懐かしいその声を。

懐かしいその姿を。

再び手に入れることが出来た時。

この心は、一体どう動くのだろう?

 

英雄と呼ばれる者

 

「あ〜・・・、いい天気ねぇ・・・」

ぼんやりと空を見上げて、呟いてみた。

青く澄み切った空には、ふわふわの雲がちょこちょこと浮いている。

足を浸した水は冷たく気持ちよくて、時々ピチャンと魚が跳ねる音が聞こえてきた。

なのに私の釣竿には、魚が一匹もかからない。―――朝から昼の今まで延々と釣を続けているのに、未だに一匹も釣れないとはどういうことか?

ずっと空を見上げていると首が痛くなってきたので、そのまま釣竿を投げ出すようにその場に寝転がった。

私は三度、バナーの村に戻ってきていた。

ルカ=ブライトと成り行きで一騎打ちをしてから、少しばかりの時が流れている。

足の傷はもうすっかり癒えて、今のところは怪我をしたことをグレミオに気付かれてはいない。―――気付かれたらどうなるか・・・考えただけでも恐ろしい。

ナッシュと離れたおかげか、あれ以来ガンナーたちの姿も見かけない。

そりゃそうだ、私が追われてたわけじゃないんだから。

本当はもうしばらく都市同盟をぶらつくつもりではあったんだけど、思わぬ緊急事態に急遽バナーに帰ることを決めた。

その緊急事態とは、一体何か?

あれは私がラダトの村に着いた時だ。―――村を占拠しているハイランド兵がなにやら紙を配っている事に気付いて、一体なんなんだろうと思ってその紙を受け取った。

そしてその紙に書かれてあったこととは・・・。

まず私の名前。

それから外見的特徴に簡単な経歴など。

どうやらルカ=ブライトが私を捜しているらしい。―――捕らえて連れて来いという命令が、ハイランド兵に下されたという。

簡単に言うならば、私はルカ=ブライトの手によって指名手配をかけられてしまったのだ。

何でまた、私が奴に指名手配をかけられなきゃいけないのか?

身に覚えが・・・・・・ないとは・・・言えないかな?

もろもろの事情があったとはいえ、私はあのルカ=ブライトに喧嘩を売ったのだ。

結局は私が逃走した事で、はっきりとした決着はついていないが・・・。

見るからに負けず嫌い・・・というか、誰彼構わずねじ伏せなきゃ気が済まないといったタイプのルカのことだ。―――もし捕まったりでもしたら、どんな事になるやら。

私は自分の指名手配書を握り締めて、誰かが私に気付かないうちにと早々バナーの村に帰還することを余儀なくされたのだ。

あれから同盟軍がどうなったのかとか、ルカ=ブライトが今どうしているのかとか、私の指名手配はどうなったのかとか、気にならないわけじゃなかったけれど。

今はそれどころではないのだ。

身の危険を感じてバナーの村に戻ってきた私は、安全だと思ったそこでも危険に晒された。

私の姿を見つけた途端、物凄い形相で駆けつけてきたグレミオの手によって、散々お説教を食らってしまったのだ。―――そして私は今、彼から外出禁止令を言い渡されている。

勝手に村を出て行けないように、船頭にも言い含めてあるらしく・・・今のこの状態から言って、再び都市同盟に行くのは無理そうだ。

だからまぁ、こうやって大人しく釣をしているわけなんだけども・・・。

「・・・釣れないなぁ・・・」

よっこらしょ・・・と掛け声付きで起き上がると、さっき投げ出した釣竿を手に太陽の光を受けてキラキラと光る水面をジッと眺める。

まぁ別に釣れなくても構わないんだけど・・・―――どうせ釣れたってすぐに放しちゃうんだし。

ただ何かを言ってないと、あんまりにも今の自分が寂しく見えて。

はぁ・・・と重いため息を吐いたその時。

「助けてぇ!特にそこの金髪のおにいちゃん!!」

村に隣接している山の方から、妙に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

あれは・・・コウの声だ。―――私がお世話になっている宿屋の子供。

彼は両親が働いていてあんまり相手をしてもらえないせいか、すぐにグレミオをからかう傾向にある。

しかもグレミオもワザとなのか、それとも天然なのか・・・律儀に騙されてやってるし。

そんなことをぼんやり思っていると、不意に背後で土を踏む音が聞こえた。

振り返る間もなく、それが誰だか検討を付けて。

「もう、グレミオ。別に逃げたりしないって!!」

きっとグレミオは、私がコウを使って逃げ出そうとしていると考えたんだろう。

いつも暇ではないはずなのに、すぐ近くにいて私の事を見張っているグレミオ。

どうやら私は、よほど信用がないらしい。―――今までしてきた事を考えると、それでも文句は言えないんだけど。

声をかけても一向に何も返事を返さないグレミオに不審を抱いて、思わず振り返る。

そこにいたのは・・・グレミオじゃなかった。

「・・・・・・クレオさん?」

「・・・・・・・・・」

少しだけ離れたところに立って、こちらを見ている2人の男の子と女の子を目に映して、思わず脱力した。

にナナミ・・・・・・何でこんな所で会うかな・・・。

確かに都市同盟は他の国と比べると狭い方だけど、普通に見ればそれなりに広い土地だ。

なのにこの遭遇率の高さは、一体どういうことだろう。

何となく誰かに謀られている気がしないでもないけど、そんな手間のかかることをわざわざする人間もいないだろう。―――だとしたら、よっぽど縁があるということなのか?

「え、え?もしかしてクレオさんが、の名前を語ってる偽物なの?」

戸惑ったように声を上げるナナミに、私は訳がわからず小さく首を傾げた。

するとそれに気付いたが、ここに来るまでの経緯を説明してくれる。

なんでも、力を貸してもらうためにトラン共和国まで行った帰り、この村でコウという男の子に会ったという。

その男の子は、この村にという同盟軍のリーダーがいると自慢したらしい。

それで偽物の正体を暴くべく、ナナミを筆頭にここに乗り込んできた・・・と。

ちょっと、待て。

私はの名前を語った覚えなんてないし、何よりもコウ自身が私がトランの英雄と呼ばれているという事を知っているはずだ。

そこまで考えて、何故コウがそんな嘘をついたのかに思い当たりため息を零す。

バナーの村に戻ってきてからほぼ毎日、私はコウに遊んで欲しいとせがまれ続けた。

だけどどうしてもそんな気になれなかった私は、人払いをしてこの釣り場にほぼ引きこもりの状態に入り・・・。

きっとそんな私を引っ張り出すために、コウはたちを使ったんだろう。―――目の前の少年が、本物だと気付かずに。

だけどずっと釣り場に篭っていたおかげで、この間までトランに行っていたというたちとこの村でばったり・・・なんてことにならなかったんだから、ラッキーだった。

まぁ、今ここで鉢合わせてりゃ世話ないんだけども。

「あー・・・えっとねぇ・・・」

とりあえず混乱しているナナミを宥めるために、どう言い訳しようか悩んでいると。

「おい、!お前何やって・・・」

新たな乱入者が現れた。

おそらくはと一緒にトランに行っていたメンバーたち。

その面々は、私のとてもよく知った人ばかりで。

「・・・・・・?」

1人の男がポツリと呟いた。―――驚きに目を見開いて、呆然と私を見つめている。

まさかこんな所で・・・それもこんな風に再会するとは思っても見なかった。

突然の再会に言葉が出てこないのか、ただその場に突っ立っているビクトールと。

その一歩後ろで同じように驚いて・・・けれどビクトールよりは全然この状況が把握できている様子のフリックと。

2人の顔を見比べて。

私はもう逃げることを諦めて、困ったように2人に向かって笑いかけた。

「3年ぶり・・・かな?」

「・・・・・・ああ」

私の声に、ようやく正気を取り戻したビクトールは、そう相槌を返してくる。

「フリックとは、この間ぶりだね」

そう声をかけると、ビクトールが驚いたようにフリックの方を振り返る。―――少しバツの悪そうな表情を浮かべて私を睨んでいるフリックを見て、彼は約束どおり私に会った事を黙ってくれていたんだと確信した。

「え、なになに?ビクトールさんもクレオさんと知り合いなの?」

より一層混乱を極めたナナミの言葉に、ビクトールが訝しげに眉を寄せる。

「・・・クレオ?―――どういうことだ、!?」

「え、え?って?それってクレオさんの事?」

ビクトールとナナミに同時に答えを求められて、助けを求めるようにフリックを見ると、フリックは我関せずと言った風に視線を逸らしていた。

はといえば、説明してもいないのにこの状況が読めているのか?―――それとも混乱を顔に出さないだけなのか・・・落ち着いた様子でそこに立っている。

「ああ・・・えぇっと・・・だから・・・・・・」

なにから説明するべきか?

説明したら説明したで、批難の言葉を掛けられそうな気もしたけど、それは私の自業自得なのだから仕方ない。

そうは思っていても、そのしわ寄せ一気に襲い掛かってきたことに、思わず頭が痛くなるのを感じた。―――それを何とか押し留めて、落ち着くために大きく深呼吸を一回。

いざ説明を始めようと口を開きかけた瞬間。

「お嬢!大変です!!」

至極慌てた様子のグレミオが、この場の雰囲気なんて気にする様子もなく飛び込んできた。

とかナナミとか・・・後は彼自身も3年ぶりの再会になるビクトールやフリックのことさえさらりと流して、とんでもないその事実を私たちに突きつけた。

「コウくんが、山賊たちに攫われてしまったんです!!」

痛んだ頭に、私は今度こそ頭を抱えた。

 

 

たちから、コウがグレミオを引き付けるために山賊に攫われるという状況を演じていた・・・という説明を受けて安堵したのも束の間、コウの言い分どおり宿屋に戻っても一向に彼は帰ってこなかった。

そこでようやく、グレミオが言っていた『山賊たちに攫われた!』という言葉が真実だったと気付き・・・―――なんてナイスなタイミングだと思ったけれど、それは敢えて口にしないことにする。

そして今、コウの両親が営む宿屋の食堂で、私たちは一様に硬い表情のまま沈黙を保っていた。

「助けに行きましょう、お嬢!このままコウくんを見捨てるなんてできません!」

キッパリとそう進言するグレミオに、私はやっぱり黙ったまま視線を向けた。

向けられる真剣な眼差しに、否と言えるわけもなくて。

もちろん否というつもりもないし、それは当然のことなのだけれど。

チラリとビクトールたちの方を見ると、彼らは鋭い目つきで私を見据えていた。

・・・」

「・・・・・・なんでしょう」

笑顔が引きつるのを自覚しつつ、それでも朗らかに返事をすると、ビクトールは呆れたようにため息を吐いた。

「俺も行くからな・・・」

「・・・いや、ビクトールたちの手を煩わせるほどじゃあ・・・」

「勘違いすんな。俺はお前が逃げないように見張るために行くんだ。ここで逃がしたら今度はいつ会えるかわかんねぇからな」

キッパリと告げられる言葉に、私は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

どうやらこちらにも、私は信用がないみたいだ。

「僕も行きます!あの子のことが心配だし・・・それにクレオさ・・・さんのこともちゃんと聞きたいし・・・」

既にたちには、私が名乗っていた『クレオ』という名前が偽名である事は説明し終えていた。―――そして私が『トランの英雄』と呼ばれているということもバレた。

結局が行くのならナナミが行かないわけないし、ビクトールと同様にフリックも説明を求めていたので、結局は6人という大所帯でコウを助けに行く事に決定。

行くと決まれば早速と宿を出た私たちは、山賊が逃げていったと思われる方。―――つまりトラン共和国へと向かう山道を、山賊たちの姿を探してひたすら歩く。

その道すがら、ビクトールが呟いた本当に小さな言葉に、思わず拳を強く握り締めた。

こんな時はすこぶる感度の良い耳を、恨みたくなる。

「そんなに俺たちに会いたくなかったのかよ・・・」

いつものビクトールからは考えられない、小さな呟き。

私は別に、ビクトールに会いたくないわけじゃなかった。

寧ろ会いたいと思っていた。

だけどそう思っていても彼を避けたのは、怖かったからだ。

私はビクトールに会うのが、怖かった。

私の弱さも、醜さも、愚かな所も・・・―――ビクトールはその全部を知っているから。

何の見栄もプライドも後ろめたさもなく甘えられるのは、彼にだけだから。

だから私は、彼に会ったらきっと甘えてしまう。

そしてそんな私を、優しいビクトールは受け止めてくれるだろう。

でも・・・そうなった時、私はどうなってしまうだろうか?

ギリギリのラインで強がっている私が、それを保てなくなってしまったら?

私はきっと、ダメになる。

彼に依存して、頼って、きっと1人で立てなくなってしまう。

だから1人でちゃんと立って歩けるくらいの勇気と強さを手に入れるまでは、どうしてもビクトールに会うわけにはいかなかった。

ちゃんと彼の隣に立って、戦えるだけの強さができるまで。

これから辛い事は数え切れないほどあるだろうし、それは戦いの中に身を置けばさらに数を増やすだろう。

もう二度と、大切な人を失わないように。

ちゃんと、自分の力で大切な人を守れるように。

そして・・・―――厳しい戦いの中でも、自分を見失わないように。

それだけの覚悟と、強さと、勇気を。

今の私に、それがあるだろうか?

鬱蒼と続く山道を、コウの姿を探して歩きながらそんなことを思う。

今の私は、どんな事が起きても自分らしく在り続けられるだろうか?

自分自身にそう問い掛けて・・・―――けれどその答えは、いつまで経っても返ってこなかった。

 

 

コウを攫った山賊たちを見つけたのは、山道を三分の二ほど進んだ頃だった。

私たちを取り囲むように姿を現した彼らは、一様にニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべている。―――それを冷めた気持ちで眺めて、小さくため息を吐く。

「今なら許してあげるわ。だからさっさとコウを返して・・・」

「はっ!何を言うかと思えば・・・そう言われて素直に返すわけねぇだろ!?」

まぁ、ありがちといえばありがちな山賊のその態度に、苛立ってくる。

一体誰のせいで、ここまで来たと思ってるのよ。

「御託はいいから。実力行使に出られたくないなら、さっさと返せ」

あくまで命令口調でそう言うと、リーダーだと思われる男は鼻で笑った。

くそう・・・かなりムカツク。

もう問答無用で張り倒してやろうかな・・・なんて思っていると、山賊のうちの1人が青ざめた様子でこちらを凝視しているのに気付いた。

男は震える指でを指し、同じように震える声で呟いた。

「俺・・・こいつ知ってる・・・」

まぁは今話題の同盟軍のリーダーだからね。―――知っててもおかしくないけど、都市同盟の英雄の名前がトランを根城にしている山賊の間でまで広まってるとは思わなかった。

そんなことを思っていると、もう1人の男が今度は私を指さして言った。

「こっちも奴も・・・見た事ある」

様子のおかしい部下にようやく気付いたのか、リーダーだと思われる男はからかうように笑みを浮かべる。

「なんだ?お前らの知り合いかぁ!?」

明らかに馬鹿にしたその口調に、しかし部下たちはそれを返すだけの余裕もないようで。

「こいつは・・・同盟軍を率いてるとか言うガキ・・・」

?それってあのルカ=ブライト相手に戦ってるって奴か?」

信じられないと言わんばかりに部下を一瞥し、笑う。

「こっちは・・・解放軍を率いてトラン共和国を打ち立てた・・・」

「あぁ!?あのバルバロッサを倒したっていう?」

今度はこちらに視線を向けて・・・―――威嚇するように睨みつけると、怯えたように一歩退いた。

どうやら私の顔には見覚えがあったみたいだ。

こんな山賊にまで顔が知れているというのは、正直あんまり良い気分ではないけれど、それはそれで仕方がないかとも思う。

まぁ、そうは言ったってトラン共和国のすべての人に顔が知れているわけじゃない。

解放戦争中に私の姿を見かけた人以外は、会っても私が=マクドールだと気付く人はいないだろう。

いろんな歴史家が解放戦争について本を書いているみたいだし、そこに私の似顔絵を載せている本もあるけれど、似ているものはあんまり見かけたためしがない。

まぁ今回は顔が知れてるおかげで、ずいぶんと事が楽に運びそうだけれど。

先ほどと一転して、あからさまに怯えた様子の山賊たちを目に映して、私は畳み掛けるように剣に手を伸ばす素振りを見せながら聞いてみた。

「コウはどこにいるの?」

脅すなよ・・・とかいうフリックの突っ込みが聞こえたけど、敢えて無視して・・・―――こういう場合、一番非難の言葉を発しそうなグレミオは、コウのことが気になってそれどころじゃないらしい。

ビクトールも面白がっているだけで、止める気配は微塵もなかった。

「あ・・・あのガキは・・・」

「・・・あのガキは?」

言葉を詰まらせる山賊をさらに追い立てると、怯えた様子で道の先を見た。

「この先にモンスターがいて・・・」

ポツリポツリと出てくる言葉に、辛抱強く聞き入る。―――山賊の言ったモンスターには覚えがある。

この山道に住み着いている、比較的強いモンスターだ。

「それで・・・?」

「それで・・・・・・襲われて・・・」

襲われて?

何となく嫌な予感がした。

山賊たちの実力はよく知らないけど、それほど強そうには見えない。―――あのモンスターを彼らが倒せるとは思えなかった。

そして・・・山賊に攫われたはずのコウの姿が、この場にはないということは・・・。

「・・・まさか」

「・・・・・・あのガキを囮にして・・・」

「「「何でそれを早く言わないのよ(んだよ)!!」」」

山賊が怯むのが分かったけれど、そんなことに構ってる暇はない。

私たちは一斉に駆け出した。

「こっ、コウくんは大丈夫でしょうか!?」

「・・・・・・さあ?」

「さあ・・・って!!」

「こればっかりは、その子供の運に頼るしかねぇしな・・・」

「運でモンスターが攻撃止めてくれるわけないだろ!?」

「何言ってんだ。お前は運が悪いから、モンスターから集中攻撃浴びるんだろ?」

「ほっとけ!!」

どうでもいい事を話しながら走るスピードをさらに上げる。

が、あの山賊たちの事放っておいて良いんですか?とか聞いてきたけど、あいにく今はそれどころじゃない。

無事コウを助ける事が出来たら、あの山賊たちの処遇を決めよう。

山道をトランに向けて走るが、一向にモンスターの姿はない。

早く見つけないと!―――逸る気持ちを抑えながら辺りを注意深く見回していると、不意にモンスターの鳴き声のようなものが耳に届いた。

「あっちだ!」

大体の当たりをつけて方向転換ししばらく走り続けると、ようやくモンスターの大きな身体が木々の間から見えた。

「ギアァァァアァァァァ!!」

耳を劈くような不快な鳴き声をあげる芋虫型のモンスターは、私たちの姿を確認するとじたばたと身体を揺すりながらこちらを向く。

「お嬢!あそこにコウくんがっ!!」

グレミオの声に視線を巡らせると、芋虫型モンスターのちょうど真横にコウの姿を見つけた。

攻撃を受けたのだろうか?―――ぐったりとして動く様子のないコウに、不安はさらに募る。

早く駆けつけたいけど、モンスターが邪魔をして通してくれない。

「ビクトール!フリック!!」

「ああ!」

「分かってるって!!」

私の声に応じて、2人は剣を抜きモンスターに襲い掛かった。―――たちも己の武器を構えて、モンスターに向き直る。

私は口の中で呪文を唱えながら、チラリとグレミオに視線を向けた。

それを受けたグレミオは、1つ小さく頷いてモンスターに気付かれないようこっそりと移動を開始する。

「ギアァァアアアアアァァァ!!」

「ちっ!」

ドタバタと暴れ、さらには糸のようなものを吐いてくるモンスターに多少苦戦しながらも、何とかグレミオがコウのところに辿り着くまでモンスターを引きつけておかないとと思う。

紋章を発動させて風の刃を放つが、あまり効果がないようで・・・。

「お嬢!コウくんを助け出しました!」

グレミオからの合図に、ホッと胸を撫で下ろす。―――けれど目に映ったグレミオの表情が暗いことに気付いて、再び不安が胸の中に溢れ出てきた。

助け出した・・・というくらいなんだから、生きているだろうとは思うけど・・・。

ともかくも興奮してさらに凶悪化したモンスターを退治してしまわない事には話しが進まない。―――そう思ってモンスターに視線を向けた時、モンスターが異様な声を上げた。

「なんだ!?」

声を上げたビクトールに反応するように、芋虫モンスターの背中がぱっくりと割れる。

そして・・・・・・その割れた背中から、ヒラリと薄い何かが出てきた。

「・・・羽?」

それは羽だった。―――4枚の羽が背中から出てきたと思った瞬間、その身体も同時に姿を現す。

「孵化・・・・・・ふ、孵化した!!」

見た目的には蝶。―――けれどメチャクチャ大きいそれは、そこらへんを飛んでいるものとは訳が違う。

はっきり言って怖い・・・寧ろ気持ち悪い。

背中から出てきたその蝶は、バサリと羽を羽ばたかせて宙に舞い上がった。

それに一拍遅れて、物凄い強風が私たちを襲う。

気を抜けば吹き飛ばされてしまうんじゃないかと思うほど強い風に、耐えるのが精一杯の私は何とか風を遮ろうと手をかざすけど、あいにくそれは何の効果もなかった。

「――――――っ!!」

ビクトールが何かを叫んでいたけど、耳元で鳴る風の音でなんて言ってるのか分からない。

武器で向かっていく事も不可能・・・相手がこれだけ強い風を巻き起こしている中で、風属性の紋章が通じるわけもなくて・・・―――まさに八方塞状態に陥った私たちの前に、は猛然と立ちはだかった。

襲い来る風から庇うように私の前に立ったは、ゆっくりとした動作で右手を掲げる。―――彼が何をしようとしているのかを察して声を掛けるが、何の返事も返って来なかった。

これだけ近くにいるんだから、私の声も聞こえているはずだ・・・だというのに。

の右手に宿る『輝く盾の紋章』が、微かな音を放ちながら一際眩い光を放った。

それと同時に、蝶モンスターの上から無数の光の雨が降り注ぐ。

『始まりの紋章』は2つで1つ。―――今が宿しているのは不完全なものだというのに・・・なのにこれだけの威力があるなんて・・・。

「ぎあああぁぁぁっぁああぁ!!」

明らかに苦しそうな悲鳴を上げて、モンスターはバランスを崩して地面に落下した。

さっきまで私たちの身体を封じていた強風がなくなりホッと安堵の息を吐いたその時。

「・・・なっ!?」

急に私の右手に熱が宿った。

薄く浮き出てきた文様に、何が起こったのかを察して強く右手を握り締めるが、抵抗しようとすればするほど、右手の甲に痛みが走る。

「ダ・・・ダメ!!」

必死に押し留めるが、ソウル・イーターは私の意思を無視してその凶悪な力を発動させた。

もがき苦しむモンスターの周囲に小さな闇が出現する。―――それは少しづつ大きさを増して、ゆっくりとモンスターの身体を飲み込んでいく。

断末魔さえも飲み込んで、その淀んだ闇は現れた時と同じようにゆっくりと姿を消した。

それと同時に、右手に走った痛みも消えうせて・・・・・・私は今目の前で起こった出来事に呆然として、力なくその場に座り込む。

なんで?何でソウル・イーターはその力を発動させた?

私は完璧に押さえ込んでたはずだ。―――それには自信がある。

その時ふと、先ほどのの攻撃を思い出して・・・。

もしかして・・・同じ27の真なる紋章の力に、触発された?

思い当たった出来事に、思わず頭を抱え込んだ。

私が完璧に押さえ込んでいると思っていても、まだソウル・イーターには余裕があったんだ。―――だからその力を、私の意思と関係なく放つことが出来た。

まだまだ不安定な・・・そして未知なる力を秘める己の紋章に、恐怖すら抱く。

そんな私の耳に慌てたようなグレミオの声が聞こえ、思わずそちらに視線を向けた。

「コウくん!コウくん!!」

必死にコウの名前を呼ぶグレミオに、今はそんなことを考えてる場合じゃない事を思い出す。―――慌てて立ち上がって駆け寄ると、グレミオは青ざめた表情で私を見上げた。

「・・・どうしたの?」

「コウくんが・・・モンスターの毒に侵されたみたいで・・・」

コウの額に手を当てると、物凄く熱い。

熱も高く、呼吸も苦しそうだ。

急いでバックの中から毒消しを取り出してコウに与えるが、症状は一向に治まる気配を見せなかった。

「どうも特殊な毒みたいだな。市販の毒消しじゃあ効かないみたいだ・・・」

フリックの呟きに、気持ちが焦る。

じゃあ、一体どうすればいいの?

このままだとコウの身体が危ない。―――子供故に大人よりも抵抗力が低く、それほど長くは持たないだろうと思えた。

「お嬢・・・」

「何?何か良い案見つかった?」

神妙な顔で私を見上げるグレミオに、私は縋る思いで問い掛ける。―――こういうことは私よりもグレミオの方がずっと詳しいのだ。

するとグレミオは少しだけ迷って・・・けれどキッパリと告げた。

「トランに行きましょう」

「・・・・・・え?」

「リュウカン先生なら、きっとコウくんを助けてくれます。ここからならトランは近いですし・・・」

言葉を濁しながらそう提言する。

私がなるべくトランには近づかないようにしている事を知っているグレミオとしては、言い出しにくいのだろう。

迷ってる暇は、なかった。

「わかった。トランに行こう」

力なく横たわるコウをグレミオの背に乗せて、自分で言い出したにも関わらず複雑そうな表情を浮かべるグレミオを急かし歩き出す。

3年ぶりの故郷。―――懐かしさと嬉しさと、そしてほんの少しの不安と戸惑いを胸に。

私たちは、トランに向けて歩き出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ようやくビクトールと再会!長かったよ・・・。(本当にね)

時間軸としてはルカとの決戦前。ゲームよりも少し早いけど、あそこ過ぎると山場なくなっちゃいますし・・・。(笑)

*補足*

作中の、『何の〜もなく甘えられるのはビクトールだけ』というのは。

フリック=オデッサ。

グレミオ=彼自身と父親・テオの事に負い目があるからという意味です。

幻水1の方で書いてあるんですが、そちらを読んでいない人の為に・・・。(←いらない)

作成日 2004.4.17

更新日 2008.7.9

 

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