炎の英雄の影を求めて。

そしてその向こうにいるハズの、愛しい少女を求めて。

グレミオとフリックは、偶然出会った少女を知る人物たちと共に旅に出る。

その先に待ち受けているものを、彼らは知る由もなく。

それでも時代は、確かに動き始めていた。

 

チシャ村攻防

〜グレミオ・フリックの場合〜

 

薄暗いグプトの森を抜けた先に、チシャ村はあった。

グラスランド特有の穏やかさを感じさせるその村は、どうやら農業が盛んなようでそこかしこに広い畑が広がっている。

村に入るために、一行はその畑に挟まれるようにしてある一本の大きな道を歩いていた。

少し坂になっているその道をゆっくりと辺りを眺めながら下っていく。―――さて、これからどうしようか・・・という時になって、一行は初めてその少女たちに気がついた。

まだ若い少女・・・―――外見だけを見れば、とそう歳は変わらないように見える。

やはりグラスランド特有の民族衣装に身を包んだその少女たちは、一行の行く手を塞ぐようにクリスの前に歩み出ると、不審そうな色を隠そうともしないクリスにニコリと微笑みかけた。

「初めまして、クリスさん。お待ちしていました」

ニコニコと人懐こい笑顔を浮かべながらクリスの名を呼ぶ少女に、さらに不信感は募る。

「・・・待っていた?」

心持ち硬くなった声でそう尋ね返すと、少女は1つしっかりと頷く。

「はい。私の名前はユン。貴方を待っていました」

再び同じ言葉を繰り返すユンに、クリスはさらに首を傾げる。

『待っていた』とユンは言うが、クリスはユンのことを知らない。

しかしユンはクリスのことを知っているそぶりを見せるし、さらに待っていたということは何か用があるということなのだろう。

「クリスさんは、お父さんを捜しに来たんでしょう?」

突然何の脈絡もなく告げられた言葉に、クリスは何の対応も出来ず思わず頷いてしまった。

それに気付いたのは頷いた後で、素直に認めてしまったことに対する悔しさが湧き上がってくるのを感じた。

「・・・なぜ知っている?」

「それが私の役目ですから・・・」

説明を求めて聞き返せば、あっさりと返事が返ってくる。

しかし―――。

「何となく会話が繋がっていない気がするんですけど・・・」

「ああ。フレッドと会話してる時と似てるな・・・」

クリスの背後から2人のやり取りを眺めていたグレミオとフリックは、小声でそれぞれ思ったことを呟く。

「一体どういう・・・?」

会話が成り立っていないことよりも、ユンの言う言葉の意味が気になるクリスは、さらに説明を求めるためにそう言葉を投げかけた。

するとユンの隣にいた少女・・・―――ユミィが、やはりニコニコと笑顔を浮かべながら。

「ユンは見えることが多いですから・・・」

やはりあっさりとそう言った。

何のことやらさっぱり、である。

『役目』やら『見える』やら・・・―――だからそれがどういうことなのかを教えて欲しいのだと心の中で突っ込んだその時。

空から黒い影が落ちた。

突然のことに慌てて上空を見上げると、そこには見たこともない大きな生き物がいる。

動物・・・というよりは、どちらかというと虫のような生き物で。

グレミオとフリックは見たことのないそれに、思わず口をあけて呆然した。

「あれは・・・?」

クリスが傍らに立つナッシュにそう問い掛けると、ナッシュはやれやれとでも言いたげに小さく肩を竦めて見せる。

「あれは虫だ。ルビークの村の虫使いはあれを操ることができる」

「・・・ルビーク?」

「ああ、元グラスランドの村の1つだ。今はハルモニアの配下にある」

聞き覚えのない村の名前。

しかしそれがハルモニア関係ならば当然かと素直に頷ける。―――グレミオとフリックはと旅をするようになってからはできる限りハルモニアには近づかないようにしていたのだから。

「ともかく行ってみよう。彼女の言う通り、何かが起きるようだからな」

虫が村に舞い降りるのを確認すると、クリスは1人そちらに向かい駆け出した。

「ちょ!おい、待てよ!!」

いきなり走り出したクリスを慌てて追いかけるナッシュ。―――それに「あれは悪か?」と声を上げながら続くフレッド。

「・・・・・・どうします?」

「どうするったって・・・」

お互い顔を見合わせて、1つ大きくため息を吐く。

「まぁ・・・・・・」

「成るように成れ、だ」

「ですね・・・」

その声に諦めの色を多分に含ませて、2人は前を行くクリスの後を追った。

長年の『我が道を行く』に付き合った結果、身についた考え方がこれだった。

 

 

村の入り口付近には巨大な虫が3匹と、それにそれぞれ1人男が乗っている。

その前には毅然とした態度の老婦人とユンとユミィ。―――そしてそれを遠巻きに見守る村人の姿。

そこに合流したクリスたちは、虫たちを率いるリーダーらしき青年が口にした言葉に驚きを隠せなかった。

虫使いの青年は言った。―――『チシャクランをハルモニアの配下に置く』と。

突然すぎるそれに・・・そして一方的すぎるその言葉に、しかし老婦人は静かに口を開いた。

「私たちにハルモニアの奴隷になれと言うのですか?・・・貴方たちのように」

「う、煩い!黙れ!!」

怒りに声を荒げる青年に、老婦人はさらに言葉を続ける。

「私たちは誰かに従うつもりはありません。お帰りください」

きっぱりと告げられたその言葉に、青年は手に持っていた槍を老婦人に突きつけた。

「危ない!!」

それに一早く反応したのはクリスだった。―――素早く自分の剣を抜くと、老婦人の襲い掛かる槍をいとも簡単になぎ払う。

金属特有の甲高い音と共に青年の槍は弾き飛ばされ、宙を舞い地面に突き刺さった。

「・・・貴様!」

青年が再び槍を手に、クリスに襲い掛かる。

それを合図に青年の後ろに控えていた虫使いたちも、その場にいた者に向かい槍を振り上げた。

それを目に映しながら、決して視線を逸らさずグレミオは隣に佇むフリックに声をかけた。

「・・・どうします?」

「どうするったって・・・」

先ほどと同じやり取りをしながら、フリックは腰の剣に手を伸ばした。

こんな状況を前にして何もしないなど、戦士の村出身の彼としてはできようはずもない。

しかしそれでもハルモニアとのいざこざに巻き込まれるのも、面倒で。

―――結果。

2人は老婦人とユン・ユミィを背後に庇うように立つと、一応は剣を構えて・・・しかし戦いの場にいるとは思えないほど呑気な声で言った。

「こいつらのことは任せとけ。きっちり守ってやるよ」

フリックの言葉を直訳するならば、『そいつら(虫使い)のことは任せた』だ。

「・・・って、お前らも戦えよ!」

巨大な虫を前にしたナッシュが、批難交じりの声でそう叫ぶが、しかしクリスの方は対して気にした様子もなく。

「ああ、頼む!」

あっさりとその一言を残し、巨大な虫に向かい剣を振り下ろした。

それに剣をヒラヒラと振って答えると、ちょこちょことちょっかいを出してくる虫使いたちを軽く牽制しながら戦いを見守った。

「ありがとうございます」

突然背後から声を掛けられ振り返ると、こんな状況なのにも関わらずニコニコと笑顔を浮かべたユンと目が合う。

「ああ・・・いや、大した事してないし・・・」

「いえ。とてもありがたいです」

「ああ・・・・・・そう?」

「はい!」

どうやら悪い人間ではないらしい。―――そうは思っても、このなんともいえないテンポと雰囲気には慣れない。

特別会話もないので再び正面を向くと、再び背後からユンの声が聞こえてきた。

「貴方たちの捜している人、私知っていますよ?」

脈絡なく掛けられたその言葉に、再びフリックは背後を振り返った。

『捜している人』というのは、炎の英雄のことだろうか?

それとも根本の目的である、のことだろうか?

こういってはなんだが、フリックはと長い間ほとんどの時間を一緒に過ごしてきた。

フリックが知らないの時間はといえば、解放戦争前の幼い頃のことか、デュナン統一戦争に参加する前の3年間のことか。

知り合いなのだとすれば、そのどちらかの時間に、とこの少女は出会っていたのだろうか?

しかしグレミオの不思議そうな顔から見ても、そのどちらでもない事が分かる。

だとすれば、ユンの言っている事は炎の英雄のことなのだろうか?

「もうすぐ会えます。その人は、今もとても楽しく旅を続けていますよ」

だからそれはの事なのか?炎の英雄のことなのか?

突っ込みたくなって・・・―――しかしやめておいた。

聞いて素直に教えてくれるのかどうかも怪しかった。―――もし素直に教えるのならば、最初からこんな風に言わないだろうと思ったからだ。

「ああ、そうだといいけどな」

簡単に言葉を返して・・・・・・しかし心の底からの言葉に、ユンは嬉しそうに笑う。

ビクトールの事は、既にフリックの頭の中からも消え去っていた。

 

 

ゼクセン騎士団長を筆頭に、マクシミリアン騎士団長(団員ナシ)と謎の男・ナッシュは果敢にも戦いを挑み(自称勇敢なダックの戦士含む)、人数の少なさが心もとなかったが、それでも相手の数が少なかった事が幸いしたのか、何とか追い払う事に成功した。

しかし勝利とは裏腹に、クリスの表情に明るさはなく。

「・・・ありがとうございました」

チシャクランを守ってくれた恩人に向き直り、老婦人・・・―――チシャクランの村長であるサナは穏やかな笑みを浮かべながら礼を述べた。

しかし、やはりクリスの顔色は晴れない。

自分の行動が軽率だったかもしれないと、クリスは今さらながらに思っていた。

ハルモニアの襲撃が、これだけとは到底思えない。

わざわざ支配下におくと宣告しにくるのだから、おそらくはこの後ハルモニアの本隊がやってくる事になるだろう。

そんなクリスに、サナはやんわりと微笑みかけた。

「貴方は何も恥じる事はありません。貴方がこの村を守ったという事に変わりはないのですから」

「しかし・・・」

「ハルモニアの本隊が来ようと同じ事。我らに従う気がない以上、戦いは避けられません」

淡々とした口調で告げるサナに、グレミオは言いたい言葉を飲み込んだ。

自らの命よりも、グラスランドの民としての誇りの方が大切なのか?と。

誇りも生きていてこそのものなのではないか?と。

しかしそれが人間という物なのかもしれない。―――誇りを失い、誰かに従うことは決して『生きている』という事ではないのかもしれないと。

「なぁ、ナッシュ。私は何をしているのだろうな?」

ポツリとクリスが呟いた。

「私はこの手でカラヤの村を焼き払った女だ。彼らにとっては憎むべき相手だろう。それが・・・いまさら言い訳でもあるまいし、彼らを助けるなど・・・」

ゼクセン騎士団を統べるクリスにとって、グラスランドの民は敵そのもの。

それなのに、クリスは今彼らを助けるために戦った。

何の意味もない。―――いつかは彼女の手で、再びこの村に危険が忍び寄るかもしれないというのに。

「そうだな・・・」

俯くクリスの耳に、あっさりと肯定の言葉が届いた。

勢い良く顔を上げると、そこにはいつもからは考えられないほど真剣な表情をしたナッシュがいる。

「あいつらを助けても何の得もない。それどころか、このことでグラスランドの力が殺がれれば騎士団としては好都合だ。なんならハルモニアと挟み撃ちして、その土地を分け合ってもいい」

「何を言っている!そのようなやり方は、我が騎士団の名を汚すだけだ!!」

飄々と言ってのけるナッシュに、クリスは激情し叫んだ。

するとナッシュはそんなクリスを見て、小さく笑う。

「そう思うんなら、今お前がやった事は無駄じゃない」

「そうです。考え方一つですよ?」

諭すように呟くナッシュに、話を聞いていたグレミオが明るい口調で言った。

「・・・ナッシュ・・・グレミオさん」

「お前は難しく考えすぎなんだよ。時にはそれも必要だけどな、あんまり自分を追い詰めているといつか壊れちまうぞ?」

「・・・フリックさん」

次々と掛けられる温かい言葉に、クリスは硬くなった身体がほぐれていくのを感じた。

『英雄である事は苦痛?』

以前、自分にそう問い掛けた少女の笑顔が脳裏に浮かぶ。

胸が締め付けられるようだった。―――自分の肩に、多くの期待と願いと・・・そして責任がのしかかってくるのが分かっていたから。

脱ぎたくても脱げない鎧。―――しかし今は、形だけとは言えども身軽な服装に身を包み。

今ここにいるのは、騎士団長でもなんでもない、クリス=ライトフェローという1人のただの女。

「時には重い荷物を下ろしてみるのもいいかもしれませんよ?」

「ああ。お前にとって弱みを見せられる『誰か』を見つければいい。そうすればほんの一瞬でもその重い荷物を下ろす事ができるだろう」

温かい笑みを浮かべるグレミオとフリックに、クリスは小さく微笑みかけた。

は・・・その『誰か』をもう見つけたのね?」

自分と同じく『英雄』と呼ばれる少女。

兵を率いて国を揺るがす戦いを切り抜けたあの少女は、それでもあんなに穏やかに笑っていた。

「見つかるといいですね?」

そんなに簡単に見つかるものではないと、分かっているけれど。

「・・・・・・ああ」

そう願いを込めて、クリスは1つ頷いた。

 

 

ルビークの虫使いを追い払った後、謎の言葉を残すユンに話を聞きに行ったクリスたちは、ユンからある『取引』を持ちかけられた。

それは自分の願いを聞いてくれたら、クリスを待っていたという言葉の意味を教えるというもの。

ユンは、今回は何とか上手く撃退できたがこのままでは次は辛いと話し、だからこそこの状況を打破するために、ダッククランにいるある人を連れてきて欲しいと願い出た。

精霊の声を聞いてこの村を守るためにやってきたというユン。

そしてその精霊の声を聞き、クリスのことを知ったと話す。

グラスランドには当たり前のように認識されるそれを、しかしゼクセン人であるクリスには全くといっていいほど理解できなかった。

それでも彼女は、クリスが父親を捜している事を言い当て、そしてそれに関する何かを知っているという。

ようやく求める情報に辿り着いたクリスは、渋々ながらもそれを引き受ける事に決めた。

いつまたルビークの虫使いが来るか分からないということで、フレッドはチシャクランに残る事になり。

「貴方たちはどうしますか?」

クリスにそう尋ねられたグレミオとフリックは、念のためにという事でフレッドたちと一緒にチシャクランに残る事にした。

正直に言うならば、ここからダッククランまで引き返し、それからまたチシャクランに戻ってくるという旅の道程に嫌気が差したのだ。

自分はもう若くない。

揃って思った2人の脳裏に、の『もう若くないんだからね?』という声が甦った。

これでは次からはもう反論できないと、がっくり肩を落とす2人。

しかしそんな事を知る由もないクリスは、この村を頼むと言い残し、ナッシュと共にユンとユミィを連れてダッククランへと旅立った。

 

 

それから数日、特にハルモニアからの接触もなく、ゆっくりと身体を休める事が出来た2人は、すっかりこの村に馴染んでいた。

グレミオなどはお世話になっているからとサナに特製シチューをご馳走し、村を歩けば気軽に声を掛けられる毎日。

嫌でも情が湧いてくる。―――初めは成り行きで戦いに参加する事になったと思っていた2人も、今では心からこの村を守りたいと思うようになり。

そんな毎日を過ごし、ようやく久しぶりにクリスとナッシュの姿を村の入り口で見つけたフリックは、長旅を乗り越えた彼女らを労う為に出迎えに出る事にした。

あの不思議な空気をまとうユンが、この村を救うために必要だという人物を見て見たかったというのもある。

比較的のんびりとした足取りで村の入り口まで迎えに出ると、あまり顔には出さないが疲れた様子のクリスと、疲れを隠そうともしないナッシュに思わず苦笑が漏れた。

「お疲れさん」

軽い口調で声をかけて、やはりニコニコと笑みを絶やさないユンやユミィにも同じように声をかける。―――そしてその背後にいる、おそらくはユンが頼りにするだろう人物の顔を拝もうとクリスの背後を覗き見た。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

そこにあった予想外の顔に、フリックは言葉を発する事が出来ず呆然と口を開いた。

相手も同じようで・・・・・・しかし一早く我に返ったその人物は、嬉しそうに笑う。

「お久しぶりです、フリックさん」

「アップル・・・・・・なんでお前がここに?」

前に会ったときよりもいくつか歳を重ねた顔。―――それでも彼女自身がまとう穏やかな雰囲気は変わってはいなかった。

そして―――。

「そいつは誰だ?」

昔会った時にはなかった少年の姿に、フリックは小さく首を傾げる。

赤い髪をした整った顔立ちの少年。―――やる気があるのかないのか判断がつきかねる眠そうな目をしたその少年は、アップルに促されて渋々自己紹介を始めた。

シーザーと名乗ったその少年とどこか含みのある笑みを浮かべるアップルを交互に見比べて、フリックは悪気など一切なく、思ったことをそのまま口に出していた。

「・・・なんだ?もしかして・・・年下に走ったとか・・・?」

「違います」

きっぱりと即答され、ハッと我に返ってアップルを見たフリックは、彼女が浮かべている笑みの意味に気付き身体を強張らせた。

彼女の背後から黒いオーラが出ている気がする。―――それはフリックが常日頃から見慣れたものであり、激しく身の危険を訴えるものでもあった。

「・・・わ、悪かったって。冗談だから・・・」

「・・・・・・まあ、今回だけは許してあげますよ」

意外にあっさりとそう告げて、雰囲気を穏やかにするアップル。

ホッと胸を撫で下ろしたフリックは、ようやくクリスが不思議そうに自分を見ているのに気付いた。

「・・・どうした?」

「ああ、いや・・・・・・知り合いなのかと思って・・・」

確かにフリック自身もアップルがここにいるとは思っても見なかったし、だからこそクリスが不思議の思うのも当然の事だろう。

「ああ、そうか。こいつとは昔馴染みでな・・・」

簡単に説明をすれば、それで納得したのかクリスは1つ頷く。

「これもある意味、腐れ縁って奴か?」

「ええ、本当に。まさかこんな所で会うとは思ってもいませんでしたけど・・・・・・っていっても、このセリフももう3回目なんですけどね」

言われた言葉の意味が分からず、フリックは間の抜けた声を返した。―――それにアップルは苦笑を返して。

さんとビクトールさんの事です。少し前に会ったんですよ」

思いがけない仲間の消息情報に、フリックはポカンと口を開いてアップルの顔を見返した。

「・・・どこで?」

「どこで・・・と言われましても・・・」

アップルは少し悩み、それから「知っているかは分かりませんけど・・・」と前置きをしてから。

「ビュッデヒュッケ城という湖の城があるんですけど、そこでビクトールさんに会ったんです。そういえば大空洞に行くと言っていましたから、そこにまだいるんじゃないですか?」

聞き覚えのない、城の名前。

そしてアップルの言う『ビクトールさんに』という言葉に、フリックは少しだけ嫌な予感を覚えた。

「・・・もしかして、はビクトールと一緒じゃないのか?」

「ええ、そうみたいです。さんとはついこの間会ったんですけど・・・その時は1人でしたよ?」

「どこで!?」

「やっぱりビュッデヒュッケ城近くの平原です。でも急いでどこかに行く途中みたいでしたし、もうあの辺りにはいないのかもしれませんね・・・」

あっさりと告げられる言葉に、フリックは頭を抱えたい気分になった。

このことをグレミオに話すべきだろうかと悩む。

グレミオにとっては、未だ消息の掴めないの様子は聞きたいに違いない。

けれど今まで一緒にいると思っていたビクトールともはぐれているという事実と、やはりその後の消息が分からないということ。

話してしまえばどうなるか、目に見えるようで恐ろしい。

「アップル・・・」

「なんでしょう?」

「このことはグレミオには秘密にしておいてくれ」

「・・・・・・分かりました」

アップルもフリックと同じ想像をしたのか、少し苦笑いを浮かべながらもあっさりと頷いた。―――そのアップルの隣で、「ビクトールのおっさんの事は無視か?」とシーザーが呟いていた事に、フリックはもちろん気付かなかった。

 

 

自らを軍師だと言うシーザーの指示に従って、村では早急に戦いの準備が始められていた。

援軍をつれてくるという任を請け負ったアップルは、来た時と同じように突然村から姿を消し、グレミオとの接触は簡単な挨拶を済ませただけでのことは何一つバレずにすんだ。

シーザーの策は、『援軍がくるまでハルモニアの軍を何とか押し留める』いうなんともシンプルな力技を感じさせるもので、『軍師といえば小難しいことを考え、ややこしい策を立てるもの』というあながち間違ってはいない印象を抱いていたフリックは拍子抜けした。

フリックが今まで出会った軍師は、図らずもそういうタイプばかりだったからだ。

それはともかく、いまこの村に漂う空気ともはや一体となっているグレミオを目に映し、フリックは大きくため息を吐いた。

ハルモニアには、どんな形であろうとなるべく関わらない。―――を信条にしていた彼らだが、どうやらグレミオは戦う気満々らしい。

とは言っても、フリックとてグレミオと何ら変わらない。

情が沸いてしまったこの村と村人を捨てて去るなど、やはりフリックにもできるはずないのだ。

「お、とうとうお出ましのようだぜ?」

渋々ながらも戦う決意を固めたその時、シーザーのやる気を感じさせない声と共に、ハルモニアの軍が姿を現した。

ずらりと綺麗に並んだ軍列。

ハルモニアの象徴である青い神官服を身に纏った、まだ若い・・・―――しかしどこか見覚えのある指揮官。

決して少ないとは言えないその人数に、フリックは困ったようにため息を吐きポリポリと頭を掻いた。

慌てふためく余裕もない。―――まさに圧倒的すぎる戦力の差に、どうしようもない暗い影が胸の中に落ちる。

「ま、何とか援軍がくるまで持ちこたえてくれ」

「・・・お前なぁ。簡単に言うけど、あれは流石に・・・」

「戦いを得手としないこの村でも、多少は戦おうとする奴らもいるしなんとかなるさ。向こうだって問答無用で攻めてきたりはしないだろうし・・・まぁ、のらりくらりとだな」

「のらりくらり・・・ですか」

言葉もなく立ち尽くしていたグレミオが、呆れたようにそう呟いた。

何はともあれ、どれほど戦力の差があろうとも、ここまで来たらやるしかないのだ。

そう自分を納得させるように心の中で呟いた2人は、それぞれの武器を手に持って。

襲い掛かるハルモニアの軍に向かい、歩き出した。

 

 

戦いはまさに一進一退。―――といえば聞こえはいいが、実際はシーザーの言う通り、のらりくらりと戦いを引き延ばしているだけに過ぎない。

久しぶりの本格的な戦闘に・・・しかしそれを感じさせない戦い振りで、フリックとグレミオは己の武器を振るっていた。

しかし、やはりというかなんというか・・・いくら相手を倒してもきりがない。

そんな戦いの最中、思わぬ事態が彼らを襲った。

村の中にハルモニアの軍を入れないようにと入り口付近で必死に足止めをしていたフリックたちの背後・・・―――村の反対側に、この間見た虫が大量に舞い降りるのが目に映ったからだ。

「あれは・・・虫使い?」

同じく村の入り口付近で足止めをしていたクリスが、戸惑ったように声を上げた。

あちらの方には、シーザーがいいというのでほとんど戦える者がいない。

焦りを覚えた一同に、しかし突如黒い煙が空に昇っていくのが見える。

それに押されるように、先ほど舞い降りた虫使いたちが再び空へと舞い上がり戦線を離脱するのが分かり、一同は不思議そうに首を傾げた。

「あそこでは村の連中に頼んで草を燃やしてもらったんだ」

「・・・草?」

「そう。虫使いが操る虫の嫌う匂いが出る草だ。あれで虫兵は戦力外だな」

そんな草があるならば早く言って欲しかったと思う。

やはり軍師は一癖も二癖もある奴ばかりだ・・・と、フリックは改めて考えを固めた。

虫兵が戦力外だとは言っても、それでこの場が好転するわけではない。―――さらに悪化するのは防げたが、ここだっていつまで持つか分からないのだ。

そんな時。

「うおおおおおおおおおおっ!!」

「我らも、加勢いたしますぞっ!!」

「行こう、ジョー軍曹!!」

「ははは、任せとけっ!!」

様々な声が辺りに響いた。

それを合図に、ハルモニアの兵たちは援軍が来たのだと察し、しばらく後にあっさりと退却を始める。

ようやく援軍がきたのか・・・と、ホッと胸を撫で下ろした一同だったが、しかし先ほど聞こえてきた声の中に、とても聞き覚えのある声が混じっているような気がしたフリックは、チラリとグレミオに視線を向けた。

するとグレミオも同じ事を考えていたのか、ポカンと口を開いてフリックの顔を見つめ返す。

「・・・フリックさん」

「ああ。複雑なものもあるが・・・あいつの声だけは間違えられないだろう?」

「はい!もしかしたらお嬢も来ているかもしれませんね!!」

嬉しそうに表情を綻ばせ、足早に声のした方へと駆け出すグレミオの後ろ姿を見送って、フリックはこれからのことを思いため息を零した。

そして同じように、グレミオの後を追う。

そこにがいないのが分かっているだけに、グレミオをどう抑えようかと思案する。

「ビクトールさん!」

前方からグレミオの声が聞こえ、さらに足を速めると、そこには久しぶりに見る相棒の姿があった。―――やはり・・・というかなんというか、どこも変わった様子はない。

「グレミオ!?何でお前こんなとこに・・・ってフリックも一緒か!」

嬉しそうに声を上げる男に、フリックは軽く手を上げてそれに答えた。

「「あれ?ところで(お嬢)は?」」

ビクトールとグレミオの声が見事にハモった。

そして顔を見合わせる2人。―――それを見守るフリック。

「・・・・・・もしかして」

「一緒じゃ・・・ないんですか?」

確認しあうようにポツリと呟き、そしてなぜかフリックに答えを求めるように2人して彼の方へと視線を向ける。

(なんで、俺に聞く?)

思わず心の中で突っ込みながら、しかし声には出さずに1つ神妙な顔で頷いた。

ポカンと口をあけて呆然とする2人。

呆然としたいのはこっちだ・・・と、心の中でため息を吐くフリック。

傍らでは、この村を守ったゼクセン騎士団長であるクリスと、彼女に村を滅ぼされたカラヤの少年・ヒューゴが己の心の内にある憤りをぶつけ合っていると言うのに。

しかしフリックたちの方でも、世間的にはともかく彼ら的にはとても重要な事実を認識し、ある意味とてつもなく悪い雰囲気を纏っている。

「どうしてお嬢と一緒じゃないんですか!!」

「それはこっちのセリフだ!何でお前まではぐれてんだよ!!」

低レベルな口ゲンカを繰り広げるビクトールとグレミオを前に、苦労人であるフリックは重い重いため息を吐き出した。

「はぁ・・・・・・の奴、今ごろどこにいるんだ?」

ポツリと呟いたフリックの言葉に、答えてくれる者は誰もいなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

無駄に長い。

かなり駆け足。しかも一回に纏めたから飛ばし飛ばしで。

このグレミオ・フリックサイドは、他と比べてとても本数が少ないです。

ので、第二話目で仲間と再会。

なんだかフリックがヘタレなのは気にしない方向で・・・。

作成日 2004.3.10

更新日 2011.5.22

 

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