人生は、時に何が起こるか分からない。

だから運さえも味方につけて・・・。

そうして進む先に、一体なにがあるんだろう?

 

ンブラー

 

目に映る全てが、赤く染まっていた。

街でマイクロトフという騎士に会い、別れた後もなにをするでもなく街中をぶらついて。

宿屋に戻ってきたのは、少し遅い時間。

それから軽い食事を取って、ベットにもぐりこんだ。

疲れていたのかすぐに寝入ってしまって、不意に嫌な予感に駆られて目が覚めたのは夜もかなり更けた頃だった。

カーテンの閉められた窓の外に、赤い影がチラチラと揺れる。

街中を走り回る複数の足音と。

しばらく後に聞こえてきた、悲鳴。

慌ててカーテンを開くと、まず目に映ったのが赤く燃える炎だった。

階下に目を向ければ、明らかにミューズ兵じゃない兵隊の姿。

なにが起こっているのか分からないほど、私は穏やかな日々を過ごしてきたわけじゃない。

私は反射的に行動を起こしていた。

脱ぎ捨ててあったブーツを履いて、ベットの脇にかけてあったマントを纏い、壁に立てかけてあった剣を腰に差す。

テーブルの上に置いてある荷物は、昨夜の内にまとめられていた。

もしも、ミューズが攻められた時のために。

寝る時もいつでも動けるようにそのままの服装だったし、いつでも旅に出れるように準備も万端だ。

『もしも』―――そんな可能性がないよう祈っていたのも関わらず、こうしていつでも動けるように準備をしている自分に、思わず嫌気がさした。

結局、穏やかな生活などできないと・・・自分で認めてしまっているようで。

自嘲気味に笑って、けれどそんなことをしている場合じゃないと思い直して、私は慎重に宿屋を抜け出した。

この街を走り回っているのがミューズ兵じゃないなら、彼らは間違いなくハイランド軍の兵士なんだろう。

ハイランド軍によって火の放たれた街は見るも無残な状態で、風が強いせいか火の勢いはさらに増しているようだ。

「マイクロトフの予測も、見事外れちゃったな・・・」

できるだけ戦闘に巻き込まれたくなかったから、敢えて時間をかけてでも人通りの少ない場所を走る。―――そんな中、夕方会った騎士を思い出しひとりごちた。

だけどマイクロトフの言う事も最もで。

城塞都市ではないにしろ、大都市であるのだから警備は他の街よりも厳重なはず。

この街に入る時(厳密に言えば連行された時)に見た城門はかなり分厚く、あれを破るだけでも一苦労しそうなほどだったというのに。

なのに今の今まで、ハイランド軍の侵攻にどうして気付かなかったの?

逃げ惑う人々の中に、ちらちらとミューズ兵の姿がある。

彼らも相当慌てた様子で、どうにも統率が取れてないように思えた。

ミューズの市長はどうしたんだろう?

上の人間が、兵士の指揮をする状態じゃないってことなの?

「おい、貴様!!」

突然背後から声をかけられて、足を止めずに後ろを窺うと、おそらくハイランド兵だと思われる兵士が数人、私に向かって駆けて来たのが見えた。

「・・・ちっ」

小さく舌打ちをして、不本意ながらも剣を抜いた。

襲い掛かってくるハイランド兵たちを倒しながら、全速力で城門に向かって走り続ける。

城門を通り過ぎる時に、チラリとそれに目をやった。

パッと見だけど、それは無傷なように見えて。

もしハイランド軍に攻め込まれたのなら、城門が無傷であるなどありえない。

だとしたら・・・まさか誰かの手引きでハイランド軍はミューズに侵入したのだろうか?

ふとそんなことを考えて、すぐにその考えを振り切るように頭を振った。―――今はそんなことを考えている暇などない。

そのまま街を抜けて、生い茂る森の中をひたすら駆け抜けた。

ハイランド兵がしつこく・・・そしてどんどんとその数を増やしてくるのを忌々しく思いながら、どうして一般の旅人である私がこれほど追われなきゃいけないのか不思議に思った。―――その間にも兵士たちは遠慮なく向かってくる。

どれほど走り、そしてどれほど兵士を倒しただろうか?

いつの間にか兵士たちの姿もなく、そしてミューズが見えなくなる位置まで来ると、少しだけスピードを緩めて・・・完全にその気配を感じなくなった頃、ようやく足を止めた。

すぐ近くに小川を発見し、そこで顔を洗ってから鞄に入っていた地図を取り出し現在地の確認をする。

「えーっと・・・確か南の方に来たから・・・」

走ってきたと思われる道筋を指でなぞりながら、私は深くため息を吐いた。

ここから少し歩いたところに街がある。

それ自体は歓迎すべきなんだけど、その先には道を遮るように湖が広がっていた。

今の段階ではなんともいえないけど、ここは既にハイランド軍によって船の出港が止められている可能性がある。

どうせならトト方面か、もしくは学問都市グリンヒル方面に抜けたかった。―――まぁ、そっちの方も占拠されてる可能性は高いけども。

それでも陸があるなら何とか通り抜けることはできる。

だけどかなり広いこの湖を泳いで渡るなんて芸当は、流石に無理だ。

一瞬戻ろうかな?という考えが脳裏に過ぎるが、またハイランド兵と鉢合わせする可能性が極めて高いことから、私は一縷の希望をかけて港町に向かった。

どうぞ、まだハイランドの手が伸びていませんように!!

 

 

私の祈りが通じたのか、着いた港町は未だハイランドの手には落ちていないようだった。

だけどのんびりとはしていられない。―――ここにもすぐにハイランドの手が伸びてくる。

迷う事無く港に直行し、一番早く出発する船に乗ろうと傍にいた船員に話し掛けた私は、返ってきた言葉に思わずがっくりと肩を落とした。

ハイランドの手は伸びていなかったけど、その噂は既にこの街にも届いていたみたいだ。

今この港にある全ての船が、運休になっていた。

街の人間からしてみれば、今船を出してハイランドに睨まれるよりは、自分たちで運休にしハイランドに反撃の口実を与えないようにする方が得策なんだろう。

とはいっても・・・流石に困った。

別に私がハイランドに追われているわけじゃないから、捕まってどうにかなる・・・とは思えなかったけど。

だけど私は普通の旅人と違って、訳ありというやつで。

バレる事はないとは思うけど、もし私が真の紋章を持っていることがバレたら・・・。

どうなるかな?

少し考えて、慌てて首を振った。

どうなるかはそれこそ多種多様だろうけど、ロクでもないことになるのは間違いない。

できるだけ危険は避けて通りたい。―――そう思って、何とか船員を説得しようと言葉を並べるが、結局ムダ骨で終わってしまった。

誰だって、自分の命が惜しいんだ。

軽くため息をついて、こうなったらハイランド兵に見つかるのを覚悟で来た道を戻るか、と思ったその時・・・―――人ごみの中に懐かしい顔を見つけて、思わず目を丸くした。

短い金色の髪と、整った容姿。―――あれは、シーナだ。

何でシーナが・・・大統領の息子である彼が、こんなところにいるんだろう?

声をかけようかと口を開きかけて、だけどかけたらかけたで面倒臭い事になりそうだと思い直し、さてどうしようかと思案していると、彼は辺りをキョロキョロと見回してから人気のない方向へと消えた。

思わず首を傾げる。

あっちに何かあるんだろうか?

少し考えた末、ここにいても何の進展もないと判断した私は、こっそりとあとをつけることに決めた。

港から少しばかり歩いていくと、そこには古びた小屋が一軒立っていて、シーナは躊躇いもなくその中に姿を消した。

そこは見たところ船の用具置きになっているようで、あちらこちらに使われなくなった船や碇などが多数放置してある。

こんなところに一体何の・・・?

シーナは今も昔も、よく言えば育ちのいいお坊ちゃまで。(私も人のこと言えないけど)

よくいろんな事に首を突っ込んではいるものの、あまりこういった場所が似合わない雰囲気を持っている。

何の目的もなく好んでこの場所にくるとは思えない。―――もしかして街でナンパした女の子と逢引でもするつもりかな?

様子を窺っていても、それらしき女の子が来る様子もなく。

しばらく経って小屋を出てきたシーナも、入ったときと同じで1人。

一体なんなんだろう・・・と首を傾げたその時、私の存在には気付いていないシーナが悔しそうにポツリと一言呟いた。

「ちくしょう、タイ・ホーのやつ・・・、ちっとは手加減してくれてもいいじゃねぇか」

「タっ!?」

思いもかけない人物の名前に思わず叫びそうになって、慌てて口に手を当てた。

シーナは全く気付いていないようで、やっぱり悔しそうに何かを呟きながらどこかへと去っていった。

ホッと安堵の息を吐きながら、私は自分の幸運が全く衰えていないことに思わず苦笑する。

トランにいるハズの彼と、こんな場所で・・・しかもこんな状況で会えるなんて。

彼ならば、ハイランドに怯える事もなく船を出してくれるだろう。

多分・・・というか絶対に、タダでは出してくれないだろうけど。

だけど・・・・・・こんな事を言っては失礼かもしれないけど、タイ・ホーにギャンブルで勝つ自信が、私にはあった。

昔から運だけはいいんだよね、私。

「・・・ラッキー」

思わず呟いて、私は小屋へと足を向けた。

 

 

「・・・あのなぁ、シーナ。何回来てもムダだって・・・」

「悪いけど、私はシーナじゃないんだよね」

いきなり入るのもどうかと思って一応ノックをしてみると、返ってきた言葉はそっけないもので。

それに笑みを含んだ口調で返事を返すと、中にいた男は驚いたように目を見開いた。

中にいたのは2人の男。―――そのどちらも、私には見覚えがありすぎるほどある。

1人はトランで漁師をしているタイ・ホー。

そしてもう1人は、彼の義兄弟であるヤム・クー。

どちらも解放戦争の折りに仲間だった者たちだ。

「久しぶり、タイ・ホーにヤム・クー」

「お前・・・か?」

信じられないといった風に思わず立ち上がったタイ・ホーに向かい、やんわりと微笑みかける。

するとタイ・ホーはすぐに我を取り戻したのか、呆れたようにため息をついて再び椅子に腰を下ろした。

「3年間まったくの行方知れずだったってのに・・・。まさかお前さんとこんな所で再会するとはなぁ・・・」

「それはこっちのセリフだよ。2人ともトランで漁師を続けてたんじゃなかったの?何でここにいるわけ?」

「いや・・・まぁ、いろいろとあってな・・・」

口ごもるタイ・ホーにチラリと視線を向けたヤム・クーが、小さくため息をつくのが分かり思わず苦笑する。―――なにがあったのかは分からないけれど、苦労はしたようだ。

ともかく再会を喜び合い、勧められるままに酒を飲みながらしばし昔話をして。

そうしてしばらく経った後、思い出したかのようにタイ・ホーは小さく首を傾げながら私に向かい質問した。

「・・・で、何でお前さんは俺たちがここにいるって事知ってるんだ?」

「う〜ん、と・・・さっきシーナを見かけてね」

「シーナを?・・・・・・ってことは、お前も・・・」

「そう。船を出してもらえないかな〜と思って・・・」

そう言ってから、タイ・ホーの言った『お前も』という言葉に苦笑した。

そうじゃないかとは思ってたけど、やっぱりシーナも船を出して欲しいと彼らに頼みに来たのか・・・。

タイ・ホーはしばらく考え込むようなそぶりを見せて。

しかしパッと顔を上げると、私の顔を覗き込むようにしてニヤリと笑った。

「最初に言っとくが・・・俺の流儀は知ってるな?」

そういうが早く、こちらの返事を待つこともせずにテーブルの上におわんとさいころを二つ取り出す。

それに予想していたとはいえども、一向に変わらないタイ・ホーに思わず笑みが零れた。

タイ・ホーといえば、無類のギャンブル好きとして名高い。

彼が信じるのは、相手の運だけ。

運のない人間に付いて行く気はない。―――が、彼の持論だ。

「タイ・ホーも懲りないわねぇ。私に一度も勝った事ないくせに・・・」

「今日こそは、長年降り積もった負けを一掃してやるぜ」

不敵に笑うタイ・ホーに、私も同じように笑みを返す。

傍らでヤム・クーがため息をついているのが分かった。

彼も相当の苦労人だと、いつも私の傍らにいる青年のことを思い出し複雑な気持ちになるが、それはそれで彼も承知のことだろうと思うことにした。

「じゃあ、始めるぜ?」

そう言っておわん片手にさいころを握るタイ・ホーを見て、1つ頷く。

悪いけど、今回も勝たせてもらうよ?

 

 

「ありがとう、タイ・ホー。助かっちゃった」

無事港に身を下ろした私は、傍らで不機嫌そうに顔を歪めているタイ・ホーに向かってにっこりと微笑みかけた。

勝負の結果は、この状況を見て分かるとおり私の圧勝だった。

「ちっ、しょーがねぇ・・・約束だからな・・・」

悔しそうにそう呟くタイ・ホーに、少しだけ申し訳なく思いながらも、彼がここにいてくれたことをありがたく思い、もう一度礼を述べた。

「それで・・・これからどうするの?」

「どうするって・・・しばらくこっちの方でのんびりするさ・・・」

ガシガシと頭をかきながら返事を返すタイ・ホーを見て、少しだけ思うところのある私は、彼からもらった袋いっぱいのポッチを彼の手に押し付ける。

彼との勝負に勝って、船を出してもらえるだけで十分だというのに、それはギャンブラーとしてのプライドに関わるのかきっちりと掛け金まで払ってくれた。

袋いっぱいのポッチはその時のお金であり、それを押し付けられたタイ・ホーは少しばかり怒ったような視線を私に向ける。

それをさらりと流して、私はなんでもないことのようにあることを提案した。

「タイ・ホーに少し頼みたい事があるのよ」

「・・・頼みたい事?」

内容をまだ言っていないのに、それでも不満そうに顔をしかめたのは、私の頼みごとというのがロクなことではないと察しがついたからだろうか?

「私の知り合いが・・・もしかしたらミューズから逃げてくるかもしれないの。もし彼らが貴方を見つけて・・・そして船を出して欲しいと言われたらそれを聞いてあげてくれないかな・・・と思って」

「・・・知り合い?」

「そう。10代半ばの男の子が2人と、女の子が1人。それから幼い子供が1人の集団が来ると思うんだけど・・・」

それは確信があるわけじゃないけど。

ミューズから離脱したビクトールが、次の合流先に示すのはどこなのか?

トト方面じゃないだろうとは思う。―――仮にもそっち方面から逃げてきたわけだし。

だとしたらルートは2つ。

関所を越えたところにある学問都市グリンヒルか、デュナン湖を渡った先にあるサウスウィンドウ市か。

可能性としてはサウスウィンドウの方が高い。

学問都市であるグリンヒルには、それほどの兵力はないだろうから。

これからハイランドと戦おうという時に、選ぶとすればまだ兵力を蓄えてあるサウスウィンドウの方だろう。

ビクトールたちはこの辺りにもいろいろツテはあるだろうし、彼らは腐っても傭兵なのだから自分たちで何とかできるだろうけど。

たちにはこちらでのツテもあまりなく、だからといって自分たちで解決できるほどの経験もないだろうから。

「だからね、このお金は手付金。危険料だとでも思ってくれればいいから・・・」

そういって押し付けたポッチを見つめ返して、タイ・ホーは再びため息を零した。

「言っとくが・・・俺は自分の信念を曲げるつもりはねぇぜ?」

それは、いくら金をもらっても相手の運試しはやめるつもりがない・・・ということだろう。

それに1つ頷いて、私は小さく口角を上げた。

「それで構わないよ。それくらいは自分たちで解決してもらわないとね」

たちの運がどれくらいなのか、私にはわからないけど。

タイ・ホーの言う通り、これから茨の道を歩んでいくなら、多少の運も味方につけるくらいでないと。

タイ・ホーは自分の手に収まっているポッチの詰まった袋を弄びながらも、言葉通り先ほどの港に戻るために船の準備を始めてくれた。

「ありがとう、タイ・ホー。恩に切るわ」

「まぁ、いいさ。今度リベンジさせてもらうからよ」

「できるものなら、ね」

軽い調子で言葉を返すと、タイ・ホーは至極楽しそうに笑った。

再び港を出て行くタイ・ホーの船を見送りながら。

少しだけ船が港を離れた頃、タイホーが声を張り上げて私に聞いた。

「お前、これからどうするつもりだ!?」

言われたその言葉には答えず、ただ曖昧な笑みを浮かべるだけ。

これからどうするのか?―――それは私自身が聞きたいくらいだ。

未だ戦う覚悟すらないのに。

それなのにこうやって、戦いの中に身を置いている。

中途半端に彼らに手を差し伸べて・・・けれど彼らが私にいくら手を伸ばしても、それを取る勇気もない。

一体私はなにがしたいのだろう?

一体ここでなにを・・・しているのだろう?

既に豆粒ほどの大きさになったタイ・ホーの影に、私は小さく微笑みかけた。

「・・・もしかしたら貴方も・・・巻き込まれてしまったのかもしれないね」

その呟きは、既にここを去っている彼らには聞こえなかっただろうけど。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

タイ・ホー登場(ついでにシーナもチラリと)

やっぱり船乗りといえば、彼でしょう。

ヤム・クーほとんど喋ってませんが、ちゃんといます。(笑)

ゲームを無視したこのお話。

だけどこんな事がまだこれからちらほらとある予定です。

作成日 2004.2.12

更新日 12.16

 

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