カタカタと震える身体を持て余しながら、幾日もの夜を過ごした。

ここに連れて来られて、そうして同じように連れて行かれた人を見て、何が行われているのかは解らなくとも、その結末だけは嫌というほど実感できた。

二度と戻ってこない人たち。

いつか自分の身にも降りかかるだろう、それ。

ただそれを待つだけの自分。

ここから逃げ出したいと思っても、それは不可能だという事を知っていた。

ここはただ終わりを待つだけの部屋。

悪魔の死者が迎えに来るのを、ただ待つだけの・・・。

ギィという扉の軋む音が聞こえて、弾かれたように顔を上げる。

うっすらと差し込む一条の光。

その先に立つのは、何度も見た2人の男。

 

とうとう、地獄の扉が開かれた。

 

の傷跡

 

室内に入ってきた2人の男に両脇から腕を捕まれ、抵抗もむなしく部屋から引きずりだされる。

「いやっ!放して!!」

逃げようと必死にもがくけれど、男たちの腕の力は緩まない。

そのまま引きずられるように廊下を進む。―――その先に何があるのか、今の自分には想像もつかない。

いや、想像などしたくもない。

「お願い!放して!!」

何度も何度も声を上げるが、しかし彼らは何も言わず、ただ腕を掴む手に力を込めた。

冷えた男の指先に、更にゾクリと悪寒が走る。

そのままある部屋の前に立ち、無言の男たちに引きずられるままその部屋に足を踏み入れた。

自分が今まで入った事のない部屋。

綺麗に整えられたその部屋の主は、その場にはいない。―――ただ赤々と燃える暖炉の火と、つい先ほどまで誰かがいた雰囲気が漂うそこを突き進むと、男は無言のままクローゼットの扉に手を掛ける。

一体何をするつもりなのかと開かれる扉を見つめていると、開かれたそこは普通のクローゼットではなかった。

クローゼットの奥。―――その向こうにはどこまで続いているのかさえも解らない長い通路と、そして塗りつぶされたような暗闇が広がっている。

再びゾクリと背筋に悪寒が走った。

これは普通ではない。―――こんな、隠すように存在している通路の先に、まともなものがあるはずがないと直感がそう告げた。

「いやぁ!!」

更に抵抗を激しくすると、男が舌打ちと共に力強く腕を引く。

そのまま飲まれるような闇の中を歩いていると、不意に視界が開けた。

どういう造りになっているのか、いつの間にか外へ出ている。―――両側を生垣に囲まれた、まるで迷路のような空間。

どこへ続いているのか。

これが本当に迷路ならばいいとさえ思う。

ずっと迷って、そこへ辿り着けなければ・・・と。

そんな祈りもむなしく、砂利道を抜けたその先に建物が見えた。

どうやらそこが目的地らしい。―――男の歩む速度が速まり、転びそうになりながらもその建物へと向かう。

「・・・いや」

行きたくない。

そこに行きたくない。―――そう思うけれど、その願いは男の手によって打ち破られた。

ギィと軋む音を立てて扉が開かれる。

その瞬間鼻を突いた臭いに、思わず息が止まった。

濃い鉄の臭い。

こんなに強い臭いは、今まで嗅いだ事がない。―――けれどそれが何の臭いなのか、自分は知っている。

「ゲホッ!ゴホッゴホッ!!」

あまりの臭いの強さに、息が上手く吸えなかった。

両腕を拘束されているせいで、臭いを遮る事も出来ない。―――否応なく襲う酷い臭いに、何度も何度も咳き込んだ。

しかし男たちはそんな様子など気にする素振りもなく、建物の中に入ると階段へと足を向けた。

軋む階段を、先ほどとは違い一段一段ゆっくりと上っていく。

臭いのせいで虚ろになった意識の中、不意に目に飛び込んできた一枚の扉の存在に、こめかみから冷たい汗が流れ落ちる。

「・・・いや、お願い。お願いだから・・・」

必死に懇願するが、男たちの歩みは止まらない。

そうして男の手で開かれた扉の先に待っていたのは、あまりにも残酷な光景だった。

白いタイル張りの部屋。

置かれているのは腰の高さまである台と、小さなバスタブに加えて大きな鉄製のバケツ。

そして辺りに散っている大量の黒光りするあの液体は・・・。

あまりの光景に呆然としていると、不意に男の手が肩に掛かった。

それにぎょっとしている間もなく、男の手が着ていた着物の上着を強引に脱がす。

「・・・・・・っ!」

もはや声にすらならなかった。

寝巻きの着物一枚の姿にされたまま、強引に背中を押されて何歩かたたらを踏む。

ビチャという濡れた音と、足の裏にへばりつく粘着質な液体。

それが何かをもう知っているはずだというのに、混乱しすぎた頭はそれが何かを理解してはいなかった。―――ただ、押さえきれないほど身体がガタガタと震える。

「・・・・・・っあ!!」

不意に髪の毛をわしづかみにされ、痛みのあまり声を上げた。

そのまま乱暴な仕草で引きずられるようにして部屋の奥へと向かう。

「いやぁ!やめて!!」

弾かれたように声を上げるけれど、男たちは表情を変える事すらなかった。

乱暴な仕草で黒光りする台へと身体を押し上げられ、目の粗いロープで羽交い絞めにされて身体の自由を奪われる。

首に、腕に感じる冷たい感覚。

更に濃くなる鉄の臭い。

ガチガチと恐怖で歯のかみ合わない音だけが響く中、必死に祈った。

誰か助けて。

一体どうして。どうして、私が・・・。

おもむろに手袋を嵌め始めた男たちの手に、大きな包丁が握られる。

それで今から何をされるの?

私は一体どうなるの?

「・・・おねがい、やめて。・・・たすけて・・・おねがいだから・・・」

まるでうわ言のように繰り返すも、男たちは眉1つ動かさない。

鈍い光を放つ包丁に視線が釘付けになる。

男の手が伸び、再び髪の毛を鷲づかみにされた。

そのまま喉を逸らすように、頭を下へと引っ張られる。

いや。

おねがい、だれかたすけて。

怖くて目を閉じてしまいたいのに、身体は固まってしまったかのように自分の意思では動いてくれない。

逸らした喉元に、鋭い刃が突きつけられた。

しにたくない。

しにたくない。

こんなの、わるいゆめだ。

こんな・・・。

喉元に当てられた刃に、強い力が加えられる。

声にならない声を上げて、目を閉じる事も出来ずに、虚ろな瞳はただ男の姿だけを映していた。

 

 

「きゃああぁぁぁぁあぁあぁぁあああ!!」

室内に搾り出すような悲鳴が響き渡る。

「麻衣っ!!」

頬に走った鋭い痛みと共に上がった声にハッと目を開ければ、そこには心配そうな表情で自分を覗き込む綾子と真砂子の姿があった。

それに漸く夢から覚めたのだと察した麻衣は、弾かれたように飛び起きて傍にいた綾子にしがみつき、大きな声を上げて泣いた。

今もまだ身体が震える。

溢れる涙が止まらない。

「ど、どうしたのよ」

慌てたような綾子の声にも、返事を返す事が出来なかった。―――今はただ、この恐怖をすべて吐き出してしまいたかった。

「おい、どうした!大丈夫か!?」

ドンドンと激しく扉を叩く音と共に、滝川の焦った声が響く。―――麻衣の尋常ではない悲鳴を聞きつけたのだろう。

麻衣を抱いている綾子の代わりに真砂子が扉を開ければ、そこには血相を変えた滝川と安原、そしてジョンが立っている。

「何があった!?・・・麻衣?」

今もまだ青い顔をしたまま綾子に抱きしめられている麻衣を認めて、滝川が麻衣のベットに駆け寄った。

先ほどの悲鳴といい、今のこの状態といい、普通ではない。

一体何があったのかと目で問う滝川を虚ろな眼差しで見上げて、麻衣は今もまだ震える声でポツリと呟いた。

「・・・夢・・・。・・・怖い夢・・・見た」

「夢ぇ!?」

予想しなかった答えに、滝川が間の抜けた声を上げる。

「って、お前〜。あんな凄まじい悲鳴あげるからなんかあったかと思うじゃねーか」

がっくりと脱力したようにその場に座り込み、滝川は安堵したようにそう呟く。

今の麻衣の様子を見ればそれが大した事のない問題ではない事は解るが、今のこの行方不明者が出るという現状からすれば、最悪な事態は免れているらしい。

本当に、あの悲鳴が聞こえた時は何が起こったのかと思ったけれど・・・。

「・・・例の夢か?」

「・・・だと思う」

「一体どんな夢を見たんだ?」

控えめに返事を返す麻衣を気遣いながら、そう問いかける。

これまでだって怖い夢は何度だって見てきたはずだ。

それでも、麻衣がここまで怯えた様子を見せた事は一度もない。―――どんな内容だったのかと思い問いかければ、麻衣は何かに耐えるように強く拳を握り締め、恐怖から逃れるためかギュッと目を瞑り、震える声で吐き出すように呟いた。

「・・・あたしが、殺される夢・・・」

麻衣の言葉に、一瞬にして時が止まる。

全員が強張った表情のまま立ち尽くす中、堰を切ったように麻衣は先ほど見た夢の内容を話し始めた。

「お・・・男の人が2人きてね。変なタイル張りの部屋に連れて行かれたの。そこ、血だらけで・・・手術台みたいなのに縛り付けられて、大きな包丁で喉を切られて・・・」

いいつつ、喉元に手を当てる。

今もまだ、その時の感触が残っている。

「・・・血が」

「もういいよ。思い出させて悪かったな」

それでも必死に言葉にしようと口を開きかけた麻衣を、話を促した滝川自身が止めた。

優しい声と共に頭に置かれた温かい手の感触に、視界がジワリと滲む。

声にならない安堵感にフルフルと首を横に振って、今は与えられる安らぎに身を任せたいと思った。

たとえこの場に望む人の姿はなくとも。

その時、不意に食器の鳴る音が聞こえ・・・そうしてふわりと漂う香りに顔を上げた麻衣は、戸口に立つナルの姿に気付いて目を見開いた。

その手には温かい湯気が昇るティーカップを持っている。―――リンに抑えられた扉を通って麻衣の元へと歩み寄ったナルは、その手に持ったカップを麻衣へと差し出した。

「だいじょうぶか?」

瞬間、ふわりと漂う紅茶の香り。

あの夢で嗅いだものとはまったく違う、優しい香り。

「・・・うん、だいじょうぶ。―――ありがと」

そっとそれを受け取って、麻衣は漸く心から笑顔を浮かべた。

温かいそれが、冷えた指先をじんわりと暖めてくれる。―――それが、何よりも自分の心を落ち着けてくれた。

そんな麻衣を認めて、傍らで様子を見ていた滝川もまた漸くホッと安堵の息を吐き出す。

取り乱した麻衣を見た時はどうしたものかと思ったが、どうやら少し落ち着いたらしい。

受けたショックはそう簡単には消えないだろうが、夢は夢。―――実際に麻衣の身に起きた出来事ではないのだから、時間が癒してくれるだろう。

そう結論付けた滝川は、その時になって漸くこの場の異変に気付いた。

いつもなら一番に騒ぎを起こし、行動を起こしそうなが静か過ぎる。

そう思いグルリと視界を巡らせた滝川は、目に映った光景にまたもやがっくりと肩を落とした。

乱れたベットの中で1つだけ、今もまだ主を治めたまま整えられているベット。

身動きひとつする事無く寝入っているを眺めながら、呆れたようにため息を吐き出した。

確かに、ここ最近は眠る事が出来ずに寝不足気味だと言っていた。

本人は隠しているつもりだったのだろうが、顔色もずいぶんと悪かったし、あの連日の肉体労働で体力を使い果たしているのも当然だ。

しかしこれだけの騒ぎの中で、目覚めないというのはどういう事か。

死んだように眠るとはまさにこの事かと独りごち、とりあえず起こすべきかどうかを悩んでいた滝川は、しかし漸くその異変に気付いた。

眠っているの胸元。―――その部分が上下していないような気がするのは気のせいか。

「・・・おい、

ベットに歩み寄り、そこに腰を下ろして控えめにの身体を揺する。

その頃同じく異変に気付いたリンもまた、抑えていた扉から手を離して足早にのベットに近づいた。

の身体を揺する滝川の隣に立ち、強張った表情のままの顔を覗き込んだリンは、驚愕に目を見開いてその手を彼女の頬へと伸ばす。

そうして全員が訝しげに見守る中、乱暴に彼女の頬をひっぱたいた。

「ちょっと、リン!あんた何を・・・!!」

思わず抗議の声を上げる綾子にも構わず、リンは何度も何度もの頬を叩いた。

!目覚めなさい、!!」

「おい、!!」

珍しいリンの怒声と、滝川の焦りを含んだ声。

それにただ事ではないと麻衣が身を乗り出したその瞬間、硬く閉じられていたの瞼が何の前触れもなく開かれた。

それと同時に目元から涙が一筋流れる。

「・・・っゴホッ!ゴホッゴホッ!!」

そうして一拍を置いて激しく咳き込みだしたの背中をさすりながら、表情を強張らせた滝川が僅かに震える声で彼女の名を呼んだ。

「・・・、お前」

ベットに蹲るようにして、身体を折り曲げながら何度も咳を繰り返すを見下ろして、リンもまた安堵したように息を吐く。

それを呆然と見つめていた麻衣は、漸く咳が収まり呆然と宙を見つめているに向かい、顔を青ざめさせながら口を開いた。

「・・・も、見たの?―――自分が、殺される夢」

麻衣の言葉に、弾かれたようにが振り返る。

その表情を見れば、言葉は必要なかった。―――彼女の目は確かに、肯定を示している。

そうして麻衣が更に言葉を続けようとしたその時、不意に見開かれていたの目が薄く細められた。

そのまま意識を失うようにその場に崩れ落ちる。―――それを慌てて受け止めた滝川は、今度こその胸が上下している事を確認して安堵の息を吐く。

「・・・、どうしたの?」

自分もそうだが、もまた尋常ではない様子だった。

悲鳴を上げるわけでもなく、麻衣のように声を上げて泣くでもなく。

ただ呆然と、まるで人形のようにあった彼女の様子に疑問を投げ掛けると、こちらもいつもの調子を取り戻したらしいリンが静かな声で言い放った。

「気力を使い果たしたのでしょう。―――どうやら彼女は仮死状態にあったようです」

「・・・仮死、状態?」

「多分な。さっき俺が見た時、のやつ息してなかった」

告げられる真実に、全員が息を飲む。

は起きてこなかったわけではない。―――そう出来ない状態だったのだ。

「・・・どうして」

「彼女は霊とシンクロしやすいと言っていました。おそらくは谷山さんと同じようにこの家の過去を体験し、そのシンクロの高さ故に自分が死んでしまったと思ったのでしょう」

だからの身体は呼吸を止めたのだと。

それが真実かどうかは判断が付かないが、それでもが危険な状態であった事だけは間違いない。

もし麻衣があの夢を見ずにぐっすりと眠っていたら・・・―――はもう、永遠に目覚めなかったかもしれない。

「そういえば・・・森下事件の時も、あの子霊に憑依されてすごい事になってたわよね」

綾子の呟きに、全員があの時のの事を・・・―――そしてその後見たビデオの事を思い出す。

『私って降霊が得意なんだよねっていうか意図せず降霊しちゃうっていうか』

『霊の密度が高いところで霊視しようとすると、大体半分の確立で降霊しちゃうの。降霊っていうより寧ろ取り憑かれてるっていう方が正確だけど』

本人はそう言って笑っていたが、これでは笑い事では済まされない。

腕に抱いた、気を失ったを見下ろす。

彼女がいつも肌身離さずつけているピアスもブレスレットも、今もまだちゃんと彼女の身に付けられている。

霊から守ってくれるお守りだと言っていたそれがあってもこの状態。

彼女は本当に大丈夫なのだろうか・・・?

「・・・ともかく、ここで考え込んでいても仕方がない」

不意に響いたナルの声に、全員が顔を上げた。

「霊がここに侵入してきたわけではない以上、僕たちに取れる手段はない」

「それは・・・そうだけど・・・」

ナルの言い分も解るが、だからといってこのまま放置していていい問題でもない。

何か言いたげな綾子の視線を遮って、ナルは変わらない冷静な口調で言葉を続けた。

「松崎さん。護符をもう何枚かお願いします。それをへ。―――眠っている彼女にどれほど効果があるかは解りませんが、ないよりはマシでしょう」

「解った」

「ぼーさん、リン。とりあえずをベースへ。今晩は誰かが付き添っていた方がいいだろう」

「ならアタシが見てるわよ。どうせ今からじゃ眠れそうにないし・・・」

ナルに指示をされた綾子が、ついでにそう声を掛ける。

この騒ぎで、眠気などすっかり吹き飛んでしまった。―――流石にこの状態で眠れるほど、綾子も神経が太くない。

綾子のその言葉に納得したのか、ナルは1つ頷くと他の面々を促して部屋を出ようとした。

こんな真夜中に、いつまでも女性陣の部屋にいるのは褒められたことではないだろう。

そう思い足を踏み出しかけたナルは、しかし戸口に誰かが立っている事に気付いて足を止めた。

「・・・君は」

ナルが意外そうに眉を上げる。

一体いつからそこにいたのか・・・。―――家の代表である茶生と兵庫が、それぞれ異なる表情を浮かべて室内を見ていた。

兵庫は痛ましげな面持ちで・・・―――そして茶生は、酷く強張った面持ちで。

これまで彼ら2人が、積極的に渋谷サイキック・リサーチに接触してきた事はない。

どちらかといえば、避けていたという方が正しいだろう。―――それだけで、彼らとの関係が複雑な事は簡単に察せられたが。

だというのに、一体何の用なのだろうか。

おそらくは麻衣の悲鳴を聞きつけてきたのだろうと思われるが・・・。

「気を失ったんですか・・・」

滝川の手で再びベットに横たえられたを見つめ、茶生がポツリと呟く。

その表情からは、彼女の感情は読み取れない。―――しかしこの状況が自分が思っていたよりも危険だという事は察したらしい。

だからといって、ここから逃げ帰るなどという選択肢は彼女にはなかったが。

まるで死んだように眠るをじっと見つめて・・・―――そうしてふと戸口に立つナルに視線を向けた茶生は、ほんの僅かに見せた動揺の色を押し隠し、挑むような眼差しを向けてキッパリと言い放った。

「では伝えてください。目が覚めたら、もう一度霊視にチャレンジするようにと」

「ちょっと!あなた・・・本気で言ってんの!?」

冷静な声色で告げられたそれに、先ほどの夢で感情が高ぶっている麻衣が咄嗟に声を上げた。

そう思ったのは麻衣だけではなかったらしい。―――静かに麻衣に付き添っていた真砂子も、の様子を心配そうに見ていた綾子も滝川もまた、不愉快そうに眉を寄せた。

「・・・麻衣」

「だって・・・!!」

しかしナルに静かに制止され、悔しそうに唇を噛む。

そんなに簡単に言っていい言葉ではないと思った。―――あの夢を見た自分が、どんな思いをしたと思っているのか。

そして同じ夢を見たが、どんな思いをしたと思っているのか。

それを、あんな風に簡単に言って欲しくはなかった。

「あなたに自分が殺される時の気持ちが解る!?そんなに簡単に言わないでよ!!」

だからこそ麻衣は、ナルの制止も構わず更に声を荒げる。

あの気持ちは、体験したものにしかきっと解らない。―――そして、もう誰にも体験して欲しくないとそう思うから。

しかし茶生は麻衣の剣幕に怯む事もなく、素っ気無い態度で更に言葉を続けた。

「真実かもしれない情報を手に入れられるのなら、もう一度チャレンジするべきです。それが彼女の義務なんですから」

「茶生、言い過ぎだ」

「兄さんは黙ってて。―――それも出来ない人に、月華を名乗る資格なんてないんだから」

今度こそ入った兄からの制止もさらりと無視して、それだけを言い放つと茶生は逃げるように踵を返して去っていった。

その後姿を見送って、兵庫は深いため息と共にナルへと頭を下げる。

茶生の言いたい事も解る。

に求められるのは、確かにそれだ。

しかし月華は人形ではない。―――それは、生きた人間なのだから。

「すいませんでした。妹にはしっかりと言い聞かせますから」

「それよりも、早く彼女を追った方がいい。今は1人になるのは危険ですから」

変わらないナルの態度に彼はもう一度頭を下げて、そうして足早に妹の後を追っていった。

「・・・なんなのよ、あれ」

嵐のような兄弟が去った後、疲れたように綾子が呟く。

尋常ではない出来事が2件も続けて起こった末の出来事。

正直カンベンして欲しいとそう思う。―――そうして、が意識を失っていて良かったとも。

彼らとの関係が良好ではない事は、ここに来て観察していればすぐに解った。

その理由が何かまではが何も語らないため知りようもないが、せめて弱っている時くらいはそれから開放してやりたいとも。

「まぁ、いいわ。とりあえずぼーさんは部屋に戻ったら?眠れないだろうケド、はアタシがちゃんと見てるから」

そう言ってやんわりと微笑めば、安心したように滝川もまた笑みを浮かべる。

そうしてナルに促されつつ部屋を出て行った男性陣を見送って・・・―――こちらもまだ顔色を悪くしている麻衣をベットに横たわらせつつ、綾子はのベットに腰をかけた。

今もまだぐっすりと眠っている

せめてこのまま、今日こそは何の夢も見ずに眠れるといい。

「・・・おやすみ、。―――良い夢を」

小さく小さくそう呟いて髪の毛を梳いてやれば、眠っているが微かに微笑んだような気がした。

 

 

真っ白に染まった空間。

見覚えのあるそこをぐるりと見回したは、そこで見つけた人物の姿にやんわりと笑みを浮かべた。

「・・・久しぶり」

そう言って笑みを向ければ、その人物も優しい笑みを浮かべる。

「この間会った時、次に会う時は名前を教えてなんて言ったから、なかなか会いに来てくれないのかと思った」

悪戯っぽく笑みを浮かべてそう言えば、ナルは苦笑にも似た笑みを浮かべつつ首を横に振った。

よくよく考えれば可笑しなものである。

決してナルとは思えない人物だというのに、どことなくナルと似ている気がする。

勿論姿かたちはそっくりなのだけれど・・・―――あえて言うなら、優しさだろうか。

もっとも、ナルの場合は酷く解りづらくはあるのだが。

「・・・大丈夫?」

不意に掛けられた言葉に、はきょとんと目を丸くする。

そうして問われている意味を察して、困ったように微笑んだ。

大丈夫かどうかと問われれば、即答で大丈夫だとは答えられないだろう。

けれど今の自分は酷く安らいでいる。―――それはきっと、目の前にいる彼の存在だけではないだろうが。

意識を失う間際に目に映った光景。

心配そうに自分を覗き込む麻衣たちと、珍しく焦った様子を見せたリンの顔。

そうしてしっかりと自分を支えてくれた滝川の力強い手。―――伝わる温かさに、涙が出そうなほど安堵した。

「だいじょうぶだよ、きっと」

「・・・そう」

「だって、私は1人じゃないから」

今でははっきりとそう言える。

望まない形ではあったけれど、自分はきっと望むものを手に入れた。

心の底から渇望していたもの。

決して、自分の手には入れられないものだと思っていたというのに・・・。

「・・・ありがとう。あなたも、心配して様子を見に来てくれたんでしょ?」

確信を持ってそういえば、ナルは見たこともないほど綺麗な笑顔を浮かべて。

それに引かれるように、はそっと手を伸ばす。

初めて触れてみたいと思った。―――この目の前に立つ、儚くも美しいその人に。

、気をつけて」

「・・・・・・」

「君も、もう気付いているんだろう?」

僅かに目を細めて。

悟ったようにそう告げるナルに手が届く前に、その姿は霧のように空間に溶けて消えた。

後に残ったのは、今もまだ耳に残るナルの優しい声と、届かなかった己の手と。

シャラ・・・と、左腕のブレスレットが微かな音を立てた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんかとんでもなくオリキャラ妹が酷い人になってるんですが。

いえ、彼女は彼女なりに思うところがあるのですが、なかなかそこを上手く書ききれないのが残念です。

嫌な女だな・・・だけで終わらせたくはないんですけどね。

作成日 2007.12.30

更新日 2008.9.8

 

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