しょっぱなから強烈な光景を見せ付けられたは、怪我をした女生徒に付き添って保健室に向かった麻衣と安原とは反対に、確保したベースに戻って大きく息を吐き出した。

「おいおい、本当に大丈夫か?」

「あー、うん。まぁ全然大丈夫だなんて嘘丸出しな事は言わないけど、大分慣れてきたから、ほんと」

「慣れてきたって・・・」

滝川は困惑と心配の入り混じった複雑な表情を浮かべて、パイプ椅子に腰を下ろしてひらひらと手を振るを見下ろす。

確かに本人の言うとおり、最初に見た頃と比べて顔色は良くなってはいたが、それでも解ったと簡単に納得できるわけでもなく。

「大丈夫だって。大抵はこうなるんだよね、仕事に行くと。―――しばらくするとそこの空気に慣れてくるから。森下家の時だってそうだったでしょ?」

言われてみれば確かにそうだった。

確かにあの時のも随分と具合が悪そうだったが、しばらくすると元の元気さを取り戻していた事を思い出す。

だったらそれまで大人しく休んでおけと言いたいところだが、現状から考えればそれだけの余裕があるとも思えない。―――もそれを承知しているのか、椅子に座ったまま大きく伸びをした後ジッと滝川を見上げて。

「それに今回の仕事は、私がナルに無理言って頼んだんだから。ちゃんと自分に出来る事はやるよ。ここまで来たんだしね」

しかし先ほどとは違いしっかりとした笑みを浮かべたの表情を見て、強情な彼女を説き伏せるのは無理かと諦める。

いつだってそうだ。

はいつだって霊現象に関わるのが嫌だと言いながらも、決して無理にそれから逃れようとしない。―――なんだかんだと文句を言いつつも、それから目を逸らさない。

本当に嫌がっているのか?とも思えるの態度が気にならないわけではなかったけれど・・・―――それでもと交わした約束を思い出し、それを問う事も出来ずに。

『しょーがねーな、待っててやるよ』

自らの言葉を思い出し、滝川は苦笑を浮かべる。

「・・・解ったから、無理だけはするなよ」

そう言って頭を強引に掻き混ぜれば、は不機嫌そうな表情を浮かべた後やんわりと微笑んだ。

 

閉ざされた空間

 

「教室に幽霊が出るので登校しなかったという事ですが、詳しく聞かせてもらえますか?」

女生徒を保健室に送り届けた麻衣が戻ってきた後、ナルの要望通り事件毎に被害者を集めてベースへ連れてきてくれる安原のおかげで、調書取りは随分と捗っていた。

本日何組目かの生徒たちのグループを前に、ナルが新聞から集めた資料を広げてそう問い掛けると、目の前の女生徒は顔色を悪くしたまま躊躇いがちに口を開く。

「はい、あの・・・教室っていってもLL教室なんですけど・・・。授業中、自分が吹き込んだテープを再生してたんです。そしたら、変な声が聞こえだして・・・」

最初は雑音が多いと感じただけだった。

しかしそれがだんだんと人の声のように聞こえてきた。―――くすくすと笑う声と共に、おそらくは子供の声が・・・。

気味の悪さを感じながらも授業中なので席を立つ事も出来ない。

そんな中、不意に自分の足元に誰かがいる事に気付き・・・そして。―――恐る恐る足元を見やれば、そこにはニヤリと笑みを浮かべる子供の姿があったのだという。

「先生に言っても信じてもらえなくて・・・。でも本当にいたんです!!」

その時の恐怖を思い出したのか、その少女は怯えた表情でそう声を荒げる。

確かに教師はそんな話など信じないだろう。―――彼女が嘘を吐いているとは言わないが、世間一般の大人は大抵信じないに違いない。

「他にそれを見た人がいますか?」

「あたしたちみんな見てます!クラスの子のほとんどが声聞いてるし・・・」

泣き出してしまった少女の友達が、彼女を支えながらそう訴えた。

「怖いから授業に出たくないって先生に言っても聞いてもらえなくて・・・。それでみんなで学校を休んだんです」

少女の訴えを聞きながら、滝川が広げた大きな用紙に詳細を書き込んでいく。―――その用紙はナルが用意した、この学校の簡単な見取り図だ。

「他に何か、学校で起こっている変な話を知っていますか?」

しばらく思案した後、ナルが曖昧にそう問い掛けると、その場にいた少女たちが食いつくように声を発した。

「開かずのロッカーとか!」

「いつの間にかバラバラになる人体模型」

「音楽室の物音」

「焼却炉のフタを開けるとおじいさんがさかさまに顔を出すって!」

「保健室のベット!奥から二つ目にいつの間にか誰かが寝てるって!!」

矢継ぎ早に吐き出される話に、滝川が焦った様子で見取り図に詳細を書き込んでいく。

隣に座っていたも身を乗り出し、少女たちに言われるがままにペンを走らせた。

「ぼーさん、字汚い!」

「そんな事言ってる場合か!!」

なんやかんや言いつつ、それでもすべてをメモし終えて、2人はホッと息を吐く。

確かにどの学校でも怪談話はつき物だが、まさかこんなにもたくさんの話が出てくるとは。

「普通はもっと少ないもんなんじゃないの?学校7不思議っていうくらいなんだから、7つくらいで勘弁して欲しいんだけど」

「それが7つじゃ済まないから問題なんだろ?」

「ああ、なるほど」

こそこそと会話を交わしつつ、2人は自らが書き込んだ見取り図を見つめる。

まだ何組目かだというのに、見取り図は既に埋まりつつある。

本当にこれ全部が怪現象なの?と半ばうんざりとペンを弄んでいたは、漸く泣き止んだ少女が漏らした言葉に顔を上げた。

「・・・坂内くんを見たって人がいます。廊下ですれ違ったとか、教室に立ってたとか」

しゃくり上げながらそう呟く少女を見つめて、ナルが訝しげに眉を寄せた。

「さかうち?誰です?」

「9月に自殺した、1年生です」

少女の言葉に、はパチリと瞬きを1つ。―――そうして何かを探るように視線を泳がせた後、難しい表情で視線を落とした。

「・・・どうした?」

「・・・え?」

そんなの様子を滝川は見ていたらしい。

問い掛けられ顔を上げたは、心配そうな表情で自分を見下ろす滝川を見つめ返して。

そうしてしばらく迷った末に口を開こうとしたその時、少女たちの調書は取り終えたと判断したのか、ナルの「もう結構です」という言葉に遮られ再び口を噤んだ。

そのままナルは次の生徒たちを通すように指示し、それに応じた麻衣が廊下で待つ次の生徒を呼ぶ為に駆けていく。

すっかりとタイミングを逃してしまったは、後でも良いかとそう結論付け滝川に向かいなんでもないと首を振った。

そうして次にベースにやってきた女生徒たちは、勧められるままに用意された椅子へと腰を下ろし、まっすぐナルと向かい合う。

「変な事が起こり出したのって、去年の秋ごろ・・・っていうより、坂内くんが自殺してからなんです。もしかして坂内くんの自殺が関係あるんじゃないかと思って・・・」

「それで、この記事にあるように自分たちで除霊をしようとしたんですね?」

ナルが手元にある新聞記事に目をやりながらそう問い掛けると、少女は力強く「そうです」と肯定した。

「でも私たち、坂内くんのタタリだって決め付けてるわけじゃありません。何かをしないではいられなくて・・・。でも何していいのか解らなくて」

その記事はも読んだから覚えている。

素人がよくもそんな危険な事をするものだと思ったものだ。―――まぁ、本当にそこに霊がいたのなら大事にならなかっただけ幸運だったのだろう。

「貴女は坂内くんと知り合いでしたか?」

「いいえ。事件の後で初めてそんな子がいたんだなって・・・」

確かに全校生徒の顔と名前を覚えている生徒などそうはいないだろう。―――同じ学年ならさておき、たとえ同じ学年だったとしてもクラスが違えば1年生の9月ではよほど目立つ人物でもない限り知らなくとも不思議ではない。

しかし少女はそう言った後、躊躇いつつも更に言葉を続けた。

「それに・・・遺書が一時有名になって・・・」

「遺書?」

思わぬ言葉に、ナルは僅かに眉を上げる。

初めて聞く話に無言で続きを促せば、少女は戸惑ったように視線を泳がせた後、意を決したのかキッパリとした口調で言い放った。

「『僕は犬ではない』って」

少女の声に、全員が思わず押し黙る。

短い言葉ながらも、そこに多くの思いが込められている気がして・・・―――そしてその意味するところをなんとなくではあるが察して、は苦々しい表情を浮かべた。

「・・・意味が解りますか?」

「わかる気がします。学校にいると自分でもそう思う事があるから」

ナルの静かな問い掛けに、少女もまた静かにそう答える。

「髪の毛の長さから持ち物の色まで決められて、言葉遣いや態度が悪いっていちいちチェックされて、これじゃ犬のしつけみたいだって。それで私、坂内くんは学校を恨んでるのかなと思いました」

少女の告白を聞いて、ナルは「ありがとうございました」と話を打ち切ってため息を吐いた。

すべてを話し終えた少女たちがベースを出て行く姿を見つめながら、は先ほど聞いた坂内という少年の最後の言葉を思い出す。

僕は、犬ではない。

「学校を恨んでる、ねぇ。―――解らないでもないな」

ポツリと滝川が呟いた言葉に、生徒たちを見送っていた麻衣がきょとんと目を丸くしながら振り返った。

「・・・どして?」

「おいおい。気付かんかね、現役女子学生」

「はぁ〜?」

更に首を傾げる麻衣を見つめて、滝川は思わず苦笑を漏らした。

「制服とか髪型とかさ、お見事なくらいみんなキッチリしすぎてんだろ。今時茶髪の1人もいないってのはどうかね?」

「・・・そだね、ぼーさんの時代じゃあるまいし」

「お前の中の俺はいくつよ?」

麻衣のある意味失礼な発言に密かに傷ついた滝川は、隣で笑いをかみ殺すの頭をコツリと小突いた後、気を取り直したように口を開いた。

「いや、つまりね。学校の締め付けが相当厳しいんじゃないかって事だよ。校長や松山見りゃ教師の傾向もなんとなく解るっしょ」

「あー、うん」

滝川の発言で松山の傍若無人な態度を思い出したのか、麻衣があからさまに表情を歪める。

ナルも時に傍若無人に思えるが、松山ほど酷くは感じられないのだからまだまだ可愛いものなのかもしれない。―――もっとも、そう思うのは恋心の成せる業なのかもしれないが。

「緑稜高校の校則の厳しさって、一部の学生の間じゃ結構有名だよ。私も模試とかでいろんな学校の人たちと友達になるけど、今まで聞いた中でワースト3には入るよ」

滝川に小突かれた頭を撫でながら、黙って2人の話を聞いていたが口を挟む。

「ぼーさんの言葉じゃないけど、スカートの丈だってみんな一緒。アクセサリーつけてる子なんて1人もいなかったし。なんか・・・いつも人の目を窺ってるみたいに注意深く辺りに気を配ってさ。坂内くんの最後の言葉って、この学校の実態を捉えてるよね」

苦い表情で呟くを見返して、麻衣は難しい顔をして考え込む。

自分の通う学校はそれほど校則には厳しくはないのであまり考えた事はないが、確かに毎日毎日松山のような教師に見張られるのは耐えられないだろう。

「学生のうちって学校が生活の大半だからなぁ。そこでこんだけ押さえ込まれちゃストレスもすげぇんじゃねーの?これが心霊現象じゃなくて集団ヒステリーでも俺は納得するね」

「・・・意外とそっちの方が楽だったかもね」

うんうんと頷きながら話す滝川を横目に、ため息を漏らしながらがそう呟く。

実際に集団ヒステリーでも困る事には違いないが、心霊現象などというある意味怪しい方向に行かないだけまだ現実的でマシだろう。

「・・・う〜ん」

さくさくと話を進める2人を眺めながら、麻衣が難しいとばかりに唸り声を上げる。

ちょうどその時、次の被害者グループが来たのか部屋のドアがノックされる音が聞こえ、3人は揃って顔を上げた。

「次の生徒たちを連れてきました。『集団食中毒』の・・・」

安原がベースに顔を出し、そう声を掛ける。―――いつの間にか当然のごとく使われている友達を前に、違和感なくそれをやってのけるナルを思い浮かべて、はさすがだと乾いた笑みを浮かべた。

安原に連れてこられた生徒たちは次々とベースの中へ入り、用意されたパイプ椅子に腰を下ろす。―――そんな中、生徒を先導してきた安原までもが椅子に座った事に気付いて、ナルは視線をそちらへと向けた。

「・・・安原さんも被害者だという事ですか?」

「そうです」

キッパリと返された言葉に、ナルはほんの僅かに口角を上げる。

今まで短いなりにも安原と関わり、彼がどんな人物なのかはナルも理解している。―――順序だててしっかりと状況を説明できるだろうと思える人物がその場にいる事に、流石のナルも気が楽になったのかもしれない。

「・・・それでは、事件の詳細を教えていただけますか?」

「はい」

向けられた問いにまっすぐ視線を返して返事をした安原は、よく通る声でその時の事を話し始めた。

事件が起こったのは、去年の12月18日。二時間目の授業中の事。

朝からなんとなく空気が悪いとは思っていたのだという。―――なんだか、生臭い匂いがする・・・と。

すると2時間目始まってすぐ、生徒の1人が『気分が悪い』と教師に訴えた。

勿論教師は取り合おうとはしない。―――精神がたるんでいるからだ、と逆にその生徒を責める。

しかし被害者はそれだけでは収まらなかった。

次々と気分が悪いと訴える生徒たちが続出する中、1人の生徒が吐き気を感じ席を立つ。―――それを連れ戻すよう教師に指示された安原が立ち上がったその時、彼もまたクラスメートたちと同様に強烈な気分の悪さを感じた。

そうして結局、クラスの半分近くが倒れたのだという。

「その時は教室中が異様なほど臭かったです。そうだな・・・空気が悪いのが極端に進んで、臭うほどになったって感じでした」

「・・・なるほど」

安原の正確かつ解り易い説明に、ナルが1つ相槌を打つ。

「学校の暖房はスチームだし、ガスの線はないですね。食中毒の症状とも全然違いましたし・・・」

「えっ!?じゃあ、新聞に載ってたのウソ?」

「学校側が取り繕った言い訳でしょうね」

確かに、クラスの半数近くが倒れたが原因は不明・・・などとは報告できないだろう。

食中毒もかなりの大問題だが、まだ世間が納得しやすい説明でもある。

「その臭いは今でもしますか?」

「はい。僕らはもう麻痺してて解らないんですけど、他のクラスの人が来ると何の臭いだって聞きますから。―――ただ、時々はっきりと解るほど臭いが強くなる事があります」

「臭いねぇ・・・」

嫌そうな顔をしながら滝川が呟く。

「・・・安原さん。あなたが最初に異変に気付いたのはいつ頃ですか?」

ナルの質問はまだ続く。

それに安原はしばらく考える様子を見せて・・・―――そうして思い至ったのか、難しい表情を浮かべながら口を開いた。

「・・・絶対に何かあると思ったのは、不登校事件からです」

先ほどの少女たちの事か・・・と、は泣き出してしまった女生徒を思い出す。

あんな怖い思いをすれば、学校に行きたくないと思うのも当然だろう。―――だって正直に言うなら遠慮したいくらいだ。

「それより先に、火事が続く事件がありましたね?」

「更衣室のボヤの件ですね。あれは初め、放火じゃないかって言われてたんです。必ず12日周期で起こっていたので、誰かがワザとやってるんだろうって」

「必ずですか?」

「そうです」

念を押されて、安原はしっかりと頷き返す。

最初にその事件が起こったのは、10月の半ばくらい。

その12日後にまたボヤがあり、しばらくの間教師たちが交代で見張っていたのだが、そのまた12日後に3度目のボヤが起こった。

それで仕方なく厳重に鍵を掛けて更衣室を使用禁止にする事にした。―――けれどその甲斐もなく、また12日後にボヤは起こったのだ。

「その頃不登校事件が起こったので、これはただの放火ではないんじゃないかと・・・」

「今も続いてるんですか?」

「はい、必ず12日周期で早朝に。―――次の予定は2日後です」

安原の話に、またもや何かを考えているのかナルは黙り込む。

それを横目で窺いながら、予想以上にヤバそうな雰囲気が漂っているなぁ・・・とは人事のように思う。

もっともこの学校に来たその瞬間から、には思っていた以上に厄介な事件だという事は解っていたのだけれど。

「・・・教室を見せてもらえますか?」

さて、自分が感じるこの感じをどうやってナルに伝えるべきか・・・―――そう考えを巡らせていたは、突然立ち上がりそう告げたナルに思わず顔を上げた。

「・・・え?見に行くの?」

「嫌ならここに残っていろ」

「いや!こんなトコに1人で残されても!!」

素っ気無く言い放つナルに慌てて弁解をして、置いていかれないようにとも慌てて立ち上がった。

そうして安原に案内されて向かった彼の教室で、4人はその壮絶さを身をもって体験する事になる。

「ここです。―――開けますよ?」

しっかりと念を押されてから開かれた扉の向こうから、なんとも言えない臭いが漂う。

それに思わず顔を顰めるも、恐る恐る教室内に足を踏み入れたたちは、揃って鼻を手で押さえる。

「・・・なんちゅーか、夏に台所に出しっぱなしで3日ほど忘れていた魚の臭いのような」

「微かにすえた香りと水量の減ったドブ川にも似た香りが絶妙なハーモニーを奏でて」

「つーか、臭い。とんでもなく臭い。ありえないくらい臭いー!!」

「そうですか、やっぱり」

話の通り流石に慣れているのか、大騒ぎする3人とは反対に安原は平然と立っている。

こんなところでほぼ1日を過ごすなんて・・・―――このクラスの生徒たちはよく耐えられるものだとは違うところで感心した。

「特に臭いの強いところはないですね」

「そうなんです。臭いの元を随分探したんですけど、教室全体が臭うんですよね」

しかしこちらも顔を青くする3人とは違って平然とした様子を見せるナルが、教室の中をゆっくりと歩きながらそう呟く。

コイツには嗅覚がないのか!と鼻を押さえながら突っ込みを入れて、慌てて窓の方へと走っていった滝川たちの後を追っても窓際へ駆け寄る。

「ぶっはー!!」

「窓開けても、あんま変わんないね」

「外に顔出して息吸え!!」

滝川はもう既に限界のようだ。

その脇から窓の方へと顔を出しながら、は首だけで安原を振り返り表情を顰めつつ口を開いた。

「安原くん、一回業者に見てもらったら?教室全体って事は、床下に何かあるのかもよ」

だとしても、これだけの臭いを放つのだから相当なものだ。

出来れば早く教室から出たいと窓枠にぶら下がるように外の空気を吸っていると、唐突にナルが教室内を見回しながら問い掛けた。

「ここで何か変な事をしませんでしたか?」

「変な事・・・ですか?」

あまりに抽象的な発言に、流石の安原も意味が解らないのかきょとんと首を傾げる。

まだ教室内に残っていた生徒たちも、突然現れた謎の集団に視線を遣していた。―――そんな中で、ナルは冷めた眼差しを彼らへと向けて。

「降霊術のような」

静かな声で告げられた言葉に、滝川・麻衣・の3人が驚いたように目を見開く。

それは安原も同じようで、あまりにも突拍子もない発言にどう答えようかと考えを巡らせていたその時、教室に残っていた女生徒の1人が友人に向かい小さな声で呟いた。

「・・・ヲリキリさまの事じゃない?」

「ばっか、違うよ!だってあれは・・・」

「ヲリキリさま・・・?」

聞き覚えのない女生徒の呟きに、麻衣が不思議そうに問い返す。

「っていうか、なにそれ?」

「ですよね」

そうして率直に聞き返した滝川に苦笑を漏らして、安原は現在この学校で流行っている遊びの1つである『ヲリキリさま』の事を話し始めた。

「最近・・・っていうか、2学期に入ってから流行ってるんです。ヲリキリさまとか権現さまとか・・・。まぁ、いわゆる・・・」

「あ!あたし持ってる!まだ使ってないやつ!―――ほら、これ!学校中ですっごい流行ってるんだよ!」

安原の言葉を遮って、女生徒の1人がポケットから白い紙を取り出すのを見て、はうんざりとした表情を浮かべながら空いた席に座り込んだ。

「あれ?これ・・・」

「コックリさんじゃねーか!!」

紙を受け取った麻衣の背後から覗き込んだ滝川が、咎めるような声を上げるのを聞きながら、やっぱり・・・とは小さくため息を吐き出す。

この展開ならそうだろうとは思っていたが、予想通りの展開に紙を覗く気さえ起きない。

しかし滝川の言葉に驚きの声を上げた女生徒の1人は、しかしムッと表情を強張らせて反論を返した。

「違うよ!コックリさんはキツネを呼ぶんでしょ?ヲリキリさまは神様を呼ぶんだよ!恋愛とかよく当たるんだから!!権現さまは・・・」

女生徒の反論を聞きながら、滝川は麻衣から奪い取った紙をぐしゃりと握りつぶす。

「・・・権現さま、花子さん、キューピッドさん、エンジェルさん。―――全部コックリさんの別名!名前がなんだろうとやってる事は同じ!面白半分に霊をオモチャにしてる事になるんだ」

彼女たちは完全に別物だと思い込んでいたのだろう。―――驚きの声を上げる女生徒たちを横目に、滝川は握りつぶした紙をゴミ箱へ放り捨てる。

「そんなぁ!ヲリキリさまなら神様だから危なくないって・・・!!」

「そんなのはデマだ。霊を呼ぶのは素人でも出来るが、帰すのには訓練がいる。二度とやるな!」

滝川の叱責に、女生徒たちはビクリと肩を震わせる。

そうして珍しい滝川の怒りに、は感心したように声を上げた。

「ぼーさん、坊主みたい」

「・・・ちゃん。ここシリアスなとこなんだから茶々入れないでくれる?」

「すいませ〜ん」

肩を竦めて、は睨みつける滝川から視線を逸らした。

確かに彼女たちのやっている事は褒められた事ではないけれど、少し可哀想に思えたのも確かで・・・―――ほんの少し、場を明るくしようかと思っただけなのだが。

冗談交じりに軽く睨みつける滝川にヘラリと笑みを返して、は助けを求めるように麻衣とナルへと視線を向ける。

そんな中、何かを考え込んでいたナルが不意に口を開いた。

「流行っていると言ったね。それはどの程度・・・?」

ナルの問い掛けに、女生徒たちは考え込むように俯いてからチラリと滝川を窺うように視線を向ける。―――また怒られる事を恐れているのだろうが、滝川の代わりにそんな少女たちににっこりと微笑みかけたは、無言で先を促した。

「あの・・・ほんとに学校中。・・・やってない人の方が少ないと思う・・・」

躊躇いがちに告げられた言葉に、思わず眩暈を感じてはがっくりと机に伏せる。

確かにこういう遊びは流行りやすいものだとは思うが、まさかここまでとは・・・。

「・・・なんでよりによってこういうもんに手ぇ出すのかな〜、みんな」

「あれ?お前はした事ないって言ってたっけ?」

少女たちには聞こえないように小さく呟いた言葉に、こちらも少女たちには聞こえないようにと声を潜めた滝川が問い掛ける。

覗き込むように見つめられ、はフルフルと首を横に振った。

「やった事ない。興味なかったし、それに・・・」

「それに?」

「両親にきつく言われてたんだよね、絶対にやるなって。洒落にならないからって。―――言われた時はあんまり理由が解らなかったけど」

「・・・あー」

項垂れたままそう告げるに、納得したように滝川が乾いた笑みを浮かべながら頷いた。

確かにこれだけ能力の強いがコックリさんなどやれば、霊がわんさか寄ってくるかもしれない。―――それを思えば、彼女の親の判断は正しかったのだろう。

それにしたって・・・と、滝川はと同じように項垂れるようにその場にしゃがみこみ、がっくりと肩を落とす。

なんだかとんでもない展開になって来た事を実感し、怯えるように自分を見る女生徒と、再び何かを考え込むナル、そして項垂れると事情が解らずおろおろとする麻衣と何故かニコニコと笑顔を浮かべている安原を順番に見回して。

滝川とは顔を見合わせて、深く深くため息を吐き出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

やっぱり事件になると説明が多くて主人公の出番が極端に少なくなります。

公園の怪談やサイレントクリスマスくらいだと色々とキャラを動かせるんですけど。

念願の安原少年が登場したってのに、なかなか絡ませられずに悔しいですが。

作成日 2007.11.2

更新日 2008.3.10

 

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