『メッセージは、二件です』

機械的な女性の声でのお知らせのあと、ピーという発信音の後に聞き慣れた男性の声が届いた。

『もしもし、リンです。ご心配をお掛けしたかと思いますが、ナルの身体に異常は見られませんでした。念のため数日入院する事になりましたが。―――病院は・・・』

留守番電話に入っていたリンのメッセージを聞いて、はホッと安堵の息を吐く。

あのナルが倒れた時にはどうなる事かと思ったが、どうやら大事ないらしい。

二件目のメッセージは綾子からのもので、ナルの入院している病院に行く為の待ち合わせ時刻が録音されていた。

それに簡単にメールを返した後、はすぐさま行動を開始する。

いつも持ち歩いているカバンを手に自室を出、そのまま磨きこまれた木の階段を駆け下り、広間に顔を出し目当ての人物を見つけたは、その人物に向かい手を合わせた。

「高遠さん、車出して。駅まででいいから。お願い!!」

 

悪意なき微笑み

 

「・・・ちょっと、ほんとにここ?」

かなり大きな総合病院。―――その個室の前で、綾子は訝しげに眉を寄せる。

「ほんとだ、名前出てない」

「リンがそう言ってたろ?間違ってたら謝りゃいいじゃん」

顔を見合わし困った顔をする綾子とを他所に、滝川はなんの躊躇いもなく閉ざされた扉をノックする。

確かにその通りだが、そういう問題でもない気がする。

とにかく、こういう場所は何故か緊張するのだ。―――何も悪い事はしてなくても、おまわりさんに声を掛けられると緊張するあれと同じだ。

しかし滝川にはその心理は通用しないのか、中からの返答がない内からさっさとドアを開けて顔を覗かせる。

「よぉ、ナルちゃん。しばらく入院だって?具合どうよ」

「単なる貧血だ。それより人形は?」

どうやらナルの病室で間違いないらしい。

遠慮なく部屋に足を踏み入れた滝川に便乗して部屋の中へと入った面々は、資料を手にベットに収まっているナルを見て思わず目を丸くした。

いつも黒い服を着ているナルが、今は病院で借りている服を着ているせいで、かなりの違和感がある。

「ちょっと、黒くないナルよ」

「うっわ、めずらし」

「・・・不謹慎ですわよ」

「っていうか、休んでる時くらい仕事から離れればいいのに」

それぞれ思うところがあるのか・・・好き勝手言い放題の女性陣を横目に、滝川は呆れたようにため息を吐き出してから、改めてナルと向き合った。

「言われた通り、燃やして灰は川に流した。あとは犯人を捜すだけ・・・」

「それについては想像がついてる」

寧ろこれからが本番だと続けようとした滝川の言葉を遮って、ナルが素っ気無く問題発言を投下した。

想像がついている?―――それが言葉通りならば、ナルにはあの人形を使って学校関係者を呪った人物の検討がついている、と。

「・・・なに?」

「犯人には僕が会って話をつける。今回の調査はこれで終了だ」

訝しげに問い返した滝川に、しかしナルはさらりとそう言い放つ。

しかしそんな一言で「はい、そうですか」と納得できるような者はこの場にはいなかった。

案の定表情を険しくした滝川が、立ったままナルを睨み下ろす。

「俺たちには犯人を教えないって事か?」

「みんなには関係ない」

それでもナルは己の意見を変える事無く、冷たくそう言い放つ。

もっとも、ナルがそう簡単に己の意見を翻すような人物には思えなかったが、それでも彼のこの頑なな態度には疑問を抱いた。

確かにナルは唯我独尊的で言動に遠慮のえの字も見えないが、それでも無意味に人をないがしろにするタイプでもない。

ここまで調査に協力してくれた者たちを『関係ない』の一言で退ける理由が、ナルにはない。―――否、1つだけ、には思い当たる節がある。

もしかすると犯人は笠井なのではないだろうか。

笠井を信じていた麻衣にそれを聞かせたくない。

それでも彼女だけを部屋から退室させるのは不自然だ。―――だからこそ、この場にいる全員を退室させようとしているのではないか?

その推測は、の中で一番有力だ。

けれど・・・麻衣にあれだけ信じられる人物が、呪詛などするだろうか?

無意識の内に呪詛を行う事など出来ない以上、それは明確な意思を持って行われた事になる。―――はたして、本当に笠井が・・・?

「おいおい!少なくとも俺とは知る権利があるぜ?きっちり依頼を受けてるんだからな」

滝川に引く気は一切ないらしい。

しかし彼の言う事も一理ある。―――とて当主からこの仕事を任されているのだから、後はナルが片をつけたんだって・・・などという報告など出来ない。

そもそも、は物事を途中で投げ出すのが嫌いな性質だ。

「アタシだってここでつまはじきにされるなんてジョーダンじゃないわ!」

「・・・ナル」

それはさておき、ジョンはともかくプライドの高い綾子が素直に納得するわけがない。

麻衣も不安そうな表情でナルを見つめている。

「・・・ぼーさんとはともかく、後の人間は外れてくれ」

しかしナルはそんな多くの視線から逃れるように視線を逸らすと、キッパリとそう言い切った。

どうやらナルも意見を変えるつもりはないらしい。

このままでは堂々巡りだ。―――さて、どうやってこの場を収めるか・・・とが頭を巡らせたその時、病室のドアが躊躇いがちにノックされた。

いつものメンバーは揃っている。

一体誰が・・・と麻衣がドアを開けると、そこには予想外の人物が立っていた。

「タカ、笠井さん・・・」

滝川に事件の依頼をしたという高橋優子ことタカと、今回の騒動の中心人物でもある笠井千秋だ。―――そして・・・。

「入ってもらってくれ。僕が呼んだんだ」

「う、うん。あの、それと・・・産砂先生が・・・」

「産砂先生?」

戸惑う麻衣をそのままに、ドアから産砂恵が顔を出す。―――手にはお見舞いの品だろうか、綺麗な花が抱えられていた。

「あの・・・ごめんなさい。来てはいけなかったのかしら?」

その産砂先生の様子とナルの様子を見比べれば、彼女が招かれざる客だという事はすぐに解った。

しかしナルはそれには答えず、しばしの沈黙の後、3人を用意しておいた椅子へと促し持っていた資料を静かに捲る。

どうやら彼女らの来訪で、席を外す外さないの論議はお流れになったようだ。

そうしてナルは何の前置きもなく、タカと笠井へ向かい口を開いた。

「・・・高橋さん、それに笠井さん。2人とも僕が陰陽師だという話を聞いた?」

突然の質問に、2人はきょとんと目を丸くする。

「・・・なにソレ?」

「聞いたよ」

訝しげな顔をするタカとは違い、笠井は戸惑った表情のまま小さく頷く。

「笠井さん、それを誰かに話した?」

「・・・うん、恵先生に。・・・いけなかった?」

特に内緒の話だとは聞いていなかった笠井は、やはり戸惑った様子で問い返す。

しかしナルはそれには答えず、チラリと麻衣へ視線を向けて再び口を開いた。

「今回、麻衣は妙に冴えた勘を発揮してくれたんだが・・・その事は?」

「話のついでに・・・聞いたと思う」

「誰かに言った?」

「・・・恵先生に」

「私が聞いてはいけなかったのかしら?でも、私は他の人には言ってませんから・・・」

質問の意図が解らないとばかりに、助っ人メンバーはお互い顔を見合わせる。

一体ナルは何が知りたいのだろうか?―――確かにナルが呪詛を掛けられた原因は、彼が陰陽師であるという誤解が元のように思えるが・・・。

では、やはり犯人は笠井なのだろうか?

チラリと目だけで滝川へ問い掛けると、滝川はお手上げとばかりに首を振る。

「・・・では、そこにいる彼女の名前は知っている?」

不意にナルに視線を向けられ、は気持ち身体を仰け反らせる。

何で私の話が出るの?と目で訴えかけるも、ナルからは何の説明も返ってはこない。

そんな中、同じくに視線を向けていた笠井はゆるゆると小さく首を横に振った。

「あの・・・ごめんなさい」

「いや、私たち初対面だから!知らなくて当然だから!」

寧ろそれが今回の事件にどう関係あるのか・・・―――そこんところを説明して欲しいんだけどと、は申し訳なさそうにしている笠井に微笑みかけた後、ナルをジロリと睨み付けた。

「では、産砂先生。先生は彼女の名前をご存知ですか?」

しかしナルはの視線などどこ吹く風だとばかりにさらりと流し、今度は産砂先生へと矛先を向ける。

問い掛けられた産砂先生は少し考える素振りを見せて、そうしてを見るとにっこりと微笑んだ。

「ええ、一度学校でお会いしましたから」

「・・・そうですか」

にこやかな産砂先生の微笑みに思わず笑みを返して、は訝しげに滝川を見上げる。

だから、これって何の質問?というの無言の問い掛けに、やはり滝川は首を横に振るばかり。―――寧ろそれは自分の方が教えて欲しいくらいだ。

「ついでにもう1つ確認させてください。先生の母校はどちらですか?」

「・・・私でしたら、故郷の大学を卒業しましたが」

「ご出身は確か福島でしたね」

「はい」

「東京へは教師になってから初めて来られた?」

「ええ、そうです」

はっきりとした返答に、滝川とは顔を見合わせる。

湯浅高校の女性教師のほとんどが湯浅高校出身だと聞いていたが、産砂恵はそうではないらしい。

確かに意外ではあったが、だからどうしたと言われればそれまでだ。

別に出身の学校の先生にならなければならないという決まりがあるわけでもなし・・・―――寧ろとしては、そこまで調べているナルの方がどうかと思ったが。

半ば呆れながらそう考えて、そこでふとある事に気付く。

確かにナルは笠井に対して多くの質問をした。

しかし返ってきた答えのほぼすべてに、産砂先生が絡んでいたという事。

そしてナルが、彼女の出身校まで調べているという事。

すべてを総合して考え、もしかするとナルが疑っているのは笠井ではなく・・・。

「それで解りました。ありがとうございました。現在学校で起こっている問題は解決できると思います」

の思考を遮るように、ナルは持っていた資料を音を立てて閉じると静かな声色でそう言い放った。

それに全員が訝しげな表情を浮かべる中、笠井が少し強張った表情でナルへと向かい口を開く。

「あの・・・解決できるって・・・?」

「事件の様相は解った。あれは呪詛だ。それも人形を使った厭魅・・・という事は、人形を始末すれば終わりだ。後は犯人に呪詛をやめさせればいい」

確かにその通りだ。

媒介となった人形さえ消えれば、学校関係者を苦しめていた霊も消えるだろう。

呪詛を行った犯人がまた呪詛を行わなければ、怪奇現象は終わる。

「じゃあ、なに?あたしをここへ呼んだって事は、つまりあたしが犯人だって言いたいわけ!?」

怒りと、悲しみと、遣る瀬無さが入り混じったような表情を浮かべて笠井が声を荒げる。

今まで彼女はこんな疑いをどれほど掛けられたのか・・・。―――そして彼女がどれほど傷ついてきたのか、その声だけで解るほど悲痛な音で。

その声から逃れるように、はぎゅっと目を閉じ拳を握り締める。

こんな少女の悲痛な叫びは聞きたくない。

これ以上、彼女を傷つけて欲しくない。

そう心の中で叫び声を上げたその時、ナルは小さく笑みを浮かべて、彼女の言葉を一蹴した。―――「まさか」と。

それに全員が呆気に取られる中、ナルはゆっくりとある人物へ視線を向ける。

「笠井さんは犯人ではない。犯人は・・・―――産砂先生です」

部屋の空気が、一瞬止まった気がした。

全員が言葉もなくナルを見つめる。

そうして一番最初に我に返り、その張り詰めた空気を破ったのは麻衣だった。

「な、なに言ってんの、ナル!?」

「人形は焼き捨てました。あれを作ったのは先生ですね?」

しかしナルは麻衣の反論に耳を貸す気は毛頭ないらしく、さらりと麻衣を無視して更に産砂恵へと問い掛けた。

そのまっすぐなナルの目を見返して、産砂恵はやんわりと微笑む。

「・・・何の事ですかしら?」

「貴女の行った呪詛の道具はすべて集めて焼き捨てました。・・・少なくとも空き地にあった分は」

「意味が解りません」

「あれ以外にもあるのだったら教えてください。そして・・・―――今後二度としないと約束していただきたいのです」

「・・・私は犯人ではありません」

「先生です」

「違います」

何食わぬ顔で否定を続けていた産砂恵が、それでも続けられるナルの質問に表情を僅かに険しくさせる。

そんな2人の様子をおろおろと見比べる麻衣とは反対に、は疲れたようにため息を吐き出した。

これではただの水掛け論だ。

ナルが本人にそう告げるという事は確信があるからなのだろうが、しかしそれはナルという人間を知っている相手にしか通用しない。

確かに産砂恵は怪しいだろう。―――しかし彼女が否定を続け、しかも証拠がないのではどうしようもない。

しかしナルは動じる事無く、静かな声色を崩さずさらりと告げた。

「・・・先生以外には考えられないんです」と。

被害者たちは、笠井の超能力事件の時にことごとく否定派だったものばかり。

少なくとも、犯人の動機はあの事件に関係がある事に間違いはない。

そう告げるナルに、しかし産砂恵は小さく首を傾げやんわりと微笑んだ。

「あら?でしたら、私より笠井さんの方が怪しいのでは?」

まるで当然の事のように産砂恵の口から零れた言葉に、笠井を始め全員が目を見開いた。

「・・・恵、先生?」

優しくて、人当たりが良くて、超能力事件で目の敵にされていた笠井を唯一庇い庇護してくれた先生。―――そんな風に形容される人物とはとても思えない発言。

「・・・笠井さんではありません。なぜなら、例の席の最初の被害者・村上さんを、笠井さんは知っているからです。―――そうですね?」

「・・・うん。二年の時、ちょっとだけ文芸部にいて・・・そこで一緒で・・・」

信じていた先生の信じられない発言に顔色を悪くしながらもそう答える笠井を見て、は深く眉間に皴を寄せる。

「あの席に座っている人物が誰だか解っていれば、机の所有者に呪詛を掛けるなどという回りくどい方法を取る必要はない。当人にのみ掛ければいい。何故机に呪詛が掛けられたのか・・・―――それは犯人が村上さんの名前を知らなかったからです」

「そんな事・・・私だって誰かに聞けば済む事ですわ」

「しかしあの時点で既に先生たちは周囲から孤立していた。聞ける状況にありましたか?」

それは絶対に無理だとは言わないけれど、難しい状況ではあっただろう。

「・・・では、他の誰かだわ。私たちではなく」

「それもありえません」

矢継ぎ早に繰り出されるナルの問い掛けに、産砂恵はやんわりと微笑んだまま否定を繰り返す。

しかしナルはそんな産砂恵の反論を一刀両断した。

「動機の点はおいておいても、僕と麻衣、そしてに呪詛を掛けた意味が解らなくなる」

麻衣はナルが陰陽師だと笠井に誤って伝えた。

そして彼女はそれを産砂恵へ伝えている。

「笠井さんは麻衣と先生以外の人間とはほとんど口をきかない状態だそうですね。という事は、僕が陰陽師だと伝わったのは笠井さんと先生だけです。同じように麻衣の発揮した勘の事も」

「聞いてませんわ」

「・・・あたし、言ったよ。恵先生・・・」

あくまでシラを切りとおすつもりなのか、産砂恵は表情1つ変えずにそう返す。

そんな彼女の隣に座り、絶望の色を瞳に映しながら産砂恵を見つめる笠井の姿を目に、は思わず一歩踏み出した。

「・・・!」

しかしそれは、小声で掛けられた制止の声と共に腕を捕まれ止められる。―――顔を上げるとそこには真剣な面持ちをした滝川の顔。

何かを言いたげに表情を歪ませるに向かい静かに首を振った滝川は、そのままを引き寄せ壁際に押し戻す。―――静かに聞いていろ、という事らしい。

それに強く唇を噛み締めながらも、は何かに耐えるように拳を握り締めたまま壁に背中を預ける。

今、自分が怒鳴り込んだところで事態は何も解決しないという事は解っていた。

それでもこんなのはあんまりだ、とは思う。

どうして笠井だけがこんな目に合わなければならないのか。

周りから白い目で見られ、誹謗中傷を向けられ。―――そうして心から信じた相手に、どうしてこんな手酷い裏切りを受けなければならないのか。

これではあまりにも笠井が可哀想だ。

それでも滝川に止められ動きを止めたを確認したナルは、改めて口を開いた。

「それに名前です。僕は自分のフルネームをすべての人に言ったわけではない。おそらく知っているのは校長だけです。そして校長は麻衣やの名前を知らない。笠井さんが知っていれば先生にも知るチャンスがあります」

「ですから、それでしたら笠井さんも同じでしょう?」

「いいえ、笠井さんはの名前は知りません。もちろん、他の誰も」

キッパリと言い切り、ナルはへと視線を向ける。

「僕たちは彼女を名前で呼んでいます。そして・・・ぼーさんが彼女、高橋さんにを紹介する時も、フルネームは言わなかった」

「・・・ああ、そういえば」

「うん、あたしびっくりしたもん。呼び捨てなんて、法生とってどういう関係なのかなって」

チラリとタカの視線を受けて、は先ほどまでの悔しさも忘れてきょとんと目を瞬かせる。

どういう関係って、ただの仕事仲間ってくらいの関係しかないんだけど。

そう言いたかったが、生憎とこの場の雰囲気がそれを許さない。―――後でちゃんと教えてあげようと思い直して、はヘラリとタカへ笑顔を向けた。

「彼女は陰陽師の家系にある。それを知る事が出来れば、確かに呪詛を掛ける動機としては十分でしょう。ただ、それを知る事のできた人物は限られている」

そう言った後、はナルに名を呼ばれて顔を上げる。

、君は誰かに名を名乗ったか?」

問い掛けられて、は滝川とジョンと顔を見合わせる。

確かに言った、たった一度だけ。

示し合わせたように、3人の視線がある人物へと注がれる。―――やんわりと微笑み座っている、産砂恵へと。

そうして3人の視線が産砂恵に注がれるのを確認してから、ナルは静かに告げる。

「僕の知る範囲では、犯人は先生でしかありえません」

「動機がありませんでしょう?」

そんなナルに、しかし産砂恵は笑みを崩す事なく切り返す。

サスペンスドラマにおいて、疑いを向けられてすぐさま『アリバイ』だの『証拠』だのを言い出す人物はかなり怪しい・・・という持論を持つとしては、その発言こそが自白のように思えるのだけれど。―――まぁ、そんな事を言えばナルに睨まれるだけだと解っているので、はのど元まで出掛かった言葉を何とか丸呑みした。

「笠井さんの超能力が引き起こした・・・笠井さんと先生自身への攻撃がその動機です。たかだかそれだけのものが」

「それはあくまで笠井さんの問題ですわ。私は確かに彼女を庇いました。けどそれは同情からで・・・」

「いいえ。先生自身の問題でもあったんです」

キッパリと言い切るナルに、たちは顔を見合わせて首を傾げる。

一体全体、何の事を言っているのかさっぱり解らない。

ナルは一体何を知っているのだろう?

「先生は超心理学に理解が深かった。知識も豊富で専門的な事に詳しい。珍しいなと思っていたんです」

確かに、人づてにではあるが話を聞いていた限り、とても詳しかったように思う。

何よりも、『』というの苗字を聞いて、それだけで彼女があの『家』の者だと察し、その上『家』が陰陽道に通じていると察する事が出来るとは・・・。

確かに家の者がテレビ番組に出演する事も多少はあるが、少なくともテレビ番組でそういう発言がされた事は一度もない。

何故ならば、陰陽師としての能力を持っているものなどごく稀だからだ。

なのにそれを知っているという事は、並みの知識ではない。

「なのに笠井さんの超能力を興味本位で面白がっているようには見えなかった。―――それでもしやと思い古い資料を当たったら、先生を見つける事が出来ました」

今から20年以上前。

来日したユリ・ゲラーは、日本にゲラリーニを産み落とした。―――ゲラーのスプーン曲げを見て真似をした子供たちが、スプーンを曲げ始めたのだ。

そうして、その内の幾人かはマスコミの注目を集めた。

「産砂恵も、その1人だった」

ナルの説明に、全員が思わず目を見開く。

「・・・え?産砂先生も、ゲラリーニだったの?」

「そう、らしいな」

こそこそと会話を交わしながら、チラリと産砂恵を盗み見る。

彼女は変わらずやんわりと微笑んでいて・・・―――けれどその笑みがどこか強張って見えるのは、果たして気のせいなのか。

「ゲラーの権威の失墜に合わせて、日本でもサイキック狩りが始まりました。子供のほとんどはトリックを使ったと決め付けられ、何人かはそう告白し・・・あるいは告白を強制、捏造された。―――産砂恵は、トリックを告白した子供の1人だった」

「私は!!」

淡々と語るナルの声を遮るように、産砂恵が声を荒げた。

見れば彼女の顔に常に浮かんでいた笑みはどこにもない。

少し俯いて、何かに耐えるように握り締めた手を震わせる。

「私は、絶対にインチキなんてしなかった。本当にスプーンを曲げたのよ!だけど出来る時と出来ない時があって・・・なのに雑誌の記者が!!」

『本物の超能力者なら曲げられるはずだ。ここでやって見せてくれないか?』

まだ幼い子供に向けられた、僅かに悪意を含んだ言葉。

そこで出来なかったら、ますます信じてもらえないと彼女は思った。

そうして、同じゲラリーニの友達に教えてもらったトリックを一度だけ使ったのだ。―――しかしそのたった1度を、雑誌のカメラはきっちりと捕らえていた。

「『エスパーのペテンを暴く』という古い雑誌の特集に載っていた記事ですね。連続写真で先生が椅子を使ってスプーンを曲げるシーンが写っていました」

あまり興味が引かれない特集な上に、ネーミングセンスが悪すぎる。

しかもそんな雑誌をどこで見つけてきたのだと、は改めてナルを謎の多い人物だと感心した。

「私には・・・笠井さんのように、そんな事をしてはいけないと言ってくれる人はいませんでした。誰も、出来ない時には出来ないと言っていいのだと・・・教えてくれなかった」

泣き出しそうなか細い声で告げる産砂恵を見つめて、全員が痛々しげに目を細める。

もしかすると、彼女も被害者なのかもしれない。

超能力という目には見えないものに振り回され、こうして誰かに呪いまで掛けて・・・。

「貴女の・・・日本の不幸は、ESPの判定をマスコミに任せた事にあります。権威のある研究機関が日本にはなく、貴女方の能力の真偽を測る方法がなかった」

「・・・・・・」

「マスコミなんかに任せてはいけなかったんです。彼らが欲しいのは話題性であって、真実ではない」

「・・・恵先生」

俯き身動き1つしなくなった産砂恵の顔を覗き込み、笠井は心配そうに目を細める。

一度は自分を裏切った相手だというのに、それでも笠井は彼女を心配するのか。―――それが強さなのかそれとも甘えなのか、には解らなかったけれど。

けれどその優しさは、とても尊いものだとそう思う。

きっと自分には出来ないだろう、とも。

「私は・・・私は出来るだけ、笠井さんの才能を守ってあげようと思いました。それがいつの間にか周囲から騒がれて・・・。教師まで一緒になって、朝礼で笠井さんを攻撃したその前にも、何度も笠井さんを叱ってるんです。私にも、なんできちんと指導しないんだ、と」

笠井は何も悪い事はしていない。

その責めは不当なものだと言える。

けれど彼女らを責めた周りの人間の心理も理解できた。―――人は、未知のものに恐怖を抱く生き物だから。

無意識に、異質なものを排除しようとする。

だからといって、それが許される行為であるとは言わないが。

「・・・それで、ですか?」

漸くすべてを語った産砂恵の自白に、ナルが僅かに目を細めてそう問い掛ける。

それを受けて、産砂恵はゆっくりと顔を上げると、いつものようにやんわりと微笑んで。

「ええ、ほんの悪戯だったんです。―――私、悔しくて」

ゾクリ、と背筋に悪寒が走り、は咄嗟に傍らに立つ滝川の服の裾を握り締める。

なんて綺麗な笑顔を浮かべるのだろう。

なんて無垢で・・・残酷な笑みを。

「悪戯で済むのですか?厭魅というのは人を積極的に害するための呪法です。幸い死人は出ませんでしたが、それも時間の問題でした。少なくともあの席だけでも、次に座った生徒こそは電車に巻き込まれて死んだかもしれない」

果たして、ナルの説得が彼女に届いているのかどうか。

何処か遠くを見るように・・・まるでそれが当然だと言わんばかりに様子で、産砂恵は小さく首を傾げた。

「それは・・・不幸な事ですけど。でもそうなれば、みんな思い知るでしょう?―――この世には、化学なんかじゃ割り切れないものがあるって」

すぅ・・・と、足元から冷えていくのが解る。

握り締めた滝川の服の裾は皴だらけになっているだろう。―――それが解っても、は手を離せなかった。

一体、何がどこで間違ってしまったのだろう。

誰が彼女をこんな風にしてしまったのだろうか?

不幸の始まりは、一体なんだった?

彼女がスプーンを曲げてしまったから?

超能力をインチキだと決め付け、それを強要し暴いてしまったから?

それとも、呪詛や厭魅などという呪法を彼女が知ってしまったからだろうか?―――それを知らなければ、彼女は今でも一教師として生徒たちの前に立っていたのだろうか?

「・・・ぼーさん」

「・・・なんだ?」

小さく呼べば答えてくれる優しい声。

可哀想という言葉で片付けてしまうには簡単すぎて。

それでも上手く言葉が出てこなくて、はぎゅっと滝川の服の裾を握り締める。

確かに産砂恵のやった事は許される事ではない。―――それが罪になるかはさておき、彼女のやろうとした事は殺人以外の何者でもないのだ。

けれど一方的に彼女を責める事ができなかった。

「こんなの・・・あんまりだよ」

小さく小さく呟けば、ポンポンと軽く頭を撫でられる。

彼女の一番の不幸は、こんな風に慰めてくれる優しい手が傍になかった事なのかもしれない。

こんな風に言葉もなく解ってくれる仲間がいれば、少しは救われたかもしれないとそう思う。―――たとえば・・・裏切られても彼女を心配する、笠井のように。

「ぼーさん、校長に報告を。―――この人にはカウンセラーの力が必要だ」

静まり返った室内に、変わらないナルの静かな声が響く。

それにパッと顔を上げた産砂恵は、怒りに表情を険しくしてナルを睨み付けた。

「失礼な!あなたは超心理学者ではないの?なのに私を病人扱いするつもり?」

「・・・先生は疲れてらっしゃる。休息が必要です。―――呪詛には、体力と・・・気力を使いますから」

それは、ナルなりの優しさだったのだろう。

滅多に人を気遣う様子を見せないナルが見せた、不器用な優しさ。

「・・・そうね。そうかもしれないわ」

ナルの言葉に、産砂恵は満足そうに頷いて。

 

なんともいえないやるせなさだけを残して、事件のすべては幕を閉じた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

あれ?

おかしいですね。この回で終わらせるつもりだったんですが。(おい)

予想以上に説明が長くなってしまいました。(あらら)

とりあえず、次回で本当に最後です。ちゃんとケリつけます。

作成日 2007.10.20

更新日 2008.1.21

 

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