誰もが、貴方を憎んでいたとしても。

誰もが、貴方の死を望んでいたとしても。

きっと貴方は永遠に、人の心の中に生き続ける。

 

幸福を唄う歌

 

ふと目を開くと、最初に映ったのは真っ白な天井だった。

視線だけで辺りを探れば、どうやらここは医務室のようで・・・。

ようやく現状を把握して、重い重いため息を吐き出す。

頭がぼんやりとした。―――何故かズキズキと痛む頭に顔を顰めて、ダルい身体を動かし何とか右手を顔の前にかざすと、そこには黒い死神を思わす文様が浮き出ていた。

「まだ生きてるのか・・・。案外しぶといな、私も・・・」

自嘲気味に呟いて、小さく笑う。

すると小気味良い音を立てて、私が眠っていたベットを仕切るように閉められていたカーテンが勢い良く開いた。

「おはよう」

顔を覗かせたトウタにそう声をかけると、まさか起きているとは思わなかったのか・・・トウタは驚きに目を見開いて、次の瞬間慌てた様子でどこかへと走って行く。

「先生!ホウアン先生!!さんがっ!!」

遠くに聞こえるトウタの慌てた声に、私は一体どれくらい意識を失っていたのだろかと考える。―――少なくとも、トウタがあれほど慌てるくらい、私は危なかったんだろう。

動くのも正直辛かったので、大人しくホウアンが来るのを待つ。

するとしばらく後に、慌てていたトウタとは対照的にのんびりとした様子のホウアンが、いつもの笑みを浮かべつつ顔を覗かせた。

「おはようございます、さん。ご気分はいかがですか?」

「・・・上々・・・とは言えないけど、まぁ生きてるんだから上出来かな?」

「それだけしっかりと意識が戻っていれば、もう大丈夫でしょうね」

ホッと安心したように息をつくホウアンを眺めながら、私は微かに苦笑を浮かべる。

どうやら彼には相当の心配をかけたみたいだと、少し己の行動を反省する。―――まぁ反省したところで、これからの行動が改まるとは思えなかったけれど。

「さて、では今の貴女の怪我の具合ですが・・・まぁ、あまり良いとは言えませんね」

それくらいは自覚がある。―――何せ今も微かではあるが背中がズキズキと痛み出していたからだ。

「ええと、ルカ=ブライトとの決戦から一週間が過ぎています。すぐにここに運び込んで治療をして・・・貴女の意識が戻ったのが、それから約一日後の事。ほんの僅かな時間でしたが、覚えていますか?」

問い掛けられて、ぼんやりとした頭で記憶を探る。

そういえば・・・懐かしい夢を見ていた気がする。―――とても懐かしくて、悲しい夢。

目を覚ましたいような、覚ましたくないような・・・そんな夢。

うん、そうだ。―――だけど私は目を覚まして・・・そしてホッとしたのを覚えてる。

窺うように顔を覗き込んでくるホウアンに向かい一つ頷くと、彼は満足そうに微笑んだ。

「その後、さんは再び意識を失いました。傷も酷かったですが、何よりもその後がもっと大変でした。背中の傷から来る高熱の為、うなされ続けたんですよ」

一週間もの間・・・とホウアンは言葉を付け足した。

道理でトウタが慌ててたわけだ、と思う。

気が付けば身体の節々が痛い・・・ああ、喉乾いたなぁ・・・。

私の額に手を当てるホウアンの手が冷たくて、それがとても気持ちよかった。

「熱は・・・大分下がったようですね。体力もかなり回復したようですし・・・もう大丈夫でしょう」

「いろいろお世話をかけたみたいで・・・」

「仕事ですから・・・」

そう言って微笑んだホウアンを見て、私もつられるように小さく笑みを零した。

 

 

私が意識を取り戻してから数日、いろんな人がお見舞いに来てくれた。

それはもう、ひっきりなしに。

それだけ心配をかけていたんだと思うと申し訳なくなり、そして不謹慎ながらも少し嬉しくもなった。

その中で一番大変だったのが、言うまでもなくグレミオ。

そしてビクトールと・・・ワカバだった。

グレミオは泣きながら縋りついて来るし、ビクトールは「なんであんな無茶な事したんだ!」と怒鳴るし、ワカバは自分を責めた。

そんな彼らに、私は「もう無茶な事はしない(多分)」と堅く誓い、悔やむワカバに大したことないからと安心させるよう微笑む。―――それでも自分を責めているワカバに、結局生きてるんだからと言えば、少しだけではあるがホッとしたような笑顔を浮かべてくれた。

これだけみんなに心配かけてるんだから、なるべく早く怪我を治さなきゃな・・・と思いながらも、紋章での治療を申し出てくれたの言葉をやんわりと断る。

今がかなり危険な状態ならともかく、とりあえず命に別状はなくなった私の怪我を、わざわざの紋章で治して貰うのは気が引けた。―――何よりも、出来るだけ彼にはその紋章の力を使って欲しくない。

昔いろいろな紋章の文献を調べていた時、たまたま『始まりの紋章』について知る機会があり・・・その時読んだ文献の内容が気になったからだ。

『始まりの紋章』は、『輝く盾の紋章』と『黒き刃の紋章』の2つから成る。

2つの紋章は1つづつでは不完全な形であり、2つが合わされば問題はないが、それぞれ固体で使う際には問題が生じる。

つまり・・・力の強大さは不完全な形でも真の紋章に引けを取らないが、その際プラスされる不老というオプションが発生しないという事だ。

不老という形が、歳を取らないという以外にどういう作用をもたらすのかは分からないけれど、問題はそこじゃなくて・・・。

問題は、生身の身体で真の紋章の強大な力を使う・・・ということだ。

不老というオプションに守られず、人が扱うには大きすぎるその力を使った時、使用者の身体にどれくらいの負担が掛かるものなのだろうか?

想像もつかない。―――見ている限りではの身体に目立った負担はないようだけど、本当に負担がないのかは分からない。

分からない以上、予防として出来る限り力は使って欲しくなかった。

ほんの少しの傷を治すくらいなら問題はないだろうけど、私の傷はお世辞にもほんの少しとは言えないから。

だけどやっぱり呑気に傷を治す・・・なんてことをするのも面倒で・・・―――というか、それほどのんびりとしていられないだろうとも思ったので、結果。

「・・・なんでこの僕が、わざわざ傷の治療なんてしなくちゃいけないわけ?」

「まぁまぁ、そう言わずに・・・」

目の前で不機嫌そうな表情を隠そうともしないルックに愛想笑いを振り撒く。

風の紋章は治療系の紋章ではないけれど、攻守バランスの取れた使い勝手の良い紋章だ。

それを専門に扱う・・・そして真なる風の紋章を宿す彼に、私は白羽の矢を立てたのだ。

ルックも嫌味を言いつつ、結局は治療を施してくれた。

それが心の中では私のことを心配してくれているからなのか、それとも彼の師匠にそう言い含められたからなのか。―――私としては前者を希望するのだけれど。

彼も彼で、先日の戦いの際に強力な呪文を使ったらしく、今はそれほど力を使えないという事なので、ゆっくりと何回かに分けて傷を治していくことになった。

少しづつ引いていく痛みにホッとする。

「ねぇ、ルック・・・」

「・・・なに?」

気のない返事を返すルックに、私は気になっていたことを尋ねてみた。

「戦いはどうなったの?」

「同盟軍が勝ったよ」

そっけない答えが返ってくる。

それは分かっていた。―――今これだけのんびりとしているということは、きっとそうなんだろう。

私が聞きたいのは、そう言うことではなくて・・・。

「ルカはどうなったの?」

「死んだ」

またまたあっさりと返って来た言葉に、私はただ「ふぅん・・・」と相槌を打つ。

「詳しく教えてくれない?」

「・・・なんで僕に聞くのさ?」

「ついでだよ、ついで」

それは嘘。

ついででルックに聞いたわけじゃない。―――誰も教えてくれないから、彼に聞いた。

彼なら教えてくれるだろうと、そう思って・・・。

毎日お見舞いに来るグレミオやビクトールやフリックやや(以下省略)に事の顛末を聞いても、返って来る言葉は「今はそんな事よりも早く傷を治せ」だけだった。

それは当然の答えだったし、また仕方がないかとも思う。

けれど、どうして教えてくれないんだろう?

いくら大怪我を負ったとはいえ、戦いの渦中にいた私に隠す事なのだろうか?

ふと思う。―――もしかすると、彼らは私がルカに憎しみ以外の感情を抱いていた事に気付いているのかもしれないと。

それは同情か、・・・・・・それとも別の何かか。

私自身、彼の事をどう思っていたのかはっきりと自覚できていなかったけど、彼を心から憎めなかった事だけは確かだ。

あの夜・・・戦いの中で彼が私に見せた目を、私は忘れる事が出来なかった。

「ルカ=ブライトの最後ねぇ。・・・僕も実際見たわけじゃないんだけど?」

「それでも構わないから・・・」

そう言葉を投げかけると、ルックは面倒臭そうに事の顛末を話し始めた。

 

 

その日の夜・・・私は眠っていたベットから、ゆっくりと身を起こした。

医務室の中は静まり返っている。―――急患がいないからなのか、ホウアンも今は部屋を離れていた。

部屋には私以外にも数人の入院患者がいて、彼らの寝息が聞こえる以外は静かなものだ。

私は物音を立てないようこっそりとベットを抜け出し、側にあった窓を開けて辺りを窺う。

どうやら巡回の兵士も、今はこの辺りにはいないようだ。

それを確認してから、おもむろに窓の縁に足をかけて外へ降り立った。

ひやりとした土の感触が、足の裏から直に伝わってくる。

医務室に私の靴はない。―――それどころか誰の靴もない。

私のモノはすべてグレミオが持って行ってしまったという。

そこに何か作為的なものを感じつつ、まぁ入院生活に普通靴は要らないかと考え直して、潔く諦めた。

スリッパはあったけれど、あんなものを履いてひっそりと行動するなんて無理だと判断した結果、裸足での強行突破に踏み切ったわけだ。

さて、どうやってここから抜け出すか・・・。

目的の場所までの道順を頭の中で追いながら、ともかくこの城から出ない事にはどうしようもないと思い直す。

けれど戦いが終わったとはいえ、見張りがいなくなったわけじゃない。―――数が減っているだろう事だけが唯一の救いといえば救いか。

ずいぶん前にシュウの部屋で見た見張りの配置を思い出して、今現在は一番見張りの人数が少ないだろうと思われる見張り台の1つに向かった。

塔のような造りのそこまでなんなく辿り着くと、螺旋状の階段を音を立てないよう慎重に上っていく。―――その頂上に、見張りはいた。

人数は2人・・・これくらいならなんとかなりそうだ。

言っておくけど、今の私に武器はない。

ついでに言うと、前まで着てた服もない。―――ルカに斬りつけられた際に使い物にならなくなったので処分したとグレミオに聞かされた。

くそう、あれ結構気に入ってたのに・・・!

今私が着ているのは、患者が着せられるようなヒラヒラとした薄い簡素な服。

かなり動きづらいけれど、元々派手に動くために作られたものではないのだから、それも仕方がない。

ヒラヒラと足元まである長い服を太ももの辺りで一まとめにして・・・そして城の外に意識の向いている兵士の背後にソッと回り込むと、兵士の首元に手刀を入れる。―――まずは1人。

「なっ!?」

イキナリ倒れ込んだ兵士に驚いて振り返ったもう1人の鳩尾に握った拳を力いっぱい叩きつけて・・・驚愕に顔を歪めた兵士が崩れ落ちるのを目に映しながら、苦笑する。

「ごめんね・・・?」

既に意識のない彼らにそう謝罪して、塔の上から塀の外を見下ろした。

やっぱり高い。―――まぁ、これくらいの高さがないと、城塞としては使い物にならないだろうけども・・・。

塔の縁に足を投げ出すようにして腰を下ろす。

そして何度か深呼吸した後、ゆっくりとそこから飛び降りた。

すぐに旋風の紋章を発動させて、風のクッションを作る。―――フワリと浮き上がった身体をゆっくりと降下させながら、何とか無事に着地する事が出来た。

「ああ・・・何とか上手くいったか・・・」

ホッとして、さっきまでいた塔を仰ぎ見る。―――もし失敗してたら、また医務室行きかななんて呑気な事を思いつつ、気を取り直して足を踏み出した。

ズキン!

「痛っ!!」

何の前触れもなく突然背中に鋭い痛みが走り、思わず声を上げてその場に座り込んだ。

あまりの痛さに、息をするのさえ辛い。―――喉に詰まった息をゆっくりと吐き出して、波打つように痛み出した背中からなるべく意識を遠ざけつつ、数回深呼吸を繰り返す。

もしかして・・・傷が開いた・・・とか?

最悪の予想に、けれどもそれが外れていないだろうと思う。

イキナリ動いたからだろうか?

それとも兵士相手に体術かました時か?

はたまた飛び降りたのが原因だろうか?

そのどれもが要因だろう。―――それが分かったところで状況は変わらないけれど。

紋章で治そうかとも思ったけど、ルックが少しづつしか治せないのに、私が今すぐ治せるわけなどないだろうと思う。

何より、こんな所でぐずぐずしている暇はなかった。

ホウアンだって長く医務室を空けては置かないだろうし、私の脱走はそう遠くないうちに判明するだろう。

折角ここまで来たというのに・・・今さら連れ戻されてたまるか。

私は痛む背中をそのままに、ゆっくりと立ち上がって・・・なるべく急いでその場を離れた。―――目的の場所は、ここからそう遠くないはずだ。

荒く息を繰り返し、何度も何度もうずくまりそうになりながら・・・私は必死に歩き続けた。

 

 

「ここが・・・」

目の前に立つ巨大な木を見上げて、ため息と共に言葉を吐き出した。

「ここが、ルカの果てた場所・・・」

ルックに聞いた話だと、ここに間違いなさそうだ。

当初計画を立てていた場所通りだったので、迷う事無く辿り着けた。

辺りには無数の槍が散らばっている。―――そこにはもう、ルカの姿はなかった。

ふと木に取り付けられてある木彫りのお守りが目に映り、近づいてそれに軽く触れる。

確かシュウの策では、この中に蛍が入れられた筈だ。

その話を聞いたときは、ルカがそれに目を止めるのだろうかと疑問を抱いたものだけど、結末から察するにどうやらシュウの策通りになったのだろう。

どういう心境の変化か?

ルカらしくないその行動に、思わず苦笑が漏れた。―――そのいつもと違う行動が、彼をさらに窮地に追いやったのだ。

背中の痛みは既に限界に達し、私は立っていることさも苦痛になって、ゆっくりとその場に座り込んだ。

背中を付けないように木に寄りかかり、浅く息を繰り返す。

血が滲んで服が背中に張り付いているのを感じながら、かなりヤバイ状況なのかもしれないと他人事のように思った。

ここで、ルカは何を想い・・・そして果てたのだろうか?

私を斬った時の、ルカのあの驚いた表情が甦る。

ああ、私は馬鹿だ。―――彼にもっといろいろな事を言えばよかった。

そうすれば・・・戦いの結末は変わっていただろうか?

否。―――例え何があろうとも、戦いの結末は変わらない。

同盟軍か、それともルカか。

どちらかが滅ぶまで、戦いは終わらない。

それを分かっていてなお、それ以外の結末を望んだ私は馬鹿以下だ。

せめて、最後に彼の心が深い憎しみから解放された事を願って。

すべての憎しみから解放される事を願って・・・。

自分の身体から力が抜けていくのを感じつつ、それに任せて地面に倒れ込んだ。

不意にガサリと草が鳴って・・・視線でそちらを見ると、そこには銀色の毛並みを持つ小さな犬が・・・いや、狼か?

その狼は私を威嚇するでもなく、ただ静かにこちらを眺めている。

その強い眼差しが・・・何故かルカと重なって・・・。

思わずニコリと微笑みかけた。

あの狼が本当にルカなのだとしたら・・・それならこれからは一緒にいてあげられるねとそう想って。

何の躊躇いもなく寄って来た狼が、私の頬を舐める。

くすぐったさに目を細めながら・・・私はゆっくりと意識を手放した。

遠くの方で、誰かが私を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 

 

目が覚めると、そこは医務室だった。

どうやら抜け出した事がバレて、総出で捜してくれたとの事。

木の根元に倒れていた私を見つけてくれたビクトールが、ここまで担いで運んでくれたらしい。

怒りつつ泣き出したグレミオを宥めながら、説教を始めるビクトールたちの話を申し訳ないと思いつつ聞き流して・・・。

私は自分のベットの端で丸くなっている銀色の狼に目をやった。

あの時見た狼は、どうやら幻じゃなかったらしい。

私を連れて行こうとするビクトールに噛み付いて、無理やりついてきたという。

医務室は動物禁止とホウアンに言われたけれど、この狼は私以外に気を許さなかったので仕方なく許可を出してもらった。

「・・・ルカ」

私はこの狼に、ルカという名前を付けた。

ルカを呼ぶとビクトールたちは嫌そうに顔を歪めて。

「趣味の悪い名前付けるなよ・・・」

と零していたけれど、私はこの狼にそれ以外の名前を付けるつもりはなかった。

どうしてもこの狼が、ルカに見えたから・・・それは私なりの贖罪のつもりなのかもしれない。―――ただの自己満足なのかも。

でもそれでも良いような気がした。

再び治療に赴いたルックに、さらに毒舌トークを披露されたけれど、それさえもなんだか楽しくて。

不謹慎だけど・・・心配してくれたみんなには、本当に申し訳ないと思ったけれど。

クスクスと笑みを零す私を、ビクトールたちは呆れた表情で眺めていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

本当にこれでいいのか。(自問自答)

ルカ、狼になって再登場!ありえない・・・ありえなさ過ぎ・・・とかいうのは、もうこの際気にしない勢いで。(懇願)

話がオリジナルどころの話じゃなくなって来てます。

寧ろこれ何の話?ってな感じで・・・。(ああ、本当に救えない)

作成日 2004.4.23

更新日 2008.10.26

 

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