過去の悪夢が、今再び甦る。

その悲しみは、決して消え去る事はなく。

ゆっくりと・・・―――しかし確実に、忍び寄ってくるのだ。

 

白昼

 

私は今、クスクスの村から少しだけ離れた場所にある小さな村に身を寄せていた。

近くに比較的大きな港町があるからなのか、この村にあまり旅人の姿はなく、至極のんびりとした雰囲気を持っていて、少しだけバナーの村と似たところがある。

もちろん向こうは鉱山で、こちらは港近くなのだからその特性はかなり違うが、それでも雰囲気が・・・そんな感じなのだ。

妙に落ち着くこの村が気に入ってしまった私は、既に数日過ごしている宿屋の部屋から村の様子をぼんやりと眺めていた。

ついこの間までの戦いが嘘のようなこの村での時間は、なんとも違和感のあるモノだったけれど、それでも時折届くハイランド侵攻の噂が妙な現実感を伴って私の中にじんわりと侵食してくるのを感じる。―――そして今まで考えないようにしてきた事柄が、早急に答えを求めて私の頭の中でせめぎあっていた。

これからどうするのか?

戦いに参加するか、否か。

考えても考えても、答えは一向に出ない。

寧ろ出ないようにと心の中で願っている節もあり、思わず苦笑した。

ちょうどその時、部屋を激しくノックする音が聞こえ思わず首を傾げる。

この村に知り合いはいない。―――今の状況を考えて、出来る限り村人との接触も取らないようにしてきた。

誰だろう?

「・・・・・・はい?」

少しだけ強張った声色で返事を返すと、ドアの向こうから切羽詰った女の人の声が聞こえて、何かあったのだと慌ててドアを開けた。

そこにはとても顔色の悪い女の人と、不安そうに顔を歪めている男の人。

2人はドアが開けられたことに少しだけ安堵の表情を見せて。

けれど私の顔を見るや否や、絶望的な表情を浮かべた。

・・・なんなのよ。

イキナリ人の顔見てそんな表情するなんて・・・ある意味メチャクチャ失礼だ。

それでもさっきの2人の様子が気になった私は、2人を部屋の中に招き入れて部屋に1つしかないテーブルに座るよう勧めた。

「あの・・・それで私に一体何の用で・・・?」

そう話を促すと、男の人は少しばかり迷った素振りを見せて。

それでもそれを振り切るように私の顔を見据えて、口を開いた。

「あの・・・旅人の方というのは・・・あなたですか?」

その問いかけに、私は小さく首を傾げて。

だってこの村にいる旅人が私だけなのか、知らないし。

もしかしたらこの人たちの言っている『旅人』は、私ではないのかもしれないと思ったから。

だけど私が旅人であると言う事は間違いのないことなので、「多分・・・」と前置きをしてから頷いた。

すると女の人は、先ほどよりもがっくりと肩を落とす。

だから失礼だってば、その態度。

目の前の男女が私に・・・というか旅人に何を望んでいるのかは分からなかったけれど、そんな態度をされてあまり気持ちの良いものではない。

私のそんな心境に気付いたのか、男の人は慌てたように頭を下げた。

「スイマセン!あの・・・悪気はないんです」

「それはまぁ・・・分かりますけど・・・。それで、一体どうしたんですか?イキナリ相手を確かめもせずに旅人を訪ねてくるなんて・・・」

さっきの様子から察するに、なんでもないとは思えないんだけど・・・。

そう言葉に含めて問い掛けると、女の人が堰切ったように泣き出す。

それに驚いた私をよそに、男の人は女の人の肩に手を置くと、神妙な面持ちでここに来た経緯を話始めた。

なんでも、この2人は夫婦でこの村で畑を耕したりしながら細々と暮らしていたらしい。

生活はあまり楽とはいえなかったけれど、それでも2人はとても幸せだったらしい。

よくある話と言えばよくある話だ。―――私としてはその辺のことは省いて欲しかったけど、あいにくとそれを言い出せるような雰囲気ではなくて。

結果、延々と2人の生活の様子を聞かされた。

この2人は一体何をしにここに来たのだろうと思い始めたその時、ようやく話は本題に入ったようだ。

かいつまんで説明すると、この2人には1人娘がいるらしい。

それがとても綺麗で気立てもよく、どこに出しても恥ずかしくないほど自慢の娘なのだそうだ。

しかしその娘が昨夜、何者かに拉致された。

「・・・・・・それで、その犯人は分かってるんですか?」

事が事だけに控えめに尋ねると、男の人はコクリと1つ頷く。

それなら私のところになんて来ないで、役所に行ったほうがいいんじゃないの?という言葉を飲み込んで、次の言葉を待った。

「うちの娘を攫ったのは・・・ノースウィンドウの怪物なんです」

「・・・怪物・・・ですか?」

男の人の言葉を反芻しながら、そう言えばクスクスの村でそういう噂話を聞いたなぁ・・・なんて呑気にもそんなことを思う。

今は廃墟となったノースウィンドウの村に住み着いた化け物が、若い娘を連れ去っていくという・・・まぁこれもありがちな話だ。

私としてはただの噂話だろうと高をくくっていたんだけど・・・まさか本当だったとは。

だけどどうしてこの2人が私のところに来たのか、大体察しはついた。

相手が怪物ならば、役所もそう簡単に取り合ってはくれないだろう。

それに加えて、今はハイランド軍の侵攻があるという切羽詰った状態なのだ。―――何とかしてやりたいとは思っても、なかなか手が回らないのではないか?

だから旅人の所に来た。

ダメ元で・・・それでも少しの希望を賭けて。

それが来てみれば、いたのはこんな小娘1人。―――女の人の落胆振りも分からないでもなかった。

「・・・怪物ねぇ・・・」

ポツリと呟いて、軽く頭をかく。

さて、どうしようか?

自慢じゃないけど、並大抵の化け物相手に引けを取るつもりはない。

それが集団だと少し厄介だけど、何とか対処できるほどの強さはあるつもりだ。

連れ去られた娘さんたちを、放っておけないとも思う。

「ふむ。・・・・・・で、その怪物ってどんな感じ?」

とりあえず相手の情報を集める。―――まぁ、ここでお断りするほど私は忙しくないし、冷血でもない。

「・・・・・・は?」

「だから、怪物の特長とか情報とか何かない?話を聞いた以上は放っておけないし、助けに行ってあげるよ」

軽い口調でそう告げると、2人は呆然と目を見開いて。

「・・・でも」

口ごもりながら迷ってる風の2人ににっこりと笑いかけて、思ったことを言った。

「別にあなたたちが気にすることじゃないわ。例え私がやられても、あなたたちの気にするようなことじゃない。私が勝手に決めて、勝手に行くんだから・・・」

よりいっそう笑みを深めると、2人は申し訳なさそうに顔を暗くして。

けれど最愛の娘をやはり諦めることも出来ずに、2人はすがるように私の顔を見返した。

「大丈夫。こう見えても、私結構強いんだから」

安心させるようにごく軽い感じでそう呟くと、ようやく2人は少しだけ笑みを浮かべる。

「さて、それじゃあ・・・ノースウィンドウの怪物について、知ってる事を全部話して?」

 

 

ノースウィンドウ。

今から十数年前に、吸血鬼によって滅ぼされた街。

「・・・ここが・・・・・・」

そう、ここが・・・―――ビクトールの故郷。

全然気が付かなかった。

ビクトールの故郷が都市同盟にあるとは聞いていたけれど、街の名前まで聞いてはいなかったから。

だからこんなに近くに、彼の故郷があったなんて。

足を踏み入れたそこは、人の気配なんて微塵もなく。

かつては城塞都市として使われていた城は、今ではもうその面影を少しばかり残すだけで、広がる光景は胸の中にざわざわとした複雑な何かを生み出していく。

まず目に映るのは、墓。

多分この村の人たちの墓なんだろう。―――無数にあるそれは、数えるまでもないほど多く。

これだけの人が死んだのだという事実と、その全員がおそらくビクトールにとっては親しい人ばかりなのだろうと言う想像で、まるで胃が縮むような感覚に陥る。

一体、どれほどの辛い思いを・・・彼はしたのだろう?

そしてそれだけの辛い経験をしてなお、どうしてあんなに強くいられるのか。

ジャリと砂を踏む音を耳障りに思いながら、街の中に足を踏み出した。

村の夫婦から聞いた話によると、彼らの娘を攫った怪物はここに住み着いているらしい。

どういった怪物なのかは見たわけではないので分からないと言う話だったが、噂によるとその怪物はどうやら吸血鬼のようで・・・。

また吸血鬼だ。

この街は吸血鬼が好む何かがあるんだろうか?

それよりもなによりも、吸血鬼と呼ばれる存在がかつて戦ったネクロード以外にもいるという事実に驚いた。

そして・・・―――相手が吸血鬼ならば、私がどうにかできる相手ではないとも・・・。

吸血鬼に通常の武器が効かない事は既に経験済みだ。

唯一攻撃が出来るのは、ビクトールが持つ『真の夜の紋章』の化身である星辰剣だけで。

だから今の私が吸血鬼と対峙しても、倒す事は出来ない。

さて、どうするかな?

ゆっくりと辺りを見回して、辺りの気配を探る。

とりあえず倒す事は出来なくても、連れ去られた娘さんを救出する事は出来る。

それは何の解決にもなってない気もしたけれど、このまま泣き寝入りするよりは断然マシだ。

どうやら城の外には誰もいないようで、だとしたら吸血鬼はこの城の中にいるんだろう。

そうは思っても・・・雰囲気的に進んで入りたいと思うような場所でもない。

過去に悲劇があったせいだろうが、ロクに手入れされていない城は荒れ放題で、まさに幽霊が出そうな雰囲気満点で・・・。

いや、そんなこと言ってる場合じゃないんだけど・・・。

そう自分で自分に突っ込んで、意を決して城の中に入ろうと覚悟した直後、どこからか人の声が聞こえて、思わず辺りを見回した。

どうやら声は私がさっき入ってきた門のところからしているみたいで・・・。

とりあえず見つからないように木に上って、そこから様子を窺うことにした。

別に見つかるとヤバイって訳じゃないんだけど・・・すぐにこんな行動を取ってしまう辺り、私は確実に不審者街道まっしぐらって感じかな・・・。

自分で自分の行動に苦笑して、来た人をやり過ごそうとしていた私は、何気なく木の下を通った人に視線を向けて・・・―――そして思わず息を飲む。

だって・・・だってそこにいたのは・・・他でもない、ビクトールだったから。

他にもとナナミ、それに見知らぬ女の子の姿もあって。

そこにはいないフリックとジョウイのことが気になったけれど、それどころじゃなくて。

だってこんな所にいるなんて、思いもしなかったから。

4人の会話を聞いていると、どうやら彼らもここの怪物の退治に来たようだ。

だとしたら、かなり厄介なことになる。

だって彼らは怪物を退治するまで、ここを動かないって事でしょう?

・・・ってことは、私はいつまで木の上にいれば良いわけ?

まぁ、隠れてる私が悪いんだけどさ。―――でもねぇ・・・。

何とか彼らに気付かれないでここを出る方法はないものか・・・と思案し始めたその時、不意に辺りの空気が変わったことに気付いて俯いていた顔を上げた。

なんだろう?―――なんか、凄く嫌な気配。

身体に纏わりつくような、ねっとりとした空気。

生暖かい風が肌に気持ち悪い。―――それなのに、この背中に走る悪寒は。

「おやおや、お客さんですか?」

突如その場に響いた声に、私は思わず固まった。

聞き覚えのある声。―――忘れる事なんて出来ない、嫌な記憶。

「・・・テメェ・・・生きてやがったのか!!」

ビクトールの怒鳴り声に、強張る身体を動かしクツクツと笑う声の主に視線を向けた。

そこには、青白い顔をした不健康そうな中年男。―――赤く鋭い目と、お世辞にも趣味がいいとはいえないデザインの黒を基調とした服。

そのすべてに、見覚えがあった。

3年前の戦いで、倒したはずの吸血鬼。

ビクトールの故郷を襲い壊滅させた、憎むべき存在。

「・・・ネクロード」

思わず漏れた声に、慌てて手で口を抑える。

幸い私の声は届いていないようで、憎しみに満ちた目でネクロードを睨みつけているビクトールに気付かれる事はなかった。

だけど・・・なんで?

なんで、奴が生きてるの?

確かに・・・確かに倒したはずなのに・・・!

私の疑問は、ネクロードの一言であっさりと解けた。

どうやらネクロードには魂だけを逃がす特技があるそうで、以前ビクトールにやられたときも身体を失いはしたものの魂だけは何とか逃げる事に成功したらしい。

そして今、再び肉体を手に入れて・・・こうしてこの場に現れた。

よりにもよって、ビクトールの故郷であるノースウィンドウに。

呆然としている私をよそに、ネクロードがその場にたくさんのゾンビを出現させた。

おそらくそのゾンビは、この村の住人だった者たちなんだろう。

おそらくこのゾンビは、ビクトールの良く見知った人たちなんだ。

何故かビクトールは星辰剣を持ってはおらず、普通の剣でネクロードに襲いかかる。

無駄だと分かっていながらも剣を振るうビクトールたちを見下ろしながら、その中に比較的真新しい服装に身を包んだゾンビがいる事に気付く。

その服の特徴から、そのゾンビがあの夫婦の娘なのだろうと想像がついた。

いや、もしかしたらゾンビではないのかもしれない。

けれど確実にネクロードの手によって吸血鬼化している事は疑い様もなく。

ああ、間に合わなかった。

助ける事が出来なかった。―――あれほどまで両親に愛されている、この少女を。

なんともいえない脱力感と、胸の苦しさと、やるせなさと。

それらを抱えながら、地面に倒れ込んだビクトールを無言のまま見つめる。

そんな彼を一笑してこの場を去るネクロードに視線を向けて。

私は唇を強く噛んで・・・血の味が口の中に広がったけれど、それさえも構わず。

どうしたらいいのか?

どうしたいのか?

何をしなければいけないのか?

いろんな疑問が頭を巡る中で、悔しさに顔を歪ませるビクトールが去っていく後ろ姿を、やっぱり私は黙ったまま見送った。

再び静けさを取り戻した広場に降り立って、今はいない少女を思う。

そして・・・―――あの夫婦にどう説明したものか・・・なんてことをぼんやりと思いながら、私はノースウィンドウを後にした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ネクロード生存確認。

全体的に暗い。―――なんでか幻水はシリアス・・・っていうか暗くなってしまう。

そしてやっぱり他キャラとの交流があまりない。

これって幻水ドリって言うんだろうか?・・・とか、今さら思ってみたり・・・。

作成日 2004.4.6

更新日 2008.2.16

 

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