疑惑と偽りと、裏切りと。

未来の行く末すら解らずに・・・。

それでも、貴方を信じたいよ。

 

訣別の時

 

「和議の申し入れを受ける事にした」

シュウの部屋で、彼の仕事を手伝っていた私にそう声がかけられた。

読んでいた書類から顔を上げれば、こちらを見もせずまるで今日の天気の話をするかのような気軽さで話すシュウ。

人と話をする時は、人の顔を見るのが礼儀でないか?

そう思ったけれど、言っても無駄だと分かりきっているので、そのままスルーして再び書類の視線を落とした。

「ふ〜ん・・・、がそう言ったの?」

「そうだ」

「・・・・・・なるほど」

としては、幼馴染と和解できる絶好のチャンスだろう。

戦わずに済むのならば、それに越した事はない。―――元々は、ジョウイと戦う事に憤りを感じていたのだから。

まぁ、私だってがそう言い出すだろう事くらい予想していた。

だから和議を受け入れるかどうかを考えるよりも、寧ろその先のことを考えるべきだ。

「・・・・・・で?」

手を動かしつつ、チラリとシュウを盗み見る。

彼がわざわざこの話題を出してくるという事は、何か話があるということだろう。

するとシュウは持っていた筆を机の上に置いて、小さく息を吐いた後こちらを見る。

思わず目が合ってしまい、逸らすのもなんなので、私も筆を置いてシュウの顔を見返した。

シン・・・と静まり返る部屋の中。

「・・・なんで無言?」

「お前に頼みたい事がある」

いたたまれなくなってそう呟いた瞬間、シュウが淡々とそう告げた。

その射抜くような鋭い視線に、なんとも言えない嫌な予感とやらが私を襲う。

「・・・頼みたい事って?」

「和議の事だ」

いや、まぁそれはそうだろうけど・・・―――今その話してたんだし。

「和議には殿とテレーズ殿に行ってもらう。おそらくはナナミも無理やり付いて来るだろう。そこで、だ」

「・・・そこで?」

「お前にも同行してもらう」

『もらう』なのか、『もらえないか?』とか疑問系じゃなくて・・・―――頼み事とか言っときながらメチャクチャ決定事項って感じだし。

どう反応して良いか判断しかねて、とりあえず頭を掻きながら小さくため息。

「それで・・・メンバーは?」

どうせ断る事なんて出来ないんだろう。―――この男は一度決めた事をそう簡単に翻すような人間じゃない。

まぁ断る気も実はなかったんだけど。

とりあえずメンバーが気になる。

そんな私に、しかしシュウは悪びれた様子もなく。

「今言っただろう?殿とテレーズ殿。おそらくはナナミに・・・そしてお前だ」

「・・・は!?」

何・・・それってマジですか!?

「不満ならばチャコもつけよう」

いや、そんなお菓子についてるオマケみたいな言い方されても・・・。

それにそう言う問題じゃなくて・・・。

やナナミはともかく、テレーズは正真正銘非戦闘員でしょ?

ミューズで起こるだろう事を考えれば、私1人ってのはちょっと無茶すぎないか?

あっけに取られて、思わず黙り込んでしまった私に、シュウはニヤリと口角を上げる。

「しっかりと用心棒役を果たせよ」

この、バカ男!!

そう怒鳴りつけてやりたかったけど、言ったら言ったで後々延々と嫌味を言われ続けることになるんだろうなと思って、何とか言葉を飲み込んだ。

 

 

「じゃあ、頑張れよ」

「しっかりな」

かけられる声に差し障りのない笑顔を返して、見送りに来てくれた人たちを見る。

っていうか、あんたら・・・このメンバーに不安はないのか?

そんな事を思いながら、船の準備をしてくれているタイ・ホーたちを眺めた。

今回は行きは船、帰りは陸路を取る事になっている。

帰りがかなり大変そうだけれど、敵陣の中で船を待たせておくのはやっぱり不安がある。

海賊じゃないんだから、船乗りがみんな戦闘員なわけないし・・・襲われでもしたら一大事だからね。

「船の用意が出来たぞ!!」

同じく船の準備をしてくれていたアマダにそう声をかけられて、ミューズに向かう私たち5人は顔を見合わせて1つ頷いた。

「では、行って参ります」

「お嬢様、どうかお気をつけて・・・」

見詰め合うテレーズとシン。

何気に今生の別れモードに見えるんだけど・・・縁起でもない。

「ほら、早く乗れ!」

船の上からタイ・ホーに急かされ、慌てて足元に置いてあった荷物に手を伸ばす・・・と掴もうとしたそれはそこにはなく、手が敢え無く空を切る。

思わず振り返ると、そこには私の荷物を手に持ったグレミオが立っていた。

「・・・お嬢」

沈んだ様子で俯くグレミオに、私はどう声をかけるべきかと一瞬迷う。

私がたちに付いてミューズに行くと発表された時、グレミオの開口一番のセリフはこうだった。

「まさか、お嬢も行く気なんですか!?」

今行くってシュウが言ったでしょ?―――なんてツッコミは出来なかった。

明らかに動揺した雰囲気で、表情を硬くするグレミオ。

彼は待っているんだろう。

私が『一緒に来て』と言い出すのを・・・。

だけど私は彼の望む言葉を言わなかった。―――どうしても言えなかった。

これから行くところは、ある意味戦場よりも危険なところだと思ったから。

私はテレーズを・・・そしてを守るのだけで精一杯だ。

そう言ったらグレミオはきっと、私は守ってもらわなくても結構です・・・なんて言うんだろうけど。

私だってグレミオがどれほどの腕を持っているのかは知っている。―――それは信頼に値するものだし、見くびっているわけでもない。

ただ、今回は危険すぎる。

もし・・・和議が失敗したとして、相手に囲まれてしまったら。

もし助ける事の出来るのが、たった1人だとしたら?

私はきっと、迷う事無くグレミオを選ぶだろう。―――よりもテレーズよりも、グレミオを選ぶだろう。

それじゃあ、ダメなんだ。

それじゃあ、私が行く意味がない。

「ちゃんと帰って来るから・・・」

「・・・・・・」

「だから、帰って来たらグレミオのシチュー、食べさせてね?」

黙り込んだままのグレミオにそう微笑みかけると、グレミオは一瞬辛そうに表情を歪めたけれど、しっかりと笑顔を返してくれた。

「はい、特別美味しいのを作って待ってます」

「・・・うん、楽しみにしてるから」

グレミオが待っていてくれるから、私は帰ろうと思える。

彼が待っているから、絶対に帰らないとって・・・。

そこまで考えて・・・ふと、今の私とグレミオの遣り取りも十分『今生の別れモード』だなと思わず苦笑した。

船に乗り込んで、見送りに来てくれた人たちに向かって手を振る。

手が飛んでいきそうな勢いで手を振るマイクロトフを微笑ましく眺めながら、その人の塊から少し離れた場所に立っているシュウを見つけた。

シュウの側には、ビクトールが佇んでいる。

遠目から見る2人の雰囲気は、お世辞にも和やかとは言えない物で。

ああ、やっぱりビクトールなんだ・・・と、ぼんやりと思う。

見送りの人たちが見えなくなった頃、ようやく私は本拠地から視線を逸らして、そのままずるずると座り込んだ。

船の微かな振動を身体で感じながら、ソッと目を閉じる。

浮かんでくるのは、先日会ったクルガンの姿。

そしてジョウイの・・・儚げな微笑。

このまま時間が止まってしまえばいいのに・・・。

そうすれば、このまま・・・。

「・・・

不意に声をかけられて目を開くと、すぐ側に穏やかな笑みを浮かべたテレーズがいた。

「どうしたの?」

「少しお話しないかと思って・・・」

そう言うテレーズに微笑みかけて、隣に座るよう促した。―――深窓の令嬢相手に床に座らせるのもどうかと思ったけれど、ここはとても風が心地良いから。

船のスピードに合わせて、風が強く吹き抜けていく。

頬に当たる風も少し強かったけれど、それも何故か気持ちよくて。

「それで、何のお話しを・・・?」

「ふふ、恋の話でもしましょうか?」

「こっ、恋!?」

楽しそうに笑みを零すテレーズを見返して目を丸くする私に、テレーズは悪戯っぽく言葉を続ける。

「冗談です」

冗談なのか・・・。

ちょっとテレーズの恋の話という物を聞いてみたい気もしたんだけどね。

こっちには話せるだけの恋の話がないから、聞き逃げ出来そうだし。

未だにクスクスと笑みを零すテレーズを見て、小さく息をつく。

今の彼女は、どこか無理をしているように見えた。

「テレーズ・・・」

「なんでしょう?」

「大丈夫だから」

そう声をかけると、テレーズは目を見開いて私の顔を見返した。

自分で言ってて『何が』大丈夫なんだろうと自問自答するけれど、彼女は私の言葉に小さく息を吐いて・・・そして自嘲気味に笑う。

「怖いと言ったら・・・貴女は笑いますか?」

目に飛び込んできたテレーズの身体が、微かに震えているのが分かった。

「・・・ううん」

小さく否定の言葉を告げれば、テレーズは両手を握り締める。

「可笑しいでしょう?グリンヒルが落ちた時、1度は死を覚悟したというのに・・・。なのに今、とても怖いなんて・・・」

それはきっと、誰もが思うことだ。

誰だって死にたくなんてない。

大切な人がいれば・・・大切なモノがあれば、人は生きていたいと願う。

それは当たり前のことなんだ。

私は震えるテレーズの身体を抱いて、出来る限り穏やかな口調で呟く。

「大丈夫。絶対に私が守るから・・・」

「・・・

「絶対に、死なせたりなんてしないから・・・」

その為に今、私はここにいるんだから。

誰も死なせたりなんてしない。

テレーズももナナミもチャコも。

誰かを失うのは、もうたくさん。

私たちの様子には気付かず、船の上ではしゃぎまわっているたちを目に映して。

「和議・・・上手く行くでしょうか?」

ポツリとテレーズが漏らした呟きに、私は晴れ渡った空を見上げる。

「さぁ・・・どうだろう?」

「上手く行くと良いですね・・・」

「うん・・・そうだね」

これ以上、たちが悲しい思いをしないように。

私はただそれだけを祈りながら、テレーズを抱きしめる手に力を込めた。

 

 

本拠地を出発してから数日後、私たちはようやくミューズに辿り着いた。

旅慣れないテレーズやチャコを連れての旅だったから、予定よりも少しばかり時間が掛かってしまったけれど、それでも2人は文句1つ言わず頑張っていた。

ミューズ市門に立つ門番に身分証明をして、ようやく市内に入る。

そこは人の気配のない、荒れた雰囲気を持っていた。

以前ここに来た時は、あんなに賑わっていたというのに・・・。

「マイクロトフの言ってた事は、本当だったんだね」

ルカがミューズ市の人たちを、紋章の生贄にしていたという話。

どれほどの人が生贄になったんだろう?―――少なくとも今この街に人のいる気配は少しもないから、かなりの人数が生贄にされたんだろう。

「ふ〜ん・・・まぁ、いいや。俺ちょっと街の中見てくる!!」

好奇心丸出しのチャコが勢い良く飛び出していったのを、テレーズが止めようと慌てて手を伸ばしたけれど、それをやんわりと止めた。

「いいじゃない」

「でも・・・」

「私たちは先に行こう。あの子だって、ちゃんと分かってるから・・・」

未だに渋るテレーズを連れて、ジョウストンの丘を目指す。

たちは、さっきから妙に静かになっていた。―――多分、緊張してるんだろう。

一本道の坂を登って、丘の上に立つ会議所の前に立つ見張り兵に声をかけると、すんなりと中に通してくれた。

案内を受けて初めて入る会議所の中を見回しながら歩いていると、他の部屋とは少し趣の違う扉が目に入る。

「皇王がお待ちです。どうぞ・・・」

そういえばジョウイは皇王になったんだったっけ?

そんな事を思いながら、ゆっくりと扉を開いた。

音もなく開いた扉の向こうは広い会議室になっているようで・・・・・・その部屋の奥に彼らはいた。

ずらりと並ぶ兵たちの合い間を抜けて、静かに佇むジョウイとレオンの前まで歩いていく。その際チラリとレオンと目があったけれど、あっさりと逸らされてしまった。

「よく来てくれたね、

「ジョウイ!」

静かな口調で口を開いたジョウイに、ナナミは嬉しそうに声を上げた。

けれど違和感がある。―――そう、それは予想していた通りの・・・。

「これはどういうこと?和議の申し入れをしてきたというのに、今この場はそれを行うようには見えないけれど・・・」

レオンを見据えて、出来る限り冷静な声で告げた。

ここには調印のための書状もなければ、それを用意する素振りもない。

私の言葉に反応して、レオンはニヤリと口角を上げた。

「そんなものは必要ない。和議は同盟軍の全面降伏という形で幕を閉じるのだからな」

「なっ!!」

「ジョウイ!?」

驚きに声を上げるたち。

そんな中、私はただレオンの顔を睨みつけていた。

こんな事だろうと思っていた。―――寧ろ、和議なんて在り得ないのだ。

レオンがいる以上、そんな解決なんて在り得ない。

そしてジョウイも、おそらくはそれを望んでいないだろうから。

背後で何かが鳴る音がした。

「断れば、あの弓が一斉に鳴るということかしら?」

テレーズの怒りを滲ませた声が響く。

いざという時には度胸の据わった人だと、改めて感心した。

さて、どうする?

正面にはジョウイとレオン・・・そしてその後ろには弓を構えた兵士たち。

背後にはそれの倍の人数はいるだろう。

残念ながら、窓は高い位置にある為そこから逃げる事も出来そうにない。

こんな所で紋章を使えば、余計に大変な事になりそうだ。

せめて敵が正面か背後どちらかだけなら、まだ話は簡単なんだけど。

もし正面の敵を討てば背後から。

背後の敵を討てば正面から、一斉に矢が放たれる事だろう。

強行に決断を迫るジョウイに、はしっかりとした口調でそれを拒否した。

レオンの表情が歪む。―――時間はない。

ゆっくりと剣に手を伸ばして・・・性に合わないけれど、ジョウイかレオンのどちらかを盾にとって脱出を試みようかと足を踏み出したその時。

!!」

扉を打ち破る勢いで、見知った人物が部屋に飛び込んできた。

「ビクトール!!」

ホッと安堵して、隣で呆然と立ちすくむテレーズの腕を引っ張った。

、早く!」

もう一方の手をジョウイを見つめるに伸ばして・・・―――その時、視界の端で兵の1人が弓を引くのが映った。

考える間もなくの前に立ちふさがって。

「・・・っあ!!」

直後、肩を貫くような痛みを感じて思わず声を上げた。

さん!?」

「いいから、走って!!」

振り返ろうとするの背中を強引に押して、走り出す。

背後で弓を引く音が聞こえて、歯を食いしばった。

射られた右肩は少し動かすだけで痛い。―――剣を振り回すなんてマネは、出来そうもなかった。

まだ走れるだけマシだと思うことにするか?

けれどあの矢が放たれたら、きっと痛いどころの話じゃないだろう。

なるべくたちを庇うように走る私の横を、小さな影が通り過ぎた。

「・・・?」

「ピリカ!?」

背後から聞こえるジョウイの驚く声。―――ああ・・・彼女を囮に使ったんだ、シュウは。

そんな事を思いながらも、引き返そうとするナナミを抱えたビクトールの援護を受けて、私たちは会議所を飛び出した。

 

 

ガタガタと揺れる馬車の中、重苦しい沈黙が続いていた。

もナナミも何も話さない。―――彼らの心境を考えると、当然のことだった。

私は自分の肩に刺さったままの矢を見て、息を止めると一気にそれを引き抜いた。

「・・・っく!」

さん!」

私のうめき声に気が付いたが、今にも泣き出しそうな表情で近づいてきた。

それをぎこちなくではあるが笑顔で制して、左手を傷口にかざして回復の呪文を掛ける。

少しづつ引いていく痛みにホッとしながらも、先ほどの出来事を思い出して唇を噛み締めた。―――それを痛みを我慢しているのだと取ったビクトールが、珍しく怒ったように顔を顰めていた。

「大丈夫か?」

「まぁ、何とか・・・」

「あんまり無茶すんじゃねぇよ」

頭に手を置かれてポンポンと軽く叩かれると、少しだけ微笑む。

「痛いか?」

「ううん、大丈夫。もう治ったから・・・」

治ってすぐ痛みが引くわけでもないけれど、すぐにそれも感じなくなるだろう。

「それに・・・」

それに・・・本当に痛いのは、傷じゃない。

本当に痛いのは、心の方だ。

私の言いたい事が分かったのか、ビクトールは寂しげに微笑する。

それに同じように微笑を返して、沈んだ様子のに視線を向けた。

信じていた友の裏切り。

目の前に灯った希望の光は、あっさりとその姿を消した。

こうなる事は分かっていた。―――それはシュウも同じだ。

だけどそれが必要だと思った。

それはにとって、本当に良かったのだろうか?

きっと私たちがどう言葉を連ねても、は納得など出来なかっただろうけど。

それでも、無理にでも止めた方が良かったんだろうか?

分からない。―――それを答えられるのは、だけだ。

ただ私なら、この道を選んでいたと思うから。

「ビクトール・・・」

「ん?どうした?」

「ちょっと・・・寄りかかっても良いかな?」

そう呟いて、ビクトールの返事が返ってくる前に彼の腕に寄りかかる。

温かい人の温もり。―――痛む心が、少しづつ癒されていく。

ポンポンと・・・再び軽く頭を叩くビクトールの手に安心して、ゆっくりと目を閉じた。

 

無くしたモノと得たモノ、どちらが大きかったんだろう?

 

 

◆どうでもいい戯言◆

テレーズ夢?(笑)

彼女、かなり好きです・・・っていうか幻水で嫌いなキャラってほとんどいませんが。

というか、主人公はこの間から怪我しすぎです。(書いてるのはお前だ)

そして、折角同行したチャコの出番が・・・!

作成日 2004.4.29

更新日 2008.12.14

 

戻る