目の前に広がるのどかな風景。

それは決して自分の目指した場所ではない。

人とは違う・・・―――ともすれば食料にさえ見えてしまう住人たちを目に。

ここがビネ・デル・ゼクセではない事に、ようやく気付いた。

ゼクセンの首都から遠く離れたダッククランの村で、途方に暮れる男が1人。

ビクトールは乱暴に頭をかきむしると、盛大なため息を零した。

 

信じる者はわれる!?

 

「さぁてと、これからどうすっかなぁ・・・」

ある事件でやフリック・グレミオとはぐれてかなり経つ。

はぐれた時に備えて緊急の待ち合わせ場所を決めておいたので、特に慌てる事もなくのんびりとゼクセンの首都を目指した。

その結果が、これだ。

敗因があるとすれば、それは彼が地図を持っていなかったことだろうか?

そう、これはたまたまだ。―――たまたま、彼は地図をグレミオに預けてしまっていた。

今から地図を購入して、そこへ向かってもまだ間に合うだろうか?

フリックやグレミオはともかく、がそれまで大人しく待ってくれているだろうか?

いや、フリックとグレミオも怪しい。

きっと大丈夫だと判断して、さっさと旅を続けかねない。―――信頼していると言えば聞こえはいいが、実際は待ち合わせ場所に来ない方が悪い・・・と思っているに違いない。

その可能性が高い以上、今からゼクセンに行くのも面倒臭い気がしてくる。

幸いにもの目的がわかっているのだから、慌てて後を追うよりもそちらの方を重点的に捜す方が効率がいいような気さえしてくる。

1つ、難点を言えば・・・彼女の目的である『炎の英雄』自体の消息が分からないことだけだ。

ともかくも、ここまで歩き通しで疲れた身体を休めるのが先だと判断し、早々に宿をとることに決めた。―――の言葉を借りるならば『もう若くはない』のだ。

決まるが早いか、ビクトールは宿を探して村の中をのんびりと歩く。

そんな彼の耳に、思わず顔をしかめたくなるような高い声が響いた。

「ちょっと!なんなのよ、これ!!」

何事かとそちらを見れば、まだ若い少女が2人の男に向かって怒鳴り散らしている。

身なりがよく、少し性格はきつそうだがかなりの美少女だ。

―――と、ビクトールはその少女を見て小さく首を傾げた。

どこかで見た事がある。―――そんな気がする。

どこだったか・・・と思考をめぐらせていると、その少女に近づく少年とダックの妙なコンビが目に映った。

ダックの方は全く見覚えがなかったが、その少年の方は・・・。

「お前、もしかしてカラヤ族か?」

頭で思うよりも先に、言葉が口をついて出ていた。

「・・・あなたは?」

ビクトールの呟きはバッチリ少年に聞こえていたようで、そのカラヤ族の少年は不思議そうに彼を見返す。

少年とは裏腹に、ダックは不審そうに(表情は読めないけど雰囲気で)ビクトールの様子を窺っている。

それを一向に構わず、ビクトールは少年たちに近づき豪快に笑った。

「俺はビクトール。カラヤに少しばかり知り合いがいてな。ルシアっていうんだが、確か族長だって言ってたから知ってるだろう?」

「えっ!?」

少年が驚いたように声を上げる。―――ダックも驚いたように(クドイようだが雰囲気)目を見開いた。

「あの・・・俺、ヒューゴって言います。ルシアの息子なんですけど・・・」

告げられた言葉に、今度はビクトールが驚く番だった。

「お前がヒューゴか!?へぇ〜、でかくなったもんだなぁ・・・。お前は覚えてないだろうが、赤ん坊の頃に会った事があるんだぜ!!」

嬉しそうに顔を綻ばせてヒューゴの背中をバシバシと叩くビクトール。―――ヒューゴも突然の出来事に驚きは隠せないが、自分の母親の知り合いだと解ったからか、それでも厳しかった表情が少しだけ和らぐ。

「ちょっと!いい加減に私を無視するのは止めてくれない!?」

そんなビクトールたちを認めて、今まで無視されていた少女が不満気に声を上げたのに気付き、ビクトールは漸く視線を少女に向けた。

「お前、名前は?」

「お前って何よ!礼儀がなってないんだからっ!!」

「いいから名前は?」

「リリィよ!!」

全く取り合ってもらえず、リリィは半ば叫ぶようにそう名乗った。

それにビクトールは驚いたように首を傾げて。

「お前、もしかしてあれか?ティントの・・・」

「貴方私の事を知ってるの?なら、話が・・・」

「へぇ〜、お前もでかくなったなぁ。ネクロードのヤロウに捕まってた頃はまだこ〜んなに小さかったってのに・・・」

身振りでそう示しながら告げられたビクトールの言葉に、リリィは思わず一瞬怯む。

彼の言った『ネクロード』という名前に思わず怒りが込み上げてくるが、それどころではない。

「貴方・・・もしかして昔同盟軍に・・・」

「そうそう」

「・・・・・・たしか、ビクトールとか言ったわね」

その名前にも、聞き覚えがあった。

ティントを制圧したネクロードを討った、男の名前。

それに思い当たって、リリィは思わず一歩引いた。

これはどうにも分が悪い。―――ような気がする。

彼女の言い分としては、ネクロードに捕まっていた時彼に助けを求めたわけではないし、別に恩を感じてるわけではない。

それでも自分の父親は・・・そして回りの人間は彼らにとても感謝しており、自分も昔からその話を耳にタコができるほど聞かされてきたのだ。

リリィは瞬時に頭を回転させ・・・―――そして目の前で何かを企むような笑みを浮かべる(リリィの思い込みでビクトールにそんなつもりはない)ビクトールと、不思議そうに首を傾げている少年と、そして少年と同じように不思議そうな顔をしている従者を一通り見回す。

「まぁ、いいわ」

何がいいのか?

ともかくリリィにしてみれば、そんな大昔の出来事など気にする必要もない。―――という結論を出し、まるで何事もなかったかのように3人に向き直った。

「それよりも、私は今『炎の英雄』を追ってるの。貴方たち何か知らない?」

「「「・・・・・・は?」」」

気にしないどころか、とっとと話を進めてしまおうとするリリィに、ビクトール・ヒューゴ・ジョー軍曹の3人は間の抜けた声を上げた。―――聞かれた内容のせいでもある。

何でもリリィの話によると、ティントの商隊が『炎の英雄』を名乗る盗賊団に頻繁に襲われているらしい。

それを見かねたティント共和国大統領の娘であるリリィ=ペンドラゴンが、御自ら盗賊団を捕らえるべく旅に出た・・・と。

胸を張りながらそう話すリリィの背後で付き人の2人が激しく首を横に振るのを眺めながら、大方『面白そう』とかいう理由で飛び出してきたんだろうとビクトールは思った。

リリィがどんな性格をしているか・・・会ってまだ数十分しか経っていない今でも、大体は想像がついたからだ。

それにしても・・・と、ジョー軍曹がヒューゴに『炎の英雄』についてを説明しているのを聞きながら、彼は思う。

まさかこんなところでも『炎の英雄』の名前が出てくるとは、思っても見なかった。

いくら真の紋章を宿している生き証人のがいても、そう簡単に信じられるような話ではない。

相手はほぼ伝説上の人間なのだ。―――そうは言っても、おそらく自身もトラン共和国では伝説の英雄となっているだろうと推測されることから、頭から否定できないのが辛い所なのだけれど。

それでも『炎の英雄』はともかくとして・・・何かがそれを中心に動き出しているだろう事はビクトールも想像がついた。―――何が・・・とまでは分からないが。

「それでね。私たちはとりあえずリザードクランに行ってみようと思ってるの。貴方この辺に詳しいなら案内してくれない?もちろんタダでとは言わないわ」

そう言ってリリィは右手を突き出し、指を4つ立てた。

「40000か?」

「4000よ!悪かったわね!!」

からかうように口を挟むと、リリィにすごい形相で睨みつけられた。

冗談じゃねぇか・・・と呟くと、不機嫌そうに鼻を鳴らされる。

「よし、分かった。引き受けてやろう!なぁ、ヒューゴ!!」

「えぇ!?」

「ちょっと!あんたには聞いてないわよ!!」

「まぁまぁ、固い事言わずに・・・」

呆れたような表情を浮かべるヒューゴと怒りをあらわにするリリィを宥めて、ビクトールは再び豪快に笑った。

 

 

結局なし崩しのままリリィの案内をする事になり、早々に旅立つという事なので消耗した装備品を補充するために道具屋に向かったビクトールは、自分の背後で気配を隠そうともしない人物に向かい声をかけた。

「おいおい、そんなに俺が信用できねぇか?」

「信用できるほど、あんたの事を知っているわけじゃないからな」

振り返ると、そこにはいつもヒューゴの隣にいたダックの姿がある。

姿は違えど、どこかグレミオと通じるところがある・・・と妙に親近感が湧いてきた。

ビクトールは芝居がかった仕草で両手を上げると、彼特有の不敵な笑みを浮かべる。

「別にお前たちをどうこうしようって腹はねぇよ。ただ利害が一致したってだけだ」

「・・・利害?」

「そうだ。お嬢さんの追ってる『炎の英雄』関係ってやつだ」

ますます深くなる笑みにつられるように、ジョー軍曹の表情は険しくなっていく。

「あんたまで『炎の英雄』を追っているのか?そんなものが本当にいると?」

どうしたものか・・・と、ビクトールは頭をかく。

いるかいないかと聞かれれば、彼の意見としては『いない』を迷わず答える。

けれど自分の仲間たちはそれを追っていて・・・・・・その内の1人はどうやら何かわけありの様子で。

ビクトールはじっと自分を睨んでくるダックを見返した。―――どうやら彼を煙に巻くのはかなり難しそうだ。

ならばそれも簡単にやってのけそうだが、少なくとも自分には無理だとビクトールは思う。

諦めたように小さくため息を吐いて。

「いる・いないはともかくとして・・・それでも俺は『炎の英雄』を追わなくちゃいけねぇんだ」

「・・・だから、それは何故だと聞いている」

「俺の仲間がそれを追ってるからだ。なんつーか・・・この際だから言っちまうけど、俺迷子なんだよな・・・」

「・・・は?」

「だから、迷子なんだって。はぐれちまったんだよ。だからあいつらと再会するためにも、『炎の英雄』を追うしかないって訳だ」

軽い口調で告げると、軍曹は胡散臭げな目つきを向けてくる。

その目つきにも慣れた・・・と言いたいところだが、やはり向けられて気持ちの良い物ではない。

「心配しなくても、あんたの連れに手出す気はねぇよ」

おそらく彼が一番心配しているだろう事を的確に言い当てると、再び軍曹の表情が厳しいものへと変わっていく。

「・・・その言葉に二言はないな?」

「もちろん」

「もし裏切ったら・・・その命をもって償ってもらうぞ?」

「疑り深いな、お前も・・・」

呆れたようにそう言えば、軍曹はようやく警戒を解いてビクトールの前に立った。

自分よりも幾分小さい軍曹を見下ろして笑みを浮かべると、軍曹もため息混じりに苦笑する。

「それよりも・・・・・・お前が捜している仲間とやらの名前を聞いてもいいか?」

「いいけど・・・んなこと聞いてどうするんだ?」

「いいから、そいつの名前はなんて言う?」

答えを急かされ、ビクトールは不思議に思いながらも・フリック・グレミオの名前を順番に上げていった。―――と、軍曹が先ほどよりも安心したような表情を浮かべた。

と言ったな?」

「・・・・・・ああ、言ったけど・・・」

「なら、問題ない。出発するぞ、さっさと来い」

俺のほうが年上なんだけど・・・とかすかに思いながらも、ビクトールは言われるままに軍曹の後ろを歩き出す。

「なぁ、お前のこと知ってんのか?」

「いや、全く知らん」

「・・・・・・じゃあ、その反応はなんなんだよ」

疑い深く聞けば、首だけで振り返り軍曹はニヤリと笑う。

「昔、族長から『』という女の話を聞いた事がある」

「・・・ルシアから?」

「お前たちの話も聞いた事があるぞ。まさかその話の人物とここで会うことになるとは思ってなかったがな・・・」

小さく含み笑いをする軍曹を見て、一体どんな話を聞いたんだとビクトールは問い詰めたい気持ちになる。

ともかくも・・・はいろんな所で顔が広いのだとビクトールは今日改めて思った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

はぐれてしまった仲間・ビクトール編。

作中に『ある事件』ではぐれた・・・とありますけど、特に話は考えていません。

ので、深く考えないでください。

なんだかジョー軍曹がよく分からないのでこんな風に。

作成日 2004.2.24

更新日 2009.4.26

 

 

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