「ホテルじゃないーっ!?」

夜を待って漸く緑稜高校に到着した綾子の発した第一声がこれだ。

ものすごい剣幕で麻衣へとにじり寄る綾子を眺めながら、はため息を1つ。―――まぁ、とて夜の学校に泊り込みたいわけではないけれど。

「綾子ー。みんな我慢してんだから、文句言うのやめようよ。無駄に疲れるだけだって」

「何言ってんのよ!こっちはわざわざ東京から3時間も掛けて来てやったのよ?調査の間中、あの暖房の壊れた宿直室泊まれっての!?」

「綾子、うるさい」

ぎゃんぎゃんと機関銃のようにまくし立てる綾子を前に、麻衣とはわざとらしく耳に手を当てて顔を顰める。

綾子が来て場の空気が一気に明るくなったのは良いが、だからといってこんな文句を延々と聞かされるのはたまらない。

それでも綾子の口は止まらない。―――そんな2人に更ににじり寄ったかと思うと、据わった目で睨みつけながら頬を引き攣らせた。

「あんたらには解んないでしょうけどね。そりゃーきつい道のりだったわよ、えぇ!?あのせっまい空間にリンと2人きりにされてごらん?3時間!息詰まる一戦だわよ、まさに!!」

どうやら相当辛かったらしい。

確かにリンはお世辞にも社交的とはいえないし、自ら話題を振ってくれるほど饒舌でもない。―――それに加えてあまりリンと親しくない綾子にとっては、彼女の言う通り『息詰まる一戦』であろう、まさに。

「あははー・・・。綾子、ごくろうさまー」

「誠意がこもってないっ!!」

即座に言い返され、はうっと身を仰け反らせる。―――触らぬ神に祟りなしということわざが、今の綾子にはピッタリだ。

だからといって、これ以上宿直室について文句を言われてもどうしようもない。

今もまだ麻衣に向かって文句を言い続ける綾子を横目に、小さく息を吐いたは仕方がないと口を開いた。

「んじゃー、綾子はどっかの教室にでも泊まる?霊がいるかもしれない教室に?私は止めないよ」

さらりと告げられた一言に、今度は綾子がうっと口を噤む。

これ以上文句を言えば、本当に霊がいるかもしれない教室に放り込まれかねない。

今はまだ冗談だろうが、やるといったらは問答無用で実行しそうだ。

「・・・解ったわよ」

しばらくの葛藤の末、綾子は諦めたようにそう呟き悔し紛れに髪の毛を掻き上げる。

そんな綾子を見て勝利者の笑みを浮かべたを見つめて、麻衣はさすがとばかりに控えめな拍手を送った。

 

彼女のに映るもの

 

「とにかく、目撃数が多すぎて機材が足りない」

リンと綾子の到着後、早速ベースにリンが運んできた機材を設置し終えた後、揃った面々を前にナルがそう話を切り出した。

ボードにはこれ以上は書き込めないだろうと思えるほどびっしりと文字で埋め尽くされた学校の見取り図が貼ってある。―――確かに、これのすべてに機材を置くとなれば、一体どれほどの数を確保しなければならないのか・・・。

「明日、と原さんに霊視をしてもらって霊の存在を確認する。いると解ったらぼーさん、松崎さん、ジョンの3人で除霊に当たる」

「・・・ほ〜い」

「曖昧なものについては、僕とリンとで調査を行う。麻衣はここで情報の中継と整理。―――ただし、何かあったら報告するように」

「・・・何かって?」

次々と出される指示に慌しく頷く面々を前に、しかし麻衣はナルの言葉に小さく首をかしげた。

なにか・・・なんて曖昧な言い方ではよく解らない。

そう言いたげな麻衣を見据えてため息を吐き出したナルの代わりに、滝川が呆れた面持ちで口を開いた。

「第六感のオンナなんだろ?こないだ潜在的なESPとか言われたじゃねーかよ」

「あ、そっかー。忘れてた」

ごめんごめんと笑みを浮かべる麻衣を見て、綾子は疲れたように額に手を当てる。

そんな滝川と綾子を見て、静かに会議を眺めていた安原が不思議そうに首を傾げた。

「じゃあ、谷山さんもただの人じゃないって事ですね」

「いやいや、そんな」

安原の発言に、麻衣が照れくさそうに頭を掻く。

それを見ていた綾子がふんと鼻で笑い、肩を竦めて見せた。

「まっ、忘れててもしょうがないか。この間の事件はたまたま役に立っただけだもんね〜」

「そういう誰かさんもたまには役に立ってみようよ〜」

「あはは、仲良しですねぇ」

青筋を浮かべながら微笑みあう綾子と麻衣を眺めながら、安原はにこやかな笑顔を浮かべつつそう感想を漏らす。

これのどこが仲良く見えるって?―――と頬を引き攣らせながらも、はがっくりと肩を落としつつ安原の方へと視線を向けた。

「・・・っていうか、安原くんは帰らなくていいわけ?もう大分遅い時間だけど」

「うん。僕みたいなのでも雑用くらい出来るかなと思って。一応泊まるようにしてきたんだけど・・・」

「さすが物好きだなぁ、安原くんって。自ら進んでこんな厄介そうな事件に首突っ込もうとするんだから。私だったら絶対ごめんだけど」

またもや肩を竦めて呆れたようにそう言い放つを横目に、安原は気付かれないように小さく笑みを零す。

そんな事を言っておきながら、緑稜高校の事件を新聞で見て連絡を取ってきたのは一体誰だと思っているのか。

自分が物好きなら、だって相当の物好きだ。―――自分に比べて、はこの事件には何の関係もないのだから、なおさら。

「安原さん。残ってくださるのはありがたいですが、泊り込みは止めた方がいい。危険です」

そんな事を思っていた安原は、突然ナルにそう声を掛けられ視界を巡らせる。

じっと見つめるナルの視線を受け取って、安原はにこやかな笑顔のまま口を開いた。

「もちろん、足手まといになるようなら言ってください。帰ります」

ゴーストハントというものがどういうものなのか、安原は具体的にそれを知らない。

だから自分でも手伝える事があるのかどうなのか、彼には判断のしようもない。

それでも今日行った雑用くらいは自分にも手伝えたし、それならばこれからも自分にも出来る事はあるかもしれない。

校長が依頼主であるとはいえ、自分もまたその一端を担っているのだ。―――出来る事があるのならしたいとそう思う。

まっすぐ見返す安原を見返して、しばらく考えていたナルは小さく息を吐いた。

「・・・それでは、手を貸していただこうかな」

ほんの短い時間であれど、安原と関わり彼の人となりがどんなものなのかはナルも解っている。

彼は無謀な事に手を出すような人間ではない。―――ちゃんと自分の力量をはかり、引き際も心得ているだろう。

ならば彼の好意を受け取るのも良いかもしれない。

何せ今は、1人でも多くの人手が欲しい時なのだから。

「では早速お願いします。麻衣、安原さんと一緒にマイクの設置に行ってくれ」

「りょうか〜い。んじゃ、安原さん、行きましょ」

ナルの指示に、手馴れた様子で麻衣がベースの隅に積まれた機材へと歩み寄る。

同じく荷物持ちとして麻衣と共にベースを出発する安原を見送って・・・―――そうして何気なく巡らせた視界の端の光景に、思わずドキリと身体を強張らせる。

「・・・なんで見てんの、ナル?」

じっと自分を見つめるナルの視線に思わず身を引いたに気付いてか、滝川と綾子もまたへと視線を向けた。―――気付けばリンもまたを見つめている。

全員の視線がへと注がれる中、元凶であるナルが静かに口を開いた。

「・・・何か感じないか?」

「・・・は?」

「ここへ来て、お前は何か感じなかったか?」

ナルの問い掛けに、滝川と綾子が顔を見合わせて首を傾げる。

確かには霊の姿を見る事が出来る。―――それもすこぶる感度が良い。

しかし今のは、彼女の言うところの防御という名の目隠しをつけているも同然なのだ。

彼女の左手には、蛍光灯の光を鈍く反射するブレスレットがつけられたまま。

そんな状態では何も見えはしないだろう事は明白だというのに・・・―――それなのに何故ナルはそんな質問をするのか。

そう問いかけようとした滝川は、しかしすぐに口を噤む。

何故ならば、問い掛けられた本人であるが、身体を強張らせたままナルをじっと見返していたからだ。

「・・・ナル」

「緑稜高校に来てすぐ、お前は誰の目から見ても明らかなほど体調を崩した。それは何かを感じたからじゃないのか?」

口を開きかけたの声を遮って、ナルは重ねてそう話す。

は明日、真砂子と共に霊視をする。―――そう指示を出したのはナル本人だというのに、何故今こんな質問を投げ掛けるのか。

そんな疑問を抱きながらも、は小さく息を吐き出しながらコクリと小さく頷く。

あまり安原の前では言いたくなかった事だが、幸いな事に今彼はここにはいない。―――それさえもナルの思惑通りのようで面白くはなかったが。

「・・・見えるよ。多分・・・この学校にいる霊の全部」

「ちょっと、ほんとに!?ブレスレットつけたままなのに!?」

「・・・ねぇ?ほんと、どういう事なんだか」

掴みかかるような綾子の声に肩を竦めて見せて、は苦笑を零しつつそう呟く。

もともと当主の傍を離れれば効力が薄くなるとは聞いていた。―――それがまさかこれほどとは・・・と呟きを漏らせば、滝川と綾子は揃って苦い顔をする。

ブレスレットを外したがどういう状態にあるのか、何度か共に仕事をした事のある2人にはよく解っていたから。

「大丈夫なのか?」

「う・・・ん、まぁ。大丈夫といえば大丈夫だし、大丈夫じゃないといえば大丈夫じゃないんだけど・・・」

「・・・どっちよ」

「体調もそんなに悪くはないし、とりあえずは大丈夫だと思うよ」

心配そうな表情を浮かべる2人にそう微笑みかけ、は出来る限り明るい声でそう答える。

そろそろ空気に慣れてきたのかもしれないとそう言えば、2人はまたもや揃って首を傾げた。

霊がいるから体調が悪くなるというのに、それに慣れるとはどういう事なのか。

森下家で同じく霊の密集度に当てられた真砂子などは、調査が終わる最後の最後まで辛そうにしていたというのに、に関しては辛そうにしていたのは最初だけで、終わりに近づくにつれて少しづつ体調を取り戻してきていた。―――その違いはなんなのかと問うと、もまた小さく首を傾げて。

「う〜ん・・・。あ、ほら。安原くんの教室に行った時ものすごく臭かったでしょ?ほんともう、耐えられないくらい。あれがこの学校に来た直後の私で、その臭いにもう慣れちゃって平然としてた安原くんの状態が慣れてきた私、みたいな。―――うん、その説明が一番しっくりくるかな?」

ケロリとした様子でそう話すを見返して、解ったようなよく解らないような面持ちで滝川と綾子は釣られるように頷く。

要するに、時間が経つにつれて麻痺してくるという事なのだろうか。

それはそれで、ちょっと危険な気もするのだけれど・・・。

2人が揃って頬を引き攣らせるのを前にして苦笑を漏らしたは、今もまだじっと注がれるナルの視線に気付いて視界を巡らせる。

大分話が逸れてしまったが、まだ肝心な事は何一つ話していない。

出来れば安原が戻ってくる前に伝えてしまいたかった。―――これ以上、彼を不安にさせたくはないから。

「・・・見えるというのは本当に?」

「うん、ちゃんと見えるよ。ひとつひとつの姿がはっきり見えるとは言えないけど、どこにいるのかもちゃんと感じられる」

「では・・・」

の答えに1つ頷いたナルは、視線をボードに貼り付けられた学校の見取り図へと移す。

びっしりと怪現象の目撃談が書き込まれた見取り図。―――それを見つめたまま、ナルはゆっくりと確かめるように口を開いた。

「あの目撃談の内、どれが本物でどれが偽物なのか解るか?」

ナルの問い掛けに、は真剣な表情を浮かべたまま。

そうしてゆっくりと視線を泳がせた後、そっと目を伏せた。

「偽物もなにも、全部ほんとだよ。―――ううん、それどころかもっと酷い」

言いづらそうに告げられた言葉に、滝川と綾子が目を見開く。

「・・・もっと酷いって?」

「私には、この学校に漂ってる霊が人魂みたいに見えるの。いつかのテレビで見た蛍のたくさんいる川みたいに、ゆらゆら漂ってる」

「・・・どれくらい?」

「学校中、余すところなく」

キッパリと告げられた言葉に、全員が言葉もなく押し黙った。

集められた目撃証言だけでも手に余るというのに、更にそれ以上の霊がこの学校にいるというのだろうか。

が安原に聞かせたがらなかった理由が解った気がした。―――わらをも掴む思いで依頼に来た安原には、あまり聞かせられない話だろう。

「・・・私には、この学校にいる霊全部を除霊するなんて途方もない事に思える。それだけこの学校にはたくさんの霊がいる。尋常じゃないよ」

ブルリと身を震わせたを見つめて、ナルは眉間に深く皴を寄せた。

コックリさんで集められたという霊たち。

素人の降霊会で目撃談と同じだけ霊を集めるなど出来るものかと思っていたが、現にこの学校には余すところなく霊が漂っているのだという。

「ねぇ、ナル。出来るなら今の話、聞かなかった事にして欲しいんだけど。―――せめて、安原くんのいる前では」

考え込むナルに視線を向けて、はポツリと呟く。

この学校にいる霊のすべてを除霊するのが途方もない事だとしても、このまま放って帰るわけにはいかない以上、どうにか手をつけるしか取る道はない。

ならば事の収拾の目処が立つまでは、これ以上安原に余計な不安を与えたくはないのだ。―――平然と振舞ってはいても、彼とて不安を抱いているはずなのだから。

「でも、明日真砂子ちゃんが来たら見てもらうんだろ?すぐにバレるんじゃねーか?」

「それは・・・何とかするよ。真砂子だって融通が利かないわけじゃないし」

それでも、彼女が同じものを見たならば、きっと正直にそれを告げるだろう。

だから何とかするのは真砂子の方ではなく、安原の方なのだが・・・。―――とは言っても、あの聡い安原をいつまでも誤魔化し続けられるとは思っていないが。

「・・・いいだろう。最後に、1つ」

ナルの了承にパッと表情を明るくさせたを見返して、ナルは更に言葉を続ける。

「この学校にいる霊たちの中で、どれが大本なのかは解るか?一番力の強そうな奴でもいい」

言われて、は意識を集中させる為に目を閉じる。

暗闇の中でゆらゆらと漂う人魂たち。―――それは決して目には見えないもののはずなのに、こうして目を瞑ればはっきりと見えるのだから不思議なものだ。

そんな事を思いながらはゆっくりと目を開ける。

そうしてじっと自分を見つめるナルを見返して、軽く肩を竦めて見せた。

「・・・大本だってはっきり言えるほど抜きん出て強い力を持ってる霊は今のところはいないみたい。でも・・・何体か、他の霊と比べて力の強い霊はいる。多分・・・10前後くらいだと思うけど」

それと・・・―――のど元まで出掛かった言葉を飲み込んで、はゆるりと視界を巡らせる。

唯一、しっかりと感じられる気配がある。

それは決して力の強い霊だとはいえないが、これだけたくさんの霊がいる中ではっきりと感じられる存在。

何かこの学校に縁のある霊なのかもしれない。―――その人物に、心当たりがないわけではなかったけれど。

「ただ〜いま〜」

「ただいま戻りました」

言おうかどうしようか迷っているその間に、マイクの設置に行った麻衣と安原が元気な声で戻ってきた。

それに一瞬全員が身体を強張らせるも、すぐにいつも通りの態度に戻って2人に労わりの声を掛ける。

そんな和気あいあいとした様子を眺めながら、はチラリとナルを窺った。

ばっちりと合った視線に念を押す。―――約束は守ってよね、と。

それをちゃんと読み取ったのか、ナルは小さく息を吐き出して・・・―――それでも何も言わずに機材のチェックを続けるリンの元へと向かう。

「・・・ありがと、ナル」

自分のわがままを、それでも仕方がないと受け入れてくれたナルに、麻衣と安原には気付かれないよう、は僅かに微笑み小さな声で呟いた。

 

 

翌日の朝、漸く真砂子とジョンが緑稜高校へ到着したが、そこでまた1つの問題が浮上する。

「霊が見えない!?どーゆう事よ、真砂子ちゃん」

ベースの中に滝川の間の抜けた声が響く中、それでも霊視を終えた真砂子は怯む様子もなく凛とした様子でその場に立ち口を開いた。

「まったく見えないわけじゃありませんのよ。存在は感じますわ」

さらりと告げられた言葉に、滝川ががっくりと肩を落とす。―――それを眺めていた麻衣が、恐る恐るといった様子で声を掛ける。

「でも、この中で霊が見えるのって真砂子とだけなんでしょ?体調が悪いからの霊視は見送るって言うなら・・・」

「いきなり大ピンチ」

大きくため息を吐き出しながら、麻衣の問いに答える滝川。

ナルの気遣いにより、は体調が思わしくないため霊視を見送る事にしたという設定になっている。―――それを信じて心配してくれている麻衣には申し訳ないとは思いながら、は気まずげに視線を泳がせた。

「ま、まぁまぁ・・・。今はたまたま不調なだけかもしれまへんし」

僅かに頬を引き攣らせつつもなんとか笑顔を浮かべてフォローを入れるジョンの言葉も聞く耳持たず、真砂子はつんとそっぽを向く。

前回まったく霊が見えなかった事もあり、気まずいのかもしれない。―――日本では一流と名高い霊媒師であるだけに、守らなければならない誇りも多いのだろう。

相変わらずそっぽを向いたままの真砂子を見て、ナルが思案するように彼女へと視線を向けた。

「・・・存在は感じるんですね?」

確認の為にそう問われ、真砂子ははっきりと頷いて。

「霊がたくさんいる事は解りますわ。どこにいるのかも。でも・・・どんな霊なのかよく解りません。いつもはもっとはっきり見えるのですけれど・・・」

真砂子の話を聞きながら、昨日から聞いた話とほぼ一致するな・・・とナルは心の中で独りごちる。

も姿までははっきり見えないとは言っていた。―――たくさんいる霊は、人魂のように見えるのだと。

「なんだかチャンネルの調整が合ってないテレビを見てるような・・・解りますかしら?」

「ああ、なんとなく・・・」

思わず打ったの相槌に、真砂子はコクリと1つ頷いて言葉を続ける。

「・・・あたくし、もともと浮遊霊と話をするのは苦手ですの。場所や人に強い因縁を持っている霊なら大丈夫なのですけど・・・」

それも解る気がする、とは今度は声には出さずにそう思う。

霊媒というのは、相手の話を聞いてやりこだわりを除いてやる事で相手を成仏させる浄霊を主とする。

何かに執着している霊相手ならば説得もしやすいが、何処かから流れてきた霊などの説得はそう簡単ではないのだ。―――その霊が何にこだわりを抱いているか、そこにいただけでは解らないのだから。

「まぁ、コックリさんで呼び出された霊じゃ因縁なんてのはないだろうが・・・またかよ、真砂子」

あからさまに呆れた様子で呟く滝川を、真砂子はきつい目つきで睨みつける。

何故彼はこうも不要な発言ばかりするのだろうか。

基本的に、ここにいる人物のほとんどがわりと自由奔放な者たちばかりだ。―――もうちょっと、ジョンのように相手を気遣ってもいいのではないかとは思うのだけれど。

しかし真砂子も言われたままで黙っているような人間ではない。

滝川を睨みつけたまま、語調も荒く声を放つ。

「この間は特別ですわ!今回はまったく見えないわけでも感じないわけでもありません!」

よほど前回何も見えなかった事が心にわだかまっているらしい。―――しかしそんな真砂子を横目で見やり、綾子は馬鹿にしたように笑みを零した。

「はいはいはい、結局アテにはできないんでしょ?」

だから、どうしてそうも相手の神経を逆なでするような発言ばかりするのか。

もはやワザとだとしか思えない。―――いや、勿論ワザとなのだろうが。

「あら?松崎さんにだけは言われる筋合いございませんわ」

しかし相手が綾子とあれば、真砂子もいつもの調子を取り戻したらしい。

澄ました表情を取り戻してそう返した真砂子に、綾子が盛大に頬を引き攣らせた。

「あー!んっとにムカつくわね、アンタは!!」

「松崎さんこそ、もう少し大人になられたらいかが?」

もはやどっちもどっちだ。

とうとう始まった恒例ともいえる綾子と真砂子の口げんかをBGMに、は我関せずとばかりに欠伸を漏らす。

いちいち関わってはいられない。

最初こそ仲裁に入るかとも思っていたが、こうも毎回ではそんな気にもなれない。―――まぁ、が2人の喧嘩の仲裁に入った事などこれまで一度もなかったけれど。

ぎゃあぎゃあと賑やかな声が響く事数分。

そうして一通りの文句は言い終えたのか、真砂子は1つ軽く息を吐いて、改めてナルへと視線を向けた。

「ただ1つだけ・・・特に強く感じる霊がいるのですけれど・・・」

「どういう霊ですか?」

「男の子です。・・・あたくしたちと同じ年頃の・・・」

改めて告げられた言葉に、がピクリと肩を揺らす。

同じく麻衣もまた何かを感じたのか、僅かに目を見開いた。―――勿論その僅かな変化を見逃す事無く、はチラリと麻衣の様子を窺いながら真砂子の言葉に耳を傾ける。

「・・・って事は16歳くらいか?」

「ええ、その子ははっきり見えますわ。強い感情を感じます。なにか・・・―――学校でつらい事があったのではないかしら?学校に囚われています。この近くにはいないのに、こんなに気配が強い。きっと自殺した霊だと思います。そんなに昔の話ではありませんわ」

真砂子の話に、ナルが動いた。

持っていたファイルの中から一枚の写真を取り出す。―――そうしてそれを真砂子へと差し出した。

「・・・それは、この子ではありませんか?」

「この方ですわ。そう・・・坂内さんとおっしゃるの」

ナルの問い掛けを静かに肯定した真砂子の背後から、彼女が手に持つ写真を覗き込む。

そうしては思わず息を飲んだ。―――この少年に、見覚えがある。

「・・・どうかしましたか?」

思わず一歩後ずさったに気付いて、安原が心配そうに首を傾げた。

その反応に気付いて、滝川と綾子も不思議そうにへと視線を向ける。

「・・・私、その子に会った事ある」

「会ったって・・・いつ?」

「ヲリキリさまの調査に行った時。廊下に1人で立ってて・・・普通にこの学校の生徒かと思って声を掛けたの。―――すぐに安原君に声掛けられて、気付いたらいなくなってたけど・・・」

思えば、可笑しなところはいくつもあった。

こんな騒動が続く中、薄暗い校舎に1人でいた事も。

すぐに姿を消してしまった事も、安原が彼について何も言わなかった事も。

そうして・・・―――すぐ傍にあった窓から向かいの校舎を眺めて、薄く笑っていた事も。

ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。

まったく普通の人間と同じようにしか見えなかった。―――ブレスレットをつけたままだというのに。

「学校に恨みがある・・・というのは本当かな?」

ふと零れたナルの声に、ハッと我に返った。

じっと心配そうに自分を見つめる3人に大丈夫だと微笑み返して、平然を装いながら考え込むナルへと視線を移す。

「リン、昨夜の様子はどうだ?」

ナルの問い掛けに、モニターと向かい合っていたリンがヘッドフォンを外し振り返った。

「温度に異常があった場所が何箇所かあります。特に低かったのは3−1、2−4、LL教室です。映像に異常はありませんが、マイクに音が入っている場所が3箇所。美術準備室と2−4の教室、体育倉庫です」

「・・・なるほど、初日から反応が出てくれるわけか」

意味ありげに呟くナルに、安原が訝しげに首を傾げる。―――そんな彼を見て、麻衣が『霊は部外者が来ると一時的に隠れるのが普通で、最初から反応があるような霊は強いものらしい』と説明をしていた。

「・・・強い?」

そんな麻衣の説明の一部に、安原が反応を示す。

それにハッと我に返ったは、どうフォローを入れようかと慌てて思考を巡らせた。

しかしそれを遮るようにナルが口を開く。―――仕事に掛かろう、と。

それに全員が気を取り直したように身を正すのを目に映して、はホッと安堵の息を吐く。

まさかナルがここまで気を回してくれるとは思っていなかった。―――ナルがいてくれて良かったと、は調査とは違った意味で胸を撫で下ろす。

「原さんは校内を回って霊のいる場所をチェックしてください。松崎さんは原さんに同行して可能な限り除霊を。ここには麻衣が残ります、こまめに連絡を入れてください。ここの霊は甘く見ない方がいい。十分に注意を」

「オッケー」

ナルの指示に、綾子と真砂子が了解したと頷く。―――普段は仲が悪く見えても、こういう時はそうは見えないのだから不思議なものだ。

「ぼーさんとジョンは今上がった五箇所の除霊を頼む。も2人に同行してもらう。もし何か見えれば2人に伝えろ」

「・・・は〜い」

それは2人を連れて除霊に回れ、という事だろうか。

無理を聞いてもらった手前、出来る事はするつもりだけれど・・・―――それでも仕事をする場合、やっぱり学校のような広い場所だとかなり大変だなと改めて思う。

「僕とリンは不透明な場所の調査を続ける。安原さん、手伝ってください」

「はい」

次々と飛ばされる指示にそれぞれが頷いて、そうして調査開始の合図と共にそれぞれが割り当てられた仕事を遂行すべくベースを後にする。

も滝川とジョンと共にベースを出て、とりあえず指示された場所の除霊を行うべく移動を開始した。

そんな中、前を歩く2人の背中をぼんやりと見つめながらは小さくため息を零す。

どうしたらいいのだろう。―――心の中で呟きながら、はそっと左腕で揺れるブレスレットに指を這わせた。

最後の最後で自分を守ってくれると思っていたブレスレットとピアスが、今この時役に立たないかもしれないと解ったところで、自分は一体どうすればいいのか。

以前から抱いていた疑問と不安が一気に現実となって目の前に迫ってきたような気がして、は耐えるようにぎゅっと拳を握り締める。

大丈夫、大丈夫、きっと考えすぎに違いないから・・・。

何度そう自分に言い聞かせても、自分の中の不安は消え去ってはくれなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

とりあえず霊視の要である真砂子の登場がこれまでの話を通してわりと遅めなので、主人公の立ち位置に迷います。

さっさと霊視してしまえば、真砂子の存在がないがしろになっちゃいますしね。出来る限り自然に・・・と思ってはいるのですが。(結果がこれか)

作成日 2007.11.7

更新日 2008.3.24

 

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