人と分かり合う為には、当然努力が必要で。

それは時にとても難しく、不安にもなるけれど。

もしかすると本当は、とても簡単な事なのかもしれない。

 

彼女の実力

 

何の前触れもなく本拠地にやってきたシーナの勧めもあって、俺たちは隣国に協力を求めるために、懐かしいトラン共和国へ旅立った。

まぁ、他に手がなかった・・・ってのが本音なんだが・・・それはこの際置いておいて。

何とか協力を取り付けて、レパントが派遣してくれた兵を引き連れバナーの村まで戻った俺たちは、出迎えに来てくれたアップルたちに兵を任せて、兵の数が数だけにいっぺんに船を出せないとか頭を悩ませているアップルたちを尻目に、一休みさせてもらう事にした。

そんな中、村の子供となにやら楽しそうに話をしつつどこかへ走っていくたちに、子供は元気だな・・・と感心してると、同じように俺の前に座って酒を飲むフリックに年寄り臭いと言わんばかりの視線を向けられた。―――お前も同じだろ、とか突込みを入れようと思ったが、面倒臭くなってやめた。

その後、ようやくすべての兵を船で送り終えたとアップルから知らせが届いて、残ったのは俺たちだけだと言われたので、未だにどっかほっつき歩いてるたちを探して村中を歩き回る。―――村人に村の外れの方に走っていく姿を見かけたと教えてもらい、一体なにをやってるんだと思いながらもそちらに向かう。

そこで俺は、信じられない人物と再会した。

国を出て、行方が分からないと噂されていた『トランの英雄』。

どんな時でも、俺の心の中に住み着いて離れなかった・・・愛しい少女。

「3年ぶり・・・かな?」

そう言ってにっこり笑った

その整った顔立ちも、華奢な身体も、腰まで伸びた艶やかな黒髪も、3年前と少しも変わらず。―――けれど向けられた笑顔は、確かに大人びていて。

ドキリとした。

その馴染みのない雰囲気に・・・―――確実に俺の知らない3年間を、目の前に突きつけられたようで。

その後、が『クレオ』という偽名を使って、何度もたちに会っていたことを知った。

それどころかフリックもグリンヒルで会っていたらしい。―――なんで話さなかったんだと問い詰めたら、が黙っててくれと言ったからだとあっさり返された。

たちから『クレオ』という女の話は山ほど聞いたが、まさかそれがだとは夢にも思ってなかった。

『クレオ』という名前の女は知り合いにいるが、そいつは今はグレッグミンスターでの家を守っていると聞いていたから、すぐに俺の知っている奴ではないだろうと結論を下し・・・まぁ、同姓同名なんてそれほど珍しい事じゃないしな。

だから俺はびっくりしたし、それと同時にショックも受けた。

確かに俺とはこの3年間音信不通で・・・―――どちらも行方不明扱いになっていたんだからそれは当たり前だろうが・・・。

それでも俺は、近くでの噂を聞いたらきっと迷う事無く捜しに行くだろうし、だからもそうだろうと何の疑いもなく思っていた。

だけど実際、は俺に会いに来る事はなかったし、寧ろ俺たちから逃げていたようで。

好きな女にそんな態度を取られて、ショックを受けない男がどこにいる。

そうして再会した俺たちは、思わぬ事件に出くわしトラン共和国へと戻った。

何とか一騒動も収まって和やかな夕食を終えた後、姿を消したを捜して無駄に広いマクドール邸を捜し歩く事数十分。―――二階の大通りに面したベランダであいつの姿を見つけた。

どこか憂いを含んだ・・・そんな表情を浮かべるは文句ナシに綺麗だった。

変わらない姿、変わっていく雰囲気。

少女の姿をしたは、間違いなく大人の雰囲気をまとっていて。

やっぱり心臓が踊った。

それと同時に少し怖くなった。

あいつに言いたいことは山ほどある。―――なんで俺たちを避けてたのか?とか、俺たちと一緒に戦ってくれないか?とか。

だけど、もし拒絶されたら?

嫌だと、はっきりと言われてしまったら?

こんな事をグダグダ考えるなんて、全く俺らしくない・・・が、それほどあいつに惹かれているのかと思うと、それも悪くないと思った。

こんな感情を、もう二度と持つ事などないだろうと思っていたから・・・。

そして俺は言った。

あいつに『俺たちと一緒に戦ってくれないか?』と。

が戦いを望んでいないだろう事は分かっていた。

そのが、どうして今都市同盟にいたのかは分からなかったが、それでもそんなを再び戦いに巻き込む事は本位ではなかった。―――けれど。

けれど目の前で微笑むを見て、漠然と思ってしまった。

ここで別れたら・・・もう会えないかもしれない。

また知らないうちに姿を消して・・・―――そうしたら、もう会うこともないかもしれないと。

結局俺はそんな思いを振り払う事が出来ずに、頭で考えるよりも先に言葉を発していた。

少し困ったように微笑むあいつを目に映して・・・返事は明日で良いと言葉を残して逃げるようにその場を去った。

こんな情けない俺を、俺自身初めて知った気がする。

その後が何を想っていたのか、俺には分からなかったが。

眠れぬ夜を過ごして・・・―――再びバナーの村に戻った俺たちを前に、は妙に晴れ晴れとした笑顔を浮かべて言った。

「これからお世話になります」と。

 

 

「じゃ、俺たちは先に入ってお前の事説明しておくから、俺が呼んだら入ってきてくれ」

本拠地に戻って大広間の前まで来ると、俺はにそう告げた。

「・・・何企んでるの?」

訝しげに眉を寄せてそう聞き返すに、誤魔化すように笑みを送った。

俺はそんなにわかりやすい顔をしてたんだろうか?―――そう思ってたちを見ると、俺の考えてる事が分かったのか至極楽しそうな笑みを浮かべていた。

これじゃあ、そういうことには妙に鋭いに、バレない筈がないか。

「まぁ、いいじゃねぇか。それじゃあ、俺が呼んだら・・・だからな?」

未だに何かを言いたそうなにそう言い聞かせて、俺たちは反論が来る前に大広間へ飛び込んだ。

そこではもう、これからについての会議が始まってたんだろう。―――同盟軍の主な面々が揃ってる。

こりゃ都合がいい・・・などと思いつつテーブルに近づくと、不機嫌を隠そうともしないシュウが鋭い視線を向けてきた。

「ずいぶんと帰りが遅かったようだな」

直球で投げられた質問に、俺は肩を竦める事で返事を返す。

「アップルが城に戻ってきてからお前たちが帰ってくるまでの決して短いとは言えない時間、どこで何をしていた?今がどういう状況か分かっているんだろうな?」

「分かってるって。だからこその行動だ」

殿を引っ張りまわしてまでか?」

シュウの言葉にが何か言おうと口を開いたのが分かったが、それを無言で制して1つ頷いた。

するとシュウは1つ大きなため息を吐き出して。

「・・・ならば聞こう。お前は何をしていた?」

その質問に思わず頬が緩むのを自覚しつつ、それを隠すために咳払いをする。

俺がこれを言った時の、ここにいる奴らの反応が楽しみだ。

「実はバナーの村で懐かしい顔を見かけてな。どうしてもそいつに協力してもらいたくて、まぁ・・・説得してたってわけだ」

「・・・?それほどの腕を持つ人物なのか?」

「ああ、それは保証する」

なんてったって、国を相手に戦った軍のトップに立ってたくらいだからな。

「戦士としての腕はもちろん、兵の指揮だって天下一品だし、おまけに軍師の才能まである。これはある大物軍師が認めるくらいだから間違いないだろ」

そう言葉を続けると、興味を持ったのか・・・シュウが薄く目を細める。

「ほう。それほどの人物ならさぞや名も通った武人なんだろう。その人物の名前は?」

やっぱ頭の回転が良い奴は話が早くて助かる。

俺の期待する反応ばっか返してくれるからな。

ニヤリと笑みを浮かべて、たちとフリックに視線を向けると、奴らも楽しそうに笑みを深めている。

俺はそのまま視線をシュウに戻して、やっぱり笑みを浮かべたまま言った。

=マクドール」

その名前を言った瞬間、シュウの隣に座っていたアップルが息を飲むのが分かった。

「・・・=マクドールだと?」

シュウが感情の読み取れない声色で、その名前を呟いた。

ここにいる連中全員が驚いているみたいだから、名前に聞き覚えがあるんだろう。

まぁ、自国での戦いではないとはいえ、いつ飛び火がくるか分からないほど近い隣国の戦いなら、国の中枢に位置する人間なら知っているだろう。

トランだけじゃなくて、他の国でも『門の紋章戦争』は有名になったし、それと同時に解放軍のリーダーだった=マクドールの名前も世間に広まった。

「・・・本当なんだろうな?」

「疑うなら自分の目で確かめればいいだろう?」

「・・・私は彼女を知らない。見たところでそれが本当に本物なのか判断は下せない」

あからさまに疑いの眼差しを向けてくるシュウに、俺は大げさにため息をついて見せた。

そんなに俺は信用ならないか?―――こんな事で嘘をついて、俺に何の得があるってんだ。

「まぁ、あんたが分からなくともアップルなら分かるだろう。シーナもいることだしな。おーい、入ってきていいぞ!」

シュウの確認を取る前に、扉の向こう側にいるハズのに声をかけた。

一拍置いて、ゆっくりと扉が開かれる。

さぁ、驚くのはこれからだ。

扉から俺たちがいるところまで、高い壁がついたてのように立っている。

女の中では背が高い方に入るでも、その壁が邪魔をして姿が見えない。

カツカツという足音だけが広間の中に大きく響いて。

全員が息を飲んだ瞬間、がマントと髪をなびかせて姿を現した。

再びアップルが・・・そしてシーナが驚きの声を上げた時、は足を止めてこちらを凝視するシュウたちに向かいにっこりと微笑みかける。

「初めまして」

さすが良いとこのお嬢さんだ。―――その身のこなしが優雅で、誰かが小さく感嘆の息をついたのが分かった。

つーか、お前いつもとキャラ違いすぎだろう?

もしかしたら俺たちが思う以上に、は緊張しているのかもしれない。

思えば解放戦争以降、公の場に姿を現すのは今回が初めてだった。

さん・・・」

放心したようにの名前を呟き立ち上がったアップルに、は笑顔を向ける。

「久しぶりだね、アップル。元気そうで何よりだよ」

「あ・・・はい。さんも・・・お元気そうで・・・」

アップルは戸惑いを隠せずに、それでも挨拶だけは何とか返す。

あいつが戸惑うのも分からないでもない。―――解放戦争時、アップルは何かにつけてに突っかかっていってたから。

それが恩師であるマッシュの為なのだと分かっていたは、何も言い返しはしなかったけれど。

それどころか、あんなに毛嫌いされていたにも関わらず、アップルの事を妙に気に入っていた事に疑問を抱いた事さえある。

「アップル・・・」

どうしていいか分からずただを凝視していたアップルに、シュウは静かに声をかけた―――本物か?と窺うシュウに、アップルはしっかりと頷く。

「はい、間違いなく・・・この方は『=マクドール』さんです」

「それから前に言った、何度も僕たちを助けてくれたクレオさんも、さんなんだよ」

アップルとの言葉に、全員が何度目かになる驚きの声を上げた。

「それは・・・」

「偽名を使ってたんだよ、こいつは・・・」

口を開きかけたシュウを遮って、俺は少しだけ不機嫌な声色でを指した。

まだ言うの?とその顔が物語っていたが・・・悪いが簡単に流せるほど、俺にとっては軽い問題じゃなかったんでね。

「何故偽名を・・・?」

眉間に皺を寄せて問い掛けるシュウに、は小さく肩を竦めて。

「まぁ、いろいろと事情がありまして・・・。そのことについては忘れてくださるとありがたいんですが」

言外に「言うつもりはない」と漂わせるに、シュウは小さく息を吐いた。

「いいでしょう。それでは本題に入りましょう。貴女は・・・本気で同盟軍に入ると?」

「いけませんか?」

あっさりと・・・まるでどうしていけないのか?といった風に即答する。

何かを読み取ろうとせんばかりにを凝視するシュウと、それをさらりと交わすように飄々とした笑みを浮かべる

言っとくが、は心を隠すのが上手いぞ?

それこそ解放戦争時に周囲になんでもないと思わせるほど・・・俺たちぐらい近しい人間じゃないと、その変化を読み取る事は難しい。

「あの・・・ビクトールさん」

「ん?どうした?」

「皆さんにどういう説明をしたんですか?」

今まで黙って事の成り行きを見守っていたグレミオが、小声で俺に話し掛けてきた。

「なに、ありのままを話しただけだ」

「ありのまま・・・ですか・・・」

どことなく納得いかないと言った表情を浮かべつつも、とりあえずはそう返事を返して頷くグレミオの背中を、誤魔化すように軽く叩く。

ちょうどその時、シュウが小さくため息を吐いた。

ったく、失礼な奴だ。―――ほど優秀な将はめったにお目にかかれないぞ?

これからルカ=ブライトと戦う上で、これ以上ない戦力だろ?

なんか向こうでものことを捜してるみたいだが(ラダトで配られてたチラシを見た)、先に見つけて味方に引き入れた俺に感謝して欲しいくらいだ。

「分かりました。これからよろしくお願いします、殿」

で結構です。こちらこそよろしくお願いします」

立ち上がり手を差し出したシュウに、は変わらない笑顔を向けてその手を取り握り返した。

 

 

「ちょっと待ってください!!」

広間にマイクロトフの大きな声が響く。

とグレミオを交えて、少しばかりの休憩の後再開された会議で、シュウが言った一言にマイクロトフは異議を唱えた。

シュウが言ったのは、今後の部隊編成について。

当然ながらは一軍を任され、グレミオがその副将に任命された。―――そこまでは何の問題もなかった。

問題は、もう1人の副将にマイクロトフが任命されたからだ。

「何か問題でも?」

動じた様子なくそう顔を上げたシュウに、マイクロトフは一瞬言葉に詰まる。

「彼女の実力を考えれば、この編成は当然だと思うがな。確かにお前も一軍の将として申し分ないが、今は兵の数が足りない」

「そういう事を言ってる訳ではありません!俺が副将なのが問題ではなく・・・」

ということは、が大将だという事に問題があるのか?

休憩中、当然の事ながらは全員に質問攻めに合い、その中で何故かとマイクロトフが知り合いなのだという事が判明した。

テレーズならともかく、何でマイクロトフと知り合いなのか聞くと、ミューズで会ったと説明された。

その時の様子じゃ、結構和やかな雰囲気だったってのに・・・。

殿が大将として立つのに、何ら問題点は感じられないが・・・」

「いいわ。構わないから、思ったことを言って?」

シュウの言葉を遮って、が穏やかに口を開いた。

それに本人が良いならと口を閉じたシュウに代わって、マイクロトフは戸惑いながらもはっきりとした口調で言う。

「女性を矢面に立たせるのに、俺は賛成しかねます」

「「「「・・・は?」」」」

一斉に上がった声に、カミューが小さく苦笑しているのが見えた。

なんつーか・・・理由が理由だけに、コメントしづらいというか・・・。

「私は女である前に、1人の戦士であるつもりなんだけど・・・」

「それでも貴女が女性である事には変わりありません!」

そりゃまぁ、そうなんだがな・・・。

困ったように苦笑すると、真剣そのもののマイクロトフを見比べて、シュウはため息混じりにキッパリと宣言した。

「この編成に変更を加えるつもりはない。お前の異論は却下する。では次の・・・」

強制的に話を打ち切って、シュウは違う部隊の編成について話し始めた。

「シュウ殿!!」

いまだ納得できないという表情を浮かべているマイクロトフを無視して、次々と決定していく部隊編成。

それを告げ終えた後、具体的な作戦は明後日発表すると締めくくって、会議は一応の終わりを見せた。

書類なんかを手に広間を出て行く面々に、後で一杯やろうとか声を掛けられ頷いているは、ほとんどの幹部たちが去った広間で配られた書類に目を通しながら大きくため息を吐き出した。

「・・・どうしようか」

ポツリと呟かれた言葉を聞き逃さずに、笑みを浮かべての隣の席に座る。

「大変だな、お前も・・・」

そう労わりの言葉を掛けると、私を引っ張り込んだ張本人の言うセリフか、と呆れ口調で返された。

違いない・・・と笑うフリックに、は同じように呆れた視線を投げかけて。

「あー、どうしようかな・・・」

もう一度そう呟くと、勢い良くテーブルに突っ伏した。

確かに、一軍を任されたにとってみれば大問題だ。―――何せ自分の軍の副将が、大将である自分のことを(ある意味)快く思ってないんだからな。

戦場では少しのミスが命取りになりかねない。

そしてそのミスのしわ寄せは、ほとんどが自軍の兵たちに来るんだから・・・。

何か言葉を掛けてやりたいが、こればっかりはどうしようもない。―――マイクロトフが頑固なのは、俺もよく知っている。

「ねぇ、さん」

未だにテーブルに突っ伏したまま、アーとかウーとか唸っているに、にこやかな笑顔を浮かべたが声をかけた。

「そんなことより、この城の中を案内するよ。さんとグレミオさんの部屋も、シュウに用意してもらったからさ」

さっきの問題を、あっさり『そんなこと』と片付けたの顔をポカンと見上げて、は小さくため息を吐く。

「あ・・・そう・・・」

ポリポリと頭を掻いて、テーブルに広がった書類を一まとめにすると、はゆっくりと立ち上がる。

「それじゃあ・・・お願いしようかな?」

おいおい、いいのかよ・・・。

思わずそう突っ込みそうになった俺に、は振り返ってにっこりと笑う。

「ビクトールとフリックも行く?」

俺はフリックと顔を見合わせて。

無言のままお互いの意見は一致した。―――行かないわけないだろ。

 

 

「えっとね、ここがお風呂で・・・この階段を上がったところにレストランがあるの」

ナナミを先頭に、広い本拠地内を歩き回る。

「へぇ〜、レストランですか・・・」

興味を持ったグレミオが入り口から中の様子を覗く。―――今は食事時じゃないから、それほど人の姿はなかった。

「それからこの先にステージがあるよ。アンネリーちゃんが唄歌ったり、カレンちゃんがダンス踊ったり・・・あとたまにコボルトの人たちが踊ってるよ」

小さく相槌を打ちながら、はステージに視線を送る。

ここも今は何の催しもされていなかった。

「そういえば、昔もミーナに誘われて踊ってたよな・・・」

「えっ!?さんってダンスも踊れるの!?」

すごーい、と目を輝かせながら俺の言葉に反応するナナミ。

「あとよく唄を歌ったりしてましたよね?」

それに便乗して、グレミオもそう言葉を続ける。

「ああ、俺も聞いたことある」

フリックも同調して頷いた頃・・・―――が何かを考える仕草で、へチロリと視線を向けた。

「・・・そうなんだ」

「なにかな、その目は・・・」

「ううん。それならたまにはさんにもステージに立ってもらおうかな?とか思ってただけ」

あっさりとそう告げたに、はにっこりと笑顔を浮かべてみせる。

「絶対に嫌」

「えぇ!?なんで??」

「絶対に嫌」

「あたし、さんの唄とかダンスとか見たい!!」

「絶対に嫌」

断固として拒否の姿勢を崩さないに、不満とばかりにとナナミが抗議の声を上げる。―――が、は最後までそれを拒否した。

「なんだよ。たまにってんだから、あんなに嫌がらなくたって・・・」

「じゃあ、ビクトールがステージに立ったら?」

冷たい視線と共に投げかけられた冷たい言葉に、俺は無言のまま視線を泳がせる。

その目は、『余計な事言うんじゃないわよ』と如実に物語っていて・・・こんな状態のに逆らおうなんて愚かな真似、俺にはできない。

「あ、そろそろさんたちの部屋の用意が出来た頃じゃないかな?」

冷ややかな空気が漂う中、そんなことなどお構いなしにが口を開いた。

それに救われて、俺は話を逸らす為にの話しに乗る事にする。

「そういや、もうそんな時間だな・・・。そっちに行くか・・・」

慌てて話題を変えようとする俺に、やっぱりは冷たい視線を向けたまま。

けど何とかそれを宥めて、たちの部屋とやらに向かう。

渡り廊下を歩いて、主に兵士たちが住まう兵舎へ足を踏み入れた俺たちは、俺たちを待っていたらしい部屋の清掃なんかをしてくれる奴の案内を受けた。

殿とグレミオ殿のお部屋はこちらになります」

そう促されて立った部屋の前。

ある一部屋を挟んだ不自然な配置に、とグレミオは揃って首を傾げる。

「あの・・・私とお嬢の部屋は隣じゃないんですか?」

「っていうか、私たちの部屋に挟まれたこの一室の主って誰なの?」

「あ、ここは俺の部屋だ」

「「え゛!!」」

揃って声を上げて、2人はそのまま固まった。

つーか、なんだよその態度は。

メチャクチャ失礼じゃねぇか?

「・・・他の部屋は?」

「えっと・・・ございますが、シュウ殿がお二人にはぜひこちらの部屋を、と」

「・・・は?」

「ビクトール殿とは旧知の仲のようなので・・・きっと慣れているだろうと」

戸惑いながら言葉を述べる女に、はグッと拳を握り締めた。

「あの男!なんなのよ、これって嫌がらせ!?そんなに私たちが気に食わないの!?」

おい・・・それってどういう意味だよ。

「いいじゃねぇか、お隣さんで」

明るい声をかけると、とグレミオは恨めしそうな目で俺を睨んできた。

「あんたね・・・なんであんたの部屋の両隣が空いてると思ってるわけ?」

「・・・なんでって・・・・・・」

「ビクトールさんのいびきが煩いからですよ!!」

い、いびき!?

「フリック。あんたビクトールの相棒でしょ?何で隣じゃないのよ!」

「無茶言うなよ。俺だって安眠を得る権利くらいあっていいだろ?ちなみに俺の部屋はその隣だから・・・」

そう言って指された部屋は、グレミオの部屋の隣。―――お前そういう理由で部屋の移動を願い出たのか!?

少なからずショックを受けている俺に、はそれはそれは恐ろしい目つきで俺を睨みながら一言言った。

「あんまり煩かったら、切り裂きでぶっ飛ばしてやる・・・」

勘弁してくれよ。

 

 

部屋割り騒動がようやく終わった後、最後の案内に道場へ向かった。

「へぇ、道場なんてあるんだ・・・」

そういや、解放軍の本拠地には道場なんてなかったからな。

にとってみれば珍しい物だったんだろう。―――幾分か機嫌は直ったようでホッとする。

パシンと乾いた音がする道場内に足を踏み入れると、大勢の騎士たちが竹刀を持って手合わせをしている最中だった。

その中にはマイクロトフとカミューの姿もあり、チラリとに視線を向けると、当人は大して気にした様子もなく騎士たちの練習風景を眺めていた。

「あ、殿!」

しばらくして、ようやく俺たちの存在に気付いたマイクロトフが慌ててこちらに向かって駆け寄って来た。

「こんにちは、マイクロトフ」

「こんにちは、殿。・・・・・・あの、足の方はもうよろしいのですか?」

「足?」

不思議そうな顔をしたが、自分の足へ視線を向ける。―――それにつられて、俺たちも同じようにの足に視線を向けた。

「お嬢、怪我でもしたんですか?」

「いや・・・・・・って、ああ!」

心配そうに窺うグレミオに否定の言葉を告げて・・・その直後思い出したのか声を上げた。

「前にマイクロトフと会った時、ぶつかって転んじゃってさ。ちょっと擦りむいただけなんだけど、丁寧に手当てしてくれて・・・」

前にマイクロトフと会った時って・・・それってミューズでの事だろ?

一体いつの怪我の心配してんだよ。(しかも擦り傷)

「その様子なら大丈夫そうですね」

あからさまにホッとした表情を浮かべるマイクロトフに、流石のも呆れたようにこっそりと俺に耳打ちする。

「彼は私を何だと思ってるのかな・・・?」

「何って・・・?」

「私はそんなにか弱そうに見える?」

言われて改めてを見てみる。―――まぁ、見えるっちゃあ見える。

俺としては戦場で戦ってるの方が見慣れてるから、か弱いって言うのにはちょっと違和感があるが・・・。

でもまぁ身体つきは華奢だし、の事を知らない奴が見ればそう見えるだろう。

そう思ったが、どこか不満そうな顔をしているを見て、それは言わない方がいいと判断を下して口を閉ざす事にした。

「それはまぁ置いておくとして・・・・・・ねぇ、マイクロトフ」

「なんでしょう?」

「貴方はどうやったら、私の事を大将として認めてくれるわけ?」

唐突に切り出したに、マイクロトフは少しばかり困惑の様子を見せたが、次の瞬間会議の時と同じようにキッパリと言い切る。

「さっきも言った通り、俺は女性を矢面に立たせるのは反対です」

真剣な目つきで自分の意志を固めるマイクロトフに、は小さくため息を零した。

それからおもむろに鍛錬中の騎士達に視線を移して。

「さすがマチルダ騎士たちは、相当腕の立つ人たちばかりみたいだね」

「へ?ああ・・・ありがとうございます」

あっさりと話題を変えられ、面を食らったマイクロトフは、それでも律儀に礼を述べた。

「その上に立つ騎士団長の貴方は、それは強いんでしょうね」

「いえ、俺などまだまだ・・・」

ニコニコと穏やかに微笑み合う2人に、俺たちはただ顔を見合わせる。

一体は何を企んでるんだ?

そんな俺たちの疑問は、すぐに解消された。

「じゃあ、こうしよう。マイクロトフ、私と手合わせをしてもらえるかな?」

「・・・は!?」

「私が勝ったら、貴方は私が戦場で戦う事を認める事。もし貴方が勝ったら・・・私は貴方の言い分に従うよ」

おいおい、イキナリ何言い出すんだ?

「戦場では剣の強さだけがすべて。私を止めたいのなら、貴方自身でしなさい」

「俺は・・・女性に剣を向けるなど・・・」

「騎士団長ともあろう者が、その女から叩き付けられた挑戦から逃げるとでも?」

挑発的に笑う。

いつもながら、は人の扱いが上手いと思う。

言っちゃ悪いが、マイクロトフみたいな直情型の人間なら一発で操られるだろうな。

「・・・・・・分かりました」

ほら、やっぱり。

あんまり気が乗らないようだったが、突きつけられた挑戦状をマイクロトフはちゃんと受け取った。

「お嬢・・・。あんまり無茶な事は・・・」

「しょうがないでしょ?このままにしては置けないんだから・・・」

咎めるように口を開くグレミオに、は強い口調で言い聞かせる。―――もちろんグレミオもそれはわかっているから、これ以上は何も言わない。

「ほれ、竹刀」

「えー、竹刀!?」

壁に掛かっている竹刀を手渡せば、は不満気な声を上げる。

「しかたねぇだろ?一応は鍛錬の部類に入るんだから・・・」

「そりゃそうだけど・・・竹刀か・・・」

ぶつぶつと竹刀を振りながら愚痴るに、俺は苦笑交じりにその背中を軽く叩いた。

なんでもの剣には少しばかり細工が施されてるらしく、普段はそれに慣れている為に他のモノだと扱いにくいのだそうだ。

そうは言っても、戦場で常に自分の剣を使ってられるとは限らない。―――敵に打ち落とされてそこらにある剣を使う可能性だってある。

それが分かっているから、も今のこの状況を愚痴っても、それを覆そうとはしない。

鍛錬中の騎士たちを退けて、道場の中心を陣取った2人は、それぞれの竹刀を構えて向き直った。

「ねぇ、マイクロトフ」

「はい、なんでしょうか?」

真剣な面持ちでお互いを睨み合う中、は静かな口調で呟いた。

「私はさっき、女である前に1人の戦士のつもりだと言ったわよね?」

「・・・はい」

「私はね、今までそういう風に生きてきたの。戦場では男も女もない。そこに身を置く以上は最悪の場合を覚悟しているし、それは貴方と何ら変わりないと思ってる」

静まり返った道場に、の声とそれを見守る奴らの息遣いだけが響いた。

3年前のあの戦いで、が女であることを認識していた奴はどれくらいいただろうか?―――少なくとも俺たちにとって、は解放軍のリーダーだと言うのが当然の認識だったし、そりゃあいつが女だってことは当然頭の中にはあったが、それはただ頭にあっただけで、誰一人あいつを女として扱うものなんていなかった。

それほどは毅然としていたし、何よりもあいつ自身が解放軍のリーダーとして揺るぎ無い存在であり続けようと努力していた。―――兵たちが不安を抱かないように、戦いの先には輝く未来があると言い聞かせるように。

俺たちだって、もしあの出来事がなければ・・・今もそう思っていただろう。

あの出来事が無ければ、俺は今に特別な思いを抱いているという事に気付いていたか分からない。

「だからね、マイクロトフ・・・」

ゆっくりと瞬きをして・・・伏せていた目をまっすぐマイクロトフに向けた。

「貴方の気持ちはとても嬉しいけれど、それは戦士としての私に対する侮辱も同然なの。貴方が自分の信念を曲げないように、私だって自分の信念を曲げるつもりは無い。今ここに・・・こうして戦場に立つまでに、私は私なりに悩んで・・・そうして結論を出したんだから」

「・・・殿」

「だから・・・悪いけど、貴方に負けるわけにはいかないの。手加減はしない」

そう宣言した瞬間、の纏っていた空気が一変したのが分かった。

離れた場所にいる俺たちにすらそれが感じられるんだから、実際向き合っているマイクロトフはそれ以上だろう。

ゆっくりと流れるように動き出したを見て、思わず苦笑した。

ご愁傷様だな、マイクロトフ。―――俺だって本気になったを相手にするのは、御免被りたいくらいなんだ。

戦場を駆け抜け、いくつもの修羅場を潜り抜けてきたを甘く見たら、痛い目を見るのはお前の方だぞ?

女性に剣は向けられないなんて甘い事、を相手にして言ってられるかどうか。

地を蹴り走り出したを目に映して、俺は微かに口角を上げた。

 

 

明後日行われた作戦会議で、の隊は正式に認められた。

もちろん大将を

副大将に、グレミオと・・・そしてマイクロトフ。

にこやかな笑顔を浮かべるの隣で、複雑そうな・・・けれど迷いの無い目で控えるマイクロトフを交互に眺めながら。

面白くなってきそうだと、内心笑みを漏らした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

主人公、正式に同盟軍入り。そして何故かビクトール視点で。

たまにはキャラ視点もいいかと思いまして・・・ビクトールになってるかは別として。

マイクロトフはかなり好きキャラなので、副将としてより一層の関わりを!(←とか言う割には結構扱い酷い?)

作成日 2004.4.20

更新日 2008.8.10

 

 

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