願いはいつしか形になり、それは強く心を揺り動かす。

偽りだらけの私を見て、あなたはどう思うだろう?

 

偽りのプロフィール

 

目の前にそびえ立つ高い壁を見上げて、私はひっそりとため息を吐いた。

今私の目の前には、お世辞にも友好的とは言えない顔をした門番が数人。

その全員が、私に向かって訝しげな視線を送ってくるのだからたまったもんじゃない。

再びグレミオにバレないように早朝を狙ってバナーを出た私は、最初と同じように川を遡りラダトの村に到着した。

その後は、辺りをたむろするハイランド兵の目を盗んで村を出て、そのままサウスウィンドウにも寄らずにただひたすら東を目指して歩き続けた。

その間に新同盟軍の本拠地となったノースウィンドウを少し離れたところで眺めつつ、だけど元からそこに寄るつもりはなかったので、そのままスルーで通り過ぎる。

そして最近同盟軍の指揮下に入ったトゥーリバー市を経由して、ようやく辿り着いたのは学問都市グリンヒル。

前と同じく、特にこれといって目的のない私が何故ここを選んだのかというと。

グリンヒルには学問都市と呼ばれるだけあって、かなりの数の蔵書が保管されている。

生徒や市民にも一般的に公開されているらしく、それならばぜひ読んでみたいと思った次第なんですけども・・・。

ここに来る途中、グリンヒルがハイランドの手に落ちたという話は聞いていたけれど、まさかここまで警戒が厳重だとは思いもしなかった。―――いや、実はちょっとは予想してたけど・・・。

でも学園は以前どおりという約束を取り交わしたって話だったから、それならば案外簡単に入れるんじゃないかな〜とは思ってたんだけど・・・・・・甘かった。

これは入れそうにない。

まぁ強行突破すれば行けない事もないけど、そんなことしたら蔵書読ませてもらうどころの話じゃないし。

無駄骨だったかな・・・なんて思う。

もうこうなったらマチルダまで足を伸ばすか・・・と思って踵を返すと、向こうの方からこちらに向かって歩いてくる集団発見。

な〜んか見たことある感じだな・・・なんてのんびりと考えてたのがいけなかった。

その集団がなんなのか。―――それを私がしっかりと確認した時、その集団もしっかりと私の姿を確認したようで・・・。

「あー!クレオさんだ!!」

「・・・クレオさん?」

ナナミの大きな声に惹かれるように、集団の目が一斉にこちらに向けられた。

ヤバイ・・・これはかなり。

その中には私の知らない人も、当然ながらいたんだけれど。

当然・・・知ってる人もいたわけで。

「・・・・・・・・・か?」

「なにやってんの?」

驚いたように目を見開いたフリックと、冷ややかな視線を惜しみなく私に向けるルックの姿が。

どうせルックは私が今どうしているのかなんてこと、レックナートからしっかり聞いてたんでしょうよ。

驚いた様子もみせやしない。

「うわぁ、こんな所で会えるなんてすごい偶然!ここで何してるんですか、クレオさん!」

まるで犬みたいにじゃれついてくるナナミは、確かに可愛いんだけど・・・。

その・・・もうちょっと声のトーンを落としてもらえるとありがたいって言うか・・・。

「・・・クレオ?」

案の定、ナナミの言葉を聞き取ったフリックが、不審そうな表情を浮かべている。

「あ・・・あはははは・・・」

乾いた笑いを零して、さりげなくフリックに近づく。

「おい・・・どうなってんだ?クレオって・・・」

「やだ!何言ってんの、フリック!うわ〜、すごい久しぶり〜!!」

ニコニコと笑顔を浮かべながら、フリックの足を思いっきり踏みつける。

「痛っ!」とか思わず叫んだフリックをさらりと無視して、これ以上ないくらいキツク睨み付けた。―――その目に「いいから黙ってろ!」と暗に含んで。

それを察してくれたのか、フリックは私の説得に応じて(脅しとも言う)身体を強張らせながら口をつぐんだ。

よし、これでひとまず安心。

とりあえずフリックの方は何とかなった。―――後は・・・。

チラリと問題の少年の方へ視線を向けると、彼はいつにもまして冷ややかな目で私を見ていて。

「・・・・・・何やってんの?」

「まぁ、いろいろ?」

えへ、と猫を10匹くらい被って笑いかけると、あからさまにため息を付かれた。

「ねぇねぇ、そういえばクレオさんってフリックさんと知り合いなんだよね?ルックくんとも知り合いっぽいけどどういう知り合いなの?」

不思議そうに首を傾げるナナミとに曖昧に笑みを浮かべて、まぁいろいろね〜とか適当に返事を返す。

「ふ〜ん。『クレオ』ねぇ・・・」

意味ありげに呟くルック。―――っていうか、私が偽名使ってる事、どうせ知ってるんでしょ!?

そんな「今まさに知りました!」的な返事返されたって、ワザとらしいし!!

・・・とは口に出しては言えない。

言ったが最後、完全にナナミたちにバラされてしまうのが目に見えてるから・・・。

「ルック、ちょっと・・・」

「・・・何?」

「いいから、ちょっと来い!」

面倒臭そうに表情を歪めてるルックを無理やり引っ張って、とナナミから少し離れた場所に誘導する。―――その際、さりげなくフリックが着いてきてたのはこの際気にしない。

「・・・ルック」

「だから、何?」

こっちの言いたい事はおそらく分かってるはずなのに、わざわざ私の口から言わそうとするところが憎い。

「・・・できれば黙ってて欲しいんだけど」

「・・・何が?」

「・・・・・・・・・偽名使ってる事」

さっきよりも声のトーンを落として呟くと、ルックの表情が嫌〜な笑みに変わる。

「ふ〜ん・・・そういえば僕、欲しい本があったんだよねぇ」

うわ、こいつ人の事脅すつもりだ。

それは私に買えって言ってるのね?―――うん、分かってるけど一応念のため。

「・・・無償で人に優しくしようという気は、君にはないのかな?」

!ナナミ!良い事教えてあげようか〜?」

「ちょ!分かった、分かったから!!」

『なに〜?』と無邪気に声を上げるナナミを何とか誤魔化して。

結局私はルックに本を買ってあげるという約束を半ば強引にさせられた。

「ま、僕は君の正体がバレようがバレまいが、関係ないけど・・・」

そう思うんなら自主的に黙っててよ!

突っ込みたかったけど、これ以上反論してさらに要求が増えたら困るので、仕方ないから黙っておいた。

横でフリックが複雑そうな顔をしているのを確認して、申し訳ないような居たたまれない気持ちになる。―――けれどどちらもお互い様だと思い直して、私は何事もなくその場を颯爽と去ろうかと思った。

だってフリックだって、自分が生きてた事黙ってたんだもんね。

そこにどんな理由があるのかは解らないけど、あんな状況で別れた2人の安否を心配していた私としては、文句のひとつも言いたくなる。

だからこそ、私がこうして偽名を使って旅してる事も、文句を言われる筋合いはないはずだ。―――きっと、多分。

そう思って去ろうと思った。―――思ったけども、そう簡単にナナミややフリックが逃がしてくれる訳もなく。

どこがどう転んだのか、いつの間にか同盟軍と一緒に、グリンヒルの市長代理を務めているテレーズを救出に来たという彼らの手伝いをさせられる羽目になった。

フィッチャーとか言う男の人が用意した偽造入学書は予備が何枚かあったらしく、それを手渡されて記入事項を埋めてくれと促され、渋々渡されたペンで空白の欄を書き込んでいく。―――まぁ、その大半がでっち上げなんだけど。

なんとなく展開に流されてる気がしないでもないけど・・・まぁ、これで中に入れるっていうなら私としても損はない、かな。

「ねぇ、名前もこのままじゃダメだよね?なんか偽名つけない?」

何とかごく自然なでっち上げを作りながら空白を埋めていた私の耳に、ナナミのそんな楽しげな声が届いた。

偽名・・・偽名か。―――既に私の今使っている『クレオ』という名前さえ偽名だって言うのに、これ以上偽名の上塗りをするのか・・・。

そんなことを思っていると、不意にフリックがニヤリと笑みを浮かべた。

「じゃあ、お前はな」

サッと指を指されて告げられた名前に、思わず目を見開いて。

つーか、それ偽名じゃないから!

「それは、ちょっと・・・」

とか控えめに抗議してみると、フリックは顔に貼り付けた笑みをより一層深くして。

「いいよな、クレオ?」

クレオの部分を強調するフリックに、私は何もいえずに泣く泣く了承した。

これは結構キテるな・・・怒りモード全開って感じだ。

「じゃあ、クレオさんの偽名は『』に決まりね。後は〜・・・」

そんなに偽名をつけるのが楽しいのか、鼻歌まで歌いながら自分やの偽名を考えるナナミを横目で見ながら。

偽名が必要なのはだけなんじゃないの?とか、今さら思ってみたり。

「・・・・・・オイ」

「なんでしょう?」

ナナミたちの意識がこちらから離れたのを確認しながら、フリックが小声で話し掛けてきた。―――それに私も気付かれないように小声で返事を返して。

「・・・どういうことだ?」

「・・・・・・なにが?」

「なにがじゃねぇ。何で偽名なんか使ってるんだよ!」

何でといわれても・・・まぁ、いろいろありまして。

まさか君たちに知られたくないから偽名を使った・・・なんて、本人を前にしては言えないしね。―――いくら私でも。

「・・・いつから使ってるんだ、偽名?」

「う〜ん・・・最近だよ?」

そう最近。

ちょうどと会った頃くらいからかな〜?

「俺たちがから聞いた『旅の途中でちょこちょこ会うとっても強い女の人』って、もしかしてお前の事か?確かそいつの名前も『クレオ』って言ってたけど・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・そうなんだな?」

無言を肯定と取ったのか、フリックが盛大にため息を吐いた。

「何で偽名を使った?俺たちが近くにいるって知ってたのか?」

「・・・・・・うん、知ってた」

「・・・じゃあ、知ってて俺たちに会いに来なかったんだな?知ってて・・・俺たちに気付かれないように偽名を使ったんだな?」

責めるでもなく、咎めるでもなく。

ただ冷静に確認のための質問を繰り返すフリックに、どうしようもなく切なくなって。

会いたくなかったわけじゃないんだよ。

寧ろその反対で・・・・・・2人が生きてるって知った時、すぐにも会いたいと思った。

だけど・・・だけど。

「・・・ごめんね?」

ポツリと謝罪の言葉を漏らすと、フリックは困ったように息を吐いた。

それからポンポンと・・・まるで小さな子供をあやすように、私の頭を軽く叩く。

「まぁ・・・お前の事だから、何か理由があったんだろうさ」

その優しさが身に染みます、フリックさん。

「ま、後できっちり説明してもらうが・・・」

締めるところはきっちり締めるのか、フリック。

思わず笑みが零れて・・・―――それを見てたフリックが、さっきと同じようにもう一度私の頭をポンポンと叩く。

懐かしい、と思う。

3年前まで傍にあった気配は、今も変わらず穏やかで。

それに触れられたことに、私は妙な安らぎを得ていた。

「さてと、とりあえず記入も済ませたし・・・そろそろ行くか」

フリックの声に、全員が楽しそうに(ルック除く)頷きつつ立ち上がった。

手渡されたグリンヒルの偽造入学書。

もう既にこの出来事に完全に巻き込まれてしまった事を感じ、けれどそれが不快ではなくて・・・―――もしかしたら、これは私が望んでいた事ではないのかとさえ思う。

あれだけグダグダと悩んでいたのが、嘘みたいだ。

手の中にある入学書に視線を落として、小さく苦笑した後。

意気揚揚と歩き出す一行の後について、私もグリンヒルに向けて足を踏み出した。

 

 

さっきはどう説得しても通してくれなかった門番も、入学書を見せるとあっさり中に通してくれた。

その際、既に顔がバレている私は少しだけヒヤヒヤしたものだけど、特になにを言われるでもなく事無きを得たことにホッと息をつく。

「へぇ・・・」

グリンヒル内に入った私は、目の前に広がった景色に思わず声を漏らした。

流石にいろいろな地方の学生を受け入れている学問都市というか・・・ミューズ並みとは言わないけれど、それに負けず劣らず繁栄した街並み。

主に石を材料に建てられた家や道はすべて様式が統一されていて、まるで一枚の絵のような綺麗さがそこにはある。

まずは入学書を学園に提出しなければならないというフィッチャーの言葉に従って、一向は遠くに見えるこの街では一番大きいだろう建物に向かい歩き出した。

できればゆっくりと街の中を見て回りたいけど・・・まぁ、それは後でも良いか。

それでもやっぱり好奇心は抑えきれずに、辺りを見回しながら歩く。―――フリックによそ見してると転ぶぞ・・・なんて言われたけど。

そんなフリックの言葉を軽く流して・・・私は街の中に漂う重苦しい雰囲気に、少しだけ眉をひそめた。

みんながみんな、辛気臭い顔をしている。

そりゃあ敵国に占拠されてるんだから、明るい表情ではないとは思うけど・・・―――それにしたってこの街中を覆い尽くすような重い空気はなんなんだろう?

占拠されてるって言ったって、表向きの待遇はそれほど悪くはないし、目立ってハイランド兵が街の人を虐げているわけでもなさそうだし。

そういえば・・・グリンヒルは一体どうして落とされてしまったんだろう?

学問都市といえど、万が一に備えて兵力は蓄えているだろうし(このご時世に例え平和を信条に掲げてたとしても兵がいないなんてありえない)ついこの間までは、グリンヒルが戦いに巻き込まれそうな雰囲気はなかったし・・・。

突然舞い込んできた、グリンヒル占拠の噂。

時期を見れば、占拠されるまでにそれほど時間はかからなかったみたいな・・・・・・水面下で動きがあったのなら別だけど。

フリックなら何か知ってるだろうか?

聞いてみようかな・・・と思って、フリックに向けて口を開きかけたその時。

「ちょっと!なにすんのよ!!」

その場に女の子の怒鳴り声が響いて、私たちは反射的にそちらに視線を向けた。

そこには数人のハイランド兵と思われる男たちと、そいつらに取り囲まれている1人の女の子。―――女の子は思いっきり男たちの足を踏みつけると、不機嫌そうな顔でそっぽを向いて小さく鼻を鳴らす。

なにがあったのかは分からないけど、ずいぶんと勝気そうな子だなと思う。

もし相手の男たちが剣を抜いたら、どうするつもりなんだろう?―――見たところ、何かの達人だとも思えないし・・・。

案の定、逆上した兵士たちは腰の剣に手を伸ばして・・・・・・と彼らが剣を抜く前に、フリックが兵士の背後に剣の柄を押し当てた。

「おいおい、物騒な事するなよ」

「・・・テメェ・・・なにしやがる!」

簡単に背後を取られてしまった兵士は、フリックの気迫に動く事さえ出来ず悔しそうに表情を歪める。

そんな兵士たちを眺めていたルックが、興味なさそうに小さくため息を吐いた。

「・・・どこの世界にも、馬鹿はいるんだね」

「まぁ、ああいう輩はどんな時代にも出現するもんでしょう。・・・・・・それよりもルック、あんた今回も戦争に参加してるんだね」

兵士たちから視線を外してルックの顔を覗き込むと、彼は至極不機嫌そうな表情を浮かべていて・・・。

「仕方ないだろう。レックナート様の命令なんだから・・・」

「ふ〜ん・・・あんたも結構苦労してるのね」

「うるさいよ」

あっさりと会話を強制終了され、やっぱり不機嫌そうな顔をしているルックに小さく苦笑した後、再びフリックたちの方に視線を向けた。

そろそろ決着がついた頃だろうと思いながら見てみると、予想通り既に兵士たちはフリックに追っ払われていて。

「・・・・・・・・・」

その代わりに繰り広げられている、まるで恋愛小説のような展開に思わず絶句した。

先ほど兵士に絡まれていた少女は、助けに入ったフリックに一目ぼれしたらしく、ニコニコと笑顔を浮かべながらフリックに向かい自己紹介を始める。

なんて単純な・・・いや、でも恋とはそういう物なのか?

恋という経験をいまだしたことがない私には、よく分からないけれど・・・。

そんなことを考えていた私の耳に、あからさまなルックのため息が届いた。

「・・・どこの世界にも、馬鹿はいるんだね」

「馬鹿扱いはやめようよ、ルック。・・・・・・っていうか、もしかしてあれが『年頃の乙女』の正しい図なんじゃないの?」

ちょっと行動が行き過ぎてる感が否めない少女(ニナというらしい)に、それでも軽くフォローを入れると、ルックに疑わしげな視線を向けられた。

「もしかして、君もああいうのに憧れてるとか・・・?」

「いや、憧れてるっていうか・・・」

寧ろ私には、ああいう状況自体ありえなさそうだし・・・。

兵士が絡んできたら、誰かが助けに入ってくる前にぶっ飛ばしそうだし。

「でもまぁ、素敵な恋がしたい・・・とは、ちょっと思うかな?」

「うわっ!」

うわってなんだよ、失礼な。

私だって年頃の乙女だよ?―――って言ったら、さらに冷たい目を向けられた。

悪かったわね・・・どうせ女の子らしくないよ、私は!

 

 

名残惜しそうにフリックを見つめる女の子に別れを告げて。

ようやく辿り着いた学園は、さすが学問都市と呼ばれるに相応しい外観だった。

正面に一際大きな建物があり、そこから少し離れたところにいくつもある比較的小ぶりな建物。(それでも一般の基準からすれば立派だけど)

よくよく考えれば、私は今まで学校という物に無縁だった。

子供の頃も学校には通わず・・・―――勉強は家庭教師が家まで来てくれてたし。

だから今みたいに同じ年頃の子達とわいわい騒ぐなんて経験も、ほとんどない。

解放戦争時も、リーダーという立場からか・・・あんまりそういう機会もなく。

そこまで考えて・・・―――今の状態が楽しくて、少しだけくすぐったい。

めったに出来ない経験を今させてもらってると思うと、こうしてフリックたちに会えた事に感謝の念すら湧き出てくるから人って不思議だ。

入学書を提出するために建物に入り、すぐ正面にある受付に向かう。

そこにいた綺麗な女の人に入学書を提出して・・・・・・なんかいろいろ質問されたけど、その辺はフリックが上手く誤魔化してくれたみたい。

学園内を案内してくれるというその人(エミリアさんというらしい)に付いて学園内を歩いている途中、グリンヒルには珍しい格好をした人を見かけた。

独特の雰囲気を持った・・・おそらくこの街出身ではないだろうその人は、現在行方不明中であるテレーズさんの側近をしていた人らしい。

あからさまに怪しいその人は、しかしそれに匹敵するくらい怪しい一団(私たちのこと)には目もくれずに、どこかへと去っていった。

彼ならテレーズさんの居所を知っているかもしれないと、フリックとアイコンタクトを交わす。

だってね・・・、テレーズさんがハイランドに捕まった気配は今のところないし。

この街の状態を見れば、それほど激しい戦いがあったとは思えない。

行方不明って言ったって、多分どこかに身を隠してるってところだろう。―――それなら誰か協力者が必要だし、そうするならば一番適任なのは側近である彼だ。

酷い言い方かもしれないけど、仮にもグリンヒル市長の娘である良いとこのお嬢様が、1人で生きていけるとは思えない。―――私みたいに将軍の娘に生まれて、小さい頃から武術を叩き込まれていたのならまだしも。

だからといって、そう簡単に見つけられるほどグリンヒルは狭くない事も事実。

それじゃあ、たとえば追われてる人間が隠れるにはどこが最適か?

エミリアさんに付いて、学園を案内してもらいながらぼんやりと考える。

たとえば街の中。

人を隠すには人の中が一番だ。

けれどテレーズさんは市民にも顔が知れているようだし、こっそりと隠れられる場所があるかどうかは怪しい。

協力者が多ければ多いほど居場所がバレる確率も上がる事はきっと承知済みだろうし、それならばおそらく協力者は少数だ。―――私ならそうする。

じゃあ、街に隠れている・・・という線はかなり薄いだろう。

それに人はとっさの場合、自分がよく知る場所に身を隠すだろうし。―――・・・それならば。

キョロキョロと辺りを見回す。

今はちょうど紋章学の教室の中のようで、壁際に設置された本棚には無数の紋章に関する本が収められていた。―――それに少し興味を引かれつつも、壁にかかっているなにも入っていない額に目を留めた。

「あの、エミリアさん」

「はい、なんでしょう?」

人の良さそうな笑みを浮かべながら振り返ったエミリアさんに、気になっていることを聞いてみた。

「どうしてこの額の中、空っぽなんですか?」

質問の直後、少しばかり表情を堅くしたエミリアさんを不思議に思う。

すると彼女は言いづらそうに視線を逸らして。

「この間、ハイランド軍が攻めてきたときに使いまして・・・」

なるほど。無抵抗でグリンヒルを解放したわけではないということか。

となればさらに疑問が湧きあがってくる。

それなりの兵力もあり、戦う意思もあり、そして実際に戦闘を行った様子なのにも関わらず、どうして私の耳に届いた最初の噂が『グリンヒルがハイランドと戦っている』ではなく『グリンヒルがハイランドに落とされた』だったのか?

一体なにがあったんだろう?

聞いてみたい気もしたけれど、今のエミリアさんの表情からはとても聞けずに、私はニコリと笑顔で礼を言った。

ホッとした様子のエミリアさんを目に映しながら、再び黙々と学園の説明を聞く。

その間も学園内の様子を窺うが、私の捜すめぼしいものは何もない。

う〜ん、テレーズさんが身を隠すとすれば学園内だろうと思ったのになぁ・・・。

テレーズさん自身がよく知る、そして安心できるだろう場所は学園が一番だろうと踏んだのに・・・。―――まぁこれだけ学生がたむろしてれば、そうそう隠れる場所なんてありはしないだろうけど。

たとえば・・・隠し部屋とか?

いやいや・・・協力者があれだけ目立つ格好をしていれば、いくら隠し部屋に隠れていても見つかる可能性は高いか。

受付に戻り、これで案内は終了だと締めくくるエミリアさん。

『何か質問はありませんか?』と言葉を続けられて、思わず『隠し部屋か何かはないのか?』とか聞きたい衝動に駆られたけれど、当然ながら黙っておいた。―――そんな質問するほど、私は煮詰まってない。

「・・・どう思う?」

エミリアさんが手配してくれたという寮へ向かう道すがら、隣に肩を並べたフリックにそう尋ねられて、おどけたように肩を竦めた。

「さぁ?・・・難しいね」

「・・・だな」

同じように肩を竦めるフリックに苦笑して。

テレーズさんの居場所を突き止めるには、私たちはまだグリンヒルのことについて知らない事ばかりだった。

どうしてグリンヒルが落とされたのか?

どうして街の人たちは、あれほど沈んだ表情をしているのか?

そして・・・テレーズさんはその身を隠して、これからなにをしようとしているのか?

それらがすべて分かれば、見つけられるという訳でもないだろうけれど。

それから。

再び現れたニナという少女から逃げるようにこの場を去っていくフリックを見送って、私たちは手配された寮へ向かった。

部屋はナナミたちと相部屋。

年頃の女の子と同じ部屋になるというのも初めてで、どこか落ち着かないところもあったけれど、背負っていたリュックを下ろしてベットに腰掛ける。

歩き通しで疲れていたんだろう。―――ピリカちゃんはベットに寝転がると、すぐに寝息を立て始めた。

このままでは風邪でも引きかねないと思い、毛布をかけてあげて。

まだまだ元気が溢れるナナミは、私にピリカちゃんを預けて隣の部屋のたちのところへ遊びに行った。

そして私はといえば・・・・・・とりあえず腰の剣をベットの脇において、ピリカちゃんを起こさないようにゆっくりとベットに寝転がって、テレーズさんのことを考えていた。

彼女が隠れるならば、どこだろうかと。

不思議と、ナギに調査を依頼しようという気にはならなかった。

この半ば閉鎖された空間にひっそりと身を隠している彼女を、自分自身の手で見つけたいと、そう思っていた。

それはもしかしたら、宝捜しのような気持ちだったのかもしれない。

ともかくも、この時点で私は。

自分がここに来た目的も忘れて、フリックたちのテレーズさん探しのことばかり考えていた。

これが同盟軍としての動きなのだという事さえも、頭の中から消えうせて。

私はすっかり、この状況に嵌ってしまっている。

それに私が気付くのは、もう少し後のこと・・・。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ついにフリックと再会。

なかなか逆ハーにならないのは気のせいということで・・・。(そしてビクトール前提であるにも関わらず、彼が出てこないのも気のせいということで。←オイ)

話には出てきませんが、ルックとはレックナートを経由してたま〜に会ってたりします。

作成日 2004.4.9

更新日 2008.4.4

 

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