ただでさえ太陽の光が届きにくい屋敷の内部で、まだ陽も昇り切らない内から滝川、安原、ジョン、麻衣、の5人は屋敷の平面図を完成させるべく測量に出ていた。

辺りは薄暗闇に包まれて、視界もはっきりしない。

「でっ!!」

「ぼーさん!?」

唯一の確かな光源である懐中電灯だけが頼りの中、手探り状態で進んでいた滝川は、何の前触れもなくゴツンと額を打ち付けて思わずその場にしゃがみこんだ。

それに慌てて懐中電灯を持っていた麻衣が振り返るのとほぼ同時に、先頭を歩いていた安原が何食わぬ顔で振り返った。

「あ、そこ出っ張ってるんで気をつけてください」

安原の言葉に従い視界を巡らせれば、確かに壁の上部に不自然な壁のでっぱりがある。

や麻衣の身長の高さでは被害を被る事はないが、長身の滝川には見事にヒットしたらしい。

「・・・あと3秒早く教えとけや」

お約束め・・・と恨めしげに呟きながら額を押さえて蹲る滝川の隣にしゃがみこみ、は興味深そうに滝川の顔を覗き込んだ。

「うわー、ものっそい痛そう。こういうの見ると突っつきたくなるよね〜。―――あ、勘違いしないで。私Sじゃないから」

「誰も聞いてねーよ」

相変わらず痛みと格闘しながらも必死の形相で突っ込んだ滝川を満足げに眺めて、は今まさに滝川が額を強打した出っ張りを見上げる。

どうやら長身が仇になったようだ。―――まぁ、普通はあんなところにでっぱりなど有りはしないが。

「ファイト、ぼーさん」

「だから心が篭ってねぇ」

どうなってんだ、この家は・・・と呆れた様子を見せながら声援を送るに、滝川は目に涙を浮かべつつも更にそう突っ込んだ。

 

された部屋

 

「所長さん!正面に階段がありますです!」

痛みにもだえる滝川とそれを完全他人事として眺めるを他所に、元来の真面目さを失わないジョンが捜していた階段を前方に見つけ、安原にそう声を掛ける。

「『所長さん』って・・・」

「ジョン、律儀な・・・」

確かにここでは安原が渋谷サイキック・リサーチの所長として通っているが、実際問題としてそんな設定は既に忘れかけていたというのに・・・―――ジョンのその律儀さに、滝川とは思わず目元を押さえた。

そんな2人をこちらも完全にスルーして、ジョンの呼びかけに応じてその場に向かった安原は、目の前に伸びる階段を見上げてフムと1つ頷く。

「家の中央部に入るほど階段が増えてますね。―――とにかく高さを測っちゃいましょう」

手際の良い安原の指示に、メジャーを持っていた滝川と・・・そして記録係である麻衣は階段を見上げて深くため息を吐き出した。

「うわ、結構あるねぇ」

「だね。いつもはそんなに意識しないけど、一段ずつ高さを測るってなると段数の少ない方がいいね」

「なー、ははは」

思わず乾いた笑みを零す滝川は、しかしすぐあと感心したように眉を上げた。

「しっかし、ナル坊もよく気がついたもんだ。―――まさか階段に『化かされてる』とはな」

そう、何故測量班の5人が部屋の測量ではなく、階段の高さを一段一段測る羽目になっているかというと、それはナルの一言から始まった。

広間での一悶着の後、ベースに戻りリンに出してもらった屋敷のデータを全員に見せたナルは、ある部分を指差しながら告げたのだ。―――階段の段数が違う、と。

たとえばある部分では、行き止まりに辿り着くまでに上り下りの階段が8箇所ある。

しかしよく見ると上りの階段の方が、下りよりも段数が多いというのだ。

「・・・ほんとだ」

ナルから手渡されたデータを確認していた麻衣は、呆れたように小さく呟く。

まさかそんな造りになっていたとは・・・―――実際にそこを歩いていた自分たちも、まったく気付かなかった。

「あれ?じゃあ、その辺りは1階じゃなくて中2階みたいになりますよね。高さが違っちゃうでしょう?」

「・・・おそらく、その部分は3階ではなく4階建てなんだ」

「4階建て〜?」

思いもよらない真実に、話を聞いていたが間の抜けた声を上げる。

1階にいたつもりが、歩いていく内にいつの間にか2階にいる。―――つまりは、1階下に更に部屋があるという事だ。

その原理で言えば、もしかすると床も緩やかにだが傾斜しているかもしれない。

それを全部測量するのは、なかなかに骨が折れる作業である。

それに加えて、階段の一段ごとの高さも違っている可能性がある。

下りの階段の高さが低ければ、下りる段数が少ないのだからそれだけのスペースが出来るという事だろう。

「階段部分の測量を、もう一度やり直した方がいいだろうな」

「もう一度って・・・」

そりゃ言うのは簡単だが、やるとなれば話は違う。

この屋敷のすべての階段の高さを一段一段測るなど・・・それこそ果てしない。

しかし今の状況から言って、やらないわけにもいかなかった。

もしも行方不明者が何らかの事情でそこに閉じ込められているのだとすれば、早く見つけてやらなければならないのだ。

そういう出来事を経て、測量班の面々は新たな課題を抱えて調査に乗り出したのだ。

正直言えば遠慮したいところではあるのだけれど・・・。

そうしてあちこち走り回り計測を続けていた面々は、新たな階段の出現に脱力しつつも作業に取り掛かる。

こうなったら、なんだか階段が憎らしく思えてくるから不思議だ。―――疲れている証拠だろう。

「あー、腰痛ぇ」

「ぼーさん、年寄りくさいよ」

「だってよぉ、ずっと中腰なんだぜ?・・・お前は若いから大丈夫か」

「何言ってんの、痛いに決まってるじゃない」

自信満々に言い切るを横目に乾いた笑みを浮かべた滝川は、測った長さを麻衣へ伝えてからグッと伸びをする。

一体いつになったら測量は終わるのか。―――その終わりは、未だ見えないが。

「それよりもお前、大丈夫か?」

「・・・なにが〜」

「顔色悪いみたいだけど。やっぱここの空気ってつらいか?」

不意に向けられた問い掛けに、メジャーに視線を落としていたはハッと顔を上げる。

視線の先には、先ほどの口調とは違う真剣な滝川の顔。―――そこに浮かんでいる心配そうな色に、は困ったように視線を泳がせた。

気付かれていないと思っていた。

そういう風に振舞っていたし、事実誰もの不調に気付いたものはいない。

だというのに、何故滝川はそれに気付いたのか。

「・・・どうした、やっぱ気分悪いか?」

「え?ああ・・・ううん、それは大丈夫なんだけど」

言葉を濁して、はどう答えようかと考えを巡らせる。

この体調の不調が全面的に心霊現象によるものならば、だってナルに報告している。

しかしこの体調不良の原因は、睡眠不足だからなのだ。

睡眠不足の理由は、今回の事件に関係があるのかどうかは微妙なところだけれど・・・。

「ちょっと、寝つきが悪くてさ」

「・・・なんだ、眠れないのか?」

まさか、悪夢が怖くて眠れませんとは口が裂けても言えないが。

思ったよりも大した事のない原因に、滝川はホッと安堵したように肩の力を抜く。

それにありがたいような申し訳ないような気分を抱きながら、はやんわりと滝川へと向かい微笑みかけた。

「でも、ありがとうね。心配してくれて」

理由ははっきりとは言えないが、それでもこうして隠していても自分の体調不良に気付き気遣ってくれる相手の存在は、くすぐったくもあるけれど嬉しくもある。

今日こそは怖がらずに眠ってみようと心の中でひっそりと決意して、は固まった身体を伸ばす為に立ち上がった。―――それにそろそろ眠らないと、身体が限界を叫んでいるような気がする。

「んでも、認めるのもちょっと癪だけど、やっぱりナルはすごいよね。階段の段数が違うとか高さが違うとは、聞いた時はまさかと思ったけど・・・」

「だよね。実際測りなおしたらナルの言った通りだもんね」

何気なくグルリと辺りを見回しながら呟いたに、ボードを抱えた麻衣が同意する。

彼は傲慢なだけではなく、ちゃんと実力も伴っているのだ。―――だからこそ彼の発言の大部分が許されているし、また癪に障るところでもあるのだが。

「それにしても、こうやってる内にまた隠し部屋なりを見つけて、消えた人たちを発見できるといいんですけどね」

「そうだよねぇ。ほんと、どこ行ったんだろ。鈴木さんと厚木さん」

「あっ!!」

懐中電灯で辺りを照らす係である安原の呟きに、立ち上がったままがそう答える。

その直後、その場に響いたジョンの大きな声に、全員が慌ててジョンの方へと振り返った。

「ど、どうしたの、ジョン!?」

「ドアがあります!!」

一体何事かと慌てて駆けつける面々を前に、ジョンが階段の途中にある壁を指差しながらそう告げた。

確かに言われてみれば、その部分だけドアのような模様がある。

「・・・んだ、こりゃあ!使えるのか!?」

「あけてみます」

よく暗い中でこんなものを見つけられたなと感心している間に、何とか身体を捻りながらジョンがその扉を押し開けた。

ギシリと軋むような音を立てて、ドアが押し開かれる。

中は真っ暗で何も見えないが、そこはどうやらちゃんとした部屋のようだ。―――広さはそうなさそうだが。

「・・・小さい部屋がありますね。ボクが降りてみます」

部屋の中を覗いたジョンが、率先してそう動き出す。

しかしそれを制したのは、ジョンの背後から部屋の様子を窺っていただった。

「駄目だって、ジョン。危ないから!こういうのはぼーさんに任せとこう!」

「ちょっと待て。お前にとって俺はどういう存在なんだよ」

「冗談だって、冗談」

ジト目で恨めしげに視線を向ける滝川に軽い笑みを送って、は改めて部屋の中を見る。

「だってぼーさんの身長じゃ、この隙間に入るのは無理だもんね。残念」

「・・・そういう問題か」

「だから冗談だって、冗談」

100%冗談なのだが、滝川はこういう時にノリがいいので付き合いやすい。

場の空気も少しは軽くなるというものだ。

これで滝川がいなかったら、今頃は重い空気で胃がやられていたかもしれない。―――まぁ、自分の胃がそれほど弱いとは思えなかったが。

「それじゃ、私が入るよ。ジョンよりは私の方が入りやすいし」

「だめです!そんな危ないことさせられまへん!ボクがいきますから!」

珍しくやる気を出したに、しかしこちらも珍しく強気な様子でジョンが言い切った。

いつもは人を気遣って遠慮している様子だというのに、初めて見たジョンの剣幕に思わず目を丸くしたは、直後感動したように目元に手を当てる。

「ジョン、あなたの優しさが心に沁み渡るよ」

「何アホな事言ってんだ。―――ジョン、気をつけろよ」

「ハイ」

ホロリと泣きまねをするを一蹴して、滝川がジョンに声を掛けると、ジョンはしっかりと1つ頷いてから隠し部屋に降り立った。

いや、ジョンの優しさが心に沁みたのも間違いなく本当なのだが。

「ゲホッ!ゲホゲホッ・・・!!」

「ジョン!?」

「ダイジョウブです。ほこりが・・・」

部屋の中に入った直後聞こえてきた激しい咳に思わず身を乗り出した麻衣だが、すぐに聞こえてきたジョンの言葉に思わずホッとする。

何せずっと閉ざされていただろう隠し部屋なのだ。―――何があっても不思議ではない。

「特になにもないみたいですけど・・・」

舞い上がる埃を腕で何とか防ぎながら、懐中電灯で部屋の中を見回したジョンはそう呟く。

見事に何もない部屋だ。―――唯一ある窓も、何故か木で打ちつけられている。

今回は空振りに終わったか・・・と諦めて戻ろうとしたその時、懐中電灯に照らされた壁に何かが見えた気がして、ジョンはそちらへと視線を向けた。

「待ってください、何か・・・」

そうして懐中電灯を向けたそこにあったものに、ジョンは思わず大きく目を見開いて。

「大きな額が掛かってます!!」

まるでそこに誰かがいるようなリアルな肖像画に、思わず背筋に悪寒が走った。

「ジョン!大丈夫!?」

「ハイです。すぐにこれを持って出ます」

そう返して、ジョンは壁に掛かっていた肖像画を手に出入り口へと戻る。

問題は、この肖像画が出入り口を通ってくれるかどうかだけだった。

 

 

大きな肖像画を抱えてベースに戻った5人は、すぐさまそれをナルへと見せた。

そこには年老いた1人の男性が描かれている。―――鋭い目をした、近寄りがたい雰囲気の男だ。

「・・・誰の肖像画だ?」

「裏っかわ見てみ」

当然見覚えのない男の肖像画を前に、ナルが訝しげに眉を寄せる。

それに肖像画を指差して提案した滝川に習って肖像画をひっくり返したナルは、そこに書かれた古い字を認めて僅かに目を見開いた。

「『明治三十二年三月 自画像 浦戸』ってあるだろ?―――けど、その浦戸ってのが誰なんだかなー」

自画像の裏に書かれてあった年号と名前を認めて、滝川は困ったようにため息を吐き出す。

これまで聞いていたこの家の関係者の中に、浦戸という人物はいない。

しかし肖像画まで残されているのだから、よほど関係の深い人物だったのだろう。―――問題は、どんな関係があったのかだが、それは肖像画を見ても解るはずはなく。

「まぁ、自画像を飾るくらいだから、当主の美山氏と親しい人だったんじゃないですか?大橋さんに聞けば解るかもしれませんね」

「解んなかったらお手上げだよね。実際、何十年も前の話なんだし・・・」

真剣な表情でそう語る安原に対し、ジョンの身体についた埃を落としながらはそう独りごちる。

縁起でもない事言うなよ〜という滝川のぼやきももっともだが、の発言ももっともなのだ。―――大橋は直接美山氏と親しかったわけではない為、解らない可能性の方が高いのだから。

しかしそんな緩んだ空気の中、肖像画をじっと見つめていたナルは、何かに思い至ったのか目を見開いて肖像画をテーブルの上に投げ出した。

「どっ、どしたの!?」

突然の行動に目を丸くした麻衣がそう問い掛けるが、ナルは一心不乱にテーブルをかき乱して・・・―――そうして漸く見つけたそれを手に取り、確信したように声を上げた。

「浦戸・・・『浦』だ!」

昨日測量班が見つけたコートの中に入っていた古い紙幣を手に取ったナルは、それを明かりで照らすように透かして見た後、不思議そうな顔をする麻衣に手渡す。

訳が解らない麻衣も同じように光に透かして紙幣を見やれば、そこにある文字に納得したように目を瞬かせた。

「あ、浦ってこれの事か〜。・・・あり?」

「どしたー?」

「横っちょのシミの中に字が見える。えーと・・・?」

随分と古い為に読み取りづらいが、目を凝らせば何とか読めそうだ。

なんて書いてあるんだよ、と目を細めてそれを見れば、横から覗いた滝川がアッと目を丸くした。

「・・・戸じゃねぇのか?浦・戸」

「あ、ホントだ。―――あっ、そうか。『浦戸』!」

言われて見れば確かにそう見える。―――そしてそれならば、肖像画に描かれてある名前と一致してるため可能性もある。

文章の一部の字が判明したのをきっかけに、滝川は改めて紙幣に書かれた字をメモ帳に書き出し始めた。

「えーと・・・そうすっとここに『戸』が入って・・・」

「なんて書いてあった?」

「ちょっと待てって。えーと・・・『よげく聞たさに浦戸る居死皆は来処』・・・?」

「・・・なにそれ」

読み終えた滝川もまた、小さく首を傾げる。

まったく意味が解らない。―――意味が解らないどころか、欠けている字があるのだとしても文章としても成り立っていない気さえする。

「・・・一文字増えたところで大して変わりねぇか」

それにがっくりと肩を落とした滝川に変わってメモ帳を手に取った安原は、ほんの僅かな違和感に眉を寄せた。

そうしてすぐさまその違和感に気付き、微かに目を見開く。

「ちょっと待ってください。『戸』は『浦』の左側ですよ」

安原の言葉に、同じくがっくりと肩を落としていた麻衣が訝しげに振り返る。

「『戸浦』ぁ?」

「そうじゃなくて・・・」

「あっ!!」

安原の言いたい事を察したは、思わず声を上げた。

「そうだよね。これって明治時代に書かれたやつだもんね」

「ええ。現在とは違って、横書きの文は右から左に向かって読むんじゃないですか?」

「あっ!!」

安原との言葉に、漸くその意味が解った麻衣が先ほどのと同じように声を上げる。

それを認めて、改めてメモ帳を手にした安原は、紙幣を見ながら改めて字を書き出した。

「そうすると、字と字の感覚から考えて・・・こんな感じになると思うんですけど」

そう言って差し出されたメモ帳には、解りやすく書き纏められた文章が。

『○処○来○○は皆死○○居○ 浦戸に○さ○た○○聞く ○げよ』

「最初の一文は読めそうなんだけどなぁ・・・」

メモ帳を麻衣に手渡した後、考え込むように安原がそう呟く。

確かに随分と解りやすくなった。―――文章としても、ちゃんと成り立っている。

同じくそのメモ帳を覗いていた滝川が、僅かに表情を暗くしながらポツリと呟いた。

「・・・読める、と思う」

彼らしくなく控えめに告げられた言葉に、全員が無言で滝川に視線を向ける。

「『此処に来た・・・は』は、『者は』かもしれない。―――『此処に来た者は皆死んで居る』じゃないのか?」

滝川の言葉に、ゾクリと背筋に悪寒が走った。

この家にはないはずの、支給されたコート。

その持ち主であっただろう人物の残した、最後のメッセージ。

「・・・じゃあ、最後の一文は簡単よね。これは誰かに当てたメッセージなんだわ。―――『ここに来たものはみな死んでいる。―――逃げよ』」

思わぬ内容にごくりと唾を飲み込んだその時、コンコンと小さく何かを叩く音がした。

それに弾かれたように振り返った面々の視界に、窓へひょっこりと顔を見せながら手を振るまどかの姿が映った。

それにホッと安堵の息を吐いたと同時に窓に駆け寄るナルを認めて、は脱力したように椅子に腰を下ろした。

今までは測量しかしていなかったためにあまり実感はなかったが、急に今回の事件の恐ろしさを目の前に突きつけられたようで落ち着かない。

一体この家で何があったのか。

このコートの持ち主は、一体どうなったのか。

残されたメッセージを見る限り、その行方は1つしかないように思えて、は何かに耐えるようにぎゅっと拳を握り締めた。

「まどか!来るなと言っただろう!!」

そんなの耳に珍しいナルの怒鳴り声が聞こえて、は引かれるようにそちらに視線を向ける。

怒られているはずのまどかは、しかし至って平然とした様子で椅子に座り、寒さにかじかんだ手を温めている。―――この2人の温度差は、一体なんなのだろうか。

なんにせよ、あのナルが敵わない相手というのは見ていて大変面白く、緊張した神経を和らげてくれる事には違いない。

まぁ、ナルにとっては迷惑極まりないかもしれないが。

「あら、もちろん危険はないから来たのよ。私、ナルほどおばかじゃありません」

つんとそっぽを向いて言い放つまどかに、ナルはグッと口を噤む。

ここまで言われて反論できないナルとまどかの関係に心底興味を抱くが、聞いたからといって素直に教えてくれるはずもないだろう。―――いや、まどかならあっさりと教えてくれるかもしれないが。

そんなまどかを見据えて諦めたようにため息を吐き出したナルは、改めてまどかへと視線を向けて口を開く。

「・・・危険がない?」

これだけの被害が出ているこの場所が危険ではないはずがないというのに・・・―――何の根拠があっての発言かと目で問いかけると、まどかはにっこりと微笑んで。

「だって、ここ子供の遊び場なのよ」

「・・・へ?」

「この家の前庭って広いでしょ?近くの子供が野球やサッカーの練習に使ってたらしいの。流石に2月の失踪事件があってからは止めてるみたいだけど」

確かに言われてみれば、スポーツをするには申し分ない広さだ。

このご時勢、どこもなかなか広いスペースがないのだろう。―――そんな子供たちがここに目をつけたとしても可笑しくはない。

誰かが住んでいるならばともかく、この屋敷はほぼ空き家同然なのだから。

「もちろん、行方不明になった子なんていないの。つまり危険なのは家の中だけで外は大丈夫なのよ」

「それは昼間の話だろう?」

「あら、ゴーストハントに危険はつきものでしょ?―――では本日の報告をします」

ナルの抗議をさらりと流して話を先に進めるまどかに、ナルは思わず額に手を当てる。

ここまで徹底的にやり込められるナルなど、見られるとは思っていなかった。

本気で彼女に弟子入りしたいとそう思う。―――相手がナルでなくとも、このワザは色々と使い道がありそうだと。

それぞれがそれぞれ思いを巡らせている中、しかし我関せずとばかりにまどかは更に言葉を続けた。

「ええと、厚木さんもこの辺りでは姿を目撃されてないわね。バスもタクシーも使ってないと。―――で、美山親子について解った事を少々・・・」

まず、美山鉦幸氏について。

美山鉦幸氏は、すごく潔癖な人だったという。

昔、製糸工場で職員の1人が工員の給料を誤魔化したという事件があったらしいのだが、まずその職員は有無を言わさずクビ。

それだけではなく、その長男が同じ工場にいたのだがこれもクビ。

三男が病院の職員だったが、これもクビ。

おまけに彼らが住んでいた家が鉦幸氏の持ち物だったらしく家からも叩き出し、そしてその娘夫婦が住んでいた家も鉦幸氏の貸家だったのでこれも追い出し、犯人の親が鉦幸氏の土地の小作人で、この親たちもまた追い出されたのだという。

「・・・うわ、えげつない」

まどかの話を聞いていたは、思わずそう漏らす。

全面的に盗みを働いた犯人が悪い事は解っているが、何もそこまでしなくとも・・・とさえ思える。

「ひでぇ・・・徹底してるな」

「でしょ?語り草になってるみたいよ」

こちらも思わず呟いた滝川の言葉に、まどかも僅かに眉を潜めてそう答える。

「それに鉦幸氏は本当に人付き合いが悪かったらしいのね。この山荘にまったく人を近寄らせなかったらしいの。当時から猟師さえ避けて通るのが決まりだったんですって」

お手伝いはいたらしいが、ここ諏訪近辺ではなく別の地方の者を雇っていたらしく、あまりに人を寄せ付けない事から、この家では何か怪しい事が行われていたのではないかと言われていたという。

まどかの説明を聞いていたは、ほんの少し感じた違和感に小さく眉を寄せる。

これまでの話を聞いていて抱いた印象とはまったく別人のようだ。

慈善事業に力を尽くしていると聞いていたので、もっと人当たりの良い・・・柔らかい雰囲気の人物かと思っていた。―――まぁ、それもただの思い込みに過ぎないが。

「それと息子の宏幸氏だけど、ちょっと気になる事を言っていたらしいの」

「気になる事?」

「うん、家を改築し続ける理由を人に聞かれると、こう答えていたそうよ」

以前それを尋ねられた宏幸氏は、頭を抱えて言ったのだという。

『幽霊が出るんだ。幽霊を閉じ込めて出られないようにする為なんだ』

「・・・幽霊が出られないように?」

幽霊って、物理的な障害で食い止められるものなのだろうか?

その辺はには解らなかったが、それでも今まで他所で被害が出ていなかったのなら、宏幸氏の思惑は成功したのだろう。

その代わり、今この場にいる自分たちはかなり危険なのだろうが。

「お嬢さん。鉦幸氏の交友関係は解るか?浦戸という人物がいると思うんだ」

「浦戸?」

情報を得れば得るほどこんがらがってきたように思えた頃、何事かを考え込んでいた滝川がまどかにそう問い掛けた。

「この絵の人物なんだが・・・」

そういえばそんな人物もいたっけ・・・?とついさっき判明した事実を思い出すと、不思議そうな表情を浮かべるまどかに見つけたばかりの肖像画を見せる。

それを見たまどかは、きょとんとした表情を浮かべてさらりと答えた。

「あら?それが鉦幸氏よ」

 

 

まどかから受け取った資料の中に入っていた写真と肖像画を見比べていた滝川とは、お互い顔を見合わせて小さくため息を吐き出した。

「まさか鉦幸のペンネームが浦戸だったとはな」

「だよねぇ。ペンネームがあるなんて普通は思わないもんね」

あだ名にしたって、もう少し関連性のあるモノが付けられるのが普通だろう。―――鉦幸ならばたとえば・・・かっちゃん、とか。

そこまで想像して、不謹慎ながらもは思いっきり噴出した。

こんな目つきの悪い怖そうなおじいさんに『かっちゃん』など・・・ちょっとだけ、呼んでみたい気もするが。

「慈善家だったけど変人だったんだなー、このおっさんは」

「・・・変人で済まされるかな」

肖像画を眺めながらの滝川の呟きに、今まで資料とにらめっこしていたナルが唐突に口を挟んだ。

「『ここに来た者はみな死んでいる』―――ここというのは、当然この山荘の事だろう。ここで何があったのか・・・」

「・・・う〜ん」

「『浦戸・・・さ・・・た・・・聞く』この意味さえ解れば・・・」

解りそうな気もするが、どれも推測の域を出ない。

浦戸が鉦幸氏の事であり、ここが鉦幸氏の家だった事から、間違いなく彼が関わっているだろう事は明白なのだけれど。

宏幸氏が言っていた『幽霊』とは、一体どんなものなのだろう。

「・・・ひとつだけ、解る事がありますわ」

「・・・え?」

伏せ目でポツリと呟いた真砂子に、隣にいた麻衣が不思議そうに視線を向ける。

それに視線を返した真砂子は、キッパリとした口調で言い放った。

「もうお忘れになりましたの?降霊会で霊が言った言葉です」

たくさんの紙に書かれた『助けて』という文字。

誰かの悲痛な叫び声。―――それは・・・。

「きっとあれは、ここに来て死んだ人たちの霊なんですわ」

誰も一言も声を発しない静かな室内に。

真砂子の静かな声が、恐ろしいほど鋭く響いた気がした。

 

 

「あー、今日も大変な一日だったわねぇ」

「だねぇ。私、もうくたくた」

本日の調査は終了し、食事を終えた綾子とは部屋に戻ったと同時にベットにダイブした。

はっきりしない事ばかりで、なんだか胸の中がすっきりしない。

何か言い知れぬ不安が胸の中に渦巻く。―――危険が、すぐそこまで迫っているような。

「・・・綾子、私先にシャワー浴びてくる。もう限界かも・・・」

「あー、はいはい。行ってらっしゃい」

綾子の素っ気無い態度に見送られつつ、は着替えを持ってバスルームへ向かう。

そこで一日の疲れと埃と汚れを落としてさっぱりすると、幾分気分もマシになったような気がした。―――だからといって、襲い来る睡魔はどうにもならなかったが。

「アンタ、今日はもう寝なさい。最近あんまり寝てないでしょう?」

「・・・気付いてたの?」

「ぼーさんがね。アンタの事気をつけてやれって言われたわよ、まったく」

風呂から出た直後、綾子から掛けられた言葉に、は困ったように笑みを浮かべる。

まったく・・・誰も彼も、本当に過保護なんだから。

しかしそれが妙にくすぐったくて、温かくて、幸せな気分になる。

「私がシャワー終わるまでには寝てなさいよ。寝てなかったら無理やり寝させてやるから」

「綾子、怖〜い」

「はいはい。じゃあね、おやすみ」

ひらひらと後ろ手に手を振ってバスルームに消えていく綾子の背中を見送って、はくすくすと笑みを零すと勢い良くベットに寝転がった。

麻衣と真砂子は今もまだベースにいて戻ってこない。

大方、どちらかがナルの傍にいるので、戻るに戻れないのだろう。―――いい加減に張り合うのもほどほどにすれば良いのに・・・と思いつつ、ふかふかのベットの感触に、の意識はゆっくりと沈んでいく。

今日こそは、何の夢も見ずにぐっすりと眠れますように。

僅かに残った意識の端っこでそう思いつつ、は圧し掛かる睡魔にその身を委ねた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

もうちょっとジョンと絡ませたいなぁとは思っているんですが、やっぱりなかなか上手く行きません。

ぼーさんと安原のキャラが強すぎるんですかね。

というよりも、何故ぼーさんが相手になるとなかなかいい雰囲気にならないのか。

作成日 2007.12.24

更新日 2008.8.25

 

戻る