ゼクセンの首都、ビネ・デル・ゼクゼで休暇を過ごしていたハルモニア辺境警備隊・12小隊に一通の指令書が届いた。

それは『炎の英雄』及び『真の火の紋章』の捜索というもの。

『炎の英雄』は、この辺りの人間ならば1度は必ず耳にしているであろう程有名で、そしてそれ故に彼の名前を語る偽物も多い。―――はっきり言って雲を掴むような話だ。

それでも隊長のゲドにそれを進言したのは、報酬が破格だったからに他ならない。

ゲドが用意を済ませて下りてくる間、仲間のいるテーブルに腰を下ろして。

ふとエースは、店内にいた1人の少女に目が行った。

20歳前後くらい。―――もしかしたらもっと若いかもしれないその少女は、仕事が終わって酒を飲みに来た男と楽しそうに話をしている。

なんとはなしにエースは少女の声に耳を傾けたその時、

「炎の英雄を探してるの」

その少女は、はっきりとした口調でそう言った。

 

運命と偶然の境界線

 

聞こえてきたその言葉に、思わず呆然としてしまった。

今、あの少女はなんと言ったのか?―――『炎の英雄を探してる』と言わなかったか?

同意を求めるように前に座っているジョーカーとクイーンに視線を向けると、2人ともびっくりしたような表情を浮かべていた。

気付かれないように細心の注意を払いながら、その少女を見た。

ずいぶんと人目を引く風貌をしている。

腰まである長い艶のある黒髪に、整った顔立ち。―――格好は旅人のそれだが、少女がモンスターと戦っているところなど想像出来ないほど華奢な体つきをしている。

はっきり言ってしまえば、そこらではお目にかかれないほどの美少女だ。

「今、炎の英雄を探してるって言ってたよな?」

エースの言葉に、ジョーカーが神妙な顔つきで頷いた。

「・・・・・・ちょっと聞いてくるか」

しばらくの沈黙の後、少し顔を綻ばせながらエースはゆっくりと立ち上がった。

炎の英雄のことを聞く。―――と言うのももちろんあるがそれは二の次で、本当はあの少女に声を掛けるキッカケが出来たと内心ほくそえんでいた。

仲間はそんな思惑に気付かず・・・―――いや、確実に気付いているようで、呆れたようにため息を吐く。

「お嬢さん。ちょっと俺とお話しない?」

そう声を掛けると、少女はゆっくりと振り返った。

遠目で見ても可愛かったが、近くで見るとなお可愛い。

「・・・お話って?」

少女は小首を傾げて、やんわりとした口調で問いかける。

「そうだなぁ・・・」

エースは少し言葉を濁してから、そんな少女をジッと見据えて。

「君がさっき言ってた『炎の英雄』について・・・なんてどう?」

同じテーブルについている男には聞こえないよう小声で呟く。

そんな言葉に少女は一瞬エースの顔を見つめ、それからにっこりと極上の笑みを浮かべた。

 

 

かかった!―――は顔には出さないように気をつけながら、心の中で呟いた。

がビクトール達とグラスランドに向けて出発してから、少しの時が経っていた。

その間に不運な事にみんなとはぐれてしまい、最初に決めていた緊急時の待ち合わせ場所であるゼクセンの首都に着いたのは、昨日の事。―――そこで面白い顔ぶれを見つけた。

ハルモニアの傭兵。―――面と向かって会った訳でも言葉を交わしたわけでもないが、それでもその顔を見たことはある。

どうしてこんなところにいるのだろうかと不審に思い、情報収集をしてもらっているナギに緊急で探ってもらったところ休暇中だという報告が返ってきた。

思ったよりも面白い理由じゃなかったな、とがっかりした直後。―――『炎の英雄』の捜索を命じられたようだという追加の報告があり、一計を案じる事にしたのだ。

おそらく今の彼らは、『炎の英雄』という言葉に敏感になっているに違いない。

そんな彼らの前で敢えてその名を口にし、こちらに興味を持たせる。

その思惑は思ったよりも成功だったようで、彼らの内の1人が声を掛けてきたのだ。

「あなた『炎の英雄』について何か知ってるの?」

普通の女の子に見えるように、少し幼い口調(実年齢は30歳半ば)でそう聞き返すと、青年はうれしそうに笑顔を浮かべの手を引いて仲間がいるテーブルに誘導した。

勧められるままに椅子に座り、こちらを観察してくる男と女に向かって微笑んだ。

「それで?何で君は『炎の英雄』を捜してるの?」

「何でって・・・何でだと思う?」

逆に聞き返すと、青年は困ったように頭を掻いた。

「あなたたちも『炎の英雄』を捜してるの?」

今度はから質問をする。―――すると青年は、またもや困ったような表情を浮かべた。

これでは埒があかない。

いつまで経っても話が進まないし、これ以上長引けば話を切り上げられる可能性もある。

「もしあなたたちが『炎の英雄』を捜してるなら、私も一緒に連れてってくれない?」

はずばり本題に入った。

そう、の目的は『ハルモニアの傭兵との旅に同行する』ということだった。

 

 

これにはエースだけじゃなく、ジョーカーもクイーンも目を丸くした。

この少女がどういう理由で『炎の英雄』を捜しているのかは知らないが、なんといってもこちらは仕事である。―――かと言って、それを少女に言ってしまうわけにもいかない。

どうしたものか、と頭を回転させていたその時だった。

「・・・どうした?」

不意に後ろから低い声が響く。

それに思わず振り返ってみると、そこには隊長であるゲドの姿がある。

「あ・・・隊長」

エースは眉間に皺を寄せているゲドと、不思議そうに首を傾げている少女を交互に見て、どう説明したものかと頭を悩ませた。

見かねたジョーカーがこっそりと耳打ちで、ゲドに状況を説明する。

段々とこの状況が把握できてきたのか、比例して眉間の皺もどんどん深くなっていく。

何を言われるかと内心気が気でないエースはただひたすらゲドの表情を見ているが、ふとゲドが少女を凝視しているのに気付いて、思わず少女の方に視線を向けた。

「私も『炎の英雄』を捜してるの。一緒に行っても構わない?」

少女は怯む様子なくゲドに向かってそう聞いた。

にっこりと微笑む可憐な少女と、眉間に皺を寄せた無表情な男。

場としては不穏な雰囲気が流れてもおかしくないはずだが、何故かしっくりくるような気分になってしまうのは何故なのだろう?

「・・・・・・好きにしろ」

間違いなく跳ねつけられると思われた少女の言葉に、しかしゲドから思いもしない返事が返された。

一瞬何が起こったのか判断できない一同を無視して、少女は立ち上がってゲドに手を差し出した。

「ありがとう。私はよ、よろしくね」

あいにくと、その手は握り返される事はなかったけれど。

 

 

数年前、デュナン国で起こったハルモニアとの戦争。―――ハイ・イーストの動乱。

その戦争に、も参加していた。

ある月のない暗い夜、野営地を抜け出して散歩をしていたは、そこで1人の男と出くわす。

右目に眼帯をした無表情の男。―――すぐにハルモニアの傭兵だと分かった。

暗い森の中でお互い見合ったまま、言葉を交わす事も、名前を名乗る事もなかったが、それでもその男が何故か強くの頭に残っていた。

その男は、その時と同じように、ただの顔を凝視しているだけだ。

だが何故か同行を断られる気がしなかった。―――上手くは言えないが、言葉にするならば直感としか言い様がない。

「・・・・・・好きにしろ」

案の定、男の口からその言葉が零れ落ちた。

あの時から、目の前の男がどんな人間なのか興味があった。

今はあの時よりも、より一層興味が湧いていた。

まるで突き刺さるようなその視線が、何故だか心地よいものに感じられる。

そして彼を取り巻く言葉に言い表せない雰囲気。―――それが、自分のそれと似ているような気がしてならなかった。

「ありがとう。私はよ、よろしくね?」

そう声を掛けて手を差し出したが、ゲドはの顔を凝視したまま動かない。

微笑みかけると、不意に視線を外された。

「・・・行くぞ」

その声を合図に、12小隊のメンバーはぞろぞろと宿屋を後にした。

「ごめんね?彼、無愛想だから・・・」

12小隊の後に着いて行ったに、クイーンはそう声を掛ける。

「全然気にしてないから、大丈夫よ」

そう言うと、クイーンは綺麗な笑みを返してくれた。

はふと、前を歩くゲドの背中を見る。

まさかあの時は、こんな風に会うなんて思ってもいなかった。

「・・・すごい、偶然」

ポツリと呟いたその言葉は、幸い誰にも聞きとがめられることはなく。

 

後に、どうしてゲドに対し妙な親近感のようなものが湧いたのか、は知る事になる。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

あれ?(あれ、って)

これってビクトール夢のはずなのに、なんかゲド風味っぽくないですか?

でも私はビクトールも大好きですが、ゲドも好きなのです。(開き直り)

でもこれはあくまでビクトール夢です。ええ、間違いなく私はそのつもりです。(笑)

でもまぁ、基本は逆ハーもくひょうなので、これでも構わないかと思ったり。

せっかく12小隊が登場したんですから、もうちょっと楽しい内容にしたいですけどね。

更新日 2009.1.25

 

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