深い森の中、周囲から見えない・・・―――まるで隠れるように建つ一軒の家があった。

木で作られたその家は、見た目は至極簡素だがしっかりとした作りをしている。

月も空高く上り、虫の声しか聞こえないほどの真夜中にも関わらず、その家の一室にほのかな明かりが灯っていた。

 

真夜中の訪問者

 

その夜、はどうしても寝付けず、窓枠に朴杖をつきながら変わり映えのない森をなんとはなしに眺めていた。

この森に家を建てて早数年。―――この家を尋ねてくるものは少ない。

もちろんそれが狙いでこの場所を選んだのだが、それでも人との関わりがないというのは少し淋しい気持ちにもなった。

1人でないのがせめてもの救いか・・・と、自分に言い聞かせるように思う。

この家には今、の他に3人の人間と一匹の銀狼がいる。

1人は子供の頃から自分の面倒を見てくれたグレミオ。

後の2人は昔からの信頼の置ける仲間、ビクトールとフリック。

そして一応一般的にはペットという部類に属するが、明らかにそうではない銀狼・ルカ。

いろいろな事があったが、結局この3人と一匹はと一緒にいることを選んでくれた。

それを嬉しく思いつつも、こんな生活につき合わせてしまったという罪悪感があるのも確かだった。

=マクドール。―――それが少女の名前だ。

ある国では、彼女の名前を知らないものはいない。

今から20年程前、彼女は運命に導かれるように兵を率いて国を相手に戦った。

否。―――もしそれが運命だとしても、彼女は自分自身でそれを決めたのだ。

彼女が率いる解放軍は、長い戦いの末にようやく勝利し、今では平和で豊かな国を取り戻しつつある。

しかしその代償・・・―――と言うのも変だが、その戦いの末に彼女が手に入れたものは、栄光でも名誉でもない。

大勢の人の命を奪ったという事実と、失った大切な人たち。

そして彼女の右手に宿る、27の真の紋章『ソウル・イーター』。

その真の紋章が宿っているために、彼女はここでの生活を余儀なくされたと言ってもいい。

人の手に余るほどの強大な力を秘め、持ち主に不老の力を与える真の紋章を狙うものは少なくない。

その最たる者が、北の地に存在する大国『ハルモニア神聖国』である。

彼らの目から逃れるため、そして老いない身体であるがために、人の目に触れない場所で生活するしかない。

それは十分過ぎるほど分かっている。

しかし時の流れを生きる者と、時の止まってしまった自分をふと再確認する時がある。

そんな時は必ず、昔のことを夢に見るのだ。

するとどうしても眠れなくなってしまう。

それは珍しいことではないため、こうなってしまうとどうあっても眠れないという事を嫌というほど分かっているは、眠る事を諦めてこうして外を眺めるのだ。

何の変わり映えもしない森だが、だからこそ長い時間眺めている事が出来る。

特徴的な何かがあっては、すぐに飽きてしまうだろう。

その夜もいつもと同じように時間を過ごしていたは、ふと異変を感じて部屋の中へと視線を戻した。

部屋の中央に、手の拳ほどの大きさの光の玉が浮いている。

正確に言うとそれは光の玉ではない。―――光の塊だ。

それは眩しいくらいの光を放ち、徐々に大きさを増してくる。

瞬間、目を開けていられないほどの光が部屋中に満ち、はそれに合わせるように目を閉じた。

一時の後、光が止んだ事を確認してから目を開くと、の目に部屋の中央で静かに佇む1人の女性の姿が映る。

幻想的な衣装に身を包んだ美しい女性。―――その落ち着いた佇まいに、は懐かしさを覚え、やんわりと声をかけた。

「久しぶりだね、レックナート」

 

 

突然の訪問者に、は嫌な顔1つせずに席を勧めた。

暖かい紅茶を淹れ、それを出してから向かい合うように座る。

普通ならば眠っているであろう時間にレックナートが来るのは、実は珍しい事ではない。

寧ろ、陽が登っている明るい時間に彼女と会ったことはめったにないほどだ。

実際、寝ているところを起こされる事も少なくなかった。

とレックナートの関係は、簡単に言えば友人。

20年ほど前にあった『門の紋章戦争』で知り合ったのがキッカケで、彼女自身『門の紋章』という真の紋章を宿している。

それ以来2人は、時の流れが関係のない友人であり、また長い孤独を分かち合える存在でもあった。

彼女はいつも突然現れては、とりとめのない世間話をして帰る。

眠れない今日には打ってつけの客だと、少し頬が緩むのを感じた。

「・・・最近会いに来てくれないから、どうしたのかと思ってたよ」

淹れたての紅茶を口に含みながらそう笑いかけるが、レックナートはただ俯いたままで何も言葉を発しない。

どうしたのだろうか?

不思議に思い顔を覗き込むと、予想以上に硬い表情をしているのが分かった。

もしかして何かあったのだろうか?―――と不安が胸を過ぎる。

するとレックナートは意を決したように顔を上げ、ポツリとその言葉を吐いた。

「・・・ルックを、止めてください」

「・・・は?」

いきなりのその言葉に、訳がわからず間の抜けた声を発する。

ルックというのは、彼女の弟子でありの友人でもある。

そしてルックも2人と同じように、真の紋章を宿していた。

「あの子は、とうとう自分の道を決めてしまいました。それは混沌と絶望を生むでしょう。しかし・・・私にはあの子を止める力さえもありません」

苦しそうに表情をゆがめるレックナートの言葉に、ただ耳を傾けた。

彼女の話によると、ルックは自分の身に宿る真の紋章『真なる風の紋章』を破壊するという結論を出したという。

それによって、真の紋章によってもたらされるであろう未来を救い、そして真の紋章に囚われた自分の魂を救うのが目的なのだそうだ。

真の紋章によってもたらされる未来。―――それは真の紋章を宿してまだ20年ほどしか経っていないにも『ソウル・イーター』を介して見ることが出来た。

音もなく、色もなく、人の命の息吹が感じられない完全な無の世界。

それはとても悲しく、そして何よりも滑稽に見えた。

ルックがその未来を変えたいと思っていることはも知っていた。―――そして自身も、出来る事なら変えたいと思っている。

しかしルックのやろうとしていることに賛同は出来ない。

彼の計画が成されれば、たくさんの命が失われる事になるだろう。

それは彼女の生まれ故郷であるトラン共和国も、そして沢山の大切な人が住むデュナン国も例外ではない。

なにより、ルック自身に『死』という安息を選んでほしくなかった。

永遠に生き続けることは、それを望むものが考えるほど幸せな事ではない。

多くの悲しみと孤独・苦痛が常に付きまとう。―――しかしそれ故に、多くの幸せな事もあると、は信じていた。

ルックの生い立ちは常に悲しみや苦痛を伴っていたのだろう。

だからこそ、生き続けて幸せを感じてほしいとも思う。

「私にはあの子を止めることは出来ません。説得する事も、押さえ込む事も。私の未完全な紋章では、あの子の力には敵わないのです」

カチャリ、とカップが小さな音を立てた。

は何も言わない。―――まるで部屋を押し潰すような重い沈黙が、彼女たちを包んだ。

それを払いのけるように小さくため息をついて。

「私は、私の思いのままに。・・・ルックに生きていてほしいと思うから」

搾り出すような声でそれだけを告げると、レックナートは安堵したように今日初めての微笑みをに向けた。

そう、生きていてほしいと思う。

それが彼の為になるかは分からないけれど。

そう心の中で繰り返しながら、もう冷めてしまった紅茶を飲み干す。

すでに夜は過ぎ、うっすらとした光が森を照らし始めていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

幻想水滸伝3の連載スタートです。

シリアスベースに、でも要所要所にギャグを取り入れつつ頑張っていきたいと思っていますので、どうぞお付き合いくださいませ。

更新日 2008.12.7

 

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