つい先日までハルモニア領・ルビークにいたゲド一行は今、遠く離れた地・ゼクセン首都であるビネ・デル・ゼクセにいた。

何故再びゼクセンに戻ってきたのかと言えば、それはゲドの一言から始まった。

「・・・会いたい人間がいる」

この言葉に、は一瞬『女か?』と想像してみたが、すぐに否定した。―――ゲドに限ってこの状況でそんな事はないだろうと瞬時に予測できたからだ。

「この一連の謎を解く事が出来る人物なのか?」

そう問い掛けるジョーカーの言葉にも、ゲドはやはり沈黙を守ったまま。

具体的なことは何も話そうとしないゲドに少しばかり苛立ちを感じつつも、しかしとてそういう場合が幾度もあったことを思い出して、口にするのをやめた。

ともかくもゼクセン行きを拒否する理由もなく、かくして一行は8人という大所帯でビネ・デル・ゼクセに向かったのだ。

 

騎士団からの依頼

 

「それで、あんたの言う『会いたい人』ってのはどこで待ってるんだい?」

「いつもの宿に、知らせが来るはずだ」

街に入ってすぐそう聞いたクイーンに、ゲドはあっさりとそう答えた。

つまりは、こちらからのコンタクトは望めないということだ。

向こうが知らせを持ってくるまでは、ここにいる他ない。

する事もなく早々に宿を取ろうとするゲドとエースに、しかしはのんびりと街を見回した。

高い位置にあるこの道は、街を一望する事が出来る。

家の作りも綺麗で、すぐ近くにある海は光を反射しキラキラと輝いていた。

絵にして飾りたいほど綺麗な街並みは、それだけでの好奇心を揺さぶるには十分で。

「ねぇ、これから連絡待つだけなら、ちょっと街を散策してもいい?この間来た時はロクに見て回れなかったのよね」

「いいけどよ・・・。あんま遅くなんなよ?」

「分かってるって!」

の正体が分かっても、やはりジャック同様エースもに対する対応は変わらないらしい。―――まるで子ども扱いなそれに少々複雑なものも感じるが、今さら言ってもしょうがないと諦めて、は軽く返事を返しておいた。

「あ、あたしも行く!」

どちらかといえば(外見的に)年齢の近いアイラが、勢いよく手を上げた。

彼女もの本当の年齢よりも、外見的な方が重要らしい。―――まるで同世代の友達を相手にするような態度に、は思わず笑みを漏らした。

そういえば・・・と、同じ年頃の・・・―――しかも同姓の友達はほとんどいなかったことを思い出す。

子供の頃から武術の稽古や勉強で忙しく、そして将軍の娘という事もあり外に出て遊ぶ機会の少なかったにとって、友達と疑いもなく呼べるのはテッドくらいだったのだから。

結局その後ジャックやエッジ、それにクイーンまでもが同行を求め、いつもとほとんど変わらない人数でのビネ・デル・ゼクセ観光となった。

まずは下町の市場を冷やかし、その後は伝統あるといわれる武器屋や防具屋を見て周り。

それほど興味はなかったが、とりあえず・・・ということで、ゼクセン議員の評議会を見に行った。―――もちろん中に入る事は出来なかったが。

ともかくも勢いに乗って街中を歩き回り、気が付いた時にはもう辺りは薄暗闇に包まれ始めていた。

「・・・なんか、妙に疲れたね」

「あはは、確かに。この街、思ったよりも広かった・・・」

顔を見合わせて疲労を訴えるクイーンとに、呆れたような視線を向けたのは心身ともに若いアイラ・ジャック・エッジの3人。

「何言ってんだよ、これくらいで。旅してるときはもっと歩いてるだろ?」

「それとこれとは話が別なの!」

「・・・クイーンさんはともかく、さんは見た目だけは若いんだから情けない事言うなよ」

ポツリと言ってはならない事を呟いたエッジに、それを聞き逃すわけもない2人が顔に笑みを張り付かせて詰め寄った。

「私はともかく・・・ってのは、どういう意味だい?」

「見た目だけってのは、失礼じゃないかな?」

「・・・・・・スイマセン」

冷や汗を流しながら一歩退いたエッジを冷ややかな目で見つめながら、はずっと沈黙を保っているジャックの姿がない事に気付いて辺りを見回した。

先ほどまでは、すぐ傍にいたはずなのに・・・と首を傾げると、少しだけ離れたところにジャックの姿を見つけることが出来た。―――しかしその表情はどこか、焦ったような雰囲気を感じる。

一体何事かと思った瞬間、アイラの叫ぶ声が耳に届き慌ててそちらに駆け出した。

改めて見てみれば、アイラの姿もいつの間にかなくなっている。

勢い良く角を曲がると、目の前にはゼクセン騎士に後ろ手を捕まれているアイラの姿が。

「放せ!!」

激しく身をよじるアイラに、しかしゼクセン騎士はその手を放そうとしない。

見れば地面にはいつの間に手に入れたのか、アイラの物と思われる短剣が落ちていて。

「どうしたの?」

「・・・・・・アイラが」

ジャックの複雑そうなその声色に、は何が起こったのかを大体察した。

おそらくはゼクセン騎士の姿を見たアイラが、我慢できずに彼に切りかかったのだろう。

ここに来る前に通ったブラス城でも、アイラは騎士に対して怒りを隠そうともしていなかった。―――その時はゲドの一言で事無きを得たのだが、どうやら彼の言葉も効き目が切れてしまったようだ。

としても、この街には騎士の姿も少なくなく、気をつけていたつもりだったのだけれど。

「闇討ちか?場合によっては許さないぞ・・・?」

アイラの動きを封じる騎士が低い声でそう呟いたのが聞こえ、は慌てて2人の元へ駆け出した。

「ごめんなさい!悪気はないんです!!許してあげてください!!」

相手が反論する暇を与えないよう、そう謝罪の言葉を連呼する。

「なっ!!」

勢い良く飛び込んできたに騎士が怯んだ隙を縫って、わざとらしくないように騎士の手からアイラを解放すると、彼女を背中に庇って再び頭を下げた。

「すみません、少し感情的になっただけなんです。まだ幼い子供のする事だと騎士殿にはご理解いただき、どうか寛容な心で許してはもらえないでしょうか?」

ここは事を公にしないためにも下手に出る方が得策だと、はひたすら頭を下げた。―――背後で「そんな奴らに頭を下げるな!」と怒っているアイラに、心の中で『誰のせいだ!』と悪態を付きつつも、問題の騎士が何も言い返してこないことを不思議に思い顔を上げる。

そして・・・―――そこにあった予想外の顔に、は驚きを隠せずぽっかりと口をあけたまま騎士の顔を見返した。

「・・・ボルス?」

「やはり、か!」

下げていた頭を無理やり上げられ、の両手を強く握り嬉しそうに笑う誉れ高き6騎士の1人であるボルスを相手に、どう対応して良いか分からずとりあえず曖昧な笑みを浮かべる事でその場を乗り切った。

「まさか、再びここで会えるとは思っても見なかったぞ!」

そう嬉しそうに言葉を続けるボルスに、背後から不審気な視線をひしひしと感じ、どうすればいいかと他人事のように思う。

しかしこの調子だと、どうやらアイラの事は忘れてくれそうだ。

チラリとボルスにバレないようジャックに視線を送り、アイラを強制連行してもらうことに成功したはひっそりと安堵の息を吐いた。―――去り際のジャックの不満そうな目を思い出し、後でフォローを入れておかないと・・・と思案する。

「・・・お前には、もう一度会って話しておきたいと思っていたんだ」

今まで楽しそうな声を発していたボルスが、急に真剣味を帯びた声でそう呟くのに気付き、遠くに行っていた意識を引き戻す。

「誤解されたままでは、俺もすっきりしない。―――クリス様も、お前に会って話をしたいと言っていた」

その言葉で、彼が何を言いたいのかを察した。

襲撃されたカラヤの村から逃げる際、遭遇した見知った顔。

忘れる事など出来ない。―――あの悲劇の村で、クリスの・・・騎士たちの銀色の鎧に反射された紅い炎。

すべてを焼き尽くし、すべての命を土に還す。―――あの、いくつもの憎しみと悲しみを生んだ夜を。

「あれは仕方がなかったんだ。休戦協定の席で・・・」

「分かってるわ、ボルス。分かってるから・・・」

事情を説明し始めたボルスに、しかしは強い口調でそれを遮った。

知っている、何があったのか。

戦いにおいて、どちらかが一方的に悪いということは滅多にない。―――そういう事も時としてありえるが、今回はそうではない。

カラヤが悪いわけでも、ゼクセン騎士が悪いわけでもない。

ただ、逆らう事の許さない時代の流れがあっただけ。

そして、その流れを作り出した人物が、他にいたのだということ。

「・・・もう、いいから」

悔しそうに顔を歪めるボルスに、はやんわりと微笑みかけた。

自分に言い訳をする必要などないのだ。

確かにカラヤには友がいる。

グラスランドにも自分の友人がたくさんいる。

しかし、この地の人間ではないが戦争に口を出す権利などないのだ。―――何故なら、はそれに関わるつもりがないのだから。

だから、には彼らを責める権利もない。

そして、そのつもりも毛頭なかった。

ただ願うならば、あの行いで酷く心を痛めているこの騎士に少しでも安らぎを感じて欲しい。

仕方のないことなのだと自分を納得させ、それでも納得できずに心を痛めている騎士の心が少しでも救われるように。

「折角こうして会えたんだから、飲みにでも行かない?私こう見えても、結構お酒は強いんだよ?」

そうが提案してみれば、ボルスは僅かに目を見開いた後、少しだけ笑みを浮かべ小さく頷いた。

「よし。そうと決まれば、早速出発!!」

苦笑気味のボルスの手を無理やり引いて、はもう暗くなってしまった街を歩き始めた。―――どこの店にしようかと、今日散々歩き回った街並みを思い出す。

少なくとも、ゲドたちの泊まる宿屋の酒場はやめておこうと、心の中で思いながら。

 

 

「朝帰りなんて不潔!そんな子に育てた覚えはありませんよっ!!」

薄霧が漂う中、ゲド一行の泊まる宿屋にようやく帰ってきたに掛けられた第一声がこれだ。

「・・・・・・エース」

目の前でなよなよと身体を動かしながらさらに言葉を続けようとするエースに、は力なくそれを遮った。

ボルスと飲みに行ったのはよかったものの、彼も結構の大酒飲みらしく、結局は朝まで付き合わされてしまった。―――もお酒にはかなり強く(というより基本的に酔わない)十分彼に付き合えたことも災いしたのか。

ともかくも、酔いという体調不良はないものの、昨日の旅の疲れやら眠気やらが多少なりとも負担になっており、その中でエースの冗談に付き合うのは正直言って辛い。

それが分かったのか、エースもからかうのをやめにして、酒場で陣取っていたテーブルの椅子を勧めてくれた。

すかさず出されたホットミルクを一口飲むと、身体の芯からホッとする。

「それで?お前ゼクセン騎士と知り合いだったのか?」

同じようにテーブルについて・・・―――こちらは酒を飲むエースに向かい、曖昧な笑みを返した。

「知り合いっていうか・・・。ほら、リザードクランに行く前にブラス城に寄ったでしょ?その時に知り合ってね」

「へぇ〜。お前も謎の多い女だよなぁ」

しみじみと呟くエースに、は昔もそんな事を言われたな・・・とぼんやりと思う。

「それで、みんなは?」

聞かなくとも大体は想像できるが、とりあえず聞いてみた。

今ここにはエースしかいないが、まさか1人で朝まで飲んでいたということはないだろう。

「ああ、ジョーカーはついさっきまでいたんだが部屋に戻った。クイーンもそうだし、他の連中は早寝だ。ジャックたちはお前が帰ってくるまで起きてるって言い張ってたが・・・―――まぁいつ帰ってくるかもわかんねぇし、とりあえず言いくるめておいたさ」

「それはどうも」

とりあえずは彼らを睡眠不足にせずにすんだと安堵するが、起きてきた時が怖いなと想像して・・・―――本当に嫌な想像に考えるのをやめた。

「それでゲドは?」

「ああ、大将は夜から部屋に閉じこもったきりだ。例の知らせとやらも来てない様だし」

具体的に、その知らせとやらはどういう風に来るものなのだろうか?

普通に使者がやってくるのだろうか?―――その場合だと、ゲドの言う『会いたい人間』というのがどういう人間なのか、かなり興味を注がれるところだ。

寧ろとしては、自分自身が雇っている忍者のような人間が知らせを持ってくるのではないかと予想する。―――その方が、ゲドにイメージがぴったりだ。

ともかくも、その知らせがいつ来るのかが問題だ。

欲を言えば今日以降にしてもらえるとありがたい。

このまま出かけるのも無理ではないが、出来ればゆっくりと眠りたいと思うのも確かで。

しかしそんなの期待は、思いのほかあっさりと打ち砕かれた。

まだ朝も早い時間だというのに部屋から出てきたゲドは、ゆっくりと階段を降りてテーブルを挟んで向かい合っているとエースの下まで来ると、寝起きとは思えないほどしっかりとした口調で言ったのだ。

「北の洞窟へ向かう」と。

「北の洞窟?まぁた、面倒臭いところに・・・」

「相手の指定だ。準備が出来次第出発する。他の連中も起こして来い」

有無を言わさぬ口調でエースにそう伝え、ゲドはの隣の席に腰を下ろした。

エースが不精不精に席を立ち、各部屋へゲドの言葉を伝えに歩く。

「・・・北の洞窟で、誰が?」

既に正体がバレているのだから、今さら外見に動作を合わせる必要はない。―――本来の年齢に相応した口調と態度でそう尋ねると、ゲドは少しも表情を動かさず一言。

「行けば分かる」

そりゃそうなんだけどね。と心の中で言い返して、しかしやはりそれでは納得がいかないのか、はチラリとゲドの様子を盗み見た。

「・・・なんだ?」

バッチリ気付かれていたようで、運ばれてきたコーヒーを飲みながら聞き返される。

それを眺めながら、はふとあることを思い出した。

「ねぇ、覚えてる?」

「・・・なにがだ?」

「3年前のハイ・イーストの動乱の事」

そう言葉を紡げば、ゲドがチラリとの顔を見返す。

それを気にした様子なく、はさらに言葉を続けた。

「あの時、私に会った事を覚えてる?」

「・・・ああ。ハルモニアの傭兵を見たというのに、誰に通報するでもなくただ興味深そうに観察されたな」

「それはそっちもでしょ?デュナン側の人間を見かけたにも関わらず、剣を抜こうともしないで・・・」

は小さく笑みを浮かべて、湯気を上げるホットミルクを再び飲み込んだ。

「不思議だと思ったのよ」

「・・・不思議?」

「そう、不思議。何が、とは具体的には説明できないけど・・・何となくね」

それをあえて言葉にするならば、雰囲気だろうか?

ゲドが放つ、他とは違う雰囲気。―――それはもちろん、今もある。

あの時からは時折思い出し、考えていた。

「貴方・・・、何者なの?」

唐突に告げられた質問に、ゲドはその目を軽く見開かせた。

コーヒーカップを持つ手が、ピタリと動きを止める。

「・・・・・・」

「貴方に似た雰囲気を持つ人間を、私は他に知ってるわ。それは・・・」

「大将!みんな起こしてきましたよ!!」

さらに言葉を続けようと口を開いたの声は、2階から響くエースの声にかき消された。

こんな朝早くから大声を出して、他の部屋の泊り客から苦情が来るぞと内心思いながら、はゲドににこりと微笑みかけた。

「まぁ、そのうち聞かせてもらうわ」

含みのある笑みを送り、エースの声に惹かれるように2階へと足を向けたには、ゲドの漏らした小さなため息は聞こえてこなかった。

 

 

北の洞窟は、もともと鉱山が掘られていたのだろうか?

薄暗い通路には人の手でしっかりと木で枠組みがはめられており、先日行ったセナイ山よりも幾分人の気配が感じられた。

それでも特別何があるというわけでもなく、ただひたすら薄暗闇の中を歩くということに変わりはない。

はこの北の洞窟に入るのは初めてだったが、エースの言った『面倒臭い』という言葉の意味を強く実感する事になった。

そして最近は洞窟の中を徘徊する機会が多いなぁと冗談交じりに考えてみるが、空しくなるだけなのでやめておいた。

「ねぇ、エッジ。今さらなんだけど・・・」

「・・・何?」

「本当に私たちについてきても良かったの?目的、あったんじゃない?」

特にする事もないので、他愛ない会話を試みる。―――すると会話を聞いていたらしいエースが批難の声を上げた。

「付いてきて、って一緒に旅してたんじゃなかったのか?」

「ああ、それはまぁ・・・その」

思わぬ反撃に合い、自らの失言を悔やむ。―――どうやら自分で思ったよりも、徹夜で頭の回転が鈍っているらしい。

「それよりも・・・ずいぶん深い洞窟よね、ここ」

「ああ、もうすぐ最深部だよ」

が話を逸らすように慌てて辺りを見回しながらそう呟くと、クイーンが少し笑いを堪えた様子で加勢してくれた。―――エースも今さらごちゃごちゃ言うつもりもないのか、あっさりと退いてくれてホッと安堵の息を吐く。

再び無言で歩く羽目になり、そういえばと先日の事を思い出す。

「そういえばさぁ・・・。この間セナイ山に行った時、思わぬ乱入者がいたよねぇ」

「乱入者って、デュークたちのことか?」

ひたすら暗い通路を進むと、妙に広い空間に出た。

ぽっかりと開けたその空間は、先ほど歩いていた通路とは比べ物にならないほど天井が高い。―――天井が高いというよりは、道が下に続いているといった方が正確か。

そこからは螺旋状に道が続いており、今度はグルグルと回るように下へ下へと歩いていく。

進んでいるとはいえ、同じ所をグルグルと回っている事にウンザリとしながら、は先ほどの会話を思い出して唐突にポツリと呟いた。

「ちょうどこんな時に現れたんだよね」

「遅かったな!」

「そうそう、こんな感じで」

の声を遮るように、その声は響いた。

天井が高いからか、思ったよりも声がよく響く。―――そんな場所で、今まさに考えていたその人物の声が響いた事に驚きよりも呆れが先に立ってしまう。

声の主は一番下の広場のような部分に置かれてあった角材やらの影からその姿を見せ。

「・・・また?」

隣を歩くエッジが、呆れたようにそう呟くのが聞こえる。

そこにいたのは、紛れもなくセナイ山でも姿を現したデューク隊の面々だった。

どうしてここにいるのだろう、とは回転の鈍った頭で思う。

セナイ山からルビークに戻ったゲド一行は、その足でろくな休憩も取らずにグラスランドに入った。

ビネ・デル・ゼクセで少しばかりの休息は取ったが、今回ここに来るということはゲドしか知らないのではないか?―――少なくとも、たちが北の洞窟に行くという事を知ったのは、今朝方のことだ。

まさかそれから急いでここに来て、待ち伏せをしていたのだろうか?

そこまで考えて、問題のデューク隊と睨み合うゲドの背後に向かい、聞こえないようひっそりと呟いた。

「まったく、愛されてるね」

「・・・・・・っ!」

「・・・(うわぁ、聞こえてた?)」

ギロリと鋭く睨み返され、まさか聞こえているとは思っていなかったは誤魔化すように乾いた笑いを浮かべた。

「それにしても、なんでお前たちがここにいるんだ?」

全く進まないこの状況に、痺れを切らしたジョーカーがそう口火を切った。

彼の心境としては、早く用事を済ませてこの洞窟から出たいのだろう。

それに対しデュークは、『ゲド隊にカレリア本部からの出頭命令が出ている』ということを告げた。

「出頭命令って・・・何かしたの?」

「人聞きの悪い事言うなよ」

コソコソと話し合うとエースに、デュークがシテヤッタリといった笑みを浮かべ、3年前のハイ・イーストの動乱の報告書が未提出だという事実を突きつけた。

「そんな事で・・・?」

「そんな事っていうなよ。報告書は大切なんだぞ?」

呆れた口調で呟くに、毎回報告書に悩まされているだろうエースが言い聞かせるように言った。―――そう思うならちゃんと出せよ、とはあえて言わなかったが。

それは置いておいて。

結局のところ、デュークたちがここにいる理由はそんなものではない事をゲド隊の面々は察していた。

おそらくは出頭命令などただの口実で、本当の目的は・・・。

黙り込んだまま口を開こうとしないゲドに、デュークは再度出頭を迫った。―――それにゲドは大きくため息を吐いて。

「人を待たせているのでな。あまり時間をかけるわけにはいかない。どうしたら諦めてもらえる?」

渋々そう切り出したゲドに、待ってましたとばかりにデュークが口を開いた。

「なら、俺と一騎打ちだ。俺に勝てばここは大人しく通してやろう」

その時、ゲド隊の面々が心の中で「やっぱり・・・」と思ったのは当然だろう。

大人しくも何も、今のこの時点で大人しいも何もあったものじゃないとは思うが、そんなことを言ってもデュークには通用しないだろうことは分かりきっていた。

一見してみれば、ライバル同士がしのぎを削りあう光景に見えなくもないが、それも時と場合を選んでもらえなければただの迷惑行為もいいところだ。

これ以上何を言ってもデュークに譲る気はないだろうと察したゲドは、再びため息をつきつつ己の武器に手を伸ばした。

それを「隊長は苦労が多いね」と他人事のように眺めていたは、己に注がれる殺気にも似た視線に思わずあらぬ方向へと視線を巡らせる。

「・・・・・・・・・」

無言の重圧に、とてつもなく居心地の悪さを感じた

「・・・何かな?その『俺たちも一騎打ちだ』的な視線は・・・」

たまらずにチラリと視線を向ければ、今にも己の武器に手をかけそうなコボルト・ガウの姿が・・・。

「・・・っていうか、やらないわよ?」

「・・・・・・」

「やらないってば!―――ほら、そこ!エッジも威嚇しない!!」

なかなか諦めないガウに、エッジが背中の星辰剣に手を伸ばしたのを確認して、思いっきりエッジの後頭部を叩いた。

恨めしそうに見返してくるエッジを軽く無視して、再びガウに向き直る。

「それじゃあ、こうしましょう。もしデュークがゲドに勝ったら、相手をしてあげる」

「・・・いいだろう」

思いの他あっさりと引き下がったガウ。

やはり彼も自分の隊を率いるデュークのことを信じているのだろうか?―――いや、確かにデュークもかなりの実力を秘めてはいるのだけれども。

がそんな事を思っていたその時、キン!と澄んだ金属音が響き、デュークの剣が宙を舞った。

「これで分かっただろう、デューク」

再び喉元に剣を突きつけられ、デュークは悔しそうに地面を殴りつける。

それで気が済まないのか、これ以上ないくらい鋭い眼でゲドを睨みつけて。

「俺は絶対に諦めねぇ!俺が勝つまで、何度でもやってやる!」

そう叫ぶように告げるデュークに、ゲドは突きつけていた剣を鞘に戻すと、

「ああ、待っているさ・・・デューク」

にとっては思いがけない言葉を、ゲドは呟いた。

ゲドはデュークの襲撃とも言える挑戦を迷惑に思っているのだとは思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。―――少なくとも、デュークが一方的にゲドをライバル視していることを彼は受け入れているのだと考える。

セナイ山の時と同じように悔しさを滲ませて去っていくデュークの後ろ姿を見送り、今度はいつ現れるかと予想する。―――それほど遠い未来ではないだろう。

「さぁ、行くぞ・・・」

洞窟の奥へと開けた道を、ゲドは1人でさっさと歩き出した。

 

 

再び薄暗い通路を歩きだして・・・しかしそれほどの距離を進まないうちに、再びぽっかりと開いた空間に出た。

通路との継ぎ目には木で出来た柵のようなものがあり、それは今は天井に括り付けられている。

ここが最深部なのだろう。―――それ以上道はなく、外に面しているのか岩で遮られていないそこから眩しいほどの光が洞窟内に差し込んでいる。

そこに、その人物はいた。

逆光でどんな人物かまでは確認できないが、その背格好から見て大人の男と・・・―――そして小さい影は子供だろうか?性別までは判断できない。

「お待ちしていましたよ、ゲド殿」

男がよく通る声でそう言った。―――近づくとその男の顔がはっきりと確認でき、その予想外の人物には絶句した。

「・・・サロメさん?」

「は?・・・貴女は、殿!」

同じように予想外の再会に、驚きのあまり目を見開いた。

サロメがと会ったのは、時間的に見ればついこの間。―――クリスが街で助けたのだと紹介され、しばしの時を共にした。

その後少し思うところがあり、いろいろと手を尽くして調べてみたが何1つ素性がわからず、ぜひもう一度会いたいと思っていたのだ。―――会ってどうするのか、そこまで彼は考えていなかったけれど。

しかしまさかがゲドと行動を共にしているとは、サロメ自身も思ってもみなかった。

「・・・お久しぶりです。再びこうして会う事が出来て光栄ですよ」

どこか含みのあるその言葉に、は嫌な予感を感じつつ頷いた。

この後、がサロメによって質問攻めにあうのはまた別のお話。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ボルス登場の意味がよく分かりません。

そしてまた、無駄に長いし・・・。

この時のサロメは、が『トランの英雄』だとは知りません。

ただ謎の多い彼女の秘密を知りたいなぁ、と思ってるだけです。

そしてやはりデュークの扱いが酷い・・・。(ごめんよ)

作成日 2004.3.6

更新日 2010.4.25

 

戻る