「・・・はぁー」

ぐったりと机に突っ伏しながら、大きなため息を1つ。

ベースにはリンの作業をする小さな音だけが響く。―――麻衣も今のの状態を憚ってか、声を掛けてくる事はなかった。

再調査に乗り出すべくベースを出たが奇妙な違和感を感じ振り返った先にいたのは、頭から大量の血を流す男性の霊だった。

思わず上げてしまった悲鳴に反射的に真言を唱えた滝川のおかげでその霊は逃げて行ったが、あの衝撃はそう簡単に忘れられるものではない。

生憎とその男性の霊を目撃したのはだけなので、つい先ほどまではナルの質問という名の尋問を受けていたのだ。

どうして今まで姿を隠していたはずのあの霊が、突然姿を現したのか。

本当にその霊を見たのか。―――生憎と目撃者がだけなので、そこら辺りを重点的に確認されたのだけれど・・・。

「んな事、私に解るかっつーの」

霊を目撃した事よりも、寧ろナルの尋問の方が精神的にかなりのダメージを受けた気がする。

ちゃんとブレスレット、つけてたのにな・・・。

軽く左手を上げてブレスレットに視線を向けたその時、近くに座って作業をしていたリンの手が止まり、どうしたのかと顔を上げればこちらを向くリンと目が合った。

「・・・気分はどうですか?」

「んー、大丈夫。もともと大した事ないから」

だから寧ろナルの尋問の方が・・・と心の中で呟きつつも、リンの気遣いに小さく微笑みながら答える。

こんなにすぐに心配を掛けるようではだめだなぁと思いつつ、は気力を失ったかのように再び机へと突っ伏した。

 

の襲撃者

 

ともかくも、日が暮れたというナルの発言をきっかけに本日の調査は終了した。

霊がどの程度のものかを判断できない内は、泊り込んだりはしないらしい。

態度には似合わず意外に慎重派なんだなと思いつつも、としてもそれに異論があるはずもなく。

全員と別れて電車に乗り、最寄の駅で降りて構内を出た直後、目の前に止まる無駄としか思えないほど馬鹿でかい黒塗りの車を目に映して、は盛大に頬を引き攣らせた。

「お帰りなさいませ、さん」

まだ30代後半に見えるこの男性。

家本家において、当主である一清とその補佐兼世話係である藤野を除いて、が一緒に暮らしている運転手。―――名前を高遠という。

霊力が著しく低く、霊能者として仕事が出来ない彼は、本家で専属運転手として働いている。

も大変お世話になっているとても穏やかで気さくな人だが、何故彼が今ここにいるのか。

そんなの疑問を読み取ったのか、高遠はにっこりと微笑みながら恭しい手つきで後部座席のドアを開けた。

「藤野さんから言われたんですよ。もうすぐさんが帰ってくるだろうと。だからお迎えに上がりました」

「・・・ちなみに、いつからここに?」

「つい5分ほど前でしょうか。―――流石は藤野さんですね」

ニコニコと微笑まれながらどうぞと促され、は大人しく車の中へと収まる。

どうしてが帰ってくると解ったのか・・・。

特に連絡などしてはいないし、何時ごろ帰れるだろうという話をしたわけでもないのに・・・―――流石は藤野、様々な意味で侮れない人物である。

もっとも、あの一清を相手にしても平然としていられるのだから、その時点で只者ではないとは思っていたけれど。

高遠もすぐに運転席に戻り、車は静かに動き出す。

流石に良い車だけあって、座り心地はいい。

最初はあまりにも慣れなかったこの車も、何度も乗っている内に流石に慣れた。―――人の慣れとはこういうところにも出るのだから怖いと思う。

そんな事をぼんやりと考えながら、は柔らかいクッションに背中を預ける。

学校中を歩き回った事もそうだが、まだ仕事に不慣れなはああいう場所ではかなりの精神力を使う。

心身ともに疲れ果てた身体は、を急速に眠りへと誘っていく。

それに逆らう事無く身を任せ、は静かに目を閉じた。

車内に響き渡るクラシックの音楽は一清の趣味だろう。―――はあまりそういうのは聞かないけれど、こういう時には最高の子守唄になるというものだ。

そうしてどれくらい転寝をしていたのか・・・―――ポツリと頬に落ちた何かに意識を引き戻されるようにはうっすらと瞳を開ける。

自然と向けられた窓の外の景色はまだ流れるまま。

まだ家には着いていないのだろうとぼんやりとした頭で判断したは、しかしその窓に映る異変に気付き息を呑む。

ポタリ、と再びスカートに何かが落ちた。

何かが落ちた?―――何かって、何が?

外は雨など降っていない。

降っていたとしても、こんな高級な車で雨漏りもないだろう。

では、一体何が?―――その答えは、窓ガラスに映っている。

「・・・ちょっと、冗談でしょ?」

そうであって欲しいと願いを込めつつも呟くが、それが現実なのだという事は痛いほどわかっている。

それでも何とか『それ』から距離をとり、は恐る恐る『それ』を見上げた。

「・・・っ!!」

声にならない声が上がる。

距離はおよそ数十センチ。―――車の天井から、見た事がある男が顔を覗かせていた。

見た事があるのも当然だ、なにせ数時間前に見たばかりなのだから。

あまりの突然の出来事に、頭の中が真っ白になる。

その時、僅かに車の動きがぶれた。―――どうやら運転席にいる高遠も、この異変に気付いたらしい。

しかし高遠にこの状況を何とかする術はないのだ。―――彼は浄霊も除霊も出来ないのだから。

それどころか、彼には身を守る術がない。

「・・・ほんと、勘弁してよ」

いっそ泣きたい衝動に駆られながらも、はグッと拳を握り締める。

どうして学校にいたはずの霊が自分についてきてしまったのか、とか。

このブレスレット、まったく役に立ってないじゃない!とか、言いたい事は山ほどあったが、今はそれどころではない。

この状況を何とかしなければ己の身だけではなく、高遠の身も危ない。

そう思えるほど、男の目は狂気に歪んでいた。

「り、臨・兵・闘・者・・・・」

ここには滝川もジョンもいない。―――自分で何とかしなくてはならないと決心したは、必死に頭を回転させながら緊張で固まった手で印を組む。

男の顔が少し歪んだように見えた。―――自分の九字でも多少は効果があるのかと、必死に手を動かす。

「・・・皆・陣・列・在・前」

すべてを唱え終わったその時、バチリという音と共に男の顔が更に歪む。

一瞬怯んだように見え、何とか成功したのかと思ったのも束の間、男は苦しげな表情に更なる怒りを乗せて、それだけで呪い殺せるのではないかと思うほど鋭い眼差しでをにらみつけた。

「・・・っ!!」

これは、かなりやばいかもしれない。

手負いの霊は凶暴になると聞いた事がある。―――まさに今目の前にいる霊が、それに当てはまるのではないかと、のこめかみを冷たい汗が流れ落ちた。

男が血を滴らせながら、怒りに満ちたその顔で、ゆっくりとへと手を伸ばす。

もともとそれほどの距離は離れていないのだ。―――あと数センチで捕まると、が身体を強張らせたその時。

「急々如律令!」

バッと何の前触れもなく車のドアが開き、そこから聞き覚えのある男の声が飛び込んでくる。―――それに合わせて、男の霊はへと伸ばしかけた手を引っ込め、瞬きするその一瞬の内にまるで幻だったかのようにすぐにその姿を消した。

後に残ったのは静寂だけ。

車内に吹き込んでくる冷たい空気に微かに身を震わせて、はいつからか止めていた息を開放するように吐き出した。

「厄介な土産を持って帰ってきたものだな」

不意に響いた涼しげな声に顔を上げると、そこには声と同じく涼しげな表情を浮かべる一清が立っている。

どうやら先ほど男の霊を消したのは彼らしい。―――普段は腹が立つ事もあるその態度も、こんな時は安心できるのだから不思議だ。

「大丈夫ですか、さん?」

一清の隣には、心配そうな表情を浮かべる藤野もいる。

どうやらいつの間にか家へついていたらしい。―――視線を運転席へと向ければ、そこには脱力したような高遠の姿がある。

対峙すると霊を乗せたまま家へと急ぐ運転は、精神的にも相当なものだっただろう。

間一髪、危ういところで何とか間に合わせてくれた高遠の気力に心の中でお礼を言いながら、は改めて一清を見上げた。

「なんで解ったの。私が厄介な土産持って帰ってきてる事」

普段から、一清はの出迎えをしたりはしない。

大抵は広間でのんびりとお茶をしつつ、が訪れるのを待っているのだ。―――だというのに、何故今日は家の前まで出迎えに来ているのか。

「藤野の奴がそう言っていたからな」

そう言って顎で示した先には、いつもと変わらずにっこりと微笑む藤野の姿が。

だからどうして藤野には、の帰る時刻もあの鬼気迫った状況も解るのかと問い詰めたい衝動に駆られるが、世の中知らなくても良い事は意外にたくさんあるのだと知っているは疑問のすべてを飲み込んだ。

知っていても知らなくても、に損な事は何も有りはしないのだから。

「ともかく、ここまで出向いてやった俺に存分に感謝しろよ。―――報告は飯を食いながら聞く、さっさと入れ」

あまりにも高飛車に言い切ってさっさと家の中へ入っていく一清の背中を眺めながら、はグッと拳を握り締める。

前言撤回。―――やっぱり安心など出来そうにない。

「一清さんはああ言ってますけど、一番心配して真っ先に駆けつけたのはあの人なんですよ。―――さぁ、家の中へどうぞ。ここは冷えますから」

ニコニコと笑顔を浮かべながら差し出された手を取り車から出たは、改めて高遠にお礼を言った後、家の中へと入る。

ほんわりと身体を包む温かい空気が心地良い。

強張っていた身体が解きほぐされるようで、は改めてホッと息を吐いた。

「本家はしっかりと結界が張り巡らされていますから、たとえどんな霊の進入も許しません。ですから安心してくださいね」

それがにとって何よりの安心材料だった事は言うまでもない。

 

 

翌日、怖い思いをしたにも関わらずぐっすりと眠り、爽快なんだか憂鬱なんだか解らない複雑な心境で湯浅高校へと向かったは、またもや調査を続けるべく滝川たちと共に校舎内を歩き回っていた。

横切る教室からは先生の授業を行う声が小さく聞こえてくる。

本当なら自分もああやっているだろうにと、心の隅で羨ましいんだかそうじゃないのかこちらも複雑な思いを抱きながら、前を歩く滝川の後に続き歩を進めるは昨夜の出来事を思い浮かべた。

あの後晩御飯を食べながら一清に尋問紛いの質問を受けたは、食事が胃にもたれそうだと思いつつも問われるがまま素直に答えた。

しかし一清はそれに対して何のコメントを返すでもなく、何故だか難しそうな表情を浮かべて何事かを考え込み、そうしてそのまま「早く寝ろ」とだけ言い残し、自分はさっさと自室に引き上げて行く。

その中途半端な態度は逆に気になるんですけど・・・と反論しつつも、仕方なくは風呂に入ってそうそうにベットに潜り込んだ。―――藤野の言う通り、部屋にあの男の霊が現れる事もなく、すこぶる爽快な朝を迎える事が出来たのだけれど。

さて、ここで問題が1つ。

昨日のあの出来事を、ナルたちに相談すべきかどうか。

確かにあの霊はこの学校で見たものだ。―――たとえ目撃者がしかいなくとも、あれは間違いなくこの学校にいたものなのだ。

それに加えて、昨日一清はあの霊を除霊したわけではない。

ちゃんと引き際をわきまえているのか、除霊される前に逃げたあの男の霊は、今もまだ何処かにいるはずだ。

という事は、またいつ襲われても可笑しくはないという事で。

『実は昨日さ、家に帰る途中で血まみれの男の霊の襲われてさ。いやー、まいったよ。かなりの恐怖体験しちゃった、あははー』

「んな事言えるわけないじゃん」

「・・・はぁ?」

「いや、なんでも」

どう報告しようかと頭の中で言葉を練っていたは、瞬時に浮かんだ発言に思わず突っ込みを入れる。―――そんな報告しようものなら、ナルの冷たい視線は免れない。

訝しげに振り返る滝川をなんとか誤魔化し、は小さくため息を吐く。

こういうのはタイミングを逃すとなかなか言えないものだ。

さて、どうしたものか・・・と新たな疑問と格闘している間に、とりあえずの見回りは終わったらしい。―――ベースの戸を開けて不思議そうにこちらを見やるジョンへ誤魔化すように笑いながら、は慌てて戸口をくぐった。

 

 

「・・・ふぅん」

休憩も必要だという事で、全員が集まったのをいい事にのんびりとお茶を飲んでいた面々は、つい先ほどここを訪れたという笠井という女生徒の話に相槌を打つ。

笠井とは、この学校で怪現象が起こるきっかけになったと言われる生徒で、何でも超能力でスプーンを曲げる事が出来るのだそうだ。

その事が原因で教師陣から吊るし上げを食らい、激昂した彼女がこう叫んだのだという。

『呪い殺してやる!』と。

その件があってから、彼女は学校でも阻害されているらしい。

「でもさぁ・・・その笠井って子、どの程度信用できるの?」

麻衣の話を聞き終えた綾子は、カップを片手に訝しげに眉を寄せる。

確かにスプーン曲げと聞けばインチキ臭く感じてしまうのも仕方がないのかもしれない。

実際にそれを出来る人間がいるかどうかはともかく、そのインチキを暴かれた人間は多いのだ。

「どの程度って・・・。だって、ほんとに目の前で折れたスプーンをくっつけたんだよ?」

「・・・って言われてもねぇ」

だから綾子の疑問は、あながち的外れではない。

「僕は信用できると思うが?」

「どーだかっ!」

だからといって、それを頭から否定してしまうのもどうかと思う。―――相手が嘘をついているという証拠がない限り、真実である可能性も視野に入れるべきだと。

何せ自分たちの職業が職業なのだ。―――スプーン曲げをどうこう言えた立場ではない。

「でもねぇ、スプーン曲げなんて『いかにも』じゃない。あれでインチキ呼ばわりされなかった人いる?」

「・・・そうなの?」

「さいですね。スプーン曲げゆうのは、もともとユリ・ゲラーが始めたんです」

ユリ・ゲラー。

二十世紀最高の超能力者と言われる人物で、念力から透視、果ては予言まで、出来ない事はないのではないかという様子で。

そのユリ・ゲラーがあちこちでスプーン曲げを披露し、それを見た子供たちが真似をしてスプーンを曲げた。―――それが・・・。

「えーと、ゲラリーニ?」

「はい。そやけど、ゲラリーニの能力は不安定でして・・・」

途中で力をなくし、それを隠すために手品に頼る人も出だし、それがあちこちでバレて『ゲラリーニはインチキなのではないか?』という疑いが出始めたのだ。

ちょうどその頃、ユリ・ゲラー自身もインチキではないかと叩かれた。

「一時はアメリカの超心理学会でもゲラーはインチキやゆう見解が公式発表されたくらいで・・・。そやからスプーン曲げはインチキやて印象が強いんです」

「はー・・・」

ジョンの丁寧な説明に、麻衣が感心したように声を上げる。

まさかスプーン曲げにそれほどまでの歴史があったとは・・・―――超能力といえばスプーン曲げくらいにしか、麻衣には認識がなかった。

「そういえば、私が小学生くらいの頃にもスプーン曲げが流行ってた事あったよ。まぁほとんどが曲げられなくてすぐ廃れたけど。―――曲げたって自己申告した子もいたけど、やっぱり子供の目から見てもインチキ臭かったしね」

空になったカップを揺らしながらそう言い、はポットへと手を伸ばす。

としては、超能力でスプーンを曲げようとインチキでスプーンを曲げようと、大して興味はなかったけれど・・・―――ただスプーンがもったいないなと思ったくらいで。

「へ〜・・・。それで、ほんとはどうなの?」

「ボクではなんとも・・・。ただゲラーは派手すぎて・・・」

困ったように笑みを浮かべながら言葉を濁すジョンに、麻衣は不思議そうに首を傾げる。

そんな麻衣に、ジョンは優しく微笑みながら説明を続けた。

「超能力ゆうのは、ESPとPKと2つ種類があるんです」

「PKってほら、あのサッカーのやつじゃないからね」

「んなのわざわざ言わなくても解ってるっつーの。お前ほんとに霊能者かよ」

余計な茶々を入れるの頭を軽く小突いて、滝川は邪魔をするなとばかりに視線を寄越す。―――いや、でもちょっと勘違いしやすそうだし、私初めて聞いた時はそう勘違いしたし・・・とは言い出せない空気に、は素直に口を閉ざした。

「ESPは超感覚ゆうたらいいのか・・・普通の人には解らへん事を特別な能力で知る事で・・・透視とテレパシーに分かれます。PKゆうのは念力ですね。頭の中で念じたりして実際に物を動かす力です」

普通サイキックはPKならPK、ESPならESPのどちらかに分類される場合が多い。

「たまに混じっとる人もいますけど、大体分かれます」

「だよな。エドガー・ケイシー、ジーン・ディクソンなんてすげえ預言者だけど、スプーン曲げたなんて話聞かないし、逆にニーナ・クラギーナとかオリヴァー・デイヴィスなんかはかなりのPKをやってのけるが、ESPの能力を持ってるなんて聞かないもんな」

「つまりESPとPKはまったく別の力であり、その両方を持つのはほぼありえない、と」

滝川の説明に便乗して、もまた口を開く。

とて霊能者や霊能力に興味はなくとも、最低限の知識としては持っている。―――持っているというよりは、強制的に詰め込まれたという方が正しいけれど。

「けどゲラーゆうたらPKもESPも一流ですやろ?ボクはかえってマユツバな気がしますのんです」

ジョンの説明に、麻衣は納得したように頷いた。

派手すぎる・・・と言ったジョンの言葉の意味が理解できた。―――確かにそれでは、疑われるだけの要因があるのかもしれない。

そんな事を思っていた麻衣は、ふと先ほど笠井と交わした言葉の中にあった不可解な単語を思い出し、パッと滝川へと視線を向けて口を開いた。

「ねぇ、さっき笠井さんが言ってたんだけど、PK−エ・・・ST!ってなに?」

「んあ?あー・・・PKっても3つあってな。PK−MT、PK−ST、PK−LTだっけか」

「・・・な、なに?」

思い出すように話し出した滝川に、麻衣は頭に疑問符を浮かべながら表情を引き攣らせる。

それってほんとに日本語?と問いたいが、意味が通じなければ日本語であろうと英語であろうと関係ない。

「スプーン曲げはPK−ST。―――静止した物体に影響を与える力だな」

滝川の説明に、麻衣はコクリと頷く。

PK−MTは、PK−STとは逆に、動いているものに影響を与える力で、ほとんどの人間が潜在的に持っているという。

「たとえばサイコロを振って『2よ出ろ』と念じると、ほんとに2を出すと」

「え!じゃあ、あたしにも出来るの!?」

「もしかしたらな。―――PK―LTってのは生物に影響を与える力の事で、さっき言ったニーナ・クラギーナがそうだな。手を触れるだけで病気を治すわ、蛙の心臓止めるわ・・・。確か彼女はPK−STも持ってたかな?」

どんどんと披露される知識に、麻衣は追い詰められたようにコクコクと頷く。

そんな麻衣を眺めながら、はひっそりとため息を吐き出した。―――こんな知識、一朝一夕で覚えられるものではない。

「あとPKの大物っつったら・・・イギリスのオリヴァー・ディヴィスか。彼もPK−STだ」

少しだけトーンが上がった滝川の声を聞きながら、はまるで義務のようにカップを口元へと運び続ける。

どうでもいいが、この授業は一体いつ終わる予定なの・・・と心の隅で突っ込みながら、はチラリとナルを見る。

横道にそれまくったこの会話に制止の声を挟まないのは、それが今回の事件に少なからず関係があるからか。―――もしくは余計な口を挟んで返ってくるかもしれない反論を避けるためか。

そんな事を考えている間にも、滝川の授業はより熱を上げる。

「普通のPKで動かすものってのはマッチ箱とかスプーンなんて小物だ。ところがこの人はすごいぜ〜。何年か前の実験で、50キロもあるアルミの塊を壁に叩きつけたっていうからな〜」

「そんなん出来るの!?」

麻衣にとっては信じられない話に、思わず驚きの声を上げる。

しかし白熱しているのは滝川と麻衣だけで、話を聞いていた真砂子は小さく息を吐いている。―――こういうのは興味がある人間にはとことん面白いものなのかもしれないが、興味のない人間には本当にどうでもいい話なのだ。

「ディヴィス博士はPKゆうよりサイ研究者の印象が強いですね。あまり表舞台にも登場せぇへんし」

「うんうん、そんなすごい人でもPK−LTは出来ないみたいだしな」

満足げに頷く滝川を眺めて、もう彼はオリヴァー・ディヴィス信仰者のようにしか見えないなと独りごちる。

別に誰がどれだけすごかろうと、どうでも良いじゃないかというのがにとっては正直なところだ。―――その人物がどれほどすごくとも、自分たちの人生に影響力があるわけでもないのだし。

いや、必ずしもそうとはいえないかもしれないけれど。

「そんで、話が逸れまくってる気がするんだけど、一体いつになったら帰ってくるの?」

「あ?ああ、そうだったな、ゲラーの話だったっけ?―――だからそのゲラーはあらゆるPKにESPっていうんだからな〜」

真実はともかく、インチキを疑われる要因は多分にある・・・という事だ。

漸く戻ってきた話に、ナルが終止符を打つように口を開いた。

「それはともかく、とりあえず重要なのは笠井さんが自分の能力を信じていたという事だ。彼女は教師の攻撃を非常に不当だと感じていた。その結果が・・・」

「呪い殺してやる?」

「実際に出来るかね〜。クラギーナくらいのPK−LTならともかく・・・」

もっともな意見に、ナルは考え込むように顎に手を添える。

確かに彼女に動機はある。―――それは彼女の言動からも窺えるが、だからといって実行できるかどうかはまた別の話だ。

「とにかく、今の状況をどうにかする方が先だ。―――除霊にかかろう」

ともかくも、今出来る事はそれしかない事だけは確かだった。

長い休憩時間を終え、再び仕事に取り掛かるべく全員が重い腰を上げる。

そんな中、はチラリとナルを盗み見、そうして彼の周りに誰もいない事を確認してからさりげなく彼の元へと近づいた。

「あのさ、ナル」

「なんだ?何か気付いた事でも?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど・・・」

やはり昨日の出来事は伝えておくべきだろうとそう思ったのだ。

未だその動きが明白ではない霊が、今までとは違う行動を起こしたわけでもあるのだから。

「昨日さ、帰りの車の中で・・・出たんだよね」

「なにが?」

「昨日の夕方見た、あの男の霊」

の言葉に、資料を片付けていたナルの手がピタリと止まる。

「・・・それは」

「何でなのかは解らないけど。憑かれた覚えもないし。でも・・・」

「おーい、!早くしろよ〜!!」

続けようとした言葉は、廊下から急かす滝川の声に遮られた。

それに軽く返事を返して、は再びナルへと視線を戻すと困ったように眉を顰めた。

「ま、そういうわけだから。意味があるのかないのかは解らないけど、とりあえず報告しとく」

そう言い残して、はひらりと身を翻し、廊下で待つ滝川とジョンの元へと駆けて行った。

その後姿を見送って・・・―――ナルはおもむろにリンへと視線を向けると、何事もなく作業を続けているかに見えるリンへと声を掛けた。

「リン」

「・・・はい」

我関せずといった様子だが、話を聞いていなかったわけではないだろう。

振り向く事無くモニターと向かい合うリンの背中に向けて、ナルは短く言い放った。

から目を離すな」

パラリと、麻衣が取り落としたメモが軽い音を立てる。

何が起こっているのかはよく解らないけれど。

何かが動き出したのは間違いないのだろうと、麻衣はぎゅっと自分の服を握り締めた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ゴーストハント夢だというのに、オリキャラの出番の方が多いってどういう事だと自分で突っ込んでみたり。

本当に申し訳ありません。いや、本当に。

とうとう高遠なる人物まで登場させてしまいました。

最初はここまで出すつもりもなかったのですが・・・。(折角だからと思いまして)(何が)

オリキャラが多いってどうなんですかね?ややこしいので、出しても2人くらいまで(しかもチョイ役程度)と思ってたんですが。

だんだんオリキャラが幅利かせてきているような気もしないでもないのですが。

今回はほとんどが説明になってしまいました。

なんだかなー。これじゃ主人公いてもいなくても一緒じゃん、みたいな。

作成日 2007.10.14

更新日 2007.12.31

 

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