「これが報告書です。ついでに最近のハルモニア神聖国の動きも調べておきました。それはこちらの報告書に・・・」

差し出された分厚い紙束を受け取って、はやんわりと微笑んだ。

「ありがとう。相変わらず優秀だね、あなたは」

見るからに忍の格好をしたその青年は、の言葉にプイとそっぽを向いた。―――それが照れ隠しである事を知っているは、吹出しそうになるのを必死で我慢する。

「・・・それでは失礼いたします」

そんな様子を感じ取ったのか、青年はバツが悪そうに顔をしかめて慌ててその場を去った。

あっという間に姿の見えなくなった青年を見送って、は笑みを収めると小さく息を吐いて手の中にある重い紙束に目をやる。

ずっしりと重い。―――それは今の自分の心を表しているような気がした。

 

飛び立つの夜明け

 

「・・・今、なんて言ったんですか?」

たった今、彼にとって問題発言をしたのは目の前に座る一人の少女。

慌てている彼とは対照的に、のんびりと朝食後の紅茶を楽しんでいる。

「答えてください、お嬢。今なんて言ったんですか?」

グレミオは問い詰めるように、の方へ身を乗り出した。

それを認めて、少女は呆れたようにグレミオへと視線を向けて。

「耳遠くなったの?だから、旅に出ようと思ってるのよ」

あっけらかんとそう言い放つに、同席していたビクトールとフリックも思わずため息をついた。

この少女はいつも、突然とんでもない事を言い出す。

一緒にいるようになってかなりの時間が経つ。―――そんな行動には慣れたと思っていたが、最近は妙におとなしかったため油断していたようだ。

「それで、どこに行くつもりなんですか?まさか目的がないなんて言いませんよね?」

もしそうならただじゃおきませんよ?と言外に漂わせながらそう聞くが、彼女にはそんな空気は通用しないらしい。

「そんな事聞いてどうするのよ?」

グレミオの質問には答えず、そう軽く流しながら彼の淹れた紅茶を味わうようにゆっくりと口に含む。

それを目にし、グレミオは黙っていられないとばかりにバシンとテーブルへ手を突いて。

「もちろん、ご一緒するためです!」

キッパリとそう言い切れば、しかし彼女は少しも動じた様子もなくグレミオへと視線を向けた。

「別に1人で大丈夫だって。グレミオだっていい歳なんだし、ゆっくりしてなさいよ」

「お嬢お1人で旅に出すなんて、グレミオの目が黒いうちは許しませんよ!?」

質問をはぐらかすだが、それに食いついていくグレミオもそれなりに凄い。

それもが幼い頃から一緒にいたせいで、それなりに免疫がついたということなのだろうか?

それにしても・・・―――と、いつまで経っても過保護ぶりを改めないグレミオを見て、ひっそりとため息をついた。

彼は、私が一体いくつになったと思っているのだろうか。

真の紋章のせいで老いる事がないは昔と変わらず少女の姿をしているが、実年齢は30歳半ばである。

それを踏まえた上で考えると、何となく情けない気持ちになってくる。―――まぁ、外見が昔と変わらないので、彼の態度も昔と変わらないのかもしれないが。

「まぁまぁ、落ち着けって、グレミオ。そう問い詰めちゃも言いづらいって!」

何とか興奮を収めようと、ビクトールがグレミオの軽く肩を叩く。

それを横目で見ながら、フリックが重い口を開いた。

「それで、一体どこに行くつもりなんだ?グレミオじゃないが、行き先も告げずに出歩くのは感心しないぞ?」

諭すような口調に、本当に自分が子供になったような気がしたが、フリックの言い分にも一理あると思ったのか重い口を開いた。

「グラスランドに行こうと思ってるの」

「「「グラスランド!?」」」

3人の声が綺麗にハモる。

それに息がピッタリねとからかうように言えば、3人はそれぞれ複雑な面持ちで顔を見合わせた。―――と、そこでまたもや話をはぐらかされた事に気付いたフリックは、騙されるかとばかりに視線を戻す。

「何しに?」

「噂の真相を確かめに」

「・・・噂?」

フリックは小首を傾げて・・・―――知ってるか?という風にビクトールとグレミオに視線を向けた。

彼らも同じように不思議そうな顔をしている。

「グラスランドにね、炎の英雄が現れたっていう噂が広がってるの」

炎の英雄という言葉に、3人は顔を見合わせた。

その名を知らないものはほとんどいないだろうと思われるほど有名な人物。

何十年も昔に、大国ハルモニアと戦ったとされる大盗賊の親分で、その名の通りグラスランドを救った『英雄』である。

かなりの時が経っているためにもう死んでいるという説が一般的だが、中には彼が真の紋章を宿しており、今もまだどこかで生き続けていると信じているものもいる。

フリックたちも、真の紋章を宿している生き証人のようながいなければ、もう生きてはいないと信じて疑わないだろう。

しかし―――、

「・・・その噂の信憑性はあるのか?」

フリックのその質問は、当然のものだった。

噂が噂を呼んで一人歩きするほど有名な『炎の英雄』の名を語る偽者は、少なくない。

実際に数年前にマチルダ騎士団領で『炎の英雄』を語る盗賊たちを捕らえるのに協力していた彼らにしてみれば、にわかには信じられない話だ。

疑いの眼差しを向けるフリックたちにチラリと視線を向けたは、しかし呆れるほどあっさりと答えた。

「・・・さぁ?」

「・・・おい」

あまりに無責任な答えに低い声で突っ込みを入れたビクトールに、は思わず苦笑する。

そうして、やはりこの答えではあんまりかと思い直し、しばらく考えを巡らせて。

「別にこれといって証拠があるわけじゃないのよ。ただ、なんていうか・・・」

「・・・なんていうか?」

「・・・勘、かな?」

これもまたあっさりと言い切り、3人は脱力した。

「あのなぁ・・・」

「いいじゃない。最近ずっと家に篭りっぱなしだったし、たまには運動しないと!それに今回の噂はいつもと違う気がするの。やっぱり本物なら会ってみたいじゃない?」

一気にそうまくしたてられ、思わず言葉に詰まる3人。

顔を見合わせ、今日何度目かのため息を吐いた。

結局はこの少女には敵わないのだ。

いくら反論しても、結局は押し切られてしまう。

それは子供に弱い親のようであったり、思わず我がままを聞いてあげたくなるような可愛い妹のようであったり、惚れた弱みであったり、3者3様であるけれど。

「分かりました。その代わり条件として、私たちも着いて行きます」

有無を言わせぬその言葉に、は不精不精頷いた。

そんなの様子を見て、結局はこういう結果になってしまうのだと、3人は揃ってため息を吐き出す。

そしてそんな様子を他人事のように眺めていた銀狼は、興味なさ気に再び眠りについた。

 

 

次の日の早朝、さっそく荷物をまとめた4人と一匹は家を出発した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

2話に渡ってのプロローグ的なお話はこれでお終いです。

次からは何とか原作を取り込みつつ、お送りしたいと思います。

やっぱり基本は逆ハー風味で。

でもそれとなく(?)ビクトール寄りになる・・・―――っていうか、なります。(なったらいいなと思います)(おい)

ちなみに文中の、『親のような』はもちろんグレミオ、『妹のような』はフリックで、『惚れた弱み』はもちろんビクトールです。

大好きです、ビクトール。

彼は最高にいい男だと思います!(力拳)

更新日 2008.12.28

 

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