ハルモニア派とグラスランド派に分かれ、見えない未来を迷走するルビーク。

切り立った崖の上から飛び立つ幾数の虫たちを瞳に映し、はゆっくりと肺の中にたまった空気を吐き出した。

あの虫たちの行く先は?

これから一体、何が起こる?

どうすれば、誰も傷つかずにすむだろう。

どうすれば・・・・・・彼を止める事が出来るだろうか?

虫たちの作り出す荒い風に身を任せ、舞い上がる髪を鬱陶しそうにかきあげながら、は飛び去る虫たちに背を向けた。

 

光るの中

 

「炎の英雄の祭壇?」

「ああ、そういうのがあるらしいぜ?」

別行動を取っていたエースたちと合流したたちは、村のイクという少女から聞いたという『炎の英雄の祭壇』の話を聞き、顔を見合わせた。

「怪しいと思わないか?」

「・・・・・・思う」

エースが何かを含むようにそう言うと、も同じように笑みを浮かべる。

怪しい。―――炎の英雄を追ってきたこの地で、彼を祭っている祭壇があるという。

展開に都合が良すぎるといえばそれまでだが。

はチラリとゲドの顔を盗み見た。―――彼がカレリアで手に入れた情報とは、このことなのだろうか?

「それはそうと、これからどうする?どうやらあの神官将たちもそれが目当ての様だぞ?」

先ほど仮面の神官将たちの動向を探りに行っていたジョーカーが、ゲドに向かいそう尋ねる。

いつの間にそんな事をしていたのか・・・―――流石に仕事が早いと、が思わず感心してしまうほどだ。

これからの行動の決定権を持つゲドは、12小隊の面々(一部例外あり)をゆっくりと見回して。

「もちろん、俺たちも行こう」

その言葉に反対するものはいない。

良くも悪くも、ここには血の気の多い好奇心旺盛な者たちばかりだからだ。

「・・・・・・ところで」

そうと決まれば早速ということで、イクに書いてもらった地図を片手に出発したゲドたち一行。―――『炎の英雄の祭壇』があるとされるセナイ山に向けて歩く道すがら、エースは遠慮がちに口を開いた。

いつでもどんな状況でも、彼がこんな風に遠慮がちな事はめったにない。―――同じ12小隊の面々は、何事か!?とお互い顔を見合わせる。

そんな雰囲気など一向に気にした様子もなく、エースはの隣に立つ明るい髪の少年に視線を向けてポツリと呟いた。

「・・・そいつ、誰?」

 

 

『先にセナイ山に行き仮面の神官将を待ち伏せしよう計画』を実行するため、休憩らしい休憩を入れず散々歩き続けた末にようやく見えてきたセナイ山入り口に、一行はホッと安堵の息をついた。

一行がルビークを出た時にはまだ、仮面の神官将は正規軍を指揮していたし、おそらくは先を越されている事はないだろう。

、大丈夫か?」

右隣を歩いていたジャックが、心持ち心配そうにに声をかけた。

ここまでの強行軍は、普通の女の子ならば到底平気でいられるものではない。―――にしてみればこういったことは今までに幾度とあったし、まぁ・・・慣れているといえば少し微妙に込み上げてくるものもあるが。

ともかく全く平気・・・というわけではないが、動けないほどへばるという事もない。

ジャックはが『トランの英雄』だということを知っている数少ない人物の1人であるが、彼女がそう呼ばれる人間だと分かっていても心配になるらしい。

「大丈夫。心配してくれてありがとう」

守られるだけの立場・・・というのはにとっては決して望ましいものではないが、こういう風に気にかけてくれるというのは案外嬉しいもので、はジャックににっこりと微笑みかけた。

「・・・おい、

ニコニコと笑顔を浮かべながらジャックと軽い会話を楽しんでいたの耳に、不機嫌そうな低い声が響く。―――不機嫌そうな・・・というよりは呆れたと言った方が近いだろうか?

声の主は捜さなくともわかる。

聞きなれたその声は、十何年も一緒に旅をしてきた仲間の背中からいつも聞こえてきていたものだったから。

「なに?どうかした、星辰剣?」

「どうかした・・・というかな。こいつを何とかしろ」

星辰剣には手も足もないので、彼がいう言葉はもちろん目に見える形で分かりはしないのだけれど・・・―――それでも長年の付き合いというか、はたまた彼が口にした『こいつ』というのがどこか親しげな音を含ませていたからか、は星辰剣が示したそのままにエッジに視線を向けた。

「・・・なにかな、その目は?」

向けられる視線に、は思わず呆れたように呟いた。

がエッジに視線を向ける前から、彼はを見ていた。

どことなく責めるような、何かを訴えるような・・・―――心なしかジャックに向けて、あまり友好的とはいえない雰囲気もある。

「・・・別に」

「いや、否定されてもそんなあからさまじゃ・・・」

目は口ほどに物を言う・・・とは、よく言ったものだ。

しかし彼にそんな視線を向けられる覚えのないは、訳もわからず助けを求めるように星辰剣に視線を向けた。

すると星辰剣は何がおかしいのか、クツクツと笑みを零し。

「こいつはな。お前がそっちの子供ばかり構っているのが気に食わんのだ」

「・・・星辰剣」

「なんだ?何か間違っているか?」

からかうような口調にエッジは背中の剣を睨みつけるが、もちろんそんな事気にもせず星辰剣はなおも笑う。

「なんだぁ?お前に惚れてんのか?」

いつの間に聞いていたのか、エースが会話に乱入してきた。

「ち、違う!」

「なぁ〜に?あっやしぃ〜!!」

顔をかすかに赤く染め、いつもの様子とは打って変わって子供らしいそぶりを見せるエッジに、は思わず顔を綻ばせる。

最初こそよそよそしかったエースとエッジだが、エースの人なつこさがそうさせるのかいつの間にか馴染んでいる。

『・・・そいつ、誰?』

そうエースに聞かれたときには、正直どう説明したものかと迷ったものだ。

当たり前の顔で当たり前のようについてくるエッジは、もちろんわざわざ説明する気もないようで。

悩んだ末に、はエッジの事を『はぐれた旅の仲間の1人』だと説明しておいた。

本当はもちろん違うのだが、説明するとなれば少々ややこしい。―――というか、かなり話を遡らなければならない為、本音を言えば面倒臭いのだ。

ともかく、エースたちも『はぐれた旅の仲間の1人』という言葉に疑問をもった様子はないし、まぁ機会があれば・・・おいおい説明すればいいかとは思う。

「おい、そろそろ行くぞ」

未だにギャーギャーと騒ぐエースとエッジを呆れた様子で眺めていたゲドは、収拾がつかなくなってきたと判断したのか、そう切り出すと1人でさっさとセナイ山の洞窟へ入っていった。

「ちょ!ちょっと待ってくださいよ、大将!!」

置いていかれてはかなわないと、エースはエッジをからかうのをやめて慌てて後を追う。

それを苦笑気味に見守っていたは、隣で未だ顔を赤くし憮然とした表情をしているエッジに向かい微笑みかけた。

「私たちも行こう。ね、エッジ」

「・・・ああ」

コクリと小さく頷くエッジと共に、先を歩くゲドを追いかける。

エッジとジャックに挟まれる形で歩くは、「私って子供に好かれる性質だったのね」と呑気にもそんな事を考えていた。

セナイ山の洞窟は、お世辞にも良い場所とは言えない所だった。

ここは人の手によって作られた洞窟なのだろうか?

それとも自然に出来たものなのだろうか?―――剥き出しの岩肌は所々尖った場所があり、通るのに苦労する場所も多くあった。

この洞窟の中で人の手が加えられているだろうと思われるのは、ルビークの村同様掛けられたつり橋だけで、一歩間違えれば底の見えない暗い谷底にまっさかさま・・・といった恐怖をお手軽に味わえる。

光源といえば所々に灯されたたいまつの光だけで、天井の高いその空間ではかなり心もとない。

「こんなところに、祭壇なんてあるんですかねぇ・・・」

誰もが思っているのにあえて言わなかったことを、エースがあっさりと口にした。

会った雰囲気から言って、イクが嘘をつくような人間だとは思えないが、それでもこんな寂しい場所にそんなものがあるのか・・・正直不安なところである。

そもそも『炎の英雄の祭壇』というものがどういう物なのか、それさえもはっきりと分かっていないのである。

ただ、炎の英雄を祭ってある・・・としか聞いていない。

祭壇があるからといって、炎の英雄がそこにいるとは限らないし・・・―――というかいない確率の方が断然高いし、その祭壇に炎の英雄の居場所が記してあるとも思えない。

わざわざ確認しに行く必要がないとも思えたが、それでもそこに行くのはそれ以外に情報がないからに他ならない。

せめて少しだけでもいいから、何か手がかりが残っているのを願うのみである。

「・・・ん?」

暗い洞窟をひたすら歩く・・・といった行いにテンションも下がり、ほとんど無言で足を進めていた一行は、ふと立ち止まったエースに気付き振り返った。

「どうしたんだい?」

不審そうに首を傾げエースに歩み寄ったクイーンは、彼がある一点を真剣な表情で見ていることに気付き、自然とそちらに目を向けた。

「・・・なぁ、あれって」

「・・・ああ、あれは」

同意を求めるようなエースの問いかけに、クイーンも落胆したように返事を返す。

ゲド一行から少しばかり離れた場所を歩く、2つの影。

それはこの薄暗い中でも見間違える事など出来ないほど印象的な、怪しい仮面の神官将とそれに付き従うカラヤに姿を見せた謎の少女だった。

くどいようだが、ゲド一行がルビークを出たときにはまだ神官将たちは正規軍の指揮をしていた。―――ルビークからセナイ山の道は一本しかなく、もし追い抜かれたのだとしてもそれが分からないはずはない。

ということは・・・おそらくルビークの虫に乗ってここまで来たのだろう。

「先回り計画がおじゃんだな・・・」

「こっちは休憩ナシで歩き通しだってのに、あいつらは虫に乗って楽々到着か?なんて不公平な・・・」

困ったように呟くジョーカーと、神官将たちを睨みつけつらつらと文句を並べ立てるエースを見て、は小さくため息を吐いた。

もしここに炎の英雄に関する情報がないならそれで良し。―――しかし情報があるならば彼らが来る前にそれを手に入れ、出来る事なら証拠隠滅までしておきたかったところだが、それもどうやら叶わないらしい。

「それでどうするの?先回りは出来そうにないけど・・・このまま帰る?」

「・・・いや」

無表情で遠くを歩く仮面の神官将を眺めているゲドに向かい、がそう問い掛ける。

するとゲドは小さく否定の言葉を口にし、チラリと自分の腰にある剣に視線を向けた。

「なぁに、なんなら剣に訴えてもいいだろう」

「何言ってんすか!?神官将相手にそんなことして、減給じゃあ済まされないですよ!!」

あっさりととんでもない発言をぶちかましたゲドに、エースは慌てて口を開いた。

しかしゲドは考えを改めるつもりは毛頭ないようで。

「さぁな。歳のせいか、最近は物覚えが悪くてな」

全く悪びれた様子も見せず、再び神官将に視線を戻した。

つまりヤバイことになったらシラを切り通す。―――という無謀な作戦に出るという事だ。

本気でシラを切り通せると思っているのか、それはやはり無表情のゲドからは判断が出来なかったが。

ぶつぶつと文句を言うエース。―――しかし他の面々は異論はないようで、ただ楽しそうにそれを見ているだけだ。

いや、もしかしたらエースも口でいうほど反対はしていないのかもしれない。

そんな微笑ましい光景を見ていたは、ふと『今ビクトールたちはどこで何をしているのか・・・』とぼんやりと思う。―――このメンバーと一緒にいて退屈はしないし居心地も悪くはないが、にとっての旅の仲間はビクトールたちより他はなくて。

はぐれてさえいなければ、今もこの地を共に旅していたのは彼らであって。

未だ安否も行方も分からないとあっては、流石に不安になってくる。―――いくら信頼しているとはいえ、彼らはそれなりに歳を重ねているわけだし、物騒になってきたこの地で何事もなく無事でいられるという保証はどこにもないのだから。

エースが折れるという形で一応話に決着がついたのか、一行は先を歩く神官将たちに気づかれないよう慎重に再び先を急ぐ。

既にかなりの距離を歩き、そろそろ最深部に着いてもいいだろうと思った頃、ようやく人の手で作られたと思われる装飾が施された門のようなものが目に映り、一行はホッと息をついた。―――神官将たちの姿はなく、おそらく彼らはさらに奥に進んだのだろう。

ゲドたちは迷う事なく先に進もうとして・・・・・・しかしその場に響いた声に思わず足を止めた。

にも聞き覚えのある声。―――その声の主は、行く手を塞ぐ形でゲドたちの前に現れた。

「残念だが、ここから先は通行止めだ」

目の奥に挑戦的な光を宿すその男は、ニヤリと人の悪い笑みをゲドに向ける。

「ここで何をしている・・・デューク」

デュークと呼ばれた男は、以前の紋章を奪おうとした事もあり、としては今はあまり関わりたくない人物でもある。

ゲドの刺すような視線をものともせず、デュークは小さく鼻で笑った。

「俺たちは神官将殿直々に、警備隊一の腕利きを・・・と言われて依頼を受けた。ここから先は自分たち以外は誰も通すなって命令でね」

わざわざ『警備隊一の腕利き』という辺りを強調して話すデュークに、エースはからかうような笑みを浮かべた。

「はぁ?そりゃおかしいな。警備隊一を所望なら、俺たちのところに話が来るはずだぜ?」

「なんだと!?」

「なんだよ!!」

バチバチと火花を飛ばす勢いで睨み合う2人に、ゲドは小さくため息を吐いて。

「俺たちはこの先に用がある。ここを通すつもりは・・・」

「ない!」

エースとにらみ合っていたデュークは、ゲドの言葉に強い口調で答えた。

どうあっても、考えを変えるつもりはないらしい。―――ゲドは再びため息を吐いて。

「ならば悪いが、通らせてもらう。こちらにも都合があってな・・・」

「はっ!上等だ!!お前とは決着をつけなくちゃいけないと思ってたんだよ!!」

「・・・決着?」

「どちらが警備隊一かの決着だっ!!」

そう叫ぶと同時に、デュークは武器を構えてゲドに向かい駆け出し。

それを合図に、ゲド隊とデューク隊の状況を無視した戦いがスタートした。

デューク隊が合計4人なのに対し、ゲド隊は5人。

アイラも戦いに参加する気満々のようだし、数の上ではゲド隊が有利。―――実力もどちらかといえばゲド隊の方が勝っている。

は巻き添えを食らわないように少し離れたところで戦いを見守る事にした。

見守る事に・・・したのだが、どうやらそうはさせてもらえないようで、デューク隊のコボルトがゲド隊の面々に目もくれずにへ襲い掛かってきた。

「ちょっと!あんたの相手はゲドたちでしょ!?」

「お前もその仲間だろう?」

あっさりとそう返され、思わず口を噤む。―――確かに、12小隊のメンバーではないが、この先に進もうとしている事に変わりはないのだから。

「だからって何で私を狙うかな!?」

「かの有名な『トランの英雄』と手合わせできる機会など、めったにないだろう?」

あっさりと『トランの英雄』と言葉を告げられ、慌ててエースたちに視線を向けた。

どうやらあちらはあちらで忙しく、こちらの様子を気にしてはいるようだが、幸いにも会話は聞こえていないようだ。

それに安堵し・・・―――しかし一向に諦めてくれる様子を見せないコボルトに、仕方ないから少し相手をするか・・・とが腰の剣に手を伸ばしかけたその時。

「・・・退いて」

抑揚のない声が耳に届き、は瞬時に身体を横にずらしその場を離れた。

それと同時にコボルトに切りかかる影。

見慣れたそれは伝説と呼ばれるほど有名な剣で。

「エッジ・・・」

それを操る少年を不思議そうな表情で見ていると、少年はほとんど表情を変えずにチラリとに視線を送った。

「ああ、はいはい。分かったわよ・・・」

彼の目は『自分がやる』と確かにそう語っていて・・・―――見た目からは想像できないほど闘争心に溢れた少年に、は苦笑を漏らした。

ともかく戦わなくて良いのならそれに越した事はない。

それほど戦いは長引かないだろうし・・・とあっさりと心の中で決断を下し、折角なので彼らの戦う姿を見ようとゲドたちに目を向けた。

おそらくゲドたちにはデュークたちの命まで取ろうという考えはないだろうし、それが分かっているのなら戦いも幾分のんびりと観戦できるものだ。―――にとっては戦いというよりも、寧ろ試合という感が強い。

決着はの予想通り、それほど時間もかからず呆気なく終了した。

デュークたちが弱いわけではない。―――ゲドたちが強いのだ。

「すまんな、デューク。先を急いでいる・・・」

「・・・・・・くそっ!!」

剣を喉元に突きつけられ、既に反撃のチャンスがない事を察したデュークは悔しそうに言葉を吐いた。―――最も、反撃をするだけの力も残ってはいなかったが。

悔しさを隠そうともせず、仲間に支えられてその場を退いて行くデュークたちの姿を見送っていたは、ゲドの促しで再び洞窟の奥へと足を向けた。

この洞窟の奥に、あの仮面の神官将がいる。

こうして顔を合わせるのは、ルビークに入るときを合わせて2回目だ。―――カラヤに現れた謎の少女とは初めてか。

先ほどよりも格段に狭くなった薄暗い通路をひたすら進みながら、は胸の中に湧き上がってくる不安を押し隠すように右手を強く握った。

 

 

薄暗い通路を抜ければ、そこは他と変わらず剥き出しの岩に囲まれた空間があった。

他と違う所があるとすれば、それはここが最深部であるという事と、戻る道はゲドたちの背後にある通路一本だということ。―――そして奥に人の手によって作られた、この空間には不釣合いなほど精密な細工が施された立派な祭壇があった。

予想よりも数段大きなそれは、小さな家くらいの大きさがある。

頻繁に人の手が加えられているのか、目立った汚れもない。

その祭壇の前に、彼らはいた。

「神官将殿。これは『炎の運び手』とどのような関係があるのか、お教えいただけますか?」

臆することなく問い掛けるゲドに、しかし仮面の神官将は優雅ともいえる動作でゆっくりと振り返った。

その動きに驚きや戸惑いはない。

おそらくゲドたちがここにいるだろう事は承知済みだったのだろう。―――まぁ、先ほどあれだけデュークたちと派手に戦っていたのだから、当然といえば当然だけれど。

「それよりも、何故お前たちはここにいる?」

しかし仮面の神官将は、ゲドの質問には答えず逆にそう質問を返してきた。

それに対して気にした様子も見せず、ゲドははっきりと言葉を告げた。

「炎の運び手に関する手がかりを得るためです」

「ほう・・・。それで僕を付けて来たと?」

「はい」

一切を隠さず正直に言葉を告げるゲドに向き直り、神官将は小さく笑った。―――いや、笑ったように感じた。

「それほど僕が信用できないか?」

「名を明かせぬ男を、誰が信用できましょうか?」

挑戦的なその言葉に、エースたちは心中穏やかではいられなかったが、それでもそれを表情に表さなかったのは慣れというものだろうか?

状況が読めずに不思議そうな表情のアイラと、どうでも良いといった風のエッジ。

仮面の神官将の隣で、表情を硬くする謎の少女。

そして、ゲドと仮面の神官将とのやり取りを無表情で見守る

密室のような空間の中、お世辞にも少数とはいえない人数からすればおかしいほどの静けさを打ち消すように、仮面の神官将は1つため息を吐いた。

「どうしても僕が何をしているのか知りたいのか?」

「ええ、それが必要です」

はっきりと答えるゲドに、仮面の神官将が動いた。

「ならば、自らの力を持って僕に答えさせればいい。それが出来れば、の話だけれど」

仮面の神官将の言葉が終わるか終わらないかの瞬間、ゲドたちはそれぞれの武器を構え衝撃に備えた。

神官将が掲げた右手から強烈な風が巻き起こり、それは一行に容赦なく襲い掛かってくる。

目に見えない何かに押さえつけられる感覚に、重くなった身体を支えきれず成すすべもなくその場に膝をつくゲドの耳に、涼やかな声が響いた。

「・・・伏せて」

声に・・・言葉に力があるということを、その時彼らは実感した。―――誰が発した声なのか考える前に、響いた声に反応して素早く身を伏せていた。

それと同時に頭上を駆け抜けていく一陣の風。―――輝きすらも秘めたそれは、神官将の目の前で軌道を逸らすと、天井に直撃した。

パラパラと落ちてくる岩と、戒めから解き放たれ軽くなった身体。

エースが驚きの表情で背後を振り返れば、そこには左手を宙に掲げ強い眼差しで神官将を見つめているの姿が。

「・・・?」

困惑気味に名前を呼ぶエースの声は、仮面の神官将のからかうような声にかき消された。

「流石だね。僕の紋章の力に対抗するなんて・・・」

小さく笑みさえ零して傍らに立つ少女に視線を送ると、少女はコクリと1つ小さく頷く。

持っていた杖を掲げれば、2人の足元には光る魔方陣が浮かび上がり、まるで水のように波紋を描きながら2人の身体を飲み込んでいく。

「待ちなさい!!」

「残念ながら、ここには僕の求めるモノはなかったのでね。それじゃあ、また機会があれば再び・・・」

意味ありげな言葉を残し、仮面の神官将と謎の少女はその場から姿を消した。

後に残されたゲド一行は、苦々しい表情を浮かべると、やはりいつもの無表情で炎の英雄の祭壇を睨みつけるゲドとを見比べ、困惑気味に顔を見合わせた。

 

 

「そろそろ教えてくれてもいいでしょう・・・」

セナイ山を出てルビークへ戻る山道の途中、唐突に口を開いたのはエースだった。

その言葉を投げかけられた当人であるゲドは、ゆっくりとした動作で振り返る。

「・・・なにがだ?」

「なにがだ?じゃありませんよ。リザードクランの一件やさっきの神官将とのやり取り。―――大将は何か知ってるんでしょう?」

「・・・・・・」

いつになく強気なエースの言葉に、ゲドはただ沈黙を守っていた。

これ以上は黙っている事は出来ないだろうと思われる状況でも、ゲドは口を開こうとしない。―――と、エースが「それに・・・」と言葉を付け加えて、事の状況を見守るに視線を向けた。

、お前一体何者なんだ?『炎の英雄を捜してる』って言ってた時から普通の旅人じゃないだろうとは思ってたが・・・。ハルモニアの神官将の紋章攻撃を食い止めるくらい相当腕が立つようだな。それに、あの神官将とも顔見知りのようだし・・・」

まっすぐに見つめてくるエースから、は少しだけ視線を逸らした。

言われるだろうとは思っていた言葉。

けれど、言われなければいいと思っていたのも事実で。

どう説明したものか・・・とが思案し始めた時、今まで沈黙を守っていたゲドがゆっくりと口を開いた。

「確信があるわけじゃない。ただ1つ・・・すべてを繋ぐ糸がある」

「すべてを繋ぐ糸?・・・『炎の英雄』か」

ゲドの言葉を反復しそう呟くジョーカーに、ゲドは1つしっかりと頷いた。

「ああ。1人の男・・・・・・炎の英雄『ジオン』の名で呼ばれた男だ」

炎の英雄・ジオン。―――今から50年ほど昔、自らが『炎の運び手』と呼ばれるグループを率い、グラスランドに攻め入ってきたハルモニアと戦い勝利した。

グラスランドを救った英雄。

故に彼は『炎の英雄』と呼ばれる。

「でもさ、それって大昔の話だろ?」

「たしか50年ほど前の事だ。生きてるかどうかも・・・」

アイラとクイーンが、最もな意見を出した。

エルフやドワーフならばともかく、人の寿命はそれほど長くはない。

炎の英雄がハルモニアと戦ったのが何歳くらいのことなのかははっきりと分からないが、少なくとも70歳は越えているだろう。―――生きている可能性も少ない。

「いや・・・、炎の英雄はその身に真なる27の紋章の1つ、真の火の紋章を宿していた」

ゲドは小さく首を振り、アイラやクイーンの言葉を暗に否定した。

「・・・真の火の紋章?」

聞き覚えがないのか、小さく首を傾げながらそう聞き返すクイーンに、ジョーカーが丁寧に説明を始めた。

真なる27の紋章。―――持ち主に莫大な力と、不老の身体を与えるすべての紋章の基礎となるもの。

この世にあるすべての紋章は、27の真の紋章から生まれたものであるという事。

「・・・不老ねぇ」

説明を聞き終えたエースが、信じられないとばかりに呟いた。

エースだけではない。―――クイーンもアイラも、エースと同じ気持ちのようだ。

そんな中、ゲドがチラリとに視線を向け、未だぼやくエースに向かい言った。

「ハルモニアよりも遥か南にある、『トラン共和国』という国を知っているか?」

「・・・はぁ!?」

突然すぎるその質問に、エースは間の抜けた声を上げた。

「今から20年近く前、その国で大きな戦争があったことを知っているか?」

話の流れが読めず困惑を隠しきれないが、それでもゲドはその話を止める気がない事を察してエースは渋々ながらに1つ頷いた。

「知ってますよ。あれでしょ・・・門の紋章戦争。確か俺と同じ年頃の女の子が解放軍とか言うのを率いて、赤月帝国相手に戦って勝利したってやつ・・・」

「よく知っているな・・・」

「そりゃまぁ・・・俺と同じくらいの歳の、しかも女の子がリーダーだって噂で聞いて凄いなって思いましたから・・・」

その時を思い出しながら話すエースを見つめながら、チラリと目だけを自分に向けるゲドに、は嫌な予感をひしひしと感じた。

「それがどうかしたんですか?今回の事と何か関係でも?」

最もな質問に、しかしゲドは小さく首を振った。

「関係はない。しかし・・・真の紋章を宿す人間が不老であるという証拠になると思ってな」

「はっ!?証拠・・・?」

訳が分からないといった様子の一行に背を向けて、正面からに向き直ったゲドは、確認の意味をこめて言った。

「20年前、解放軍を率いていた『トランの英雄』は、その身に真の紋章を宿していたという。―――そうだな、?」

瞬間、多くの視線が自分に向くのを感じて、は深々とため息を吐いた。

あっさりとバラされてしまった。

まぁ、別に口止めをしていたわけではないのだし、少し素性を疑われていたことも事実で、正直に話してしまわなければならないか・・・と思ったのも否定できない。

けれど、一応ゲド一行はハルモニアの傭兵で、はこう見えてもハルモニアに追われる立場にある。

そんな立場にある者が、こうもあっさりとハルモニアの傭兵に正体をばらして良いものだろうか?

「・・・?本当なのかい?」

驚きに目を見開いたクイーンが、恐る恐るそう問い掛けてきたのを目に映し、は覚悟を決めて1つ確かに頷いた。

信じられないとばかりに、一同は目を見開く。

英雄と呼ばれる人物。―――何度も噂や本の中で垣間見た存在。

それが目の前にいるこの少女のことなのか?

この・・・何処にでもいそうな、少女の?

今にして思えば、そうだと思わせる部分はいくつもある。

目を逸らす事の出来ないほど強い存在感であるとか、先ほど神官将と対峙した時に聞いた反論を許さない強い声だとか。

けれどその英雄を目の当りにして・・・それが想像していた人物とは違う事に戸惑いもあった。―――決して不快な想像違いではないのだけれど。

「・・・嘘だろ。・・・ってことは、お前は俺と同じ年頃って事か?」

別の意味でショックを受けているエースを苦笑気味に見つめて、はもう一度頷いた。

「・・・この姿で30代とは・・・」

もっと違うところでショックを受けるべきだと、は思う。―――別にショックを受けて欲しいわけではないのだけれど。

「・・・分かったか?真の紋章は存在する」

「じゃあ、炎の英雄もまだ生きてるって?あの神官将の目的は炎の英雄なのかい?」

「・・・さぁな」

クイーンの質問に、しかしゲドは曖昧な言葉で答えを保留した。

新たに発覚した、思わぬ事実。―――そして未だ掴めない炎の英雄の消息と、仮面の神官将の目的。

「俺たちは、ハルモニアの為に炎の英雄を探すのか?」

ポツリと呟いたジャックに、しかしエースは重く沈んだ雰囲気を吹き飛ばすように声を上げた。

「まぁ、本隊から真の紋章の捜索の指令も出てるし、炎の英雄ごと捕まえればボーナスも期待できるじゃねぇか!俺たちはそれでいいだろう!?」

「そうだな・・・」

意気揚揚と話すエースに、いつもの調子に戻ったゲドがいつも通り読めない表情で相槌を打つ。

「それに・・・まぁ捜してる物とは違うけど、ここにも真の紋章があることだし・・・」

「っていうか、これ盗もうとしたらぶっ飛ばすわよ」

語尾にハートでもつけそうなほど可愛らしい声でそう呟くに、エースは冗談だと言い訳しつつ笑う。

「それにしても・・・まだ若いと疑いもしなかったのに、俺と同じ年頃なんて・・・。詐欺もいいところだぜ」

誰にも聞こえないようにエースがそんな事を呟いていたという事は、彼だけの秘密で。

未だ解決の糸口さえ見えず、どこへ向かうのかさえも分からない彼らは。

それでも楽しそうに笑いあいながら、山道をひたすら下って行った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

やはり戦闘シーン、ばっさりカットで。

というかデュークたちはともかく、仮面の神官将たち相手だと確実に彼らの方が不利だと思いませんか?

ゲーム内ならともかく、実際の戦いになったら神官将たちに紋章を発動させる時間なんてないだろうし。

黒ずくめの男がいるなら別ですが・・・。(笑)

作成日 2004.3.5

更新日 2010.2.28

 

 

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