「・・・う〜ん」

本日の新聞を睨みつけながら、は唸るように声を上げる。

そうしてしばらく迷った末にそれを放り出し机へと向かうが、直後また新聞を手に取り眉を寄せてそれを見つめる。―――ちなみに今手に取っているのは昨日の新聞なのだけれど。

「・・・う〜ん」

またもや唸り声を上げ、難しい顔をしてそれを見つめていたは、先ほどと同じように新聞をそこらへと放り出し、疲れたようにベットへ身を投げ出した。

そうしてしばらくごろごろとベットの上を転がった後、そこにも放置してあった3日前の新聞を手に取る。

「・・・だんだんエスカレートしてる気がする」

ポツリと呟いて、最後にうあー!と意味の成さない声を上げ布団に潜り込んで。

数分後、布団を被ったまま手だけで携帯電話を探り出し、それを布団の中に引き込んだ後、暗闇の中で光る画面を見つめる事また数分。

そうして意を決したようにアドレス帳に登録しているある人物のデータを表示し、しばらく迷った末に何かを振り切るように通話ボタンを押した。

プルルルルと響くコール音を耳にしながら、この期に及んで相手が出なければいいなぁと思っていたの期待を裏切るように、電子音が途切れ携帯電話の向こうから聞き慣れた声が届く。

『・・・もしもし』

繋がってしまっては仕方がない。―――自分から電話を掛けておいて思う事ではないが、はそう自分自身を納得させて口を開く。

「あー、あの・・・私、だけど・・・」

布団の中で、くぐもった自分の声がとても情けなく聞こえた。

 

臆病者の決意

 

平日とはいえ、夕方の渋谷は大変な混雑を見せていた。

学校帰りの生徒たちが寄り道をしているのか、制服姿の学生が多い。―――今回ばかりは、とて同じなのだけれど。

学校が終わってすぐに待ち合わせ場所に直行したは、制服姿のままぼんやりと流れる人並みを眺めていた。

時刻はもうすぐ待ち合わせの時間を指す。

何事にもきっちりとした人だから遅れる事はないだろうと思いながら腕時計に視線を落としたその時、ポンと肩を叩かれは顔を上げた。

「・・・やっほー、久しぶり」

「大分待たせちゃいました・・・?」

「ううん、時間通りだよ」

一見すれば人の良さそうな青年を見上げ、はやんわりと微笑む。―――別に彼の中身が悪いと言っているわけではないけれど。

それでも一筋縄ではいかない人物であるという事だけは確かだったが。

目の前に立ちニコニコと笑みを浮かべる青年を見て、は小さく笑みを零した。

「思ってたより元気そうだね。もっと暗い感じを想像してたんだけど」

「落ち込んでても仕方ないですからね。まぁ、笑ってばかりもいられないけど・・・」

そう言って苦笑いを零すこの青年の名前は、安原修。

今巷を賑わせている緑稜高校に通う3年生だ。―――何をもって巷を賑わせているのかという事と、今2人が渋谷で待ち合わせをしている事は、勿論関係がある。

学校としては不名誉極まりないだろうが、今緑稜高校では怪事件が起こり続けているらしいのだ。

始まりは、生徒の集団不登校事件。

なんでも『教室に幽霊が出る』という理由で、生徒たちが揃って不登校になったのだという。

他にも除霊を巡って教師と喧嘩をしただとか、原因不明の食中毒が起こっただとか、密室で火事が起こったのだとか・・・―――そのすべてに霊の存在が関連付けられている新聞記事をが読んだのが、そもそものきっかけだった。

あえて言うが、は霊能者が嫌いだ。

勿論霊現象なんてもっての外。

今は成り行き上仕方なくそういう仕事をこなしてはいるが、本音を言えば関わりあいたくないと常々そう思っている。

だから今回の新聞記事を読んだ後、は数日悩む事になったのだ。

友人である安原が通う高校での事件。―――それも新聞を読む度にどんどんエスカレートしている。

これが本当に霊現象であるのかどうかは記事を読んだだけでは判断できなかったが、果たしてこのまま放っておいて良いものかどうか。

なまじ知り合いが関わっているだけに、知らぬ振りなど出来そうもない。

かといって、依頼が来ていないにも関わらず、一清になんとかしてあげて!とも言えない。

散々迷った挙句、とりあえず現状だけでも聞いておこうかとは安原と連絡を取ったのだ。―――そうしてそこで驚くべき偶然を目の当たりにする事になったのだけれど。

「でも、が霊能者と知り合いだなんて知りませんでしたよ」

ニコニコと邪気のない笑みを向けられ告げられた言葉に、はあらぬ方向を眺めながら乾いた笑みを浮かべる。

「実は校長が渋谷サイキック・リサーチという事務所に事件の調査を依頼したらしいんだけど、断られちゃったみたいなんですよ。あはは、どうしましょうね?」と電話の向こうから告げられた時は、流石のも眩暈を感じた。

渋谷サイキック・リサーチってそんなに有名なの?とか、ナルってば依頼断ってんじゃん!など思うところは色々あったが、ここでまたもや知った名前が出てきた事に、更に状況を無視できない自分を悟ったは、そこに知り合いがいると大まかに説明し、可能性は少ないけれど一応頼んでみると安請け合いをしてしまったのだ。―――安請け合いというよりは、断りきれなかったという方が正しいが。

そうして自分たちの事なのだからにすべてを押し付けるのは気が引けるという安原と待ち合わせをし、本日アポなしでナルへ会いに行く事が決定したのだけれど・・・。

「・・・ちゃんと話聞いてくれるといいけど」

「何か言いました?」

「ううん、なんでも!ほら、さっさと行こう」

ボソリと呟いた言葉に首を傾げた安原を見上げて、は無理やり笑みを貼り付け首を振り、きょとんとする安原の腕を取って賑やかな人波に足を踏み出した。

 

 

擦りガラスにおしゃれな文字で『渋谷サイキック・リサーチ』と名前が書かれた扉の前に立ち、は意を決したようにその閉ざされたドアを押し開いた。

カランという軽やかな音と共に、中から麻衣の勢いの良い声がする。

何でそんな焦った接客してんの?と思わず首を傾げたの横をすり抜けて、安原がドアを開けて中を覗き込んだ。

「あの、緑稜高校の生徒会長をしています、安原修と言います。こちらの所長さんにお会いしたいのですが・・・」

丁寧な物腰で挨拶をした安原とは反対に、麻衣がぎょっと目を見開く。

それをドアの隙間から覗いていたは、安原の背中からひょっこりと顔を出し、そこにいた麻衣とナルへ向かい気まずげに笑みを浮かべた。

「・・・こんにちは〜」

「えっ!!?」

突然の訪問に度肝を抜かれたらしい麻衣が間の抜けた声を上げる。

それをまるでなかったかのようにスルーしたナルは、視線をへと向けて訝しげに眉を寄せた。

「・・・今日は何の用で?」

「え〜と・・・依頼、みたいな?」

「また厄介事を持ってきたみたいだな」

「失礼な!私がいつナルに厄介事持ってきた事があるよ!まぁ・・・今回ばかりは否定しないけど」

そう言いつつ開き直ったのか、は安原の脇をすり抜け事務所の中に足を踏み入れると、入り口で立ち尽くす安原を手招きし、ドカッとソファーに陣取った。

「ともかく、話くらい聞いてよ。ほらほら、ナルも座って座って!」

パタパタと手招きをするを目にし、ナルは諦めたのかため息を吐きつつソファーへと腰を下ろす。

それを見ていた麻衣も躊躇いがちにナルの隣へと座り、そうして不安げな眼差しでと安原・・・そしてナルを見比べた。

「・・・で、ご用件は?」

「聞かなくても解ってるくせに。―――安原くん」

飄々とした様子で切り出すナルを恨めしげに睨み付けて、は隣に座る安原へ声を掛ける。

すると安原は心得たとばかりにカバンから分厚い紙束を取り出し、それをナルの前へと差し出した。

「これは生徒たちの署名です。校長からの依頼が断られたと聞いて、もう一度お願い出来ないかと集めたものです。どうか調査をしていただけませんか?」

真剣な眼差しでそう告げる安原を見て、そうして差し出された署名の紙に視線を落としたナルはそのまま沈黙を続ける。

それに焦れたように、安原は表情を歪めながら更に言葉を続けた。

「・・・今、学校は酷い状態です。最初はありがちな怪談がいくつかあっただけでした。それが今では毎日変な事が起こっています。みんな不安で、心細い思いをしているんです」

安原の言葉に、何か言いたげに麻衣がナルを見つめる。

その視線を受けて、ナルが不意にへと視線を移した。

「・・・で、は何故?」

「私、安原くんとは友達なの。新聞で怪現象の記事を見て・・・なんか放っとけなくてさ。連絡取ったら、緑稜高校の校長がここに依頼して断られたって聞いたから、私ももう一度考え直してもらえないかと思って・・・」

突然話を向けられたはどぎまぎしつつもそう答える。

ナルが依頼を引き受ける。―――その意味を、はちゃんと理解している。

彼が依頼を引き受けるという事は、助っ人としても事件に当たるという事なのだ。

出来る事なら避けたい事態ではあるが、流石にナルに押し付けて知らん顔は出来ない。―――だからこそ安原と連絡を取るかどうか迷ったのだけれど。

「・・・僕に頼まなくとも、家で処理すればいいだろう」

当然といえば当然の言い分に、しかしは困ったように肩を竦めてみせる。

「一応言ったけど、今忙しいらしくて人手が足りないって。それに校長はここに依頼したんでしょ?断られたからって、生徒が他のところに依頼するわけにもいかないじゃない。―――いくら安原くんが生徒会長だって言ってもさ」

こちらももっともな言い分に、ナルはまたもや口を閉ざす。

そうしてしばらくの沈黙の後、再び署名の束を見つめていたナルは大きくため息を吐いて安原へと視線を合わせた。

「・・・正直言って、緑稜高校の事件には興味を持っています。しかし僕はマスコミと関わるような事件は・・・」

「お気持ちは解ります!」

ナルの言葉を遮って、安原が声を上げる。

「僕たちも毎日押しかける取材に迷惑していますから。だからこそ一層早く事件が解決される事を願っているんです。どうかお願いします!!」

そうして深く頭を下げた安原を見つめて、ナルは薄く目を細める。

「私からもお願い。ナルの気持ちも解らなくはないけど、うちが当てにならない以上、もうナルしかお願いできるとこないんだよ」

言い募るをじっと見返して、ナルが意外だとでも言うように軽く眉を上げた。

「随分と積極的だな。お前らしくもない・・・」

「・・・そりゃ、私だって出来れば遠慮したいけどさ」

ナルなりのからかいなのだろう。―――言われたは憮然とした表情を浮かべて答えると、しかし次の瞬間何かを思案するように眉を顰めた。

「でも・・・なんか嫌な予感がするんだよね」

「・・・嫌な予感?」

言葉少なく問い返したナルをチラリと窺って、はコクリと1つ頷く。

尋常ではない数の怪現象。

どんどんとエスカレートする被害。

これほどまでに事件が起こるという事は、何かしら原因があるに違いない。

そこに一体何があるのか、それはには想像もつかないけれど・・・―――それでも今のが感じられる事はたった1つ。

「このままだと・・・なんかよくない事が起こる気がする。―――いや、ただの勘なんだけど」

それこそが、迷いに迷った末にが安原と連絡を取った一番の理由だったりする。

そんなあやふやな言葉でナルを説得できる自信などなかったけれど・・・そうとしか言いようがない事も事実で。

の言葉にまたもや考え込む様子を見せたナルは、しかし次の瞬間大きくため息を吐き出し、そうして傍らでじっと息を飲んで状況を見守る麻衣へと声を掛けた。

「麻衣、緑稜高校に連絡してくれ。―――依頼をお受けします、と」

ナルの声に、麻衣とと安原がパッと表情を明るくさせる。

そんな3人を見つめて、ナルはへと視線を注ぐと素っ気無い声で呟いた。

、ぼーさんたちには君が連絡をしろ」

「ラジャー!!」

ナルの言葉に元気良く返事を返したは、早速連絡を取るべく携帯電話を取り出す。

どうか都合をつけてくれますように!と心の中で祈りながら、は通話ボタンを勢い良く押した。

 

 

滝川の運転する車で3時間、緑稜高校を前にナルを除いた3人は長時間のドライブに既に疲れ果てていた。

「や〜っと着いたぁ!思ったより結構遠いね」

「ね〜。私、お尻痛くなっちゃった」

車から降りて第一声そう呟いた麻衣とは、揃って苦笑いを浮かべる。

そうしてふと浮かんだ疑問に、麻衣は小さく首を傾げた。

「っていうか、ってこんなに遠いところに住んでる安原さんとどうやって友達になったの?」

「あー、結構前にね、友達が通ってる予備校のお泊り講習があってさ。誘われてそれに参加した事があるの」

「な〜るほど。そこに安原さんもいたってわけか」

「そーいうこと」

納得したとばかりに手を打った麻衣を見返して、はにっこりと微笑む。

まったくの偶然、本来ならば知り合う事すらなかった相手と妙な縁で知り合い、そしてこうして仕事をしているのだから人生は何があるか解らない。

「おいおい、おしゃべりしてないでさっさと行くぞ」

「は〜い!!」

駐車場に車を止め終えた滝川の声に、2人は揃って返事を返して足先をそちらへ向ける。

まず向かうは、依頼人である校長先生がいる校長室。

事務所で場所を聞こうと歩き出した4人。―――しかし不意にがピタリと立ち止まった事に気付いて、麻衣は不思議そうな面持ちで振り返った。

そこには呆然と立ち尽くしたまま、校舎を見上げるの姿がある。

心なしか顔色が悪く見えた気がして、心配げに麻衣はの顔を覗き込む。

「どうしたの、?」

「・・・え?」

その時漸く麻衣が自分の顔を覗き込んでいる事に気付いたのか、がパチリと瞬きをした。―――そうして気まずげに眉を寄せた後、なんでもないと小さく首を横に振る。

「・・・なんでもないって」

「おーい、何やってんだよ!」

明らかに無理をしている様子のを更に問い詰めようと口を開きかけた麻衣は、背中から掛けられた大きな声に口を噤む。

それを見て「なんでもないから」とやんわり微笑んだに負けて、麻衣は納得がいかない様子でコクリと頷いた。

そうして4人はまず最初に校長室へと向かうべく校舎内へと足を踏み入れる。

「校長室ですか?・・・右手の廊下の突き当たりですが」

あからさまに胡散臭そうな視線を向ける事務員から校長室の場所を聞いた一行は、事務員の態度に眉を顰めながら言われたとおり廊下を進む。

そうしてそこで今回の依頼人である校長と対面した4人は、向けられた第一声に呆気に取られた。

「とにかく早いところこの馬鹿騒ぎを何とかしてもらおうか!まったく!何が幽霊だ、馬鹿馬鹿しい!!」

言葉通りうんざりとした表情を浮かべる校長を見返して、麻衣は思わず放心した。

依頼したのはそっちだろうとか、人の事呼んどいて厄介者扱いはないだろうとか、馬鹿馬鹿しいと思うなら依頼なんてしてくるなだとか心の中で反論しつつ、しかし懸命にそれを押し留めようとする滝川の眼差しに怒りをグッと我慢する。

別にこっちはアンタの愚痴を聞きにきたわけじゃない!と思わず言い返したくなるほど事件とは関係のない話を聞かされ続けた後、漸く校長は満足したのか傍らに立っていた男性教諭にチラリと視線を送った。

「それじゃ、松山先生。用意してある会議室の方へ」

「・・・はぁ」

校長に指示をされた松山という教師はやはり胡散臭そうな眼差しを向けつつ、曖昧に返事を返して校長室を出、4人を先導して歩き出す。

漸く愚痴から開放されると滝川と麻衣がホッと息を吐いたのも束の間、今度は松山先生がじろりと睨みを聞かせながらナルへと問い掛けた。

「お前が所長だって?いくつだ?」

お前ー!?

ナルに向かっての暴言に、滝川と麻衣は揃って目を見開く。

一体どんなきつい一言が返ってくるのかとひやひやしていると、しかしナルは気にした様子なく「17歳です」とさらりと答えた。

「高校は?」

「ご想像にお任せします」

「・・・ふん」

ピクリとも表情を変えないナルの受け答えに馬鹿にしたように笑みを浮かべた松山は、視線を前方へと戻して嘲るように口を開く。

「オカルトだかなんだか知らんが、最近の若い奴はすぐありもしない事に逃避したがるな。しかも、それに付け込む詐欺師紛いの連中までうろつく始末だ。呆れたもんだな、おい?」

明らかにナルを詐欺師と決め付けたような物言いに、麻衣がカッと激昂する。

しかし大人としてある程度の事を受け流す術を知っている滝川は、暴れる麻衣を何とか押しとどめてため息を吐き出した。

どこへ行っても霊能者など胡散臭い目で見られる事は多いが、流石にここまで徹底した態度は珍しいかもしれないと思う。―――それが依頼人なのだから、なおさら。

「・・・ん?」

どうやら会議室に着いたらしい松山が会議室のドアを開けると、そこに立つ1人の生徒を見てあからさまに顔を顰める。

「お待ちしてました」

しかしそんな松山の表情も気にした様子なく、ある意味今回の本当の依頼人である安原はにっこりと人の良い笑顔を浮かべて4人を出迎えた。

「安原!お前授業は!?」

「3年はもう短縮授業ですから」

怒りを露わに怒鳴り声を上げる松山をさらりと流して、安原は平然とそう答える。

しかし松山もそれで黙って引き下がる気はないらしく、怒りの表情のまま更に口を開いた。

「受験は大丈夫なのか?」

「ご心配なく」

こちらもさらりと受け流して微笑む安原に、松山もそれ以上は何も言えないらしい。―――この学校でもトップクラスの成績を維持する安原だ、文句のつけようがない。

ともかくそんな松山はさておき、ベースを確保した面々は早速作業に取り掛かるべくナルへと視線を向ける。

「さて!ベースも確保したところで、これからどうする?」

「そうだな。各事件に関わった生徒たちの話を聞いてみようか。―――麻衣、探してきてくれ」

「どーやってさっ!!」

さらりとナルから告げられた言葉に、先ほどから怒りを滾らせていた麻衣がそう声を上げた。

初めて来た見知らぬ学校で、不特定多数の人間を探してつれてくるなど無茶もいいところだ。―――そんな麻衣の叫びを聞いてか、安原がにこやかな笑みを浮かべたまま提案する。

「じゃあ、僕が」

「その方が早いな。お願いします」

名乗り出た安原に一任したナルの傍で、今もまだ会議室に残っていた松山が当然の顔をして椅子に座り込んだ。

「手っ取り早くやってくれ。俺も忙しいんでな!」

どうやらここに居座るつもりらしい。

そんな松山をチラリと伺い、ナルは変わらない静かな声色で松山に告げた。

「先生はお帰りくださって結構です」

「そうはいかん。生徒を管理するのが俺の仕事だ」

しかしそんなナルの言葉を、松山は一蹴する。

あまりといえばあまりな松山の発言に更に怒りを漲らせる麻衣を他所に、しかしナルは平然とした様子を崩す事はなく。

「事件に関わった以上、彼らも依頼人のようなものです。依頼人のプライバシーは守る事にしていますので」

「子供にプライバシーなどあるか!!」

どうやら相手は聞く耳を持たないらしい。―――それどころか根本的な考え方が違っているのか・・・説得は難しそうだと滝川は怒りを露わにする松山を見やる。

「歳がいくつだろうと依頼人は依頼人です。お引取りを」

「俺がいちゃ都合の悪い事でもやらかすつもりか?俺は霊能者なんかを学校に入れた奴の言い分が聞きたいんだ」

「では、校長室へどうぞ」

さらりと告げたナルの一言に、松山が目を丸くする。

それを認めて、滝川は思わず勢いよく噴出した。

「そりゃそうだ。依頼したのは校長だもんな」

何とか笑いをかみ殺そうとするが生憎とそれは成功せず、滝川の笑う声を聞いた松山はカッと怒りにか羞恥にか顔を赤らめ、苛立ちを露わに立ち上がった。

「構わんさ!何かあったら校長の責任だからな!!」

吐き捨てるようにそう言い残し、松山はドアを破る勢いで開け放ち会議室を出て行く。

その後姿を呆然と見送った麻衣は、とうとうその怒りを爆発させた。

「かー!バッカじゃないの、このハゲ!!生徒の前に自分の性格管理しろっての!そういうのを『負け犬の大声』って言うんだよ!!」

「・・・『遠吠え』だ、麻衣」

現役女子高生にはあるまじき間違いにさりげなく突っ込みを入れられ、麻衣は仁王立ちのまま思わず硬直する。

そんな麻衣を眺めながら、「面白いなぁ、谷山さんって」と微笑みながらフォローを入れる安原を他所に、滝川はジト目をナルへと向けた。

「ナルちゃんの毒舌がいつ飛び出すか楽しみにしてたんだけどなー」

ナルならばあの松山を完膚なきまでに叩きのめせただろうに。―――そうすればこの理不尽な怒りも、少しはすっとしたはずなのにと目で語る滝川に、しかしナルは資料に視線を落としたまま。

「豚に説教しても意味がない」

さらりと痛恨の一言を吐き捨てた。

もしかすると一番怒っているのか彼なのかもしれない・・・と滝川は乾いた笑みを浮かべて・・・―――そうしてこの時漸く先ほどからが何のリアクションも起こしていない事に気づく。

あの松山の態度もそうだが、今のナルの発言に一番に突っ込みを入れそうな彼女が・・・と訝しく思いながら視界を巡らせると、当の本人は会議室の隅で壁に背中を預け、憂鬱そうな様子で項垂れていた。

「ん?どうした、・・・って、おい!!」

どうしたのかと歩み寄り顔を覗き込んだ滝川は、あまりのの顔色の悪さに思わず声を上げる。

それに何事かと視線を向けた面々を前に、はゆっくりと顔を上げると大丈夫だと言いたいのかひらひらと手を振った。

「・・・へーき、気にしないで」

「気にしないでって!やっぱり、具合悪かったんじゃない!!」

無理に笑みを浮かべるを認めて、慌てて麻衣が駆け寄ってくる。―――やっぱりあの時の言葉なんて信用するんじゃなかったと言わんばかりの眼差しを向ける麻衣を見返して、は力なく微笑んだ。

「ほんとに、だいじょーぶだから。だいぶマシになってきたし・・・」

そう言って大きく深呼吸をし、仰ぐように天井を見上げる。

「でも・・・」

「具合が悪いようなら保健室に行きますか?」

戸惑う麻衣の隣で、心配そうに安原が声を掛ける。

それにも大丈夫だと返事を返して、はもう一度深呼吸した。

保健室に行っても、この気分の悪さは収まりはしない。

今はまだ身体に支障はあっても、自然に収まってくるのだという事を、は身をもって知っている。

「・・・

何かを問うようなナルの視線から気まずげに目を逸らして、ぎゅっと目を閉じた。

この気分の悪さは、ただの体調不良ではない。

この感覚をは知っている。―――この感覚は、夏の事件の時にも体験した、あの・・・。

自分の悪い予感が当たってしまった事を察したは、重い重いため息を吐き出す。―――それと同時にシャラリと音を立てた左手のブレスレットの音に、はパッと顔を上げた。

「・・・どーした?」

「今、なにか・・・」

の突然の行動に目を丸くする滝川を他所に、は眉を潜めてじっと廊下を見つめて・・・―――そうしてポツリと呟いたその瞬間、廊下から鋭い悲鳴が上がった。

全員が一瞬息を止め、じっと廊下を見つめる。

そうして一番に行動を開始した滝川が急いで廊下へと飛び出したその時、新たな悲鳴がその場に響き渡った。

「なんだっ!?」

廊下に出れば、隣の教室の前に女生徒が2人蹲るように座り込んでいる。

「どうした?」

そうして教室から漏れる悲鳴と激しい物音が気に掛かりながらも女生徒に駆け寄り問いかければ、女生徒の1人が泣き顔のまま滝川を見上げて途切れ途切れに呟いた。

「い、犬が・・・」

「例の犬か・・・」

女生徒の言葉に生徒たちの目撃談を思い出したナルは、今もまだ激しい物音の響く教室に視線を向ける。

「ちょ!危ないよ!!」

そうして麻衣の制止も聞かずに教室を覗き込んだ滝川とナルは、その光景に思わず絶句した。

教室の真ん中で、黒い犬がこちらを見て唸り声を上げている。

「・・・これって、犬なの?」

同じく教室を覗き込んだが呆然と呟いた。

確かに形状は犬らしくは見えるが、お世辞にもそこらにいる動物と同じにはとても見えない。―――昔の物語に出てくる物の怪みたいだ・・・とが場違いにも感想を抱いたその時、その黒い犬が唸り声を上げて飛び掛ってきた。

「いっ!!」

「うわっ!!」

「廊下に戻れ、ナル!!」

顔を引き攣らせる滝川に強引に押し戻され、は抱えられるように廊下へ押し出される。―――そうして滝川の腕の隙間から見えた黒い犬は、廊下へ飛び出したと同時にまるで掻き消すようにその姿を消した。

「・・・き」

「・・・消えた?」

廊下で事態を見ていた麻衣と安原が呆然と呟く。

辺りが一瞬静まり返り、全員が言葉もなく立ち尽くす。―――それを打ち破ったのは、騒ぎを聞きつけ様子を見に来た他のクラスの生徒たちの悲鳴だった。

あんなものを見たのだから仕方がない。

混乱の中で次々に悲鳴を上げる生徒たちをそのままに、滝川は廊下で座り込んでいた女生徒を保護していた麻衣へと視線を向けた。

「大丈夫か?」

「あ、うん。私は別に・・・。でもこの人が・・・」

麻衣に抱きかかえられるように蹲る女生徒の足には、犬に噛まれたような跡がある。―――そこから流れる血を見て、ナルが僅かに眉を顰めた。

「保健室に行こう。立てる・・・?」

「あ、僕が背負います」

すぐさま行動を開始する安原の機転の良さに感心しながら、滝川はぐるりと教室内を見回す。

破壊された机に怯える生徒たち。―――話には聞いていたが、まさかこれほどとは・・・。

感心半分、恐れ半分で滝川が困ったように笑みを零すと、人事のように状況を見つめていたナルが女生徒を背負って保健室へ向かおうとする安原に声を掛けた。

「・・・安原さん。怪談に関係した生徒を事件毎に分けて会議室につれてきてもらえますか?」

「解りました」

どうやっても仕事を優先するナルを呆れた眼差しで見つめて、麻衣は安原に付き添って保健室へと向かう。

その2人の後姿を見送ったナルと滝川とは、揃って顔を見合わせた。

「今度ばかりは、教師も『見なかった』ってわけにはいかねぇよな」

「・・・だよね。顔真っ青だし」

「今のお前が言える台詞じゃねーけどな」

滝川に静かに突っ込まれ、は不機嫌そうに頬を膨らませる。―――これでも大分マシにはなったのだけれど。

それにしたって、来て早々のこの事件。

新聞記事で読んだ限りそう簡単に解決できるとは思っていなかったが、まさかしょっぱなからこんな衝撃的な場面を目撃する事になるとは・・・。

「しょっぱなからやってくれるじゃないか」

小さなナルの呟きに、は盛大に表情を顰めて。

同意するしかない現状に、滝川とは顔を見合わせて乾いた笑みを浮かべた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

しょっぱなから主人公影薄いですが。(第一声がそれか)

思わぬ主人公と安原少年の繋がり。同じ高3設定なので、何処かで繋がりがあってもいいかな〜というちょっとした出来心なんですが。

安原少年を出すに当たって、彼に主人公をなんと呼ばせようかが一番悩みました。

苗字・・・は呼ばれるのが嫌いという設定なので没。同学年なのにさん付けはおかしいし、ちゃんはどっちの雰囲気にも合わないし・・・。

敬語を使うキャラなのでどうしようかと思いましたが、とりあえず呼び捨てで。

リンもそうなんだしいいかなと思ったのですが、ちょっと被ってるじゃんとも思ったり。

作成日 2007.10.30

更新日 2008.3.3

 

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