目に見えないモノを、人は恐れる。

その向こうにある真実を、人は見つけられるだろうか?

 

ゴーストバスター

 

「・・・散歩するオバケ?」

「そうっ!!」

目の前で拳を握り力説するナナミに、私はどう反応を返せばいいのか困り果てた。

ニューリーフ学園に仮入学した私は、テレーズさんの行方を捜す事に夢中になっていた。

別々に探したほうが効率が良いとナナミを説得して、1人で学園内をぶらぶらと歩く。

ナナミたちは街の方へ。―――別に一緒に行っても支障はなかったんだけど、何となくあの団体と一緒にいることに気が引けて。

めぼしい場所を捜したにも関わらず、大した成果を得られなかった私は、夕刻になりひとまず寮へと戻ってきた。

そしてナナミに言われたのだ。―――この寮に『散歩するオバケ』が出るという話を。

「う〜ん・・・」

誤魔化すように小さく唸って。

けれども私は、実際問題オバケの存在など信じてはいなかった。

別にいない・・・と断言するわけではない。

ただ私は見たことがないから信じない。―――それは私の考えであって、それを人に押し付けるつもりは毛頭ない。

見たことがあるという人は本当に見たことがあるのだろうし、それはそれ。―――その人にとってはそれが真実なのだ。

けれども・・・だからといってこうしてオバケの存在を告げられたからといって、だからどうなのか?って言うのが私の心境だ。

それに・・・。

「ね!どう思う??いると思う・・・オバケ・・・」

不安そうに尋ねてくるナナミに、安心させるようにやんわりと微笑んで。

「大丈夫よ、ナナミ。それってただの噂なんでしょう?」

言い聞かせるように話すと、「それはそうだけど・・・」と口ごもりながらも小さく頷いた。

学校にオバケが出る・・・なんて、実にありがちな話だ。

怖がるくせにどうしてこういう手の話が好きなのか?―――私にはよく理解できないけれど、もしかしたら人はちょっとした刺激を求めているだけなのかもしれないと思う。

平凡な毎日に飽きてしまう。―――その平凡こそが幸せなのだということを、その中にいる人たちには分からないのだろうけれど・・・しかしだからこそ少しの刺激を求めて、怖い話をするのかもしれない。

怖がるナナミに安心させようとして、『本当に怖いのは生きている人間の方よ』と言おうとしてやめた。

本当に怖がらせても、仕方がない。

未だに渋るナナミを宥めて、夕食を取りに食堂へ向かった。

ここの食堂で出される食事は・・・うん、まぁ結構おいしい方かな?

グレミオの手料理に慣れている舌には少し物足りないところもあるけれど、一般的に見ればこれは上等の部類に入る。―――下手な高級宿よりも、いい味を出していた。

まぁ私の料理評論はどうでも良いんだけど・・・。

食事を終えて部屋に戻ってからも、まだぶつぶつと『散歩するオバケ』について話しつつ怯えているナナミに呆れつつも、その噂がどこからどうやって・・・そしてどういう理由で流れ始めたのか?―――それについては興味があるなと漠然と思った。

 

 

ニューリーフ学園体験入学3日目。

やっぱり私は1人で学園内を彷徨い歩いていた。

だってどうしてもテレーズさんが街の方に身を隠してるとは思えなかったし・・・。

昨日たちから聞いた話で、ハイランド軍占拠後、一見それほど変わっていないように見える街の様子に、しかしやっぱりそれなりの暴挙はあるんだと知った。

行方をくらませたテレーズ捜索のため、彼女を匿っていると通報のあった宿屋にハイランド兵が火をつけようとしたらしい。―――すったもんだの末、どこからともなく現れたテレーズの側近・シンによってそれは食い止められたらしいが、街には不穏な空気がさらに広まったという。

それはそうだろう。

ハイランド兵に通報した誰かが、街の中にいるんだから。

疑心暗鬼。―――今自分の傍にいる人間が、この街を売ったのかもしれないという疑念。

直接手を下さなくても、グリンヒルは勝手に崩壊していく。

ハイランドに付いた軍師は、どうやらすこぶるやり手のようだ。―――この件に関して言えば、マッシュと比べても遜色ないかもしれない。

「・・・・・・っと?」

考え事をしながら歩いていたせいか、目の前に壁があることに気付いて立ち止まる。

どうやらここは行き止まりのようだ。―――そう考えて踵を返したその時。

ふと、思う・・・何となく感じる違和感。

しばらくその場で考え込んで・・・それに思い当たって小さく首を傾げた。

学園の端のほうに作られたこの廊下。

ちゃんと通路になっているにも関わらず、どうして行き止まりなのか?

この先に部屋を造ろうとしてやめてしまったのだろうか?

一本道になったその廊下の突き当りには、少し薄気味悪い像がポツリと置いてあるだけ。

その像も他の場所に飾られている装飾品とは違い、ずいぶん稚拙なモノで・・・。

どうせこんなところ誰も来ないだろうからと、取りあえず置いたモノなのだろうか?

「変な造り・・・」

不思議に思いつつも、私はそう簡単に結論を出して来た道を戻る。

何となく釈然としないものもあったけれど、だからといってこれといって気になるものがあったわけでもなく。

気を取り直して、さぁ次はどこを捜そうかと思案し始めた私の耳に、妙に甲高い少女の声が響いた。

思わず声のした方を振り返れば、そこには見覚えのある女の子。

え〜っと・・・たしかニナって言ったっけ?

フリックに一目ぼれして、彼を追い掛け回している女の子。

ニナは「やっと見つけた!」と息を切らして私の元へ駆け寄ってくると、不思議に思っている私をきつく睨みつけて口を開いた。

さん・・・だったわよね?」

「う・・・うん、そうだけど?」

実名を呼ばれて驚いた。―――けれどここでは実名を名乗っているのだという事を思い出して納得する。

その実名が、ナナミたちにとっては偽名なのだけど・・・。(ややこしいなぁ、もう)

そんなどうでも良いことを考えていた私は、次の瞬間ニナが言った一言が瞬時に理解できなくて、思わずポカンと口を開いたまま固まった。

「あなた・・・フリックさんの恋人じゃないわよね?」

「・・・・・・は!?」

恋人!?・・・って誰が誰の??

からかわれているのかと思って二ナの顔を見つめ返せば、彼女は至って真剣そのものの表情で。

「・・・で?違うの?違うんでしょう!?」

さらに答えを追及してくるニナに、思わずため息を零した。

「えっと・・・なんでそういう発想に辿り着いたのかな?」

ここでキッパリ違うと言っても信じてもらえるかどうか怪しかったので、とりあえず順を追って説明してくれるように促した。

もしかして・・・フリックがニナの求愛から逃れるために、私をダシに使ったんじゃないでしょうね?―――もしそうなら、覚えてなさいよ!?

心の中で悪態を付きつつも、表情には微塵もそれを出さずにニナが口を開くのを待つ。

するとニナはやっぱり私を睨みつけたまま、私に真相を追究した理由というモノを話し始めた。

「だって・・・フリックさん、言ったんだもん・・・」

「言ったって・・・なにを?」

「『好きな人がいる』って・・・」

それだけで私に食って掛かってきたわけ?

思ったことが顔に出てたんだろう。―――ニナは慌てたようにさらに言葉を放った。

「フリックさん、その好きな人は『いつも傍にいた人だ』って言ったのよ!?それってナナミちゃんかあなたしかいないじゃない!!」

その様子だと、もうナナミのところへは行ったんだな・・・。

ひっそりと突っ込んで・・・私は大げさにため息をついて見せた。

「なによ!?」

「あのね、ニナ。言っておくけど・・・フリックの好きな人は私じゃない」

「・・・え?」

ポカンと口を開いて、私の顔を凝視するニナ。―――しばらくの沈黙の後、私の意味深な言葉の意味を察したのか、ニナが不思議そうに首を傾げた。

「もしかして・・・フリックさんの好きな人、知ってるの?」

にっこり笑って頷く。

「誰!?」

「ニナの知らない人だよ」

そう返せば、プクッと頬を膨らませて私を睨みつける。

それにやっぱり笑顔を返して・・・―――するとニナはフリックの好きな人が誰なのか・・・追及するのを諦めて、質問を変えて尋ねてくる。

「それって・・・どんな人?」

「う〜ん・・・どんな人・・・か」

今でも色褪せる事のない、彼女の姿を思い浮かべてやんわりと微笑む。

「そうだね・・・とても素敵な人だよ。綺麗で、強くて、凛とした感じの・・・」

思いつくままに彼女の印象を述べていくと、ニナは呆れたように口を開く。

「それって・・・あたしにはまんまあなたのことみたいに聞こえるんだけど?」

「ぷっ!あはははは、ありがとう。でもね?私の言うその人は、私なんかよりも数倍素敵でかっこいいんだから」

私が素敵と思っている人と同じように見てくれるのは正直嬉しかったけれど。

だけど私と彼女じゃあ、比べ物にならないから。

二ナの言葉を控えめに受け取って、否定した。

「その人・・・どこにいるの?ここにはいないんでしょう?」

「そうだね・・・ここにはいない。とっても・・・遠いところにいるから・・・」

「遠いところ?それって今はフリックさんの傍にはいないってこと?」

遠慮なく続くニナの質問に、無言のまま1つ頷いた。

もう傍にはいない。

もう二度と、触れ合う事さえ出来ない。

それでもフリックの心の中には、いつでも彼女の姿がある。

それに少し嬉しさを感じつつも、反対に寂しさも感じた。

いつまでも彼女の事を思い続けてほしいという想いと、新しい幸せを探して欲しいと想う相反する気持ち。

けれどどちらを選ぶのもフリックの自由で、私が口を出す権利なんて有りはしないから。

だから・・・例えば彼を心の底から想う誰かが、いつか彼の心を救ってくれるように。

そう思うことさえおこがましいのかもしれないけれど・・・―――彼に幸せになって欲しいと想う気持ちに偽りはないから。

目の前のこの少女が、果たしてそんな存在になり得るのか?

「ま、お手並み拝見といきましょうか」

ニナに聞こえないよう呟いて、小さく笑みを零した。

 

 

その日の夜。

既に就寝時間を過ぎ、薄暗闇に包まれた部屋の中で、私はベットに寝転がりながら今日あった出来事について思い出していた。

ニナに出くわした後、あらかじめ会う約束をしていたというフィッチャーとの待ち合わせ場所に向かう道すがら、その当人であるフィッチャーが街の人に取り囲まれているのを見つけた時の事。

スパイだと疑われて(っていうか本当にスパイなんだけど)袋叩きに遭いかけていた彼。

いつの時代もスパイがそうだとバレた時の待遇は変わらないのだから、それに関して私は特になにを思ったわけでもないんだけど・・・。

私は彼がスパイだと疑われたという理由に、少しばかり引っかかった。

街の人が言った『ミューズなまりがある』という言葉。

どうしてミューズの人間がスパイだと、彼らは思ったんだろう?

既に落とされた街とはいえ、ミューズはグリンヒルと友好関係にある。

同盟を結んでいるのだし、例えミューズの人間がこの街にいたとしても何らおかしいことはないんじゃないか?

なのに彼らは、ミューズを・・・ミューズの人間を敵と見ている節があるように感じた。

それと・・・フリックに助けられて難を逃れたフィッチャーが伝えた情報。

『2・3日中に、グリンヒルを落とした指揮官がこの街に戻ってくる』と。

面倒臭い事になった。―――指揮官がいる中じゃあ、めったな事は出来ない。

指揮官が戻ってくる前に、何とか片を付けたいところだけど・・・。

気になる事が多すぎて眠れなくなった私の耳に、不意にギシッという物音が聞こえた。

そしてその直後、隣のベットで眠っていたはずのナナミが勢い良く飛び起きた。

「なになに!?今の音!!」

寝ていたと思ってたのに・・・実は起きてたんだね?

「もしかして・・・・・・『散歩するオバケ』!?」

私のベットにもぐりこんで震えるナナミを抱きしめて、落ち着くように背中を撫でてやる。

しばらくして少し落ち着いたのを感じ取ると、ゆっくりと身を起こしてベットの下で揃えておいたブーツを履いて立ち上がった。

「なに!?ど・・・どこ行くの?」

「ちょっと見てくる」

ベットの傍に立てかけておいた剣を腰に差して、不安そうなナナミに微笑みかける。

「あ、危ないよ!呪われちゃう!!」

「呪われたりしないって・・・」

面白い発想に思わず笑うと、ナナミは少しだけ不満気な様子を見せた。

「ほら・・・泥棒かもしれないし・・・」

ドアに近づいて外の様子を窺う私に、しかしナナミはすがるように抱きついてくる。

「や・・・ヤダ、行かないでよ・・・」

腰に抱きつくナナミに困り果てて。

それなら私が戻るまで、たちの部屋にいればいいと勧める。

未だに渋るナナミを連れて廊下に出る。―――未だに響く微かな軋みに、早くその場に行きたいと少しばかり焦った。

だってあれは、オバケなんかじゃない。

その確信が、私には確かにあった。

床の軋み具合。―――オバケに足がないなんて言葉を信じてるわけじゃないけれど、あれは確かに人が歩く音だ。

しかも足音を忍ばせて・・・。

こんな夜中に、寮内を歩き回るなんて・・・一体誰なのか?

『散歩するオバケ』の噂がいつから流れ始めたものなのか・・・さりげなく寮生に聞いた所、その噂の発生時期がちょうどテレーズさんが行方をくらませた時期と一致していて。

もしかしたら・・・と思ってたんだ。

一度や二度なら寮生の誰かという可能性も有り得るけれど、それが頻繁に聞こえてくるのなら、それは誰かが意図的に寮内を歩き回っていると考える方がしっくり来る。

テレーズさんか・・・、それとも側近であるシンか。

ナナミを預けに行ったの部屋で・・・―――しかし彼らも『散歩するオバケ』に興味を持ったのか、ついてくると言い出して。

結局と、チャコというウィングボードの少年が私の後に続く。

そしてその後ろに、が行くのならあたしも!と言い出した、怯えて腰が引けているナナミと、好奇心に満ちた表情のピリカちゃん。

この人数を私1人で相手にするには限度があるので、渋るルックを無理やり引き連れて。

かくして怪しいことこの上ない、かつメチャクチャ目立つ一団は、『散歩するオバケ』の真相を突き止めるべく、軋む足音を追った。

 

 

「あれ?どこに行ったんだろう?」

散々寮内中を引きずりまわされて、最後に飛び込んだ倉庫のような部屋で。

しかし確かに怪しい影が入ったところを目撃したというのに、その倉庫の中には人の気配は微塵もなかった。

上手く逃げられちゃったかな?

まぁ、相手が私たちに気付かないはずないんだけど・・・。

何せこれだけの大人数だ。―――相手がいくら鈍くても、付けられている事ぐらい察することができるだろう。

「えー!やっぱり本物のオバケ・・・?」

さらに怯えるナナミをそのままに、私はぐるりと倉庫の中を見回した。

残念ながら、あれだけはっきりと人影を見た後にいくら忽然と姿を消されたとはいえ、それがオバケだったなんて結論を出せるわけがない。

あれは確実に人だった。

そしてここに入ったのは間違いない。―――ならばまだここにいるか、それともこの部屋自体に何か細工があるか・・・そのどちらかだ。

置かれてる木箱は、手をつけられた形跡などない。

そもそもそれほど数が置かれているわけでもなく、だから死角もあまりない。

この部屋に隠れるには、少し無理がある。

だとすれば・・・どこかに細工があるはずだ。

怪しい人影が倉庫内に入った後、私たちがここに飛び込んできたタイム差はそれほどなかったから、そんなにややこしい細工じゃないとは思うんだけど・・・。

念入りに辺りを見回して・・・・・・あった、怪しいモノが。

倉庫内をうっすらと照らすランプの中で、1つだけ明かりが灯っていないモノがある。

それに手を伸ばして・・・グイっと勢い良く引っ張ると、小さな物音をたてて壁にぽっかりと穴が開いた。

「うわっ!」

突然のことで声を上げるに笑みを送って、その穴から中を覗いてみる。

倉庫内よりもさらに薄暗いそこには、どこかへと伸びる長い通路。

「・・・ビンゴ!」

ニヤリと口角を上げれば、ナナミはいつも通りの元気を取り戻して。

オバケじゃないと分かれば、彼女にとって問題はないらしい。

目で確認しあい、私を先頭に薄暗い通路へ足を踏み入れた。

延々と伸びる通路。―――どこに向かっているのか、暗くくねくね曲がっている中では判断が付きかねる。

それでもしばらく歩き続けるとうっすらとした明かりが見えて、そこを出てみれば。

「ここって・・・」

「うん、学園内だね・・・」

見覚えのあるそこに、しっかりと頷く。

やっぱり・・・こんな隠し通路があるということは、少なからずテレーズさんとつながりがあるに違いない。

再び影を見つけて・・・―――しかし動く気配のないその影に、たちはお互いの顔を見交わせて1つ頷く。

彼らがなにを考えているのかを察し、止めようか否か迷っている隙に彼らは躊躇う事無く影に向かい飛び掛った。

「捕まえた!!」

「よくも脅かしてくれたわね!?」

「観念しろ!!」

声と共に押し倒されるその影。―――しかしチラリと見えた特徴ある姿に、私は思わず声を上げた。

「フリック!?」

「「「えぇ!?」」」

私の声に・ナナミ・チャコの3人は、慌てて影の上から退いて。

それを他人事のように見ていたルックが、呆れたようにため息を零した。

そこにいたのは、夕方ぶりに会う仲間の姿で。

すっかり3人に押しつぶされて苦い表情を浮かべているフリックに、私は心の中でひっそりと手を合わせた。

 

 

フリックの話によると、どうやら彼はシンを追いかけていたようで。

寮内に忍び込んだ彼の後を付け・・・こういう結果になったらしい。

「・・・それで、シンは?」

「ああ・・・この先にいる」

目で示された暗い通路の先。―――お互いに顔を見合わせて、心の準備を整えてから一斉に角を曲がった。

「・・・あれ?」

しかしそこにはシンの姿はなく・・・というか、人の影さえない。

「本当にここに逃げてきたわけ?」

冷たい視線を向けるルックに、フリックは憮然とした表情でしっかりと頷いた。

そこで私は、あることを思い出した。

ここの通路は、私が昼間来た所だ。―――『変な造り』だと判断したこの場所。

「もしかして・・・ここにも隠し通路があるんじゃない?」

そう告げるに、私も同意するように頷く。

どうして昼間来た時に、そう思わなかったのか?

込み上げてくる悔しい思いを打ち消すように、隠し通路を開くスイッチを見つけようと、全員が壁やら床やらを調べ始めた。

そんな中、1人ぼんやりと佇むルックに視線を向けて。

「ほら、ルックも探してよ」

「ヤダね。面倒臭い」

にべもなく返された言葉に、思わず苦笑する。

「折角なんだし、楽しもうよ・・・ルック」

「別に来たくて来たわけじゃないし」

そりゃ、そうだろうけど。

寝起きですっかり機嫌を損ねてしまっているルックに、おどけたように笑いかけて。

「ルック、学校に行った経験は?」

「そんなのあるわけないだろう?」

まぁ、そうだろうと思ったけど。

というか、ルックにとってはレックナートが先生なんだもんね。―――なにを教えてもらってるのか疑問だけど。

「実はさ、私もないんだよね。学校に行った事」

「・・・だから?」

「いい機会だと思わない?これから学校に行く事なんて、きっともうないよ?」

畳み掛けるようにそう言えば、ルックは一瞬だけど口をつぐんで。

すぐ後に「別に行きたいとは思わないけど・・・」と口にしつつも、渋々といった感じで壁に向かって隠し通路がないかを調べ始めた。

案外素直なルックを微笑ましく思いながら、私も調査を再開する。

絶対にどこかにスイッチがあるはずなんだ。―――どこかに。

壁を叩いてみたり、埃を払ってみたり、いろんな事を試していると。

「・・・あ」

ポツリと呟くの声と共に、正面の壁がぽっかりと口を開けた。

どうやらあの薄気味悪い像のどこかにスイッチがあったらしく・・・―――あんまりにもありがちだから違うだろうと思ってたんだけど・・・。

ともかくもスイッチを見つけたに賛辞を送りつつ、開けた穴から外に出た。

そこは建物ではなく、ちょうど学園の裏の辺りのようで。

続く道の先は、深い森が口を開けている。

夜の森ほど薄気味悪いモノはないのだけども・・・。

そんなことも言ってられないと、一行は躊躇いつつも森の中に足を踏み入れた。

そういえば・・・。

ふと気になって、隣を歩くフリックに視線を向ける。

「そういえば聞いてなかったけど、テレーズさんを見つけてどうするの?」

「どうするって・・・連れて行くんだよ」

「それって無理やりにでも?」

「人聞き悪いこと言うなよ。同意の上で、だ」

表情を曇らせながら言うフリックに、しかし私はそう上手くいくものかと疑問を覚えた。

同盟軍に協力する気があるなら、もうとっくにコンタクトを取っているんじゃないか?

テレーズさんは聡明な人だと聞いている。―――そんな彼女が街の人にも内緒で身を隠しているには理由があるんじゃないか、と。

そこまで考えた時、森の木々の間から木で出来た古い小屋が見えて。

そしてその前に立つ、1人の男。

「悪いが・・・ここから先、通すわけにはいかん」

その態度こそが、テレーズさんがここにいると証明している。

「俺たちはテレーズに危害を加えるつもりはない。話を聞いてくれ」

「お嬢様は今、誰と話すつもりもない。帰ってくれ」

なんとか説得しようと試みるフリックに、しかしシンはキッパリと言い放つ。

「そうはいか・・・!!」

さらに言葉を続けようとしたフリックが、ピタリと動きを止めた。

シンが、己の剣を抜いていた。

それに合わせて、戸惑いを含みつつフリックも己の剣に手をかける。

一触即発の気配に、私自身も腰の剣に手を伸ばしかけたその時。

「やめてください、シン!」

夜の冷たい空気の中、自身の声も震わせて・・・1人の女性が姿を現した。

「・・・お嬢様」

「もうやめてください、シン。もう・・・誰かが傷つくのを見たくはありません」

その言葉に、自分自身の声が重なる。

『もう誰も、傷つくところを見たくない』

ゆっくりと剣に伸ばしかけた手を下ろす。

「・・・テレーズさん?」

私の声に、その女性は儚げな様子で・・・しかししっかりと私の目を見返した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ようやくテレーズが登場!(最後だけ)

かなりすっ飛ばし。でもフリック語りのところはしっかりと(笑)

作成日 2004.4.10

更新日 2008.4.19

 

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