ユンから預かった地図を頼りに、『炎の英雄』が待つという場所を目指すクリス一行。

グプトの森を抜け、チシャ村よりも更に東を目指して歩き続けた彼女たちは、漸く地図が示すだろう場所へと辿り着いた。

「ここが・・・」

「ここに、炎の英雄がいるんですか?」

ぽっかりと口を開けた静かな洞窟。―――その前に立ち、クリスたちは無言でお互いの顔を見合わせる。

洞窟の奥は闇が広がっており、入り口付近からでは中の様子が窺い知れない。

「ともかく・・・行ってみるしかないだろう」

フリックのその声を合図に、クリス一行は闇に包まれた洞窟に足を踏み入れた。

 

めるモノ

 

「結構深いですね・・・」

そこらに落ちていた木で簡易松明を作ったグレミオは、ユラユラと揺れる炎の影に薄気味悪いものを感じつつ、それでも足を止める事無く洞窟内を歩いていた。

入り口付近から見ただけでは到底解らなかったが、いざ入ってみるとこの洞窟は案外深いらしいことが解った。―――ほぼ一本道なので、迷う心配がないことだけが幸いだ。

極小さな声で呟いた言葉は、洞窟内に反響され無気味に響く。

己の声だというのに、それはまるで自分の声ではないような錯覚さえ覚えた。

ただでさえ静かな洞窟内では誰も口を開かず、ただ自分たちの足音だけが木霊する。

何かを話していないと、この重い空気に押し潰されそうだとグレミオは内心ため息を零し、隣を歩くフリックに視線を向けた。

フリックの様子が少し可笑しいことに、グレミオは気付いていた。

時折何かを考え込むように塞ぎこみ、そうかと思えば重いため息を零す。―――どうしたのだろうと考えるけれど、グレミオには一向にその理由が思い当たらない。

確かアルマキナンの村にいた時からこうだった・・・と考え、不意に村で起こった事件を思い出す。

精霊に魂を捧げるという、未だ幼い少女。

そして突如村を襲ってきた、破壊者と呼ばれる黒尽くめの男と仮面の男。

一体この地で何が起こっているのだろうか?

浮かんだ疑問に答えが欲しいとは思うが、誰がその答えを持っているのかが解らない。

と会うことが出来れば、この疑問は解決するのだろうか?

は、その答えを持っているのだろうか?

「フリックさん」

「ん、どうした?」

「とうとう、ここまで来てしまいましたね」

グレミオの静かな声に、フリックは思わず苦笑を浮かべる。

グレミオの言いたいことが解らないわけではない。―――確かに自分とて『炎の英雄』を捜すとは言ったけれど、まさか本当にそこに辿り着くとは思ってもいなかったのだから。

「ああ、そうだな」

「まさか、本当に『炎の英雄』に会う事になるなんて、旅に出た時には想像もしていませんでしたよ」

「ああ、俺もだ」

お互い顔を見合わせて苦笑する。

本当に。

と一緒にいると、次から次へと奇妙な体験が出来る。

それぞれ口には出さずに心の中だけでそう思い、苦笑が好奇心の笑みへと変わる。

こうなれば、行くところまで行くしかない。

「それよりも・・・フリックさんは『炎の英雄』に会った後、どうするつもりなんですか?」

「どうするって、言われてもなぁ・・・」

グレミオの問いに、フリックは言葉に詰まってポリポリと軽く頬を掻く。

2人の目的は最初から『炎の英雄』に会うことではない。―――『炎の英雄』を捜しているだろうはぐれたと会う事が、2人の本当の目的なのだ。

だから2人にしてみれば、『炎の英雄』に会ってどうして良いのか解らない。

破壊者のことなど気になることはあるけれど、それもを見つけるという目的の前では二の次だ。

「おいおい・・・今さら何言ってんだよ、お前ら」

2人のすっとぼけた会話を黙って聞いていたナッシュが、呆れたように口を挟む。

そちらに視線を向ければ、クリスも呆れたような表情を浮かべていた。―――唯一フレッドとリコだけは、2人の会話など聞いている風もなく、ただひたすら意気揚々と先頭を歩いていた。

「そうは言っても、私たちの目的は・・・」

困り果てたというような表情で口を開いたグレミオは、しかし次の瞬間ピタリと口を閉じ呆れた眼差しを向けるナッシュを凝視する。

一方見詰められているナッシュの方は、その視線に怯んで少しだけ身を引いた。

「・・・何だよ」

「そういえば・・・ナッシュさんはどうして『炎の英雄』に会いたいんですか?」

「どうしてって・・・」

「だって一度も理由を話してくれなかったじゃないですか。ナッシュさんってあれでしょう?ハルモニ・・・ぶふっ!」

何の含みも悪気もなくグレミオが発しかけた言葉の意味をいち早く察して、ナッシュは慌ててグレミオの口を己の手で塞いだ。

「はひふふんれふは!(何するんですか!)」

「それはこっちのセリフだ!―――ああ、クリス。なんでもないから気にするな」

「いや、気にするなと言われても・・・」

気にならない方が可笑しいだろうと言いたげなクリスを何とか宥めて、漸く納得してくれたと判断した頃、ナッシュは塞いでいたグレミオの口から手を外した。

「・・・ナッシュさん」

「お前な。今何言おうとしてたんだよ」

恨めしげにナッシュを睨みつけたグレミオは、しかし半目で睨みつけるナッシュの視線に言われた言葉を頭の中で反芻する。

何を言おうとしていたか?

『だってナッシュさんって、ハルモニアの工作員なんでしょう?それなのに根本的な目的の違う私たちと『炎の英雄』を探して、一体どうするつもりだったんですか?』

先ほど無理やり押さえつけられた言葉を思い出して、グレミオはチラリとナッシュを見る。

そういえば、ナッシュはハルモニアの人間なのだ。

今何をしているのかはグレミオには解らないが、から聞いた話によるとそうらしい。

ならばナッシュは、クリスと敵対関係にあるべき人物ではないのか?

それなのに、何故ナッシュはクリスに協力しているのだろう?―――今更といえば今更な疑問が湧き出てきて、グレミオは訝しげにナッシュを見詰める。

その視線に気付いて、ナッシュは重いため息を吐いた。

「とりあえず、俺はお前たちの害になるような事をするつもりはない。それだけは信じてくれ」

キッパリと告げられた言葉に、グレミオは暫く考え込んでいたが、すぐに解ったとあっさり頷く。―――グレミオとしても、ナッシュが悪い人間ではない事ぐらい承知していた。

「解ってくれたら良い。解ってくれたなら、俺が意図的に隠してる素性をポロリと口外しないでくれ」

「・・・はぁ」

「漸くクリスの信頼を得たってのに、今更警戒されたら元も子もないだろう?」

ため息と共に吐き出された言葉に、グレミオは訝しげな表情を浮かべてナッシュの顔を覗き込む。

その表情に不吉なものを感じて、フリックは微かに頬を引きつらせた。

「何言ってるんですか。バレても失うほどの信頼なんてあるんですか?」

至極真面目な表情で吐かれた毒に、ナッシュは言葉もなく顔を引きつらせる。―――その予想通りの展開に、フリックは我関せずとばかりにぎこちなく視線を逸らした。

グレミオに悪気はないのだ。

悪気があって言ったのではないことは、長い付き合いのフリックには嫌というほど解る。

ただし、悪気がないから余計に性質が悪いのだけれど。

一瞬にして空気が更に重くなったことに気付き、先を歩いていたクリスが振り返って小さく首を傾げる。

「さぁ、早く進め!!」

先頭を歩くフレッドの威勢の良い声が、その場に空しく響いた。

 

 

「・・・で?」

「一体何処に『炎の英雄』がいるんだ?」

「そんなこと、私に聞かれても・・・」

暗い洞窟内をひたすら歩き続け行き着いた先は、剥き出しの岩に囲まれた空間。

所謂、行き止まりというやつだ。

「おかしいですねぇ。他に道はなかったはずなんですけど・・・」

グレミオが辺りをキョロキョロ見回しながらため息を吐く。

彼の言葉通り、この洞窟は一本道だ。―――確かに何本か横道に逸れる道はあったにはあったが、少し進めば全て行き止まり。

道の広さから言っても、この道が本筋なのだということは間違いないのだけれど。

「くそ!どこだ、炎の英雄!!」

「うわっ!叫ぶな、フレッド!!」

状況に苛立ちを覚えたのか・・・フレッドが大音量で叫ぶと、狭い空間に彼の怒鳴り声が耳に痛いほど響く。―――何度も何度も木霊して聞こえる声に、ナッシュが抗議の声を上げるが、当のフレッドにはどうやら通用しないようだ。

ぎゃあぎゃあと文句を言い合うナッシュとフレッドは慌てて仲裁に入るリコに任せて、フリックは探るように洞窟の壁に手を当てた。

「どこかに隠し通路でもあるのか?」

「隠し通路・・・ですか?まぁ、『炎の英雄』がいるという場所らしいですから、それもありえない話ではないでしょうけど・・・」

フリックの言葉に応じて、グレミオもその可能性がないか辺りを探り始める。

それを黙ってみていたクリスも、同じように辺りを注意深く見回した。

「・・・?」

ふと目に映った異質な紋様に、微かに首を傾げる。

見た事のない紋様が、床の一部に描かれていた。―――その部分だけ少し地面がへこんでおり、クリスはそれに惹かれるようにそちらに向かう。

「これは何だ・・・?」

薄暗く良く見えないそれをもっとよく見ようと腰を落とし手を伸ばしたその時、それは計ったかのようなタイミングで淡い光を放ち始めた。

「・・・っ!?」

クリスが声にならない悲鳴を上げた。―――それに気付いたフリックとグレミオがそちらに視線を向けた瞬間、淡い光は強烈な光へと変わりクリスの身体を飲み込んでいく。

「クリス!!」

咄嗟に手を伸ばし声を上げたその瞬間、フリックの目の前で光に包まれたクリスの身体は忽然とその姿を消した。

「クリスさんが・・・消えた?」

「おいおい、どういうことだよ・・・一体」

呆然とその光景を見ていたグレミオに、先ほどまで騒いでいたナッシュも信じられないとばかりに目を見開き声を上げる。

その声を無視して、フリックはクリスが消えた場所へと歩み寄る。―――クリスと同じように手を伸ばすが、先ほどとは違い何も起こらない。

それに小さくため息を吐いて、改めて床に描かれた紋様に視線を落とした。

不可解な・・・そして複雑な線で描かれた奇妙な紋様。

しかしこれと似たようなものを、フリックはの部屋の本棚で見たことがある。

あれは確か、シンダル族という一族が残したというものだった筈だと、フリックはその時聞いたの簡単な説明を思い出した。

何故ここにこんな紋様があるのか・・・考え付くのは一つしかない。

「これが『炎の英雄』の意思・・・か」

ポツリと呟いた言葉に、全員の視線が集まる。

こうなってしまった以上、彼らが取るべき道はただ一つしか残されていない。

もう紋様の仕掛けは作動しないのだ。―――後はクリス自身を信じるより他ない。

「大人しく待つしかねぇな」

「・・・のようだな」

フリックとナッシュは顔を見合わせて頷き合う。

それに同じく神妙な顔つきで頷いたグレミオは、チラリと横目で残る同行者の様子を窺った。

視線の先にいるフレッドは、未だ憤慨したように何かを叫んでいる。

今彼らに課せられた使命は。

この場をどう治めるか・・・―――ただそれだけだった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

炎の英雄の待つ地イベント(?)

最初に辿り着いたのは、クリス一行です。

なんか話の流れ的にゲド一行っぽいですが、確かゲドがついた時にはクリスの姿があったような・・・?

あれだけ早く出発しといて、何してんだって感じですが・・・。(笑)

相変わらず私は、フレッドという人をどう認識しているのか。

作成日 2005.3.15

更新日 2012.2.5

 

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