人生は、時に何が起こるか分からない。

強い流れに、しかし抗う事が出来ないのなら。

流されてみるのも、良いかもしれない。

 

3人の誘拐犯

 

同盟軍は今、一時の休息を得ていた。

ハイランドは未だ動きを見せる事無く、こちらとしても次の手を打ちにくいというのが現状で。

ともかく余裕のある戦いをしているわけではないのだから、この機会に兵の強化を謀ろうという結論が出たのは、まだ記憶に新しい。

兵の強化・・・と一口に言っても、そう簡単に成せるものではない。

それは日々の訓練によって培われるものであるからして・・・。

つまりは、今までの生活とほぼ変わりないということだ。

自分の隊のもろもろの書類提出、シュウの仕事の手伝いなどなど。

細かいところまで上げればきりがないが、やらなくてはならない事が多い事も事実だった。

これ以上仕事が増えない事と、戦いが目の前に迫っていない事だけが唯一の救いか。

ともかくも、シュウの仕事の手伝いを終えた私は、最近の隊の訓練などすべてをマイクロトフに任せきっている事に気付いて(グレミオは普段家事をしている)珍しく手が空いたこともあり、たまには私も参加しようと道場へ向かった。

けれどそこで『今日は外で訓練すると言ってましたよ』と、同じく道場にいたカミューに教えられて、マイクロトフはそんな事までしていたんだと改めて感心する。―――と同時に、自分がいかに隊の訓練を放っぽっているかを痛感し、反省した。

明日からは出来るだけ隊の方にも顔を出そうと心に誓って、私は道場の外へ出た。

けれどそこにはマイクロトフの姿も兵士たちの姿もなくて。

改めてカミューに聞けば、本拠地の外だと教えられた。

何でも実践に備えて本格的に訓練をするのだそうで・・・―――つくづく熱心な男だと、再び感心する。

私はマイクロトフが訓練を終えてしまわない内にと慌てて駆け出し、見張りの門番の苦労を労いつつ本拠地を飛び出した。

それが・・・そんな私の行動が、まさかあんな騒動を生むなんて。

その時の私は、予想もしていなかった。

 

 

本拠地の外に広がっている森の中を走りながら、そういえばどこで訓練をしているんだろうと今さらながらに思う。

カミューに聞いてくれば良かったと思いつつ、大人数なんだからすぐに見つかるだろうと思い直して、人の気配のありそうな場所を目指した。

ガサガサと葉を揺らしながら森の中を進み、開けた場所に出た私は、こんな場所もあったんだとぼんやりと思う。

結構な広さのあるそこは、訓練にちょうど良いと思われた。―――次はここで訓練するのも良いかもしれないと思いながら、不意に背後に気配を感じて振り返った。

「・・・・・・は?」

思わず間の抜けた声が口から飛び出る。

目の前に立つ人間を見上げて、私は驚きと呆気に取られて目を見開いた。

相手も同じように、驚いたような表情を浮かべている。

いや・・・だって、有り得ないでしょう?

そう心の中で自分に問い掛けて、けれどもちろん返事など返ってこない。

私の目の前には、以前少しばかり会話をした事のある敵将がいた。

「・・・・・・クルガン?」

殿・・・ですか?」

ほぼ同時に言葉を発し、ハッと我に返って一歩下がろうと・・・―――その前に右手首を捕まれて、結果的にはその行動も意味を成してはいなかった。

手首に感じる冷たい手の感触と、捕まれている故の微かな痛みに、それが幻ではないのだと実感した。

実際、幻とか夢だとか思っても、私に非はないと思う。

だってそれぐらい、この場の光景が有り得ないものだったからだ。

現状がどうとか、そんな事を考える余裕もなかった。―――ただ呆然と彼の顔を見上げて、彼がどうしてここにいるのかという疑問だけが頭の中を占めている。

「クルガ・・・」

「おっ!こんなところにいたのか!?」

言葉も出てこなくて、ただ彼の名前を呟いた私の声を遮って、その場に新しい人物が姿を現した。

赤い髪をした無邪気そうな男。

少しだけ釣りあがった目が印象的なその男は、私とクルガンを見て同じように驚きに目を見開いた。

彼にも見覚えがあった。

クルガンと違って話をした事はないけれど、戦場で何度も見た顔だ。

名前はなんて言ったかな?―――シュウの仕事の書類で、何度か名前を見た気がする。

えーっと、確か・・・。

「・・・シード」

クルガンがその低い声で、彼の名前らしきものを呟いた。

そうだ、シードだ。

再びシードに目を向ける。―――すると彼はハッと我に返ったようにクルガンを見る。

「・・・捕まえたのか?」

「偶然だ」

シードの言葉に、思わず身体が強張った。

何が起こっているのか未だ理解できないけれど、この状況はいただけない。

クルガンと同じように私を捕まえようと手を伸ばしてくるシードを見据えて、私は掴まれていない方の手で太もものベルトに差してある短剣を抜いた。

ピタリと動きを止めたシードを一瞥して、手に持った短剣を私の手首を握っているクルガンの手に振り下ろそうと構えた直後、そのクルガンによってその行動は敢え無く阻まれる。

結果、あっさりと両手首をクルガンによって拘束される形となった私は、思わず唇を強くかんで鋭い視線で睨みつけた。

「あまり抵抗しないで頂きたい。こちらとしても穏便に事を済ませたいのです」

何が穏便にだ。―――この状態で抵抗しないわけがないでしょうが!!

ともかく、この体勢は本格的にいただけない。

いくら私でも、大人の男の手を問答無用で振り切れるほどの力はない。

手を拘束されているせいで、剣を抜く事も出来ない。

私の状態を見て、シードが安心したようにホッと息をついたのが分かって、私は猛獣か!と反論したくなったのを辛うじて押さえ込んだ。

「けど、まさかこんなに上手く行くとは思ってなかったぜ・・・」

ポツリと独り言のように呟いたシードの言葉に、クルガンも無言のまま頷く。

「そうだな。何か用事がなければ、滅多に外には出てこないという話だったからな。私たちは幸運だったのだろう」

人をもやしっ子みたいに言うのはやめて欲しい。

それよりも・・・2人の口ぶりから推測するに、どうやら彼らの目的は私のようだ。

ハイランドの幹部、それも皇王の側に常に控えているだろう2人が、わざわざ同盟軍の本拠地に来てまで、私を捕まる理由は?

考えても考えても、一向に思い当たらない。

普通に敵将を捕まえて捕虜にするのとは訳が違うのだ。―――私でなければならない、その理由とは?

「さてと。じゃあ用も済んだことだし、さっさと引き上げようぜ」

「ああ、長居は無用だ」

2人の言葉に、思考が現実に引き戻される。

ヤバイ!このままだと連れて行かれちゃう!?

どこからか用意してきた縄で私の手首を縛ろうとするシードを見据えて、何とか逃げる方法をフルスピードで考える。

1つだけ、その方法を思いついた。―――できれば使いたくない手ではあるけれど、この際贅沢は言ってられない。

私はその不自然な体勢のまま、左手に宿る『旋風の紋章』をこっそりと発動させた。

彼らにバレないように、口の中でこっそりと呪文を唱える。

この状態で紋章を発動させれば、私の手を掴んでいる彼らの手を切り裂く事ができるだろう。―――その代わり、私の手も諸共に、だけれど。

痛いのは嫌だなと思いつつも、このまま捕まるよりはマシだろうと自分に言い聞かせて、唱え終わった呪文を発動させようと口を開いた。

「待て!」

今まさに発動寸前状態の時に、強い口調で声を掛けられて思わず言葉を飲み込む。

今の声はクルガンでもシードでもない事を確認して、両手首を拘束されたままの体勢で首だけで背後を振り返った。

そこにいたのは、レオンと・・・そして。

「この者の命が惜しいのならば、大人しくしていることだな」

同盟軍の兵士が1人、レオンに拘束される形でそこにいた。

その兵士も見たことがあった。―――確か自分の隊に所属する、部隊長だったはずだ。

多分外で訓練をしている最中、レオンに捕らえられてしまったんだろう。

今日に限って外で訓練してるなんて、と思わずマイクロトフを恨みたくなる。

それが見当違いな思いなのだと、重々承知の上だ。

それにしても、まさかレオンまでいるとは。

いよいよキナ臭くなってきた。―――それも今さらなのだけれど。

殿、俺に構わず・・・」

そう言葉を続けようとする兵士に微笑みかけて、ため息を1つ。

「分かったわよ。大人しくしてるわよ」

渋々ながらもそう言えば、レオンは傍らにいた兵士を気絶させてから手近な木に括りつける。

「ちょっと!手荒な事しないでよ!!」

「すぐに応援を呼ばれては困るからな」

相変わらず抜け目ないんだから。

発動途中だった呪文をキャンセルして、されるがままに手首を縄で拘束されるのをぼんやりと眺める。

本当なら、私の行動は正しくないんだろう。

本当なら、私はあの兵士を犠牲にしてでもここから逃げ出すべきなのかもしれない。

だけどこれ以上、犠牲者は出したくなかった。―――戦場にいて言うセリフかとも思うけれど、助けられる命なら助けたい。

レオンも私がそう考えるだろうと分かっているから、この方法を取ったのだ。

それにレオンにクルガンにシード。

この3人の幹部がこの地に来てまで私を捕まえようとした理由を、知りたいと思った。

一介の傭兵を捕まえて、彼らは何をしようというのか?

「・・・どうして私を?」

今は彼らの本陣と化したミューズに連行される中、私は自分を監視するクルガンに向けてそう問いかけた。

するとクルガンは、いつも通り読めない無表情のままで。

「ジョウイ殿が、貴女に会いたいと仰っている」

その言葉に、私は逃げるのをやめた。

 

 

「それではこちらに・・・」

促されて部屋に入った私は、呆気に取られて思わずポカンと口を開いた。

クルガンたちに捕まった私は、順調に船旅を経てミューズに到着した。―――これを順調というのなら、の話だけれど。

一応捕虜なのだから牢屋にでも放り込まれるのだろうかと思っていた私が通された部屋は、お世辞にも捕虜に対する待遇とは言えないものだった。

寧ろ、お客様をもてなすといった待遇で・・・。

飾られている調度品も、ベットも何もかもが高級品。

しかも、更に付け加えるならば。

「バス・トイレ付きとは・・・」

ありがたいを通り越して、呆れてしまう。

「失礼のないようにと、言われていますから」

そもそもこうして連行してくる自体が失礼なのだと、反論しても良いだろうか?

殿は読書が好きだとお聞きしましたので、いろいろな本を取り揃えて置きました。お暇ならお読みになってください」

「あんたら、何考えてるわけ?」

淡々とした口調で説明をするクルガンに呆れた目を向けるが、当の彼は一向に気にした様子もなく説明を続ける。

一通り説明を終えた後、クルガンは礼儀正しく一礼して。

殿にはぜひ、大人しくしていて頂きたいものです」

「それはまぁ、今後の展開にもよるかな?」

惚けたように言葉を返せば、苦笑したクルガンの顔が目に映る。

あまり表情を変えない彼が、時折見せるかすかな表情の変化。

もしかしなくとも、私は彼に気に入られているのかもしれない。―――敵軍の将を気に入るというのもどうかと思うが。

「念の為に言っておきますが、結界を張っているのでこの部屋では紋章の発動は出来ません」

「準備の良いことで・・・」

皮肉交じりに言えば、彼は再び苦笑する。

「ともかくゆっくりと寛いでください。仕事が終わり次第、ジョウイ殿がこちらにいらっしゃる事になっていますので・・・」

そう言葉を残して、クルガンは漸く部屋を出て行った。

その背中を見送った私は、一人になったことを確認してため息を零す。

とんでもない事になったもんだ。

ここに来るまでに早数日。―――いくらなんでも、もう既に私がいなくなったことに気付いているだろう。

無茶な事しなければ良いけど・・・と、過保護な人たちの顔を思い出して苦笑した。

試しに紋章を発動させようと呪文を唱えるが、一向に何も起こらない。

どうやら結界とやらが張られているというのは、本当のようだ。

ソウル・イーターなら結界を破る事など造作もないだろうけど、それをする気はなかった。

部屋の奥にある窓を開けてみると、そこには手首ほどもある太い鉄格子が私と外の世界を阻んでいた。

ガシャガシャと揺らしてみるが、そんな事くらいでどうにかなってくれるものでもないらしい。

武器もすべて没収されている。―――私の装備品を持っていくシードが『歩く凶器か』と呆れたように呟いていたのを思い出す。

私はもう一度ため息を吐いて、ベットに腰を下ろした。

ふかふかの感触が心地良い。

無駄なところでお金を使ってるな、なんてどうでも良い事を思った。

「・・・さてと」

これからどうするかな?

どうすると言っても、ここに来た時点で選択肢の幅はかなり制限されている。

言ってしまえば、逃げるのはそれほど難しくないだろう。―――レオン以外は、あまり私の動向に厳しくないようだから。

だけど・・・だけど、ジョウイが何を思って私をここに連れてきたのか。

会いたいと言っていたとクルガンは言ったけれど、実際会ってどうしたいのか?

それらが気にかかるのも、本当で。

「しばらくの間、大人しくしてるかな・・・」

誰にともなく呟いてみる。

グレミオとか、ビクトールとか、フリックとか、とか、グレミオとか、マイクロトフとか、シュウとか、グレミオとか、アップルとか、バレリアとか、グレミオとか。

いろんな人の顔が頭に浮かんだけれど・・・―――きっと死ぬほど心配してくれてるだろうけど。

いや、どうかな?シュウ辺りは微妙かな?

そんな事を考えつつ、基本的に我が侭な私はそれを無視した。

だって気になる。

こんな事がなくても、気になっていたジョウイのこと。

こんな状況になれば、なおさら気になるというものだ。

ともかくこれからの事は、ジョウイに会ってから考えても遅くないとそう結論を出して。

暇を潰すために、用意してくれた本を本棚の中から1つ手に取った。

「ほんとに何考えてんだ、ここの連中は」

様々な分野の様々な本を眺めながら、呆れたように呟いた。

 

 

その日の夜。

漸く部屋にやってきたジョウイは、夕食を一緒にとにこやかに告げて。

その夕食の席で、彼は言った。

「ハイランドに来てください」と。

「そんな事、出来るわけないでしょ?」

あっさりとそう返せば、ジョウイは曖昧に微笑む。

かつてのルカ=ブライトと同じ要求を、彼はした。

別に私がどこにいようが、関係ないと思うんだけど・・・。

そう言うと、一緒に部屋に来ていたレオンが呆れたように呟く。

「お前は、まだ自分の価値を分かっていないのだな」

「・・・私の価値、ね。そんな大層なもの、持ち合わせた覚えはないけど」

含みのある眼差しをこちらに向けるレオンを見返して、私は皮肉交じりに笑った。

以前、私がマクドール家の息女であった時。

私の価値は、父さんの下にあった。

私が解放軍のリーダーをしている時。

たくさんの人に必要とされて・・・―――それが彼の言う、私の価値なのだろう。

けれど今は?

今の私は一介の傭兵に過ぎない。

確かに同盟軍の将の1人ではあるけれど、私1人がいなくなったところで同盟軍がどうこうなるとは思えない。

そんな私にそれでも価値があるのだというならば、それは・・・。

「お前の持つ『トランの英雄』の名は、それほど軽いものではないはずだ」

「・・・英雄、ね」

予想通りの言葉に、私は軽く肩を竦める。

「お前がハイランドにいれば、トラン共和国はどう動く?いくら同盟を結んだとはいえ、自国の英雄を敵に回すか?」

それは以前、シュウに言われた言葉と同じ意味のものだった。

彼の言うように私がハイランドに身を寄せれば、レパントはどうするだろう?

もしトランがハイランドに付けば、同盟軍は挟み撃ち状態だ。

「それに・・・同盟軍内にも、お前を慕うものは少なくないだろう?そいつらがお前に剣を向けられるか?」

どうなんだろう?

少なくともビクトールやフリックはそうしない。―――しないだろうと、確信めいたものさえある。

「お前は同盟軍にとって、ガンに成り得るのだ」

告げられた無慈悲な言葉に、思わず目を伏せた。

そんな事を望んでいたわけではないのに。

ただ、彼らの力になりたいと。

黙り込んだ私に、ジョウイがおずおずと声を掛けた。

「ともかく、楽にしてください」

それが拉致った相手に言うセリフか。

さんと、これからゆっくりと話をしたいんです」

「まぁ、こちら側に引き入れられずとも、お前がいるだけで相手を抑制できるからな」

レオンの一言が余計だと思いつつ、私はジョウイの顔をただ見返した。

彼が私に何を望んでいるのか?

ああは言っていたけれど、それが全てだとはとても思えない。

だから本当のところは、今も私にはわからないけれど。

とりあえずここにいるしかないということだけは、理解できた。

それが分かっただけ、まだマシだったのかもしれない。

 

 

それからというもの。

ジョウイやクルガン・シードに、カラヤの少女・ルシアやおまけにレオンまで。

一日通して昼夜問わず、訪問客が訪れた。

その際にする会話に、どこか相談めいたものまであることに疑問を感じつつ。

そんな感じで、私の捕虜生活は始まった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

とんでもない展開に陥りつつ、在り得ないとかいう苦情は勘弁してください。(本気で)

最後の方で力尽きつつ、こんなんで良いのかと思ったり。

全部で3話構成になっています。

どうにかしてハイランド勢と絡ませたかったという。(苦肉の策です)(なんじゃそら)

作成日 2004.5.9

更新日 2010.9.26

 

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