近づいてきた、その気配に。

風に乗って届いた声に。

は目を開けると、空に輝く星を見上げてゆっくりと瞬きをした。

 

眠れない

 

が同盟軍に来てから、ほんの数日の時が経った。

敵国・ハイランドとの戦いは山場を迎え、王国軍を率いるルカ=ブライトはすぐそこまで迫ってきていた。

来るべき戦いを目前に控え、城内は嫌が応にも活気づき、最後の調整を整えるために幹部たちは寝る間も惜しんで駆け回る。

そんな中、その喧騒から逃れるように、は屋上へとやってきた。

既にやるべき事はやった。―――というよりも、まだ同盟軍に来て間もないができる事などたかが知れているのだ。

短くため息を吐き出して、暗闇に支配された空を見上げる。

そこには無数の星があった。

煌くそれらは、消え入りそうなほど頼りない光なのにも関わらず、その存在を強く主張しているようで・・・。

今度の戦いでは、どれほどの命が失われるのだろう?

それが味方であれ、敵であれ・・・―――多くの命が失われるのは間違いない。

そう思うと更にため息が漏れた。

覚悟の上で再び戦乱に身を投じたというのに・・・―――けれどいざそれを目前に控えると、やはり複雑な心境を抱く。

どうして、人は戦うのだろうか?

誰かが死ねば、悲しい。

それはみんな同じ筈なのに・・・―――それでも人は戦う事をやめようとしない。

どうしてだろうか?

いくら問い掛けても、答えが返ってくることはないけれど。

そしてそれは自分にも言えることなのだ。

どうして自分は戦うのだろう?

自分自身に問い掛けて、自嘲気味に笑う。

「・・・今更か」

答えの出ない問い掛けを繰り返したところで、それは何の意味も持たない。

戦うしかないのだ。

『一体何の為に?』

大切な人を守るために。―――もうこれ以上、大切なモノを失わないために。

それだけで十分じゃないかと、は思う。

「さて、と・・・」

屋根の上に転がっていた身体を起こして、1人呟く。

こんな静かなところに1人でいるから、そんな考えに囚われるのだ。

きっと今ごろならば、酒場に顔を出せば誰かしら捕まえられるだろう。

そんな事を思い、立ち上がろうとしたその時。

こちらに近づく見知った気配を感じて、は咄嗟に身を伏せた。

コツリと硬い足音が響いて、屋上に誰かが姿を現す。

無駄に気配を消して、屋根の向こうにいる人物を盗み見た。

屋上特有の強い風に吹き付けられ、彼の象徴である青いマントとバンダナをなびかせる青年。

フリック。

声に出さずに心の中だけで青年の名前を呟き、そうして訝しげに首を傾げた。

フリックは気配を殺すに気付きもせず、ただ屋上の手すりに身を寄せて、広がる広大な景色を眺めている。

こんな暗闇に包まれた中、景色など見えて見えないようなものだというのに。

それでもフリックの目は、確実に何かを映しているようにには見えた。

「・・・・・・」

どうにも声を掛けづらい。―――最初に気配を消してしまったのがそもそもの原因なのだが。

何故気配を消したのかの説明を求められれば、にも答えられない。

そう、ただ何となく・・・なのだ。

無言のまま景色を眺めるフリックを見つめ・・・―――そして気付かれないようにため息を零すと、そのままゴロリと寝転がり目を閉じた。

こうなれば、彼がこの場を去るまで待つしかない。

どうやらフリックにも思うところがあるようだし、思考に耽っているのを邪魔するのは気が咎める。

耳元で鳴る風の音を聞きながら、その風に弄ばれる髪をそのままにさせて。

瞼の裏に浮かんだフリックの真剣な表情を思い出して・・・―――彼は一体、今何を考えているのだろうかとぼんやりと思う。

もしかしたら、先ほどの自分と同じようなことを考えているのかもしれない。

そんなことを思いながら、僅かに口角を上げた。

考えても仕方のないことを考えてしまうのは、人故の性なのか。

それとも未だ決意が足りないというのか?

戦いに身を投じ、多くの命を奪う覚悟が・・・。

再び暗い思考に囚われそうになったは、新たな気配を感じた。

誰だろう?―――気になり覗こうとしたその時。

「フリックさん」

フリックを呼ぶ声が耳に届いた。

それはにも聞き覚えのある声。

確認するまでも無い。―――いつもフリックを追い掛け回しているニナは、どうやらこの場まで彼を追いかけてきたらしい。

「何してるんですか?みんな寝ちゃってるか、酔い潰れてるかのどっちかですよ?フリックさんは寝ないんですか?」

「・・・まぁな。戦いの前には、思い出す事柄もいくつかある」

いつもの押しの強さはどこかへと形を顰め、ただ純粋な質問を投げかけるニナに、フリックは感情の読めない声色でポツリと呟いた。

それにニナは「ふぅん・・・」と何かを含むような返事を返して。

「いいなぁ・・・」

少しの寂しさを感じさせるような声色で、ニナはため息と共にその言葉を吐き出した。

「私には・・・ないです。だって16年しか生きてないし、ちっちゃい頃の分を差し引いたら、10年くらいしかないですからね」

ニナはきっと、悔しいのだろう。

一番理解したいと思っている相手の思っている事を、理解する事が出来なくて。

本格的な戦いに参加するなど初めてのニナにしてみれば、フリックの抱く感情を理解するのは難しいだろう。

「ね、何を思い出してたんですか?」

だから聞く。―――解らないから、言葉にして欲しいと思う。

しかしそれに対して返ってきた言葉は、素っ気無いもので。

「いろいろ、さ」

言葉にするには、難しいこの心。

どんな言葉を並べても、今抱く複雑な感情は説明しきれるものではないことを、も解っていた。

解ってはいても、それでニナが納得するだろうとは思えなかったが。

案の定、ニナは納得できないとばかりに更に口を開く。

「いろいろって?故郷の事?それとも、これからの事?それとも・・・明日の戦いの事?」

「ガキが気にするようなことじゃないさ」

「あ、ひどーい!あ、もしかして、もしかして・・・昔の恋人の事とか?」

一番聞きたかったのは、本当はそれなんじゃないだろうか?

聞こえてくる会話に耳を傾けながら、は僅かに苦笑する。

フリックはそれに何も答えず、踵を返して屋上の出口に向かった。

微かなマントの擦れる音と共に、再び硬い足音が屋上に小さく響く。

「あ、待ってください!」

「お前も早く寝ろよ。眠れない夜なんて、そんなにいいもんじゃない」

その言葉を置いて去っていく足音を聞きながら、全くだ・・・と内心同意し苦笑する。

本当に・・・余計な事ばかりが頭に浮かんで、ロクな物じゃないと。

「もー!かっこつけてるんだから!!・・・でも、そこがかっこいいのよねー」

惚気に近いセリフを聞きながら、は更に苦笑する。

フリックがどう思ってニナと接しているのかは解らないけれど。

彼の行動が確実にニナを捕らえているのだと・・・―――そしてそれは更に力を増したのだと。

来た時よりも元気を増して去っていくニナの足音を聞きながら、は漸く思う。

「どうでも良いけど、これって盗み聞きよね?」

既に眠りについていたフェザーが、チロリと薄く目を開いて同意するように小さく鳴いた。

そんな気は無かったんだけど・・・と、誰にともなくいい訳をして。

この事がフリックに知れたら、一体なんと言われるだろうかと考える。

きっと良い反応は返ってこないだろう。―――たぶん、きっと。

自分でも悪趣味だと思うのだから、それは仕方ない事なのだけれど。

「今夜の事は、2人だけの秘密だよ?」

からかうように自分を眺めるフェザーに小さく耳打ちをして、笑う。

それに君だって共犯なんだからね?と囁いて。

ここが彼の定位置なのだとしても、会話を聞いたのには違いないのだから。

からかうようなの言葉に、フェザーは仕方がないとばかりに了承の返事を返す。

下手な人間よりもよっぽど口の堅い共犯者に、は悪戯っぽく微笑みかけた。

「じゃあ、今度こそ行くか」

ゆっくりとした動作で立ち上がって、固まってしまった身体を一杯に伸ばす。

誰かに話し相手にでもなってもらおう。

こんな夜に1人でいるよりは、断然良い。

「じゃあね、フェザー」

再び眠りにつこうとする共犯者に声をかけて、は屋上を後にする。

背後から聞こえてくるフェザーの鳴き声に、小さく笑みを浮かべながら・・・。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

フリック・ニナの屋上イベント。

そして主人公、盗み聞き。(笑)

これは二回目の方がメインなのですが、どうせなら一回目も、という事で。

なので珍しく短い内容になってます。

そして内容も薄いです。(それはいつものこと)

作成日 2004.6.17

更新日 2010.5.30

 

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