「・・・え〜っと」

目の前で跪く男を見下ろして、は困ったように引き攣った笑みを浮かべる。

向けられる忠誠と、切実な願いを一身に受けて。

どうしろっていうのよ。

心の中で、ひっそりと呟いた。

 

イバル

 

同盟軍本拠地の上空を、1つの影が飛ぶように駆け抜けた。

そこらに生い茂る木を足場にして、まるでバネでも仕込んであるのではないかと思えるほどの跳躍力で移動する。

そしてその影を追う、2つの影。

3つの影は夜の闇に紛れて、本拠地の住人たちに気付かれる事無く逃走劇を繰り広げていた。

「チッ!ちょこまかとっ!!」

1つの影が小さく舌打ちをして、忌々しそうに声を漏らす。

それと同時に放たれる小さな鉄の塊。―――手裏剣と呼ばれるそれは、彼らの特殊な武器のうちの1つだ。

追われている影はそれを器用に避けて・・・。

けれどそれとは別に放たれたもう1つの影の手裏剣が足に命中し、痛みに顔を顰めつつも何とか木の上に着地をするが、予想以上に痛む足は影の体重のすべてを支えてはくれずに。

グラリと身体が揺れたかと思った直後、数メートルはある木の上から地面に叩きつけられた。

「・・・・・・っ!!」

あまりの痛みに声も出ず、すぐに追いついてきた2つの影に挟まれるような状態で、起き上がる事も出来ずにただ鋭い視線を向ける。

「・・・おぬし、何者だ?」

影の1つが地面を転がる青年に声を掛けた。―――声の調子からして、どうやら年配の男のようだと青年は思う。

何とか身体を動かそうと青年は身を捩るが、上手く身体が動かない。

どうやら先ほどの手裏剣に、何らかの薬が塗られていたようだ。

「・・・・・・」

聞かれて素直に答えるわけが無いだろう、と暗に含んだ視線を投げかけると、もう1つの影・・・―――おそらくはまだ少年だろうと思われる人物が口を開いた。

「素直に言った方が身の為だと思うけど・・・?」

どこか嘲るような声色に、青年はきつく眉を顰める。

「ハイランドのスパイか?」

「・・・・・・」

「それとも、誰かを暗殺にでも来たか?」

「・・・・・・」

何を聞いてもだんまりを決め込む青年に、男は深いため息を吐いた。

「・・・ならば、仕方がない」

言葉と共に懐から小型の短刀を取り出し、それを未だ地面に転がる青年の上にかざす。

「我らに見つかった事を不運と思え」

無情な言葉を突きつけられ、その短刀が青年の身体に振り下ろされ・・・。

「待って!」

不意にその場に響いた声に、男は振り下ろしかけた手を止めた。

驚いたように振り返る男と少年の目に、1人の少女の姿が映る。

それは彼らが揺るぎない忠誠を誓う、たった1人の人物で。

「・・・様」

男の呟きと共に闇の中から姿を現した少女は、やんわりと微笑んだ。

「ちょっと、待って。申し訳ないけど、彼は私の知り合いだから・・・」

「・・・知り合い、ですか?」

驚愕を含んだ声色で返され、は肯定の意味を込めて浮かべた笑みを深くする。

そのまま淀みない足取りで地面を転がる青年の元へ歩み寄って。

「・・・大丈夫、ナギ?」

は青年の傍らにしゃがみこむと、馴染みのある忍の名を呼んだ。

「・・・はい。ご面倒をかけて申し訳ありません」

沈んだ様子で謝罪されて、は気にする必要はないと緩く首を横に振る。

「・・・さて、と。とりあえず説明をするから、その手にある短刀をしまってもらえる?」

立ち上がりざまに振り返り、未だに硬い表情を浮かべるモンドに笑みを向けた。

 

 

「それで・・・あの者との関係をお聞かせ願えますか?」

「う〜ん・・・何処から話したものかなぁ?」

場所を道場に移して。

とその傍らに佇むナギの正面から2人を見据えたモンドは、いつも通りの静かな声でそう促した。

それに困った様子で反応を返すに視線を移して、サスケはおろおろと2人を交互に見ながら落ち着きの無い様子でその場にいた。

普段から静かな道場は、深夜という事もあり更に静けさを増している。

申し訳程度に灯されたランプが辛うじて4人の姿を照らし出してはいるが、その光も頼りなく表情の細かな所までは確認できない。

重い空気と耳が痛くなるような静けさに、サスケは縋るようにに目を向けた。

「簡単に言えば、私が雇わせてもらってるんだけどね」

あっさりとの口から出てきたセリフに、モンドの眉間に微かに皺が寄った。

それも無理からぬ事なのかも知れない、とナギは思う。

トランの英雄として、多くの人々に慕われる

それは解放戦争時、彼女に仕えた忍たちとて同様で。

寧ろたった1人の主君と崇めた少女だからこそ、他の人よりもを思う気持ちは強いのかもしれない。

それはが姿を消した後も、ずっと変わることはなく。

そして漸く再会できた主君の下にいた、自分たちとは違う忍の者。

たった1人の従者を連れて忽然と姿を消し、その行方は知れずに。

仕えたくとも仕えられない。―――役に立ちたくともやれるべき事が無い。

彼らがそんな思いを抱いていた時、の側にいることを許され、の為に働く事を許された者。

それが同じ忍という存在だからこそ、余計に憤りを感じるのだろう。

「彼の素性は・・・?」

しかし声のトーンを変える事無く、あくまで冷静にモンドは質問を続けた。

けれど返ってきた答えは、実にあっさりとしたもので。

「・・・さぁ?」

「・・・さぁ、とは?」

「知らない。聞いてないから」

あっけらかんと、清々しささえ感じさせるあっさりとした返答に、モンドは今度こそ暗闇の中でもはっきりと確認できるほど眉間に皺を寄せた。

「それは一体、どういう・・・?」

「どういうって、言葉の通りだよ。私は彼が何者で、何処の忍なのか知らないの」

至極丁寧に告げられる言葉は、サスケですら驚愕した。

何者かも、何処の忍なのかも知らないで・・・それで雇っていたというのか?

この人には警戒心というモノが無いのだろうかとさえ思える。

「解放戦争の後にトランを出てね。しばらく旅をしてた時だったかな・・・?そこでナギと知り合ったの」

「・・・どの様に?」

漸くナギとの出会いを語り始めたに、モンドはさり気なく・・・―――しかし的確な問いを投げかけた。

「どの様にって・・・まぁ、簡単に言うなら『行き倒れてた』んだけど・・・」

「・・・行き倒れてた?」

「そう」

簡単に返事を返して、はナギに視線を向けた。―――その目には『話しても構わないか?』という確認の意味が込められている。

ナギはそれに小さく頷き返して、ただ無言のまま状況を観察していた。

「えっと・・・さっきも言った通り、聞いてないから詳しくは知らないんだけど。ナギはどうも誰かに追われてたみたいなのよね」

「・・・追われていた?」

「うん。それでまぁ、大怪我をして行き倒れてたところを偶然助けてね。それから彼に仕事を依頼するようになったのよ」

『ね?』と同意を求めるようにが声を掛けると、ナギは静かに1つ頷く。

「素性も知れない輩に、仕事を依頼したというのですか?」

モンドの最もな質問に、しかしは答えずにっこりと微笑んだ。

その笑顔がナギに対する信頼のようなものを感じさせて、モンドとサスケは複雑な思いを抱く。

「・・・素性を聞こうとは思われなかったのですか?」

「うん、思わなかった」

「それは何故・・・?」

「何故って言われても・・・。強いて言えば・・・」

そこで言葉を濁して、真正面から自分を見詰めるモンドから道場の隅に淀む闇へと視線を移して。

「・・・強いて言えば?」

「強いて言えば・・・聞かれたくなさそうな顔、してたからかな?」

の口から出た言葉に、モンドもサスケも「それだけで?」と声には出さずに視線だけで訴えかける。

するとはそれを苦笑交じりに受け止めて。

「誰にだって、話したくない過去はあるものだよ。それを無理に聞こうとするほど、私は人が抱く苦しみの感情を知らないわけじゃない。身を引き裂くような心の痛みを、知らないわけじゃない」

淡々と語られる言葉に、モンドとサスケは顔を見合わせて俯いた。

サスケは直接、を知らない。

カスミやハンゾウから『トランの英雄』の話はよく聞いていたけれど、実際に会って話をしたのは同盟軍に入ってからの事だ。

解放戦争終盤にロッカクの里の忍も戦いに身を投じたけれど、サスケはその戦いに参加してはいなかった。―――まだ半人前だという理由で、参加を許されなかったのだ。

モンドは参加こそしていたけれど、直接と関わる事はなかった。

激しい戦いの中、己の使命を全うするために必死だった。

そんな戦いの中、遠目で軍を率いるの姿を垣間見ただけだ。

それでも・・・一度見ただけでも瞼の裏から消える事は無い。―――その圧倒的なカリスマも、覇者を思わせる威圧感も。

当時ののことは、解放軍に身を投じていたカスミから聞いた話がすべてだったけれど、目の前の少女がどれほどの苦しみや悲しみの中戦ってきたのかは想像できた。

そしておそらく真実は、彼らが想像する以上に過酷なものだったのだろうと思わせる。

だからこそ、の言葉には重みがあった。

『誰にだって、話したくない過去はあるものだ』

おそらくにもあるのだろう。―――英雄と呼ばれる程の人物だからこそ、きっと。

「しかし、だからと言って・・・」

「そんなに心配しなくても、大丈夫。信頼したからこその行動なんだから」

揺るぎない自信を声に含んで、はにっこりと笑う。

「・・・その信頼の根底にあるモノは?」

「私自身の、人を見る目の自信から・・・かな?それだけには自信があるの。今まで外れた事がないからね」

酷く曖昧な理由なのにも関わらず、それでも揺るぎない自信を感じる。

しかしそれも真実なのだろうとモンドは小さくため息を零して、再び真摯な目でを正面から見据えた。

「今までのことは、今更言っても仕方ありません」

「・・・だね」

「ですから、これからに関して様にお願いがあります」

「これから?」

訝しげに聞き返すに、モンドは1つ頷いた。

その様子を見ていたサスケは、自然と背筋を正す。―――モンドが何を言おうとしているのか、サスケにも解ったからだ。

そしてそれは、サスケ自身が望むことでもある。

「ナギ・・・と言いましたか?彼の実力を疑う気はありません。今まで様の任務を遂行してきたのですから、優秀な腕を持っているのでしょう」

向けられた友好的とはいえない視線に、しかしナギは無言のまま小さく頭を下げた。

「しかし・・・様にはお忘れにならないで頂きたい。我らロッカクの里の者たちの想いを。我らは貴女の為ならば、どんな任務をも遂行する覚悟があります」

「・・・・・・」

「彼には申し訳ないが、今後はどうか我らにご命令を。どうか我らを貴女様の為に働かせてください」

「・・・モンド、サスケ」

ポツリと彼らの名前を呟いて、は頭を垂れる2人の忍を見据える。

困ったようにナギに視線を移すと、彼はいつもと変わらない無表情のままで。

「・・・え〜っと」

この場をどうしようかと、は困ったように呟きため息を零した。

別にロッカクの里の忍たちの実力を侮っているわけでは、もちろん無い。

彼らを始め、優秀な者たちばかりだとは思っている。

実際のところ、ナギに頼んでもロッカクの里の忍に頼んでもそう大差は無いだろう。

けれど、がナギを解雇しロッカクの里の忍に仕事を依頼したら、これからナギはどうなるだろうか?

聞いてはいないが、おそらくどこかの組織から逃げ出してきたのだろう事が推測できるナギ。

そんな彼を、再び雇う人間がいるだろうか?

おそらくナギが以前所属していた組織の手は、至るところに回っているだろう。

今回とて、雇っているのが同じように世間から身を隠すように旅をしていたでなければ、とっくに見つかりこの世から消されていても不思議ではない。

一緒にいるうちに・・・そして関わるうちに、情は移る。

が彼を雇わなければならない義務はもちろん無いけれど、仕事の正確さや素早さなどは評価に値するし、彼の生真面目な性格も不器用な生き方もは気に入っている。

そして・・・それと同じくらい、ロッカクの里の忍に対する願いもあった。

「私はね、モンド」

「はい」

「貴方たちには・・・ロッカクの里の人たちには、トランの為に働いて欲しいと思ってる」

平和な国に見えるトランも、未だに戦争の名残は残っている。

国情は未だ不安定だ。―――戦争が終わって、まだたった3年の幼い国。

忍たちがもたらす情報や戦力は、きっとトランの為になるだろう。

自分を慕ってくれるのはとても嬉しいが、自分よりも忍たちの力を必要としている人間は他にたくさんいるのだ。

「どうか今まで通り、レパントたちに力を貸してあげて」

「・・・・・・」

「貴方たちには、それが出来るはずだよ」

凛とした声色で告げられる言葉。

信頼を含ませたその言葉は、しかしモンドやサスケたちには非情な通告でもあった。

自分たちの力は必要ないのだと・・・そう、言われているような気がして。

きっとにそんなつもりは無いのだろうけれど。

の、トランやかつての仲間を思う気持ちを現しているのだろうけれど。

願うのは、たった一つの事だけなのに。

ただ側で仕えたい―――役に立ちたいと、それだけだというのに。

「・・・お願い」

かつて多くの人を惹きつけ、そして導いた深い眼差し。

それに見据えられると、否とは言えずに。

「・・・御意」

ただ頭を深く垂れて、肯定の意を唱えるしかなかった。

けれど・・・。

「では、1つだけお約束ください」

「・・・何?」

「有事の際には、我らに声を掛けてくださると。我らに貴女様の手助けをさせてくださると」

モンドの心からの願いに、は綺麗な笑みを返した。

「必ず」

言葉少なに返ってきた言葉に、モンドとサスケは漸く微かな笑みを浮かべた。

そんな時が来るのかは解らない。―――そんな時など、来ない方が良いのだろうけれど。

それでもその約束がある限り、希望は消えない。

いつか君主の為に働ける時が来る事を、願い続けていられるから。

「ありがとうございます」

心からの礼を告げて、モンドとサスケは再び深く頭を垂れた。

 

 

「足の方は大丈夫?」

の問いかけに、ナギは1つ頷いた。

手裏剣が刺さった足に、もう怪我の後は無い。

すぐにが紋章で治療を施したからだ。―――今は微かにズボンの破れた穴だけが、先ほどの攻撃の名残を見せている。

手裏剣に塗られていた痺れ薬も即効性のようで、今はもう身体に異常はない。

「いろいろお手間をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした」

「だから、気にしないで。こっちの事情に巻き込んじゃったんだから、寧ろ私が謝らないといけないくらいだもの」

軽い口調で苦笑するを見て、珍しくナギも頬を緩めた。

ここに来た目的である報告書をに提出し、仕入れてきた情報を簡単に説明する。

それを真剣な表情で聞いているの顔を盗み見て、ナギは先ほどから思っていた疑問を口にした。

「・・・宜しかったのですか?」

「なにが?」

「彼らではなく、私を選んだ事です」

報告書から顔を上げたは、キョトンとナギを見つめ返す。

その視線を受け止めて・・・―――ナギはにバレないよう、密かに拳を握り締めた。

正直言って、に解雇されれば仕事など見つからないだろうとナギも思う。

それどころか組織の追っ手に追われて、果ててしまうのが関の山だろうと。

けれどそれ自体は構わなかった。―――逃げる時に、覚悟した事だからだ。

しかし・・・ナギはの側にいられなくなることの方が苦痛だった。

自分を救って、そして受け入れてくれた人物。

の為ならば、命を棄てても良いと思った。

の為に、命を棄てたいと思った。

けれどには、他に彼女に従う忍がいる。

それこそ無償で働く、何よりも忠誠心の強い忍たちが。

厄介な事情を抱える自分よりも、数倍良いだろうとナギは思う。

「ナギは、私に雇われているのは嫌?」

「・・・まさか!」

「なら、構わないわ。私は貴方の実力を高く評価してる。きっと貴方以上にね」

悪戯っぽく微笑まれて、ナギは照れ隠しにそっぽを向いた。

ロッカクの里の忍たちに会って、少しばかり劣等感を感じて。

そしてに仕えられる自分を、誇りに思った。

の為に働く事を自分が許されているのだと思うと、それだけで何物にも変えがたい程の喜びを感じる。

「ありがとうございます」

「お礼を言うのは、こっちなんだけどね」

にっこりと笑顔を浮かべるに、ナギは今度こそはっきりと微笑んだ。

「私はただ、貴女の為だけに・・・」

改めて、忠誠を誓う。

初めて会った時と同じように。

初めて会った時よりも、より強く。

ただ、様の為だけに。

言葉には出さず、ひっそりと心の中で改めて誓った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

オリキャラ出張り過ぎ。(笑)

最初はモンドとサスケがメインだった筈なのに、気付けばオリキャラにのっとられてました。

そしてあんまり出番の無かったサスケ。(笑)

いろいろ問題がある話ですが、まぁ良いかとか思ったり。

作成日 2004.6.16

更新日 2010.3.28

 

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