いつも通りの日常。

いつも通り学校へ行き、いつも通り授業を受けて、いつも通り家に帰ってご飯を食べ、そして・・・―――いつも通りではない空気の中、食後のお茶を飲んでいたは、気付かれない程度に小さく息を吐く。

なんだかとても嫌な予感がする。

こういう予感は不思議と外れた事がないのだ。―――本当に、不思議な事に。

「・・・、話がある」

テレビも何もない部屋の中、重い沈黙を打ち破って声を発した一清を前に、は僅かに頬を引き攣らせる。

こういう前置きをされてから話される内容に、碌な事があったためしがない。

出来れば聞かずに部屋に引き上げたいが、それが叶うとは思っていない。―――またそれをしたところで、問題を先送りにしているだけだという事も。

「・・・ものすごく聞きたくないんだけど」

「仕事だ」

それでも控えめに拒否を示すも、情け容赦ない一清の一言が突き刺さった。

「一清くん。最近ちょっと理不尽な気がするんだけど」

「これが依頼内容だ」

の反論を許すつもりは元からないらしい。

問答無用で目の前に放り出された紙の束を見下ろして、は諦めのため息を吐き出した。

 

不本意な命令

 

の手元の資料に書かれてあったのは、3人の依頼主の名前。

依頼主は、3人共が湯浅高校に通う女子高生からのものだった。

一件目は陸上部の部室で。―――ロッカーが倒れていたり備品が錯乱していたりするらしい。

あまりに酷いので泊まりこんで見張りをしていたらしいのだが、ちょっと目を離した隙に箱にしまっておいた砲丸が床に一列に並んでいたという。

二件目は体育館の開かずの倉庫。―――そこで友達数人と肝試しをやった際、首吊りの影のようなものが見えた。

それ以来、その子の机から幽霊の手が伸びお腹を触るのだという。―――そのせいで、その子は胃に穴が開きただ今入院中。

三件目は誰もいない音楽室。―――そこの窓に奇妙な人影が映るのだそうだ。

そんな事が続き、生徒の数人がノイローゼの症状を訴え学校を休んでいるらしい。

すべての資料を読み終えたは、盛大に顔を引き攣らせながら静かに資料をテーブルに戻した。

なんだ、この怪談オンパレードのような学校は。

いっそこの学校が呪われているのではないかとさえ思う。

「それが今回の依頼内容だ。最初は女子高生の戯言かと思い気にしてなかったが、こうも続くと少し気になってな。1つ1つの出来事は大した事じゃないが、こうも毎日依頼が来れば流石に可笑しいと思うだろう」

「まぁ・・・それは、確かに」

ごにょごにょと口ごもりながら、はチラリと資料へ視線を落とす。

確かに家は霊能者としては名高い。

しかしだからこそ、こういうところへ依頼をするのは少し躊躇いが生じるのだ。―――どうせ依頼をしても、受けてはもらえないのではないかと。

それが女子高生ならば尚の事。

それが数日の内に3件もの依頼。―――家に持ち込まれた依頼が3件だという事は、もしかすると被害はもっと多いのかもしれない。

「でも、面倒臭がりの一清がわざわざ出向こうってほどの内容だとは思えないんだけど。何か他に理由が・・・」

「何を言っている。俺が出向くわけないだろう」

それでも何とか回避したいと言葉を紡げば、至極あっさりとした答えが返ってくる。

「・・・は?」

今、一清はなんて言った?

俺が出向くわけない・・・と聞こえた気がしたのだけれど。

けれど一清は話の初めに言ったのだ。―――仕事だ、と。

そんなの心情を読み取ったのか、一清は藤野が淹れてくれた熱いお茶を一口すすって。

「これはお前の仕事だ。俺には関係ない」

嫌にキッパリと言い放たれた言葉に、は思わず絶句した。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

それでもここで黙ってしまえば流されてしまうのは目に見えている。―――何とかこの話を白紙に戻すべく、はバンとテーブルに手を付いて一清を睨み付けた。

「一清。私を月華にするってアンタが言った時、約束したよね。『月華は当主のパートナーだから、単独で事件に当たる事はない』って!!」

「言ったか?」

「言ったよ!しらばっくれんな、この俺様男!!」

、いつも言っているだろう。言葉遣いには気をつけろと」

「誰が言わせてんだ、誰が・・・!!」

何を言っても動じない男に、はぐっと拳を握り締める。

一発ぶん殴ってやりたい。―――そう思うも、それを実行できるかは別だったが。

「他の人は?わざわざ私を指名しなくたって、他にもいっぱいいるでしょーが」

「生憎と全員手一杯だ。空いているのは俺かお前しかいない」

「・・・じゃあ、アンタが行けばいいでしょ」

「俺はこんな面倒臭そうな依頼はごめんだ」

「私だって嫌だよ!!」

あまりにも理不尽な物言いに、はぷいと視線を逸らしてふんぞり返る。

これがあの家のトップとナンバー2なのかと思うと、将来が不安に思えて仕方がない。

幸な事にこの場には一清との2人しかいなかった為、第三者の耳に入る事はなかったが。

「だいたい、この私が1人でこんなたくさんの依頼を処理できるわけないでしょ?もっと現実を見てよ」

威張って言う台詞ではないが、とて必死である。

この依頼を受けたら学校を休まなければならなくなる以前に、命さえ危険に見舞われるかもしれない。―――あの夏休みの事件で、いかに自分が悪霊に当てられやすいか実感したばかりだ。

しかし必死の面持ちで睨みつけるを眺めて、一清は涼しい顔で一言。

「別にお前1人でやれとは言ってないだろう。あの渋谷とかいう奴に協力を頼めばいい。お前だってあっちに協力してるんだから、向こうは拒否できる立場ではないだろう」

「・・・え?」

思わぬ提案に、は僅かに頬を引き攣らせる。

ナルに協力を依頼。

確かに一清の言う事ももっともだが、何故自分がナルの元にお願いしに行かなければならないのか。

もう一度依頼内容を確認して、は嫌な予想に息を漏らす。―――ほぼ間違いなく、鼻で笑って一蹴されそうな気がするのだけれど。

「・・・っていうか、ほんとに一清が行けば簡単な話なんだけど」

「俺は行かない。これはお前に振り分けた仕事だ、変更はしない。嫌ならば依頼を断ればいいだろう。まだ正式に受けたものではないからな。その学校の生徒たちがどうなっても俺の知るところではないし」

ものすごく非人道的な発言が飛び出したのは、果たして気のせいか。

そこまで言われてしまえば、とて聞かなかった事には出来ない。

これで湯浅高校の生徒に何かあれば、後味が悪いどころの話ではないのだから。

「・・・・・・」

資料とにらめっこする事、数分。

漸く反論を諦めたは、その資料を手に疲れた面持ちで立ち上がった。

明日はちょうど日曜日。

かなり気は重いけれど、行ってみるしかないだろう。

、健闘を祈る」

背中から掛けられた僅かに笑みを含んだエールに、はぐっと拳を握り締めた。

いつか絶対に殴ってやる、と心に堅く誓いながら。

 

 

そうして翌日の日曜日、は渋谷の街に立っていた。

休日という事もあり、街はたくさんの人で賑わっている。

楽しそうにすれ違う人たちを眺めながら、は重い足を引きずりながら目的の場所へと向かう。―――なんで折角の休日に、自分はこんな気持ちを抱えて渋谷なんてところを歩いているのか。

どうせ来るならショッピングでもして楽しみたいところだが、今はとてもそんな気にはなれない。

急遽決まった仕事のせいで、はいくつもあった課題を徹夜で終わらせなければならない羽目になったのだ。

はっきり言って寝不足で頭が痛い。―――体調はすこぶる最悪だ。

見慣れた景色をとぼとぼと歩きながら、はまだ真新しいビルを見上げてため息を吐く。

とうとう着いてしまった。

これから事務所へ行ってナルに依頼の説明をし、馬鹿にしたような笑みを向けられ一蹴されながらも、はそんな相手にお願いをしなければならないのだ。

今すぐ回れ右したいところだが、そうもいかない。

は深呼吸を2.3度繰り返した後、意を決してSPRの事務所へと向かった。―――高校受験の時だって、こんなに緊張しなかったのに。

そうしてが目の前の擦りガラスがはめ込まれた洒落たドアを押し開けようとしたその時、中から麻衣の怒声が聞こえてきては訝しげに首を傾げた。

取り込み中だろうか?―――出直して来た方がいいのかもしれないと思いつつも、はゆっくりと扉に手を伸ばす。

ここで戻ったら次来る時が更に辛いし、聞こえてきた怒声に少しばかり好奇心がくすぐられたというのもある。

まぁ麻衣の怒声の原因など、ナル以外にはないだろうが。

「―――昨日から3件も依頼があったの!湯浅高校!!」

ほんの少し扉を開いた途端に漏れた麻衣の声に、は目を瞬かせる。

「・・・湯浅高校?」

そう聞こえた気がした。―――聞き間違えがなければ、の話だけれど。

「ナルは断っちゃったけど、ぼーさんかジョンに頼めないかと思って連絡先聞いといたの」

「・・・こりゃただ事じゃないぜ。こんな短期間に1つの学校に集中して」

話の断片しか聞こえないけれど、麻衣の発言と滝川の発言。―――そして決定的な湯浅高校という名前。

間違いなく、今自分が抱えてる問題に違いないとはがっくりと肩を落とす。

「・・・あの〜」

「うわっ・・・はいっ!」

どうしようかと思案していたは、突然背後から声を掛けられ小さな悲鳴を上げた。

その声に気付いたのか、麻衣と滝川がドア付近へと様子を見に来ると、そこには乾いた笑みを浮かべると見知らぬ男が立っている。

「・・・なにやってんの、お前」

「い、いや〜・・・あの、ほら。なんか依頼人みたいよ、この人」

呆れた眼差しを向けられ、なんとか誤魔化そうとから話を振られた見知らぬ男は、麻衣と滝川を認めると小さく会釈した。

「あの、私湯浅高校の校長の三上と申します。実はうちの学校で変な事が起こっているらしくて・・・その調査をお願いできないかと思いまして」

見知らぬ男の言葉に、3人はきょとんと目を丸くさせて。

揃ってナルへと視線を移すと、事務所の最高責任者は諦めたようにため息を吐き出した。

 

 

「・・・で、お前は一体何しに来たわけ?」

湯浅高校の校長から話を聞き終え、最初は渋っていたナルが依頼を引き受ける事を決定し、安心した様子の校長を送り出したその後、漸く滝川がずっと温めていた疑問を口にした。

そんな滝川をチラリと横目で見やり、麻衣に淹れてもらったアイスコーヒーをコクリと一口飲み下したは、大きく息を吐き出しながらカバンから数枚の資料を取り出す。

「これ、なんだけど」

「・・・これは?」

「うちに来た依頼で、今回の私の仕事。ちなみに全部湯浅高校の生徒からのもの」

面倒な説明をすべて省いたの言葉に、ナルは1つ頷いて資料に手を伸ばす。

資料は藤野が作成したもので、どこに出しても恥ずかしくないものだ。

「なんだよ。家の方まで行ってたのか」

「そうみたい。私も昨日の夜聞いたばっかりだから、詳しくは知らないんだけど」

それよりもぼーさん、なにそのカッコ。―――と目に痛いほど派手な服装をしている滝川を見て感想を述べる。

そういえば前にバンドをやっているという話を聞いた事はあったが・・・―――自身、あまりそういったものに興味がないのでスルーしていた。

まさかこんなに派手な格好をするバンドだとは思ってもいなかったが。

「こちらに来た依頼とは違うな。―――どうやらかなりの数の怪奇現象が起こっているらしいな」

「だね。うちに依頼に来た子達もそんな事言ってたらしいし・・・」

そう前置きをして、は持っていたコップをテーブルに戻すと、今もまだ資料に目を落とすナルを見据えて口を開いた。

「それでね。なんか便乗するみたいで申し訳ないとは思うんだけど、これも一緒に調査してくれないかな。勿論私に出来ることなら手伝うし・・・」

「へ〜、のやる気って珍しい」

「そりゃ私だって出来るならやりたくないけどさ」

麻衣の意外そうな声に視線を逸らして、は一清の言葉を思い出す。

自分が受けなければ、きっと彼は本当に依頼を断るのだろう。

SPRが依頼を受けた以上は心配ないとは思うけれど、だからといって放っておけない。

そうしたとしても気になって授業どころではないだろうし、なんだか問題を押し付けたみたいで後ろめたい気持ちもある。

それに何より・・・―――は確かに霊能者も霊現象も嫌いだが、だからといって依頼人に罪はないのだ。

時には面白がって依頼をする人もいるが、今回の場合はそんな部類ではない。

きっと恐怖に押しつぶされそうになりながら、縋る思いで依頼を申し込んだに違いないのだ。

そんな人たちを助けてあげたいと思うのは、人として当然の事だとは思う。

の珍しい真剣な眼差しを見返して、ナルは1つため息を吐き出した。

「依頼内容が同じなのだから、断る理由は特にない。どうせ協力要請を出そうと思っていたところだ。ぼーさんの件もあるしな」

付け加えられた言葉に、は僅かに頬を引き攣らせる。

ナルの言葉を深読みすれば、一清から仕事を押し付けられても押し付けられなくても、今回の事件に巻き込まれていたらしい事が窺える。

どことなく納得できない節もあるが、それでもナルの承諾はありがたいものには違いなくて。

「ありがとう、ナル。助かる」

そうお礼を言えば、ナルは不機嫌そうに視線を逸らした。

おや?―――これはもしかして・・・。

解りづらくはあるけれど、もしかして照れてるのだろうか?とはニヤリと口角をあげる。

「・・・なんだ、可愛いところもあるじゃん」

「え、どうしたの、?」

「ううん、なんでも」

楽しそうに微笑むを不思議そうに見返す麻衣へそう微笑みかけて、は更に笑みを深くする。

それを見咎められ、ナルにきつい一言を放たれるのはこの数秒後の事。

 

 

「どうも、ご足労様です」

翌日、早速問題の湯浅高校に向かったナル・麻衣・滝川・の4人は、通された校長室で校長の丁寧な挨拶を受けた。

その後、生活指導の吉野という先生も加えて、あらかじめ用意しておいて欲しいと告げてあった部屋への移動の中、校長が今回の調査についての説明を始める。

校内は自由に調べても良いという事。

部屋は小会議室を1つ用意してあり、相談がある者はそこへ出向くよう指示してあるという事。

そして最後に、学内が早く落ち着くようお願いしますと言葉を添えて、校長は吉野先生に後を任せて校長室に戻って行った。

その後姿を見送って、は小さく息を吐く。

すべて必要な準備が整えられ、待遇も悪くない。

こういう学校というある種閉鎖された空間において、自分たちのような異質な者は歓迎されないのが普通なのだけれど・・・―――よっぽど困っているのだろうと、少し気の弱そうな校長の顔を思い出し納得する。

「ここが今回のベースってワケね」

室内は適度に広く綺麗にされている。

本当に破格の扱いだなぁと感心していると、ここまで案内してくれた吉野先生が妙におどおどしながら滝川へと問い掛けた。

「あの・・・あなたがリーダーですか?」

「いやいや、あっちっス」

確かにこのメンバーだと、滝川がリーダーだと勘違いされても不思議ではない。

それでもやっぱり一番態度がでかいのはナルなのだけれど・・・と苦笑すると、吉野先生は少し躊躇った後言い辛そうに口を開いた。

「あ、あの・・・実はですね。私も相談したい事が・・・」

「・・・窺います。おかけください」

「・・・はぁ」

早速仕事モードに入ったナルに勧められるままに、吉野先生は会議室の椅子に腰を下ろす。

来たか・・・と思いつつ、滝川とも話を聞くべく壁に背を預けた。

「あの・・・ですね。あの・・・夜、ノックの音が聞こえるんです」

そう話し出した吉野先生の表情は悪い。

「それがしつこく続くもので、思い切ってカーテンを開けると・・・」

窓の外に、白い手だけがあるのだそうだ。

それはすぐにスッと消え、その後は何の音沙汰もないが、しかしまた翌日には同じ事が起こるのだという。―――無視しようとすれば一晩中続き、最近はろくに眠る事も出来ないらしい。

確かに顔色はすごく悪い。

痩せているというよりはやつれているという方がしっくり来る。―――もともとの吉野先生を知らないのでなんともいえないが、とても健康的とは言えなかった。

「・・・ノックだけですか?」

「・・・はい」

「その音は先生以外にも聞こえますか?」

「はい。でも私ほどは気にならないようです」

「そうですか」

吉野先生の答えにナルは考え込む素振りを見せて、そうしてもう結構ですと彼を送り出した後、滝川は疲れたようにため息を吐き出した。

「いきなりかよ・・・」

「ね。最初からこれじゃ、先が思いやられるっていうか・・・」

壁に背中を預けていたが、大げさに肩を落として嘆いてみせる。

しかしこれは冗談ではない。―――本当にがっくり来ているのだ。

ナルの元に舞い込んだ依頼は3件。

そして家に舞い込んだ依頼の3件と、滝川が受けた1件の依頼。

これだけでも尋常ではないと思えるのに、学校に来た途端これだ。―――最終的にどれほどの数になるのか想像もつかない。

せめてこれ以上増えませんようにと心の中で祈りながら、は困ったように視線を窓の外へと向けた。

 

 

授業終了のチャイムが鳴ると同時に、本当にたくさんの生徒が相談に訪れた。

SPRの事務所に依頼に来た伊藤清美という少女もその1人で、例の狐に憑かれたという友達は現在も学校を休んでいるのだという。

「机に飛び乗ったり、砂を食べたりするという話だったけれど・・・」

「それだけじゃないんです。いつだったかは制服のままプールに飛び込んじゃったりして。すごく寒い日だったのに・・・」

暗い表情で語る清美を眺めて、は僅かに眉を顰める。―――確かにそれは正気とは言いがたい。

「他人に危害を加えた事は?」

「・・・それはありません」

「普通人がそういう状態になった時は、病気じゃないか疑うと思うけれど、なぜ狐が憑いたと思ったんです?」

「だって・・・自分で「私はお稲荷さんの使いの白狐じゃ」って言ってたし、変になったのもコックリさん見てからだし・・・」

自己申告かよ・・・と思いつつ、は聞き慣れた単語に更に眉間に皴を寄せる。

コックリさん。

どこの学校へ行っても、どんな時代になっても、流行るものというのは変わらないらしい。

の学校でも一時期流行った事があった。―――勿論そんなものにが手を出す事はなかったが。

一体どこが面白いのかと不思議に思ったものだ。―――狐の霊を呼び出して質問する、なんて。

「紙と・・・なんていうんだっけ。グラス?杯?それを使う?」

「ううん。あたしたちのは紙に五十音を書いて、エンピツを使うやつです」

バリエーションも豊富らしい。

ちなみにの学校で流行ったのは、エンピツを使うのではなく10円玉を使うやつだが。

「コックリさんが帰らなかったとか、コックリさんを馬鹿にしたりとか全然なかったの。でも帰る時その子が「とり憑かれた気がする」って。そんなはずないって言ったのに、「肩が重い」って・・・」

そして次の日にはもう、変化は起きていたのだという。

清美の説明に、ナルは何かを考えているのかメモに視線を落としたまま。

どことなく重い沈黙に麻衣と滝川とはお互い顔を見合わせて・・・―――そうしてしばらくの後、ナルが静かに口を開いた。

「そのコックリさんをした場所は・・・」

「1−3の教室です」

「・・・そう」

これ以上は聞き出せないと判断したのか、ナルは1つそう頷いて、清美へ向かいもう帰っていいと告げる。

今もまだ不安そうな清美へ大丈夫だと微笑みかけながら、去っていった彼女の姿が見えなくなった頃小さく息を吐く。

相談はそれだけでは終わらなかった。

清美が去った後、家に依頼を申し込んだ少女たちが相談に訪れ、藤野が用意した資料とほぼ変わらない話をして帰っていく。

それだけではなく、SPRにも家にも滝川の元へも来なかった怪現象の報告が次から次へと舞い込んでくるのだ。

正直言って、もう勘弁してもらいたい。

「あたし、もう怖い話聞きたくない」

「私も。なんか聞いてるだけで呪われそう」

麻衣とは2人して顔を見合わせながら愚痴を零す。

確かに仕事ではあるが、だからといって楽しいわけは勿論ない。

本当に、一体いくつあるんだとうんざりしかけたその時、「しっつれーしまーす」という元気な声と共に勢い良く開いたドアの向こうから、ショートカットの可愛らしい女の子が顔を出した。

その少女は滝川の姿を見るとパッと表情を明るくさせ、至極嬉しそうに滝川に抱きつく。

「きゃー!ほんとに来てくれたんだ!!」

どんな関係なのかは知らないが、どうやら滝川の元に舞い込んだ依頼の主は彼女らしい。

随分と仲が良さそうな2人の様子に、自分や麻衣以外にも女子高生の知り合いがいたのかとは内心びっくりする。

ますます滝川法生という人間が解らない、とも。

そんな少女に明るく答えた滝川は、ふとこちらを振り返って笑みを浮かべた。

「紹介するわ。この顔の良いのが渋谷サイキック・リサーチの所長で、渋谷。そっちの嬢ちゃんが助手の谷山。んで、こっちが助っ人のだ」

「あたし高橋優子っての。ヨロシクね」

滝川の紹介に小さく会釈をすると、その少女・・・―――高橋優子はにっこりと笑って自己紹介をした。

その明るい笑顔に、は優子に好感を持つ。

ついでに、やっぱり可愛い女子高生は良いなぁ・・・などと親父臭い感想を抱いたり。

「早速ですが、問題の席に座って事故にあった人はいますか?」

「あ、はーい。あたしです」

雑談など元からするつもりのないナルの言葉に、優子と共に訪れた少女が軽く手を挙げ返事を返す。

そうしてその時の事を思い出しているのか、ほんの少し眉を顰めながら経緯を話し出した。

「あたしが事故にあったのは二番目なんだけど・・・。電車を降りて歩き出したら急に腕引っ張られて、ドアに挟まれちゃったのね。したら電車が走り出しちゃってー、一緒に走ったけどコケちゃって引きずられてー、んーと・・・5メートルくらい行ったところで電車が止まったけど、肩脱臼しちゃって足折っちゃってー、先週ギプス取れたトコ」

なかなかに今時の女子高生を思わせる話し方に、は思わず苦笑する。―――自分のクラスにもこういう子はたくさんいるなぁと思い出し、そういえば友達に頼んでおいた課題はちゃんと提出されただろうかと思考を飛ばす。

「・・・その時、ドアの傍に誰かいませんでしたか?」

「ううん、誰も。ちょうど電車が空いてて人が少なかったからちゃんと見たもん」

まぁ確かに、誰かに引っ張られれば気付かない筈もないだろう。

今はもう治ったと言っていたが、話に聞く限りはかなりの大怪我だったに違いない。

命に別状がなかった事だけが幸いだ。―――まぁ、こんな事件に巻き込まれて幸いも何もあったものではないが。

「例の席で変な事が起こる原因について心当たりは?」

「ないよ。・・・ねぇ?」

「うん」

もう1人の女の子に同意を求めると、すぐに肯定の返事が返ってくる。―――どうやら本当に心当たりはないらしい。

しかし、ある席に座った子だけが事故に合うなんて話は聞いた事がない。

そこに何か問題があるのは間違いないが、普通の教室の一角に何があるのかまでは想像もつかないのだ。

「・・・問題の席を見てみたいな」

「あ。じゃ、あたし案内したげる!」

ナルの小さな呟きに、優子が元気良く手を上げた。

怖いもの知らずというか、なんというか・・・。―――まぁ依頼主としての責任を感じているのかもしれないけれど。

そうして優子に案内されて向かった教室には、もう誰もいなかった。

流石にいわく付きの席がある教室に、放課後になってまで残ろうなどという生徒は流石にいないのだろう。

それをいい事にズカズカと教室に踏み込んだ4人は、問題の席を見つめて眉を寄せた。

なんて事はない、普通の学校の机だ。

他のものと変わった様子はない。

「・・・今、ここには?」

「いないよ、誰も。こないだまでいた子は今病院」

やはり怪現象は続いているらしい。

席替えでこの席になった子は可哀想だなと人事のように思いながら、はぐるりと教室内を見回す。

どうしてこの席だけなのだろうか。―――何か、ちゃんとした原因があるはずなのだけれど。

「担任の様子が可笑しいというのは?」

「そーなの。準備室に幽霊が出るから学校来るの嫌だって。前はそんなのいないって言ってたくせに!・・・入院しちゃったけど」

ご立腹の様子で話す優子を横目に、教師自ら堂々とサボリ宣言かよと突っ込みを入れながらも、入院したという言葉に前言を撤回する。

入院するほど気に病んでいたのなら、それはそれで仕方のない事なのかもしれない。

「病室にも出るとかって、もうノイローゼみたいだって」

付け加えられた言葉に、ナルを除外した3人は思わず顔を見合わせる。

これは、思ったよりも深刻な問題かもしれない。

3人は声には出さずにそう意思を交わして、困り果てたように眉間に皴を寄せた。

 

 

「・・・ねぇ、こういうのって伝染するものなのかな?」

問題の席を確認した後、ベースに戻る途中で麻衣がポツリとそう呟いた。

その発言に、滝川が隠す事無く表情を顰めて。

「げー。やな事言うね、お前。学校中で怪談に感染ってか?」

「でもさ。こんだけの事件がまったく偶然同時に起こった・・・なんて、そっちの方がありえないと思うんだけど。なんか、ほら。原因があるとか・・・」

「・・・たとえば?」

「そんなの私に解るわけないじゃない」

それが解っていれば、は今ここにはいない。

いつもそうだが、調査の初めは解らない事ばかりだ。

解らない事をだんだん理解していくのは面白くもあるけれど・・・―――まぁそれは、怪奇現象でなければ、の話だが。

「お前ね・・・―――どーするよ、ナルちゃん。とりあえずの・・・」

対策を・・・と言葉を続けようとした滝川は、ベースの扉を開けた途端に思わず口を噤んだ。

ベースには先客がいた。

どうやらこの学校の教師らしい男性が2人。

揃って顔色を悪くして、相談が・・・と口火を切る。

それからも相談者は絶えなかった。

1人帰ったかと思えば、また1人。―――全員が全員、己が体験した・・・もしくは友人が体験した怪奇現象を引っさげての訪問だ。

そうしているうちに時間は刻々と過ぎ、証言を書いたメモはどんどんと山積みになり、そして・・・―――とうとう滝川がギブアップの声を上げた。

「どーなっとんじゃ、この学校はー!!」

バサリと音を立てて机の上を滑るメモの枚数は、恐ろしい事になっている。

も話を聞くだけでかなりの体力を消耗したのか、ぐったりと椅子に背中を預けていた。

「こんだけの量、誰が除霊するってんだよ!俺か?俺なのか!?もー、いっそ泣かせてー!!」

「ぼーさん、がんばれー」

ワッと泣きマネをする滝川にエールを送れば、なにそのやる気のない応援!やら、お前はやらんのかい!!などと非難の声が返ってくる。

いつもならばそれに乗って冗談の1つでも返すところだが、残念ながらそれだけの体力は残っていなかった。

「・・・尋常じゃない」

ストレスを発散するべく騒ぎに騒いでいた滝川の声を遮って、ナルの静かな声が室内に響く。

それに揃って顔を上げた3人は、訝しげにナルへと視線を送った。

「1つ1つの事件はそう大したものじゃないと思う。でもこの数は普通じゃないと思わないか?」

言われるまでもなく、そこが一番の問題なのだ。

1つや2つなら、何処かで霊を拾ってきたのか・・・とか、ただのかんちがいなのではないかと片付けられるが、この数は半端ではない。

絶対に何か原因があるはずだ。―――その見当はまったくつかない状態だけれど。

「同時期に同じ場所でこれだけの数の事件、これがすべて事実だとしたら・・・絶対に原因があるはずだ」

真剣な面持ちでそう告げるナルの顔を見返して、はコクリと喉を鳴らす。

そうして改めて思った。

この事件、1人で当たらなくて本当に良かった・・・と。

「ほんと・・・何が起こってんだろ、この学校」

小さく小さく呟いて、は机の上に詰まれた紙束を見やり大きくため息を吐いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

しょっぱなからえらい長くなってしまいましたが。

とりあえず今回は誰がメインだとかは特に決めていませんが、それなりに交わらせていけたらなぁ、と。

作成日 2007.10.10

更新日 2007.12.16

 

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