百人の人間がいれば、百通りの想いがある。

状況や、立場や、譲れないモノがある。

ただ、それだけ。

 

素晴らしき捕虜生活

 

「俺はハイランドを守りたい!例え自分の命を賭けても・・・!!」

目の前で力説するシードを眺めて、私はため息を1つ零した。

「・・・うん、そうだね」

「分かってくれるか!」

私の打った相槌に、嬉しそうに笑顔を浮かべるシード。

というか、私にどう答えろと?

仮にも敵国の将に向かって決意宣言をするのは、何か意味があるんだろうか?

昼下がり。―――のんびりと本を読んでいた私の元に現れたシードは、切々と自分の想いを語り始めた。

こうやって誰かが部屋を訪ねてくるのは、実はそう珍しい事じゃない。

みんな暇なんだろうか?

仮にも戦争中であるというのに、そんな事を漠然と思う。―――そんな私を誰が責められようか。

「それで、だ」

どうでも良い事をぼんやりと考えていた私の耳に、シードの真剣そうな声が届いた。

視線を向ければ、さっきの明るい表情を隠してまっすぐに私を見つめている。

「・・・なに?」

そのあまりの変わり様に引き気味になっている私に気付いているのかいないのか、シードは真剣そのものの表情で言葉を続けた。

「お前に聞きたい事がある」

「・・・聞きたい事?」

鸚鵡返しに聞き返せば、シードはしっかりと1つ頷いて。

「お前は強い」

「・・・は?」

「お前は強い、と言ったんだ」

「はぁ・・・。えっと、ありがとう」

イキナリの賞賛の言葉に、どう反応して良いかわからず・・・―――とりあえず無難に礼を言った。

なんだろう?

一体何を企んでいるのか。

訝しげに眉を寄せる私には一向に構わず、シードはため息を零す。

ため息付かれるような理由、ないんだけど・・・。

「以前、お前がルカ様と戦っているのを見た。あの・・・リューベの村で」

「ああ、あの時の事か・・・」

ナッシュと共にガンナーから逃げている途中、うっかりルカと出くわし戦闘になった時の事を思い出す。

あの時の私は一方的に怪我を負わされて、情けなくも逃げたのだ。

あの姿を見て、シードは私を『強い』と言ったのだろうか?―――だとしたら素直に喜べない。

「あの時のお前は、ルカ様と対等に戦っていた。あの忍が現れるまでは・・・」

「・・・それはどうも」

「俺はその強さの秘密を知りたい」

知りたいと言われても・・・。

困り果ててシードを見返せば、まっすぐな視線を返された。

「俺は今まで、ルカ様と対等に戦えた人物を見たことがない。お前のその強さの秘密は何だ?何故お前のような・・・華奢で、力のなさそうな娘が、あの方と対等に戦える?」

それは私の剣に施してある細工が聞きたいんだろうか?

そう思って・・・―――けれどそうではないのだとすぐに思い直した。

彼が聞きたいのは、そういうことじゃなくて。

「ぜひ私もお聞きしたいですね、殿」

不意に声が響きそちらを見ると、ドアに寄りかかるようにしてクルガンが立っていた。

彼もよくこの部屋を訪れる人間の1人だ。

シードと同じように興味深そうな表情を浮かべて、私を見つめる。

そんな2人を見比べながら、私は重いため息を吐き出した。

どう答えるべきか?

もちろん答えなければいけない義理もない。―――私の立場からすれば、聞かれた事には素直に答えるべきなのかもしれないけれど、今の待遇から自分が捕虜だという事を時々忘れそうになる。

実際、今の私に対する待遇は捕虜のそれではない。

「強さの秘密、ねぇ・・・」

困って呟いた私は、さらに身を乗り出してきたシードを一瞥して。

しばらくの後、にっこりと微笑む。

「それはね・・・」

「それは?」

シードの目の奥に輝く光を認めて、再び笑みが零れる。

同じ戦士として、強さへの欲求は分かる気がした。

強く・・・誰よりも強く。

いつか、大切な何かを守れるように。

期待に胸を膨らませている様がよく分かる2人に、悪戯っぽく笑みを向けて。

「それは、次回までの宿題にします」

キッパリと、反論を許さないと強く言外に込めて宣言した。

 

 

私が捕虜となって、既に数週間の時が流れていた。

その間にも、同盟軍とハイランドの戦いはない。―――ハイランドの将であるクルガンとシードが毎日のようにこの部屋に来るのだから、それは間違いないだろう。

今は1人になった部屋で、さっき淹れたお茶を飲み干した私は、読みかけの本を手にベットに移動する。

壁に背中を預けて立てた膝の上に本を広げた私は、しかしそれを読むこともなくぼんやりと窓の外に目をやった。

みんなは今ごろどうしているだろうかと、そんな事を思う。

きっと私が捕まったことは、既にシュウたちは承知の上だろう。

それが同盟軍内に広まっているかはともかくとして・・・―――シュウならば、それを公表する事無く隠しているだろう。

けれど間違いなくグレミオやビクトールたちは知らされているはずだ。

彼らがどんな反応をしたのか、今何を思っているのかは私にはわからないけれど。

そういえばルカは元気かな〜と、未だ幼い銀狼の姿を思い浮かべる。

誰にも懐かずに、私以外の人の手からはエサを食べようとしないルカ。

帰った頃には餓死寸前、なんてことになってなきゃ良いけれど。

「帰った頃・・・か」

逃げる気満々な自分に気付いて、思わず苦笑した。

ここにずっといるつもりはない。―――ジョウイが何を思って私をここに連れてきたのか、彼らがこれから私をどうしようとしているのか、それが分からない内はここにいようと思ってはいる。

それでも、もうそろそろ動き出さなきゃいけないとも思う。

それほどのんびりしていられる時間は、残念ながらないだろうから。

既に佳境を迎えていると言っても過言ではないこの戦い。―――今ではなくても、近いうちに必ず戦いは再開する。

その時自分が囚われの身であるのは、出来れば避けたいから。

とは言っても、問題はジョウイの方だ。―――彼が何かしらの行動を起こしてくれない事には、こちらから出来る事はない。

そもそも私はこの部屋から出ることさえ出来ないのだ。

彼が会いに来てくれる以外、接触の方法もない。

いや、ないこともないんだけど・・・。

不意に不穏な考えが頭の中に浮かんで・・・―――けれどそれは最終手段だと己に言い聞かすように首を横に振る。

「あ〜あ・・・」

しなければならない事はたくさんあるが、具体的に出来る事と言えば決して多くはない。

そんな状況に、ストレスが溜まるのも仕方のないことで。

私は読みかけの本をベットの端に乱暴に放りだすと、そのまま倒れこむように寝転んだ。

もう既に見慣れてしまった天井を見上げて、そこにあるうっすらとした染みを見つけて、する事もなくただそれを眺めていた。

 

 

コンコンと軽くノックをして、鍵を開けてから殿の部屋を開けた。

開け放たれた窓からフワリと風が舞い込んで、薄いカーテンを揺らす。

ふといつも彼女が座っているテーブルに姿がないことに気付いて、私はそのまま部屋の中をぐるりと見回した。―――そして目的の人物を見つけてホッと息をつく。

殿はベットの上にいた。

身体を投げ出すように身を横たえて・・・―――どうやら眠っているようだ。

出来るだけ足音を立てないように気をつけながら、ゆっくりとベットに近づく。

「・・・殿」

小さな声で呼んでみた。―――が、目を覚ます様子はない。

仮にも敵軍の将である者が、こんなにも無防備で良いのだろうかという考えが頭の中を過ぎる。

まるで捕虜とは思えないほどのリラックスぶり。

確かにこの待遇は捕虜のそれではないが、それでも殿が捕虜である事に違いはない。

もしかしたら命を奪われてしまうかもしれないというのに、今私が側にいても殿は一向に目を覚ます事はない。

信用されているのだろうか?

そんな事を思って苦笑する。―――信用も何も、そんなモノは敵である私たちには必要ない。

必要ないが・・・それでも信用されているかもしれないと思うと、嬉しさが込み上げてくるのも確かだった。

そんな自分が愚かだと思いつつも、それも悪くないかと思う私はきっと重症だろう。

自然と顔に笑みが浮かぶ。

いつもの自分からすれば、まさにありえないことだ。―――シード辺りにでも見られた日には、どんなことを言われるか・・・。

ソッと殿の髪に手を伸ばした。

艶やかな手触りの良い髪が、サラサラと手から零れ落ちていく。

それが心地良くて何度も何度も繰り返していると、不意に声が掛けられた。

「・・・何がしたいの?」

慌てて殿の顔を覗き込めば、今もまだ目は堅く閉じられている。

先ほどの声は寝言か?―――そう思って無言で顔を見詰めていると、閉じていた瞼がゆっくりと開いた。

薄く開かれた眼に、私の姿が映っている。―――光を静かに称えた黒い目は、引き込まれそうなほど深い。

「・・・起きていたのですか?」

「まぁね」

「・・・いつから?」

「貴方が部屋に入ってきた時から」

それならば何故、寝たふりなんてしていたんだろう?

そんな疑問に気付いたのか、殿は小さく微笑んで。

「貴方が何をしようとしてるのか、ちょっと興味があってね」

クスクスと笑みを零して、寝転がったまま私を見上げる。

どうやら私はからかわれているようだ。

それがどういう意味なのかは、私にも分からない。―――この少女が、今の自分の持て余している気持ちに気付いているのかどうか、それは私自身にも分からなかった。

「起きてください」

ともすれば溢れ出しそうな気持ちを抑えて、低い声でそう呟く。

すると殿はまたクスクスと笑みを零して、仕方がないとばかりに緩慢な動作で身を起こした。

小さく伸びをして、あくびを漏らす。

「それで、今回は一体どんなご用で?」

先にテーブルに移動して、お茶の用意をする私に向かってそう尋ねる。

少しの後にテーブルまでやってきて座った殿の前に淹れたての紅茶を差し出して。

「宿題の答えを、聞こうと思いまして・・・」

「・・・宿題?」

「この間、出されたでしょう?『どうすれば強くなれるのか?』と」

「ああ、あの時のことか」

気のない様子で呟いた殿は、熱い紅茶を一口飲む。

強さが欲しかった。

大切なモノを守れる強さが。

この戦争を勝ち抜くための、揺るぎない力が。

「それで、答えは出たの?」

チラリと私に視線を向ける殿に、私は答えることが出来ずに視線を逸らした。

どれだけ考えても、答えなど出ない。

そんなに簡単に答えが出るならば、今さら悩んだりはしない。

答えが分かっているならば、とっくにその為の努力をし、力を手に入れているだろう。

殿は・・・答えが分かっているからこそ、それだけの力を手に入れられたのですね?」

確認の為にそう聞けば、殿は曖昧に微笑むだけ。

それを肯定だと受け取って、私は再び頭を働かせる。

殿と・・・そしてルカ様の共通点とは、一体なんだろうか?

考えれば考えるほど分からない。―――2人は全くの正反対、寧ろ対極に位置していると言ってもおかしくないほどだ。

では、殿の言う『答え』とは、一体どんなものなのだろう?

「クルガンには・・・何を犠牲にしても守りたいものがある?」

唐突に問い掛けられて、俺は何も言えずに殿の顔を見返した。

「自分すら捨てても構わないほどの『それ』が、クルガンにはある?」

「あります」

キッパリと答えれば、殿の苦笑が返ってきた。

何もかもを犠牲にしても良いと思えるほど、大切なモノ。

それは確かに私の中にあった。―――ハイランドという、かけがえのないモノが。

「じゃあ、たとえば『それ』の為に・・・そうだな、ジョウイを犠牲にしても?」

「・・・・・・」

「それでも貴方は、『それ』を守りたいと思う?」

殿の静かな声が、私の耳に響く。

彼女は分かっているのだろうか?―――私の守りたいものが。

いや、分かっていないはずはないだろう。

私はそれを今まで隠したりはしなかったから。

「私は・・・ジョウイ殿はハイランドに必要な方です」

上手く纏まらない考えを、それでも戸惑いながら搾り出すと、殿は微かに微笑んだ。

「じゃあ、貴方の守りたいものはジョウイなのね?」

そう聞かれると、やはり返答に迷う。

確かにジョウイ殿はハイランドに不可欠な方だ。―――彼なしでは、ハイランドのこれからは成り立たない。

けれど・・・。

黙り込んだ私に、殿はさらに言葉を続ける。

「貴方が本当に守りたいものは、『ハイランドという国そのもの』なのか、それとも『ジョウイの居るハイランド』なのか」

「・・・・・・」

「それはとても曖昧で、且つ分かりづらいわね」

苦笑して紅茶を飲む殿を見つめる。

この少女は本当に19歳なのだろうか?

どこか達観した・・・―――悟った大人のような表情で、殿は笑う。

それは揺るぎなく、まさに英雄と呼ばれるに相応しいとさえ思えた。

殿の・・・貴女の『すべてを捨てても守りたいもの』とはなんですか?」

無性にそれを知りたいと思った。

この少女が何を捨ててきたのか。

そしてその代償に、何を手に入れたのか。

私の言葉に、殿は手にしていたカップを置いて。

そしてにっこりと微笑む。

「私は何も捨ててないわ」

「・・・は?」

キッパリと告げられた言葉。

瞬間、思考が停止して・・・ただ殿を見返す。

話がおかしくはないか?

そう目で問い掛ける私に、殿は悪びれもせずにあっさりと言った。

「私は『それ』が強さの秘密だと言った覚えはないわよ?」

その言葉に、肩の力が抜けるのを感じた。

疲れを感じる。―――身体ではなく、精神的に。

今までの話は一体なんだったんだと自問自答する私に向かって、殿はいつも見せる綺麗な笑みを惜しみなく晒した。

「私には大切なモノがたくさんある。守りたいものがたくさんあって、何一つ譲る気はない。私って結構欲張りだから」

「・・・はあ」

照れたようにはにかむ殿に、私はため息混じりの返事を返した。

「何も捨てたくないから・・・―――だから私は強くなった。強くなれた」

まぁ、それでも失ったものがないとは言わないけどね。

そう言って、彼女は困ったように笑う。

キッパリと言い切る殿の表情は、今まで見せたどれよりも真剣で。

目に宿る光は、さらに輝きを増しているように見えた。

おそらくそれは真実なのだろう。

では・・・では、ルカ様は?

あの方にも、何か守りたいものがあったのだろうか?

割り合い近くにいた私には、それに思い当たる事がなかった。

「ルカ様にも・・・貴女が言うような『守りたいモノ』があったんでしょうか?」

そう問い掛ければ、殿は困ったように笑う。

「どうだろう?私はあんまりルカと面識はないからね。でも・・・」

「・・・でも?」

「私には、ルカはすべてに絶望して、すべてを憎んでいるように見えた。それは都市同盟やハイランドだけじゃなくて、この世界とか・・・自分も含めて」

「・・・・・・」

「ルカはね。守りたいモノがなかったからこそ・・・すべてを憎んでいたからこそ、あれだけの強さを手に入れられたんだと思う。もし彼に大切なモノがあれば、あんな事にはならなかったかもしれない」

静かな声色で語る殿の言葉に、ただ耳を傾けて。

それは悲しんでいるように聞こえた。

ルカ様と面識がないという彼女は、しかしルカ様のことをとても深く考えていて。

どうしてなのだろう?

都市同盟の人間だけではなく、ハイランドにすらあの方を憎んでいる者は少なくない。

それなのに、何故。

全くの無関係である国の人間が・・・―――しかもハイランドと敵対関係にある都市同盟に力を貸している彼女が、どうしてそれほどまでにルカ様に想いを馳せるのだろうか?

そして、矛盾が生じる『強さの秘密』。

すべてを守りたいと思う殿と、すべてを滅ぼしたいと思ったルカ様。―――やはり共通点はなく、けれどやはりその身に宿す力は通じるものがあった。

「強さって言うのはさ。きっと人によって違うものなんだと、私は思う。確かに腕っ節だけを言えば私は強いのだろうけど・・・」

「・・・殿」

「だけど本当は・・・。本当は、私は弱いよ」

この目の前にいる少女が心の中に抱えているモノは、きっと私が想像するよりも深いものなんだろう。

この華奢な身体の中に、きっと想像できないほどのモノを彼女は抱えている。

「守りたいモノがあるから、私は強くなれた。すべてを憎んでいるからこそ、ルカは強くなった。じゃあ貴方は?」

真摯な目で見据えられて、言葉が喉に張り付いたようで上手く声が出せない。

感じる圧倒的な雰囲気。―――これが=マクドールという人間なのか。

「貴方が何を守りたいのか、私には分かる気がする。どうして力を手に入れたいのか、その気持ちも・・・。だけどね」

諭すような口調で、殿は呟いた。

「強さに秘密なんて、ないんだよ」

出された結論。

鍛えれば、ある程度の強さを得ることは出来る。

けれどそれは、本当に強いという事にはならない。

私の求める『強さ』は、そういうものではない。

「強さに共通点なんて・・・ないんだよ」

それが殿の出した、答えだった。

 

 

真夜中。―――窓際に椅子を引っ張ってきて、そこに座って夜空を見上げる。

空に輝く星たちは、もしかしたら宿星と呼ばれるモノも混じっているかもしれない。

そんなことをぼんやりと思いながら、微かな音さえもしない静かな時を過ごしていた。

昼間少し眠ったからか、それともクルガンとした話のせいか、私は何となく寝付けなくてこうして空を眺めていた。

いつもなら目の前に広がるほどの星空を見ることが出来るのに、今は格子越しのとても小さなものしか見えない。

そう思うと、今さらながらに自分が囚われの身なのだという事を思い知った。

こうして何をするでもなく、ただ窓越しに夜空を見たことが昔にもある。

その時は別に、囚われていたわけじゃなかったけれど。

何となく嫌な気分になる。―――じりじりと何かに追い立てられる感じがした。

折角前を向いて歩いていこうと決めたのに。

気持ちが逆流しそうだ。

胸の中がざわつく。

不安に掻き立てられる。―――早く、早くここから出ないと・・・。

「・・・さん」

不意に名前を呼ばれて、声がしたドアの方へ視線を向けた。

ドアはきっちりと閉められている。―――けれど、そのドアの向こうに人の気配があった。

さん、起きていますか?」

再び掛けられた声。

「ええ、起きてるわよ」

簡潔に返事を返すと、ゆっくりとドアが開いた。

そこにいたのは、まだ若きハイランドの皇王。

のお悩み相談室にようこそ」

皮肉を込めて、にっこりと笑う。

それにジョウイは少しだけ眉を寄せて。

「・・・なんですか?その『お悩み相談室』っていうのは?」

「だってね。みんなここに悩みの相談をしに来るからさ」

私が何者なのか、みんなちゃんと理解しているんだろうか?

もし私が都市同盟に戻った時、役に立ちそうな悩みをぶちまけてくれちゃって。

まぁ、元々バラすつもりはないんだけど。

「それで?貴方も何か言いたいことがあって来たんじゃないの?」

そう話を促せば、ジョウイは小さく目を見開いて・・・そして俯いた。

そろそろ、本題に入る気になったんだろうか?―――私をここに連れて来た本当の理由を話す気になったんだろうか?

今までこの部屋に来る事はたくさんあったけれど、でもこんな夜中に尋ねてくる事は一度もなかったから。

きっと誰にも聞かれたくない事なんだろうと察しがついた。

「ジョウイ」

彼の名前を呼べば、ジョウイは苦しそうな表情で私を見た。

どうしてそんなに、苦しそうな顔するの?

どうしてそんなに、貴方は寂しそうなの?

「貴方は一体・・・私に何を望んでるの?」

静かな部屋に、私の声が大きく響いた気がした。

「・・・さん」

「なぁに?」

「・・・・・・僕は」

「・・・・・・」

「・・・僕・・・は・・・・・・」

段々小さくなっていく声。

けれど比例して、輝きを増していく目に宿る光。

この少年は、いつからこんな大人の目をするようになったんだろう。

初めて会ったときは、まだまだ幼い雰囲気を持っていたというのに。

しっかりとジョウイを見据えて、私は無言のまま彼の次の言葉を待った。

しばらくの沈黙。―――そしてジョウイは、ゆっくりと顔を上げて。

「僕は・・・さんにお願いがあって」

「・・・聞かせてもらおうかな」

少しだけ口調を軽くしてそう笑うと、ジョウイはゆっくりとした足取りで私の前まで歩いてくる。

知らない間に、少し背が伸びただろうか?

ここに来てから何度も会っていたというのに、それに今さら気付くなんて。

そして思い出す。―――そういえば、ここに来てからジョウイがこんなにも私に近づく事はなかった気がする。

いつも距離を置いていた。

手を伸ばしても、僅かに触れられないほどの微妙な距離を。

さん・・・」

「・・・何かな?」

「ハイランドに・・・僕に力を貸してくれませんか?」

告げられた言葉に、私は苦笑を返す。

今さら・・・今さらそれを言う為だけに、彼は私をここへ連れてきたのか?

「・・・ジョウイ」

「お願いします」

強い光を放つ目で私を見据えて、ジョウイはキッパリと言った。

それに小さくため息を零して。

「私がそれをするとでも?」

案外、私も舐められたものだと内心思う。

確かにジョウイの事は心配だし、ハイランドの将たちも嫌いじゃない。―――寧ろ好きな部類に入るのかもしれないとさえ思う。

だけど私は一度同盟軍に入る事を決めて、そして実際に同盟軍に関わって。

そんな私が彼らを裏切って、本当に敵軍に寝返るとでも思っているのだろうか?

もし本当にそう思っているのだとしたら、問答無用で張り倒してやろう。

「確かにレオンの言う通り、私がこちらにいればトランは軍を引くかもしれない。大統領は国のことを最優先に考えるべきだし、彼はそれを成し得ると信じてはいるけれど、みんな私に甘いところがあるから・・・はっきり『そんなこと有り得ない』とは言えないわね」

少し前に会ったレパントを思い浮かべながら苦笑した。

彼ならば本気で軍を引きかねないと、そう思えたから。

「あんまり賛成はできないけど、それは立派な戦術の1つではあるし、私は何を言うつもりもない。でも・・・」

「違います!!」

淡々と言葉を並べる私の声を遮って、ジョウイが大きな声を上げた。

さっきよりも苦しそうな顔。

ああ、少し言い過ぎたかもしれないと思う。―――どこか気持ちが残虐的になっていたのかもしれない。

だけど言っていることは間違ってないはず。

「・・・違う?」

ジョウイが何を思っているのか分からなくて聞き返すと、彼は今にも泣き出しそうな子供の顔で私の腕を強く掴んだ。

微かに走る痛みに・・・けれど何とか表情には出さずに我慢する。

「違います。僕は・・・僕はただ・・・」

「・・・・・・?」

「ただ側に・・・」

「・・・ジョウイ?」

「ただ・・・さんに、側にいて欲しくて・・・」

搾り出された掠れた声は、腕の痛みと共にゆっくりと身体に染み込んでくる。

暖かい手の温もり。

確かに、そこに生きているという証。

「側にいて欲しいんだ・・・」

今度はしっかりと告げられた言葉に、私はどう答えて良いのか分からず、ただ黙ったままジョウイの顔を見返していた。

どうして人は、こんなにも弱い?

それはジョウイだけではなく、私も含めて。

どうして人は、1人で生きては行けないんだろう。

闇は簡単に人の心を飲み込んでいく。

必死に抗い、傷ついて・・・―――けれどそれを消す事も出来ない。

どうしたら強くなれるのだろう?

どうしたら、迷う事無く己の信念を貫ける?

心が軋んだ。

小さな音を立てて、心が闇に飲み込まれていく。

「・・・・・・っ」

心の中で、私は捕虜になってから初めて、助けて欲しいと願った。

それは、この場所からではなくて・・・。

震える手を伸ばして、ジョウイの頭をゆっくりと撫でる。

身体を強く引き寄せられて、私とジョウイは縋るようにお互いを抱きしめた。

誰か・・・私たちを助けてください。

私たちの道行きに、誰か暖かい光を。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんだかハイランド勢がお馬鹿な感じでごめんなさい。(笑)

そしてまさかのジョウイ×主人公?

いえいえ、そうではありません。

ジョウイは確かに主人公に好意を持ってはいますが、それは恋愛感情ではなくて、寧ろ母親のような存在で。(なんじゃ、そら)

何となく話の展開が怪しくなってきた。なんでこんなにどんどんと暗くなって行くんだ・・・。

まぁ、私的にはすごく書きやすいんですけどね!(開き直り)

作成日 2004.5.19

更新日 2010.12.12

 

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