思いがけない出会いが生むものは、希望か絶望か。

交差する道と想いと。

それはかけがえのないモノだと、そう思いたい。

 

逢引の

 

見渡す限り広がる森の中を、私は特別急ぐわけでもなく歩いていた。

「これからどうしようかな?」

誰にともなく呟いてみる。

実際問題として、これからの行動に目的という物はない。

それどころか、行動がかなり制限されていて・・・。

鞄の中に放り込んであった地図を取り出し、近くの木の根元に腰を下ろすと、おもむろにそれを広げる。

今、私はグリンヒルに程近い森の中にいた。

北へ進路を向ければ、そこにはマチルダ騎士団の本拠であるロック・アックスがある。

そのさらに北に、大国ハルモニア。

東を向けば鉱山の町・ティント。―――そしてグラスランドの地が広がっている。

反対側には一度行ったことのあるミューズ市に、既に滅ぼされたトトの村が。

今のこの状況で都市同盟を出るのは、少しばかり躊躇いもあり。

そうとなれば、一番の候補はロック・アックスだ。

けれど今の状況を見て、同盟軍がグリンヒルの次に協力を求めるところといえば、おそらくはマチルダ騎士団以外ないだろう。

ティントもありえそうだけど、やっぱり戦力的に見れば騎士団を味方に引き入れておきたいだろうから・・・。

となれば、やっぱりロック・アックスに行くのは止めておいた方がいいかな?

またまた偶然ばったり・・・なんて展開は、グリンヒルだけで十分だ。

ティントも・・・まぁ、大丈夫だろうとは思うけど、あそこは鉱山しかない場所だし。

1度は行ってみたいと思うけど、あの山に囲まれた町に行くにはちょっと気力がね。

ミューズは今ハイランドの統治下にあるようだし・・・―――別に私が行っても問題はないと思うけど、できるなら狂皇子に会いたいとは思わない。

取って返してトゥーリバーに滞在するか?

いや、でもな・・・あそこは交通の要所だし、同盟軍の面々を見かけることも多そうだから・・・。

いっそのことバナーに戻ろうかな、とさえ思う。

一体何しに出てきたのか分からなくなりそうだけど・・・―――そして次に戻ったが最後、完全にグレミオの監視下に置かれそうだけど。

手の中の地図を鞄に戻して、小さく息をつく。

「・・・どうしようか?」

今度はしっかりと自分自身に向けてそう呟いたその直後。

パァン!という破裂音のようなものが森の中に響いて、思わず顔を上げた。

「・・・なに!?」

声を上げた後、もう一度同じような破裂音。―――心持ち先ほどよりも近くで聞こえたような気がした。

立ち上がって辺りの気配を探る。

人の気配はない・・・・・・この近くには。

そのことに少し安堵して。

それにしても、さっきのあの破裂音は一体なんだったんだろう?と思う。

どこかで聞いたことのあるような気が、しないでもない。

どこだったか・・・、最近じゃないと思うんだけど・・・。

必死に記憶の糸を辿って・・・―――ふと思い当たる出来事に、思わず手を打った。

そうだ。

あれは解放戦争の最中。

ある女を追っていると言っていた、不思議な雰囲気を持った男の手にあった見慣れない武器。―――確か・・・ガンとか言ったっけ?

うん、そうだ・・・あの音に似ている。

吼え猛る声の組合とか何とかいう組織だけが扱っている、幻と呼ばれる武器。

それはもちろんその組織の人間にしか手にする事が出来ないと聞いた。

もしさっきの破裂音が、そのガンだったとして。

ならばその組織の人間が、この森にいるということなんだろう。

ハルモニアに属している、その組織。

何故、ここにそいつらが?

ガンを扱う人間(ガンナーというらしい)に心当たりはある。

知り合いのガンナー・クライブ。

もしここにいるのが彼ならば、大して問題じゃない。―――どうしてガンで、そして誰を攻撃してるのかは気になるところだけども。

けれど、もしここにいるのが・・・ハルモニアから派遣された工作員だったとしたら?

私に向けて攻撃されたものじゃないみたいだから、目的は他にあるんだろうけど。

見つかったら、こっちまで巻き添えを食う可能性がある。

だけどガンナーに追われてるのが誰なのか、ということも気になって。

もし追われているのが知り合いならば、助けてあげたい。

私の脳内は『逃げろ!』と信号を送り続けている。―――いるけれど。

「・・・・・・もう!」

あえてその信号を無視して、私は破裂音のした方へと駆け出した。

この無駄にある好奇心が、いつか自分の首を締めることになるんじゃないかと思いながら。

 

 

適当に当たりをつけて走り回ること数分。

意外にあっさりとガンナーたちを見つけることが出来た私は、木の影に隠れてその場の様子を窺うことにした。

目の前には数人の男たち。

それぞれが手の平サイズの鉄の塊を持ち、それを追われてるだろう男に突きつけている。

あんなに小さいものもあるんだ・・・と妙に感心しつつ、そりゃ確かにクライブの持ってるような大きなものじゃあ目立つもんな・・・、なんて納得してみたり。

そして追われている男に視線を向けて、ひっそりとため息を零した。

追われている男に見覚えはない。

まぁ真の紋章所有者がその辺にゴロゴロしてるわけないしね。―――それに私の知り合いの所有者たちは、そのほとんどが一定の場所にいるわけだし。

広い世界で、そうそう知り合いに会うわけもないか。

ガンナーたちが工作員なのかは分からないけれど、標的は間違いなく彼のようだ。

もしかして彼も真の紋章所有者なのかと思ったけれど、一向にそれを使う様子もないので違うのかもしれない。

その辺はまぁ置いておくとして。

じりじりと背後の木に追い詰められる金髪の青年を目に映しながら、どうしようかと思案する。

できるならハルモニア関係には関わりたくない。

ガンナーたちに追いかけられるくらいなんだから、その理由が彼にはあるんだろう。

だからといって、この場を目撃しておいて「ハイ、さようなら」というのも薄情な気がする。―――いくら知り合いじゃないといっても。

でもガンナーたちを、問答無用に切り捨てるのも躊躇われて・・・。

チラリと腰の剣に視線を送って、再びため息を零す。

しかたない・・・か。

私はゆっくりとガンナーたちの背後に回って、彼らの注意が金髪の青年に完全に注がれているのを確認してから、茂みから飛び出した。

「なっ!!」

まずは一番近くにいた男の首に手刀を送って。

「仲間か!?」

「遅い!!」

声を上げてこちらにガンを向けた男を目に映しながら、身体を捻って渾身の蹴りを男の腹に叩き込んだ。

軽く吹き飛ばされた男が力なく地面に落ちるのを確認して、金髪の青年へと視線を向ける。

ポカンと口を開いて、何が起こったのか分からない様子の青年に駆け寄り、彼の手を掴んで勢い良く走り出した。

「お、おい!!」

「説明は後!とにかく逃げるのが先でしょ!?」

足を止める事無くそう言えば、青年は何も言わずに私の後を付いてくる。

どこを見ても同じような景色の中を、目的もなく走り続けながら。

私の頭の中には、彼が悪人かもしれないという考えは微塵もなかった。

 

 

「・・・はぁ・・・はぁ、はぁ」

荒く息を繰り返しながら、ガンナーの気配がしなくなった頃ようやく足を止めた。

「はは・・・助かったよ。あんた強いな・・・」

「それは・・・どうも・・・」

息が苦しくて途切れ途切れになりながらも、そう返事を返す。

「俺はナッシュ。あんた・・・名前は?」

よ・・・」

名乗ってしまった後で、偽名を使うのを忘れていたと思い出したけれど、言ってしまったものは仕方がない。―――どうせバレっこないだろうと高をくくった。

その場に腰を下ろして、だるい身体を木に預ける。

全力疾走したのなんていつぶりだろうと思いながら、改めてナッシュという青年を見た。

綺麗な金髪の・・・まぁそれなりに整った顔をしている。

服装はどこにでもありそうな感じなのだけれど、着ている物の質はそれほど悪くない。

同じように座り込んだその仕草を見る限り、もしかしたらどこか良家の出なのかもしれないと思った。

そしてもう1つ・・・。

「なぁ、何で俺を助けてくれたんだ?」

突然話し掛けられて、ぼんやりとしていた意識を現実に引き戻す。

そして言われた言葉を思い出し、それに対して苦笑を送った。

「まぁ、成り行きかな?あの状況見て無視するのも気が引けたし・・・」

「・・・ふーん。まぁ助かったけど・・・あんたも意外と無茶する方なんだな」

納得したのか、頷きながら小さく笑みを浮かべる。

印象としては、悪くない。

どこか人を和ませる雰囲気を持っている。―――・・・警戒心を起こすという気を失わせてしまう何か。

私も例外じゃなくそれに落ち着いてしまうのを自覚しつつ、いまだ荒い息を整えるように深く深呼吸した。

森の中は妙な静けさに包まれている。―――先ほどの騒動が、まるで嘘みたいだ。

しばらくの間、私もナッシュも何も話さずに。

けれどその沈黙を破ったのは、ナッシュの方だった。

「・・・なぁ、聞かないのか?」

「なにが?」

「あいつらが何者で、何で俺が追われてたのか・・・とか・・・」

言葉を濁しながらもそう言うナッシュに、私は無言のまま彼を見返して。

あいつらが何者なのかは、大体想像がついてるし・・・っていうか、さっき彼らがガンらしきものを持ってたってことは、私の推論にほぼ間違いはないだろう。

ナッシュがどうしてガンナーに追われてたのかも、気になる所ではあるけれど。

「教えてくれるの?」

そう問い掛ければ、沈黙を返される。

まぁ、聞いて教えてもらえるとは思ってなかったし。

訳ありなんだってことは、聞かなくても察する事はできる。

「別にあなたがどんな理由で追われてようと、私には関係ないよ。人には話したくないこととか秘密はあるモノだし、無理に聞こうとは思わない」

私にだって、そうそう人には言えないことがある。

偽名を使ってでも隠そうとするモノ。

英雄という称号は凄く重くて、同時に生きていくには不便なものでもあるから。

「あんたにもあるんだな。人には言えない秘密・・・」

「そりゃ、まぁね」

誰だってあるモノでしょう?―――大きいか小さいかの違いだけで。

ううん、本人にとっては大きいも小さいもないんだろうけれど。

簡単に返事を返せば、ナッシュは真剣な面持ちで私を見返して。

しばらく考え込む仕草の後、ニヤリと口角を上げた。

「あんた・・・=マクドールだろう?」

瞬間、心臓が跳ね上がる。

今彼は何て言った?

マクドール・・・と言わなかったか?

先ほどまでは形を潜めていた警戒心が、サッと私の中に戻ってくる。

「・・・なんで?」

慎重に聞き返せば、ナッシュはさらに笑みを深めた。

「カマ賭けだったんだけど・・・見事的中って感じだな」

あっさりと返され、思わず唇を噛む。―――ハメられた。

「ま、いろいろ理由はあるんだけどな。歳とか背格好とか?歳の割には妙に強くて戦いなれてるし。それに俺、あんたの事チラッと見た事あるんだよな・・・」

門の紋章戦争の時に、と付け加える。

「確証はなかったけど、もしかして・・・と思ってさ。さらに人に言えない秘密があるとくれば・・・ピンと来るさ」

「ずいぶんと勘のよろしいことで・・・」

「それはどうも」

嫌味を込めて呟けば、軽い調子で返された。

どうする?この男の目的は?

バクバクと煩い心臓を宥めながら、私は内心の葛藤を押し留めてナッシュに向かい笑顔を向ける。

「それで・・・なにが目的?」

「ん?目的って言ってもなぁ・・・」

「私をハルモニアに連れて帰る?・・・・・・ハルモニアの工作員さん?」

私の言葉に、今度はナッシュが顔を硬直させた。

「・・・なんで分かった?」

「カマ賭けだったんだけど・・・見事的中って感じだね」

さっきの彼のセリフをそのまま返せば、困ったように頭をかいた。

「私の方にもいろいろ理由はあるんだけどね。たとえば・・・あなたの服の中に普通からは考えられないほど武器がしまわれてあるとか?」

チラリとナッシュのコートに視線を向ける。

さっき座り込むときに見えたんだよね。

「あと・・・あなたの言葉に北のなまりがある。ということは、少なくともなまりが移るくらいハルモニアにいたって事でしょう?仕草とその髪の色から見るに、多分一等市民。そんな良家のお坊ちゃんが、何の理由もなく戦争真っ只中のトランにいるとは思えないし。私を知ってるって言うくらいなんだから、何か理由があって3年前・・・トランにいたって事だよね?

その当時は深く考えてなかったけど、あの戦争では真の紋章が数多く集まってたから、ハルモニアの工作員がいてもおかしくない。―――というか実際にいたみたいで。

だから顔がバレてて、この3年の間に何回か追われた事あったし。

そこまで説明すると、ナッシュは降参とばかりに両手を上げて苦笑した。

「それで?私の持ってる真の紋章を奪う?」

挑戦的に言えば、ナッシュも同じような笑みを浮かべて。

「譲ってくれるとありがたいね。それ持って帰るだけで、十分な報酬が出るからな」

「・・・それはそれは」

「でも・・・そう簡単に譲るつもりはないんだろう?」

含むように言われ、しかし私はあっさりと。

「別に持ってってもいいけど・・・?」

「・・・は!?」

私の返答が予想外だったんだろう。―――間の抜けた声を上げて、驚いたように目を見開く。

そんなナッシュに視線を送って、不敵に笑う。

「まぁ、私から奪えれば・・・の話だけど」

そう言葉を締めくくれば、呆れたような表情を向けられた。

簡単に渡せるわけないじゃない。

そんなに軽いものなら、もうとっくに誰かに譲ってるわ。

「さぁ、どうする?言っておくけど、向かってくるなら手加減しないわよ?」

剣の柄に手を掛ければ、ナッシュは困ったように肩を竦めて。

「やめとくよ。一応、命の恩人だし・・・」

冗談を言うような態度で、しかし目に真剣な色を浮かべてナッシュは言った。

その軽い調子に少し呆れながらも、何故か彼の言葉を信用してしまっていて。

「・・・ありがとう」

ようやく何の含みもない自然な笑みを浮かべて、ナッシュに礼を告げた。

 

 

それから数日後。

しつこい追っ手(ガンナー)に追われつつ、私とナッシュは森の中を爆走していた。

「もう!ナッシュのせいだからね!!」

「んな事言ったって、俺だってウンザリしてるんだよ!!」

声を張り上げながら、走るスピードを上げた。

「ナッシュがいなかったら、私は追われる必要もないのよ!」

「同行を許可したのはそっちだろ!?アンカー1つにつられたくせに!!」

そう返されれば、反論の余地がない。

思わず言葉に詰まった私に、ナッシュは余裕の笑みを浮かべた。

彼の装備するアンカー。―――手元の操作だけで伸縮自在で、鉤爪付きのワイヤーを木に打ち込めば一瞬のうちに上まで上れたりする。

活用性の高い・・・追いかけられ逃げる事が多い私にとっては、便利な代物だ。

それを彼に譲ってくれと願い出れば、ある条件を突きつけられた。

それは『しばらくの間、旅に同行させてくれ』というもの。

彼がなにを思って私に付いてくるのかはわからない。

本人は用心棒代わりと言うが、それも本当か怪しいところだ。

もしかしたらソウル・イーターを狙っているのかもしれない。―――その可能性も捨てきれなかったんだけど。

結局、私はその条件を飲んだ。

アンカーが欲しかったと言うのもあったけれど。

彼が私に危害を加えるとは思えなかったし、そう簡単にソウル・イーターを奪う事なんてできないということも分かっていた。―――それに・・・・・・。

「何とかしてよ、ナッシュ!!」

「無茶言うな!!」

彼といる事に、ほんの少し安らぎを感じたのかもしれない。

この大変だけども楽しい毎日を、もう少し味わいたいと思ったのかもしれない。

ともかく。

一時的にとはいえ、新しく旅の同行者を迎えて。

私の旅は、より一層デンジャラスに・・・―――そして騒がしさを増した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

何故かナッシュが同行者に。(汗)

でも外伝2の時、ナッシュはまだ都市同盟近くにいたし、その間どこでなにをしていたのかは知らないけど・・・まぁ、アリかなと。(笑)

ちなみに主人公の『吼え猛る組合』の認識は、あまり深くないという事で。(←本文中は主人公視点なので、本来の設定と違ってても追及はナシでお願いします)

本当は大きいガンは騎士級ガンナーしか持てないとかあるけど、主人公がそこまで詳しいと変なので。

そしてアンカー装備で、どんどんと人間凶器と化していく主人公・・・。(汗)

アンカーはナッシュの持つ予備を貰ったという設定です。

作成日 2004.4.12

更新日 2008.5.16

 

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