その名が示すモノ。

その名が人に与えるモノ。

それは本人が思っているよりも大きく、そして厄介なモノなのかもしれない。

 

見えない

 

が同盟軍に参軍してから、早数日。

特に何の問題もないと思われた当初の考えとは裏腹に、同盟軍内では少しの戸惑いのような空気が漂っていた。

ここに来た時にビクトールが幹部たちに告げた『トランの英雄』という名前が、同盟軍内に広まるのはそう遅い訳もなく、瞬く間に広まった噂は僅かな波紋を呼んでいる。

それは『トランの英雄』の名前が未だに力を失っていない証明でもあり、また自身の放つ雰囲気によるものなのかもしれない。

ともかくも、それが原因なのか・・・は用事がある時以外は滅多に部屋から出ては来なかったし、それ故にさらに『トランの英雄』の噂の勢いは増していた。

それでもが同盟軍に受け入れられていないわけではない。―――元々気さくな性格だからか、会う人とは和やかに話をしていたし、概ね評判は悪くないのだけれど。

興味を引かれてレストランに顔を出していたグレミオは、そこで聞いたの噂を頭の中で反芻しながら小さくため息を零した。

彼が耳にした噂は、決して珍しい類のものではない。

同盟軍に参加する以前に、と共に旅をしていた時に耳にしたものと大差はなかったけれど、やはりそれは誇らしい気持ちになるのと同時に悔しくもなるものだった。

戦争当時から(グレミオは中盤以降の事は話で聞いただけだけれど)は解放軍のリーダーとして世間にも、そして解放軍でも良い評価を受けていた。

自分に厳しく、他人に優しい。

決して弱さを見せようとせず、その圧倒的な力と統率力で軍を率いて勝利をもたらす。

戦争終了と共に姿を消した事により、『トランの英雄』の名前は勝手に一人歩きをしてしまっていた。

そしてそれは、レパントたちが抱くモノとそれほど大差ないのかもしれない。―――実際に戦争に参加し、の近くにいた者たちが否定しない事が、さらに噂を増長させた。

その人々によって作られた『トランの英雄』像を耳にするたびに、グレミオは複雑な思いを抱くのだ。

確かにが多くの人に好かれるのは、グレミオにとっても嫌な事ではない。

の頑張りを認めてくれるのは、本当に喜ばしいものだと思っている。

思ってはいるが・・・噂を聞くたびに、誰もの本心を知ろうとしていないということが分かってきたのだ。

いや、知ろうとしていないわけではないだろう。―――自身があまりそういう事を語らないのも原因の一つだし、知ろうと思っても簡単に分かることでもない。

それでも現在はこうして同じ場所にいるのだ。

数日間で相手のことがわかるなんてグレミオだって思ってはいないが、それでも誰もがを見てまず驚きの表情を浮かべる。

その顔には、『これがあのトランの英雄?』と言わずともアリアリと出ていた。

それも珍しい反応ではない為、自身はあまり気にしてはいないようだけれど。

誰もが目の前のを通して、噂の『トランの英雄』を見ている。

=マクドールという一個人を見るのではなく、『トランの英雄』としてを見ているのだ。

それがグレミオにとっては悔しかった。

自身を見て欲しいと、そう思っていたから。

「グレミオさん、どうしたヨ〜?」

ぼんやりと考え事をしていたグレミオの耳に、ハイ・ヨーの心配そうな声が届いた。

「えっ?ああ・・・スイマセン。少し考え事をしていたもので・・・」

真剣な表情を穏やかな笑顔に摩り替えてそう言うと、ハイ・ヨーはそれ以上は何も言わずに同じように笑顔を浮かべた。

「それなら良いけど〜・・・。ほら、もうすぐ焼きあがるヨ〜」

視線で指されたオーブンは、すぐ側にいるだけで熱気が伝わってくるほど熱を放っている。

気が付けば辺りには香ばしい甘い匂いが漂っていて・・・・・・ハイ・ヨーの言う通り、もうすぐ完成なのだと察しがついた。

グレミオはそれに知らず知らずのうちに頬を緩ませる。

今、彼はクッキーを焼いていた。―――それほど難しいものではないが、まだが幼い頃に焼いてあげた時、物凄く喜んでくれたものだった。

その頃のグレミオはまだ料理がそれほど上手ではなくて・・・だから出来上がったクッキーも美味しいとは決して言えない物だったけれど、それでも喜んでくれたの笑顔が今でも鮮明に思い出せる。

最近のは少し元気がないようだったから・・・と思ったグレミオが、昔を思い出して焼いてみようと思い、レストランの厨房を間借りさせてもらったのだ。

時計と睨めっこをしながら予定の時間が過ぎた事を確認して、慎重な手つきでオーブンを開ける。―――あまりお菓子など作らないグレミオにしてみれば、料理に慣れていると言っても少しばかり緊張するものだった。

白い皿に乗せられた様々な形をしたクッキー。

出来たてのそれはまだ熱く、味見の為に1つかじるとほんわりとした甘さが口内に広がった。

「成功ネ〜。とっても美味しいヨ〜」

「はい!」

ハイ・ヨーのお墨付きを得て内心ホッとした様子のグレミオは、皿に盛られたクッキーを目に映して穏やかに微笑む。

これを目にした時、はなんて言うだろうか?

「どうもありがとうございました、ハイ・ヨーさん」

「別に良いヨ〜。また今度一緒にお料理するネ〜」

「はい、ぜひ」

厨房を貸してくれたハイ・ヨーに丁寧に礼を述べて、グレミオは埃が被らないように皿に布を被せてレストランを出た。

目指す先は、ただ1つ。

脳裏に浮かぶの笑顔に胸を躍らせて、グレミオは早足での部屋に向かった。

 

 

コンコンと、控えめとは言いがたいノックに、は読んでいた本から顔を上げた。

誰だろうかと、小さく首を傾げる。

しかし今のには部屋を訪ねてくる人間は限定されており、だからこそ今部屋の前にいるだろう人物の予測が出来なかった。

グレミオならばノックと共に声が掛けられるはずだ。―――それはフリックも然り。

ビクトールに至っては、ノックと声掛けとドアを開けるのがほぼ同時であり、は常々ノックの意味があるのかと聞いてみたいと思っていた。

もちろん現段階では上記の3人ではないだろう。

では、一体誰だろうか?

かナナミかと思ったが、今はビクトールと共に散歩と称した息抜きに出ているのを思い出した。―――が行ったのなら、当然ナナミも付いていっているだろう。

少しばかり考えに浸っていたの耳に、再度ノックの音が届いた。

「・・・はい」

別に誰が尋ねてきても構わないが・・・けれど現状で誰かが気軽に部屋を訪れるという事は考えられなかったため、少し怪訝そうな顔でそう返事を返す。

すると聞き覚えのある、力強い声がドアの向こうから届いた。

殿。少し宜しいでしょうか?」

「マイクロトフ?・・・うん、大丈夫よ」

「失礼致します」

多少なりとも関わりのあった人物だと分かって、少しだけ警戒が薄れる。

挨拶と共に部屋の中に入ってきたマイクロトフは、いつも通りきっちりと騎士服に身を包み、まっすぐに背筋を伸ばして来客を迎えるために立ち上がったに小さく頭を下げた。

「お忙しい中、どうもすみません」

「大丈夫よ。特に何をしてたわけでもなかったから・・・」

マイクロトフの言葉に、は苦笑を浮かべる。―――今の状態から見ても、決して忙しそうには見えないだろう。

けれど他の人間なら嫌味とも取れる言葉でも、マイクロトフならそんな風には聞こえないのが、彼らしいと言えばそうなのかもしれない。

「それで・・・どうしたの?何かあった?」

「いえ、書類に目を通して頂けないかと思いまして・・・」

そう言って差し出された数枚の書類を受け取って、そこに並ぶ文字を目で追った。

新しく編成された、率いる隊。

戦いも近いせいか、処理しなければならない書類がシュウによって大量に渡された。

それを『まだここに来て間もない殿には、勝手が分からないでしょうし・・・』と渡された書類をマイクロトフがすべて持って行ってしまった。―――後で目を通して頂ければ結構ですから、と。

やるべき仕事を人に押し付けるのはにとっても合意しかねることではあったが、マイクロトフがいう事も一理あったし、何よりも彼がやる気なのだからと任せる事にしたのだ。―――言っても聞き入れてもらえそうになかったというのも、理由の一つだけれど。

最初こそを大将にする事に難色を示していたマイクロトフだったが、先日の一騎打ちの時に交わした約束があるせいか、今では反対する素振りすら見せない。

未だに戦場には出ていないからという理由もあるのかもしれないけれど、仲良くしたいと思っていたにしてみれば、それは歓迎すべきことだった。

「うん、大体分かった。問題はなさそうだね・・・」

「ええ。出来れば隊で訓練をしたいのですが・・・」

「まぁ、今からじゃ無理だろうね」

もうすぐそこまでハイランド軍は迫ってきている。―――マイクロトフの気持ちも分からないではなかったが、そんなことをしている暇などどこにもない。

イキナリ実践で大丈夫かとも思うが、そこは普段の同盟軍での訓練で補ってくれると信じる他なかった。

「それにしても・・・この書類の処理は、マイクロトフが1人で?」

「ええ、そうですけど・・・。あの、どこか不具合でもありましたか?」

「そうじゃないんだけどね」

どちらかといえば、動き回っている姿の方がしっくりと来るマイクロトフが、机に向かって黙々と書類を処理していたのかと思うとどことなく微笑ましい。

彼とて騎士団の団長を務めていたのだから、書類の処理ぐらい日常茶飯事の事だったのだろうけれど、それでもそれを想像すると自然に笑みが零れた。

「・・・殿?」

「ううん、ごめん。何でもないから・・・」

小さく肩を震わせて笑いを堪えるを不思議そうに見ながら、マイクロトフは小さく首を傾げる。―――その仕草が、やけに可愛らしく思えた。

「それじゃあ、これはシュウに提出してこないとね」

「はい。すぐに・・・」

の言葉に表情を引き締めて頷くマイクロトフに、はユルユルと首を横に振る。

「ううん、私が行ってくるわ」

「しかし・・・」

「書類の処理はしてもらったんだもん。これくらいさせて?」

それに、そろそろ話をつけなきゃいけないしね。

心の中だけで小さく呟いて、マイクロトフに視線を合わせる。

にっこりと微笑むと、マイクロトフは少しだけ顔を赤らめてから視線を逸らした。

慌てたように挙動不信な仕草をするマイクロトフは、不思議そうな顔をしているにしどろもどろになりながらも返事を返す。

「で、では、よろしくお願いします・・・」

「うん、任せて」

手の中にある書類を軽く叩いて、は再び微笑んだ。

 

 

控えめに響いたノックの音に、シュウは目を通していた書類から視線を外さずに、そのまま軽く返事を返した。

「・・・誰だ?」

です。渡された書類を提出に来たのですが・・・」

名乗ると同時に用件まで告げられる。

「・・・?」

その予想外と言えば予想外の来客に、シュウは書類から顔を上げた。

眉間には少なからず皺が刻まれている。―――彼にとっては、早急に会って話さなければならない人物でもあり、そして出来る限り会うのを先延ばしにしたい相手でもあった。

けれど追い返すわけにもいかない。

相手が何の用事もなく来たのなら「忙しい」と断ることもできたかもしれないが、仕事に必要である書類を持ってきているのだ。―――断る理由が見つからなかった。

「・・・どうぞ」

少しの躊躇いの末に入室を促すと、失礼しますと言う言葉と共にが部屋に入ってくる。

こうして顔を合わせるのは、ビクトールが会議中にを連れてきて以来だ。

毎朝と毎夕にある軍議には、マイクロトフのみが出席している。―――それもシュウがそうに言った事だった。

「どうも、ごくろうさまです」

「いいえ、私は何も。この書類もマイクロトフが処理してくれたものですから・・・」

ならば何故貴女が提出しに来るのだと言いそうになって、何とかその言葉を飲み込んだ。

おそらくがここに来た理由を、シュウは承知しているだろう。

手渡された書類に軽く目を通して・・。

「・・・・・・結構です。問題はありません」

「そうですか」

やんわりと微笑むから視線を逸らして、シュウは再度書類に視線を落とす。

は立ち去る様子を見せない。

「まだ、何か?」

わざとそう聞いてみる。―――シュウにとっては、と共にいることがどこか落ち着かない気分にさせた。

そんなシュウの言葉に、は真剣な目を向ける。

その強い意志を感じさせる目は、逸らす事を許さない力を持っているようで、シュウも例外なくただ無言での目を見据えていた。

深く黒い色のその目は、見ている者を強く惹きつける。―――見ているだけで引き込まれそうな錯覚に陥るほどの力を持っていた。

「もう、止めませんか?」

不意に口を開いたに、シュウはぼんやりとしていた意識がはっきりと戻ってくるのを自覚した。

「・・・何がですか?」

「言わなければ分かりませんか?」

質問を質問で返すその言葉に、シュウは眉間の皺を寄せる。

の言いたいことは分かっていた。―――それが分からないほど、シュウは鈍い男ではない。

けれど、それを簡単に口にするわけにもいかなかった。

の言う通り、いつまでも放置しておける問題ではないけれど、シュウや同盟軍の立場や、の立場・・・―――様々なものがとても簡潔に、けれど難しく存在している。

「では、言わせて頂きます。貴方は私の参軍についてどう思われますか?」

率直過ぎると言えば過ぎるそれに、シュウの眉間の皺は更に深くなる。

「・・・どうとは?」

「賛成ですか?それとも反対ですか?」

「・・・私が貴女の参軍に反対だと言った事がありますか?」

「向けられる視線が、そう思わせます」

「申し訳ないが、この目つきは生まれつきです」

生まれつきそんな目つきの赤ん坊がいるか!と思わず反論しそうになって、は慌てて言葉を飲み込んだ。

その空気を感じ取って、シュウは重いため息を吐き出す。

これ以上無意味な言葉を並べる事こそ、時間の無駄だと。

どうせ避ける事の出来ない問題なのだ。

それを解決する良い機会だと思う事にした。―――必ず解決する訳ではないということは、あえて考えない事にする。

シュウは自分を見据えるの目を見返して、重い口を開いた。

「はっきりと言わせて頂きますが、私は貴女の参軍を快く思ってはいません」

告げられた言葉に、は動揺する素振りすら見せない。

それはにとっては、予想通りの答えだったからだ。

自分に対する待遇は決して悪いものではない。―――寧ろ良いものだと思うが、やはり向けられる視線は正直だ。

決して友好的とはいえない視線の理由も、察しがついている。

「貴女の・・・=マクドール殿の噂や武勇伝は多く聞いています。老若男女問わず支持され、また人気も高い。私も実際に会い、それが偽りではないと思いました」

「それは、どうも」

そう言って薄く微笑む。―――言葉とは裏腹に、決して嬉しそうな笑顔とは言えない。

実際のところ、シュウはに初めて会って驚きを隠せなかった。

想像していた人物と全く違う。

『トランの英雄』が若干16歳の少女だと聞いてはいたし、だからビクトールやフリックのような屈強な戦士のイメージを持っていたわけではなかったが、それでも目の前の少女が噂で聞いた人物と同一だとは今でもまだ信じられない。

華奢な身体。掴めば折れてしまいそうなほど、細い。

戦場に立つよりも、家で読書でもしている方が合っているのではないかと思わされるほど儚げで、この少女は戦いとは無縁に思えた。

彼自身が信頼を置くアップルが認めなければ、今でもがあの『トランの英雄』だと信じる事すらしなかったかもしれない。

「貴女は噂よりも気安いようですし、すぐにここに馴染むこともできるでしょう。実力も、申し分ない」

更に言葉を続けるけれど、はピクリとも表情を変えない。―――ただ感情の読めない笑顔を浮かべているだけだ。

「しかし、貴女の存在は軍にとって必ずしも良いモノとは言えません」

「・・・・・・」

「はっきりと言っておきましょう。同盟軍のリーダーは、殿以外には成し得ない」

「言われるまでもありません。私もそう思っています」

さらりと答えるを、シュウは睨みつけるように強い視線を向ける。

シュウの頭の中にある考えは、にしてみれば在り得ないことだろう。

それはシュウにも分かっていた。

けれど、本人にその気はなくとも周りがどう思うかは別だ。―――寧ろこの場合は、周りがどう思うかの方が重要だと言ってもいい。

殿。貴女には人を強く惹きつける力があります。それは3年前に貴女自身が率いていた解放軍を纏める力。今の殿と共通するモノでもあるでしょう」

「・・・・・・」

「同盟軍に、2人のリーダーは必要ありません」

キッパリと告げられた言葉。

シンと静まり返った部屋の中に、重い沈黙が落ちる。―――それを破ったのは、先ほどから静かに話を聞いていただった。

「私は同盟軍のリーダーではありません。ましてやそれになるつもりも」

「ええ、そうでしょうね。貴女は同盟軍のリーダーではないし、それに取って変わる気がない事も承知しています。しかし殿以上に貴女を慕う者がいるという事を、貴女は知っているはずです」

シュウの言葉に、は浮かべていた笑みを消して目を伏せた。

以上に自分を慕う者。―――それに自身、心当たりがあったからだ。

それは・・・。

「トラン共和国から派遣された、将と兵士の事ですね?」

確認の意味も込めて、そう聞いてみる。

返事はない。―――沈黙は肯定だと、は受け取った。

トランから派遣された将であるバレリアと、彼女が率いている軍。

考えなかったわけではない。―――寧ろ、ここに来てすぐに会いに来てくれたバレリアの表情を見れば、その考えはすぐに頭の中に浮かんだ。

自惚れるわけでは決してないけれど、ここに来るきっかけとなった事件でトランに戻った時、城の者たちと言わず街の人たちからも大歓迎を受けたことから考えても、否定する言葉さえ見つからない。

何しろトランを治める大統領であるレパント自身が、盲目的と言われてもおかしくないほどに心酔しているのだから。

確かにシュウの心配も、あながち的外れではないかもしれない。

バレリアに限らず、『トランの英雄』の名に惹かれている者は他にもいるかもしれないのだから。

この事が同盟軍内に悪影響を及ぼすならば、早急に何とかしなくてはならない。

しかし何とかすると言っても、早々都合の良い案が浮かぶわけでもなく・・・―――だからこそシュウもも、こうして話をする事を先延ばしにしていたのだ。

もしこれ以上同盟軍内に動揺が走るのならば、最悪の場合は・・・。

「私に『出て行け』とは言わないんですね・・・」

ポツリと呟いたの言葉に、シュウは小さくため息を零した。

「それが出来れば苦労はありません。貴女は既にここに受け入れられている。それは殿も含めて。今出て行かれては、余計に混乱を煽るだけでしょう。加えて貴女を追い出したとなれば、折角成り立ったトランとの同盟も危うくなりかねない」

次々と上げられていく問題に、は思わず苦笑する。

「それに話を聞いただけですが、貴女の実力は戦歴などから判断して私も認めています。今さら放り出すのは、正直言って惜しい」

予想外の言葉に、は少しばかり目を丸くした。―――まさかそんな事を言われるとは。

それに貴女だって簡単に出て行くつもりはないのでしょう?と問い掛けられて、はただ苦笑を返した。

とて、同盟軍に参加するまでに散々悩んだのだ。

それはの勝手なのだし、同盟軍にはいらないと言われれば仕方がないが、そうでないのなら「はい、さようなら」と簡単に去れる訳もない。

「では、どうするのですか?何か良い手でも・・・?」

「無い事もありません」

キッパリと言い切って、シュウはデスクの上に山積みされた書類の一部を抱えると、それを不思議そうな顔をしているの前に積み上げた。

「これは?」

「未だ未処理の書類です。貴女は軍略にも長けているという話ですので、ぜひ私の仕事を手伝って頂きます」

唐突に告げられた言葉に、話の展開が分からず・・・・・・いや、分かる気もしていたが、敢えて分からないという素振りで、はシュウの顔を見返した。

するとシュウは、今までの真剣な表情の上に不敵な笑みを上乗せする。

「貴女には私の補佐を・・・引いては殿の補佐をして頂く。貴女が献身的に殿に尽くせば、誰もが貴女も他の者たちと同じように殿の下で戦っていると思うでしょうから」

シュウの顔に浮かんだ笑みを見つめながら、は困ったように苦笑する。

上手く乗せられた気がすると、目の前の書類を眺めながら思う。

けれどそれは予想していた事でもあって・・・が考えていた対処法の1つでもあったから意外とすんなり受け入れられる事が出来た。―――の考えていた対処法の中でも一番ハードなものだったけれど。

それには気付いていた。

この部屋に入った時よりも、シュウの視線の厳しさが和らいでいることに。

「ぜひ、お手伝いさせて頂きます」

にっこり笑って目の前に積まれた書類を叩けば、満足そうなシュウの笑みが返ってくる。

今ならば、言って受け入れてもらえるかもしれないと、はここに来た時にも口にした言葉をもう一度声に出した。

「私のことは、と呼び捨ててくださって結構ですから。できれば敬語も止めていただけるとありがたいのですけれど・・・」

の申し出に、シュウは少しだけ驚いたようで・・・―――けれど了解とばかりに小さく肩を竦める。

「では、そのように・・・」

未だに硬い口調のシュウに笑みを零して、は誰をも惹きつける笑みを浮かべた。

「これからよろしく、シュウ」

「ああ・・・・・・よろしく、

これが発端での仕事はこれから急増する事になるのだが、今の彼女はそんな事知る由もない。

先ほどまで漂っていた刺々しい空気は、既に消え去っていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

シュウとの攻防戦。(笑)

きっとシュウはそんなに簡単に受け入れてはくれないだろうと思い、それならばと書いて見ました。

丁寧口調なシュウがちょっと変な気もしますが、まぁ一応相手は同盟国の人間なので。

これ実は続きます。長くなったので一旦切ってしまおうと。(続くって言ったって全部続き物なんですけども)

作成日 2004.5.23

更新日 2008.8.24

 

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