カラヤの村炎上を目の当たりにし、これからのことを話し合った結果。

ゲド一行は、とりあえず彼らの拠点であるカレリアに戻る事に決めた。

険しい山を越え、ようやく辿り着いたカレリアで休憩を取る一行の前に現れたのは、同じくハルモニアの傭兵であるデューク隊。

そこでは、他人事とは思えないハルモニアの動向を聞いた。

それは・・・―――『真の紋章狩り』が行われるという事。

 

トランの英雄

 

「・・・真の紋章狩り?」

ゲドが訝しげにデュークに視線を向けると、デュークは楽しそうに口元を歪めて口を開いた。

何でもハルモニア本国が、辺境警備隊に『真の紋章狩り』の指令を出したらしい。

「・・・真の紋章って何だ?」

不思議そうに首を傾げるアイラに苦笑しつつも、は丁寧に真の紋章についての説明を始めた。―――その傍らで、ゲドとデュークの会話を盗み聞く。

「何でも真の紋章を手に入れた奴には、莫大な報酬が与えられるらしいぜ?」

「・・・・・・」

「今度こそ、どっちが警備隊一の傭兵か・・・決着をつけようじゃねぇか!!」

勢い良くそう宣言したデュークに、しかしゲドは全く相手にしていないようで。

「・・・興味ないな」

そう一言返すと、目の前に置かれた酒に手を伸ばす。

その態度が気に入らないのか、さらに口調を荒げるデュークを見て、は本当に小さくため息を零した。

彼とゲドの諍いはともかく、『真の紋章狩り』というのは正直歓迎できたものではない。

説明を聞き終えたアイラが、未だに小さく唸っているのを横目には思う。

それにしたって、こいつらは本当に仲が悪いな、と。

ゲドとデュークだけでなく、他の隊員同士も少なからずお互いをライバル視しているようだ。―――クイーンたち女の戦いは特に。

それでも一応言いたい事は言い終えたのか、悪態をつきながら酒場を出ていくデューク隊とすれ違うようにエースが酒場に入ってくる。

それを何気なく眺めていて・・・―――ふと、デューク隊の1人・・・コボルトの男と目があった気がした。

小さく首を傾げてみるが、そのコボルトは特に何を言うでもなくそのまま酒場を出て行き、ただの気のせいかと思い直した頃、エースが興奮気味にハルモニア本国から指令を受けた『真の紋章狩り』について話し出した。

エースの説明によると、ハルモニアが出した指令は『真の紋章狩り』ではなく、本当は『真の火の紋章狩り』なのだそうだ。

『炎の英雄』が宿していたと思われる『真の火の紋章』。―――それはかつて炎の英雄がハルモニア本国から盗み出したものなのではないかという憶測がある。

どうしてハルモニアが今になって炎の英雄を求めるのか?

『真の紋章』を集めているハルモニアとしては、『真の火の紋章』も手の内にしまっておきたいものなのだろうという事は分かるが、どうしてそれが今なのか?

グラスランドに炎の英雄が現れたという噂が、さらに現実味を増した気がする。

それよりなにより、にとっては『真の紋章狩り』の方が脅威だ。

本当の目的が『真の火の紋章』なのだとしても、別に他の『真の紋章』がいらないわけではないだろうし、狙われる確立も数段にアップする可能性もある。

ここ数年は表立って派手に行動はしていないので、よもやバレることはないだろうとは思っているが、万が一という事も・・・。

もし今ここで、ハルモニアの軍に囲まれでもしたら・・・―――考えるだけで憂鬱になってくる。

「・・・勘弁してよ」

「なにがだ?」

思わず呟いた一言は、隣に座っていたアイラに聞こえていたらしい。

はアイラに向かい「なんでもない」と言葉を濁し、自分の分のソーダをアイラに手渡してやった。

嬉しそうにソーダを飲むアイラに笑みが零れ、最悪の場合を想定してため息が零れた。

 

 

夜の闇にまぎれて、は部屋を抜け出した。

もう真夜中とあって、流石に宿の中は静寂に包まれている。―――未だに少しの賑わいを見せる酒場を横切って外へ出ると、迷う事無く宿の裏手に回りこんだ。

そこに立つ大きな木の下まで来ると、用心深く辺りを見回して・・・。

「・・・ナギ」

呟くようなほんの小さな声でそう呼びかけると、目の前にパッと人の姿が現れた。

見るからに忍の姿をした見知ったその男を確認し、はやんわりと微笑む。

「ごめんね、こんなところまで足を運んでもらっちゃって・・・」

「いえ、仕事ですから・・・」

ナギはきっぱりとそう言うと、懐から数枚の紙を取り出しに手渡した。

「この間発生した、カラヤ襲撃に関する報告なのですが・・・貴方が自分の目で確認された通り、ゼクセン騎士団が行った事に間違いありません」

渡された紙に書かれた文字を目で追いながら、ナギの言葉に簡単な返事を返し続きを促す。

「・・・それで?」

「ゼクセン騎士団がカラヤを襲撃した理由としまして、同時に行われていた休戦協定の場でリザードクランの戦士たちに奇襲にあったのが原因だと思われます」

「リザードの?」

「はい。その場から騎士たちを逃がす事を目的とし、カラヤを襲ったのだと。リザードが奇襲を仕掛けた理由は、おそらく族長暗殺が原因かと・・・」

「ちょっと待って!つまりは・・・」

淡々と報告を続けるナギにストップを掛けて、は思わずこめかみを抑えた。

つまりは、ゼクセン騎士団がリザードクランを襲ったことがきっかけで、リザードたちは休戦協定の席でゼクセン騎士団を奇襲し、ゼクセンはその奇襲から逃れるための陽動のためにカラヤを襲った・・・と。

まるでメビウスの輪のようだ。―――いつまで立っても憎しみは終わらない。

憎しみは戦火を広げるばかりで、治まる様子は見えない。

「そもそも、最初にゼクセンがリザードを襲ったことについてだけど・・・」

「それにつきましては・・・」

視線で指示され、数枚ある紙をめくっていく。

「なになに?『リザードクラン襲撃の際に、騎士団長であるクリスの所在は証明されている?』―――って事はつまり・・・」

「はい。おそらく殿が見たクリスは、本物ではないのでしょう。いえ、もしかすると確認されたクリスが本物ではない可能性もありますが・・・」

ナギの呟きに、しかしはどちらが偽物だったのか分かっていた。―――いや、今確信したといってもいい。

リザードクランで見たクリス・・・・・・それに重なるようにあったうっすらとした影。

あれが見間違いではなかったのだと、ようやく納得できた。

「それで・・・ハルモニアの方の動向は?」

渡された報告書には記されていないハルモニアの動向に、は目で『調べてくれてるんでしょう?』と訴えてみる。―――するとナギは少しばかり怯んだ様子で、深いため息を1つ。

「申し訳ありません、詳しい事は何も。ただ・・・・・・・」

「ただ・・・?」

「ハルモニア本国から、神官将ササライが派遣されたようです。もうすぐカレリアに到着するのではないかと・・・」

「ちょ!それを早く言ってよ!!」

目に見えて慌てるに、ナギは再びため息を吐いた。―――こうなる事が予想できたからこそ、言わなかったのだけれど。

しばらく考え込んでいたは、しかし自分を落ち着かせるように数回深呼吸を繰り返し、それから困ったような笑みを浮かべた。

「まぁ、それが分かってたとしても、彼らから離れるわけにもいかないしね」

ゲドたちがしばらくここにいると言ったからには、もここに居ざるを得ない。

どうしてそこまでゲドたちに執着するのかと言えば・・・―――もう意地という他ない。

危険を承知でここまでついてきたのだから、途中で離れるのは何となく悔しいのだ。

「ありがとう、ナギ。引き続き調査をお願いね。あと・・・ビクトールたち見かけたらそれも教えて」

「・・・承知。それでは失礼します」

小さく一礼して、ナギは素早くその場から姿を消した。

既にないその気配を見送って、再び手の中にある報告書に目を落とす。

事態は思ったよりも複雑に、そして多くのモノを巻き込んでいるようだ。

彼らは巻き込まれていなければいいけど。―――と仲間である3人の男へ想いを馳せる。

そもそもあれだけのトラブルメーカーが揃っていて、巻き込まれない保証などどこにもないと自身思うけれど。

絶対にビクトールは顔を突っ込み、困っている人を見捨てる事の出来ないグレミオは望む望まない関係なく関わりを持ち、幸の薄いフリックは巻き込まれてしまうのだろうけど。

妙な確信でそんな事を思っていると、不意に背後から葉の鳴る音が聞こえ素早く振り返る。

暗闇に身を潜めたその気配に、訝しげに眉間に皺を寄せたその時。

「へぇ〜。ゲドたちと一緒にいるからには、タダのお嬢ちゃんじゃないだろうと思ってたけど、かなり怪しい行動取ってんだなぁ〜」

からかうような口調で姿を現したのは、昼間酒場で見かけた・・・。

「・・・・・・デューク?」

「お、俺の名前覚えてんのか?光栄だねぇ」

デュークに続くように、女と男・そしてコボルトの男が姿を現した。

一体何事だろうか、とは小さく首を傾げる。

ゲドたちならばともかく、ハルモニアの傭兵が一般人である自分に用があるとは思えない。

いや・・・思えないこともないけれど。

最悪の場合を思い浮かべ、思わず乾いた笑みが零れた。―――まさかね、と思わずそう呟いたに嫌な予感・・・寧ろ確信的なそれが襲う。

「お前、=マクドール・・・だな?」

思わず反応を返せないに向かい、デュークは無慈悲にもその言葉を口にした。

「でもよ。本当にこの小娘があの『トランの英雄』なのか?」

ああ、バレてるよ・・・と思わず頭を抱えたい気分になる。

デュークにそう質問されたコボルトの男は、再びの顔を凝視し。

「間違いない」

揺るぎない声色で、そう宣言した。

何故このコボルトが自分の顔を知っているのかは置いておいて、自信なさ気ならともかくこれほど断定的に告げられて、果たして誤魔化しきれるだろうか?と思う。

おそらくどこか・・・・・・心当たりがあるとすれば、15年前のデュナン統一戦争か、それともハイ・イーストの動乱か。―――その辺りで確認されてしまったんだろう。

「あの・・・何のことだがさっぱり。誰かと勘違いしてるんじゃ・・・」

「間違いない、お前だ」

とりあえず猫を3匹くらい被って誤魔化そうとしたが、やはりあっさりとそう切り返され失敗に終わった。

デュークもコボルトの言葉を信じたのか、に強い視線を向けるとニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。

「・・・と、言うわけだ。怪我したくなかったら大人しく『真の紋章』を俺たちに渡せ。そうすりゃ乱暴な真似はしねぇよ」

「渡せと言われても・・・」

そう言われて簡単に渡せる程、にとってソウルイーターは軽い物ではない。

何より、デュークたちに脅されてもそれを脅威に思えないことも事実だ。―――騒ぎになることは、十分恐怖だったが。

やれやれ、とため息を1つ吐いて。

「持ってるか持ってないかは別にして。もし嫌だって言ったら・・・?」

「実力行使だな・・・」

予想通りのその返答に、は不敵な笑みを浮かべた。

腰に差した長剣に手を伸ばして、その柄を強く握り締める。

「・・・なら、そうすれば?出来れば、の話だけど」

「ほざけっ!!」

の言葉に一笑すると、デュークは剣を抜き駆け出した。

それに反応しても素早く剣を抜く。―――振り下ろされる剣先を見据えて、それをいとも簡単に受け止めると、デュークが驚きに目を見開いた。

「なに!?」

ぎりぎりと悲鳴を上げる剣にデュークはさらに力を込めるが、は涼しげな顔でそれを簡単に受け止めている。

その細い腕のどこに、それほどの力があるのか。

はそんなデュークを見て小さく笑うと、刃を斜めに下ろして力を抜いた。―――デュークの剣の刃はの剣の刃をすべるように落ちていき、その隙に一回りは大きい彼の懐へと入る。

体勢を崩したデュークの腹に肘で一発攻撃を入れ、身体を半回転させて上段回し蹴りを繰り出すと、見事にデュークは地面に叩きつけられた。

は地面に転がったデュークの右手を足で踏みつけ、剣を離れたところに蹴り飛ばすと、彼の喉元に自分の剣を突きつける。

「・・・ゲームオーバー」

月の光を背には微笑む。―――見下ろすの表情は、逆光になっていてデュークには見えなかったが、じわじわとした恐怖が身体の中に侵食していくのを感じた。

一向に動き出そうとしないデューク隊の面々に視線を向けながら、はこれからどうするか・・・と思案し始めた。

「そのくらいにしておけ・・・」

不意にどこかから聞き覚えのある声が響き、そちらに視線を向けたはバツが悪そうに顔をしかめる。

「・・・ゲド」

「もうデュークたちも気が済んだだろう。これ以上やると騒ぎになるぞ」

淡々と事実を述べるゲドに、は内心助かったと安堵して剣をデュークの喉元から離した。

としても、出来ればデュークたちの命までは取りたくなかった。

真の紋章を宿していると言う事実を知られているとは言っても、なお・・・―――甘いと言われればそれまでなのだけれど。

「まぁ、ゲドがそういうなら。言っておくけど、もしこのことを誰かに話すつもりなら、それ相応の覚悟だけはしててね」

剣を鞘に収めつつそう話し掛けると、デュークは悔しそうに身を起こしながらとゲドを睨みつけ。

結局は何を言うでもなく、仲間たちとその場を去っていった。

後に残る、とゲドと・・・なんともいえない微妙な空気と沈黙。

「あのう・・・・・・ゲド・・・さん?」

「あいつらのことなら、心配ない」

「いや、そうじゃなくて・・・」

デュークたちがこのことを誰にも話さないだろう事は予想できた。―――戦士のプライドとして、(あくまで見た目だが)まだあどけない少女に負けたなどとは言えないだろう。

それに自分たちで回収できなかったから上に報告する程、自分たちのプライドを捨てきれてもいないだろう。

が言いたいのは、そんなことじゃなくて・・・。

「戻るぞ。あまり夜遅くに出歩くな・・・」

の視線を無視して、ゲドは先に宿に向かい歩き出した。

それを見て、は小さく肩を竦める。

多分バレているだろうとは思っていたが、ゲドはの正体について把握しているらしい。―――確かに彼女は、何度も大きな戦いに身を投じ、それなりに表立った場所に居たのだから当然と言えば当然なのかもしれないが。

ビネ・デル・ゼクセで旅の同行を願い出た時、思いの他あっさりと許可が出たのはの正体が『トランの英雄』だとバレていたからか。

それともそれは旅の途中で気がついたことで、旅の同行の許可が出たのはハイ・イーストの動乱で出会ったことを覚えていたからなのか。

「まぁ、どっちでもいいけど・・・」

苦笑気味に呟く。

どちらでもそう変わりはない。―――重要なのは、の正体がバレているということだ。

しかしそれもそれほど気にする必要はないのかもしれない。

お世辞にも、ゲドはあまりお喋りとはいえない性質なのだから。

ゲドの後に続いて宿屋に戻ろうと足を踏み出したは、しかしふと立ち止まって。

「今見たことは、みんなには内緒だからね?」

大きな木を見上げて、やんわりと微笑んだ。

そのままどうするでもなく、軽い足取りで宿に戻る

それを木の上から見送っていた影は、1つ大きなため息を吐いた。

 

 

「みんな遅いねぇ・・・」

酒場でアイラと2人、ソーダを飲みながらぼやく

今ゲド一行は、広場で行われているハルモニア神官将の演説を見学に行っていた。

エースに『隊員じゃない奴は行けない』と言われ、しかし自分も行きたいとダダをこねるアイラを、「一緒にソーダ飲んで待ってよう」と説得し、その言葉通りソーダを飲みながら彼らの帰りを待っていた。

としては、アイラと違って行きたいとは思えなかったからだ。―――どこの世界に、自ら危険に飛び込んでいく物好きがいるだろうか?

そう考えて、何人もそれに該当する人物が思い当たるのが辛い所だが。

「ひ〜ま〜!!」

ダンダンとテーブルを叩きながら駄々をこねるアイラに、は困った様に笑みを浮かべ、それならばどこかに買い物にでも行くかと提案しようと口を開きかけたその時。

にぎやかな声が聞こえて、そちらに目をやった。

「あ、帰ってきたみたいよ」

の声と共に、ゲド隊の面々が酒場になだれ込んでくる。

とりあえず一休みしようと腰を下ろそうとした面々に、しかしゲドはいつもの口調で早々と先手を打った。

「出発する」

「・・・へ?今すぐにですか?」

椅子に座ろうとしたところで固まったエースは、間抜けな体勢でゲドに聞き返す。

「ああ、あまり時間もないようだ。15年前の都市同盟騒乱以上の火事になりそうだからな」

途端に浮かぶ、嫌そうな顔。

15年前の都市同盟以上ともなれば、それも分かる気がする。

も同じような表情を浮かべて、しかし思うところがあるのかふと表情を曇らせた。

「・・・どうかしたのか?」

心配そうに様子を窺ってくるアイラに、誤魔化すような笑みを浮かべたは、早速出発だと張り切っているエースの後に続いて酒場を出ようと腰を上げた。

それぞれがそれぞれの反応を示しながら、再び始まる任務に向けて足を踏み出したその中で、は自分を見つめてくる視線に振り返った。

「・・・・・・どうしたのかな、ジャック?」

「・・・いや」

なんでもないと否定しておきながら、視線を外すことはない。

目は口ほどにモノを言う。―――と人は言うが、無口な人間はそれが半端ではないようには思う。

彼の言いたい事がわかっているは、にっこりと微笑みを返して。

「覚えてるよね、約束」

他の人には聞こえないように、ジャックの耳元でひっそりとそう呟く。

『今見たことは、内緒だからね?』

悪戯っぽく微笑むを見返して、ジャックは小さく頷いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

何故ジャックがあそこにいたのかというと、暑いので木の上で寝ていたからです。

ゲーム中でもそんな場面があったりしたので、それを強引に・・・。

なんだかデュークがえらい扱いになっていますが、彼ファンの方申し訳ありません。

決して嫌いなわけではありません。何とか接触させたいと思った結果です。

作成日 2004.2.27

更新日 2009.8.30

 

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