当初の目的であるリリィを見つけられないまま、ハレックとムーアという新たな仲間を加えて大空洞に戻ってきたヒューゴ一行。

無駄に疲れた身体で帰って来た彼らは、そこで聞き覚えのある女性の悲鳴を聞いた。

そちらに視線を向けると、つい先日別れたばかりの1人の女性の姿。

「・・・アップルさん?」

困惑を含んだ声色で女性の名前を呼んだヒューゴに、呼ばれた当人であるアップルが気付き、ヒューゴたちの姿を確認したアップルは力の限り声を上げた。

「助けて〜!チシャの村がピンチなの!!・・・ついでに私もピンチなの〜!!」

リザードに囲まれパニックを起しているアップルに、ヒューゴが状況を察して慌ててそちらに向かい駆け出す。

同じようにヒューゴの後を追い走り出す面々の後ろ姿を眺めながら、ビクトールは呆れたような困ったような表情を浮かべてため息を一つ零した。

「・・・何やってんだ、あいつ」

 

奇妙な道中

 

「ハルモニア・・・ねぇ」

何とかリザードたちの誤解を解き、アップルを開放することに成功した後、おそらくはダッククランに向かっただろうアップルが何故ここにいて、そして先ほど言ったチシャ村がピンチという言葉の意味の説明を受け、ビクトールはため息混じりに呟いた。

北の大国・ハルモニアが、グラスランドの片隅にある小さな村を狙っているという話。

アップルの話では、既にグラスランドのセフィクランがハルモニアによって制圧されているらしい。

何故ハルモニアがチシャ村を狙うのか、そんなことは勿論ビクトールの知るところではない。―――聞くところによると名産はワインだけだという話だし、あえてハルモニアが軍を出してまで欲しがるような土地だとも思えない。

しかしアップルがそう言う以上、その話は嘘でも何でもない真実なのだという事もビクトールには解っていた。

すぐにチシャ村に援軍を出して欲しいとヒューゴに話すアップルをぼんやりと見詰めながら、ビクトールはきな臭い話になってきたものだと他人事のように思う。

一緒に暮らすの影響でか、ビクトールもどこかハルモニア関係の事件などは避けるようにしていた。―――勿論自分から関わりたいような出来事もなかった為、それはそれで問題はなかったのだけれど。

ビクトールの心境とは裏腹に重い雰囲気の中、話はどんどんと進められていく。

それをやはり他人事のように聞き流しながら、ビクトールは再びため息を吐いた。

この後の展開は、話を聞いていなくとも簡単に想像できる。

あの、ヒューゴが。

妙に人が良く、良い意味でも悪い意味でも感情が素直なヒューゴが、同胞であるグラスランドの民の危機を黙って見過ごせる筈がないのだ。

「もちろん、手を貸すよ!ね、ジョー軍曹」

「ああ、勿論だ」

案の定、何の躊躇いもなく発せられた返事に、ビクトールは苦笑を浮かべてがりがりと頭を掻く。

予想通りとはいえ、ヒューゴの返事をどこか好ましく思っている自分がいる。

結局自分は、そういう人間が嫌いではないのだ。

「ハレックさんとムーアさんは、どうします?」

話が一段落ついたところで、ヒューゴが思い出したように2人の話を振る。

それを受けて、ムーアはにっこりと笑顔を浮かべた。

「勿論、私も協力しますぞ。困っている人を放っておくなど出来ませんからな」

「ああ」

ムーアの返答に、ハレックも言葉短く同意を示す。

それに嬉しそうに表情を綻ばせたヒューゴは、そのまま視線をビクトールに向けた。

「ビクトールさんは?」

問い掛けられて、ビクトールは困ったように笑みを浮かべる。

本音を言えば、ハルモニアには関わるべきではないかもしれない。

別に自分はハルモニアに関して何かをしたわけではないし、だからこそ顔を覚えられているなどという事もありえないが、と共にいるということがどういう影響を及ぼしているかは解らない。

もし自分がハルモニアと何らかの諍いを起し、その被害を被るのがなのだとしたら?

そう思うと簡単に一歩を踏み出す事も躊躇われるのだけれど・・・―――暫く考え込んでいると、ヒューゴが不安そうな表情で自分を見ているのに気付いた。

なら、ここでヒューゴと別れられるのか?

そう自分に問い掛けて、ビクトールは諦めたように自嘲した。

そんな選択肢など、はなから存在などしていないというのに。

「ああ、解った。俺も行くさ。久々に暴れてやるよ」

軽く肩を竦めて冗談めかして言えば、ヒューゴの顔に笑顔が浮かぶ。

まだ知り合ってそれほどの時間が経っているわけではない。

最初こそあれだけ警戒されていたと言うのに・・・―――今ではこんな顔をさせるほど信頼されているのかと思うと、それはそれで嬉しくもなる。

「じゃあ、話が纏まったところで出発しましょう。援軍は誰かに言付けておいて・・・ヒューゴくんたちには先にチシャ村に向かって欲しいの」

黙って話の成り行きを見守っていたアップルが、にっこりと笑顔を浮かべて提案する。

「じゃあ、ルースに頼んでくる!」

現在不在のルシアに変わって、親友の母親にその旨を伝えるためヒューゴが勢い良く駆け出す。

それを目に映しながら・・・―――アップルはチラリとビクトールを見やった。

「なんだ?」

「・・・いえ、なにも」

しっかりと気付かれていた事に、アップルは慌てて違う方向へと視線を向け言葉を返す。

チシャ村に。

フリックとグレミオがいるという事を、果たして言うべきか言わざるべきか。

言えば間違いなく、そこにがいないことがバレてしまうだろう。

それ以前に、つい先日ビュッデヒュッケ城近くの平原でに会った事も、ビクトールは知らないのだ。

「・・・・・・」

「だから、どうしたんだよ」

「いえ、別に」

明らかに挙動不審なアップルを見かねてビクトールが声をかけるが、アップルは激しく首を横に振り否定を示すだけ。

アップルはフリックに、のことは黙っているようにと約束を取り付けられている。

しかしそれはグレミオに対してだけで、ビクトールに関しては何を言われたわけでもない。

勿論こんな所でビクトールと再会するだろう事をフリックは知らないので、それも当たり前と言えば当たり前なのだが。

もし、ビクトールに真実を告げるとして。

一体なんと言う?

実はチシャ村にフリックさんとグレミオさんがいるんですよ〜。

でもさんは2人ともはぐれちゃってたみたいですね〜、あはは〜―――とか?

想像して、アップルは重いため息を吐いた。

そんなことを言えばどういう反応が返ってくるか、簡単に想像できて寧ろ嫌だ。

勿論が2人とはぐれたことも、そもそもビクトールとはぐれた事だって、アップルには何の責任もない。

ないけれど・・・―――今それを言えば、確実に自分に当たりが来るのは目に見えている。

図らずも、アップルは一度に会っているのだ。

それさえもアップルには何の非も在りはしないのだけれど・・・罪悪感と呼べるような気持ちが全くないとも言えない。

(やっぱり言わないでおこうか・・・)

チシャ村に行けば間違いなくバレるだろうが、その時は3人で話し合ってもらえば良い。

もしここで真実を告げれば、万が一の確立でビクトールが飛び出していってしまう可能性もないと言い切れない。―――いや、おそらく聞いたや否や、アップルがと会ったあの平原までヒューゴを道連れに行ってしまうかもしれない。

ビクトール達とはぐれたが心配ではないわけではないが、ならば例え1人でも大丈夫だろうという妙な確信もある。

ぎゅうぎゅうとルースに抱きしめられ悲鳴を上げているヒューゴを尻目に、アップルは口を貝のように堅く噤む事に決めた。

それを決めれば後は何の問題もなく、一行は少しの旅支度を整えてさっそく大空洞を出発した。

歩く道すがら、ヒューゴがルースに言われた『英雄の素質がある』という言葉を思い出し、ジョー軍曹は楽しそうに呟く。

「ヒューゴが英雄ねぇ・・・」

「ジョー軍曹、馬鹿にしてるだろ?」

しみじみとした呟きに、ヒューゴが不貞腐れたようにそっぽを向く。

そんなヒューゴを嬉しそうに見詰めながら、ジョー軍曹はサラリと言った。

「ヒューゴなら英雄になれるさ」

その言葉さえもからかわれているのだとヒューゴは受け取ったようだが、しかし心なしかその表情は嬉しさに緩んでいる。

「英雄か・・・」

ポツリと呟いた一言に、ヒューゴが不思議そうにビクトールを見上げた。

その視線に気付いているのかいないのか、ビクトールはあさっての方向を見詰めたまま、複雑な表情で微かに笑う。

「んな、良いもんじゃねぇと思うがな」

「・・・ビクトールさん?」

続けて発せられた言葉にどこか重みを感じて、ヒューゴは困惑気味にビクトールの顔を見詰める。

彼の発した言葉の意味を正確に理解できたのは、彼の隣をやはり複雑な表情を浮かべながら歩いていたアップルだけだった。

 

 

事態が事態だけに強行軍で歩を進めていた一行は、チシャ村に近くに着いた頃、少しの騒がしさを感じて顔を見合わせた。

嫌な予感を感じつつ更に歩みを速めると、チシャ村の入り口付近に大軍とまではいかないまでも、それなりの規模の軍隊が駐留している事に気付く。

「あそこ!もう始まってる!!」

目の効くヒューゴが、村の入り口付近を指差し声を上げた。

声に引かれてそちらに視線を向けると、ヒューゴの言葉通りすでに戦闘は開始されているようだ。

「急ごう!!」

ヒューゴの声に、一行は村に向けて全速力で走り出す。

途中襲い掛かってくるハルモニア兵を撃退しながら、ビクトールはまだ少し遠目にあるチシャ村を見詰めつつ少しの焦りを抱いた。

遠目から見ても、チシャ村が本当に小さな村なのだという事が解る。

あの小さな村にどれほど戦える人物がいるのかは解らないが、本当に自分たちが向かうまで持ちこたえられるのだろうか?

チシャ村にはシーザーがいるという話だし、きっと彼のことだから何とかするのだろうとは思うが、何とかすると言っても限度がある。

ほとんど戦う術を持たない村人たちを率いて戦うには、それなりの腕を持った人物が何人かいなければ難しいだろう。

次々と襲い掛かってくるハルモニア兵を撃退しつつ、ビクトール達はチシャ村に飛び込むように駆けこんだ。

すぐにも本隊と合流しようと走り出したヒューゴだったが、しかしそれはこんな状況にも関わらず落ち着いた様子のアップルにあっさりと止められる。

「本隊に合流する必要はないわ」

キッパリと笑顔すら浮かべて言い切ったアップルに、ヒューゴが訝しげに首を捻る。

援軍としてここに来たというのに、合流する必要がないとはどういうことか。

そう言いたげなヒューゴを見詰めて、アップルはヒューゴの背後に立つハレックへと視線を向け、自信に満ちた声色で口を開いた。

「ハレックさん。勝利の雄叫びを上げてもらえませんか?」

「勝利の雄叫び?」

アップルの言葉に意味が解らないヒューゴは更に首を傾げるが、ハレックはその言葉通り大きく息を吸い込んで大きな雄叫びを上げた。―――彼がアップルの言葉の意味を正しく理解していたかはわからないが。

「うおおおおおおおおおおっ!!」

「ぐあっ!!」

丁度ハレックの隣に立っていたビクトールは、何の準備もなく耳を貫いた雄叫びに小さな悲鳴を上げる。

しかしそんなビクトールをサラリと無視して、アップルは改めてヒューゴに視線を向けた。

「さ、ヒューゴくんも」

さぁ、って言われても。

にっこりと笑顔を浮かべるアップルを見て、そして自分の隣でやはり訳が解らないと言わんばかりの表情を浮かべているムーアを見る。

お互い目だけで確認を取り合って・・・―――とりあえず何か考えがあるようだし、言われた通りにしておくかと結論を出した2人は、大きく息を吸い込んだ。

「我らも、加勢いたしますぞっ!!」

「行こう、ジョー軍曹!!」

多少の照れを交えつつ、ヒューゴが力の限り声を上げる。

それに便乗して、ビクトールも腹の底から声を張り上げた。

「ははは、任せとけっ!!」

響く様々な声と、少し遠くから聞こえる剣戟の音。

しかしこれが一体何の役に立つのだろうかとヒューゴが思ったその時、村に押し入らんとばかりに攻撃を仕掛けていたハルモニア軍が、何故か一斉に退却を開始した。

一体どういうことだと更に首を傾げるヒューゴに、アップルは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「援軍が到着したと思ったのよ。ハルモニア軍も、損害を出すような賭けはしないわ」

「・・・ふ〜ん」

そういうものなのかと、ヒューゴは曖昧な返事を返した。

攻め入ってくるのだから、多少のことならば退かないだろうというのがヒューゴの考えなのだが、実際戦いはそんな単純なものではないようだ。

「とりあえずハルモニア軍も退却したし、私たちも村に入りましょう」

全てのハルモニア軍がチシャ村から離れたのを確認して、アップルがただ立ち尽くすヒューゴに声を掛ける。

それに引かれて村に向かうヒューゴたちの後ろ姿を見詰めながら、これから起こるだろう幾つもの事態を想定して、アップルは小さくため息を零した。

 

 

「まぁ、もしかしたらこんな事になってんじゃねぇかとは・・・ちょっとは・・・ほんのちょっとは思ったりしなかったわけじゃねーけど」

脱力したように地面に座り込み、ビクトールは無事に再会を果たしたフリックとグレミオと顔を合わせながら弱々しい口調でそう呟いた。

チシャ村に入ったビクトールは、そこで捜し求めていた仲間と漸く再会を果たす事が出来た。―――その中に今一番会いたかった少女の姿はなかったけれど。

それは勿論フリックとグレミオも同じようで、お互いの姿を確認してまず出てきた言葉はお互い責任の擦り付け合いのような、低レベルな言葉ばかりだったのだが。

はぁ、と重いため息を吐き出して、チラリと横目でヒューゴたちの様子を窺う。

村に入ったヒューゴは、そこにいた銀髪の美人の顔を見た途端に怒りを露わにし、今まだその女性となにやら言い争いをしている。

それが気にならないわけでは勿論ないが、こちらはこちらで考えなければならない事が山のようにあるのだ。

「んで、これからどうするんだよ」

「どうするっつったってなぁ・・・」

先ほどアップルに落とされたゲンコツで痛む頭を撫でながら、ビクトールはため息混じりに返事を返す。

「そうですね・・・。今お嬢がどこにいるのか分からない以上、対策を練る事も出来ないですよね・・・」

グレミオのその呟きに、同意の言葉しか出てこない。

ビクトールは今まで、はぐれた仲間と合流する為だけに旅をしてきた。

少し前に湖の城でその内の一匹であるルカと再会し、そうしてこの村ではフリックとグレミオと再会する事が出来た。

言ってしまえば仲間のほとんどと無事合流できたというのに・・・―――それなのに事態が一向に進展していない気がするのは何故だろうか。

そして同じように旅をしていたアップルはしっかりとと再会しているのに、何故彼女を捜している自分たちが一度もと再会できないのだろう。

こうなってくると、故意に避けられてるのではないかという被害妄想まで浮かんでくる。

「こうなったら・・・」

「こうなったら・・・なんですか、ビクトールさん?」

ボソリと呟いた言葉を聞きつけて、グレミオが小さく首を傾げた。

「こうなったら、あいつと再会した暁には美味い酒でも奢ってもらわねぇと割に合わねぇな」

「そうだな・・・。この際だから、うんと高い奴を奢らせてやろうぜ」

ビクトールの言葉に、フリックが同意したように頷く。

「私はもう少し大人しくしてくれるように、お嬢に要求します」

グレミオも便乗してそう提案する。

しかしそれがどだい無理な話なのだということも、グレミオには解っていたけれど。

「グルルルル・・・」

そんな3人を見上げて、ルカは呆れたようにのどを鳴らして地面に伏せた。

 

 

無事に再会を果たしたビクトール達は、しかしそれぞれの旅の同行人のことを心配し、再び別行動を取る事に決めた。

とりあえず次の合流場所を決めて、村から出るフリックとグレミオの後ろ姿を見送り、そして彼らの同行人に視線を向ける。

銀色の綺麗な髪をした綺麗な女性と、どこか胡散臭い雰囲気を持つ男。

そしてあのマクシミリアンの孫だという青年と、そのお付きの少女。

自分たちも人の事は言えないが、あちらはあちらで胡散臭い一団だとぼんやりと思う。

「お前、あいつらに付いていかなくて良かったのか?」

ふと足元に座る銀狼を見下ろして、ビクトールは気のない様子で声を掛けた。

銀狼はにしか懐いていないが、ビクトールに比べればまだグレミオとフリックの方が敵意を向けられてはいない。―――だからこそ、ルカが自分と共にチシャ村に残る事にほんの少しの疑問を抱いたのだ。

「・・・グルル」

ルカはビクトールを見上げて、短くのどを鳴らす。

勿論ビクトールにはルカが何を言っているのかはわからない。―――しかし何となく意味を汲み取って、嬉しそうに口角を上げた。

それは自分が勝手に解釈しただけで、実際ルカは全然違う事を言っていたのかもしれないけれど・・・―――ビクトールは、ルカが自分を少し心配しているように感じたのだ。

「ま、何とか気張って行こうぜ」

ポンポンとルカの頭を撫でると、ルカは反射的にビクトールの手に噛み付こうとする。

しかしそれもいつものこと。

いともあっさりとその攻撃を回避して、ビクトールはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

あちらはあちらで大変そうだけれど、こちらもこちらでこれからが大変なのだ。

「お互い、武運を祈るぜ」

既に見えなくなったフリックとグレミオの姿を脳裏に浮かべて、ビクトールはヒューゴが待つ場所へ戻る為、ゆっくりとした動作で踵を返した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ビクトール、漸く仲間と再会編。

フリック・グレミオサイドとは変わって、こちらはちょっとあっさり目で。

ルカが今まで何のアクションもありませんでしたが、実はひそかにずっと一緒にいました。

別に忘れていたわけではありません。

ええ、決して忘れていたわけではありませんとも。(笑)

作成日 2005.3.9

更新日 2011.7.17

 

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