リンの静かな声が、残酷な現実を告げる。

「狂わすには四つ辻。殺すには宮の下」

まさかこんなに近くに真実があるなんて、誰も思いもしなかった。

もしもあの時、自分がヲリキリさまの紙を見ていたとしたら・・・?―――その時、それが呪符だと解っていたら、状況は少しでも変わっていただろうか。

「これは呪符です。それも神社の下に埋めてあるからには・・・―――人を呪い殺すためのもの」

リンの口から告げられる残酷な真実に、は耐えるようにぎゅっと拳を握りしめた。

 

残酷な現実

 

「・・・呪符?」

校長の説得に出向いていたナルが戻って来た後、リンはヲリキリさまの紙を片手に困惑する面々に向かい説明を始めた。

この紙を十字路に埋めれば人を狂わせ、神社の下に埋めれば殺す事が出来る。

誰かがこの呪符をコックリさんの道具と偽り広め、何も知らない生徒たちは進んで呪殺に手を貸していたのだ。

「作ったのも呪法を行ったのも素人だからよかった。―――私ならこれ一枚で殺して見せますよ」

淡々とした口調でそう告げるリンに、その場にいた全員が身を強張らせる。

「・・・リンさん、怖っ!」

「・・・、お前なぁ」

そんな中、大胆にも大げさに身を縮めて声を上げたを横目に、滝川はがっくりと肩を落とす。

これでは緊迫感もあったものではない。

「私これからはリンさんにだけは恨みを買わないようにしよう。いや、マジで」

小さく呟くと、ジロリとリンに睨まれる。―――それに小さく肩を竦めて見せて、はそ知らぬ顔でそっぽを向いた。

そんな中、2人の攻防戦をさらりと流して、ナルが考え込みながら口を開く。

「・・・すると、生徒たちはそれとは知らず毎日のように呪符を作って呪殺の儀式を行い、たまたまこれが降霊術の道具として使われた為に霊が集まり、結果・・・―――蟲毒の様相を呈してしまった・・・」

「そういう事だと思います」

キッパリと頷いたリンに、ナルはしばし口を噤んで。

そうしてリンから手渡されたヲリキリさまの紙を見下ろしながら、静かな声で問うた。

「蟲毒が完成したらどうなる・・・?」

「この人物は死にます」

「この人物・・・とは?」

カサリ、と紙が乾いた音を立てる。

リンが、ゆっくりと口を開いた。

「マツヤマヒデハル氏です」

リンの口から思いもよらない名前が零れた事に、全員が呆気に取られたように視線を向ける。

「・・・まつやま、って・・・あの松山先生の事?」

全員の脳裏に、初日に出会った男性教師の姿が浮かぶ。

決して好感の持てる相手ではないけれど、それでもその理由が解らない。―――何故、呪殺の相手が松山なのか。

その意味を図りかねて全員が戸惑ったように視線を泳がせたその時、何の前触れもなくベースのドアが開かれた。

何事かと視界を巡らせれば、そこには今話題に上っている松山教諭が馬鹿にしたような笑みを浮かべながら立っている。

「帰る準備は済んだか?もう用はないんだ、さっさと引き上げるんだな」

どうやら校長からの撤退命令を聞いてここへ来たようだ。―――松山はどうあってもSPRの面々が気に入らないらしい。

「申し訳ありませんが、席を外していただけませんか?」

そんな松山を見据えて、ナルは小さく息を吐くと静かな声で言葉を投げる。

しかしそれをどう取ったのか、松山は更に意地悪く笑みを浮かべて。

「ふん、またよからぬ相談か?」

「先生はお聞きにならない方がいいと思います」

「なんだと?料金を吊り上げる算段でもしてるのか?」

「ばっ・・・!!」

あまりといえばあまりの発言に、たまりにたまった怒りを煮えたぎらせていた麻衣が怒鳴り声を上げる。―――それはすんでのところで滝川に阻止されたけれど。

「何を企んだって無駄だ。とにかく出て行け・・・―――なんだ、それは?」

自分に集まる冷たい視線に気付く事無く、更に言葉を続ける松山に向かい、ナルは持っていた呪符を彼の眼前へと晒す。

訝しげに眉を寄せた松山に向かい、ナルは静かに口を開く。

「呪符です」

「呪符だぁ!?」

ワケが解らないとばかりに声を上げる松山から視線を外して、ナルは翳した呪符に視線を向ける。

「先生は校内でコックリさんが流行していた事をご存知ですか?」

「ああ、あの馬鹿な遊びか」

「これはそのコックリさんに使われていたもので、誰かがこれを新式のコックリさんと偽って広めたと思われます」

「ほう、それで?」

「これは呪符の中でも呪殺に用いられるものです」

キッパリと告げられた言葉に、しかし松山は信じるつもりはないのか馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

勿論普通の人間ならば当然の反応なのかもしれない。―――しかし怪現象が起こっているこの場所では、そんな常識がどれほど通用するというのか。

それでも松山は真剣な表情でそう告げるナルを見返して、馬鹿馬鹿しい、と吐き捨てた。

「呪いなんかで人を殺せるわけがないだろうが。大体、誰を呪い殺すって言うんだ!?」

「・・・松山先生を、です」

静かに告げられた言葉に、今までニヤニヤと笑みを浮かべていた松山の表情が強張った。

一体何を言い出すのかと戸惑いの色を見せる松山から視線を外して、ナルは傍らに立つリンへと向き直った。

「そうだな、リン?」

「はい」

「理由は?」

ナルから呪符を受け取って、リンはそのまま静かに事を眺める滝川へと視線を向ける。

「滝川さん、梵字は読めますか?」

「ん?まぁ、一応・・・」

突然指名された滝川は戸惑った様子を見せながらも、リンから差し出される呪符を覗き込んだ。

「この右側の部分を見てください。ここには呪う相手の名前を書きます」

言われるがまま指された場所へ視線を向け、滝川は納得したというようにため息を吐き出す。―――同じく覗き込んだ麻衣とは、独特なその文字を読む事が出来ずに顔を見合わせて困ったように首を傾げた。

「・・・なるほど。松山秀晴としか読めねぇや」

「なっ!!」

さすが元高野山の坊主なだけはある。―――たちには読めないそれをあっさりと読み取って呟いた滝川に、松山はビクリと肩を震わせた。

その様子を横目で眺めながら、再び呪符に視線を落としたリンが説明を始める。

「別に梵字である必要はないのです。現にこの左側の方には年齢を書くのですが・・・―――ナル、読めますか?」

「・・・僕は漢字が苦手なんだが」

梵字と呼ばれる見慣れない文字とは違い漢字で書かれた数字を見下ろし、ナルは小さく息を吐く。

書かれてあるのは『當歳伍拾参』。―――つまり今年53歳という意味だ。

確かにそのくらいの年齢だろうと、改めて松山を見やったナルは頷く。

「このように漢字で書いてもよかったのです。むしろ、その方が正式ですし・・・―――しかし、松山と明記してあれば誰もが怪しむ」

「だから梵字を使ったわけか・・・」

「・・・だ、誰がこんな・・・」

納得したように呟くナルの目前で、先ほどまでの勢いをなくした松山が呆然と呟いた。

ヲリキリさまが流行り始めたのは、美術部と一年生の間からだという。

そしてこの呪法は誰もが簡単に知る事の出来るものではない。―――よほどこういう事に興味がある人物でもない限りは。

そんなナルの言葉に、松山はハッと顔を上げる。

そのどれもに当てはまる人物がいる。

将来の夢に『ゴーストハント』と記した、命を絶った少年が・・・。

「さ、坂内か!あ、あの馬鹿、なんて事をしてくれたんだ!!なんで俺が・・・」

「何故自分が選ばれたのか、本当に解らないんですか・・・?」

狼狽する松山に、声を掛ける人物がいた。

視線を向ければ、そこにはこれまでの穏やかさが嘘のように鋭い視線を向ける安原がいる。

「『僕は犬ではない』。坂内くんの遺書の全文です」

「・・・安原」

「僕らは、学校が僕らを犬のように飼いならそうとしてると知っていました。その代表が誰かと聞かれたら、僕でも先生を上げます。―――先生は、学校の象徴だったんです」

シン、と静まり返る室内。

まるでその光景が目の前に浮かび上がるようだ。―――己の夢さえ否定された、その少年の悔しさまでも。

そんな沈黙を破ったのは、いつもと変わらないナルの冷静な声だった。

「・・・今更犯人が解ったところで意味はありません。もう呪法は動き出している。呪者だろうと止められません」

「ど、どうにかならんのか!!」

「解決策は?」

「ありません」

先ほどまで馬鹿にしていたとは思えない松山の縋るような怒声に、しかしリンはキッパリとそう答える。

しかしナルはそんなリンに向けて僅かに目を細めた。

「呪詛を返す事は出来るだろう?」

「出来ますが・・・返してもいいのですか?」

意味ありげなリンの問いに、ナルは小さくため息を漏らした。

「・・・やむを得ないだろう。死んだからといって心が痛む相手じゃないが・・・死ぬと解っていて見殺しには出来ない。―――呪詛は返す」

その言葉の意味を理解したは、思わず息を飲む。―――呪詛を返すという事、それはつまり・・・。

その隣で、しかしその意味が解らない麻衣は訝しげに首を傾げて。

「呪詛を返す・・・?」

「呪詛を呪った本人に返す、という事だ」

残った霊同士が食い合って、もう間もなく蟲毒は完成する。

そうなれば松山を待っているのは死だけだ。―――それもおそらく、残虐な。

そうなる前に呪詛は返す。―――そう言葉を続けたナルを見て、松山は安堵したように笑い声を漏らした。

「は、ははは、助かるんだな?ははっ、そうだよな。何で俺が死ななきゃならんのだ。はははは!」

常軌を逸したように笑い声を上げる松山を見て、全員が不快げに眉を寄せる。

そんな松山に眼差しを向けて、ナルは冷たく言い放った。

「先生。そもそもの原因はあなたです。覚えておいてください」

坂内が自殺をしたのも、呪殺に手を染めるほど追い詰められたのも、すべてが松山の『指導』という名の『しつけ』が原因だ。―――彼はそれを忘れてはいけない。

そうしてナルの気迫に押し黙った松山を尻目に、滝川が抱いた疑問をナルへと向けた。

「でもな、ナルちゃん。肝心の坂内が死んでんのに、死人に呪詛を返すなんて出来んのか?」

もっともなその意見に、麻衣もまたナルへと視線を向ける。

その隣で、は強く唇を噛み締めた。

「死人に呪詛は返せない。それに、そもそも呪詛を行ったのは彼じゃない」

「・・・は?」

そう、死人に呪詛は返せないし、呪詛を行ったのは坂内ではない。―――呪詛を返すとするならば、それは・・・。

「・・・呪詛を返せば呪詛は呪者自身に返る。それを知らなかったとはいえ・・・―――呪詛を行ったのは生徒たちだ」

告げられた言葉に、全員が目を見開いた。

あの黒い獣が、生徒たち自身に返る。―――その意味を察した麻衣が、信じられないとばかりに口を開いた。

「・・・止めて。止めてよ、ナル。そんなのダメだよ!!」

「松山を見殺しにしろと?」

鋭い眼差しを向けられ、麻衣はグッと息を飲む。

そういうわけではない。―――そういうわけではないけれど、しかし・・・。

「お前まで馬鹿になるなよ。知らないとはいえ生徒たちは呪詛を行った。法で罰せられなくても、これは殺人の手助けに他ならない。―――呪詛は生徒たちに返る。原因となったこの人はそれを後悔する。これでフェアというものだろう?」

「そ、そんな・・・」

言っている意味が解らないわけではない。―――それでもそれですべてが納得できるというわけでもないのだ。

しかしどう言い返していいのか解らない麻衣を遮って、この場で呪詛を行った当事者の1人である安原が静かに口を開いた。

「渋谷さん、呪詛が返ったら僕らはどうなるんでしょうか?」

当然といえば当然の疑問に、は思わず息を飲む。―――あの黒い獣が返ったら、そうしたら安原たちはどうなるのか。

「呪者の数があまりに多い。力は分散され効力は弱まるはずです。―――理屈では。そうなるよう祈ってください」

「そんな残酷なっ!!」

思わず声を荒げた麻衣を遮って、安原が一歩前へ足を踏み出す。

「・・・解決をお願いしたのは僕たちです。それしか方法がないのでしたら」

「ありません」

「では、よろしくお願いします」

潔く頭を下げる安原を見つめて、麻衣は大きく目を見開いて・・・―――そうして必死な様子でナルへと食って掛かった。

「・・・松山は!?松山だけ守られて他のみんなは守ってもらえないの?この人だけ何の罰もなし!?そんなのズルイよ!!」

「どんな人間だろうと、他人から殺されていい理由なんかない」

「みんなだって殺されていい理由なんかないよ!!」

「誰でも自分のした事の責任は負わなければならないんだ」

「だって、みんな知らなかったんじゃない!!」

そう怒鳴り声を上げる麻衣を見据えて、ナルは冷たく言い放った。

「無知は言い訳にはならない」

あまりにも冷たい眼差しに、麻衣は思わず言葉を飲み込む。

どうしてそんな事が言えるのだろう。―――呪詛を返す事で、たくさんの生徒が・・・そして安原が命を落とすかもしれないというのに。

話は終わったと判断したのか、持っていたファイルを机に戻すナルに向かい、麻衣は鋭く睨みつけた。

「ナルなんてだいっきらいだからね!」

「馬鹿に嫌われるとは光栄だな。―――リン、準備を始める」

「・・・はい」

最後の抵抗とばかりにそう言い放つも、ナルは一向に堪えた様子はない。

それどころかすぐにでも行動を開始しようとする彼を見据えて、麻衣はやりきれない様子で俯いた。

ナルを止める術が見当たらない。―――どうやったら彼の意思を覆せるのか、その方法が解らない。

それでもこのまま呪詛を返させるわけにはいかないのだ。

そう思い、麻衣が強く拳を握り締めたその時。

「・・・

ナルのを呼ぶ静かな声に、その場にいた全員がナルとへと視線を向けた。―――呼ばれた当の本人であるもまた、自分が呼ばれた意味が解らないのか驚きに目を見開いている。

「・・・え、なに?」

「お前は一緒に来い。用がある」

用事?

一体なんなのだと問い返す前に、強い力で腕を捕まれ引っ張られる。―――それに抗う隙もないまま、呆然と立ち尽くす滝川たちの前から引きずり出された。

「・・・っ!!」

ドアが閉まる直前、麻衣の悲痛な呼び声が聞こえた。

それは音を立てて閉まるドアに遮られ、何事かと顔を上げたの目には鋭い眼差しを向けるナルの整った顔がある。

そのまま表に止めてある車まで強引に連れ出されたは、そこで漸く手を振り払い訝しげにナルを見上げた。

「ちょっと!一体何のつもり!?―――私に一体何の・・・!!」

「話は後で聞く。少し待っていろ。―――リン、を逃がすなよ」

しかしの言葉は、すぐに踵を返したナルによって遮られる。

そのまま何処かへと足を運ぶナルを呆然と見送って・・・―――そうして我に返ったは勢いよくリンへと視線を向けた。

「リンさん!これどういう事!?」

「私に答える権利はありません。ナルの指示を待ってください」

「ナルの指示って!そのナルがどっか行っちゃったんだけど!!」

「すぐに戻ります」

まさに柳に風のごとく何を言っても平然とした様子を崩さないリンを見上げて、はワケがわからず視線を泳がせた。

何故自分が連れてこられたのか。

ナルの言う、用事とは一体なんなのか。

それに・・・―――きっと自分は、ナルを止めなければならない。

どういう思惑があるのかは解らないが、こうして連れてこられたという事は、考えようによってはナルと話をするチャンスがあるという事だ。

呪詛返しの他に何かいい案があるわけではなかったけれど・・・―――そして勿論、どんなに嫌な相手とはいえ松山を見捨てる事が出来なくても、それでも生徒たちに呪詛を返すなど黙ってみていられない。

麻衣の言う通り、生徒の中には安原もいるのだ。

何があっても、友達を見捨てるわけにはいかない。

そもそもは、安原の身を案じて彼に連絡を取ったのだ。―――その安原本人が覚悟を決めたとしても、そう簡単に認めるわけにはいかない。

誰がなんと言おうと、自身が納得できない。

そう決意を固めたと同時に、何処かへと姿を消していたナルが車へと戻ってきた。

その手には見覚えのある携帯電話が握られている。

「・・・って、それ私の携帯じゃない!」

一体いつの間に持っていかれたのか。―――スリの才能もあるんじゃないのかと、場違いにもそんな感想を抱いたへと視線を向けて、ナルは持っていた携帯電話をつき返した。

「・・・

そうして静かに名を呼ばれ、文句を言おうと口を開きかけたは思わず口を噤む。

夢の中のナルとは違う、威圧的な声。―――それは時として、とてつもない強制力を生む。

常にないナルの態度に気圧されて、は言葉もなくナルを見上げた。

、今回はお前にも一役買ってもらう」

「一役って・・・一体・・・」

ワケが解らず眉を顰めるを見下ろして、ナルは拒否を許さない声色で言い放った。

「お前には、リンと一緒に生徒たちの身代わりとなる人形を作ってもらう」

言われた言葉に、頭が真っ白になる。

リンと一緒に・・・?

生徒たちの身代わりになる・・・―――人形を、作る?

「・・・え?」

突然の宣告に、は呆然とその場に立ち尽くした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

前回無理やり切り取った後半部分です。

いやに気になりそうなところでまたもやぶっつり切られてますが。(人事のように)

ここからが今回のメインです。

ようやくここまで来ました。―――今回も少し短めですが。

この展開だと全10話は難しそうですねぇ。(おい)

作成日 2007.11.19

更新日 2008.4.28

 

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