この世で一番恐ろしいのは、人の心だろう。

強大なその力は、確かに人を護る力になるが。

それと同時に・・・―――人を苦しめる力に、成り得ることもあるのだ。

 

える世界

 

「あ〜、いい天気・・・」

ぼんやりと晴れ渡った空を見上げながら、何気なく呟いてみる。

だけどその言葉は誰に聞かれることもなく、風に消えた。

それもそうだ。―――今、私は1人旅をしているんだから。

しばらく滞在していたバナーの村を、グレミオを置き去りにして飛び出してから1週間。

私は都市同盟とハイランドの国境に近い平原にいた。

左手にはトラン共和国へ続く、長い河を拠点としたラダトの街。

そして私のいる場所からほど近い場所に、リューベの村と・・・―――そして都市同盟の中心的存在であるミューズ市が雇ったといわれている、傭兵隊の砦があった。

「さて、と。これからどうしようかな〜」

近くにあった大木の根元に腰を下ろして、さっき水筒に汲んだばかりの水を一口飲む。

ここまで来てなんだけど、私にはこれと言って当てもなければ目的もない。

ただレックナートに話を聞いて・・・―――宿星の歯車の一部となることに同意はしていないものの、何となくじっとしていられなかっただけなのだ。

ビクトールとフリックが生きている、という事実を長く知らなかった私だけど、捜せば案概簡単に見つけることが出来た。

数年前にミューズ市市長であるアナベルという女性が設立した、それなりに大規模な傭兵隊。―――そこの隊長を務めているのがビクトールで、副隊長がフリック。

寧ろ何で知らなかったの?って思うくらい、この辺りでは有名な話だ。

それを聞きつけて、元気な姿をひと目見たいとここまで来たのはいいんだけど・・・。

尋ねにくいっていうか・・・、会いたいけど会いに行きづらい、というか。

寧ろ向こうの方は生存報告もせずバッくれてたのに、私の方がわざわざそれを探し出して会いに来た・・・なんて思われるのもちょっと癪だったし。

ともかくそんな理由で、私は今日半日ここでボーっと空を眺めていたわけだ。

だけどいつまでもここにいるわけにもいかない。

もうすぐ日が暮れる。―――野宿でも別に構わないんだけど・・・村が目の前にあってここで野宿っていうのは流石に侘しい。

私はため息を1つ零して、地面に置いた荷物を背負いなおす。

ビクトール達に会いに行く行かないはこの際置いておいて、とりあえずリューベに行くか。

 

 

リューベについてすぐ、私は宿屋に直行した。

この時期あまり人の往来がないのか、それともいつもそうなのかはわからないけど、無事に部屋を取る事が出来た私は、装備の確認をする間もなく質素なベットに勢い良く寝転がる。

しばらくゴロゴロとしていたら、不意に窓からコツンと軽い音が聞こえ、私は緩慢な動作で起き上がると窓を開けた。

すぐに飛び込んでくる黒い影。―――それが部屋の中に入ったのを確認してから、今開けたばかりの窓を閉める。

「ごめんね、急に仕事頼んじゃって・・・」

「いえ・・・、いつもの事ですから」

少しだけ申し訳なく思いながら黒い影に声をかけると、苦笑交じりのそんな返事が返ってきて、私も同じように苦笑で返した。

最初は遠慮がちだったのに対し、最近は本音をぶつけてくるようになった。

「それでは、報告を始めます」

そう言うと懐から分厚い紙の束を取り出して、それを私に差し出した。

彼は以前・・・とあることがきっかけで知り合った忍で、名前はナギというらしい。―――昔仲間だったカゲという忍同様、報酬によって仕事を引き受けてくれる人物だ。

引き受けてくれる仕事も様々だけど、私が主に頼んでいるのは情報収集。

当たり前だけど、情報は時に剣よりも強い武器になる。

独自のネットワークを持っている彼に情報収集してもらう方が、自分で集めるよりも効率がいい。

『真の紋章』という、とても厄介な代物を持つ私としては、常に回りの動きに気を使ってなければならなくて、だからか仕事を頼む頻度も高くこの忍にはずいぶんとお世話になっている。

今回私が頼んだのは、もちろん都市同盟とハイランドの動向。

レックナートの『宿星が集う』という言葉が間違いないなら(っていうか間違いないだろうけど)、もうすぐ戦いが起こるはずだ。

もともと2つの国はあんまり仲が良くないようなので、きっかけさえあればいつ戦争が始まってもおかしくない。

それに、もしかしたら・・・。

殿・・・?」

声をかけられ、ハッと我に返る。

ああ、思わず自分の思考にはまっててちっとも聞いてなかったよ。

「ごめん、もう一回最初からお願い」

そう言い苦笑を返すと、ナギは訝しげに視線を返してきたがすぐに要望どおり報告を最初からやり直してくれた。

「まず2つの国の現状ですが、今は休戦協定が結ばれているので表立った戦いはありません。ですが・・・つい先日、ハイランドの国境付近に駐屯していた少年を中心に編成された部隊が、何者かに襲撃され壊滅しています」

「・・・それは」

私の言いたい事に気付いたのか、ナギは小さく首を振った。

「分かりません。現在調査中ですが・・・普通に考えれば都市同盟側の奇襲でしょう」

そりゃそうだろう。―――ハイランドにとっての敵は、都市同盟以外いないんだから。

その時ふと、ナギの言った『普通に考えれば』という言葉に不審を抱いて思わず報告書から顔を上げた。

「・・・・・・じゃあ、普通に考えなければ?」

私の問いかけにも、ナギは首を振るばかり。

そしてしばらくの沈黙の後、迷った末に彼は口を開いた。

「これも現在調査中で詳しい事は判明していませんが、都市同盟側に軍を動かした形跡がありません。もちろん、我々忍の者のように闇で動く存在があるのなら別ですが・・・」

「・・・ハイランド側で軍を動かした形跡は?」

「現在調査中です」

ナギの言葉に、私は深いため息を吐いた。

時間が足りないんだ。―――ぜんぜん。

全てを調べ上げるにはそれなりに時間がかかる。

情報をお金にしている彼らは当然今回の事も調べていただろうけど、具体的な依頼がなければそれ以上は調べたりしない。

私が依頼してからまだ数日。―――これ以上は無理難題を吹っかけているのと同じ。

「引き続き調査をお願い。できるだけ詳しく・・・」

そう告げると、ナギは深く頭を下げてその場を去ろうと踵を返した。

その後ろ姿に私は思わず声をかけて、不思議そうに振り返ったナギに質問を投げかけた。

「もし・・・今回のことが同盟側の奇襲じゃなくて、ハイランド側の仕業だとしたら?それをしそうな人間っているかな?」

小さく首を傾げて聞けば、ナギは少しの間考えるそぶりを見せて。

「・・・私の口からはなんとも」

といった、曖昧な返事を返してきた。

これは何か心当たりがありそうだと踏んで、拝むように手を合わせると彼は困ったように笑みを浮かべて。

「噂で、ハイランドの皇子・ルカ=ブライトはとても好戦的な人物だと聞きます。それにとても都市同盟を・・・憎んでいる、とも」

「・・・・・・ルカ・・・ブライト・・・」

「彼についても調べますか?」

先手を打ってきた彼に、私は満足げに頷いて返事を返す。

それを確認して、ナギは今度こそ完全にこの場から姿を消した。

私は再び手元の報告書に目をやって、しかし頭の中ではまったく別のことを考えていた。

今回の奇襲が、ハイランド側の仕業だとしたら・・・?

国が自軍を襲う理由。―――ふとそれに思い当たって、私は思わず顔をしかめる。

昔、赤月帝国が進軍してきた都市同盟と戦っていた時、同じような事があった。

都市同盟との国境に近い小さな村が襲撃されたあの事件。―――『カレッカの悲劇』と呼ばれているそれは、今でも忘れられる事無く人の胸の中に残っている。

非道な都市同盟が、何の力も持たない市民を虐殺した・・・残酷な事件として。

けれどその実体は、軍の士気を高めるために・・・ただそれだけのために帝国が軍に指示したもので、カレッカは都市同盟ではなく赤月帝国軍の手によって滅ぼされた。―――それを知っている者は、ほとんど存在しないけれど・・・。

皇帝の命令でその策を生み出したマッシュと、実際にそれを行った部隊に所属していたハンフリーなどは、いつもそのことで心を痛めていた。

もし・・・もしも今回の少年兵部隊襲撃が、それと同じなのだとしたら?

それを指示したのは、噂に流れるルカ=ブライトなのだろうか?

それともやっぱり本当は、都市同盟の行った事なのか?

私は持っていた報告書をテーブルの上に投げ出して、ため息混じりに頭を掻いた。

そんなこと、ここで思案していても分かるはずもない。

全てが想像の上の事。―――真実は未だ、闇の中・・・だ。

「もう寝ようかな・・・?」

大きく伸びをしてベットに向かう途中、テーブルに投げ出した報告書の何枚かが床に散らばってしまった事に気付いて、面倒臭いと思いつつもそれを拾うために身をかがめた。

一枚一枚それを拾って・・・―――そしてある報告に目が釘付けになった。

それは長く続く、都市同盟とハイランドの戦争の歴史。

ゲンカクという男が、今にも戦争に負けそうな都市同盟を率いてハイランドと戦ったという記述。

『それに、もしかしたら・・・』

さっき自分で思った言葉が、脳裏に甦った。

報告書には、ゲンカクという男の右手に・・・そしてハイランドの将・ハーンの右手に、それぞれ見たこともない紋章が宿っていたという。

人はそれを、『真の紋章』だと噂していたらしい。

戦いの後、ゲンカクの右手には既にその紋章はなかったようだけど・・・。

「・・・真の紋章」

私はさっき思ったんだ。

もしかしたら・・・・・・今回の戦いにも、『真の紋章』が絡んでるんじゃないかって。

私の時と同じように、また『真の紋章』が歴史上に姿を現すんじゃないかって。

それは勘というよりも・・・・・・寧ろ予感とでも言うべきなんだろうか?

何となく疼くような右手に表情を歪めて、はめていた手袋をソッと外す。

私は自分の右手に宿る『ソウルイーター』に目を落として、ひっそりとため息を吐いた。

 

 

リューベの村に着いた翌日、その事件は起きた。

 

村を取り囲むようにあった林の一角・・・―――木の上から様子を窺って、強く唇を噛む。

目に映るのは紅。

それは火の紅だったり、人の血の紅だったり・・・いろいろだけど。

リューベは今、壊滅に瀕していた。

ぐっすりと眠って目が覚めた私は、のんびりと朝食を取って。

慌てた様子で食堂に飛び込んできたナギに、思わず目を丸くした。

忍という立場からか、めったに人の前に姿を現さない彼。

今はどこにでもいるような村人の格好をしていたけど、彼の正体を知っている私としてはとても意外で。

どうしたの?と笑う私に、ナギは焦ったように・・・けれど声を低くしてそれを伝えた。

『ルカ=ブライトの軍が、すぐそこまで迫っている』と。

村人にそれを伝えたかったけれど、『時間がない』といつの間にか私の荷物を持っていたナギに林に連れ込まれた直後、村は喧騒に包まれた。

目の前で殺されていく、たくさんの村人たち。

大人も子供も関係なく、ハイランド兵の手によって簡単に命が奪われていく。

その中心で嬉々として剣を振るっている男がいた。

多分、彼がハイランドの皇子・ルカ=ブライトなんだろう。

とてつもない強さを誇っている彼は、その手を緩める事無く剣を振るった。

瞬間、脳裏にグレミオの笑う顔が浮かび上がる。

グレミオが私の帰りを待ってる。―――それを思い出して、飛び出して行きたい気持ちを何とか抑え、目の前の光景を目に焼き付けた。

決して、この光景を忘れないように・・・―――この悔しさを、忘れないように。

この場にいるのが彼だけならば、すぐにでも出て行って剣を交えたいところだけど。

敵は彼だけじゃない。

何百という軍も一緒だ。―――私1人でどうにかなるとはとても思えない。

私はとても無力だ。

『真の紋章』を宿しているとは言っても、こんな時何も出来ない。

ただ嬉しそうに笑い、高らかに何事かを叫ぶルカを見て、私は背筋に冷たいモノが走ったのを感じた。

強大な力を持っていても、それを操る人の心によってその意味は変わる。

ウィンディやルカのように・・・狂気に走ったとしたら・・・。

もし私もそんな風になってしまったら・・・・・・私も誰かを苦しめるんだろうか?

それを見て、楽しいと・・・嬉しいと思うんだろうか?

「・・・・・・そんなこと・・・」

そんなこと、したくない。―――だけどみんなが思うほど、私の心は強くなくて。

もし大切な人がいなくなって、誰にも何にも執着できなくなったとしたら・・・。

私も、同じ事をしてしまうかもしれない。

今目の前で暴れているルカの姿は、未来の私自身かもしれない。

恐怖に思わず自分自身を抱きしめるように腕を回した、その時。

自分の足元。―――木の下から少年の荒ぶった声が聞こえて思わず我に返った。

視線を向ければ、男と少女が今にも飛び出していこうとする2人の少年を必死に押さえ込んでいた。

「村の人を助けなきゃ!!」

「黙って見てるなんて出来ないよっ!!」

声を荒げて武器を構えるその少年に、思わず・・・こんな状況にも関わらず笑みが零れた。

昔、私にもこんな風にガムシャラな時があったことを思い出す。

そして今だから分かる。―――なんて無茶な事を、と。

このまま叫んでたら飛び出す前に見つかってしまう。―――見過ごすわけにもいかずに、私は木から飛び降りざま、頭にわっかをはめた少年の首元に手刀を入れ、驚いてこちらを振り返った髪の長い少年にも同じように当身を食らわせる。

2人の少年は力なくその場に崩れ落ち、それを確認してから唖然と私を見つめる男と少女に向かいにっこりと微笑みかけた。

「突然ごめんね。でもこのままだと見つかっちゃうと思うし、自己紹介は後にして・・・取りあえず彼らを森の奥に運ぶわ。手伝ってくれるわよね・・・?」

私の友好的な微笑みに、女の子は警戒心を解き笑顔で返事をしてわっかをした少年を担ぎ上げた。

残った髪の長い少年の身体を何とか抱き起こして、私を不審そうに見つめている男に向かって少年を突き出す。

「貴方の知り合いなんだから、貴方が責任もって面倒見てね」

「・・・・・・貴方が彼を昏倒させたんでしょう?」

「彼らに見つかって、勝ち目のない戦いをする方が良かった?」

チラリと村の方に視線を向けてそう言うと、男は深くため息をついて少年を抱き上げた。

やっぱりまだ警戒されてるみたいだけど・・・まぁ、当然かな。

私だっていきなり現れた正体不明の人間を、そう簡単には信用しないだろうし。

特に気にせず、男と少女を誘導しながら森の奥へと歩き出した。

 

 

「ま、ここまで来れば大丈夫かな?」

森の奥深く・・・木に囲まれた茂みの中に少女と男を誘導し、私は彼女らを振り返った。

ここならば外から見ただけじゃ見つかりっこないだろうし、ほとぼりが冷めるまでここにいるのもいいかもしれない。

あの現場から遠ざかれば、さっきほど悔しさを感じずに済む。―――私はなんて薄情なんだろうと思わず苦笑した。

「・・・あのっ!」

わっかをつけた少年を担いでいた少女が、私の傍まで駆け寄って来た。

何となく興奮してるような・・・気のせいかな?

「さっきは助けてくれてありがとうございます!」

勢いよく頭を下げて、この緊迫した状況からは考えられないほど大きな声でお礼を述べてきた少女に思わず苦笑する。

「そんな改めてお礼を言われると心苦しいよ。私が何かしたわけじゃないんだし・・・」

私はチラリと、未だ意識を取り戻さない少年たちを見る。

「結局、彼らを昏倒させただけなんだし・・・」

まぁ、あの状況ではこの選択が一番だとは思ったけど・・・。

あれだけ頭に血が上ってる少年たちを説得、しかも短時間でそれをするのはちょっと難しい。―――無茶だと言っても、そう簡単に納得しないだろう事は私自身経験済みだから。

それでも強硬手段に出た事に、少しだけ申し訳なくも思う。

できればちゃんと言葉で伝えて、納得して欲しかったんだけどね。

「ううん、それでも助けてもらった事には変わりないもん!あのままじゃもジョウイも飛び出してっただろうし・・・」

少女はチラリと少年たちに視線を向けて、悲しそうな顔で言った。

「・・・?それがあの子達の名前なの?」

「そう。あの赤い服を着た子が、あたしの弟なの!それで髪の長い方がジョウイであたしたちの幼馴染」

「それで・・・あなたは?」

そう聞き返すと、少女は「しまった!」と言った風に手を口に当てて、照れたように笑う。

「ごめんなさい、まだ自己紹介してなかった!あたしはナナミ、よろしくね!!」

ナナミはそう言って私に右手を差し出してきた。

それを握り返してふと思う―――これだけ大きな声で騒いでたら、隠れててもすぐに見つかっちゃうかも・・・。

それをナナミに伝え、少しだけ声のトーンを抑えてもらってから、私は未だに不審そうにこちらを見ている男に向き直った。

「貴方の名前も聞いていいですか?」

できるだけ友好的に、警戒心を抱かせないようにそう話し掛けると、男は渋々ながらも自己紹介をしてくれた。

「ツァイと申します。それで・・・貴女は?」

「あっ、そう言えば!まだ名前聞いてなかったですよね・・・?」

ツァイの言葉に、ナナミも窺うように私の顔を覗き込む。

やっぱりそう来たか。

いや、相手の名前だけ聞いといて名乗らないわけにはいかないんだけどね。

本当はこの子達の名前を聞く前に、別れるつもりだったし・・・。

私はどう答えようか、少しだけ悩んだ。

ここは私の故郷じゃない。―――それでも隣の国なんだし、もしかしたら私の名前も聞いたことがあるかもしれない。

解放戦争(一般には門の紋章戦争)は3年前のことなんだし、あれだけ大きな戦争だったんだから、話くらいは聞いたことがあるかも。

もしここで名乗って、彼女たちが噂話にでも誰かに話してしまったら?

それを聞きつけたハルモニアの調査員に追いかけられるのは、できれば御免したい。

「・・・なにか、名乗れない事情でも?」

黙り込んでしまった私に、ツァイという男は不審気に表情を歪める。

ああ、もう・・・しょうがないか。

「ごめん、ごめん。ちょっと考え事しててね。私の名前は・・・クレオよ」

迷った末に、私は偽名を使う事にした。

私に一番近い、女性の名前。―――勝手に使わせてもらってごめんね、クレオ。

ナナミは特に疑った様子もなく、笑顔で私に話し掛けてくる。

問題のツァイも、少しだけ訝しげにしていたが何も言わなかった。

そんなこんなで大分時間が経ったらしい。―――意識を失っていた少年2人が、ようやく目を覚ました。

「・・・ここは?」

「ルカ=ブライトたちは!?」

未だ何が起こったのか理解できていないという少年と、意識を失っていたにも関わらず頭の血が下がっていないジョウイという少年に歩みより、私はさっきの非礼の詫びを入れた。

現在の状況を説明すると、2人は落胆したような諦めたような表情を浮かべ・・・―――それでも今から村に戻ろうという気にはならなかったみたいだ。

それに少しだけ安堵して・・・ふと見知った気配を感じ少しだけ目線を動かすと、木の上にナギが潜んでいて。

パクパクと声に出さずに口を動かし、何事かを伝えようとする。

それを上手く読み取って、なんでもないようにたちに向き直った。

「もうハイランド軍も撤退してるだろうし、私はそろそろ行くよ。あなたたちはここでもうちょっとだけ休んでいった方がいいかも・・・」

結構強く当身食らわしちゃったし・・・とは言わずにそう提案する。

彼らの返事を聞かずに踵を返した私を、ナナミは私のマントを勢いよく引っ張ることによって引き止めた。

「・・・ナ、ナナミちゃん?これちょっと苦しいから・・・放してくれないかな?」

「あたし、クレオさんにお願いがあるのっ!!」

私の抗議など聞く耳持たず、ナナミはそれだけを言うとさっきよりも強い力でマントを引っ張った。

いや、だから苦しいって・・・。

「あのね、あたしたち今仲間を集めてるの!」

何が何でも話を聞かせるつもりなんだと判断して、私はようやく足を止めた。

マントを放してもらって、仕方ないから話を聞く体勢に。

「あたしたちね、ビクトールさんの傭兵隊にいるの。あ、ビクトールさんって言うのは、傭兵隊の隊長してる人で、熊みたいな人なんだけど・・・」

『ビクトール』という名前に、思わず身体がピクリと動いた。

幸いな事にそれに気付いた人はここにはいないようだけど・・・。

私の内心の動揺など気付きもせず、ナナミは話を続ける。

「それでね、傭兵隊の仲間を集めてるの!良かったらクレオさんも・・・」

そう来たか。

「ちなみに・・・なんで仲間を集めてるの?」

「「ルカ=ブライトを倒すために!!」」

今まで黙っていたとジョウイが声を揃えてそう叫び、私は思わず頭を抑えた。

無茶だ・・・というより、無謀だ。

傭兵隊もそれなりの規模だとはいえ、ハイランド軍を相手にするのは難しい。

なによりも、ルカ=ブライトを相手にあの人数でどうにかなるものか?

私はため息を零して、期待を込めてこちらを見つめる3人に向かいきっぱりと言った。

「・・・やめた方がいい」

「どうしてっ!?」

ジョウイが声高に私に詰め寄る。

それを一歩下がって回避した私は、さっきと変わらない口調で声をかける。

「さっき、ルカ=ブライトを見たでしょう?そこらの傭兵隊が敵う相手じゃないわ」

それこそ、国単位じゃないと戦いにすらならないだろう。

もしくは・・・優秀な軍師がいるとか・・・。

私は小さく苦笑した。―――それこそ、無理な問題だと。

「ともかく、私は仲間にはなれない。私には・・・行けない理由がある」

「・・・行けない・・・理由?」

最後の方は呟くように言った言葉なのに、はしっかりと聞いていたらしい。

小さく首を傾げて尋ねてくるに視線を送って、やんわりと笑みを浮かべた。

「・・・ごめんね」

「そんな・・・、どうしてもダメ?」

なおも食い下がってくるナナミの頭を優しく撫でて、言い聞かせるように言った。

「私にも、目的があるの。今は人のことまで構ってられないわ」

「・・・目的って?」

聞き返されて思わず言葉に詰まる。―――本当を言えば、目的なんてないんだから。

それでも私は傭兵隊に行くわけにはいかない。

ビクトール達に会いたくないわけじゃないけど・・・。

今彼らに会いに行ったら、間違いなく戦いに巻き込まれる。

私にはそれをする覚悟が・・・・・・まだ、ない。

たくさんの命が失われていく事。

たくさんの命を奪う事。

大切な誰かを・・・また目の前で失ってしまうかもしれない事。

私の返事を待っているナナミを見て、私は小さな声で言った。

「探し物を・・・してるの」

それは、いつか私がなくした・・・とても大切なモノ。

そして、いつでも手に入れられるのかもしれない・・・大切なモノ。

後は、私の心次第。

「・・・本当にごめんね」

もしもう一度会う事が出来たら、今度はあなたたちの力になれたらいいな。

そして・・・―――ビクトール達が無事であるように、と。

私は信じてもいない神様に、心の限り祈った。

 

 

ルカ=ブライト。―――彼の姿を思い出し、そして今になって思う。

彼が堕ちた闇の中から彼を救い出したい、と。

そんなの余計なお世話だって事は理解してる。

それが私の勝手な想いだとも。

だけど昔、私がそうやって『彼』に助けてもらったように。

今度は私が、『彼』のように助けてあげたいとそう思った。

そうすることで、自分が救われるような気がしたのかもしれない。

 

 

数日後、そこから少しだけ離れた地で。

ビクトールの傭兵隊が、ハイランド軍と戦い敗走したという話を人づてに聞いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

主人公が暗い・・・というよりは女々しい?(ダメじゃん)

できるだけ早くビクトール達と再会させたいと思っていますが、この調子じゃいつになることやら。

ともかく、この連載は主人公が中心なので、話が飛び飛びになる予定です。

作成日 2004.1.20

更新日 2007.9.24

 

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