ゼクセンの首都、ビネ・デル・ゼクセを出発して半日。

もう日の傾きかけた頃、エースはある提案をした。

「今日はあそこで一泊しませんか?」

そう言って指された場所は、ゼクセン騎士団の本拠であるブラス城。

このまま進んでも結局すぐに野宿をする事になると判断したゲドは、

「・・・ああ」

意外にもあっさりと承諾した。

 

英雄の条件

 

はブラス城は初めて?」

物珍しそうに辺りをキョロキョロと見回しているに、クイーンは少し笑みを浮かべてそう聞いた。

「ううん、何度か通った事はあるわ。こうして留まるのは初めてだけど。ビネ・デル・ゼクセに行く時にも通りかかったけど・・・―――ちょっと急いでて観光してる暇なかったのよね」

苦笑交じりにそういうを見て、今度は密かに話を聞いていたジョーカーが会話に入ってきた。

「急いでたって・・・、なんか用事でもあったのか?」

「用事って言うか・・・。私、仲間と一緒に旅をしてたんだけどはぐれちゃったの。それで緊急の待ち合わせ場所があそこだったから、急いで行ってみたんだけど・・・」

「・・・待ち合わせ場所があるのに、勝手にワシらに着いてきていいのか?」

最もな意見である。

しかしは一向に気にした様子もなく。

「だってしばらく待っても誰も来ないんだもん。それに、私が『炎の英雄』を追ってるってこと知ってるし・・・。同じ者を追ってるんだから、その内に会えるでしょ」

サラリとそう言いきった。

そのものすごく楽天的で、その上行き当たりばったりで、そしてあまりのマイペースぶりに、2人は彼女の言う旅の仲間に少しだけ同情した。

この子に着いていくのは、結構大変な事だったに違いない、と。

クイーンとジョーカーが半分呆れたようにを見、今までの話を聞いていたのか、ゲドがタイミングよくため息を吐く。

「部屋取れましたよ〜!」

ブラス城の宿屋に部屋を取りに行っていたエースは、帰ってきて早々先ほどと少し違う和やかとも言える雰囲気に、小さく首を傾げた。

 

 

「さてと、どうしようかな〜」

12小隊の面々と別れて、ブラブラと歩く。

とりあえず出発は明日の早朝ということで、今日は少しだけ時間が出来た。

折角だからブラス城の観光でもしようかなとジョーカーたちがいる酒場を出てきたのはいいが、これと言って見るものがないことに気付きため息をついた。

もともとブラス城は、ゼクセン騎士団の本拠。

沢山の店も軒を連ねていて一軒街のような雰囲気があるが、実際に言えば要塞なのである。

それ故に旅芸人などがいるわけではないし、この場所特産の名物なんてもちろんない。

いや、こんなに大勢の騎士たちを見ることはそうそう出来ないから、それが名物といえば名物なんだろうが。

もちろん要塞としてはかなりいい部類に入るこの城は、見ごたえも十分にある。

しかし、今まで数え切れないほどの城塞や騎士たちを見てきたにしてみれば、それは珍しい物でもなんでもなかった。―――その結果。

「・・・暇だなぁ」

ちょっとした広場に設置してあるベンチに座り、一人ごちた。

特に見物するものもなく、だからといって一緒に誰がいるわけでもなく、ただぶらぶらするには状況はあまりにも厳しい。

しばらくおとなしく座っていたが、やはり酒場でエースでもからかってる方がおもしろいかもしれないと考えを改めたは、宿屋に戻ろうと立ち上がった。―――のだけれど。

「あれ、もう行っちゃうの?せっかく一緒にお話でもしようかと思ったのに・・・」

不意に声を掛けられ振り向くと、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた男が3人。

そのあまりにも解り易すぎる光景に、は思わず脱力した。

どこに行っても、こういう奴らがいるのは何故だろう?

心の中でひっそりとそう零し、大きくため息をひとつ。

は行く街行く街で、よく声を掛けられた。

それは彼女の持つ風貌と人を引き付ける雰囲気によるものなのだが、彼女自身それに気付いていないために、こういう輩が途絶えることはない。

もしが自分の魅力にもう少し自覚があったなら、こういう諍いを避ける事もできたのだろうが・・・。

さて、どうしようか・・・と、はのんびりとそう思う。

にしてみれば、この男たちをぶっ飛ばすのは簡単だ。―――寧ろ敵にも成り得ない。

だが一応ここはゼクセン騎士団のお膝元であり、あんまり騒ぎを起こすと余計に面倒な事に巻き込まれかねない。

それにせっかく同行を許してくれた12小隊のメンバーにも迷惑を掛けたくない。

「ねぇ、俺たちと一緒に飲みに行かない?いい店知ってるんだ!!」

そう言って男の1人がの腕を掴んだ。

思わず反射的にそれを払うと、運悪くの手が男の頬にヒットした。

「なにしやがんだ、てめぇ!!」

案の定怒りを込めて再びの手を掴む男たち。

しかたない。―――そう諦め半分、男をぶっ飛ばそうとしたその時だった。

「何をしている!!」

その場に凛とした声が響いた。

 

 

ビネ・デル・ゼクセで凱旋パレードに参加し、評議会の議員たちと腹の探り合いを終え、やっとブラス城に戻ってきたクリスは久しぶりに城内の見回りをしていた。

特に変わった様子もなく、そろそろ部屋に戻ろうかと思ったその時だった。

「なにしやがんだ、てめぇ!!」

そんな男の怒鳴り声が耳に届き、クリスは何となく引かれるように視線を移しその声がした方へと歩いて行く。

するとそこには見るからに野蛮そうな男が3人と、その男に絡まれている少女の姿。

男の1人が怒った様子で少女の手を掴んだのが見え、思わずクリスは口を挟んでいた。

「何をしている!!」

思ったよりも響いた自分の声にクリス自身驚きながら様子を見ると、3人の男たちも驚いたようにこちらを見て、そしてバツが悪そうにしどろもどろと言い訳を始めた。

「この女が先に手を出してきたんですよ・・・」やら「俺たちは別に何も・・・」など空々しい言い訳を男たちがしている間、少女は口を挟む事もなく・・・寧ろ楽し気にその光景を眺めていた。

いい加減に面倒臭くなり男たちを睨みつけると、男たちは怯えた様子で空笑いをしながら一目散にその場を去って行く。

情けない・・・と思いつつその男たちを見送った後、クリスは思い出したかのように先ほど絡まれていた少女に視線を向けた。

「・・・助けてくれてありがとう、クリスさん」

「何故・・・私の名前を?」

かすかに眉間に皺を寄せたクリスに、少女はにっこりと微笑みかけた。

「有名だもの、貴女。『白銀の乙女』って街の人に呼ばれてるの聞いたし・・・」

少女のその言葉を聞いた途端、クリスの眉間の皺が先ほどよりも深くなったことに少女は気付いた。―――心なしか少し辛そうな面持ちで。

そんなクリスの様子を認めてふと首を傾げた少女は、先ほどよりも穏やかな笑みを浮かべながら静かな声色で問いかける。

「・・・英雄であることは苦痛?」

少女から発せられたその言葉に、クリスは勢い良く顔を上げた。

相変わらず少女は微笑んでいる。―――しかしその表情が先ほどとどこか違うように見えるのは何故なのだろうか?

この少女の言葉に、何処か重みを感じるのは・・・何故なのだろうか?

「貴女・・・名前は?」

よ」

名前を名乗って手を差し出してきた少女に、同じように手を伸ばして。

掴まれた手から、心の内が読まれてしまうのではないかという錯覚を覚えたのは何故なのだろう?

クリスはの手の暖かさを感じながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 

 

「こちらにどうぞ」

クリスはをつれて城内に戻り、普段は主に6騎士が寛ぐスペースである部屋の扉を開けて中に促した。

部屋の中にはすでにサロメ・パーシヴァル・ボルスといった面子が揃っており、突然部屋の中に入ってきたに戸惑った様子を浮かべていた。

「クリス様・・・、そちらの方は?」

まず最初に口を開いたのはサロメ。

戸惑った様子を押し隠し、穏やかな笑みを浮かべるをソファーに促しながらクリスに問いかけた。

「ああ、先ほど街で男たちに絡まれているところを助けた。少し話がしたいと言って時間をもらったんだ」

「こんにちは、と申します」

自己紹介と一緒に差し出された手を握り返し、サロメも同じように名前を名乗った。

次にパーシヴァルが、そして最後にボルスが、同じように挨拶をする。

勧められるままにソファーに腰を下ろしたは、出されたお茶に礼を述べてから口をつける。

その一連の動作を見ていたサロメは、もしかしてこの少女はどこか良家の娘ではないかという思いを抱いた。

礼儀作法もしっかりとしているし、一連の動きに淀みがない。

こういう場に不慣れなものならば手つきもぎこちなくなるものだし、何よりも今この場にいるのは誉れ高き6騎士と呼ばれるほどの大物ぞろいなのだ。

しかしは少しも緊張する事無く、まるで当たり前のようにこの場の空気に馴染んでいる。

その証拠に、即興で用意されたお茶会に、パーシヴァルはおろかボルスまでもが何の違和感を抱く事もなくいつも通りにお茶を楽しんでいる。

「あの・・・殿。少しお聞きしてもよろしいですか?」

同じようにソファーに座りサロメがそう申し出ると、はやんわりと微笑み「どうぞ」と先を促した。

「貴女のご出身は・・・」

「この国じゃありませんよ」

は途中で言葉を遮り、サロメが全ての言葉を言い終わる前にそう返答した。

「へ〜、そうなんですか?どちらからいらしたんです?」

「南の方から・・・。旅をしてるんです」

パーシヴァルの質問に、微笑みを絶やさず次へ次へと言葉を続ける。

「貴女みたいな女性が1人でですか?」

「ふふふ、幸いなことに同行者がいます。さっきは1人で街をぶらついていただけなんですよ」

「今までどんなところを旅してきたんだ・・・?」

ボルスの次はクリスまでもが興味津々という様子で話し掛けた。

それに少し楽しそうに表情を緩ませ、は今までどこを旅してきたかを少しづつ話し始めた。

の話は楽しかった。

話し方が上手なのか。―――それほど特別な場所に行ったというわけではないのに、ころころと変わる話題やその時の心理状況。

聞けば聞くほど引き込まれるようで・・・―――まるで自分が今そこにいるかのような錯覚を覚えるほど。

気がつくとかなりの時間が過ぎていたようで、残念そうな表情を浮かべるクリスとボルスに謝りつつも、明日が早いからとは宿屋に帰って行った。

その時になってようやく、サロメは自身のことをほとんど聞けなかった事に気付いた。

出身地も年齢も、旅の理由さえ聞き出す事が出来なかった。

質問をすると上手く話を逸らされ、思い返してみれば少女の名前しか知らない状態。

あれほどたくさんの話を聞いたにも関わらず、だ。

おそらくクリスもが何者なのかは知らないのだろう。

しかしどうしてクリスが彼女をここに連れてきたのか、その理由だけは何となく分かった。

には何処か人を引き付ける力がある。

言葉では上手く説明できないが、それはクリスの持つ力と似ているとサロメは思った。

「少し・・・調べてみますか」

誰に言うともなく呟いて、サロメは部屋を後にした。

について調べた結果。―――結局のところ何も分からなかったという報告が返ってくることになるとは、想像もせずに。

 

 

「よう、ずいぶん遅かったじゃないか。どこ行ってたんだ?」

酒場に戻ってきたに、エースは軽く手を上げて居場所を示した。

それに気付いてエースたちの席に座ったは、悪戯っぽく笑みを浮かべて一言。

「ちょっと面白い人たちとお近づきになってね」

「・・・面白い人たち?」

クイーンが不思議そうに首を傾げたが、はそれに応えずエースの飲みかけの酒を一気に飲み干した。

「おっ、。お前いける口か?よぉーし、どんどん行け!!」

調子に乗ったエースが新しいコップに酒を並々と注ぎ、それをの前に差し出した。

ま、貴方たちも十分に面白いけどね。

心の中で呟いた言葉は、当たり前だがエースたちには聞こえず・・・―――結局明け方近くまで酒盛りは続いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

前半と後半の間にかなりの時間が空いた為、何となく話が繋がってなかったり。

無理やりクリスや騎士たちと関わりを持たせてみましたが、結果は見ての通りです。(笑)

何気にサロメが出張ってたり・・・何故でしょう?

ついでにサロメがのことを調べましたが、名前以外は情報がなく、外見年齢も実際とは違うために情報が手に入れられなかった・・・ということで。

後書きで種明かしってどうよ?ってな突っ込みはナシの方向で・・・。

ビクトール達3人も2話以降、出番ありませんしね。(笑)

更新日 2009.2.1

 

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