不安はいつしか迷いとなり、迷いは道を見失わせる。

望みも正しさも解らずに。

戦うのも逃げるのも・・・―――貴方次第。

 

すべきモノ

 

朝起きると、さんとリドリーさんとクラウスさんとマイクロトフさんがいた。

「おはよう、

「お、おはようございま・・・す?」

さんににっこりと笑顔を向けられて、僕は訳も分からずただ返事を返す。

それを見たさんは、さらに笑みを深めて僕を見た。

「昨日は大変だったでしょう。よく眠れた?」

「え・・あ・・・はい、いや・・・あの・・・・・・はい」

あまりにも目の前の光景が僕にとっては意外すぎて、頭がよく働かない。

っていうか、なんでここにいるの?

僕たちがティントに着いたのは昨日の事。―――意外にあっさりと同盟を結ぶ事が出来て、すぐに援軍を出してくれるようシュウさんに伝令を走らせた。

その伝令というのが、本拠地まで僕に会いに来たコウユウだったりする。

ティントの山道には詳しいと豪語する彼が、一番の適任だと思って任せたんだけど。

もしかして一晩で本拠地に行って、一晩で援軍を連れてきたとか?

うわぁ、それって凄いね。―――って、そんなバカな!

「あの・・・さん?1つ聞きたいことが・・・」

「何かな?」

にこやかにそう答えるさんに詰め寄って、僕は表情を引き締めて口を開いた。

「どうしてここに?」

「あれ?私がここにいちゃ、何か不都合でも?」

心外だとばかりに、さらりと答えるさん。―――いや、そういうことじゃなくて。

思わず頭を抱え込んだ僕の耳に、クスクスと小さく笑う声が聞こえてきた。

そちらに視線を向けると、必死に笑いを堪えているクラウスさんの姿がある。

「あの・・・クラウスさん?」

「いえ、すみません。―――殿、殿をからかうのはそれくらいにしておいたらどうですか?」

そう言葉を掛けられたさんは、小さく肩を竦めておどけたように笑った。

「ごめん、ごめん。冗談だから・・・」

「冗談って・・・」

「だから、ごめんって。実はたちが本拠地を出てすぐに、私たちも軍を率いてたちの後を追ったの」

「ええ。シュウ殿が、きっと同盟は成るだろうからとおっしゃって・・・」

「伝令役のコウユウには、途中の山道で会ったぞ」

口々に告げられる言葉に、思わずため息を吐く。―――それならそうと、最初から言ってくれれば良かったのに。

それにしてもシュウの先見には驚かされるばかりだと、改めて思った。

「それよりも、ビクトールは?もしかしてまだ寝てるとか?」

小さく首を傾げて聞いてくるさんに、僕はようやくこの場にビクトールさんの姿がないことに気付いた。

もしかすると、まだ寝てるのかもしれない。

そういえばナナミもどこかに行っちゃったし・・・。

そんな事を思っていると、バタバタと廊下を走る音が聞こえて来る。―――それが誰かを確認する前に、まるで蹴破らんばかりの勢いでドアが開かれた。

ー!もう聞いてよ!!ビクトールさんったら・・・ってぇ!?」

「うおっ!なんでお前らここにいるんだよ!?」

勢い良く開いたドアの向こうから顔を覗かせたナナミとビクトールさんは、揃って驚きの声を上げる。

まぁ、その気持ちは分からないでもないけど・・・。

もう一度さっきと同じ説明を始めたクラウスさんを横目に、チラリとさんの方を見ると、予想外にバッチリと目が合ってしまった。

さんは無言のまま、やんわりと微笑む。―――その笑顔を見て、少しだけホッとして身体の中の力が抜けたような・・・そんな気がした。

援軍を出してくれるよう伝令を出したものの、まさかさんがここに来るなんて思ってもいなかった。

だって完治したとは言っても、さんはこの間まで大怪我をしていたんだし。

和議の時にも、僕を庇って腕を怪我してしまった。

それによくは分からないけど、さんはよくシュウの仕事を手伝ったりしてたし、毎日結構忙しそうにしてたのを知ってるから・・・―――だから、さんは来ないと思ってた。

そのさんがどうしてティントに来たのか、それは分からなかったけれど。

けれどさんがここに来てることに、少なからずホッとしたのも事実だった。

さんが側にいると、何となくホッとする。

たとえばさっきみたいに、ふと目が合った瞬間微笑んでくれたりとか。

たとえば、たまにする何気ない会話とか。

上手くは言えないけど、何となく温かい何かに包み込まれているような・・・そんな不思議な気持ちを抱く時がある。

そうすると今まで張り詰めてた何かが、ゆっくりとほぐれていくような気がした。

「おや、皆さんおそろいですな。それではこれからについて話し合いましょうか」

ギャーギャーと騒ぐ部屋の中に、穏やかな笑みを浮かべたグスタフさんが入ってくる。

彼のその言葉に、その場は途端に静けさを取り戻して・・・。

僕はもう一度、さんの方をチラリと盗み見た。―――するとさんは今もまだ柔らかく微笑んでいて。

そのどんな時でも変わらない笑顔に、やっぱりホッとした。

促されるままにソファーに向かい、向かい合うようにグスタフさんの前に腰を下ろす。

その時、再びバタバタと廊下を駆けて来る足音が聞こえて・・・。

なんだろう?

まだ、僕たちの他にも誰かいたんだろうか?―――そう小さく首を傾げると、開け放たれたままのドアから小さな女の子が飛び込んできた。

「お父さん!!」

「おお・・・どうしたんだ、リリィ?ああ、紹介しましょう。この子は私の娘のリリィです。可愛いでしょう?」

なんだか慌てた様子のリリィとは対照的に、のんびりと親バカぶりを披露するグスタフさんに、しかし当のリリィ本人が焦れたように声を上げた。

「お父さん!みんながね、化け物が来たって!!オバケみたいなのが来たって言ってるよ!」

その切羽詰った声に、僕たちは勢い良く立ち上がった。

化け物って・・・オバケみたいなのって、まさか・・・。

思わずビクトールさんの方を見ると、いつもの彼からは想像できないほどの怖い表情を浮かべながら、一番先に部屋を飛び出して行った。

「ちょ!ビクトールさん、待って!!」

慌てて後を追おうとして・・・―――けれど慌てる僕たちとは裏腹に、1人ソファーに座ったままの人がいることに気付いて視線を向ける。

さん!?」

「私はここで留守番してるから、たちは行ってらっしゃい」

軽くそう言われて、僕は少しだけ迷ったけれど、すぐにビクトールさんの後を追って部屋を飛び出した。

こういう場合、一番に行動を起こしそうなさんがどうして部屋に留まったままだったのか。―――そう疑問に思ったけれど。

そんな事を考えてる暇なんて、今の僕にはなくて。

ただひたすら、先を走るビクトールさんの後を追いかけた。

 

 

静まり返った部屋に一人、僕はただぼんやりと椅子に座って今日あったことを思い返していた。

以前にノースウィンドウ・・・―――現在の同盟軍本拠地である滅びた街で会った、吸血鬼と呼ばれる男と再び相間見えた。

ティントを自分の国にすると宣言して、去って行ったネクロード。

彼に会った後、僕はもっと会いたくない人と会う事になった。

それは以前ミューズで知り合った、ジェスという人。

ジェスさんは言った。

『都市同盟を救うのは、都市同盟の人間であるべきだ』と。

だから僕は必要ないのだと。

そんな事、今さら言われても・・・と思った。

僕はもう同盟軍の一員として戦っていて・・・―――ジョウイとも敵同士になって。

そんな事を言うなら、もっと早くに言って欲しいと思った。

もっと・・・ジョウイを説得できたうちに。

ふと無性にナナミの顔が見たくなって、椅子から立ち上がる。

けれど僕はその場を動けずに、ただ立ちすくんだままぼんやりと宙を眺めていた。

きっとナナミは、僕に言うだろう。―――『ここから逃げよう』と。

前にも言われた事がある。

その時はもちろん否定して・・・それ以来、ナナミは何度も同じ言葉を言いたそうにしていて・・・―――けれどその言葉を口にする事はなかった。

でも今は・・・今日は違うかも知れない。

ジェスさんに言われた言葉が脳裏に過ぎる。

僕だって今、ナナミと同じ事を考えていた。―――同盟軍に、僕がいる必要なんてあるのかって。

もし今、ナナミにその言葉を言われたら。

僕は前と同じように、はっきりと断れるだろうか?

すべてを捨てて逃げるなんてこと、したくはない。

だけど必要とされていないんなら・・・―――ナナミに辛い想いをさせてまで、同盟軍にいる理由は?

そう思うと、ナナミに会いに行く決心がつかなかった。

それでも1人でいたくなくて。

1人でいると、嫌な考えばかりが頭の中に浮かんできて。

ふと窓の外に目を向けると、屋根の上に見知った姿を見つけて、思わず廊下に飛び出した。

手ごろな場所の窓を開けて、そこから落ちないように屋根の上に這い上がる。

「・・・さん」

そこにいた・・・―――部屋から見えたその姿に小さな声で呼びかけると、その人物はいつもと同じようにこちらに顔を向けてやんわりと微笑んだ。

 

 

並ぶようにさんの隣に腰を降ろして、ぼんやりとティントの街並みを眺める。

チラリと横を見ると、同じように街を眺めているさんがいて。

この人は本当に高いところが好きだなと思う。

風が好きだと、さんは言った。

たとえば、頬を撫でるような柔らかな風や。

たとえば、時折吹く吹き飛ばされそうなほど強い風。

いつの時も変わる事無く、どんな時も変わらずそこにあるモノ。

高い風景が好きだと、さんは言った。

普段目に映る事のないモノが見えるから。

たとえば、光に包まれる大地は生命に溢れているように見える。

たとえば、どこまでも続く大地は世界の広さを思わせる・・・と。

さん・・・」

「ん?どうしたの?」

僕が呼びかけると、さんは景色を眺めたまま穏やかな口調で返事を返した。

同じように僕も景色に視線を向ける。

既に真夜中と言ってもいいくらいの時間に達しているためか、あまり民家に明かりはついていない。―――ただネクロードの奇襲を警戒して見張りが何人かいるらしく、彼らがいる辺りには明るいほどの松明の炎で照らされていた。

夜の闇にぽっかりと浮かび上がるそこだけが妙に現実的で、飲み込まれそうな深い闇とを見比べているうちに、無性に寂しい気分になってくる。

さんは・・・」

「・・・うん」

何かに追い立てられるような感覚で口を開く。

背中からじりじりと急かされているような・・・。

胸の中が荒立つ。―――まるでグルグルと胃の中をかき回されているような、そんな感じがしてなんだか気持ち悪い。

さんは・・・戦う理由ってありますか?」

小さく深呼吸しながらそれだけを言う。―――チラリとさんの方を見れば、こちらを見ながら苦笑している姿が目に映った。

「・・・突然だね」

そう言って再び夜の闇に視線を戻す。

何も見えやしないのに・・・―――さんは一体何を見ているんだろうか?

「戦う理由って、とても難しいよね。どうしてなんだろう?―――戦いたいわけじゃないのに、だけどそこを選んでしまうのは・・・」

さんの言葉を聞いて、以前ビクトールさんが言っていた言葉を思い出す。

戦いに身を置くことでしか生きられない人間もいると。

それが望む望まないに関わらず、そういう人間もいるのだと。

さんもそうなんだろうと思った。

戦争というものをとても嫌っているように見えるのに・・・―――戦いの後はとても辛そうに見えるのに。

それでもさんは、ここを選んだ。―――何が彼女をそう追い立てるんだろう。

「多分、それは人によって意味も望みも違うんだろうね。とても大きな意味を持つ人もいれば、人から見ればとてもちっぽけな理由を持つ人もいる。・・・は?の戦う理由ってなに?」

逆にそう尋ねられて、僕は息を呑んだ。

僕は?僕の戦う理由って何?

思い当たらない。―――確かに自分で選んでここにいるハズなのに、その理由が分からない。

どうして僕はここにいるんだろう?

どうして僕は戦ってるの?

それが分からない僕は、おかしいんだろうか?

縋るようにさんを見れば、さんはいつも通りやんわりと微笑んでいて。

やっぱりホッとする。―――僕はゆっくりと深呼吸をして、深い闇に視線を戻した。

その時にふと思う。

何も見えないのにどうしてそこを見るんだろうと、僕はさっきそう思ったけど。

何となくさんの顔を見ては言いづらくて・・・―――もしかするとさんもそうなのかもしれない。

もしかすると、さんも僕の顔を直接は見づらいのかも。

なんでなのかって言われると、それは分からないけど・・・でもきっと、そうだ。

そう思うと、何となく心が軽くなった気がした。

同じということに安心するわけじゃないけど・・・―――でも自信に溢れているように見えるさんでも、そういう時があるんだなと思って。

なんだかとても身近に感じた。―――僕にとってのさんは、じいちゃんに聞いた物語の中の英雄のようなものだった。

「僕は・・・戦う理由が思い当たらないんだ。最初は確かにあったはずなのに・・・なのに今はそれが分からない。さんはそんな事なかった?」

こんな事を聞いて、怒られはしないだろうか?

そんな事を思いながら恐る恐るさんの表情を窺えば、さんは予想に反して未だ笑みを浮かべている。―――だけどその笑みが、どこか悲しそうに見えた。

「・・・あったよ」

ポツリと落ちるように呟かれた言葉。

さんの表情がとても大人びたものに見えて。

この人は本当にさんだろうか?―――本当に僕の知るさん?

いつも光に包まれているような・・・そんな雰囲気を持っていたさんが、今は大きな闇を抱いているように見えて。

「・・・・・・・あったよ」

さんはもう一度、同じ言葉を繰り返した。

「どうして私は戦ってるんだろう?私がここにいる意味は?・・・そんな事を、思ったことがある」

「・・・・・・」

「虐げられている人がいた。大人も子供も、いつも何かに怯えていた。そんな風に人が生きているなんて知らずに、私は毎日を呑気に過ごしてた。この幸せは当たり前のことなんだと・・・」

静かな・・・とても静かな声に耳を傾ける。

それは心の中にじんわりと染み込んできて、何かが満ちていく。

「だけどそれが当たり前じゃないって現実を知った。そんな時に解放軍と出会って、私は戦う決意をした。目に映った光景が、いつしか幸せなモノに変わるようにって・・・」

だけど・・・と、さんはため息を吐いた。

「だけど・・・戦いが進むにつれて、思うようになった。大切な人を失って、尊敬する父と戦って、助けたいと思った友人を助けられずに、私は何のために戦ってるんだろうって。すべてを失ってもなお、戦う理由が私にはあるのかって・・・」

「・・・さん」

「ふふ、可笑しいよね。最初はそんな事、考えもしなかったのに・・・」

その時、僕はある人の言葉を思い出していた。

さんの正体が分かって、山賊に捕まったコウくんを助けるためにトランに行った時に出会った、クレオという人の言葉を。

『お嬢は・・・様は、何のために戦っていたんだろうと思うんです。たくさんのモノを失って・・・あの戦いで様が手に入れたものは、一体なんだったんだろうって』

その言葉を聞いて、僕もそれを知りたいと思った。

それがまるで、自分の未来のことのように思えたから・・・。

さんは戦いで・・・門の紋章戦争で、何を手に入れたんですか?」

失ったものなら、いくらでも分かる。

門の紋章戦争の話は、ここでも有名だから。―――人づてに聞いた話だけど、それだけでもさんの失ったものの多くが垣間見えた気がした。

だからこそ知りたいと思う。

さんが、戦いの中で得たモノ。

戦いの果てに、さんが手に入れたモノはなんなのかを。

シンと静まり返った。

一向に返事が返ってこなくて、もしかして聞いちゃいけないことだったのかと思って視線を向けると、予想に反してさんは穏やかに微笑んでいた。

そして、その表情に違わない穏やかな声で呟く。

「そうだね。・・・たくさん手に入れたよ、かけがえのないモノ」

「・・・かけがえのない・・・モノ?」

「そう、とても大切な・・・。きっとあそこにいなかったら手に入れられなかった」

そう言って、柔らかい笑顔を浮かべる。

きっとその言葉は真実なんだろう。―――何を手に入れたのかは分からないけど、さんはそこでかけがえのないモノを手に入れた。

それがなんなのか知りたいと思ったけど、そこまで問い詰める事は僕には出来なかった。

僕にも手に入れられるだろうか?

その時ふとナナミの姿が頭の中に浮かんで・・・僕は拳を握り締めて、もう一度さんを見る。

「じゃあ・・・」

「・・・・・・」

「じゃあ・・・・・・逃げたいと思ったことはありますか?」

口にして、すぐにしまったと思った。

これじゃあ、逃げたいと言っているようなものだ。

慌てる僕を他所に、さんは少しも驚いた様子を見せずに。

「・・・あるよ」

僕にとっては衝撃的なその言葉を、いともあっさりと口にした。

ある?―――逃げたいと思ったことが、さんにも?

「じゃあ・・・・・・逃げたことは?」

鼓動が早まるのを感じながら、疑問を口にした。

僕は一体どういう答えを期待してるんだろうか?

そんな事あるわけないと?それともあると言って欲しいのか?

分からない。―――自分の気持ちが、僕には見えない。

グルグルと渦巻く感情を持て余している僕を気にした様子もなく、さんは微かに苦笑の声を漂わせて言った。

「・・・・・・あるよ」

「・・・え?」

真っ白になった頭でさんを見ると、さんは寂しそうに笑っていた。

そして、まるで追い討ちをかけるようにもう一度言う。

「あるよ。・・・逃げたこ」

「違うだろ!?」

突然その場に僕たち以外の声が響いた。―――さんの声を掻き消すように放たれた、とても大きくて力強い声。

視線を巡らせると、僕たちと同じように屋根の上にビクトールさんがいた。

「違うだろ・・・?」

表情を歪ませながら掠れたような声でそう呟いたビクトールさんを見据えて、さんはもう一度笑う。

「違わないよ」

「違う!!」

怒鳴ったビクトールさんから視線を逸らして、さんは自嘲気味に呟く。

「・・・違わない」

その声色が・・・浮かぶ笑みが深い悲しみに満ちているようで、僕は何も言えなかった。

門の紋章戦争で、一体何があったんだろうか?

それはきっと僕の知り得ないことなんだろう。

その場にいたさんたちにしか分からない、そんな出来事だったんだろう。

未だに何かを言いたそうにしているビクトールさんをそのままに、さんは微かな笑みを浮かべながら僕を見据えた。―――そして・・・。

「3年前の解放戦争の時、私は一度逃げた事がある。リーダーとしての責任も、軍の兵士たちも、仲間さえすべて捨てて」

「だからっ!!」

反論しようと口を開いたビクトールさんを視線で制して、さんはさらに言葉を続ける。―――その表情にはもう、笑みは浮かんでいなかった。

「だからね、。貴方が逃げたいと思うのなら、私はそれを止めたりしない」

「え・・・?」

「他に選択肢があるなら、そちらを選んでも構わない」

キッパリと言い切るさんに、僕は目を見開いてただ見返す。

今、さんはなんて言った?

逃げても良い。・・・そう言わなかった?

「おい、!?」

抗議の声を上げるビクトールさんを、さんはさらりと無視してやんわりと微笑む。

「大丈夫よ。もしそうなったって、シュウには上手く言っておいてあげる」

「でも・・・」

。貴方は同盟軍のリーダーである前に、1人の人間なの。当たり前に自分の幸せを願う権利があるのよ」

自分の幸せを願う権利?

僕の幸せってなんだろう?

ナナミがいて、ジョウイがいて。

普通に笑ったり泣いたりして過ごしたい。―――まるで昔のように。

思えばいつからこんな風に、当たり前だったものがなくなってしまったんだろう?

ルカ=ブライトに奇襲された時から?

それとも少年兵に志願した時から?

分からない。

だけど、最近のナナミの笑顔が辛そうに見えるのだけは分かる。―――それが僕とジョウイを心配しての事なのだという事も。

「ただ、これだけは覚えておいて。戦うのも逃げるのも、それはの自由よ。だけどどちらを選んでもそれに責任が伴うという事」

「・・・責任?」

「そう、責任。よく考えて、自分にとって一番良いと思う道を選びなさい。貴方が一番、幸せになれるだろう道を・・・」

そう言って、さんはにっこりと微笑んだ。

僕が一番良いと思える道。

一番幸せな道。

それがどれなのかは分からなかったけれど・・・―――僕はゆっくりと立ち上がると、未だ座ったままのさんを見下ろして小さく微笑んだ。

「行ってらっしゃい、

「・・・行ってきます」

そう言葉を返して、困惑した様子のビクトールさんの横をすり抜けて屋根の上から降りた。

廊下に降り立つと、その足でナナミの部屋に向かう。

僕が一番幸せだと思える道っていうのは、やっぱり今でも分からないけど。

だけど、今ならちゃんとナナミと向き合えるような気がした。

心の中にあったもやもやしたものを、ようやく赦されたような気がして。

木で出来た簡素なドアの前に立つ。―――ドアの向こうに心地良い気配を感じながら、僕は深呼吸を1つ。

拳を握り締めて、そのドアをノックした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

どんな終わり方だよ!

今回は視点で・・・っていうか、ちょっと分かりづらいんですけども。

なんか今回はさらに難しかった気が・・・。(主に前半部分が)

そしてマイクロトフが一緒にいる意味が、まるでありません。(汗)

ルカ(狼)はどこ行った。(笑)

作成日 2004.5.5

更新日 2009.3.15

 

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