湯浅高校の事件から数日後。

いつものメンバーは、ナルの退院祝いと称してSPRの事務所に集まっていた。―――ちなみにその祝われるべき人間は、所長室に閉じ篭もっているが・・・。

そして流れで先の事件の話が始まり、それを思い出した全員が表情を曇らせる。

「な〜んか、後味の悪い事件だったな〜」

それぞれが口を噤んだままぼんやりとする中、その雰囲気を払拭しようとしているのか、滝川が暢気な声色でそう呟いた。

それに麻衣とジョンは更に表情を曇らせる。

「・・・ですね」

「・・・うん」

小さく相槌を返して俯く2人に、は困ったとばかりに天井を見上げて。

確かに後味の悪い事件だった事は違いないが、だからといって麻衣やジョンの落ち込んだ姿が見たいわけではない。

それでも何かいいフォローなど思いつかず、は小さくため息を漏らす。

「いーじゃないのよ、もう済んだ事なんだからさぁ」

その綾子の割り切りが、時に羨ましくさえ思える時がある。―――心が強いのか、それとも事件に大して興味がないのかは解らないけれど。

「松崎さんって、本当にお気楽ですのね」

「なによ、あんたこそねぇ!!」

そんな綾子に対して、やめておけば良いのに真砂子はいらぬちょっかいを出す。

案の定着火剤のごとく怒りに火がついてしまった綾子の怒鳴り声に、麻衣は慌てて腰を上げた。―――この騒ぎが所長室にいるナルに届けば、嫌味の1つは避けられない。

「ちょ、ちょっと、あんま大声出さないでよ。ナルに怒られ・・・」

「麻衣」

「うわっほう!!」

何とか喧嘩を止めさせようと口を開いた麻衣は、しかし背後から掛けられた声に驚き、思わず奇声を上げた。

いつの間に所長室から出てきていたのか・・・―――どうやら間に合わなかったらしいことを察して、麻衣は引き攣った笑みを浮かべながらゆっくりと振り返った。

 

度目の約束

 

「これからちょっとした実験に協力してもらう」

怒られる事覚悟で振り返った麻衣は、しかし掛けられた声に目を丸くした。

実験って何やらせるつもりなの?と心の中で突っ込みながらも、麻衣は反射的に浮かべた愛想笑いを崩す事もなくナルを見上げる。

その視線を受けて、ナルは持っていた機械を麻衣の前に置き、それを見下ろしながら説明を始めた。

「この機械が4つのライトのうちどれかを勝手に光らせる。どれが光るか予想してスイッチを押すんだ。―――できるな?」

ナルの念押しに少しだけ頬を引き攣らせながら、麻衣はコクリと頷く。

確かにナルの言うとおり、両手で持てるほどの大きさの四角い機械には、4つのボタンがついている。

そのどれが光るのかを予想してスイッチを押す。―――確かに、そう難しい事ではないけれど。

ただこれが何の実験なのかは、彼の説明を聞いただけでは理解できない。

「・・・できるけど、これ何?」

「サイ能力のテスト」

さらりと返された言葉に、麻衣はへぇ〜と軽く相槌を打って・・・―――そうして言われた言葉の意味を理解し、麻衣は勢い良く立ち上がると大声を上げた。

「・・・って、超能力のテスト〜!?やだよ、なんでそんなの!あたしに超能力なんてあるはずない・・・―――やらせていただきます」

ギロリ、とこの上なく恐ろしい目で睨まれて、麻衣はすぐさま座りなおすとかしこまったように機械を向き合った。

こんな実験をしたところで大した結果は出ないと解っているが、ここでナルに逆らうのは得策ではない。

実験に協力すれば満足するのなら、ここは大人しく従う方が賢明である。

「・・・始めるぞ」

そうしてナルの静かな声と共に、麻衣の実験は始まった。

「え〜・・・と、これかな?」

手始めに適当に3番のスイッチを押してみるが、しかしライトが光ったのは2番。

「ぶー!」

「あらあら、ざんね〜ん」

「次行ってみよ〜」

余計な茶々を入れる滝川と綾子に、麻衣はグッと拳を握り締める。

なんだか妙に腹が立つ。―――それが予想が当たらなかったからなのか、それとも2人の揶揄が原因なのかは深く追求しないが・・・。

「ちくしょー!」

「頑張れ、麻衣」

「うらぁぁぁぁ!」

「・・・当たんないわね〜」

「ぐぬぬぬぬぬ!!」

「リキんだって変わんないって」

怒りの形相でスイッチを押し続ける麻衣と、変わらず余計な茶々を入れ続ける滝川と綾子をぼんやりと眺めながら、はカップを口元へ運びつつ溜息を吐く。

ナルがこんな実験をさせるという事は、麻衣がESPの能力者である可能性が高いのだろう。―――確かに調査で見せた麻衣の勘は、ただの勘で終わらせるには不自然だったかもしれないとは思う。

「・・・っていうか、全然当たらないねぇ」

今もまだ奮戦中の麻衣を眺めながら、は隣に座るジョンへとそう声を掛ける。

「そうみたいですね」

「あれだけ当たらない方が、逆にすごいと思うんだけど・・・」

「・・・あはは」

素直な感想を漏らすに、ジョンは乾いた笑みを浮かべた。

 

 

実験はそう簡単には終わらなかった。

次々と光るランプ。―――それを一心不乱に押し続ける麻衣は、もはや息切れ寸前だ。

「おー、すっげー・・・」

そうして漸くナルが納得したのか実験が終わると、その結果をすぐ傍で眺めていた滝川が感嘆のため息と共に拍手を送る。

「ぜんっぶ、スカ。・・・天才だ」

ある意味ではそうかもしれない。

勝手知ったるなんとやらで勝手にお茶のお代わりを淹れたは、湯気を立てるカップを両手で包み込むように持ちながら乾いた笑みを浮かべる。

麻衣には悪いが、確かに滝川の言う通り。―――これだけやって一度も当たらないなど、解っていて出来るものではない。

「もー!だから言ったじゃないのさっ!!」

長時間に渡る実験に疲れた果てたのか、肩で息をしながら麻衣がそう声を荒げる。

しかし実験を強要したナルは、実験結果を記した用紙を眺めながら納得したように頷いた。

「・・・やはりな。麻衣は潜在的にセンシティブだ」

「・・・へ?」

「えー、センシティブぅ?麻衣が!?『こまやかな』『感受性の強い』!?」

納得したようにそう呟くナルに、綾子が馬鹿にしたように声を上げる。

まさしく麻衣のキャラと一致しないと言いたいのだろう。―――まぁ、綾子に言えた義理ではないと思うが。

そんな綾子と麻衣を見比べて、ナルはソファーに腰を下ろすと静かに口を開いた。

「『センシティブ』。サイ能力者。ESP。超能力者」

単語だけで語られる事実に、全員が目を丸くしてナルを見つめる。

そうして一拍の後、事務所内に大きな声が響き渡った。

「どうりで馬鹿の割に鋭いと思った。今回変な勘を発揮したのも、偶然じゃないかもしれない」

千回のランに対してヒットがゼロ。

千回くらいやると、ほぼ正解率は確立どおりになるはずなのだという。

確立は4分の1。―――25%は当たって当然なのだ。

これより多くても少なくても普通ではない事になる。

「んじゃ、がやっても同じような結果になるってのか?」

「おそらくは。―――やってみるか、?」

「結構です」

いきなり話を向けられて、はあからさまに視線を逸らしながらカップを口元へと運ぶ。

今更そんな実験をやってどうだというのだ。―――疲れるだけの実験など御免だ。

「じゃあ、なに?麻衣は超能力者だって事?」

「そういう事になるかな」

食いつくような綾子の問いに、ナルはさらりと答える。

しかしそんな簡単な返答では納得できないのか、綾子は更にナルへ向かい食いついた。

「だったら、なんで今まで役立たずだったわけ!?」

「いや、麻衣は鋭いと思ってたぜー、俺は。前回の森下事件でも変な夢見てっだろ。ほら、井戸に落っこちた時にさ。聞いた話だとも似たような夢見てたっていうし。あれってあの家の過去を見たんじゃないのか?」

「なんや、過去視みたいですね」

綾子の問いに、したり顔で滝川が答える。

それに続いてジョンまでもが思いついたようにそう呟き、視線を向けられたは確かにと1つ頷いた。

「それと、ガス管が火ぃ吹いた時、子供の姿も見てるだろ?あの時すぐに礼美ちゃんの部屋に行ったらあの子はちゃんといた。―――って事は、麻衣が見たのは幽霊なんじゃねーの?」

「うぇ!?」

言われてみればその可能性は非常に高い。

あの家に他に子供はいない。

それ以上に、あの家にはたくさんの子供の霊がいたのだ。―――そのどれかだと考えるのが妥当だろう。

「ぼーさん、見てないようで見てるな」

「まーね」

僅かに口角を上げて笑んだナルの言葉に、滝川は得意げに胸を反らす。

「麻衣は害意のあるモノに対して異常なほど敏感だな。自己防衛本能、動物と一緒だ。敵を嗅ぎ分ける」

「つまり身体は人間でも、心は野生動物ってわけね!!」

「見えない触角とか生えてたりして!」

「そりゃ虫だろ、虫!!」

随分な言い草である。

遠慮もなく大声で笑う面々を見て、そうして怒りに堪えるように拳を震わせている麻衣を見て、は静かにソファーから立ち上がるとゆっくりと壁際に避難する。

怒りのとばっちりを食らうのは御免だ。

「・・・ナル。言うからね」

いきなり怒鳴りつけて飛び掛るだろうと思っていた麻衣は、しかしゆっくりと顔を上げてナルを睨みつけると静かな口調でそう言った。

壁際に避難していたは、おや?と首を傾げる。

麻衣のその行動もそうだが、ナルが一瞬ギクリと身体を震わせたような気がしたからだ。

「誰が動物だって?誰が異常だって?え!?」

「い、いや・・・それは物のたとえで・・・」

じりじりと歩み寄る麻衣から逃れるように、ソファーから立ち上がり後ずさるナルに、珍しいものを見たと目を丸くする。

一体麻衣は、ナルのどんな弱みを握っているのだろうかと心持ちわくわくしながら僅かに身を乗り出すと、麻衣は据わった目のまま口を開いた。

「んじゃ、あんたはなんなの?スプーンを曲げるのは異常じゃないのか!?」

「・・・なんだって?」

「触っただけでスプーンを曲げて千切っちゃうのは異常じゃないわけ!?」

そんな事をしたのか・・・とカップを両手で持ったまま身体を反らしたは、トンと背中に当たる柔らかいものに気付いて顔を上げた。

「・・・あ」

自分よりもかなりの長身。

いつもは資料室に閉じこもって出てこないその人物は、その身体にを受け止めたまま恐ろしいほどの眼差しでナルと麻衣を見つめている。

危険から避難したつもりが、どうやら完璧に逃れられてはいなかったようだ。

「あー、あの・・・リンさん。落ち着いて、ね」

じりじりとリンから距離をとりながら、無駄だと知りつつも何とか宥めようと声を掛ける。

しかしその説得はリンには通じなかったらしい。

一拍の後、珍しいリンの大きな声が咎めるようにナルの名を呼んだ。

その声にその場にいた全員が動きを止め、ナルと麻衣はしまったとでも言うように表情を引き攣らせる。

「そんな事をしたんですか!?絶対にやらないと・・・」

「麻衣!」

責任転嫁とばかりに麻衣の名を呼ぶが、もはやリンの怒りは避けられない。

引き攣った笑みを浮かべたまま距離をとる麻衣を恨めしげに睨みつけながら、ナルは改めてリンと向き合った。

「ナル、いいですか!あなたは・・・」

「解った。いや、解ってる」

「解ってません!!」

リンが怒鳴る姿を見るのも珍しければ、ナルがここまで押されている姿を見るのも珍しい。

ビデオでも持って来とけばよかった・・・とも思うが、こんな状況で暢気にビデオなど回していれば怒りのとばっちりを受けかねないのだから、そんなもの持っていない方が良かったのだろう。

「それにしても・・・ナルにそんなかくし芸があったとは・・・。ぜひ、拝見したいな」

「あ、アタシも!」

ギクリ、と身体を震わせるナル。

今もまだ怒りを漲らせているリンを前にそんな提案が出来る滝川と綾子を、は心からすごいと思った。―――いくらこの状況が面白くても、にそれを言い出す勇気はない。

「・・・麻衣、覚えてろよ」

そんな中、この状況からは逃れられないと覚悟を決めたのか、ナルがテーブルに放置されたままのコーヒーセットからスプーンを1つ手に取り、麻衣を睨みつける。―――それにベーと舌を出した麻衣と同時に、リンの怒鳴り声が再び響いた。

「こうなったら仕方がないだろう?」

どうやらもう開き直ったらしい。

リンへと微かに笑いかけ、ナルはティースプーンを全員に見えるように顔の高さへと上げて、ゆっくりとした動作でそれに手を掛けた。

その瞬間、クニャリ・・・とスプーンが曲がる。

「・・・え?」

綾子が目を見開いたまま小さく声を上げた。

ほら、という言葉と共に投げ渡されたスプーンを手に取り、呆然とそれを見下ろす。

「・・・すごいじゃない」

珍しく素直にそう呟いた綾子を認めて、滝川は呆れたようにため息を吐き出した。

「おい、おいおいおいおい、ナルちゃんよ〜」

「なにか?」

「なにかじゃねーだろ。あー、もう。簡単に騙されちゃってこの子は!―――今のはナルが指の力で曲げたの!横から見たらバレバレじゃ!!」

そう言って滝川は同じくテーブルにあったスプーンを手に取り、それを親指と人差し指で摘むように持つ。

「いーか?こう!ここんとこで柄を押さえて・・・」

そうして手のひらで柄を押さえ、スプーンの先に指をかける。

するとスプーンはいとも簡単にクニャリと頭を垂れた。―――同じく言われた通りに実行したジョンが感心したように「ほんとです」と呟く。

その光景を見ていたナルは、いつも通り人の悪い笑みでフンと鼻を鳴らして。

「詐欺の被害に合わない一番の方法は、詐欺の手際を知り尽くす事だ」

あっさりとそう言い切り、怒りと呆れがない交ぜとなった表情を浮かべる面々に背を向けると、リンに向かい目配せをする。

「もう二度としない。約束する」

「どうですか」

諦めたようにため息を吐き出したリンに満足したのか、ナルは僅かに口角を上げた。

「リンさん、お疲れ。なんなら何か温かい飲み物でも淹れてあげようか?」

「・・・・・・」

漸く安全だろうと判断したのか、リンの背中をポンと叩いてが顔を覗き込む。

それに否定の言葉を口にしようとして・・・―――けれど何故かそうする事も憚られ、リンは力ない様子で1つ頷く。

もう何かのリアクションをする事さえも疲れてしまったのかもしれない。

無言の承諾を得て、はやんわりと微笑むと持っていたカップをテーブルに戻し、早足でキッチンへ向かう。

先ほどジョンへと淹れたコーヒーがまだ残っていたはずだ。

コーヒーメーカーに残ったコーヒーをカップへと注ぎ、必要かどうか解らないのでスティックの砂糖とミルクを沿えて急いで戻る。

すると先ほどまで怒りに満ちていた麻衣の顔が、今は歓喜に染まっていた。

何事かと首を傾げれば、それを見ていた滝川に「お前もメシ食いにいくか〜?」と軽く声を掛けられた。

「え、なに?ぼーさんのおごり?」

「未成年だけな」

返ってきた言葉に、よっしゃと空いた手でガッツポーズ。―――はまだ未成年の部類に入る。

「はい、リンさん。リンさんも一緒に行く?」

「いえ、仕事がありますから」

コーヒーを手渡しつつそう問い掛けると、リンは緩く首を振る。

予想通りの返答だ。

しかしいつもいつも思うのだが、調査をしていない時の彼らは何の仕事をしているのだろうか。―――確かに調査で集めたデータを整理するのは、大変な作業ではあるが。

「んじゃー、行くか。―――おーい、。行くぞ〜!!」

「はーい。それじゃ、リンさん。またね」

「はい。・・・ああ、

緩く手を振り軽やかな足取りで背を向けたを、リンは控えめに呼び止める。

それにどうしたのかと振り返り、不思議そうに首を傾げるを見つめて、リンはしばし逡巡した後静かに口を開いた。

「・・・大丈夫ですか?」

主語の抜けた問いかけ。

短いそれに、しかしは目を見開いて・・・―――そうして一拍の後、はやんわりと微笑んだ。

「うん、大丈夫だよ」

本当のところ、リンが何に対してそう問い掛けたのかは解らない。

ただ今の自分に対しての問い掛けには、ちゃんとそう答えられる。

けじめはちゃんとつけなければならない。―――そうしてそれをする勇気を、はたくさんの人からもらったのだから。

微笑むを見て納得したのか、リンは「コーヒー、ありがとうございます」と素っ気ないお礼を残して資料室へと引き上げていく。

それを見送って、もまた気合を入れるように「よし!」と呟くと、表で待つ麻衣たちの下へと駆け出した。

、遅いよ!何してたの〜?」

「ごめんごめん、ちょっとリンさんと世間話してただけだから」

「え!?リンさんと?世間話?」

目を丸くする麻衣に悪戯っぽく微笑みかけて、勢ぞろいした面々に遅くなった謝罪をすると、全員が滝川の号令に合わせて移動を始める。

一体どんな団体なのかと第三者が見れば首を傾げたくなる取り合わせでぞろぞろと街へと繰り出す中、はぼんやりと滝川の背中を見つめながら小さく息を吐く。

けじめは、つけなければならない。

それが自分にとって、どれほど都合の悪い事だとしても。

「・・・ぼーさん」

「・・・あ?」

最後尾を歩いていたが立ち止まり自分を呼んだ事に気付いて、滝川は訝しげに振り返った。

綾子と共に先頭を歩いていた麻衣が何事かと振り返るけれど、綾子のさりげない動作で麻衣が視線を前に戻すのを見て、は彼女の小さな気遣いをありがたく思いながら、不思議そうに首を傾げている滝川へと改めて視線を向けた。

「どうした?」

様子の可笑しい自分を気遣うように掛けられる声。

どうして滝川は、こんなにも他人を気に掛けるのだろう。―――それが彼の性分であるのならば、なんと厄介な事か。

けれどそれが誰かにとっての安らぎになる事もは知っている。

「ぼーさん。ごめん、私嘘ついた」

ポツリ、と零れ落ちた言葉。

人の雑踏の中に紛れて見失いそうなその言葉を、けれど滝川はしっかりと拾い上げる。

「『それで自分の存在が証明できるなら、簡単な事だと思わない?』―――私、ちゃんと覚えてるよ」

滝川のまっすぐな視線に耐え切れず、は視線を自分の足元へと落とす。

他愛無い言葉だった。

なんの意図もなく、自然と零れ出た言葉。

けれどそれが己の根底にあるモノだと、は自覚している。―――そうして、出来ればそれに触れて欲しくないとも。

「覚えてないなんて嘘ついて、ごめん。・・・ああ、もう。ほんとダメだなぁ、私」

「・・・

いつまでも俯いていてはいけないと顔を上げて、けれどやはりまっすぐ滝川の目を見る事も出来ず、は髪の毛を掻きあげる仕草で誤魔化しながら無理やり笑みを浮かべる。

その今にも泣き出しそうな笑みを見つめて、滝川が目を細めた事に気付く事もなく。

「だけど・・・やっぱり私、まだ言葉にしたくないの」

厳重に鍵を閉めて・・・―――そうして心の奥底に封印したそれを、まだ開ける勇気をは持たない。

いや、いつだってそれはと共にあるのだ。

それでも・・・気付かないフリをして、関係のないフリをして、何食わぬ顔で毎日を過ごしていたい。

「別に・・・話したくないなら構わないさ。誰だって人に言いたくない事の1つや2つあるもんだ。変な事聞いて悪かったな」

「ううん、違う。ぼーさんは悪くない。そうじゃなくて・・・」

やっぱりこういう時に、滝川は大人だと思い知る。

人を気遣ってやれる優しさを持っている。―――だからこそは、無意識にもその言葉を口にしてしまったのかもしれない。

「ほんとはね、そんな大層な事じゃないの。ただ私が子供なだけなんだと思う。それでも・・・やっぱりまだ、昇華出来てないんだと思う」

「・・・・・・」

「だから・・・」

小さく呟いて、はまっすぐに滝川を見上げる。

同じくまっすぐに注がれる眼差し。

それに答えなくてはならない。―――逃げるなんて卑怯な真似は、してはいけない。

何よりもそれは、が嫌う事だから。

「いつか・・・ちゃんと自分の中で整理できたら、ぼーさんに一番に話す。誰よりも一番先に、ぼーさんに聞いてもらいたい。だから・・・それまで待ってて欲しい」

なんて勝手な言い分。

滝川との関係が、これからも続いていくとも限らない。

体のいい断り文句だと取られても仕方がない。

けれどそれが、今のにとって出来る精一杯の誠意なのだ。

ざわざわと人のざわめきだけが耳に届く中、無言でを見つめていた滝川がやんわりと微笑んだ。

「しょーがねーな、待っててやるよ」

手を伸ばして、立ち尽くすの頭をかき回す。

ぐしゃぐしゃになった髪の毛に責めるように見上げるの視線に思わず噴出すと、は更に不機嫌そうに睨みつけてから、その手から逃れるようにするりと滝川の横をすり抜けて歩き出す。

「ほら、ぼーさん。早く行かないと麻衣たちに置いてかれるよ!!」

「何言ってんだよ。スポンサーは俺だろうが」

軽い足取りで先を歩くを見つめて小さく笑みを零した滝川は、ゆるりとした足取りで踵を返した。

前を歩くの背中を見つめながら、やれやれと肩を竦める。

あのの拒絶以来、心のどこかにあった棘が綺麗に抜け落ちている事に気付いた。

もう20も半ばの自分が、現役女子高生にこれほどまでに振り回されるとは・・・―――情けないような・・・それでいて楽しいような複雑な気分を抱きながら一歩踏み出す。

そうして視線を上げた滝川は、数歩先で立ち止まり自分を見つめているに気付いた。

どうした?・・・と声を掛ける前に、がゆっくりと口を開く。

「・・・ありがとね、ぼーさん」

それは本当に小さな声だった。

ともすれば雑踏に紛れて聞こえないほどの小さな声。―――けれどそれは確かに自分の耳に・・・そして心に届く。

彼女には似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべたが再び踵を返し、前方を歩く麻衣たちへと合流を果たす。

その集団から聞こえてくる楽しげな笑い声に、滝川は小さく苦笑を漏らした。

「・・・ったく」

ほんとうに、敵わない。

子供っぽい表情を見せるかと思えば、大人びた表情を見せるアンバランスな少女に。

惚れてしまった弱みかと思えば、これはこれで悪くない気もして。

「お前ら、スポンサー置いてどこ行くつもりだよ!」

照れ隠しにそう叫び、滝川は前方の集団に合流するべく走り出す。

 

今はまだ、こんなのも悪くない気がした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

自分で書いておいてなんですが、リンに名前呼びさせるのってやっぱり違和感あります。

まぁ、でもねぇ。それがドリームの醍醐味といえば醍醐味ですから。

一応恋愛担当としては、それなりに打ち解けてもらわないと困りますし。(誰に言い訳を)

やっぱり動かしやすさ・絡ませやすさで、ぼーさん一歩リードです。

作成日 2007.10.22

更新日 2008.1.28

 

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