「・・・ただ〜いま〜」

リンと別れてベースに戻ったは、しかし部屋の中に漂う微妙な空気に首を傾げる。

がっくりと机に突っ伏す滝川と、それを満足そうに眺める安原。

そうして顔を真っ赤に染めて硬直する麻衣と、何故か引き攣った表情で呆然と立つジョン。

「・・・なにやってんの?」

「ああ、おかえりなさい。お茶でも飲みますか?」

思わず呟いた一言に笑顔で振り返った安原の申し出にコクリと頷き、空いた椅子に腰を下ろす。―――そうして手渡されたカップを礼と共に受け取って、相変わらずニコニコと笑顔を浮かべる安原をチロリと窺った。

「・・・で?一体なにしたの、安原くん」

「嫌だなぁ。なにしたなんて人聞きの悪い。僕はただ、いたいけな子供で遊ぼうとする意地悪な大人を返り討ちにしただけですよ」

どこにいたいけな子供がいるというのか。

「それで・・・?」

「滝川さんが谷山さんの事好きなのかって聞くから、滝川さんの方がもっと好きですよって教えて差し上げたんです」

「・・・えげつないからかい方、止めたら?」

表情を崩す事無くさらりと告げる安原を見上げ、げんなりとした表情で呟いて。

そうして今もまだ脱力する滝川を横目で窺い、呆れたようにため息を吐き出した。

「ぼーさんもさ、からかう相手撰んだ方がいいよ。安原くんからかって無事に済むわけないじゃない」

「・・・ほっといてちょーだい」

脱力しているのか、それとも拗ねているのか。―――顔も上げずに呟く滝川の背中を眺めて、は小さく笑みを零した。

 

の真実

 

「んで?ぼーさんたち、除霊の方はどんな感じ?」

漸く機嫌を直した滝川が復帰するまで安原と雑談を交わしていたは、彼が淹れたお茶を飲む滝川とジョンにそう問い掛ける。

ナルとリンと共に別の調査に向かった後の彼らの動向をは知らない。

大きな進歩があったとは現状を見て思えないが、それでもどんなものなのかと世間話程度に話を振れば、滝川とジョンは曖昧な表情を浮かべて。

「原さんの指示通りに祓ってるんですけど、なんや手ごたえがないゆうか・・・」

「しっかし、真砂子があれじゃ困ったな。本人は見えなくても解るって言い張ってるけど、どうだか・・・」

その上は安原の手前おおっぴらに霊視はしたくないという。

勿論常に彼女の霊視の結果は伝えられてはいるが、安原の目を盗んでというのはなかなかに難しい。

様々な障害を目の前に大きくため息を吐き出す滝川を眺めながら、しかし麻衣は不思議そうに首を傾げた。

「でもナルは、真砂子は日本じゃ一流だって言ってたじゃん」

「んー、真砂子は口寄せが得意なんだよな・・・」

「・・・くちよせ?」

自分の問い掛けに思い出すように呟いた滝川を見やり、麻衣は訝しげに眉を寄せる。

このバイトをするようになってから、麻衣は専門用語が多い事を知った。

元から学校の怪談程度は興味があっても、詳しく知ろうとも思わなかったのだ。―――ちゃんと説明してもらわなければ解らない。

そんな意味も込めて問い掛けると、滝川は心得たとばかりに言葉を続けた。

「霊を自分に乗り移らせて質問に答えたりするんだが・・・―――よく考えてみりゃ、コックリさんと同じだよな」

「・・・たしかに。そう考えるとコックリさんも危ないよね〜」

しみじみと呟く滝川に、もまた相槌を打つ。

コックリさんのすべてが成功するわけでは勿論ないけれど、絶対に成功しないというわけでもない。

もし成功した場合は、まったくの素人がその身体に霊を宿す事になるのだ。―――考えてみれば危険極まりない。

「ボク、何かで読んだ事があるんですけど・・・。霊媒には2通りあるんやないかて。―――霊媒とESPと」

「ああ、ディヴィス博士の論文じゃないか?読んだわ、それ」

「やと、思います」

そのデイヴィス博士の論文には、霊媒にはESP・・・―――テレパシーの能力者やサイコメトリストの能力者が含まれている可能性もあるのではないかと記されているらしい。

「サイ・・・なに?」

「サイコメトリスト。サイコメトリーの能力者。物を通してそれに関する過去や未来を知る方法なんだって」

耳にした事のない専門用語に首を傾げる安原に、麻衣が丁寧に説明してやる。

それになるほどと相槌を打った安原は、更に続く会話に意識を向けた。

「デイヴィス博士は、自分がサイコメトリストやからそういう発想になったんですやろうけど・・・オリヴァー・デイヴィス博士はイギリスのSPR―――心霊調査協会の研究者で、PKとESPと両方が出来る少数派の超能力者なんです」

ジョンの説明を聞きながら、は気のない様子でお茶をすする。

この会話だけを聞いていれば、心霊や超能力などなんとも胡散臭い話だ。―――まぁ自分の立場的に、そう言えないところが悲しいが。

「博士の兄弟にユージン・デイヴィスゆう人がいはるんですけど、この人は完全な霊媒やと博士は言わはるんです」

「・・・どゆ事?」

更に小難しくなってきた話に、またもや麻衣が首を傾げる。

「たとえば・・・ドイツ人の霊を呼べばドイツ語、ギリシャ人ならギリシャ語で喋る。―――こうゆうのは珍しいんです。霊が憑依したんやなかったらありえへん事ですから」

「そいえばテレビの心霊特番とか、外国人の霊を呼んでも日本語で喋るよね」

「あれは笑えますね」

ジョンの説明にそういえば・・・と口を開いた麻衣に、安原が相槌を打つ。

霊媒の中には予言や当てものが得意な人もいる。

そういう人は霊媒というよりもESPである可能性が高いのではないかと、博士は言っているらしい。

それを聞いて、これまで静かに話を聞いていたが思い出すように呟いた。

「・・・真砂子は予言も当てものも得意だよね」

「つまり真砂子は霊媒っつうよりも、サイコメトリストかもしれないわけか。霊を見ているというより『学校』を通してサイコメトリーしてるかもしれない、と」

それならば、場所によって彼女の感覚が鈍る事がある説明もつくだろう。

学校というところはたくさんの人が集まるため、人の思念も多い。―――そういう場所で特定の気配を探るというのは、なかなかに難しい事なのかもしれない。

「・・・じゃあ、はどっちに入るんですか?―――霊媒?それともESP?」

ややこしい仮説に頭を悩ませていた面々は、しかし不意に投げ掛けられた問いに視線をへと移す。

は・・・え〜と・・・」

「そうですね。どっちですやろ?」

揃って視線を向けられたは、カップを運ぶ手を止めて僅かに背を逸らしながら口元を引き攣らせる。

どちらかと推測するには、致命的に材料が足りない気がした。

家の月華という立場柄か、の能力は公にはされていない。―――それに加えてそれなりに調査に貢献もしているが、そのどれもがどちらともいえないものでもある。

一応霊媒に属するとは本人も言っているが、彼女は森下家での調査の時にもあの家の過去を見ている。

その情報が女の霊を通して見たものなのか、それともあの家をサイコメトリーしたものなのか・・・どちらとも判断が付きかねた。

「・・・どっちなの、?」

「いや、そんな事聞かれても・・・」

自分がどちらに属するのかなど今まで考えた事もないのだから、問われても答えようがない。

それには今まで外国人の霊を呼んだ事もないのだ、解るはずもない。―――けれど・・・。

「・・・霊媒なんじゃねーの?」

不意に飛び出した発言に目を丸くして声がした方へと視線を向ければ、そこには難しい表情を浮かべつつもじっとを見つめる滝川の姿があった。

「・・・なんで?」

自分が知らない事を断言できるのか・・・。―――そう問いたげなの視線を受けて、滝川は僅かに視線を泳がせながら躊躇いがちに口を開いた。

「前に藤野さんと電話でちょっと話した事があるんだよ。そん時にな、お前の仕事の話とかちょっと聞いて・・・」

「・・・ちょっと待って。なんで藤野さんとぼーさんが私の仕事の話を」

「地方に仕事に行った時、降霊したが方言喋ってたって言ってたかな?見事だったけど、方言喋るはちょっと笑えたって言ってた。―――しかもその話してる時も、ほんとに笑ってたっぽかった」

盛大に頬を引き攣らせたの問い掛けを遮って、滝川がそう言葉を続ける。―――そうして続けられた話の内容に、は更に頬を引き攣らせる。

今、とてつもなく理不尽な発言を耳にした気がする。

仕事だと学校を休ませてまで地方に連れ出した挙句、降霊させて笑い者にするなんて・・・―――それって人としてどうなんだ、と独りごちた。

「・・・方言、ですか」

話を聞いていた安原が、確認するように反芻する。

「ちなみには、方言を喋れたりします?」

「喋れるわけないじゃん」

そうして改めて問い掛ける安原の質問に、は不貞腐れたようにそっぽを向きつつ素っ気無く答えた。

今はその話はしたくない。―――なんだか自分がとてもあほらしく感じるからだ。

そんなを前にして、滝川とジョンと麻衣は顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

事の真相がどうなのかは置いておくとしても、これ以上この話を引っ張るとの機嫌が更に下降しそうだ。

そう判断して、滝川は場を仕切りなおすように1つ咳払いをした後、改めて口を開く。

「まぁ、頭使う事はナルに任せとこうや。―――っちゅーわけで、麻衣。お前何か感じないか?」

「えっ!?」

突然話を振られた麻衣は思わず目を見開き、自分を見つめる滝川から離れるように背を逸らす。

まさか話の矛先が自分に向くとは思わなかったらしい。―――気がつけば、いつの間にかそっぽを向いていたも興味心々にこちらを見ていた。

「ちょ、ちょっとイキナリそんな・・・」

「あ、谷山さん言ってたじゃないですか。火事が起こるの放送室じゃないかって」

どうしようかとしどろもどろになる麻衣を横目に、安原がさらりと爆弾を投下する。

それに食いつくように身を乗り出した滝川たちを前に、麻衣は冷や汗が流れるのを感じた。

何でこんな展開になってるんだ・・・と思わずにはいられない。―――その元凶である安原は、1人涼しい顔をしているが。

そうしてものすごい剣幕で話を促す3人に押されるように、麻衣は先ほど見た夢の内容を話し始めた。

綾子と真砂子が、火事が起こるという更衣室に除霊に行ったのを見た事。

そしてそこにいた霊が更衣室から逃げ、放送室に入り込んだ事。―――そして逃げた霊が放送室にいた霊に飲み込まれてしまった事。

「・・・だからね、ただの夢だってば」

麻衣の話を聞いて考え込む3人に気まずげにそう言えば、真剣な表情を浮かべた滝川がまっすぐに麻衣を見返して。

「・・・なるほど。よし、麻衣!いい子だから寝ろ!!」

「ちょっと、ぼーさん!!」

「お前の夢には絶対なんか意味あるって!情報収集の為だ、寝ろ!!」

「更衣室の除霊は、ホンマに原さんと松崎さんが行ったんです!」

「なによ、ジョンまで〜!ぐーぜんだってば!!―――もなんか言ってよ!!」

鬼気迫る様子でまくし立てる滝川とジョンに抗議の声を上げて、麻衣は助けを求めるようにの名を呼んだ。

しかしは2人の言い合いには参加せずに、じっと宙を見つめて何かを考え込んでいる。

それに気付いた滝川とジョンがどうしたのかと首を傾げたその時、納得したようにはコクリと頷いて。

「・・・それ、やっぱりほんとかも。そっか、そういう事だったのか。だからあの時・・・」

「もしも〜し、さ〜ん?1人で納得してないで俺らにも説明してくれよ」

1人だけ納得したように頷くをジト目で見つめながら、滝川が呆れたように呟く。

何が本当で、何がそういう事なのか。―――あの時、とは一体どういう事なのか。

多くの疑問が湧き上がり、そうしてそれを口にしようとしたその時、傍観者のように話を聞いていた安原が穏やかな口調で口を挟んだ。

「まぁまぁ、今夜になれば解るじゃないですか。放送室で火事が起これば、谷山さんの夢が当てになるって事でしょ?―――谷山さんも、火事の事が当たったら協力態勢を取るという事で・・・」

確かにその通りなのだが・・・―――宙ぶらりんにされたままの疑問を抱いたまま、滝川は呆れた様子で安原を見やる。

「・・・少年、いつから麻衣のマネージャーに?」

「今からです」

にっこり笑顔を浮かべてさらりと答える安原に、滝川ががっくりと肩を落とす。

ナルとはまた違った意味の強敵が出現したのかもしれない。

「君、初めは猫被ってただろ」

「温かかったですよ、猫」

のほほんと答える安原に、滝川は完全に白旗を上げた。

どうにも勝てそうにない。―――高校生相手に・・・とは思うけれど、これはもうタイプの問題だ。

「・・・そーだよね。麻衣の夢が当たったら・・・」

ポツリと呟いて、は暮れかけた空を見上げる。

本当に麻衣の夢が当たったら、のんびりとはしていられない。

たとえ安原に余計な不安を抱かせたくはなかったとしても、自分のわがままを通すわけにはいかないだろう。―――事は一刻を争うかもしれない。

ともかくすべては結果が出てから。

「・・・麻衣には悪いけど、今回ばかりは外れてよ〜」

その可能性が薄い事を知りながら、は祈るように呟く。

その期待が裏切られるのは、そう遠くはない。

その翌日。―――正確には午前4時32分。

の祈りを裏切るように、それは起こってしまったのだ。

 

 

真っ黒に焼け焦げた壁と、消火剤まみれになったカメラを眺めながら、一同は呆然と立ち尽くしていた。

「・・・うわ、こりゃまた派手な」

頬を引きつらせながら、がポツリと呟く。

緑稜高校の怪事件の一つ、12日毎に起こる更衣室の火事。

夢を見た麻衣が、火事は更衣室ではなく放送室で起こるかもしれないと言った事を発端に、ナルが放送室に機材を置く事に決めたのはその数時間後。

そうして見事に麻衣の予言の通りになった放送室の惨状に、消火器を抱いたまま滝川が麻衣へと視線を向けた。

「・・・お見事、大当たり」

言われた麻衣は口元に手を当てたまま、呆然と焼け焦げた壁を見つめる。

流石に自分の発言通りになれば、薄気味悪いだろう。―――明らかに戸惑った様子でチロリと視線を向ける麻衣に、は苦笑を浮かべて見せる。

心のどこかで、麻衣の予想が外れていない事は解っていた。

それが何故なのかと問われれば答えられないけれど、きっと間違っていないだろうとそう思った。

けれど、外れてくれれば良いと思ったのも確かで・・・。

今回の事で、『安原に心配を掛けさせたくないから』という理由で隠されていた事実が表に出てくる事になるだろう。―――そうすれば、安原はどんな思いを抱くのだろうか。

いつも飄々としていてちょっとした事では動じない人物だけれど、そんな彼が心霊事務所に依頼をしに来るくらいなのだから、現在の学校の状態をそうとう不安に思っていたに違いない。

「話に聞いてたより派手だったな。壁が焦げる程度って言ってなかったか?」

「そのはずなんですけど・・・」

明らかに引き気味の滝川の問い掛けに、困り果てたように安原が答える。

確かにこれまではボヤ程度だったのだ。―――なのにどうして今回はこんなにも火元が大きいのか・・・。

「・・・成長してるんだ」

2人の話を聞いていたの小さな呟きは、幸いな事に滝川たちの耳には届かなかった。―――しかしその小さな呟きを拾い上げた人物が1人。

「・・・成長?」

訝しげに問われた声に、はハッと我に返る。

慌てて振り返れば、そこには声同様訝しげな表情を浮かべるリンが立っていた。

「あー・・・えっと・・・」

「・・・どういう事ですか?」

「どういう事って言われても・・・」

ただなんとなくそう思っただけなのだ。―――それ以上説明のしようがない。

しかしリンはそれで納得する気はないのだろう。

じっと真剣な面持ちで自分を見つめるリンの視線に居心地悪そうに身じろいだは、助けを求めるように麻衣へと視線を向ける。

しかし今の麻衣にその余裕はない。―――何故ならば、彼女もまたナルに詰め寄られていたからだ。

「他に鬼火がいたという場所は・・・?」

「えっ!?え〜と・・・」

ナルの質問に、麻衣は夢の出来事を思い出すように視線を泳がせる。

「えと・・・印刷室と、LL教室と・・・保健室のが大きかったかも。でも・・・」

「なんだ?」

「当たったの、マグレかもしれないじゃん」

これまで調査に関しては力になれなかった麻衣にとっては、少しでも役に立てる今回は正直うれしく思う気持ちもある。―――けれど夢の内容に確信がない以上、大見得をきる事も出来なかった。

「大して当てにはしてない」

そんな複雑な心境を抱きつつもそう告げた麻衣に対して、しかしナルは素っ気無く言い放つ。

それはナルの優しさなのかもしれないし、本当にそう思っているだけなのかもしれない。―――麻衣としては、前者を期待するけれど。

そうしてそんな2人の会話を聞いていたリンは、ゆっくりと視線をへと戻して。

印刷室、LL教室、保健室。

すべてが言っていた場所だ。―――今回の放送室に関しても。

「・・・

「は、はいー?」

静かな声で名前を呼んだリンに視線を合わす事無く、あさっての方向を向いたままは裏返った声で返事を返す。

空気が張り詰めているのは何故なのか。

名前を呼んだまま何も言わないリンに焦れて恐る恐る視線を上げたは、目を上げた事をすぐに後悔した。―――何故ならば、リンからは射るような眼差しを向けられていたからだ。

「・・・他にどこが気になると言っていましたか?」

「ちょ、ちょっとリンさん。目が怖いんだけど、マジで」

「答えてください」

背を仰け反らせながら頬を引き攣らせるなど構う事無く、真剣な表情のままリンが詰め寄る。―――まぁ、大抵リンは真剣な表情をしているけれど。

「え〜と・・・だから・・・」

リンの気迫に押され気味になりながらも、は思い出しながら口を開く。

そうして心当たりをすべて話し終えた後、リンは小さく1つ頷いて。

「この事はナルに報告させていただきます」

キッパリと告げられた言葉に、頷く以外出来る事などない。

真っ黒に焼け焦げた壁。

消火剤にまみれて、もはや使い物にはならないだろうカメラとマイク。

それらを視界の端に映しながら、カメラの保険について声を荒げる麻衣の声を聞きつつ、は大きなため息と共にがっくりと肩を落とした。

 

 

「なんか、とんでもない事になってきましたねぇ」

「・・・そうだねぇ」

ひとまずベースに戻り落ち着いたは、隣でぼんやりと呟く安原の言葉に控えめに同意した。

何をどう誤魔化しても、現状がとんでもない事になっている事に違いはない。

まさか新聞を読んで安原に連絡をするかどうか迷っていた時には、こんなにも大層な事件になるとは思っていなかった。

たちがこの学校に来てから、事件はどんどんと酷くなっている。―――それが自分たちのせいだとは思いたくはないが。

「これからどうなるんですかねぇ・・・」

「ま、大丈夫でしょ。ナルが何とかしてくれるよ。今までもそうだったし・・・」

他力本願というなかれ。

いくらなんでもには現状を改善する方法など考えもつかない。

そういう事は専門家に任せるのが一番だ。―――まぁ、一応も専門家に分類はされるのだろうが。

ずずず・・・と安原が淹れてくれたお茶をすすりながら、は小さく息を吐く。

安原にはああは言ったものの、本当にどうにかなるのか。

実際問題としてはどうにかしなくてはならないのだけれど、生憎と打開策など見つからない。

それ以前に、どうしてこんな状態になったのかさえよく解らないのだ。

確かにこの学校の生徒たちはコックリさんをしていたが、それだけでこんな状態になるとはとても思えない。―――その理由がなんなのか、まずはそれを突き止めなければ・・・。

「・・・

もう一度カップを口元に運びながらそんな事を考えていたは、呼ばれた自分の名前にふと顔を上げて・・・。

そうしてじっと自分を見つめる安原の真剣な眼差しに気付いて目を丸くした。

「・・・どうしたの、安原くん」

「・・・。君、僕に何か隠してるんじゃ・・・」

安原の口から零れた言葉に、ドキリと心臓が跳ねる。

やっぱり気付かれないはずがなかったのだ。―――相手はあの安原なのだから。

しかし安原の言葉が終わるその前に、どこか近くで大きな破壊音が響いた。

それと同時に上がった悲鳴に、ベースにいた全員がハッと顔を上げる。

「なんだ、今の!?」

声を上げながら教室を飛び出す滝川に続いて廊下に出たは、すぐ近くの教室の前に立つ麻衣を見つけて慌てて駆け寄った。

「麻衣!」

「ぼーさん、・・・」

「何があった!?」

「わかんない。あたしも今・・・」

滝川の問い掛けに首を横に振りつつ扉に手を掛けた麻衣は、躊躇う事無く扉を開く。

そうして視界に飛び込んできた光景に、全員がその場に立ち尽くした。

「・・・なに、これ」

巨大な黒い犬が、机を噛み砕きながら威嚇している。

そうしてそれを生徒たちがいる方へと飛ばすと、数人の生徒が避けきれずに机と共に吹き飛ばされた。

「麻衣っ!!」

滝川が黒い犬を見つめたまま、ドアのところに立つ麻衣を背中に庇う。

そうして滝川のすぐ後ろにいたが、そのまま目の前に来た麻衣の腕を引いてもう少し下がらせたその時、は黒い犬がニヤリと笑ったように見えた気がした。

そのまま黒い犬はこちらに襲い掛かる事もなく、まるで何事もなかったかのようにゆっくりと消えていく。

そうしてその姿が完全に消え去った後、教室内は静寂に包まれた。

あまりの出来事に言葉にならないのか、誰も何も口にしない。

生徒たちまでもが悲鳴を上げる事無く、呆然とその場に立ち尽くしていた。―――そんな沈黙を破ったのは、真砂子の震える声だった。

「・・・なんですの、今の霊は。まるで実体のような・・・」

霊などという曖昧な存在だとはとても思えないその姿に、今更ながらに震えが走る。

こんなものが、この教室に住み着いているというのか。

「松山先生、救急車を呼んでください。怪我をした生徒がいます」

不意に響いたナルの静かな声に、同じく呆然と立ち尽くしていた松山が弾かれたように生徒たちに視線を向けた。

霊などいないと主張していた彼も、流石に今の光景は否定できないだろう。

戸惑いながらもナルの指示通りに救急車を呼びに行った松山を見送って、麻衣は不安そうに滝川を見上げた。

「ねぇ、今のって・・・この間のと同じ犬だよね・・・?」

「だと思うが・・・なんだ、あのデカさ」

顔色悪く呟く滝川の背中を見つめていたは、心の中に響くもうひとつの声に眉を寄せる。―――だって、あの霊は・・・。

「強くなってるんじゃないか・・・?」

まるで心を読むように呟かれたナルの声に、は弾かれるように顔を上げた。

しかしナルの表情は信じられないような光景を前にしても変わらない。―――いつもと同じような冷静な表情を見ていると、心強いような悔しいような・・・。

そんな複雑な心境を抱きつつ困ったようにため息を吐き出したは、しかし次の瞬間襲った衝撃に息を呑んだ。

!?」

グラリと揺れる視界に僅かに身を強張らせると、それに気付いた滝川が咄嗟に手を伸ばすのが見える。

「真砂子!?どうし・・・!!」

同じく身を折る真砂子を呼ぶ麻衣の声を聞きながら、は手で口元を押さえながらその場に座り込んだ。

「・・・麻衣っ!!」

滝川の麻衣を呼ぶ声が聞こえる。

揺れる視界の中、麻衣もがその場に座り込むのが僅かに見えた。

 

 

―――そして、暗転。

世界は、暗い暗い闇の底へ。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

とんでもなく微妙なところで切ってみたり。(いや、ページ数的に)

このダラダラな中だるみをどうしましょうか。

とりあえず何とか前に進めようとだけ頑張ってる部分なので、きっと読んでる方にもしんどいのではないかと・・・。(そう思うならもっと頑張れ)

作成日 2007.11.16

更新日 2008.4.7

 

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