カメラのセットを滝川とジョンに任せて、は着々と準備が整っていくのを部屋の隅に立ちぼんやりと眺めていた。

リンは、自分に霊を憑依させるわけではないとそう言っていた。

その言葉が本当なら、夢で見たようなあんな思いをリンがする事はないだろう。

麻衣の言葉ではないが、出来ればあんな経験は誰にもさせたくないとそう思う。―――もちろん、だって二度とごめんだが。

「・・・ほんとに大丈夫なのかなぁ?」

小さく独りごちて、ため息を零す。―――今は大丈夫だと言ったリンの言葉を信じる他なかった。

 

悪魔の子供

 

部屋の中央に大きなテーブルがセットされ、滝川とジョンの手によって、そこから少し離れた場所にテレビの撮影に使うような大型のカメラがセットされる。

「うーし、カメラのセット終わったぞ」

「あとはナルとリンさんが用意を整えてくるの待つだけだね」

流石に男2人掛かりでも、カメラの設置は重労働のようだ。―――そんな2人にお疲れ様と声を掛けて、残った面々は準備の為に部屋を出て行った2人を待つ。

そんな僅かに出来た時間の中で、ふとある事を思い出した麻衣は、先ほどから抱いていた疑問をそのまま口にした。

「・・・ねぇ。リンさん、どうやって霊を呼ぶのかな?」

リンは霊を憑依させるわけではないと言った。

しかし麻衣は、それ以外の方法など知らない。

今まで見てきた降霊の方法は、すべてが自身の身体に霊を憑依させるという手段だった。―――だからこそ、麻衣は必死に止めたのだけれど。

それに反応を示したのは滝川だった。

考え込むように顎に手を置き、麻衣が理解しやすいようにと思考を巡らせながら口を開く。

「ん?そうだなぁ・・・。霊を呼ぶ方法ってのには2通りあってな。霊を憑依させる『口よせ』と、霊そのものを呼ぶ『魂よばい』ってやつ。―――ちなみに真砂子やがやるのは『口よせ』の方ね」

「ふ〜ん・・・」

「むしろ私がやるのは『口よせ』っていうよりも、ほんとにまんま憑依されてるわけなんだけど」

「自分で言うなよ、自分で」

滝川の説明を聞きながらさらりと口を挟むと、呆れたような突っ込みが返ってくる。

それをさらりと流して、今度はが口を開いた。

「リンさんは霊を憑依させるんじゃないって言ってたからね」

「だな。・・・って事は、やっぱ『魂よばい』の方じゃねぇのか?」

「そんな事出来るの!?」

「ふつーはまぁ、出来ねぇわな」

の言葉を受け継いで、滝川がそう麻衣に説明すると、麻衣は驚きに目を丸くして声を上げた。

これだけ驚いてくれると、説明のしがいもあるというものだ。

「『魂よばい』は『招魂』と言って、もともと中国の巫蠱道にあった方法だ。リンは中国人だって言ってたからなぁ・・・」

滝川の言葉に、麻衣はハッと思い出す。

そういえば、リンは中国人だと言っていた。―――だからこそ、リンは日本人が嫌いだと言っていたのだから。

「俺たちはずっとリンを陰陽師だと思っていたが、こうなってくると事情が違うわな。リンはおそらく中国呪術の道士なんだと思うぜ。―――『口よせ』を『摂魂』って言うんだが、普通『摂魂』よりも『招魂』の方が難しいとされる。道士の格が全然違うんだ」

「え?」

滝川の説明を黙って聞いていた麻衣が、呆気に取られたように目を丸くする。

道士の格がぜんぜん違うという事は・・・―――そこまで考えた麻衣は、思わず叫ぶように声を上げた。

「つまり真砂子よりリンさんのが優秀って事!?」

「悪うございましたわね」

しかしすぐさま返ってきた言葉に、麻衣はすぐさま頬を引き攣らせる。

すぐ傍に真砂子がいるという事を忘れていたのだ。

恐る恐るゆっくりと振り返れば、そこには拗ねたようにそっぽを向く真砂子の姿が。

折角今回の仕事で真砂子との距離を縮められたと思ったというのに、これではすべて水の泡である。―――そう思った麻衣は、慌てて真砂子へと笑いかけた。

「ご、ごめん。悪気があったわけじゃないって!」

必死にフォローを入れようとするが、しかし真砂子はそっぽを向いたまま。

どうしようと助けを求めるようにへと視線を向けるが、は笑って肩を竦めるだけでフォローを入れてくれない。

そういえばがするのも『口よせ』の方だったっけ・・・と思い出して、麻衣は盛大に頬を引き攣らせた。

がそんな事で機嫌を損ねるとは思わないが、これに便乗して面白がっているのは明白である。

すぐさまは当てにならないと判断を下して、麻衣はさっさと話を逸らすべく再び滝川へと声を掛けた。

「でも、そしたら霊の声を聞くのって、リンさんがいれば十分だったんじゃ・・・」

その発言が更に真砂子の機嫌を損ねる原因になっていると、麻衣が気付くのは一体いつか。

勿論、わざわざそれを口に出すつもりはなかったけれど。

しかし麻衣の言う事ももっともだった。

今まではなかなか霊と波長が合わずに姿を見る事が出来ない真砂子や、見る事が出来るには出来るが体調を崩しがちのに頼っていた為に、なかなかその正体が掴めなかった事も多かった。―――リンが霊を呼ぶ事が出来るなら、何故最初からそうしなかったのか。

「ところが、そう上手くいかんのよ、これが」

そんな疑問を口にした麻衣に、しかし滝川は困ったように笑って。

『招魂』には、呼び出す霊の名前や生年月日など細かいデータが必要になる。

今までの事件もそんなデータがすぐに手に入るわけでもないし、今回も同じようにそんなデータを手に入れる事が出来るのは、今行方不明になっている鈴木・厚木・福田の3人だけだ。

「リンも言ってただろ?呼べるのは3人の霊だけだって」

そう告げる滝川に、麻衣は戸惑ったように視線を泳がせる。

「もしも死んでたとして・・・でしょ?―――そっか・・・。じゃあ呼び出せない方がいいなぁ。生きてるって事になるもんね」

そう言って沈んだ表情を浮かべる麻衣を認めて、滝川とは揃って感激したように目を丸くした。

「もう、麻衣ってば!!」

「ああん、もうこの子は!いい子!!」

「ぎゃー!2人してなに!?」

そうしておもむろに抱きついてくる2人に、麻衣は咄嗟に悲鳴を上げる。

それに構わず、は更にギュッと麻衣を抱きしめた。

確かに麻衣の言う通りだ。―――呼ぶのが3人の霊なら、呼べない方が良いに決まっている。

それが当たり前で当然の事であるはずなのに、自分たちはいつの間にか心のどこかで彼女たちの生存を諦めていた。

それを思い出させてくれた麻衣に、心の底から感謝した。

それがどれほど可能性の低い事なのだとしても、彼らの生存を信じなければ。

麻衣から身体を離したは、やんわりと笑顔を浮かべる。

そうしてチラリと真砂子を見やって、何の前触れもなく唐突に口を開いた。

「でもまぁ、リンさんの方が格が上だとしても、そう簡単に使えないんじゃ使い勝手が悪いよね。―――霊を憑依させるのだって十分な情報収集になるんだから、そっちの方が実践的だと思わない?」

問い掛けられ、麻衣は目を丸くする。

しかし目の前で悪戯っぽく笑うにその意味を察した麻衣は、慌てて何度も頷いた。―――きっと先ほどのフォローをしてくれているのだろう。

に倣って真砂子の様子を窺えば、最初から本気で怒ってはいなかったのか・・・はたまたそれほど気にはしていなかったのか、少し不本意そうではあるけれど不機嫌な様子を消している。

それを認めて、麻衣はホッと安堵の息を吐いた。

真砂子がどう思っているのかは解らないが、麻衣としてはやはり仲良くなりたい。

どうやら険悪な関係だけは避けられた事を実感してもう一度安堵の息を吐き出すと、麻衣は感謝の眼差しをへと向けた。

 

 

そうしてしばらくの時間が過ぎた後、部屋を出ていたナルとリンが戻ってきた。

部屋の中央に設置されたテーブルには、2本のろうそく立てと、長い線香のようなもの。―――そして僅かに煙を上げるお焼香に使うような器。

そしてその前には空の器が置かれ、傍らにすずりと筆。

そうしてやはり一番目を引いたのは、大振りの剣だろうか。

あれが本物であるか偽物であるかは、触ってみたわけではないのでには解らない。

ただ、「リンさんって、いつもあんなの持ち歩いてるのかな?」と疑問を抱くだけだ。―――勿論、流石のでもこの場でそんな発言はしないが。

「誰を呼びましょう?」

「鈴木直子さんを。プロフィールと服を借りてきた」

いつもと変わらない様子で静かに席に着いたリンの傍らに立ったナルが、一枚の紙と布を彼に手渡す。

ナルの言葉通り、その布は鈴木の服なのだろう。―――彼女を心から心配する五十嵐ならば、簡単に貸してくれたはずだ。

「没年はどうしますか?」

「・・・失踪日の翌日、というところかな」

ナルの指示通り、用意していた隅でそれらを紙に書き込むリンをぼんやりと眺めながら、はひっそりとため息を吐き出す。

麻衣の言葉ではないが、鈴木の霊など呼び出せなければいい。

それが何の進展にもならなくとも、彼女の死亡よりも酷い結末はないはずだと。

慣れた手つきでそれらを書き終えたリンは、テーブルの中央に置かれてあった空の器に鈴木の服と紙を納め、そうして長い線香とろうそくに火をつけると大降りの剣を膝の上に置き静かに瞳を閉じた。

「始めます」

リンの言葉と共に、ろうそくの明かりがゆらりと揺れる。

どこか幻想的なそれらを眺めながら、は緊張にも似た思いでコクリと小さく喉を鳴らした。

『魂よばい』を知ってはいても、それを自分の目で見た事は一度もない。

流石の家にも、それが出来る者は1人もいなかった。

一体どういうものなのだろうとがそう思考を巡らせたその時、静かに瞳を閉じていたリンが深く息を吸い込んだ。

それと同時に響き渡るリンの声に、は思わず目を見開く。

それは、なんとも形容しがたい『音』だった。

笛の音に似ているような気がするけれど、厳密には違う。―――それは言葉にするには難しすぎるもので。

けれど心の奥に響くようなその音は、不思議なほどに綺麗な響きだった。

その音に身を委ねるように、は緊張に強張らせていた肩から力を抜いた。―――促されるように、そっと瞳を閉じる。

ちょうどその時だった。

「・・・・・・フゥ」

誰かのため息に、閉じていた瞳を開く。

一体誰だと見回すまでもなかった。―――テーブルに中央に、不自然に浮かび上がる影がある。

全員がそれに気付いたのだろう。

言葉もなく驚きに目を見開く面々の前でゆっくりと瞳を開いたリンは、視線だけを傍らに立つナルへと向けた。

「ナル、日が良くない。喋らせる事は出来ないし、そんなに長くは呼んでおけません」

リンがそう説明する間も、その影は深いため息を吐き出す。

そうしてその影が少しづつ濃くなっていくにつれて、それが誰なのかがはっきりと理解できた。

「鈴木直子さんですね?」

ナルの問い掛けに、影はコクリとひとつ頷く。

それに全員が思わず表情を歪めた。―――やはり、彼女はもう死んでいたのだと。

耐え切れないとでも言うように口元を押さえる麻衣の頭を、滝川は優しく叩く。

「この家にはあなたの他にも人がいますね?」

ナルの問いに、鈴木は頷く。

「ぼくらと五十嵐先生。霊能者たちの他にも人がいますね?」

その問いにも、頷きが。

「彼らもあなたも既に死んでいます。知っていますか?」

しかしこの問い掛けには、鈴木は頷かなかった。―――驚いたような面持ちで顔を上げ、問い掛けたナルをじっと見返している。

きっと鈴木は解っていないのだろう、自分が死んだという事を。

霊の中にはそれを解っていない者も多い。

「自分が何故死んだのか、解りますか?」

ナルの言葉に、鈴木はフルフルと首を横に振った。

「では、誰かがあなたに酷い事をしませんでしたか?」

コクリ、と頷く。

「それは誰です?ぼくら以外の人たちですか?」

その問い掛けには、頷きが。

それを認めて、鈴木をじっと見つめていたナルは僅かに目を細めて。

「浦戸・・・という人物を知っていますか?」

その問い掛けに、これまで素直に質問に答えてきた鈴木がビクリと身体を震わせた。

まるで何かに怯えるように、身体を震わせ始める。―――そうして両手で顔を覆い、耐え切れない何かを堪えるように身体を折った。

「知っているんですね?」

それでもナルの質問は続く。

それに必死な様子で何度も何度も頷いた鈴木は、声を出せないもどかしさ故か手を伸ばし指で空を切る。

何かを伝えようとしているのだろう。―――それが何か解らないまま、鈴木は苦しそうに喉を押さえて喘ぐ。

声は聞こえないはずだというのに・・・それでもその悲痛な叫び声が聞こえた気がして、は思わず耳を塞いだ。

もう、聞きたくない。

あんなにも悲痛で、悲しい悲鳴など。

それと同時に、室内にパシンと乾いた音が大きく響く。

それを確認して、リンは変わらぬ表情で口を開いた。

「ナル、限界です」

リンの声に促されるように、苦しげな鈴木の影が消えていく。

それはゆっくりとゆっくりと・・・―――まるで助けを求めるような鈴木の表情が、目に焼きついて離れない。

そうして鈴木の影が完全に消えたと同時に、室内にはまるで何事もなかったかのような静けさが戻った。

あまりの出来事に全員が動けない中、動じた様子のないナルがスイッチへと手を伸ばす。

そうして室内を照らす明かりにホッと安堵の息を吐いたのも束の間、血にも似た色で壁に書かれた文字に気付いた面々はギクリと身体を強張らせた。

「・・・な、に・・・あれ・・・?」

おそらくは鈴木が空を切った時に書かれたものなのだろう。―――彼女が必死に伝えたかった、何か。

「ヴラドって・・・」

『ヴラド』と書かれたその文字を呆然と見つめながら呟くに、滝川が弾かれたように口を開いた。

「そうか。浦戸ってのは、ヴラドの事だったのか・・・!」

どうやら何か解ったらしい。

しかし滝川やには理解できても、麻衣にはその意味が解らない。

漢字で書かれてあるのと、カタカナで書かれてあるもの。―――その違いしか、麻衣には解らなかった。

「浦戸がヴラドって・・・ヴラドってなんなの?」

もどかしさに詰め寄る麻衣に、困惑した様子を浮かべるジョンが口を開く。

「・・・ヴラドゆうのは・・・―――吸血鬼、ドラキュラのことです」

ドラキュラ・・・?

ジョンの口から飛び出た言葉に目を瞠る。

「だ、だって浦戸は鉦幸氏のペンネームでしょ?それって鉦幸氏が吸血鬼だったって事!?じゃあここの霊は血を吸われて死んだ人たち!?」

麻衣の叫びに、は嫌な予感を感じ取って更に身体を強張らせた。

ヴラドという名前と、それが意味する吸血鬼という存在。―――そして夢で見たあの残酷な光景。

漸く点と点が繋がった気がした。―――それも、もっとも最悪な形で。

「落ち着け、麻衣。ドラキュラは正確には吸血鬼じゃない」

動揺する麻衣にそう声を掛け、ナルは小さくため息を吐きだす。

どうやら彼も、ある可能性に行き着いたようだ。

ドラキュラが吸血鬼だというイメージは、実は小説から来ている。

19世紀に出版されたブラム・ストーカーという作家の『吸血鬼ドラキュラ』がそれだ。

そしてこのドラキュラには、実際にそう呼ばれていた実在したモデルがいる。

「ド、ドラキュラってほんとにいたの・・・?」

「そうだ。ただし、さっきも言ったように吸血鬼じゃない。―――ヴラド・ツェペシュという男の事だ」

ナルの言葉に、麻衣は自然と壁に書かれた文字へ視線を向ける。

『ヴラド』と書かれた名が示していたのは、吸血鬼ではなくその実在した人物の事だったのかと納得する。

このヴラドという男は、15世紀に東欧のワラキア地方を統治した王で、『ツェペシュ』というのは一般には『串刺し公』と訳される。

ヴラドは潔癖にして残忍な性格で、嘘や盗みを働いた国民や自国に侵略してきた敵を容赦なく串刺しにして処刑した事からそう呼ばれるようになった。

「串刺しって・・・―――そ、そのヴラドがなんでドラキュラなわけ?」

あまりに壮絶な内容に、麻衣は恐怖に身体を強張らせつつもそう問い掛ける。

確かに酷く残酷な話だが、串刺しとドラキュラではイメージが違う。―――ドラキュラは人の生き血を吸う者というのが世間一般の認識だ。

「ヴラドの父親は『ヴラド龍公(ドラクル)』と呼ばれていた。『ドラクル』には『龍』ともうひとつ・・・『悪魔』の意味もある」

『ドラキュラ』とは『ドラクルの子』を指す。

つまりは『悪魔の子』を意味するというわけだ。

「・・・悪魔の子」

「ヴラドと浦戸・・・か。確かにイメージが被るな。少年たちの話とかさ」

ナルの説明に表情を強張らせる麻衣の隣で、こちらも戸惑ったように滝川が呟く。

そう言われてみれば、確かに共通する部分がある。

鉦幸氏はかなりの潔癖症で、工員の給料を誤魔化した職員一家を叩き出した・・・とまどかが言っていた。―――そのやり口は、給料を誤魔化した工員が悪いにも関わらず、思わず同情したくなるほどだ。

「鉦幸が外遊していたころ、既に『吸血鬼』は出版されていた。彼が知っていたとしても不思議はない」

全員顔を見合わせて戸惑ったような表情を浮かべる中、そう言い切ったナルは「それと、もうひとつ・・・」と更に言葉を続けた。

「ヴラドとよく混同される人物に、エルジェベット・バートリというハンガリーの伯爵夫人がいる。彼女は自分の容色が衰える事を恐れ、若い女性を殺しては搾り取った血を浴槽に満たし、その中に身体を浸した。―――そうする事で美貌が保たれると信じていたんだ」

ナルの言葉に、口を噤んで話を聞いていたの肩がピクリと揺れた。

その話はも知っている。

ヴラドと・・・そしてドラキュラと聞いて・・・―――そしてあの夢を思い出し、一番に頭に浮かんだのがそれだった。

とりわけ怪談やホラーが好きではないでも知っている、有名な話。

「鉦幸がこの話を知っていた可能性は高い。彼は病弱だった自分の身体を恨めしく思っていただろう。エルジェベットのように、若い人間の血によって健康を保てると思ったのかもしれない」

彼が本気でそれを信じていたのか、それともただ何かに縋りたかったのか、それは今となっては解らない。

ただ外国の医者に診せに行くほど健康を欲してた彼ならば、もしかすると手を出すかもしれない。

そしてそれならば、これまでの仮説はつじつまが合うのだ。

行方不明になったのがすべて若い人間である事も、そして・・・麻衣やが見たあの恐ろしい夢の光景も。

「・・・じゃあ、しょっちゅう女中さんが変わってたって言うのは、浦戸が・・・」

「おそらく、そうだろう」

キッパリとそう言い切るナルに、全員が表情を強張らせた。

そんな中、は同じように表情を曇らせる滝川へと視線を向けて。

「じゃあ、あの紙幣の文字の意味も解るよね」

「ああ。―――『ここに来た者は皆死んでいる。浦戸に殺されたりと聞く。逃げよ。』」

小さく頷き返して、滝川は紙幣に書かれた不明であった部分を読み上げた。

「・・・あの隠し部屋にいた人が、次に来る誰かに残したメッセージって訳ね」

それを引き継ぐように、納得した様子で綾子が呟いた。

せめてこれ以上犠牲者を出さない為にと、必死の思いで残したメッセージなのだろう。

おそらくそれは外れてはいない。―――しかし話を聞いていたジョンが、何かに気付いたように口を開いた。

「そやけど、あのお金が入ってたコートは病院の施設の支給品ですやろ?女中さんが持ってはるのはヘンとちがいますか?―――それに女中さんを隠し部屋に住まわさはるゆうのんも妙です」

言われてみれば、確かにそうだ。

あんな隠し部屋に入れられれば、周りの人間も変に思うだろう。

そこまで考えて、ふとある結論に思い至った。―――あのコートが、病院の施設の支給品だという事は、もしかして・・・。

「・・・まさか、施設の人間まで・・・?」

滝川の言葉に、全員が目を見開いて口を噤んだ。

あのコートが屋敷の隠し部屋にあった以上・・・―――そして鉦幸が凶行に及んでいた可能性が高い以上、それは十分にあり得る事だった。

そういえば・・・と、安原が言っていた事を思い出す。

美山家の周辺の人たちは、鉦幸の慈善事業は悪巧みの隠れ蓑ではないかと言っていた、と。

想像していた以上の出来事に、麻衣は怒りのあまり拳を震わせた。

「し、信じられないっ!自分が助かりたい為に、人を殺すなんて・・・!!」

それほどまでに、鉦幸は病弱な身体を恨めしく思っていたのだろう。―――その執念は、恐ろしいほどである。

「なぁ、もしかして宏幸氏は知ってたんじゃないのか?自分の父親がここでやってた事をさ」

「ありうるな。それでここを封印し、増改築を繰り返して屋敷の奥深くに隠した」

『幽霊が出るから出ないようにするんだ』―――そう、宏幸氏は言っていたのだという。

それは自分の父親が殺した人たちの怨念が・・・という意味なのだろうか?

そこまで考えて、麻衣はハッと何かに気付いたようにナルへと視線を向けた。

「・・・ねぇ、鉦幸は死んだのに、なんで今も若い人たちが消えるの?もしかして、まだ・・・」

出来れば否定して欲しいと心の底から声がする。

しかしその予想はきっと外れてはいない。

昔と同じように今もまだ行方不明者が出るのなら・・・―――あの光景が、昔の夢だというだけではないのだとしたら・・・。

「・・・鉦幸はけして長命といえるほど長生きしたわけじゃない。さぞ無念だったろう。人を殺してまで長らえたかった自分の命は、結局長持ちしなかったわけだから」

そう、きっと鉦幸の執念は消えてはいない。

『死にたくない!』―――の脳裏に、何処かで聞いた声が甦った気がした。

「おそらく、失踪事件にここで殺された人間の霊は関係がない。鈴木さんは死んでいた。殺した者がこの家に住む霊なら、その悪霊は鉦幸・・・浦戸でしかありえない」

ナルの言葉に、麻衣は大きく目を見開く。

死にたくない、と声がする。

どうして、と。何故、と。―――死にたくないと、誰かが叫ぶ。

その叫び声から逃れるように、は両手で耳を塞いだ。―――けれど、まるで恨みのようなその声は頭の中に響いて消えてはくれない。

「浦戸はいるんだ。この家に・・・まだ。―――ここで、生贄を求めている」

そう、彼はきっと諦めてはいない。

自分が生きながらえる事を。

ずっと身近にあった『死』から逃れる事を。

どうして忘れていたのだろう?

あれほどまでに暗く、淀んだ、まるで心臓が締め付けられるような悲痛な叫びを。

死にたくない、と。―――きっと彼は、それだけを求めてきた。

「おい、。大丈夫か?」

耳を塞いで目を閉じていたに気付いた滝川が、心配そうに顔を覗き込む。

そんな滝川の姿に少しだけ安心したは、ホッと息を吐いて肩の力を抜いた。

「・・・大丈夫。うん、多分」

「なんだよ、その頼りない返事は」

呆れた様子で返しながらも、少しだけいつもの様子を取り戻したをみて滝川も安堵の息を吐く。

ここに来てからの様子が可笑しい事に、勿論滝川も気付いている。

それが何を意味するのかは、生憎と測り知ることは出来ないけれど。

「・・・ありがと、ぼーさん」

それでもはそう言って嬉しそうに微笑むから、滝川は何も言わずにぐしゃぐしゃとの髪の毛をかき混ぜて、安心させるように小さく笑った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

この辺りはただ原作をなぞっただけのような気がします。

出来る限り主人公を介入させようとは思うのですが、これだけシリアスになると下手に茶化すことも出来ません。(笑)

最初の頃に比べると、事件の質が格段に重くなって来てますよね。

ちょっと最初の頃が懐かしい・・・みたいな。(笑)

作成日 2008.1.14

更新日 2008.11.3

 

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