行く事も、戻る事も出来ずに。

私たちは、ただ立ち塞がる壁を見上げた。

いつか・・・これを乗り越えられる時が来るだろうか?

 

の末裔

 

和議の交渉が決裂してから、それなりの月日が経っていた。

その間、双方は目立った動きもなく・・・まぁ、いわゆる膠着状態に陥っているわけだ。

戦争に終止符を打つために、ハイランドが何を企んでいるのか。―――それはまだ分からないけれど、向こうにレオンがいる限り何も起こらないわけもない。

向こうが何もしてこないのならこちらから動きたい所なんだけど、あいにくと先のルカ戦で負ったこちらの打撃はそう浅いものではなく、今は軍容を整えるのだけで精一杯でこちらから打って出るだけの余力がないのが現状だ。

そんな中で、一応は一軍を任されている私の仕事はそれほど少ないわけじゃない。

まず自分の隊のもろもろの所用もあれば、約束していた(強制とも言う)シュウの仕事の手伝いもある。

それ以外にも本拠地に避難してきた子供たちの世話なんかも当番があったり、勉強をしたいと意欲を燃やす子供たちに勉強を教えたりもしていた。

けれど今の私は、そのどれもしてはいない。

本拠地のある場所で、ぼんやりと時間を過ごしている。

まぁ、ぶっちゃけて言えば・・・。

「サボってるんだけどね・・・」

「なら、他所でサボってよ」

ポツリと小さい呟きに、速攻で返事が返ってくる。

座ったままチラリと視線を上に向ければ、不機嫌そうな顔を惜しみなくさらしたルックが、鬱陶しそうに私を見下ろしていた。

「何よ、ルック。そんなに邪険に扱わなくてもいいじゃない」

「鬱陶しい」

うわ、ヒドっ!

躊躇う事無く吐かれる毒に、思わず苦笑した。

本拠地内では一番大きな建物。―――その入り口付近の二階まで吹き抜けにされたとても広い空間に、彼の師であるレックナートから授けられた(というかむしろ押し付けられた)石版がある。

その石版の前には、何か用事がない限りルックがいつも立っていた。

別に見張ってないと悪戯されるって訳でもない・・・とは思うんだけど・・・―――とか言ったら、「煩いよ」とまたまた刺々しい一言を返された事がある。

私はよく、そんな彼のところに行っては鬱陶しがられていた。

まぁ口で言うほど鬱陶しがられてないのが分かるから・・・。

ルックの言葉はいつも直接的だ。―――言葉をオブラートに包む事無く、思ったことを思ったまま言う。

だからこそ、私はルックと話をするのが好きだった。

時々、素直じゃないなぁ・・・なんて思うけど、それもまた可愛らしいものだ。

「ねぇ、ルック。今日はこんなに天気が良いのに、建物の中に篭ってるのツマらなくない?どっか散歩にでも行こうよ」

「仕事したら?」

「やだなぁ、たまには息抜きも必要よ?」

「だったら1人で息抜きすればいいだろ?僕を巻き込まないでよ」

「冷たいなぁ・・・」

クスクスと笑うと、ルックに変な目を向けられる。

「何が可笑しいの?」

「ん〜?別に何が・・・って訳じゃないんだけどね」

強いて言えば、雰囲気だろうか?

見た目鬱陶しがってても、ちゃんと返事を返してくれる事とか、無理やり追い返したりしないところとか・・・―――結構外見に似合わずお人よしだなって思う。

どんなに冷たい言葉を返されても、口調はどこか優しく感じられて・・・。

だから、心地良い。

嬉しいと思うし、楽しいと思う。

「そう言えばさ。やっぱり今でもレックナート様と会ったりしてるわけ?」

急に話を振られて上を見上げれば、ルックは私の方を見ずに前を向いたまま。

「うん、よくね。何の前触れもなく来るよ・・・夜中に」

あれだけは何とかならないもんかな?―――人が寝てる時に叩き起こすの。

「ふ〜ん、まぁどうでも良いけど・・・レックナート様に変な事吹き込むの止めてよね」

「・・・変な事って?」

「あの人、君と会うようになってから前にも増していい性格になったからさ」

それは私のせいなのか?―――っていうか、言われてるわよ・・・レックナート。

それに彼女は最初に会った時から、結構いい性格してたと思うけど?

「ああ・・・もしかして・・・」

「・・・何?」

「焼きもち焼いてるとか?心配しなくても、ルックの師匠を取ったりしないって!」

にこやかに笑顔を浮かべて言えば、物凄い冷たい視線を返された。

「帰れ」

「うあっ、蹴るなよ!」

踏みつけられそうになって慌てて立ち上がる。―――少しだけ距離をおいてルックの方を振り返ると、今にも紋章発動させそうな勢いで睨まれた。

なに・・・そんなにレックナートでからかわれるの嫌だったのか?

それとも図星だったとか?

「・・・ぷっ!あははははははははははっ!!」

堪えきれずに思わず笑うと、ルックが静かに右手を構えた。

うわ、ヤバイ!本気で紋章発動させるつもりだ!!

「ル・・・ルック。とりあえず落ち着け!」

「・・・・・・」

説得を試みるけれど、奴は呪文の詠唱を止める気配すら見せない。

これは本格的にやばくなってきた。

どうやってルックの気を逸らすか?―――そう思って視線を泳がせていると。

「あれ?こんな所で何やってるんですか、さん?」

背後からそう声をかけられて、思わず振り返った。

!いいところに!!あれをなんとか・・・って・・・」

助けを求めたの隣に、見覚えのない少年がいることに気付いて思わず言葉を切った。―――見た目はと同じか少し下くらいだけど・・・何となく格好が気になる。

、この子は?」

「うん、えっと・・・コウユウって言うらしいんだけど・・・」

「初めまして!!」

元気よく挨拶をするコウユウという少年に、私は同じように挨拶を返す。

それで・・・?とに視線を戻せば、当のは心持ち顔を青くして、私の背後を見ていた。

?どうし・・・」

その顔色の悪さに不思議に思って振り返ると、そこには・・・。

右手の紋章を構え、未だに呪文の詠唱を続けているルックがいた。

ヤバイ・・・忘れてた。

もうどうにも止めようがないことを悟って、慌てて腰につけてある小さな鞄から一枚の紋章札を取り出した。

ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!

頭の中に危険信号が流れる中、死に物狂いで紋章札を発動させる。

私の紋章札と、ルックの魔法が発動したのは同時だった。

瞬間広い空間に吹き荒れる激しい風。―――視界の端に飛ばされてる人が映ったけど、今はそれを気にしてる場合じゃない。

ルックの右手から激しい風の攻撃が放たれ、それは私の発動させた守りの天蓋によって相殺された。

ガァン!!

激しい破壊音と共に辺りに土埃が舞い上がり、視界が覆われる。

しばらくするとようやく土埃がおさまり、そして―――。

「あ、あんたねぇ!」

思わず額に浮かんだ嫌な汗を拭う。

「今、本気で攻撃したでしょ!!」

しかもあれ最高レベルの魔法じゃない!?

下手したら怪我じゃあ済まないわよ!!

思わずそう反論したら、ルックは涼しい顔で一言。

「君があれくらいでくたばるわけないじゃない」

そういう問題!?

そう言い返したかったけど、確かにそうだろうなって自分でも思ったから何も言い返せなかった。

「くそう・・・あの『守りの天蓋』札、結構高かったのに・・・」

無残にも灰となって消えてしまった守りの天蓋札を見て、思わず脱力すると。

「自業自得でしょ」

ニヤリと薄い笑みを浮かべて、私を見下ろすルックと目が合った。

「・・・レックナートに言いつけてやる」

「なっ!!」

「ふふふ、さぁて・・・どんなお仕置きが待ってることやら・・・」

「・・・・・・」

形勢逆転。

まぁ本当は言いつけるなんて気はこれっぽっちもないんだけど・・・―――それでもって、ルックも私がそうしないだろう事は分かってるんだろうけど。

それにしても、ルックをこれほど怯えさせるなんて・・・。

レックナートは一体ルックに何をしてるんだ?とか、新たな疑問が湧きあがってきたり。

「あの・・・さん・・・・・・」

恐る恐るといった感じで声を掛けられて、ようやくとコウユウという少年の存在を思い出した私は、にこやかな笑顔を浮かべて振り返った。

「なぁに、?」

「誤魔化し笑いはいいからさ」

呆れた顔を向けられて、ため息のオマケ付き。

そしてそのままへたり込んで動けないコウユウに視線を向けると。

「彼、ティントからの使者らしいんだ。広間まで運ぶの手伝ってくれる?」

「・・・・・・喜んで」

今の私には、こう答える以外に道はなかった。

 

 

シン・・・と静まり返った建物の中、私は1人ぼんやりと当てもなく歩いていた。

時刻は真夜中過ぎ。

既に住人たちは眠りにつき、昼間の騒がしさが嘘のような静寂に包まれている。

そんな中、フラリと石版の前に立つ。

流石にこんな時刻だからか、石版の番人の姿もそこにはなかった。

「・・・はぁ」

小さくため息を吐いて、石版を背にその場に座り込んだ。

ティントからの使者だという、コウユウと名乗った少年から聞いた話を思い出す。

ティントで山賊をしているのだと、彼は言った。

そんな彼らのグループを襲った、奇妙な一団の話。

青白い生気のない顔をした集団。

斬っても斬っても、倒れる事無く立ち上がる者たち。

すぐにそれに思い当たった。―――それは既に魂を持たぬ者・・・ゾンビと呼ばれる者たち。

そしてそんなゾンビを操れる者を、私は1人だけ知っていた。

かつてこの地で。―――そして私たちの前に二度に渡って姿を現した・・・。

「・・・ネクロード」

呟いた声は高い天井に大きく響いて、再び私の心の中に重く圧し掛かってきた。

この地で再び彼の姿を見た時に、予感はあったんだ。

もしかしたら・・・また私たちの前に姿を現すかもしれないって。

それが今なんだと・・・。

コウユウの話を聞いて、ビクトールはを連れて飛び出していってしまった。

ティントは孤立した地であるため、侵略されにくいという特性を持っている。

そういう特性を持っているが故に、シュウは軍を出す事に慎重になっていた。

まぁ、が行ったからには、出さないわけにはいかないんだろうけど。

ポツリと、心に黒い染みが落ちる。

それは逃れられない・・・逃れる事の出来ない黒い感情。

ビクトールは今、一体どんな気持ちで過ごしているんだろうか?

「何やってるのさ?」

不意に声が響き思わず顔を上げると、すぐ側にルックが立っていた。

呆れたような表情を浮かべて、ため息を零しながら私の隣に座る。

「ルックこそ、こんな時間に何やってるの?」

まさか、石版が心配で見に来たとか言わないよね?

「僕は・・・」

そう口を開きかけて、けれど思うところがあるのかすぐに口を閉じる。

「僕の事はどうでもいいだろ?君はここで何やってるの?」

なおもそう問い掛けられ・・・でもそれに反論する気にもなれなくて、私は正直に答えた。

「う〜んと・・・ちょっと考え事」

間違ってはいないし、嘘でもない。

ただ言ってないことがあるだけで。

それにルックは「ふぅん・・・」と気のない返事を返してくる。

そして沈黙。―――再び辺りは静寂に包まれた。

チラリとルックの方を見ると、彼はどこを見るでもなく宙を眺めている。

暇そうなのに・・・用事なんてなさそうなのに、でもここから立ち去る様子はない。

ルックはここに何をしに来たんだろう?

はさ・・・」

「え・・・?」

突然口を開いたルックに驚いて、思わず彼の方を見る。

するとやっぱりいつもの不機嫌そうな顔で、こちらをジッと見ていた。

はさ・・・」

「うん・・・」

「いつもそうやって、自分の心を隠してるよね」

「そうかな?」

「うん、そう」

「・・・そうかな?」

「うん、そう」

キッパリと返ってくる答えに、思わず苦笑した。

「うん・・・・・・そうかもしれない」

いつからだろう?―――思ったことを素直に口に出せなくなったのは。

小さな頃は、確かに言葉にしていたはずなのに。

悲しい時に泣いて、楽しい時に笑って、悔しい時に怒って。

そんな当たり前の事が、いつから出来なくなったんだろう?

「ルックは、思ったことは口に出すよね」

「僕は正直者だからね」

その言葉に思わず吹き出す。―――とんだ正直者だ。

けれど私が笑っても、ルックは怒らなかった。

ルックを羨ましいと思う時がある。

思ったことを素直に口に出せる彼が。

それは時に生きにくい事もあるんだろうけれど・・・。

「私も・・・言えばよかった」

復讐を胸にここを出て行くビクトールに、思ったことを伝えていたら。

そしたら、何か変わっただろうか?―――彼の心を、少しでも落ち着かせてやる事が出来ただろうか?

「そんな風に言いたい事があるのに言えないって顔されてるとさ、なんか痛々しい。見ててなんかこっちまで暗くなる」

ルックは不貞腐れたようなそんな顔で、顔を逸らしてポツリと呟いた。

その顔、私知ってる。

ルックがそんな顔をする時は、大抵は照れてるんだよね。

ああ、私の事を心配してくれていたんだ。

温かい何かが胸の中に広がった気がした。―――満たされるような、そんな感じ。

またクスクスと笑みを零すと、そっぽを向いたまま軽く頭を叩かれる。

「考え事なんて・・・悩むなんて似合わないんだよ、君には」

うん、そうかもしれない。

いつもよりもおせっかいなルックに、心の中が少しだけ軽くなった。

 

 

翌日、ティントに軍を出す事を決めたシュウに頼み込んで、私はリドリーとクラウスと一緒にティントに行くことに決めた。

今回はマイクロトフが同行を希望し、過保護だなと思いつつもそれを承諾して。

グレミオは今回も本拠地でお留守番だ。

別に私がそれを決めたわけじゃない。―――ただグレミオが、それを望まなかっただけだ。

もしかしたら、グレミオは私の微かな心の変化に気付いたのかもしれない。

何があっても、必ず帰ろうと思えるようになった・・・私の心の変化に。

以前の私は、どこかそれが希薄だったように思える。―――グレミオの元に帰るということを前提に旅をしていたけれど、心のどこかで違う感情も抱いていた。

私はグレミオにとって、本当にいい存在なのだろうか?

一箇所に留まる事も出来ず、放浪する生活。

私のことを考えてくれるグレミオを、私は束縛していていいんだろうか?

彼には彼の幸せが・・・―――違う道があるんじゃないか?

だけどそんな事を考えるのは、もうやめることにした。

私がグレミオに側にいて欲しい。

それは私の我が侭なのかもしれないけれど、それでもグレミオは幸せそうに笑ってくれるから。

だから、私は何があっても必ずグレミオの元に帰る。

そう思えるようになったから・・・―――だからグレミオは無理やり私に付いてきたりはしないんだろう。

ティントに向けて歩く道すがら、そんな事を思う。

数日掛けて歩き、ようやくティントの入り口である竜口の村に辿り着いた。

半日前に本拠地を出たビクトールたちには、未だに追いつけてはいない。―――向こうは少人数、しかも急いでいるだろう事は明白で。

一方こちらは大軍とは言えないがそれなりの軍を率いているから、必然的にスピードも遅くなる。

どうやら追いつくことは諦めた方が良いだろう。

さすが孤立しているというだけの事はあって、ティントへの道はたった一つ。―――それもかなり細い山道で、結構険しい。

出来ればもうちょっと見通しの良い所を行きたかったけれど、他はこの山道よりももっと険しい山に囲まれているから、やっぱりここを通るのが一番妥当なところだろう。

長く伸びる兵の列を眺めながら、ゆっくりとした足取りで歩く。

「・・・・・・?」

そんな中、ふと何か予感めいたものを感じて足を止めた。

「どうかしたのか?」

少し先を歩いていたリドリーが、突然立ち止まった私に気付いて不思議そうに振り返る。

「うん・・・」

それに曖昧な返事を返して・・・。

なんだろう?なんか、呼ばれたような気がする。

もちろん声なんて聞こえない。―――ただ大勢が歩く足音だけが大きく響いていた。

だけど・・・だけど、なにか・・・。

ゆっくりと辺りを見回して・・・そして私は山道の外れに一本の細い道が伸びている事に気付いた。

今通っている道よりもさらに細い。―――あまり人の往来がないのか、足跡のようなものさえ残ってはいない。

だけど・・・私は妙にそこが気になって。

「ごめん、リドリー。先に行ってて!すぐ追いつくから!!」

「お、おい!!?」

慌てるリドリーの声を無視して、私はその小道に飛び込んだ。

「お待ちください!俺も行きます!!」

後ろからマイクロトフが追いかけてきたけど、気にせずにその小道をひたすら進む。

しばらく進むと、パッと開けた場所に出た。―――そこは崖の僅かな隙間に出来た空間らしく、上を見ればさっき通ってきた道があり、遠くを見れば壮大な景色が楽しめる。

そんな秘境とも奥地とも言えるような場所に、私たち以外に人がいた。

落ち着いた佇まいの、中年の男。

「ん?誰だ・・・?」

大して警戒した様子もなく、景色を眺めていたその男はゆっくりとこちらを振り返った。

瞬間、思わず息を飲む。―――男も驚きに微かに目を見開いた。

「・・・知り合いですか?」

そんな私たちの態度に疑問を抱いたマイクロトフが、小さく首を傾げて聞いてくる。

けれど思わぬ再会に、彼の疑問に答えられるほどの余裕が私にはなかった。

ただ呆然と、彼の名前を呟く。

「・・・ゲオルグ=プライム」

「久しいな、

その男・・・―――ゲオルグは、私を見つめてゆったりと笑みを浮かべた。

 

 

私が初めてゲオルグに会ったのは、まだ幼い頃の事。

赤月帝国を二分する、継承戦争の最中の事だった。

当時、父さん同様『帝国6将軍』の1人であった彼は、同僚とも言える父さんと仲が良かったらしく、よく家に遊びに来ていた。

おおらかで気さくで、子供だった私ともよく遊んでくれて・・・―――私は父さん以外の将軍の中で、ゲオルグが一番好きだった。

けれど彼は姿を消した。

戦争が終わって・・・どんな理由があったのか分からなかったけれど。

行かないでと、泣いて我が侭を言ったけれど。

結局、彼は赤月帝国を出て行った。

その際、彼と交わした最後の言葉は、今でも鮮明に思い出せる。

『いつか・・・』

「元気そうで何よりだ、・・・」

「貴方も・・・あの頃とお変わりなく・・・」

「ははは、大分老けただろう?」

昔と変わる事のないその笑顔に、思わずホッとする。

それにしても・・・まさかこんな所で再会する事になるとは。

「こんな所で何をしてるんですか?」

「ん?ああ・・・景色を見ていた」

そういう事を聞いてるわけじゃないんだけど・・・。

思わず言いそうになって、けれど何とかその言葉を飲み込んだ。

子供の頃は気付かなかったけれど、今ならば分かる。―――思い返せば、ゲオルグにはいつも話を摩り替えられていたということ。

ゲオルグの纏う雰囲気。

酷く懐かしい気持ちを抱かせるのに、まるで見えない壁がそこにあるかのよう。

他人と一定の距離を置いている。―――安易に他人を近づかせない。

「ゲオルグ・・・」

そう彼の名前を呼ぶと、ゲオルグは困ったような笑みを浮かべる。

「お前の噂は聞いてるよ、

その言葉に、心臓が跳ね上がった。

知っている、彼は。―――私が何をしたのか。

途端に罪悪感が胸の中に広がった。

込み上げてくる熱いものを押し留めようと眉間に皺を寄せれば、ゲオルグはさらに困ったような表情を見せる。

殿、大丈夫ですか!?」

私の異変に気付いたマイクロトフが声を上げたけれど、私は俯くことしか出来なかった。

どうして・・・どうして今さらこんな気持ちになるんだろう?

ちゃんと受け入れたハズでしょう?

自分の犯した罪の重さは、ちゃんと分かってる。

なのに、どうして?―――苦しい・・・なんて。

そんな事を思う資格すら、私に有りはしないのに・・・。

ふとすぐ近くに気配を感じて顔を上げると、そこには穏やかに微笑むゲオルグがいた。

滲む涙で歪んだ彼は、あの頃のまま。

ポン、と軽く手を頭に乗せられて。

「よく頑張ったな・・・」

優しい・・・慈しむような優しい声が、頭上から降り注ぐ。

そんな言葉を掛けてもらえる資格なんて、私にはないのに。

「私・・・はっ!」

「大丈夫だ」

掠れる声で言葉を紡ごうとする私を遮って、ゲオルグは柔らかい口調で呟いた。

「大丈夫だ、ちゃんと分かってる」

「・・・・・・」

「テオは、お前を恨んだりしちゃいないさ」

「・・・・・・ゲオルグ」

「あいつの最後の顔は、どんなだった?」

言われて・・・忘れる事なんて出来ない。―――夢で何度も見たあの光景が頭の中に甦る。

「・・・父さん」

記憶の中の父さんは、微笑んでいた。

めったに見せない、極上の笑顔で。―――本当に幸せそうに・・・。

「うん、・・・・・・・・・うん」

私はただバカみたいに頷いていた。

父さんが最後に言った言葉を思い出す。

どんな立場になっても、変わらない愛を注いでくれた人。―――それは時にとても分かりづらいものではあったけれど、いつも私の幸せを願ってくれていた人。

例え父さんが最後に何を思っていたとしても、それで私の罪が軽くなるわけじゃない。

私の犯した罪は、きっと一生消えることはない。

それでも。

それでも、心が軽くなったのも本当で。

目の前で微笑むゲオルグと、涙を浮かべる私を見ておろおろするマイクロトフに交互に視線を向けて小さく笑う。

「ありがとう。また貴方に会えて・・・よかった」

心からの言葉を、彼に告げた。

 

 

帝国を去るゲオルグは、泣きじゃくる私を見て言った。

『いつか・・・また会おう、

その約束が守られる事は、きっとないだろうと思っていたけれど。

何が私と彼を引き合わせてくれたんだろう?

それは遠い日の約束。

 

 

「今、同盟軍にいるの」

「・・・そうか」

「いろいろあるけど、戦ってる」

「・・・・・・そうか」

満足気に、ゲオルグは笑う。

かつての私と同じような想いを抱きながら、戦ってる子がいるの。

どうか彼らは、悲しい結末を選ばないように。

大切な人を・・・失わないように。

「頑張れ」

掛けられた力強い言葉に、私はしっかりと頷く。

「うん、頑張る」

もう二度と、あんな想いをしないように。

私は今できる精一杯の笑顔を浮かべると、同じように微笑むゲオルグに背を向けて歩き出した。

『いつか・・・また会おう、

あの約束の言葉が、聞こえた気がした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

今回はちょっと横道逸れまくりッポイ感じで。

ちょっとこの辺でルックと交流を持たせとこうかと・・・偽物ですが。(笑)

そしてゲオルグ登場。

絶対顔見知りだと思うんですよね、主人公と。

ちなみにルックが夜中に石版のところに来たのは、あそこにがいて沈んでるみたいよ〜とレックナートに知らされたからだったりします。

なんか、弱いなぁ・・・うちのルック。(笑)

作成日 2004.5.2

更新日 2009.1.11

 

 

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