グラスランドの西の端にあるビュッデヒュッケ城から、グラスランドの東の端にある炎の英雄が待つという場所まで、実にグラスランドを横断したゲド一行。

時折のんびりと休息を取りつつ漸く辿り着いたその場所を前に、ゲドはいつもの無表情のままポツリと呟いた。

「・・・ここだ」

短い言葉で示されたそこに視線を向けて、エースが訝しげに眉を顰める。

「ここに、『炎の英雄』がいるんスか?」

「ああ」

簡潔に返って来た肯定の言葉に、全員が揃って顔を見合わせた。

「・・・っていうか、また洞窟?」

ウンザリとした色を漂わせたの声に、答えてくれる者は1人もいなかった。

 

約束の場所

 

闇が濃く支配するその洞窟の中に、しかしゲド一行は怯む様子もなく足を踏み入れた。

洞窟の中を徘徊するのは慣れたものだ。―――それは色々な意味で不本意な事ではあったのだけれど。

「うっわ、薄気味悪いところだよなぁ・・・」

何の緊張感も怯えもなく、エースは軽く肩を竦めて辺りを見回しながら呟く。

静かなそこでは小さな声でもよく響く。

しかし不気味に響くその声すら、彼らには怯えの対象にすらなりそうになかった。―――場の雰囲気など関係なく、いつも通りの騒がしさでただひたすら洞窟の中を最深部に向けて歩き続ける。

「暗いし、なんか寒いし・・・」

「文句ばっかり言ってんじゃないよ」

つらつらと文句を並べ立てるエースに、クイーンが煩いとばかりに返事を返す。

しかしエースとてそれに黙るわけもなく、でもよ・・・と更に眉間に皺を寄せて大袈裟に身振り手振りをしながらため息を吐いた。

「んな所に住んでるなんて・・・その『炎の英雄』の気が知れないぜ」

「・・・ま、確かに率先して住みたいと思うような場所じゃないがな」

それには同じ意見なのか、ジョーカーが同意するように頷き返す。

彼はきっとお酒さえあればどこでも大丈夫だと思うけど・・・と声には出さずにひっそりとそう思いながら、は改めて洞窟の中を見回した。

確かにエースの言う通り、洞窟の中は薄暗いし、ひんやりとした空気はお世辞にも過ごしやすいとは言えない。―――勿論のこと窓もないので、圧迫感だけで気が滅入りそうだ。

けれど、もし『炎の英雄』がこの洞窟に住んでいたとして・・・―――その理由はにも解る気がした。

限りある命を持つ者が生きるこの世界で、永遠に老いる事のない体を持つ者が容易に生きていけないのは実感済みである。

ゲドくらいの歳ならば数年単位なら何とか誤魔化せるだろうが、のようにまだ若い少女の姿をしていれば、誤魔化せる限度がある。

世間一般でいえば、まだまだ成長期に値する年代なのだ。―――何年も一向に成長しない子供など、この世界を捜してもどこにもいやしない。

のように様々な土地を旅すると言うならば別段問題はないかもしれないが、『炎の英雄』がグラスランドという土地に固執し、そうしてそこから離れたくないと願うのならば、そこに住み続ける為の手段はおのずと決まってくる。

ゲドに聞いた話では、『炎の英雄』の風貌はとそう歳が変わらない年代のものなどだというし、ならばきっとその限られた手段を彼は選んだのだろう。

それに・・・と、はもう一つの厄介ごとを脳裏に浮かべる。

北の大国・ハルモニアが真の紋章を集める事をやめない限り、この地では安心して暮らしてなどいけないのだという事を。

それを踏まえて『炎の英雄』がこの洞窟に引きこもったというのなら、にもその気持ちは少しだけ理解できた。―――『炎の英雄』にとってその場所がこの洞窟であると同じように、にとってはその場所が、人が滅多に足を踏み入れない『迷いの森』と呼ばれる場所なのだ。

そんなことをぼんやりと考えていたは、唐突に自分の服の袖を引っ張られていることに気付いて首だけで後ろを振り返る。―――そこにはの歩調と合わせて歩いているエッジが、いつもの無表情での顔をじっと見詰めていた。

「どうしたの?」

「・・・聞きたい事があるんだけど」

遠慮がちな声に、は小さく首を傾げる。

「うん。なに?」

さんは、『炎の英雄』に会って・・・それからどうするの?」

改めて投げ掛けられたその質問に、は考えるように前方に視線を向ける。

すると先ほどまで騒がしく前を歩いていたエースたちが、こっそりとこちらの遣り取りを窺っている事に気付いて、は隠す事無く苦笑を浮かべた。

そんなこと聞いてどうするつもりなのかしらね・・・―――そう心の中で呟きながら、は改めて先ほどの質問の答えを思案し始める。

『炎の英雄』に会う。

それは自身が示した目的ではあるけれど、結局のところそこが終着点ではない。

彼女の本当の目的は、ある男の計画を阻止する事だからだ。―――『炎の英雄』に会うというのは目的の通過点でしかないし、また仲間たちを言いくるめる言い訳に過ぎない。

『炎の英雄』に会っても、問題は何も解決しないのだ。

それどころか・・・グラスランドに来てみれば、問題は更にその数を増やしている。

ハルモニア辺境警備隊に命じられた、真の紋章狩り。

暗躍する仮面の神官将と、動き出した正規軍。―――その正規軍を指揮するのは、にとっても少なからず面識のある神官将・ササライ。

再び火種のついた、グラスランドとゼクセンの戦い。

そして・・・垣間見える、数多くの真の紋章の影。

考えれば考えるほど頭が痛くなる問題ばかりだ。

は深くため息を吐いた。―――それを見咎めたエースが、からかうように口を挟んでくる。

「おいおい、意味深な雰囲気出してんじゃねぇよ」

「そんなつもりないわよ。―――それよりそっちはどうするの?『炎の英雄』に会って。捕まえてハルモニアに連行する?それとも他に何か目的でも見つけた?」

はそう問い返しながらゲドを見る。

それは話を逸らす為でもあったし、またこの場所に来るまでずっと気になっていた事でもあった。

ゲドは再び『炎の英雄』に会い、一体何をしようというのだろうか。

無駄だと思いつつも、答えを求めてゲドに視線を向ける。―――しかし当のゲドはチラリとに目をやっただけで、口を開こうともしない。

やはり無駄だったようだと心の中で納得しながら、もまた無言で前方に視線を戻す。

自分がはっきりとそれを明示しないというのに、それを相手に強要するつもりはない。

しかしエースたちはそれで諦めるつもりはないのか、後ろ向きで歩きつつから目を逸らさない。―――じっとの顔を凝視し、答えが返ってくることを待っている。

それを確認して仕方がないとため息を吐いたは、にっこりと微笑んで重い口を開いた。

「言っておくけど、私の情報は高いわよ?」

「・・・ただで教えるつもりはねぇってか?・・・ったく、ちゃっかりしてるぜ」

「当然でしょ?そうペラペラと情報を漏らすほど、私は甘くはないの」

呆れたような表情を浮かべるエースを一瞥して、は更に笑みを深くした。

それを黙ってみていたクイーンが、じゃあ・・・と前置きをしてから口を開く。

「ずっと聞いてみたいと思ってたことがあるんだけど・・・」

「いいわよ。答えられるものなら」

サラリと告げると、クイーンは苦笑を零す。

そして気を取り直したように真剣な表情を浮かべて、の顔を見詰めた。

「何で、ビネ・デル・ゼクセであたしたちに声を掛けたんだい?あたしたちがハルモニアの傭兵だって知ってたんだろう?」

「知ってたわよ、勿論」

「じゃあ、どうしてなんだい?あんたの口ぶりから察するに、あんまりハルモニアには関わりたくないって聞こえるんだけどね」

それは勿論そうだ。

今までハルモニア関係で良い思いをしたことなど一度もない。

次々と厄介ごとを運んでくるハルモニアは、にとってはある意味疫病神のようなものだ。

それなのに、どうしてゲドたちに声を掛けたのか。

クイーンの質問にぼんやりと思考を回転させる。

どうして?

厄介ごとに、わざわざ自分から足を突っ込んだその理由は?

「そうね・・・敢えて言うなら」

「敢えて言うなら?」

突き刺さるゲド小隊の視線を受けて、はそれはそれは綺麗な笑みを浮かべた。

「面白そうだったから・・・かな?」

「はぁ!?」

間の抜けた声を上げたエースを見返して、は満足そうに微笑む。

そう、がゲド一行に関わりを持とうと思ったその訳は、とてもシンプルなもの。

面白そうだったから・・・ただそれだけだ。

ゲドが炎の英雄を知っていたなど知らなかったし、勿論彼が真の紋章を宿しているなど想像もしていなかった。

ゲドの持つ雰囲気に興味があったことは確かだが、彼が一緒なのだという事をが知ったのは、一方的にではあるが同行を決めた後だ。

ハルモニアの傭兵という彼らが持つ情報に、少なからず興味があったことは否定しない。

けれど、それが目的だったのではない。―――そんな些細なことの為に、わざわざハルモニアに関わるような危険な賭けをするつもりもない。

ただ、楽しそうだったから。

彼らの纏う雰囲気が、どこか常人と違ってはいても・・・それでも柔らかな空気を感じたから。

「・・・それだけで、あたしたちと一緒に行こうと思ったのかい?」

「俺たちがどんななのか知らないってのに?」

揃って投げ掛けられた問いに、は自信を秘めた眼差しで全員を見回した。

「人を見る目に、自信はあるもの」

キッパリと言い切られたその言葉に、エースたちは反論する気にもなれない。

その自信たっぷりの言葉が、何故か胸の中に温かく広がった気がした。

 

 

「・・・ここだ」

がやがやと騒ぎながら歩き続けていた一行は、ゲドの発した声に前方に目を向けて足を止めた。

先頭を歩いていたエースの手にある松明の炎がユラユラと揺れる中、ゲドの指し示すその場所が、薄っすらと闇の中に浮かび上がる。

「・・・え〜っと、大将?『ここだ』って・・・」

「ここ、行き止まりだぞ?」

エースの遠慮がちな問い掛けに、アイラがキッパリとした口調でそう返す。―――遠回しにそれを示していたエースの配慮など、アイラの前では意味を成さない。

しかしゲドはそれらの問いに答える気はないのか、少しだけ開けた空間に無言で足を進める。

それを不思議に思いつつ、も同じようにゲドの後についてその場に足を踏み入れた。

四方は剥き出しの岩に囲まれ、見る限り先に進む道はない。

隠し通路などがあるのならば話は別だが、パッと見る限り人の手が加えられた形跡はないし、そんなものが存在するとは思えなかった。

「・・・ゲド?」

一通り辺りを見回したは、説明を促すようにゲドへ視線を戻す。―――そんなの目に、床に膝をつき何かを探るように見詰めるゲドの姿が映り、小さく首を傾げる。

一体何をしているのだろうか?

不思議に思い、再びゲドの側へと歩み寄ろうとしたは、次の瞬間咄嗟に踏み出した足を止めた。

ぼんやりとした光が、床から発せられている。

それは見る見る間に強い輝きとなり、床に膝をついたゲドの身体を飲み込んでいった。

「ゲド!!」

声を荒げて彼の名前を呼ぶ。―――それと同時に、光に包まれていたゲドの身体は忽然とその場から姿を消していた。

「・・・え?大将?」

の声に引かれゲドへと視線を向けたエースたちは、目の前で起こった出来事に呆然とその場に立ち尽くす。

慌ててゲドが消えた場所へと駆け出したは、その時漸く床に何かの紋様が記されている事に気付いた。

薄暗い洞窟の中では、近くに寄らなければ解らないほどのそれ。

先ほどのゲドと同じように膝をつき、その紋様を食い入るように観察したは、ゆっくりと深くため息を吐いた。

「・・・これは、何だ?」

いつの間にか背後に忍び寄っていたジャックが、控えめにそう尋ねる。

それに釣られて、アイラやエッジもの背後から床に描かれている紋様を覗き込んだ。

「シンダル紋様」

「・・・シンダル?」

の小さな呟きに、エッジが不思議そうに首を傾げる。

それをチラリと確認して、は困ったように宙を見上げた。

「北から南に去って行ったと言われる、謎に包まれた一族のことよ。多くの技術を有し、また真の紋章を宿していたとも言われている」

噛み締めるように説明し、はゆっくりと立ち上がった。

膝についた砂を払い落とし、こちらを凝視している一行を見返す。

「残念だけど、この仕掛けはもう作動しそうにないわ。どういう構造になっているのかは、私には解らない」

「作動しないって・・・、じゃあゲドは!?」

慌てたように問い掛けるクイーンを見詰めて、はユルユルと首を横に振った。

どうすればこの仕掛けが作動するのか、見ただけでは解らない。

興味を引かれ、人よりもシンダル族については詳しい知識を持っていると思っているですら、謎に包まれたシンダル族の残した技術の全てを理解しているわけではないのだから。

「なんでゲドだけ、どこか行ったんだ?なんであたしたちは行けない?」

小さく首を傾げて問い掛けるアイラにも、は首を横に振るだけ。

どうしてこの紋様がゲドだけに反応したのか・・・―――それはの方こそ聞きたい。

ゲドは一体何処へ行ったのだろうか?

光に包まれ向かった先に、『炎の英雄』がいるのか。

そうなのだとすれば、これは・・・。

「炎の英雄の、意思なのかもしれない」

かつて『炎の英雄』と共に戦った、戦友でもあるゲド。

『炎の英雄』が待っていたのは、もしかすると彼だったのかもしれない。

そう考えて、は全員を見回して苦笑を浮かべた。

「ともかく・・・今の私たちに出来る事は、大人しくゲドの帰りを待つ他ないんじゃない?」

床に描かれた紋様を静かに見下ろして、思う。

これから何が起こるのか。

この事態がどう転ぶのか・・・―――それを決めるのはきっと、『炎の英雄』とゲドなのだと。

「ま、こうなっちまったら仕方ねぇな」

諦めたように呟いたエースの声を聞きながら、たちはそれぞれ顔を見合わせて少しだけ口角を上げる。

何が起ころうとも。

切り抜けて見せると言い切れるだけの自信を、それぞれの胸に抱きながら。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

久しぶりに主人公が姿を現しました。(笑)

そして先に来てた筈のフリックたちは何処行った。

ゲームでも確かいなかった筈なんだけど・・・と思いつつ、こんな所で再会されると今まで引っ張ってきたかいがないなぁと思いまして。

空間が違っているとか何とか無理矢理にでも自分を納得させて、敢えて深く考えるのはやめようと決めました。(オイ)

作成日 2005.3.18

更新日 2012.4.8

 

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