、まさに森と一体になっているという風情だ。

「ここが、俺の家だ」

小屋の前で立ち止まり、小さく振り返る。

お世辞にも立派とは言いがたい小屋ではあるが、そんな事は俺たちには関係ない。

ここに、がいる。

俺とクレオはお互いに顔を見合わせて、1つ頷くと同時に小屋に向けて足を踏み出した。

―――とその前に、まるで当然とばかりにクインシーが立ちはだかった。

「・・・どういうつもりだ?」

警戒心故か、いつもよりも低い声でそうクインシーを睨みつけると、予想外なことにクインシーも同じように俺たちを睨みつけてきた。

そして一言。

「ここに、お前らの探し人がいる。それを踏まえた上で、聞きたい事がある」

どこか有無を言わせぬ口調に、俺たちは押し黙って次の言葉を待った。

クインシーはそれを確認してから、小さく息を吐いて。

「あいつを見つけて・・・それからどうする気だ?」

何を聞かれるのかと思えば・・・そんな事、聞くまでもないだろう?

「もちろん、は連れて帰る。どうしてあいつがここにいたのかは解らんが、事情を聞くにもとりあえずは帰ってからだ。本拠地じゃあ、みんながあいつの帰りを待ってるんだ。事が大きくなる前に、対処しなきゃならないんでな・・・」

俺の言葉に、クインシーがどんどんと表情を歪めていくのが解る。

かく言う俺も、自分の言葉に少しばかり違和感を感じていた―――俺がを捜していたのは、本当にそんな理由だったのか?

ただ心配だったから・・・そうじゃなかったっけ?

なのに口を突く言葉は、そんなものばかり―――自分で言った言葉に、不快になる。

「そんな・・・お前らがそんなだから・・・・・・だからあいつはっ!!」

突然クインシーが声を荒げた。

その大きな声も、森のざわめきに攫われすぐに消える。

クインシーの顔には、いろんな色が浮かんでいた。

悔しさ、悲しさ、軽蔑、哀れみ、そして・・・同情。

こいつが何でそんな顔をするのか、俺には解らなかった。

その理由を問いただす前に、クインシーはあっさりと俺たちの前から退いて。

「・・・ま、自分たちの目で確かめればいいさ。あんたらがどれだけあいつを追い詰めてたか・・・あいつがどれだけ自分の感情を殺してきたかな・・・」

クインシーの言葉に、俺たちは揃って首を傾げる。

意味深な言い回し―――それはまるで・・・。

「君は・・・もしかして様と知り合いなのか?」

疑問を口にしたのはクレオだった。

しかしクインシーはそれをさらりと流して、ただ視線を小屋に向けるのみ。

『自分の目で確かめろ』

その言葉に、自然と目が小屋に向かう。

そこに何があるのか?―――押し寄せる不安に、しかし俺たちはゆっくりと小屋に向かって歩き出した。

こいつの言う言葉の意味は分からなくても、そこにがいるのならばここから去るわけには行かない。

ドクドクと脈打つ心臓を宥めながら、俺は木で出来た古びたドアを押した。

ギィーと嫌な音を立てて開いたそれは、音に反して滑るように俺たちを迎え入れる。

外と同じように暗い室内に、ぽつんとその存在を主張する1つのランプ。

ゆらゆらと揺れる淡い光は、部屋の中を照らすには不十分で。

それでも俺たちは、部屋の中に目的の人物を見つけることが出来た。

部屋の中央に置かれた椅子に座り、ぼんやりと宙を眺めるその少女。

その顔は、生気が感じられないほど青白くて―――それがランプのせいなのか、判断はつきかねた。

「・・・・・・様?」

恐る恐るといった風にクレオが声をかけると、はピクリと少しだけ反応を見せて。

緩慢な動きで、こちらを振り返る。

俺たちと目が合ってるはずなのに、だけどの目には何も映してはいないようで。

「・・・・・・?」

再び呼びかけると、ハッと我に返ったように目を見開いて俺とクレオの姿を確認した。

そして―――の大きな目が、戸惑いと不安に揺れる。

「ご・・・ごめ・・・」

?」

「ごめん・・・ごめんなさい・・・ごめん・・なさい」

椅子の上で縮こまる様に座り込んで、ただ謝罪の言葉だけを口走る。

その謝罪が勝手に城を抜け出した事に対することなのだろうと思った俺は、ゆっくりとに近づいて硬直した身体を宥めるように軽く背中を叩いた。

「・・・心配したんだぞ?」

小さく息を吐いて冗談交じりにそう呟く―――それでもは、ただ謝罪の言葉を口走りながら、一向に顔を上げようとしない。

いくら声をかけても、どんなに宥めても、それは変わらなかった。

その時になってようやく、俺はクインシーの言った『様子がおかしい』という言葉の意味を察する。

まるでうわ言のように謝罪の言葉を呟き続けるから視線を外して、ドアにもたれかかりながらこちらの様子を窺うクインシーに目を向けた。

「・・・どういうことだ?」

「俺に聞くなよ。俺がこいつをこんな風にしたわけじゃないんだから・・・」

そう呟いて、いまだに謝り続けるの傍に寄ると、まるで小さい子をあやすようにの頭を撫でた―――すると今にも泣き出しそうなそんな表情を浮かべて、まるでプツリと糸が切れた人形のように意識を失った。

様!!」

弾かれたようにの元に駆け寄り、その身体を支えるクレオに視線を向けて。

「俺はこんな状態になった人間を見たことあるぜ・・・」

「・・・・・・?」

クインシーが何を言いたいのかが分からず、小さく首を傾げた俺に・・・しかしクインシーは気にした様子もなく淡々と衝撃的な言葉を呟いた。

「精神崩壊。・・・そういうらしいぜ、こういうの」

チラリとに視線を向けて、無表情で呟く。

「精神・・・」

「・・・崩壊?」

どちらが言った言葉なのか、俺には分からなかった。

それ以前に、クインシーが言った言葉の意味さえも。

いや、本当は分かってたんだ―――ただそれを受け入れられなかっただけで。

呆然と立ちすくむ俺たちを無視して、クインシーはやっぱり淡々とした口調で。

「ま、連れて帰るんならそうしな。ここにいてもどうにもならないからな」

そう言うや否や、クレオに支えられているに近づき、その身体をいともあっさりと抱き上げる。

その行動の意味を図りかねている俺たちに向かい、キッパリと言った。

「ただし、俺も付いて行く」

有無を言わせぬそれに、俺たちはただ頷くしかなくて。

日が暮れた森の中を、を抱えたクインシーを先頭に黙々と歩き出した。

そんな中、俺が最初に思ったことといえば。

これから解放軍はどうなるんだろう?だった。

こんな状態のを見ていながら。

がどれほど辛い思いをしていたのかが分かったというのに。

それでも一番最初に思い浮かんだのがそれだったことに、俺はやりきれない気分になった。

胸の中に込み上げてくるこれからに対しての不安や、そんな俺自身に対する不快感や、その他もろもろのやり場のない思いを抱えて。

俺たちは無言のまま、ひたすら本拠地に向けて歩き続けていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

暗っ!・・・もしかしてこれってヤバイですか?

なんだか段々と暗くなっていくんですけど・・・こんな話普通に書いてていいんでしょうかねぇ・・・(不安)

ともかくも最後はハッピーエンドになる予定ですから・・・っていうか、なります(断言)

作成日 2004.4.1

更新日 2007.9.13

 

戻る