SPRと関わるようになってから、本当に色々な経験をするようになったとそう思う。

「あ、この辺だよ。大きい煙突があるかもって言ってた場所!」

苦労に苦労を重ねて作成した屋敷の見取り図を見ていた麻衣が、今立つ場所を指してそう声を上げる。

その声を聞いたナルは、同じく見ていた図面を確認してからリンの方へと振り返った。

「よし、リン」

ナルの指示に、リンは抱えていた機材を床に降ろす。―――どうやらそれで壁の向こう側を探るらしい。

「・・・や〜れやれだ。まさかほんとに壁ぶち壊すハメになるとはな」

「何言ってんの。ぼーさんが言いだしっぺのくせに。―――髪邪魔そうだからまとめてあげる。ちょっとかがんで」

大橋に借りた大工道具を肩に担ぐ滝川の服を引っ張り強引に屈ませたは、持っていたゴムで以前よりも短くなった髪の毛を軽く束ねる。

一度触ってみたかったんだよね〜・・・と鼻歌混じりに滝川の髪の毛を弄くると、されるがままになっている滝川を認めて、麻衣はニヤリと笑みを浮かべた。

「ぼーさん似合うね、そーゆーカッコ」

「お前も肉体労働担当だろーが。手伝えよ」

「やーん、あたしか弱いも〜ん。そんな重いもの持てな〜い」

からかうようにそう言う麻衣を見返して、滝川は悔しそうに拳を握り締めた。

いつだって肉体労働は自分たちの仕事なのだ。―――本当に不本意な事だが。

「でもほんとに、SPRと関わると息つく暇もないよね〜。よくもまぁ、次から次へと・・・」

滝川の言葉ではないが、まさか霊現象の調査に来て大工仕事をする羽目になるとは思ってもいなかった。

滝川の髪の毛を纏め終えたは自分の髪も簡単に束ねて・・・―――そうして機材で壁の厚さを測るリンの背中を眺めながら、呆れたようにため息を吐き出した。

 

意外な結末

 

「ナル、この壁が一番薄いようです」

しばらく経った頃、機材で壁の厚さを測っていたリンが振り返りながらそう言った。

どうやら出番が来たらしい。

「くぐれる程度の穴が開けばいい」

「あいよ」

当然とばかりに出される指示に、しかし滝川は素直に返事を返して大工道具を手に取った。―――ここで押し問答をしていても時間の無駄だ。

その傍らで、もなにやら腕まくりをしている。

そうして余った大工道具を手に取ったは、気合十分とばかりに声を上げた。

「よっしゃ!んじゃ、いっちょやりますか!!」

「つーか、お前もやんのかよ」

すかさず入る滝川の突っ込み。

確かにどちらかといえば頭脳担当に属するだろうも、いつの間にか肉体労働担当に摩り替わっていたが、しかし滝川は何も本気でや麻衣にこんな肉体労働をさせようと思っていたわけではない。

こういう作業は見た目よりも重労働なのだ。

しかしそんな滝川を見上げて、は当たり前だとでもいうようにニヤリと口角を上げる。

「トーゼン!ここに来てから、眠れないやらでそりゃもうストレス溜まりまくってんだから!これを機に存分に発散しないと!」

目が真剣だから、なおさら性質が悪い。

「つーか、お前寝てないだろ?」

昨夜は一晩中ミーティングをしていたのだ。

そうして早朝のこの時間に肉体労働。

流石にそれは体力的にもきついだろうと思うのだけれど、しかしはまるでなんでもないかのようにさらりと口を開いた。

「ぼーさんだって寝てないでしょ?―――っていうか、寝てないせいで余計にテンション上がってるんですけど」

確かに、今のは普段よりもかなりテンションが高いようだ。

きっと彼女は本気でストレス発散するつもりなのだろう。―――まぁ、それで本人がすっきりするなら他人がとやかく言う事ではないのだが。

「んじゃ、やるか」

簡単にそう結論付けて、滝川は工具を肩に担ぐ。

自ら進んでやりたい作業では勿論ないが、ここまでくれば仕方がない。―――もうこれしか取れる方法はないのだ。

そうして滝川は文句1つ言わないジョンと共に、リンが示した壁に穴を開けるべく工具を振り上げる。

それを横目に改めて工具を両手で握り締めたは、大きく息を吸い込んだ。

「一清の馬鹿ヤロー!」

静かなはずの空間に、壁に穴を開ける激しい音との怒鳴り声が響き渡る。

「人使い荒すぎなのよ!ちょっとは自分も働けー!!」

「・・・ちょっと、ちゃん」

「いっつも厄介事押し付けるなー!たまには人を労われー!!」

隣で頬を引き攣らせながらも笑う滝川の声は、どうやらストレス発散中のの耳には届かないらしい。

華奢なその身体の一体どこからそれだけの力が出てくるのか。

そういえば以前に武術の段持ちだと言っていた事を思い出し、滝川は1人納得する。―――どうやら体力はあるらしい。

しかしいくら薄いとは言っても、壁に穴を開けるなどそう簡単な事ではない。

「ご飯の最中に新聞読むなー!!それから・・・え〜っと・・・」

しばらくすれば、滝川の息も上がってきた。―――流石のも、荒く息を繰り返している。

それを認めて、状況を見ていたリンがシャツの腕を捲りながら歩み寄った。

「代わります」

「えっ!?リンさん、私のストレス発散代わってくれるの?」

日頃溜め込んでいた文句に思考を巡らせていたは、掛けられた声にパッと顔を上げる。

そのすっとぼけた返答に、しかしリンはピクリとも表情を変えないまま、の手から工具を取り上げた。

「作業を代わります」

「ああ、なんだ。そっちの事か」

漸く理解したは、そりゃそうかと1人納得する。

流石のリンでも、ストレス発散の代わりなど出来ないだろう。―――いや、見てみたい気もするが。

それでもやはり疲れていたは、素直にそれに応じた。

体力はある方だと自負していたが、流石に男性には敵わない。

リンと入れ替わりにしばしの休憩を取るとジョンを横目で窺いながら、滝川はチラリと背後の壁に背中を預けるナルへと視線を向けた。

「おーい、ナルちゃんは代わってくんないのー?」

「生憎手一杯だ」

「・・・さいで」

片手に持った懐中電灯で、片手に持った資料に目を通しながらさらりと告げる。―――まぁ、確かにその両手は塞がってはいるけれど。

はなっから手伝う気など毛頭ないだろうナルの返答に、怒りよりも先に呆れが生まれ、そうしてそれはいつしか感心へと摩り替わっていた。

流石はナル。―――もう、そうとでも思うより他ない。

しかし滝川とて体力が有り余っているわけではないのだ。

思わぬ重労働で身体は休息を訴えているが、それでもリン1人にだけこの作業を続けさせるわけにもいかない。

「ぼーさん、頑張れー」

「だからお前の応援は、いちいち感情がこもってないんだよ」

背後から掛かるの声援にそう返して、滝川は気力を振り絞って工具を振り上げる。

そうしてどれほどの時間、そんな作業に費やしたのか。―――少しづつ広がってきた穴を睨みつけながら、渾身の力を込めて工具を叩きつけた。

それと同時に響き渡る破壊音。

見事、人1人が通れるだけの穴を開けた滝川は、今にも崩れ落ちそうなほど荒い息を繰り返しながら、搾り出すように悪態をついた。

「どっ・・・どーだ、このヤロ・・・」

「誰に言ってんの、誰に」

あえて言うなら行く手を阻む壁に、だろうか。

そんな滝川と、そしてどうしてか涼しい面持ちを崩さないリンを他所に、ナルは暗闇で中を窺う事が出来ない穴の向こう側を覗き見てから振り返った。

「まず赤外線カメラで中の様子を見る」

「赤外線カメラね。・・・え〜と・・・ああ、これだ」

ナルの指示通りにカメラを手渡し、中を映しながら別のモニターでその様子を見る。

「・・・なに、これ」

「学校の焼却炉みたい・・・」

モニターに映し出されたのは、麻衣の言葉通りのもののように見えた。

何故こんなところに焼却炉があるのかはさておき、屋敷の中央部分から出ていた大きな煙突は、きっとこれのものなのだろう。

そうして赤外線カメラで中の様子を窺ったナルは、しばし考えた末に中へ入る事を決めた。―――目立った危険性はないと判断したのかもしれない。

「よし、じゃあ行こうか」

懐中電灯を片手に穴をくぐるナルを見届けたは、早速とばかりに自らも足を進める。

しかし穴に辿り着く前に、その行動は滝川によって止められた。

「・・・行くのは俺らだけ。お前は外で待ってなさい」

「えー!ここまで来て?」

何故かやる気満々のを呆れたように見返して、滝川は小さく息を吐く。

さて、この好奇心旺盛な彼女をどうやって諦めさせるか。―――それに頭を悩ませるが、名案は一向に浮かばない。

それでもをこれ以上先に進ませるわけにはいかなかった。

ここから先、一体何があるのか解らないのだ。

そんな滝川の気持ちを読み取ったのか、肉体労働に自分は関係がないと状況を眺めていた綾子がため息混じりに声を掛けた。

。ここはぼーさんたちに任せときなさいよ」

むしろ、こんな怪しい場所に自ら立ち入りたがるの気持ちの方が解らない。

そんな綾子の言葉に少し不本意そうな表情を見せていただったが、これ以上ごねるのも大人気ないと判断したのか、渋々・・・本当に渋々コクリと頷いた。

そうして穴の向こう側へと向かうナル・滝川・ジョン・リンの4人の背中を見送って、は今更ながらに疲れを感じつつ大きく伸びをする。

それほど暑い季節ではないとはいえ、密封されているだけに部屋の中は少々暑い。

その上に壁を壊すという運動をしたのだ。―――汗でベトついた身体に僅かに眉を潜めて、お風呂に入りたいなぁ・・・と場違いな感想を漏らす。

けれど久々に身体を思いっきり動かしたおかげか、気分は大分良い。

どうやらそれなりにストレス発散できたようだ。―――この爽快感がいつまで持つかは、彼女の上司次第だけれど。

「・・・わぁ!」

運動した事もあるが、時間的にもそろそろお腹が空いたなぁ・・・とが暢気にもそんな事を思ったその時、4人の入った穴の向こう側から大きな叫び声が聞こえ、と綾子はお互い顔を見合わせる。

「今のって・・・」

「ジョンの声・・・ね。―――って、ちょっと待ちなさいよ!!」

綾子が答えるや否や、は壁へと向かい走り出す。

それを慌てて引きとめながら、綾子は穴の向こう側へと視線を向けた。

「ちょっと、綾子!何で止めるかな!?」

「止めるに決まってるでしょーがっ!あんたが行ってどうなるってのよ!」

「・・・そこを突かれるとかなり痛いんですけど」

珍しく真剣な表情を浮かべて怒鳴る綾子に、我に返ったが気まずげに視線を泳がせる。

とて、自分が行ってもどうにもならない事くらい解っていた。―――むしろ、足手まといになるのだという事も。

それでもじっとしていられないのだ。

こういうところは、本当に頭脳派ではないと自分自身で痛感するけれど。

そうこうしている内に、ナル1人が穴の向こう側から姿を現した。

一体何があったのかと詰め寄る麻衣に、ナルはいつもと変わらない様子で口を開く。―――『警察を呼んだ方がいいな』と。

「警・・・って、なんで!?」

それだけで何かがあったのだと理解した4人は、少しだけ身体を強張らせつつもその答えを待った。

そんな4人をまっすぐ見返して、ナルは静かな声で告げた。

「死体がある」

 

 

ともかく死体を見つけた以上、そのまま放置しておくわけにはいかない。

すぐさま大橋に話があると告げ、そうして向かった大広間には、既にこの屋敷にいる霊能者たち全員が集められていた。

そこで調査の途中に死体を見つけた旨を伝えると、やはり・・・というか当然の事ながら大橋はさっと表情を青ざめさせる。

「・・・死体・・・ですか?」

その反応はまぁ、当然の事だといえた。―――普通に生活する中で、早々そんな物騒な話を聞く事などありはしない。

そんな大橋に向かい、しかしナルは淡々とした口調で事実のみを伝えた。

「おそらく2月に消えた2人のどちらかだと思います」

「そうですか・・・。し、しかし・・・警察を呼ぶ件については、とにかく先生に連絡を取ってみますので・・・」

代理としてこの場にいる大橋には、判断が下しにくい大事件なのだろう。

そもそもマスコミ関係には知られたくないという理由で、集めた霊能者を缶詰状態にしていたのだ。―――彼が上司に判断を仰ぐのも無理はない。

それでも死体が見つかった以上、最終的には警察に連絡する以外に取れる方法はないだろうが。

慌てた様子で広間を出て行く大橋の足音を聞きながら、五十嵐は戸惑ったようにナルへと視線を向けた。

「・・・あの、それはどこですか?」

「建物の西の方です」

場所など聞いてどうするつもりなのだろうか?―――それぞれの代表者が座るテーブルから離れたソファーに座りながら話を聞いていたは、訝しげに首を傾げる。

しかしナルの言葉を聞いた五十嵐は、驚いたように口元に手を当て声を上げた。

不思議な事に、それは僅かな歓喜が混じっているようにも聞こえる。

それに更に訝しく思っていると、五十嵐は興奮したように南やデイヴィス博士へと視線を移した。

「お聞きになりました?すばらしいわ!博士の予言どおりでしたわね!!」

五十嵐の言葉に、賛辞の言葉を掛けられたデイヴィス博士は戸惑ったように僅かに眉を顰める。

どうやらSPRの面々が知らないところで、何かがあったらしい。

「どういう事ですか、五十嵐先生?」

「さっき博士が予言をなさったんです。失踪者の行方をお聞きしたら、西の方にいるとおっしゃって。―――さすがは博士でいらっしゃいますわ」

鈴木失踪時に手酷くあしらわれた事も忘れて、五十嵐は賞賛の声を上げる。

「・・・予言、ねぇ」

それを興味なさげに聞き流しながら、はため息混じりに呟いた。

「なんだよ、その嫌味のこもった話し方」

「・・・べっつにー」

滝川から向けられる恨めしい視線もなんのその、は疲れたように息を吐く。

最初はサイコメトリは出来ないと言っていた博士の突然の予言。

しかも予言が『西の方』など、ずいぶんアバウトすぎるではないか。―――以前土の中に埋められた子供を助けたというデイヴィス博士の予言とはとても思えない。

それに加えて、五十嵐の賞賛の声に対して南と博士が浮かべる戸惑った表情。

騙すならもうちょっと上手くやればいいものを・・・と、心の中で独りごちる。―――もちろん、博士を敬愛している滝川の前では言えないが。

それになにより、五十嵐は一番大切な事を忘れている。

「・・・先生、おわかりになられてますか?」

まるで子供のように無邪気に喜ぶ五十嵐へ、ナルは常と変わらない口調で告げた。

「2月に失踪した人間が死んでいる以上、他の失踪者にもほとんど生存の望みはないと思われます」

ナルの言葉に、笑顔を浮かべていた五十嵐がさっと表情を強張らせた。

明るかった顔色は、すぐさま真っ青に染まる。

「・・・鈴木さんは、死んでいるとおっしゃるの?」

震える声で、五十嵐がそう問い掛けた。―――その声色は、否定して欲しいと懇願しているようだ。

けれどたちは知っている。

鈴木がもう、生きてはいない事を。―――それを、知ってしまった。

「鈴木さんに限らず、厚木さんと福田さんもおそらくは・・・」

残酷なようだけれど、事実は事実として伝えなければならない。

誤魔化していても仕方がないのだ。―――そんなナルの言葉に、南もまた表情を強張らせた。

「で、でも・・・2月の失踪は・・・あれはずいぶん前のことでしたでしょう?きっと道に迷って・・・」

「あの部屋に迷い込む事は出来ません。外から完全に密閉されていました。ぼくらも壁に穴を開けて入りました。―――つまり、迷い込んだり出来る場所ではないんです」

それでも諦めきれないのか言い募る五十嵐に、ナルは淡々と告げる。

それに絶望の悲鳴を上げる五十嵐の傍らで、激しい物音が聞こえた。

ふと視線を向ければ、怒りにも似た表情を浮かべた井村が立ち上がり踵を返している。

「・・・わしは帰るぞ!失踪者どころか、自分の命が危ういわ!」

「井村さん!」

引き止める声も振り切り、井村は足早に広間を出て行った。

ある意味、彼の判断は正しい。―――まずは自分の身の安全の確保が最優先だ。

そんな中、南の助手の1人である年配の女性が、怯えた表情で南へと声を掛けた。

「あの、会長・・・。私たちも帰った方が・・・」

「え?・・・ああ、そう・・・そうだな。―――さ、博士・・・」

「ちょっと待ってください!!」

助手の言葉に、我に返った南はすぐさま席を立つ。―――そうしてそのまま博士を連れて広間を出て行こうとする彼らに声を掛けたのは麻衣だった。

「厚木さんと福田さんを捜してあげないんですか!?」

確かに鈴木は死んでいた。

それはリンの『魂よばい』で知ってしまった。

けれど厚木と福田は違うのだ。―――たとえ生存の可能性がどれほど低くとも、それはゼロではない。

仲間だったのならば、何故捜そうとしてやらないのか。

非難の目を向ける麻衣を見返して、南は怯んだように・・・けれどキッパリと言い切った。

「そ、そりゃ捜して無事な姿が見つかるならそうしますがね!このままじゃ被害者が増えるだけでしょう!?」

南の言葉に、麻衣は信じられないとばかりに目を瞠る。

確かに南の言っている事は間違いではない。

間違いではないけれど・・・―――けれど人間としてどうなのかとそう思う。

それでは、見捨てると言っているようなものだ。―――そうしてそれが当然の事だと。

こんな状況では、誰だって怖い。

それは痛いほど解っているけれど・・・。

「ま・・・待ってください、博士」

反論したいけれど言葉が出てこない麻衣を前に、あまりの事実に呆然としていた五十嵐がふらりと立ち上がり博士へと歩み寄った。

「おねがいです、お力を貸してください。どうか・・・どうか鈴木さんを捜してくださいまし」

今にも倒れそうなほど蒼白な顔色で、五十嵐はそう言い募る。

たとえ生存の可能性がなくとも、見つけてあげたいとそう思っているのだろう。

「お願いします、デイヴィス博士!!」

そうして尚も歩み寄り縋るように手を伸ばす五十嵐を前に、博士は困惑と恐怖に引き攣った面持ちで、伸ばされた手を払いのけた。

「ワ、ワタシはちがいます。―――ワタシはデイヴィスちがいます!」

そう声を上げ、博士・・・その男は更に言葉を続けた。

「名前はレイモンド・ウォールです。博士ではないです!西いったのもウソです!そういっただけです!南サンが『デイヴィスといえ』といっただけです!!」

訛りのある日本語でそう捲くし立てるレイモンドと名乗った男の隣で、南は羞恥からかそれとも怒りからか顔を赤らめている。

「ワタシ帰ります!もう帰ります!!」

「あっ、おい、君!!―――待ちたまえ、おい!!」

そうしてまるで逃げるように広間を飛び出してく男を追って、南も同じく逃げるように走り去っていった。

そんな南たちを呆然と見つめていた五十嵐は、耐え切れないとばかりにその場に座り込み、両手で顔を覆って泣き出してしまった。―――その傍らに座り込み心配そうに五十嵐を見つめる麻衣を認めて、はチラリと横目で隣の男を窺う。

五十嵐とは大分様子は違えど、こちらもかなりの衝撃とショックを受けているようだ。

「ま、そんなこったろーと思ったわよ」

最初から怪しいと疑っていた綾子は、しっかりしなさいと滝川の背中を叩く。

しかし魂が抜けたように呆然とする滝川には、残念ながらその声は届いていないようだった。

そんな様々な思いが渦巻く中で、しかし彼だけは一切動じた様子などなく、座り込む五十嵐を見据えて口を開く。

「五十嵐先生。先生もお帰りになった方がいいと思います。この家は危険だ、出た方がいい。―――ぼくらも引き上げます」

「えっ!?」

さらりと告げられた今後の方針に、五十嵐ではなく麻衣が驚きの声を上げた。

確かにナルの言う通り、この家は危険だ。

出来るならば、この家の中にはいない方がいい。―――それは解っているけれど、「はい、そうですか」と納得できるはずもなく、麻衣は非難の声をあげた。

「ちょ、ちょっと!他の失踪した人たちはどうするの?ほっぽって帰るつもり!?」

「全員死んでいる。捜しても望みはない」

しかしこちらもあっさりと言い返され、麻衣は思わず言葉を飲み込んだ。

厚木と福田は未確認だが、確かに鈴木はもう死んでいた。―――彼女が死んでいる以上、同じ状況で行方不明となった残りの2人の生存も難しいだろう。

「家の中は捜しつくした。失踪者は閉ざされた部屋の中にいるとしか思えないし、事実そうだった。浦戸がどうやって犠牲者を壁の向こうに連れ込んだのかは解らない。生身の人間が壁を通り抜けたり出来ない以上、空間を捻じ曲げるかどうかしたとしか思えない。それがどれだけの力を必要とするか解るか?」

静かな声色で問い掛けられ、思わず息を飲む。

ナルの言う通りだ。

生身の人間は、壁を通り抜けられない。

それでも犠牲者が壁の向こう側にいたという事は、きっとそういう事なのだろう。―――その方法は解らないし、それがどれほどの力を必要とするのかもには解らなかったが、それが尋常ではない事は十分に理解できた。

「奴は恨みを晴らしたくて彷徨ってるわけじゃない。この世に未練や心残りがあるわけでもない。奴はただ単に生き延びたいだけなんだ。その為に獲物が必要だから狩っている。これはもう亡霊とは言わない。『鬼』『悪魔』『妖怪』なんでもいい。そういう化け物なんだ」

化け物、という言葉に背筋がぞっとした。

死にたくない、と声がする。

闇の・・・最も深いところから、彼はその手を伸ばしている。

「僕は幽霊を狩る方法は知っていても、化け物を狩る方法は知らない。除霊は不可能だ。―――それとも、この中に奴を狩る方法を知っている者がいるか?」

不意に問い掛けられ、滝川・綾子・ジョン・はそれぞれ顔を見合わせた。

「え!?っていうか、それって私も入ってるの?」

「・・・当たり前でしょーが」

「んじゃ、無理。絶対無理。大体、私にそんな高等なマネが出来るわけないでしょ」

「だから威張るなよ・・・」

胸を張ってそう告げるを呆れたように見つめつつ、滝川は深くため息を吐き出した。

「・・・俺にも出来ん。壁に人間を通すような力を持ってる奴をねじ伏せるほどの能力はない」

「アタシにも無理。条件が悪すぎるもの」

滝川に続いて、綾子もまたお手上げとばかりにそう告げる。

彼らにしては意外に謙虚な気もするが、ここで意地を張っても仕方がない。

それに続いて、最後に残ったジョンもまた真剣な面持ちで口を開いた。

「・・・ボクもです。―――神の栄光を恐れない者を封じる事は出来ません」

つまりは、ここにいる全員に除霊は不可能だという事だ。

むしろ、それが出来るという人間がいるのならお目にかかりたい。

「・・・そんな」

普段はどれほど根拠がなくとも自信に満ち溢れているように見える彼らの言葉に、麻衣は更に恐怖を感じたのか身体を強張らせる。

そんな麻衣を横目に、ナルは椅子の背もたれに身体を預けるように肩の力を抜きながら更に口を開いた。

「ただ、ひとつだけ奴には弱点がある」

「・・・弱点っていうと?」

「奴はこの家から出る事が出来ないんだ」

の合いの手に、ナルはキッパリとそう言い放つ。

それがどうしたと訝しげに首を傾げる麻衣を他所に、はなるほどとひとつ頷く。

まどかも、家の周囲は安全だと言っていた。―――失踪事件が起こる前は、子供たちの遊び場だったと。

「浦戸は生前、この家の中で殺戮を繰り返した。それで奴は今も家そのものに拘ってるんだ。捕らわれていると言ってもいい。だから家の外まで人を狩りには行けないんだ」

「おそらく」

滝川の推測に、ナルもまた小さく頷いた。

きっとその推測は間違っていないに違いない。

これほど凶悪な悪霊がいるのだ。―――そうでなければ、この周辺では行方不明事件が絶えないに違いない。

ナルの同意を得て、滝川はチラリと麻衣へと視線を向けた。

「なるほどな。だったら麻衣でも除霊出来るぜ」

「ほあ!?」

突拍子もない滝川の言葉に、麻衣は目を瞠って勢いよく振り返る。

自分にも除霊が出来るとは一体どういう事なのか。―――自慢ではないが、麻衣は今まで一度だって除霊などした事がない。

驚く麻衣を見返して、滝川はからかうように口角を上げる。

「簡単だよ。家を燃やせばいいんだ」

「も、燃やす?」

「奴が家に縛られて逃げられないなら、家ごと燃やしちまえばいい。炎によって浄化できないものはないからな」

「焼けアトに残っちゃったりしたらどーすんの!!」

あっさりとそう言い返され、麻衣は抗議の声を上げた。

焼け跡に残った悪霊。―――ビジュアル的にも、これほど恐ろしい事はない。

それを想像して・・・そしては思わず苦笑いを浮かべた。

見た目的には恐ろしいが、これほど間抜けな事はないだろう。

そんなの考えを読んだのか、滝川も同じく苦笑いを浮かべながら口を開く。

「ないだろうな。奴が拘ってんのは場所じゃなくて家そのものだからさ」

「警察を呼んで家を解体すれば、失踪者は発見できる。それは僕らの仕事じゃない」

家の解体作業の途中で、新たな失踪者が出なければいいが。

キッパリと言い切るナルに、考え込むようには眉を寄せた。

確かにそれは自分たちの仕事ではない。

しかし、どうもナルらしくないとも思う。―――まぁ、無茶をしない慎重ぶりは彼らしいと言えなくもないが。

「で、逃げて帰るわけか。ナルちゃんらしくねー」

「逃げるんじゃない。ぼくらの仕事は終了したんだ」

同じ事を考えていたのか、からかうような笑みを浮かべる滝川に、しかしナルはチラリとも表情を変えずに当たり前とでも言うようにさらりとそう言い放った。

その発言に全員が目を丸くする中、涼しげな面持ちでナルは言葉を続ける。

「ぼくがここに来たのは、大橋さんの依頼を受けたからじゃない。依頼自体はさして興味を引かれなかったし、現在もさほど面白い事件とも思えない。―――ぼくはまどかの依頼を受けたんだ」

「も・・・森さんの?」

「そうだ」

頬を引き攣らせながら問う麻衣にも、ナルはキッパリとそう告げる。

まどか曰く、『南心霊調査会ってところが、オリヴァー・ディヴィス博士の偽者を連れて歩いてるらしいのよね。ちょっと調べてみて欲しいんだけど』らしい。

「ぼくらの仕事は今終了した。危険を冒してここに残る理由がない」

今になって明かされた事実に全員がぽかんとする中、ナルは何食わぬ顔で立ち上がり、全員に撤収を命じる。

その飄々とした様子を呆然と見つめていたは、ハッと我に返ると盛大に頬を引き攣らせながら精一杯の笑顔を浮かべた。

「・・・という事はなに?私たちはナルの『大して興味を引かれない上に今以て面白い事件だとも思えない』っていうそれに付き合わされて、散々屋敷の平面図を作るために駈けずり回った挙句、悪夢見て眠れなかったり死にかけたりしたってわけ?」

「・・・気持ちは解るが、ちょっと落ち着け」

滝川も同じくらいの憤りを抱いているはずだというのに、さすがにの剣幕にタイミングが殺がれたのか、慌てて止めに入る。

しかしそんな滝川の宥める声もそのまま流して、はこれまでの鬱憤を晴らすかのように大声で叫んだ。

「これが落ち着いてられるかー!こっちは入学したばっかりだってのに大学休んでまできてるんだよ!?いつもの事だからお礼を言えとは言わないけど、これってあんまりなんじゃないの!?」

「そ、そうだよ!たっ・・・たばかったな、テメー」

「麻衣、言葉遣い乱れてるわよ」

こちらも我に返ったと同時に怒りが込み上げたのか、ジロリとナルを睨みつけつつ呟く麻衣に、滝川同様怒りのタイミングを外した綾子が控えめに突っ込みを入れる。

しかし怒りを露わにする2人をチラリと横目で見やったナルは、悪びれた様子もなくシレっと呟いた。

「戦略上の秘密という奴だ。この中には腹芸の出来ない人間がいるだろう?」

「失礼な!自慢じゃないけど、私は腹芸は得意よ!」

「ほんとに自慢じゃねーな、それ・・・」

横でボソリと呟く滝川を睨みつければ、肩を竦めて笑ってみせる。―――確かに、自慢できるような事ではない事は確かだろうが。

そんなと滝川の無言の攻防戦の傍らで、おそらくはナルの指摘は自分に対するものだろうと認識した麻衣が、とうとう怒りを爆発させた。

「えーえ、そうですとも!あたしはナルと違って人を騙すのだいっきらいだからね。―――・・・そーゆーわけで」

言い放つと同時に、麻衣はクルリと後ろを振り返る。

そうして突然始まったSPRの面々の喧嘩に呆然としていた五十嵐を見つめて、麻衣は突然ガバリと音がしそうなほど勢いよく頭を下げた。

「ごめんなさい。あたしウソついてました!うちの所長も偽者です!!」

「麻衣!」

「ほんとはこいつが渋谷一也なんです。―――・・・ねー?」

ナルの制止の声も間に合わず、勢いに乗ってそう言い放った麻衣は引き攣った笑みを浮かべつつナルに向かい同意を求める。

突然の暴露に呆然とする五十嵐を前に、ナルは諦めたようにひとつため息を吐き出した。

口から出た言葉は、もう戻らない。

さすがのナルでも、それを五十嵐の脳から消すことは出来ないのだ。

「・・・結局は言ったもん勝ちって事だよね。覚えとこうっと」

「あはは・・・。、ナルがこっち睨んでるから、発言はもうちょっと控えめに頼むぜ」

感心したように頷くを横目に、ナルの冷たい視線を一身に浴びる滝川は強張った笑みを浮かべる。

そんな2人を見つめてもう一度ため息を吐き出したナルは、不機嫌そうな面持ちそのままに上から麻衣を見下ろした。

「・・・撤収の準備を始める。荷物を纏めろ」

「はい、所長」

助手らしい打てば響くような声色で、麻衣は輝くような笑顔で答えた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ようやっとここまで来ましたか。

本当に長かったですよね。(もう終わったみたいな言い方)

いや、でもこれからまだ大仕事が残ってます。このお話のほぼメインとも言える場面が控えてますので。

それ以前に、散々書き散らしたナゾも何とか収拾つけなくては・・・。(そこが問題)

作成日 2008.1.20

更新日 2008.11.17

 

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