声を聞いて、会いたいと思うのは可笑しいですか?

ひと目姿を見たいと思うのは、間違いでしょうか?

それでも逃げてしまう私は、臆病者です。

 

からの贈り物

 

期待した財宝を手に入れられず、落ち込んだ様子のアレックスさんを連れて帰ってきた白鹿亭で私たちを待っていたのは、ヒルダさんが倒れたという現実。

泣き叫ぶ子供を何とか宥め、苦しそうに呼吸を繰り返すヒルダさんを寝室へと運んだ後、その症状の重さに私たちはどうすることも出来ずに、ただベットの傍で立ち尽くしていた。

まず熱が高い。

そして倒れた原因が疲労からくるものだからなのか、彼女の体力もかなり消耗していて・・・―――医学に関しては一般常識的なことしか知らない私でも、このまま放っておけばどうなるかは想像できる。

ジョウイが『医者を呼んでくる』と部屋を飛び出していったが、この辺りに医者はいないとアレックスさん自身から聞いた。

いや、いたにはいたんだけど・・・その医者の所在地がトトの村で。

既に滅ぼされたその村に、例え生き残っていたとしても留まってはいないだろう。

「・・・ヒルダ」

心配そうにヒルダさんの手を握るアレックスさんを見て、思わずため息を零す。

なんとか熱を下げようと奔走しているナナミも、困ったような表情を浮かべていた。

さっき見たところ、ここには本当に軽い病気程度に効くだろう薬しか置いていない。

私も旅をする以上は薬をもちろん持ち歩いてはいるけど、その大半が怪我用の塗り薬だったり胃腸薬だったり風邪薬だったり・・・。

それでも何かなかったか?

そう思って背負っていた鞄を下ろして、中身を探ってみる。

ふと手に当たる冷たい感触に、思わずそれを凝視した。

『あなたにとって大切なモノはなに?』

声が、聞こえた気がした。

『この先に、あなたの望むものがあるでしょう』

『あなたの望む、何よりも大切なモノが・・・』

よく覚えていないけど、確かそんなことが書かれてたはずだ。

いや、でもまさか・・・こんなにタイミングがいいなんて、ね。

自分自身にそう問い掛けていたその時、が突然大きな声を上げた。

「どっ、どうしたの!?」

「あれ、あれだよ!遺跡で見つけたあの薬草!!財宝って言うくらいなんだし、もしかしたらあれが効くかもしれないよ!?」

興奮した様子のに、しかしアレックスさんが重いため息を零す。

「そんな上手い話があるかよ。それに・・・」

あの薬草は、遺跡の奥に捨ててきた・・・そう続けようと口を開いたアレックスさんから声が発することはなかった。

なぜなら、私の手に・・・―――その問題の薬草が握られていたから。

 

 

「あ〜あ、疲れたぁ・・・」

あてがわれた部屋の窓を全開にして、その窓辺に椅子を寄せて座り込んだ私は大きく伸びをしながら、誰にともなく呟く。

ヒルダさんが倒れたあの出来事は、意外なほどあっさりと解決した。

このままだと確実に助からないし、ダメ元で・・・―――という精神でヒルダさんにあの薬草を与えたところ、驚くほどのスピードで回復を見せたからだ。

やっぱりシンダル族の残した財宝なだけはある、とぼんやりと思う。

どこからどう見ても普通の薬草にしか見えなかったそれは、それでも何かの細工が施されていたんだろうか?

ともかくアレックスさんは、今回の冒険で『一番大切なモノ』を手に入れることが出来たんだ。

それをほんの少し羨ましく思いながら、私は空に輝く月をぼんやりと眺める。

その刹那、1階部分の垣根の辺りがガサリと音を立て、思わず身体を強張らせた。

「・・・・・・誰?」

慎重に相手の様子を窺いながら声をかけると、それは少しの躊躇も見せず私の視界に姿を現した。

年の頃は私と同じくらい。

とても整った顔をした少女で、銀色の髪が月明かりに照らされて・・・―――まるでそこには存在していないかのような、幻想的な雰囲気を纏っている。

そして・・・何か不思議な感じがした。

具体的にどうこう説明できるわけじゃないけど・・・何となく、その表情が年齢以上に大人びて見えて・・・。

「・・・おんし、こんな夜中になにをしておる?」

それは私のセリフなんだけど、と密かに思う。

それでも敢えて口にせずに、私はにっこりと笑顔を浮かべた。

「月があんまりにも綺麗だったから、ちょっとお月見でも・・・と思って」

あながち嘘じゃない。

追求されるかと思ったけど、その少女は小さく声を上げると私と同じように月を見上げてほんの少しだけ微笑んだ。

「今宵は見事な満月だからのう。・・・見ごたえがある」

「本当にね。それで・・・まだ質問に答えてもらってないんだけど・・・」

「・・・・・・?」

「あなた・・・誰?」

その言葉に少女は丸く目を見開いて、再び笑みを浮かべる。

「わらわはシエラ、旅をしておる。おんしは・・・?」

「・・・・・・・・・よ」

ちょっとだけ、偽名を使おうかどうか迷った末に、私は本名を名乗る事にした。

別に考えがあっての事じゃなくて・・・うん、ただ単にそうしたかっただけだ。

シエラと名乗った少女は、私の名前に聞き覚えがないのか・・・特に何の反応も示さずに再び月を見上げた。

気にしすぎだろうか?

確かに赤月帝国・・・いや、トラン共和国は大きな国だが、何の関係もなくそして興味もなければ、そこであった戦いの事など気にもしないだろう。

門の紋章戦争もかなり有名になってしまったし、そしてその話には=マクドールの名前も確かに挙げられるだろうけど・・・とそこまで思って、小さく息を吐く。

そうよ、なんてそう珍しい名前じゃない。

よくある名前だとも言わないけど、それでもその名前をもつのは私だけじゃないはず。

そう考えると、少し気が楽になった。

私は予想以上に警戒していたのかもしれない。―――こんなんじゃ、長く持たない。

「・・・のう?」

少しだけ気を緩めて椅子に座りなおすと、下にいたシエラがこちらを見上げていた。

「どうかした?」

不思議に思って小さく首を傾げた私に、シエラはきっぱりと一言。

「おんし・・・なにを持っておる?」

その言葉に、思わず傍らに置いていた剣を握り締めた。

それが分かったのか、シエラは小さく苦笑すると軽く手を振る。

「やはりおんし、真の紋章の継承者か。―――そう警戒せんでも、わらわはおんしの持つ紋章には興味がない」

そうは言われても、『はい、そうですか』と簡単に気は許せない。

この紋章は、大切な親友から・・・テッドから預かったものだ。―――絶対に誰にも渡せない。

「心配ないというに・・・。わらわは既に真の紋章を1つ持っておる。おんしの紋章などわらわには必要ない」

告げられた言葉に、思わず身を乗り出してシエラを見た。

その視線がおのずと彼女の右手に集中する。―――確かに手袋をはめてはいるが、そこには何の気配も感じない。

それに気付いたのか、シエラは再び苦笑して右手の手袋を外す。

「残念ながら、今はない。ある者に奪われてしまったのだ」

「・・・奪われた?」

「そうだ。わらわはそれを取り返すために旅をしておる」

・・・・・・本当の話だろうか?

そう疑ってかかる自分自身に、嫌気が差す。

昔の私ならば、疑う事無く信じただろう。

それがいい事なのか、それとも悪い事なのかは判断できないが、ずいぶんと変わってしまった自分自身を思うと少しやるせなさを感じる。

だから・・・というわけじゃないけど。

「・・・分かった、信じるわ」

小さくため息を1つ、私はそう呟いた。

少しの間だけだけど一緒にいて、シエラが嘘をついているとは思えなかったし、やっぱり最初に会った時に感じた・・・口では説明できない不思議な感じが未だにあるからだ。

もしかするとそれが、真の紋章の残り香なのかもしれない。

「・・・聞いてもいい?」

「なんだ?」

「あなたの宿してた紋章ってどんなの?奪われたって・・・誰に?」

私自身が真の紋章を宿しているからか、知り合いの中にも多く、真の紋章の継承者がいる。

もしかしたらその中の誰かかもしれない。―――私の知っている中の誰かが、真の紋章を奪ったとは思えなかったけど。

するとシエラは少しだけ迷ったそぶりを見せて、それでも口を開いた。

「わらわが宿していたのは『月の紋章』・・・・・・持ち主を吸血鬼へと変える呪われた紋章じゃ」

「・・・吸血鬼?」

「なんだ?吸血鬼に知り合いがおるのか?」

反対に聞き返されて、私は緩やかに首を横に振った。

いるにはいるが・・・奴はもう、この世には存在しない。

門の紋章戦争でウィンディに肩入れした・・・―――そしてビクトールの故郷を壊滅に追い込んだネクロードはもう滅んだんだ。

「・・・そうか」

「ごめんね、役に立てなくて・・・」

「気にするな。もとより長期戦になるのは覚悟の上だからのう・・・」

少しだけ残念そうに表情を曇らせるシエラに、何となく申し訳ない思いで謝罪すると、さっきとは打って変わったお気楽そうな返事が返って来る。

それに小さく微笑みながら、私は本心から言った。

「早く、見つかるといいね」

本当にそれがいいのか、分からないけど。

手元にあってもなくても、その動向が気になるのなら・・・―――それなら手元にあったほうがいいと思ったから。

シエラは私に視線を向けると、やんわりとした笑みを見せた。

 

 

次の日、ヒルダさんとアレックスさんから通行証を借りた私たちは、さっそくミューズに向けて出発した。

早朝に出発。―――白鹿亭からそれほどの距離はないといっても、昼頃にようやくミューズ市の城門の前に到着した。

私たちだけならともかく、まだ幼いピリカをつれての旅だとこれが限界だ。

通行証があるから案外簡単に中に入れたりして・・・という私の淡い期待は、ナナミの頑固な性格とコメントのしようもない芝居によって打ち砕かれた。

とジョウイは、ヒルダさん役を私にと推薦したが(それでも無理があるとは思ったけど)しかし以前門番にバカにされたことが余程腹に据えかねていたのか、ナナミが自分でやると強行。

妙に堂々とした芝居を打つと、罪悪感からかおどおどとしたそぶりを見せるジョウイ。―――それによく事情がわかっていないピリカと、どう反応していいか分からずにただ状況を見守る私。

傍目に見ても目立ち、そしてすこぶる怪しい一行に、やっぱりと言うかなんというか、門番は騙されてはくれなかった。

そして、結果―――。

「ちょっとぉ!ここから出しなさいよぉ!!」

隣の牢屋から、ナナミの大きな声が響き渡る。

ハイランドのスパイかと疑われて、牢屋に投獄された私たち。

牢屋に入れられる前に、私はたちとは違う牢屋に入れてくれと密かに門番に頼み込んだ。

ジョウイの話によると、ビクトールはミューズで落ち合おうと言ったらしい。

そうなるとビクトールは既に、ミューズに着いているかもしれない。

今日投獄されたたちのことは、明日にでもミューズの傭兵でもあるビクトールの耳に入るだろう。

石で出来た頑丈な牢屋。―――窓は高い天井の上の部分にある小さなものしかなく、そこからの出入りは難しい。

もしたちと同じ牢屋に入れられたら、ビクトールたちが来た時に逃げ場がない。

冷静になって考えてみれば、そんなに躍起になって避ける必要もないんだけど。

だけど私にはまだ、この戦いに身を置く覚悟はないから。

それでもビクトールやフリックに会って説得されたら、断りきる自信もない。

戦いの中では、本当に簡単に人の命は失われていくから。

その覚悟もなく、私は戦えない。

今はまだ、会うわけにはいかなかった。

私がそんなことをぼんやりと考えていたその時、不意に静かな廊下に聞き覚えのある懐かしい声が響いた。

「ああ、そいつらは多分俺の知り合いだ・・・」

門番と何かを話しているその人物は、突然豪快に笑い出す。

「もー、ビクトールさん!」

「悪い悪い。いきなりだったから通行証渡す暇がなくてな。まぁ、無事でよかったよ」

不意に身体が驚くほど跳ねた。

懐かしい・・・懐かしいその声。

思わず目の奥が熱くなる。

すぐ傍にいる。―――彼が。

生きている、とは聞いたけれど、もしかすると心のどこかで信じ切れていなかったのかもしれない。

彼が死んだと聞いた時も、生きていると聞いた時も、私には何処か遠い存在のように感じられたからだ。

けれどすぐそこにビクトールがいる。―――胸の中に熱いものが込み上げてくるような気がして、私は思わず息を呑む。

そうして思わず立ち上がって分厚い鉄のドアに耳をつけると、すぐ近くにビクトールの気配を感じることが出来た。

フリックはどうやらここにはいないらしい。―――彼の気配も声も、感じる事が出来なかった。

「実はね、隣の牢屋にもう1人捕まってる人がいて・・・」

話の矛先がこちらに向いたことに驚いて、慌てて牢屋の奥へと視線を向けた。

「・・・・・・レックナート?」

耳に痛いほど静かな牢屋の中に、私の声が響いた。

「ねぇ、レックナート。聞こえてたら返事して」

極小さな声で、本当に呟くような声で、私は彼女の名前を呼び続けた。

すると部屋の真中に薄い光の玉が浮かび上がり、そして―――。

「・・・どうかしましたか?私を呼ぶなど、珍しい・・・」

「ごめんね、呼び出しちゃって。ちょっとお願いがあって・・・」

「分かっています。ここから出たいのですね?」

彼女の察しのよさには、本当に感心する。

勢いよく頷いた私に、しかしレックナートはその綺麗な顔を少しだけ曇らせる。

「良いのですか?本当は・・・会いたいのでしょう?」

「良くないならあなたを呼んだりしない。お願い、レックナート」

きっぱりとそう言いきると、レックナートは小さく苦笑してその手を私の方へ差し出した。

その手を取ると、一瞬で眩い光に包まれて。

気がつけば、薄暗い。―――ミューズ市のどこかなのだろう、裏通りのような場所に1人立っていた。

思わず安堵の息を吐く。

今ごろたちは、いつの間にか姿を消した私に驚いているだろう。

偽名を使っていたから、ビクトールにバレることはない。

レックナートの本心が、私を戦いに参加させたいのか、それともそうでないのかは窺い知れないけど。

「ありがとう、レックナート」

彼女のおかげであの窮地を脱出できたのだから・・・。

私はもう気配さえ感じない彼女に向かって、小さく礼を言った。

 

 

ミューズ市に入って数日、私はビクトールたちと会うこともなく・・・―――ましてやこの戦いに関わる事もなく、目下の目的である蔵書漁りを決行していた。

ジョウストン都市同盟の中でもかなりの大都市に分類されるミューズ市には、珍しい書物や貴重な文書が多く保管されている。

それがミューズ市市長アナベルの人柄故か、国立の図書館が一般にも公開されているのをありがたく思う。

ペラリと読んでいた本のページをめくり、思わずため息を零した。

ここ最近のミューズ市は、かなり慌ただしい。

それというのもハイランドとの国境近くに、ハイランド軍が駐屯しているからだ。

何かを予感させるように、その存在を誇示するハイランド軍。

その中にはハイランドの皇子・ルカ=ブライトの姿もあるというから、遅かれ早かれ戦いになるのは避けられないだろう。

その時期を計るため、とジョウイがハイランドの少年兵としてハイランド軍に派遣されたという話を、事情を探っているナギから聞いたのも数日前。

そして一昨日、派遣されていた2人のうちだけがミューズ市に帰ってきた。

一緒に潜入したはずのジョウイの姿は、どこにもない。

話によるとハイランド軍に見つかってしまったを逃がすために、自ら囮になったらしい。―――とナナミ、そしてピリカは一晩中、城門前でジョウイの帰りを待っていた。

不幸中の幸いというべきか、ジョウイは傷1つなく帰還したのだけど・・・。

私は気になって、盗み見を悪いとは知りつつも、影からやジョウイの様子を窺っていた。

昨日ジョウストンの丘で行われた会議にも出席していたみたいで・・・―――だけど会議に参加した後のジョウイの様子がおかしいことに、私は小さな不安を感じていた。

なにが・・・というわけじゃない。

特に理由があるわけじゃないんだけど、なんだか嫌な予感がして・・・。

ずきずきとソウルイーターが疼いている気がした。

「・・・気のせい・・・よね?」

思わず呟いて、それから苦笑した。

私は自分で思っているより、ソウルイーターに振り回されているみたいだ。

紋章を気にするあまり、不安が頭から離れない。

今日はこれ以上読書に身が入らないと判断した私は、読みかけの本を棚に戻して図書館を出た。

その足でどこに向かうでもなく、ただぼんやりと大通りへ向かう。

はしゃぐ子供たちの声。

古い木箱の上に並べられた色とりどりの野菜たちと、自分の店の野菜を売ろうと必死になって声を張り上げる商売人たち。

そしてそれを見比べて、夕飯の相談をする主婦。

通りには美味しそうな匂いが充満し、太陽の暖かい光が惜しみなく注がれる。

なんて平和な・・・なんて幸せな光景なんだろう。

不意に脳裏にトトの村、そしてリューベの村が浮かんだ。

あんなふうに、滅んでいく場所もあるというのに・・・。

この街のすぐそばにも、危険が迫っているというのに・・・。

それでも街では、いつもと変わらず毎日が過ぎていくんだ。

それでも・・・もしかすると・・・。

不吉な自分の考えに思わずゾッとし、慌てて首を激しく振った。

その拍子に少し平衡感覚を失ってよろめくと、背中から強く跳ね飛ばされ堪えきれずに地面に強く膝を打った。

「い・・・・・ったぁ・・・」

反射的に手を付いたから顔面直撃は免れたけど、その分勢い良く膝を強打してしまった。

ジンジンと痛む膝を成す術もなく抑えて、それから自分を背中から跳ね飛ばした人物に恨みがましい視線を向けた。

「す、すみません。急いでいたもので・・・」

慌てたように声をかけてきたのは、かなり長身の青年。

太陽をバックに背負っているので顔まではわからないけど、その声から申し訳なさそうな雰囲気が読み取れて、頭に上った血がゆっくりと下がってくるのを感じた。

「いいえ、こっちこそ。ちょっと考え事をしてたから・・・つい」

差し出された手を遠慮なく握って起こしてもらうと、改めてその青年の顔を見た。

短い黒髪、まっすぐな瞳。―――見るからに真面目そうなその青年は、マイクロトフと名乗った。

マイクロトフはジョウストン都市同盟に存在する騎士団の騎士らしく、青い隊服に包まれた身体はがっしりと、漂う気迫はとても強く。

そんなことをぼんやりと考えていると、マイクロトフは私の手を握ったまま近くの茶店へと歩き出した。

「えっ、ちょっと・・・なに?」

「膝から血が出ています。ともかくあそこで手当てをさせてもらいましょう」

戸惑いの声を上げる私に、マイクロトフはきっぱりと言い切った。

そこで初めて、自分が怪我をしている事を知った。

ただぶつけただけだと思ってたのに・・・血まで出てたなんて・・・。

やっぱり長ズボンをはくべきかな?―――と膝上までしかないズボンを見て思う。

だけどこっちの方が動きやすいし、この格好には合うんだから。

言い訳がましく心の中だけでそう反論し、茶店で丁寧に傷の手当てをしてくれるマイクロトフに視線を向けた。

こっちにも非があったというのに、こんなことまでしてもらうのは少し気が引ける。

そう言えば『急いでる』って言ってなかったっけ?

そう聞けば、怪我をした女性を放っておくことなど出来ません、と返された。

あれだね・・・騎士はやっぱりジェントルマンだ。

「はい。これで大丈夫です」

ご丁寧に包帯まで巻かれた自分の足を見て、思わず苦笑する。―――こんな大そうな治療をするほど酷い怪我じゃなかったのに。

ともかく手当てをしてくれたマイクロトフにお礼を言うと、彼は急に顔を真っ赤に染めてあらぬ方向へと顔を逸らした。

ちょうどいいタイミングで店主がお茶を出してくれたので、私はありがたくそのお茶をゆっくりとすすった。

隣を見れば、マイクロトフも同じようにお茶を飲んでいる。

「・・・あの?」

不意に声をかけられて、私は小さく首を傾げた。

「不躾な事をお聞きしますが・・・さっき貴女は考え事をしていたと言ってましたよね?」

「・・・ええ、そうですけど・・・」

「なにを考えていたんですか・・・?」

なにを?そんなことを聞いてどうするつもり何だろう?

私は余程不思議そうな顔をしてたんだろうか?―――マイクロトフは慌てたように手を振って口を開く。

「い、いえ・・・そのっ!さっきの貴女があまりにも思いつめたような表情をしていたように見えたので・・・」

「・・・そう・・・ですか」

そんな顔をしていたのか、私は。

私はマイクロトフから視線を逸らして、暮れかけたほんのりと赤みを帯びた空を見上げる。

「別に・・・具体的に何かを考えていたわけじゃないんですけど・・・」

「・・・はい」

つらつらと言葉を並べる私に、それでもマイクロトフは律儀に返事を返してくれた。

それに少し嬉しさを感じ、小さく笑みが零れる。

「私は旅をしています。ここに来る前に、トトの村を通ったんですけど・・・とても酷い有様でした」

「・・・はい」

顔を見なくても分かった。―――マイクロトフはとても悔しそうに拳を握っている。

「ふと・・・思ったんです。ミューズは平和だな・・・って。だけどもしかしたら・・・」

そこで思わず言葉を切る。

だけどもしかしたら・・・さっき私はそう思った。

「もしかしたら、ミューズもあんなふうになってしまうかもしれない。あんなふうに・・・悲しい風景を、私はもう見たくないんです・・・」

今まで見てきた、数え切れないほどの悲劇。

この目に映るのは、居たたまれない光景ばかり。

幸せは本当に呆気なく消え去ってしまう。

だれもが、平和を望んでいるハズなのに・・・。

「大丈夫です!!」

突然耳元で大きな声が響き、その後強く肩を握られ思わず目を見開いた私の視界には、これ以上ないほど真剣な面持ちのマイクロトフ。

「ミューズには鉄壁の門があります。あの門がある限り、ハイランドは容易にはミューズ市内には侵入できないでしょう!!それに我々マチルダ騎士団もいます!!今はロックアックスに戻らなくてはいけませんが、我々はハイランド軍と真っ向から戦うと誓います!」

身を乗り出して宣言するマイクロトフは、ハッと我に返ったのか、慌てて掴んでいた私の肩から手を離して素早く距離をとる。―――その顔が真っ赤に染まっているのに気付いて、思わずクスクスと笑みが零れた。

「・・・・・・誓いますか?」

小さく聞き返すと、未だに顔を染めたままコクリと1つ頷く。

失礼だとは思ったけど、それにもう一度笑みを零すとマイクロトフも同じように笑った。

「ありがとう、マイクロトフ。少し・・・気が楽になりました」

「いえ・・・そう言っていただければ俺も・・・」

そう照れたように言う彼に、私は無言で彼の背後を指差した。

それにつられて振り返ったマイクロトフは、人ごみの中息を切らせて誰かを探し回っている騎士を見て『しまった』と表情を歪ませた。

「す、すみません。俺はもう行かなくては・・・」

「はい。手当て、ありがとう」

包帯の巻かれた右足を見せれば、苦笑したように笑う。

騎士に泣きつかれながら人ごみの中に消えるマイクロトフを見送って。

再び視線を空に向けて、ため息を零した。

そう、大丈夫。

こんな大きな街が、そんなに簡単に制圧されるわけない。

この平和が・・・そんなに簡単に壊されるはずなんて・・・ない。

私はかすかに痛む右手を無意識に抑えて、希望を込めてそう思った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんだかんだ言って、ビクトールとは再会していません。

そして何故かマイクロトフ。理由は私が好きだからです(笑)

この時期にマイクロトフがまだミューズにいるなんてことなさそうですが、その辺はドリームと割り切ってください(懇願)

文章が切れ切れで読みづらいとは思いますが、その辺もお手柔らかに(?)

作成日 2004.2.10

更新日 2007.11.18

 

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