ビュッデヒュッケ城の一件を経て、大空洞に帰還してから一週間。

路銀が尽き、一度ティントの小隊と合流すると言ったリリィたちが、大空洞を出て行ってから一週間。

新たな炎の英雄の情報もなく、勿論カムイに関する情報もなく。

自分が帰って来るまで何処にも行くなと、尊大な態度で言い放ったリリィのお陰ですることもなく。

「なぁ、あいつら一体何時になったら戻って来るんだ?」

「・・・さあ?」

ジョー軍曹の問いに軽く首を傾げて答えたヒューゴに、ビクトールは軽い口調で言う。

「案外忘れてたりしてな」

あはははは、と3人分の乾いた笑い声がその場に響いた。

 

類はを呼ぶ

 

「って、笑ってる場合じゃねぇ!!」

唐突に叫んだビクトールを横目に、ジョー軍曹は重いため息を吐いた。

俺に怒っても仕方ないだろうとは思ったが、あえてそれを口に出すようなことはしない。

なぜならば、この遣り取りももう飽きるほど繰り返された出来事だったからだ。

3人の側を通るリザードたちも、最初の頃こそ何事だと視線を向けたりしていたが、最早今となっては振り向きもしない。

「大体、何やってんだよ、あの嬢ちゃんは!ブラス城まで行って帰ってくるのにどんだけ時間食ってんだ!!」

荒々しく椅子に座りなおして、ビクトールは不機嫌そうに頬杖をつく。

それほど文句を言うのならばさっさとどこへなりとも行ってしまえば良い話なのだが、何故ここまでしておとなしくリリィの帰りを待っているのかと言うと、最初に約束した報酬の残りを受け取っていない事と、次の行動を決める為の情報が何もない事が原因である。

一刻も早くはぐれてしまった仲間を探し出したいと思っているビクトールとしては、一週間もここで足止めを食っている事に苛立ちを隠せない。―――それ以上に、人が暮らすにはあまり向かない大空洞に一週間缶詰状態というのも原因の一つではあったのだが。

あー!とテーブルに突っ伏してしまったビクトールを見て、ヒューゴは困ったようにジョー軍曹へと視線を移す。

どうにかしてビクトールの気を紛らわせる方法はないだろうか?

そう視線で窺うヒューゴに、ジョー軍曹は再びため息を吐いた。

「なら、あいつらを迎えに行くか?ブラス城まで」

「・・・迎え?」

「何時までもここでうだうだ言っていても仕方ないだろう?」

ジョー軍曹の呆れ混じりの言葉に、ビクトールは伏せていたテーブルから微かに顔を上げる。

ブラス城まで、リリィたちを迎えに行く。

迎えに行ったら行ったで何か色々言われそうな気もして、それはそれで腹の立つ気もしたが、何時までもここにいるよりかはマシな気がしてビクトールはニヤリと口端を上げた。

万に一つもないだろうとは思うが、カムイがそこにいる可能性もゼロではないだろう。

まぁそこでカムイと再会できなくとも、ジョー軍曹の言う通り、ずっとここでうだうだ言っているよりは数倍も良い。

「仕方ねぇな、迎えに行ってやるか。な、ヒューゴ」

「え?ああ、そうだな」

先ほどまでとは違う明るい表情で同意を求められ、ヒューゴは咄嗟に相槌を打つ。

この切り替えの速さはなんだと思いつつ、しかしヒューゴとてビクトールに暗く落ち込まれているよりは明るく笑ってくれている方が良いに決まっている。

「そうだね、迎えに行こうか」

今度は自分の意志ではっきりと返事を返して、立ち上がる。

意気揚々と歩き出したヒューゴとビクトールの後ろ姿を見て。

(何も起こらなければ良いがな)

これからの行き先とメンバーに少しの不安を覚え、ジョー軍曹は密かにため息を吐き出した。

 

 

「いいか?あまり目立つ事はするんじゃないぞ?」

大空洞を出てから休む事無く歩き通し、漸くブラス城が目で確認できるほどの距離まで来た時、ジョー軍曹はヒューゴに言い聞かせるように強い口調でそう言った。

「・・・軍曹ほどは目立たないとは思うけど」

「だな」

チラリと軍曹を横目に見ながら呟いたヒューゴに、ビクトールも同意を返す。

しかし軍曹は聞いていないのか、もしくは最初から聞く耳を持つ気がないのか、あっさりと無視してブラス城の中へと向かい歩き出す。

そのぴょこぴょこ動く尻尾を眺めながら、ヒューゴは隣に立つビクトールを見上げて。

「ビクトールさんも、あんまり目立たないようにね」

そう無邪気に言い放つと、駆け足で軍曹の後を追いかける。

しかし言われた当人であるビクトールは、微かに苦笑を浮かべて乱暴に頭を掻きながら、やれやれと呆れたようにため息を吐き出した。

確かにダックほどではないにしろ、カラヤ族であるヒューゴもかなり目立つ格好をしているのだ。―――何せカラヤ族の服といえば、独特でカラフルなのだから。

「残念ながら、俺はお前たちほど目立てねぇよ」

呟きを漏らして、ビクトールも軍曹とヒューゴの後を追う。

しかし彼は解っていなかった。―――ビクトールはビクトールで、意外に目立つのだという事を。

身体も大きく、屈強な戦士を思わせるビクトールは、何処にいてもそれなりに目立つ。

しかしそのツッコミをしてくれる人物は、残念ながらこの場にはいなかった。

ちゃんとしたツッコミのないまま、3人はブラス城に足を踏み入れる。

「さぁてと、嬢ちゃんたちは何処にいるんだ?」

それなりに賑わいのある広場の真ん中に立ち、3人はキョロキョロと辺りを見回した。

武器屋や道具屋が軒を連ね、広場には頑丈な鎧を纏ったたくさんの騎士たちの姿。

その中では目立つだろうリリィたちの姿を探して視界を巡らせていたその時、不意に場違いといえば場違いな男が目に飛び込んできた。

上半身は裸、下は動物の毛皮で作ったズボンを履いており、その上頭には動物の頭の部分で作られた帽子のようなものを被っている大きな男。

身体にはなにやら紋様が描かれており、騎士たちが行き来するこの場では明らかに浮いている。―――その隣には、ゼクセン騎士ではないだろうが、同じく騎士らしい雰囲気の男が立っていた。

なんとも妙な取り合わせだと、いっそ感心していたビクトールの耳に直後とんでもない会話が飛び込んできて、思わず間の抜けた声を上げた。

「どうしたの!?ビクトールさん!!」

「いや、どうしたって・・・あいつらが・・・」

ビクトールが指を差した方向を見て、ヒューゴが小さく首を傾げる。

確かに怪しいといえば怪しい取り合わせではあるけれど、声を上げるほど可笑しいわけでもないとヒューゴが判断した直後、問題の会話が聞こえてきてヒューゴも思わず絶句した。

奇妙な2人組から聞こえて来た、『炎の英雄』という言葉。

今自分たちが捜しているのと同じ者を捜しているという、怪しげな2人。

一体なんなんだと心の中で呟いたその時、先ほどビクトールが上げた声に気付いた2人組が3人に気付いて近づいてきた。

「こんにちは」

「こ、こんにちは・・・」

にこやかに挨拶を向けた騎士風の男に、ヒューゴは戸惑いつつも挨拶を返す。

しかし明らかに自分を凝視しているもう1人の男が気になり、挙動が不審になっている。

どうしてこんなにもじっと見られているのだろうと、ヒューゴがチラリと男に視線を向けたその時、男がぐんと顔を近づけヒューゴの身体の匂いを嗅ぐ。

その突拍子もない行動にビクリと肩を震わせて、ヒューゴは困ったようにビクトールを見上げた。

一方ヒューゴから懇願の眼差しを向けられたビクトールは、俺にどうしろって言うんだよと心の中で反論しつつも、とりあえず言葉を濁しつつ男に声を掛ける。

「あー・・・えーっと、俺たちに何か用か?」

その言葉に、男がヒューゴから顔を上げ無言のままビクトールを見下ろす。

一般的にかなり大柄に属するビクトールをいとも簡単に見下ろす男に、ビクトールは誤魔化すように乾いた笑みを浮かべた。

「お前、土の匂いがする」

ヒューゴを見てポツリとそう漏らし、そして次にジョー軍曹を見て同じようにポツリと言葉を漏らす。

「お前は、美味そうな匂いがする」

男のその問題発言に、ビクトールとヒューゴは思わず顔を見合わせて・・・―――ヒューゴが難しい顔で小さく首を傾げた。

「ジョー軍曹が美味そうって、どういう意味だ?」

「えぇ!?俺のことか!?」

先ほどの戸惑いが嘘のようにあっさりと返事を返したヒューゴに向かい、ジョー軍曹は驚いた面持ちで勢い良くヒューゴを振り返った。

明らかにお前の事だろうと内心突っ込みながら、ビクトールは気を取り直して騎士風の男に向き直った。

「それはそうと、お前らに聞きたい事があるんだが・・・」

「はい、なんでしょう?」

ヒューゴと軍曹と男の遣り取りをあっさりと流して、ビクトールと騎士風の男は強引に話を推し進める。

「お前らさっき、『炎の英雄』とか言・・・」

「お前ら!そこで何をしている!!」

漸く本題に入りかけたビクトールの声は、全くの第三者によって掻き消された。

突如響いた怒声に視線を向ければ、こちらに向かい駆けて来るゼクセン騎士たちの姿。

その中には明らかに下っ端ではないだろう者たちの姿もあり、ビクトールとヒューゴと軍曹は揃って顔を見合わせる。

これはマズイかもしれない。

特に今この場で何かをしたわけではないが、こちらにはヒューゴがいる。

ビクトールは話を断片的にしか聞いていないので詳しい事は勿論何も知らないが、どうやらヒューゴがゼクセン騎士団と何か因縁が在るのだという事は承知していた。

もしここで捕まるような事があれば、ヒューゴがどうなるか・・・。

「ちっ!仕方ねぇ。とりあえず逃げるぞ、ヒューゴ、軍曹!!」

「え!?・・・うん!」

「ああ、それが良さそうだな!」

クルリと踵を返したビクトールに続くようにして、ヒューゴも軍曹もブラス城城門を目指して走り出す。

と、響く足音が異様に多い気がして、ビクトールはチラリと視線だけで背後を窺った。

「・・・つーか、何でお前らまで付いてきてんだよ!」

「いや、つい反射的に・・・」

逃げるビクトールたち同様に、先ほど知り合った男2人も一緒に走る。

勿論この2人は逃げる理由などないはずだ。―――おそらくは。

しかし一度逃げ出したからには、もう『関係ありません』は通用しないだろう。

「あー、もう!どうにでもなりやがれ!!」

半ばヤケクソ気味にそう叫んだビクトールの声を耳に、5人は一目散にブラス城を後にした。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

ブラス城から少しばかり離れた場所で、5人は漸くゼクセン騎士たちの姿が見えなくなった事に気付き、足を止めて荒い呼吸を整えるべく深呼吸をする。

「はぁ・・・散々な目に合ったな」

「全くだ」

思わずポツリと漏らした言葉に、ジョー軍曹が同意を返した。

「お前らも、なんだかんだ言って巻き込んじまって悪かったな」

疲労の為、ベタリと地面に座り込みながら、ビクトールは遥か頭上にある男の顔を見上げて苦笑する。―――声をかけられた男は、あれだけ走ったというのに息一つ乱さず、まだじっとヒューゴの顔を見詰めていた。

「いいえ、私たちが勝手に付いてきたのですから、貴方が気に病む必要はありません」

何も答えない男に代わり、騎士風の男がやんわりとした笑顔を浮かべながらそう言う。

その返事に内心ホッとしつつも、ビクトールは先ほどゼクセン騎士たちによって遮られた質問を再び騎士風の男に向けた。

「そういや、お前らさっき『炎の英雄』とか何とか言ってたけど、一体そりゃどういうことなんだ?何でお前らまで今になって『炎の英雄』を?」

「私たちまで・・・ということは、もしかして貴方がたも・・・ですか?」

お互い顔を見合わせて、小さく首を傾げる。

向けられた質問に無言で頷き肯定すると、騎士風の男はなるほどと一つ頷いた。

「申し遅れた。私の名はムーア。こっちの男はハレックと言います。私たちはお互い『炎の英雄』を捜す旅の途中で知り合い、目的が同じならと行動を共にしているのです」

ムーアがハレックを指しながら丁寧に説明をする。

ビクトールはどうして『炎の英雄』を捜しているのかが気になったが、反対に聞かれた場合には上手く説明できない事もあり、あえてのどまで出かかったその疑問を飲み込んだ。

「へぇ・・・じゃあ、俺たちと目的は同じだね」

世の中にはすごい偶然もあるものだと言わんばかりに感心した様子のヒューゴの言葉に、ムーアは少しばかり目を輝かせて3人を見詰める。

「やはり、貴方がたも『炎の英雄』を捜しておられるのですね」

「うん、まぁ。ビクトールさんとはそれが縁で一緒に旅をしているんだ」

「なるほど・・・」

話題に上げられた事に、ビクトールはヘラと笑顔を浮かべてムーアを見る。

何となくこの先の展開が読めてきて、ビクトールはムーアとハレックを交互に見た。

これも縁というものなのか。

旅に出る前は、まさかこうも『炎の英雄』を捜す人物たちがゴロゴロとしているとは思ってもいなかったのだが。

「ならば、我々もご一緒しても宜しいでしょうか?これも何かの縁ですし」

案の上、ムーアの口から出てきた言葉に・・・―――しかしヒューゴも断る理由がないのか、何の躊躇いもなく承諾する。

「俺はヒューゴ」

「俺の名前はジョルジュだ」

「ジョルジュ?お前そんな名前だったのか!?」

「え?ビクトールさん、知らなかったの!?」

漂う和やかな雰囲気の中、自己紹介をしつつ新たな発見にビクトールは驚きの声を上げる。

そんな3人を微笑ましげに見詰めながら、ムーアは改めてよろしくお願いしますと声をかけた。―――ハレックも、同じように小さく頭を下げる。

結局リリィたちを見つけることは出来なかったが、こうしてビクトール達に新たなる旅の仲間が加わった。

誕生した『炎の英雄』捜索パーティを見て、ずいぶんとムサい団体になったものだとビクトールがしみじみ思い知らされるのは、これから10分後の事。

 

そして大空洞で新たな騒動の種が芽を出していることに、この時の彼らはまだ知る由もなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ハレックとムーア参戦。

2人の口調がわかりません。

ハレックに至っては、叫んでるイメージしかありません。(笑)

そして書いてる途中で思いました。

このパーティ、華がない。(笑)

ムサいです、っていうか濃いです、メンバーが。

作成日 2005.3.7

更新日 2011.3.27

 

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