人は何かの犠牲なしに、何も得ることは出来ない。

それが真実なのだとしたら・・・。

この身と引き換えに、何を得られるだろう?

 

最後の懺悔

 

医務室から溢れ返るほどの怪我人たちを眺めながら、私は重い重いため息を零した。

辺りは喧騒に包まれている。―――ホウアンを始めとする同盟軍の医師たちは、かつて無いほど多い怪我人の治療に追われていた。

殿。これが報告書です・・・」

マイクロトフに差し出された隊の被害報告書に目を通して・・・さらにため息が零れる。

はっきり言って見たくなかった。

こんな紙に一まとめにされてしまうほど、人の命は軽くない。

「・・・最悪だね」

ポツリと呟けば、マイクロトフは恐る恐る口を開く。

「けれど・・・殿の指示があったから、これだけの被害で済んだんです。貴女があの時、自らを顧みずルカ=ブライトから俺たちの隊を守ってくれたから・・・」

マイクロトフの視線が私の腕に注がれているのを感じて、右手に巻かれた包帯を隠すように左手で抑えた。

こんな小さな傷、大した事は無い。―――私はこうして生きているんだから。

隊の半数に死傷者が出ている。

これだけの被害が出ているのだから、良かったなんて言えるはずもない。

ルカ=ブライトとの戦いは、全面的にこちらの不利で一時的に幕を下ろした。

 

 

戦いの幕開けは、偵察のために自らの隊を率いて出陣したリドリーが、ハイランド軍に包囲されたのがきっかけだった。

絶体絶命のそのピンチを何とか乗り越えてリドリーを助け出せ安堵したのも束の間、すぐにルカ=ブライト率いる本隊がやってくるだろう事は明白で、私たちは休む間もなく戦いの準備に追われた。

そしてその翌日、とうとう戦場でルカと相見える事となる。

ハイランド軍5万に対し、同盟軍2万という絶望的な兵力差の中・・・―――シュウが考えた策とは、敵の大将を狙うというなんとも単純なものだった。

けれど3万の兵力差がある中、まともな策を立てられる筈も無く・・・シンプルだが一番効果的なその策を私たちは実行した。

それしか手がなかったと言ってもいい。

途中までは上手く行っていた。―――行っていたと、思っていた。

けれどルカを追い詰めたと思ったその時、思わぬ底力を発揮した彼に逆にしてやられてしまい、その結果・・・私たちはルカの追撃から逃れる為に退却を余儀なくされたのだ。

決して彼を甘く見ていたわけじゃない。

ただ彼の想いの強さが、私たちの予想を少し上回っただけ。

何が彼をそこまで追い立てるのか?

国のため?

自らの命のため?

そのどれもが、違う気がした。―――そう、彼にあるのはとてつもなく深い憎悪。

リューベの村で2度に渡って垣間見たルカの表情。

行き場の無い・・・途絶える事の無い大きな憎しみを、彼は都市同盟の人たちへとぶつけているようだった。

どうして彼がそこまで都市同盟を憎むのか・・・それは分からないけれど。

「お嬢!お嬢ー!!」

自らの思考に没頭していた私の頭の中に、突然自分を呼ぶ声が聞こえて辺りを見回す。

すると治療を受けるために医務室に列をなしている人たちを掻き分けて、グレミオがこちらに走ってくるのが見えた。

「・・・グレミオ?」

どうしたというのだろう?

もしかして何かあったのだろうか?―――数時間前に戦いを終えたばかりなのだし、ルカもまだ攻めてはこないだろうと思ってたんだけど・・・。

「お嬢、ここにいたんですね。もー、捜したんですよ!?」

慌ててはいるようだけど、この様子からすればそれほど切羽詰った状態ではないようだと判断して、肩で息をするグレミオの背中を軽く叩いてやった。

「それで、どうかしたの?」

「シュウさんが呼んでますよ。なんでも今晩、ルカ=ブライトの夜襲があるらしくて、そのことについて・・・」

「「ルカ=ブライトの夜襲?!」」

マイクロトフと私の声が重なった。―――思わず大きな声を出してしまったことに気付いて慌てて辺りを見回してみたけど、今はそれどころじゃないようで誰も聞いていなかったみたいだ。

それに少し安堵して、慌ててグレミオの肩に掴みかかった。

「ルカ=ブライトの夜襲ってどういうこと?」

「えっと・・・何でもそれを知らせに来た人がいたそうなんです」

ルカ=ブライトの夜襲を知らせに来た人?

そんな情報、普通は掴めるはずが無い。―――ナギのような情報収集を専門に扱っている忍とて、ハイランド陣営の奥深くにまで忍び込んで探るなんて無茶だ。

「一体誰が・・・?」

「それが・・・」

私の呟きに、グレミオが戸惑ったように目を泳がせる。

「なに・・・もしかして、誰か知ってるの?」

「ええ・・・・・・本当かどうかは分からないんですけど、どうやらその知らせを持ってきたのって、あのレオン=シルバーバーグらしいんです」

レオン=シルバーバーグ?

それって、あのレオン?

敵の軍師が、それを知らせにきたって言うの?

「なんでも、くんが連れてきたらしいんですけど・・・」

「それっていつの話?」

「え、あの・・・ついさっきの・・・」

グレミオの返事を聞くや否や、私は踵を返して走り出した。

殿!?」

「馬を借りるわ!2人は先に広間に行ってて!!」

「お嬢!!」

イキナリの行動に反応できず、ただ私の名前を呼ぶ2人を無視して外に飛び出し、いまだ辺りにそのままにされている馬の一匹に飛び乗って、そのまま本拠地を飛び出した。

 

 

ある人物の姿を探して、無我夢中で馬を駆ること数十分・・・―――遥か彼方にそれらしき影を見つけて、あらんばかりの声を張り上げた。

「レオン!!」

何度も何度も彼の名前を呼ぶと、ようやく聞こえたのか・・・それとも無視する事を諦めたのか、馬を駆る速度を緩めて私が来るのを待ってくれる。

「・・・レオン」

「何の用だ?わざわざ私を追いかけてくるなどと・・・」

胡散臭そうな表情を浮かべてこちらを見るレオンに、私は何も言うことが出来ずにただ荒い息を整える。

「何の用だと聞いている。私を葬るつもりで追ってきたか?」

「・・・返答次第では、それも仕方ないかもしれないわね」

曖昧にそう告げて、レオンの顔を見返した。―――きっとレオンには、私にそのつもりがない事も悟られているだろうけど。

「一体、どういうつもり?」

「なにがだ?」

「とぼけないで。敵である貴方が、何故こちらに情報を流すの?」

真剣な面持ちで問い掛ければ、レオンは小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

そして一言。

「分かっているんだろう?」

「・・・・・・」

何も言い返せずに唇を噛む。―――その通りだったからだ。

彼が・・・いいえ、彼らが何を企んでいるのか。

そしてその本当の目的が何か・・・―――想像でしかないが、あらかた予想はついている。

今まで確信は持てなかったけれど、今回のレオンの行動で揺るぎない確信を得た。

「わざわざ私を追いかけてきてまで、確かめる必要のあったことか?」

そう言われて再び黙り込む。

私がレオンを追いかけてきたのは、考えがあってのことじゃない。

衝動的なのだと言っても良い。―――ただ考える前に身体が動いた。

「ねぇ、レオン・・・」

「何だ?」

「どうして貴方はこの戦争に参加したの?解放戦争の後、貴方は第一線から退いて隠居生活を始めたって噂で聞いたよ・・・」

風で乱れた髪を意味なく整えながら、ずっと気になっていた事を聞いてみた。

するとレオンは薄い笑みを浮かべて。

「迎えが来たからな・・・」

「それってジョウイの事?」

「ああ・・・」

簡潔に返って来る返事に、思わずため息を吐いた。

ジョウイが一体どこでレオンの噂を聞き、どうやって彼の居所を突き止めたのかそれは分からない。―――けれど厄介な人物を敵にまわしてしまったという事は今さらながらに実感する。

「お前の方こそ、同盟軍には参加していないと言っていただろう?何故今ここにいる?」

「あの時は参加してなかっただけ。あの後・・・参加することに決めたのよ」

「それは何故だ?」

「そんなことを貴方に説明する必要があるの?」

冷たく返せば、レオンはさらに笑みを深めた。

正直言って、私はこの男が苦手だ。

根本的に考え方が合わない。―――話はいつまで経っても平行線を辿ったまま。

それ以上に、彼の心の内が読めない事が大きな理由の一つ。

こちらの心の内も読まれていないとは思っているが、それが同門の軍師としての能力なのかと思うとそれも頷けた。―――私の持つ軍師の能力、それの師匠はマッシュと彼だ。

「話はそれだけか?ならば戻らせてもらう。あまり席を空けていると怪しまれるからな」

馬首を返して手綱を引くレオンは、去り際にポツリと言い残した。

「ちゃんとルカを討ってくれよ?その為にわざわざ危険を冒したのだからな・・・」

去って行く彼の後ろ姿を見えなくなるまで見送って、やりきれなさに乱暴に頭を掻いた。

ルカ=ブライトのやった事は、確かに許せることではない。

彼の憎悪が治まる事を知らないのなら、討つしかない。―――それ以前に、戦いを終わらせるにはそれしか方法がないのだ。

それは分かっている。―――・・・分かっているけれど。

味方であるはずの人物に、あっさりと裏切られているルカを想うとなんとも言えない複雑な感情が湧いてくる。

そうされるような行動を取っていたルカにも責任はあるんだろうけど。

誰にも望まれない孤独な彼が、とてつもなく悲しく思えた。

だからこそ、彼はあんな風になってしまったんじゃないかと・・・そう思えて。

「はぁ・・・・・・」

ため息を吐き出して、私も本拠地に戻るべく馬首を返した。

きっと本拠地ではグレミオが死にそうなくらい心配してるんだろうなと思いながら。

 

 

予想通り、本拠地に戻った私は門前で待ち構えていたグレミオにこっぴどく叱られた。

一通り文句を聞いてから謝ると、彼は目に涙を浮かべながら「心配させないで下さいよ」とさらに言葉を続ける。―――私は彼の涙に、めっぽう弱かった。

そんなグレミオを宥めながら、さっきシュウが呼んでいると言っていた事を思い出した私は、とりあえず広間に行くべきだと彼を促し、何とか話を逸らす事に成功。

そして他の将たちに遅れて広間に到着した私たちは、シュウの嫌味を一通り聞き終えて。

「今夜、ルカ=ブライトの夜襲がある。前以てその情報が入ったのはチャンスだ。俺たちはこれを迎え撃つ」

キッパリとそう告げたシュウの言葉に、広間が波打つようにざわついていく。

その様子に、私はふと疑問を抱いた。

グレミオからルカの夜襲の話は聞いていたので、私たちはそれほど驚きはしないが、他のメンバーはそうではなかったらしい。―――どうやってルカの夜襲の情報を仕入れたのかとグレミオを窺えば、彼はチラリとに視線を向けた。

なるほど・・・シュウから話を聞いていたから、さらに前以てグレミオは情報を仕入れたのか。

穏やかで天然っぽい彼は、それなりにしっかりしている。

そんな事を思いながら、シュウの策に耳を傾けた。

彼の策とは、同盟軍を精鋭4部隊に分け、それぞれをルカにぶつけるというもの。

それぞれ3部隊でルカを誘導・及び彼の戦力を殺ぎ、最後の一部隊で彼に留めを刺す。

あまり気が乗らない作戦ではあるが、今の状況を考えるとなりふり構っていられないのも確かで・・・だから私は何も言わずに彼の策を受け入れた。

「第一部隊はフリック、お前に任せる。第二部隊は、第三部隊はビクトールだ」

「分かった」

「ああ、任せとけ」

「えぇ!?私も・・・?」

思わず声を上げた私に、その場にいた全員が無言でこちらに視線を向けた。

いや・・・っていうか・・・なんで無言?

「・・・何か不満が?」

「いや・・・不満っていうか・・・・・・うん、分かった」

思わず口ごもる私。―――だってシュウの目が怖いんだもん。

『ごちゃごちゃ言ってないで指示に従え』って物語ってたからさ。

別に戦う事自体に異論があるわけじゃない。―――寧ろそうなるだろう事を覚悟の上で、私は同盟軍に参加したんだから。

だけどこの大事な局面で、その一端を担う事になるとは思ってなかった。

私は同盟軍にとっては新参者だし、それほど信頼されているとも思ってなかったから。

けれど他の人はわからないけれど、シュウはそれなりに私のことを信頼してくれているようだ。―――それに対して喜ぶべきなのか・・・。

「では具体的なメンバー構成に移るが・・・」

「ちょっと待って!」

シュウが話を続けようと口を開いたその時、私は遮るように口を挟んだ。

「・・・まだ、何かあるのか?」

「戦うことに関して異論はない。でも・・・1つ条件がある」

この場で条件を突きつけるなんて、ありえない暴挙だとは思ったけど、これだけは聞き入れてもらいたい。

真剣な目つきでシュウを見つめると、彼は疲れたようにため息を吐いて話を促す。

それににっこり微笑んで礼を述べてから、私は小さく深呼吸をする。―――聞き入れて欲しいけど、聞き入れてもらえるかは五分五分だ。

「精鋭部隊でルカと戦う・・・って事だったけど、それに関して1つ」

「なんだ・・・?」

「私を1人で行かせて」

キッパリと言い切った私に、広間中がシンと静まり返った。

そしてその後―――。

「何を言ってるんですか、お嬢!!」

「そうです、殿!1人で戦うなんて無茶です!!」

猛反対を食らった。―――主に副将2人に。

まぁ確かにこうなるだろう事は予想してたけどね。―――特にグレミオとマイクロトフの2人は絶対に抗議するだろうと。

表立って口を開かないビクトールやフリックも、賛成できないとばかりに表情を歪めている。

だけど・・・私が行くとなったら、間違いなくグレミオは付いて来るだろうから。

彼の実力を疑ってるわけじゃないけど、出来る限り危険な場所には行って欲しくない。

もし私に何かあれば、彼はまた自らの身を持って私を庇うだろうから。

2度も彼を失う事になれば・・・きっと私は立ち直れない。

私の真剣な想いを読み取ってくれたのか。―――シュウが重いため息混じりに口を開いた。

「・・・分かっ」

「私は認めませんからね!」

「グレミオ・・・」

シュウの声を遮って、グレミオが強い口調でそう呟く。

「お嬢が何を想っているのか、私にも分かります。分かりますけど・・・こればかりは譲れません。私もお嬢に付いていきます!!」

「だけど・・・」

「グレミオ殿の言う通りです!俺ももちろん殿に付いていきます!!」

「・・・・・・マイクロトフ」

キッパリと宣言したグレミオとマイクロトフを交互に見て、思わず頭を抱える。

どうして分かってもらえないのか?

いや、分かってるのに受け入れてもらえない・・・が正しいのか?―――ああ、訳が分からなくなってきた!

さらにこんがらがって来た頭を何とか整理しようとする私の耳に、クスクスと笑うカミューの声が届く。

「仕方ありませんね。私もお供します」

「・・・は!?」

イキナリ何?そんな話の展開だった!?

そう表情で表す私に、カミューは悪戯っぽく微笑む。

「貴女1人で、彼らの面倒を見るのは大変でしょう?」

いや・・・面倒とかさらりと言わないで欲しいんだけど・・・。

だけど着火剤の如く暴走しやすい青騎士と、過保護っぷりをいかんなく発揮する保護者をルカと戦いながら行動制限する・・・なんて真似、出来るわけないし・・・。

結果、私の意思なんてお構いなしに、私抜きでメンバー構成の決定をされてしまった。

私を始め、グレミオ・マイクロトフ・カミュー・クライブの面々を前にして、私はひっそりとため息を零す。

こうして対ルカ=ブライト戦のメンバーが決定した。

 

 

その日の夜。―――煌々と明かりを灯す本拠地を尻目に、私たちは薄暗い森の中に身を潜めていた。

遠くで剣戟の音が聞こえる。

多分今ごろは、先発隊を任されたフリックがルカと戦いを繰り広げているんだろう。

どうか彼が無事であるようにと祈りながら、こちらに誘導されるだろうルカを待つ。

「いい?お願いだから、約束は守ってよ?」

ルカが姿を現すのを待つ間、私は同じように身を潜めているグレミオたちにそう声をかける。―――すると心得たとばかりに、マイクロトフがしっかりと頷いた。

「分かっています。『殿の指示に従う事』でしょう?」

その良い返事がさらに不安を煽るんだよね。

「そう。私が退却の合図を出したら、ちゃんと退いてよ?」

「・・・はい、分かってます」

その間は何だ。―――本当にお願いだからね!?

一抹の不安を感じつつ前方に目を向けると、森を移動する松明の炎が木々の間から見えた。

ユラユラと揺れる光に、標的がこちらに来たのだということを察した。

「行こう!」

グレミオたちに声をかけて茂みから出ると、ルカは一瞬驚いたような表情を浮かべた。

けれどすぐに私たちの顔を確認すると、ニヤリと不敵に口角を上げる。

「ほう・・・まだ愚か者どもがいたか」

嘲るようなその声色に、着火剤のごとく火の付いたマイクロトフが剣を抜く。

ああ、だから・・・もう少し落ち着いてよ。

そうは思いながらも、私も静かに剣を抜いた。

「悪いけど・・・相手をしてもらうわ」

「ふん。貴様らが何人かかってこようと、俺の敵ではないわ!」

そう吼えて同じように剣を抜いたルカに向かい、マイクロトフとカミューの騎士コンビが同時に駆け出した。

「グレミオ!クライブ!援護を!!」

「はい!」

「・・・ああ」

短く返事を返した2人は、それぞれ武器を構えて援護の体制に入る。

グレミオは土の紋章を宿して防御を担当。

クライブはもちろん、ガンを使ってだ。

留めを刺すのはでなければならない為、クライブの武器では多少援護もやりづらいだろうけど、そこは何とか頑張ってもらうしかない。

私も口の中で呪文を唱えつつ、マイクロトフやカミューがルカから離れた合い間を縫って紋章攻撃を放つ。

こうしてルカ=ブライトとの戦いは始まった。

 

 

「ぐあっ!!」

「マイクロトフ!!」

短く悲鳴を上げたマイクロトフは、よろめいてルカから少しだけ距離を取る。

そしてそのままその場に膝を付くと、苦痛に満ちた表情でルカを睨みつけた。

ルカから切り付けられたマイクロトフの足からは、止まる事無く赤い血が溢れ出してくる。

戦いは、それほど目立った効果を上げていない。

やっぱりルカの強さは、尋常じゃなかった。―――例えこの人数に囲まれても、彼は動揺すら見せなかったのだから。

他のメンバーを見れば、それほど酷い怪我は負ってないとはいえ、それなりに体力を消耗しているようだ。

この辺りが潮時か・・・と思う。

これ以上戦えば、確実にこちらに多大な被害が出るだろう。

ここで仕留めてしまわなければならないなら話は別だが、この後にはビクトールの隊が待ち構えているし、その後にはたちもいる。

ここで無理をする必要はない。

私は視線でカミューに指示を出す。―――彼は的確にそれを読み取ってくれたのか、膝を突いたままのマイクロトフに近づき彼に肩を貸して立たせる。

「これまでよ!全員、退いて!!」

殿!?」

「退きなさい!」

抗議の声を上げるマイクロトフに強い口調で言い聞かすと、彼はまだ納得のいかないといった顔をしていたけれど、それ以上反論しては来なかった。

それは私との約束があったからなのかもしれないし、足に負った怪我のことを思い出したからなのかもしれない。

ともかく一斉に退却を始めた私たちに、ルカはしっかりと剣先を向けた。

「この俺が逃がすと思うか?」

意地悪く笑みを浮かべるルカからみんなの姿を遮るように立ち、私も同じように手の中にある剣をルカに突きつける。

「お嬢!?」

「ここは私が引き止めておくから、みんなは先に退いて!」

「でも・・・!!」

「すぐに行くから!約束したでしょ!?」

そう声を上げれば、グレミオは少しだけ迷った後、私の言葉通り怪我を負ったマイクロトフに肩を貸しながらその場を去った。

それをルカから視線を外さずに気配だけで感じ取って・・・そんな私を見て、ルカが小さく笑った。

「俺を食い止めると言っておきながら、何故攻撃を仕掛けて来ない?」

「それはこっちのセリフだよ。逃がす気がないような素振りを見せておきながら、なんで何もしないの?」

そう聞き返すと、ルカはさらに笑みを深くして構えていた剣を下ろす。

その行動の意味を図りかねながら・・・彼に習って私も剣を下ろした。

「一体どういうつもり?」

「なに・・・ただお前と話がしたかっただけだ」

何かを企むような表情でそう言うルカに、思わず首を傾げた。

話?・・・話って何の?

そう視線で問い掛けると、ルカはさっきとは比べ物にならないほど真剣な表情で呟いた。

「俺の元へ来い」

「・・・え?」

「同盟軍を抜けて、俺のところに来いと言ったんだ」

一瞬何を言われたのかが分からなくて声を上げると、ルカがもう一度ゆっくりと同じ言葉を繰り返した。

「私は・・・貴方のやっている事に手を貸すつもりは・・・」

言っておきながら、前に言った時とは違って自分の声が弱々しいものに変わっている事に気付く。

考えは変わっていない。―――だけど彼の態度が、あの時とはずいぶんと違っているようで。

そんな私に、ルカも彼からは考えられない弱い口調で口を開く。

「そうではない!そうでは・・・なくて・・・」

言いたいことが言えなくて歯痒いという雰囲気で、ルカは剣の柄を握り締める。

彼は私に、一体何を望んでいるんだろう?

「私は・・・」

「・・・・・・?」

不意に口を開いた私に、ルカは逸らしていた視線を再びこちらに向けた。

それを確認して、私はさらに言葉を続ける。

「私は・・・貴方を助けてあげたいと思った。貴方が抱く深い闇から、貴方を救い出してあげたいと・・・」

それは私にも身に覚えのある感情だったから。

すべてを憎んでしまいそうなほど、やるせない・・・黒い感情。

けれど私がルカと違う道を歩けたのは・・・こうして私自身を保っていられるのは、かけがえのない仲間がいたから。

私は・・・貴方にとって、そんな存在になってあげたかった。

「ならば・・・」

「だけどもう・・・それは出来ないの」

だって私は選んでしまったから。

孤独に苦しむルカよりも、私自身の幸せを・・・―――大切な仲間と過ごす、同盟軍での日々を。

なんて自分勝手なんだろうと思うけど・・・やっぱり私はビクトールやフリックを選んでしまったから。

「・・・ごめんね?」

そう微かに微笑めば、ルカは表情を歪ませて私に背を向けた。

「ふん。ならば同盟軍を滅ぼせば済む事だ。俺は手に入れたいと思ったものは力ずくでも手に入れる。今回もそうするまで」

例え同盟軍を滅ぼしたとしても、私がハイランドに行くことはないだろう。

それを分かっていてなお、そう呟いたルカに私は何も言えなかった。―――そして、そのままこの場を去っていく彼の背中を見送って、夜空に輝く星を見上げながらもう一度心の中でごめんねと呟いた。

 

 

しばらくそのまま立ち尽くしていた私は、ふと嫌な予感に襲われて我に返った。

既に遠くの方で戦いは再開されたようだ。

多分ビクトールがルカと剣を交えているんだろう。

そう思った瞬間。―――突然右手に鋭い痛みが走って、思わず左手で握り締めた。

「・・・ソウル・イーター?」

ズキズキと鼓動に合わせて痛みを放つ右手に視線を合わせて、彼の者の名前を呟く。

嫌な予感が、した。

いくらソウル・イーターの力を押さえ込んでいるとはいえ、魂を盗む事までは防げない。

ここ数日の戦いで、紋章はさらに凶悪な力を増したように思えた。

「まさか・・・」

こんな痛みを、私は知っている。―――誰か大切だと思っている人の魂を盗む時に、この紋章はその予兆を示す。

もしかして・・・!!

嫌な予感を拭いきれずに、私は弾かれるように駆け出した。

鬱蒼とした森を駆け抜けて、おそらくは彼らが戦っているだろう場所を目指す。

どうかこの予感が間違いでありますように!

そう祈りながら走り続けた私の目に飛び込んできたのは、絶望的な光景。

ビクトールがいた。そしてルカも・・・。

怪我をしているのか、それとも何か事情があって動けないのか。―――ルカを前に座り込んだワカバを庇うように、ビクトールがその上に覆い被さっている。

彼の剣は手元にはなく、少し離れたところに転がっていた。

「・・・っ!!」

声もなく息を飲む。―――ルカがゆっくりと剣を振り上げて、ニヤリと笑みを浮かべ。

その瞬間、私は駆け出していた。

何をしようというのか?

剣を抜く暇もなく・・・ただ全速力で駆け抜け、ビクトールとルカの間に立ちふさがる。

この時ようやく、私はグレミオの気持ちを正しく理解した。

ソニエール監獄で、自らの命を賭けて私たちを救ってくれたグレミオ。

だけどね・・・私は心の隅で、ほんの少し・・・ほんの少しだけ、グレミオのことを酷いと思った。

だって残された私が、それを喜ぶわけないでしょう?

私が悲しむのを知ってて、それでもその行動に出たグレミオを・・・私は酷いと思った。

命を賭けてまで彼がしてくれた事を、考えもせずに。

だけど今、あの時のグレミオの気持ちが痛いほどよく分かる。

だって・・・私は今、あの時のグレミオと同じ行動を取ってるんだから・・・。

「なっ!」

ルカの戸惑う声と同時に、彼の剣が私の背中を切り裂いた。

「・・・っ!!」

声も出なかった。

ただ背中が熱い。―――真っ白になった頭の中で、1つの言葉がグルグルと回る。

一拍の間を置いて、痛みが来ない事を不思議に思ったビクトールが顔を上げた。―――その彼の表情が驚愕に歪むのを目に映して、私はただ心配ないとばかりに微笑んだ。

!!」

私は貴方が苦しむと知ってなお、貴方に生きて欲しいと願いました。

これは私の我が侭だから・・・だからどうか気に病まないで。

力の入らない身体は、ゆっくりと傾いて。

遠くなっていく意識の中、悲壮な表情を浮かべたビクトールと・・・そして呆然と目を見開いたルカの顔が目に焼きついた。

「ごめん・・・ね・・・」

それは誰に向けて言った言葉なのか?

自分でも分からないまま・・・―――私はゆっくりと目を閉じた。

もう背中の痛みは感じなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

こんな終わり方でいいのか?(汗)

相変わらずやっつけ仕事的な・・・途中で力尽きた感が隠しきれていませんが。(いつもの事)

そしてルカが限りなく偽物チック。寧ろお前誰!?な勢いです。

ああ、何でこんな事になったんだか・・・。

作成日 2004.4.22

更新日 2008.9.21

 

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