少し1人になりたい。

そう言って廊下へと出た真砂子が、忽然とその姿を消した。

撤収を前にした突然の事件に、全員が屋敷内の見取り図を手に真砂子の捜索を開始する。

何処かで道に迷っているだけであるならいい。

こんな状況で真砂子が出歩いたりしない事を理解していながらも、全員がそんな想いを胸に彼女の姿を探した。

けれど、心のどこかでは思っていたのかもしれない。

自分たちが行ける場所を探しても、真砂子は見つからないのかもしれないと。

闇の中で笑う悪魔。

悪魔の為にいけにえを狩る男たち。

ゆっくりと伸ばされた手に捕らえられた者の、その行き着く先は・・・。

「真砂子!返事して、真砂子っ!!」

声の限り叫んでも。

どこを捜しても、どれほど歩き回っても。

 

それでも、真砂子の姿を見つける事は出来なかった。

 

最悪の展開

 

「どうして1人で行動させたんだ」

屋敷内のあらかたの捜索を終え、それでも真砂子を見つける事が出来なかった滝川・・ジョンの3人は、それぞれ嫌な予感を拭い去れないままベースへと戻ってきた。

それと同時に聞こえてきたナルの声に、3人は顔を見合わせる。

「・・・ごめんなさい」

うなだれた様子でそう告げる麻衣の顔色は悪い。

こんな時でさえ・・・―――否、こんな時だからこそ、ナルの声色は冷静そのものだ。

そこに麻衣の判断を咎める色はあっても、責める色はどこにもない。

だからこそ、余計に辛かった。

いっその事、感情のままに怒鳴ってくれれば良かったとさえ思う。―――もっと怒ってくれれば・・・。

「・・・おう」

そんな張り詰めた空気を破るように、滝川がナルへと声を掛ける。

するとナルは漸く3人の帰還に気づいたのか、声に引かれるままに視線をそちらへと向けた。

「どうだった?」

「だめだな。そっちは?」

「見つからなかった」

あまり芳しくない報告に、全員の表情に暗い影が落ちる。

ここで行方不明になった霊能者は、残念ながら発見されていない。―――しかし3人の内の1人、最初の行方不明者である鈴木の死亡は既に確認されている。

だとするならば、他の2名の生存もほぼ望めないという事だ。

そしてこのまま時が経てば、4人目の行方不明者である真砂子もまた・・・。

そこまで考えて、はブルリと身体を震わせる。

そんな事はあってはならない。―――そうならないために、何とかしなくては。

「・・・こうなると、空白部分のどこかにいるとしか考えられないな」

真砂子を除く全員が揃ったのを見て、ナルは考え込むように口元に手を当てながらそう呟いた。

これだけ捜して見つからない以上、それしか考えられない。

「どうする。また壁をぶち壊すか?」

「それしか・・・」

滝川の提案に、ナルは仕方がないとばかりにそう呟いた。―――空白部分への道がない以上、それしか方法はない。

しかしちょうどその言葉を遮るように、どこからかノックの音が聞こえた。

それにぐるりと視界を巡らせると、窓の外に見慣れた2人の姿がある。

「まどか・・・」

「・・・安原くん」

周辺の聞き込みを担当していたまどかと安原が、部屋の中の様子を不思議そうに見つめている。

そんな2人を窓から招きいれ、そうして現在の状況を説明し終えると、2人は揃って顔を見合わせて苦々しい表情を浮かべた。

「聞き込みから帰ったら『撤収する』っていうメッセージがホテルに入ってたんで、手伝おうと思って来たんですけど・・・―――まさかこんな事になってるとは・・・」

想像もしていなかったに違いない。

確かにこの家は危険だった。

次々に行方不明になる霊能者たち。

そしてその一部の人間は、既に命を落としている可能性が高い。

しかしそうであっても、不思議と自分たちは大丈夫なのではないかと根拠のない思いを抱いていたのも確かだった。

その為の対策もとっていた。

それがどれほど効果を発揮するのかはさておき、大概の場合において、自分は大丈夫だろうと根拠のない確信を抱く人はそれほど少なくないはずだ。

それが大きな間違いである事に気付くのは、大抵事が起こった後なのだけれど。

「それで?何か解りましたか」

「あ、はい」

苦々しい思いを抱いている安原に向かい、ナルは普段と変わらない様子でそう問い掛けた。

先ほど安原が言っていた『聞き込みから戻ったら・・・』という言葉が気になるのだろう。

それに慌てて頷いて、安原は先ほどの聞き込みで得た情報を思い出しながら口を開いた。

「例の・・・慈善病院の付属施設が閉鎖された時、そこで介助者の手伝いをしてたって人を見つけました」

「・・・って、明治時代だろ?いくつだよ?」

「ええ、だからかなりのご高齢でしたけど、昔の事はよく覚えてましたよ。当時は10歳そこそこだったそうですけど」

きょとんとする滝川に笑いかけて、安原は更に言葉を続けた。

その人の話だと、施設を出た者は、そこにいた間にもらった物の分のお金を返さなければならなかったらしい。

それでもそこで暮らしていたのは、施設でお世話になるくらい生活に困った人たちなのだ。

当然お金など持っていない者たちばかりで、夜逃げ同然に施設を抜け出す者が多かったのだという。

しかしすべての人が逃げ切れたわけではない。

捕まってしまった人たちは、そのまま鉦幸の山荘・・・この家へと連れて行かれたのだ。

そうして、連れて行かれた者たちが戻ってきた事は一度もない。

そこで何があるのかはその者たちには知りようもなかったけれど、みんながこの家を怖がっていたのだという。

「・・・なるほど。こちらの推測も、あながち外れではなさそうだな」

ナルの呟きに、全員の脳裏に隠し部屋で見つけたコートが甦った。

施設で支給されていたというコート。

そして、そのコートの中にあった紙幣に書かれてあった、警告を示すメッセージ。

きっと、鉦幸はそうやって逃げ出した施設の人間までも、己の欲望の為のいけにえにしたのだろう。

「やだ・・・どうしよう。まさか真砂子まで・・・」

「だいじょうぶだって!とにかく捜そう!」

更に顔色を悪くし、とうとう両手で顔を覆ってしまった麻衣に、綾子が活を入れるように声を上げる。

その傍らでナルと向かい合っていた滝川が、そんな麻衣を見かねてその手を伸ばした。

「そーよ。あたいたちがしっかりせんでどーすんの。んー?」

「・・・う」

「返事は?」

「・・・あい」

滝川に両頬を挟み込まれた麻衣は、恨めしそうに滝川を見上げながらも返事を返す。

そうだ、ここで落ち込んでいても仕方がないのだ。

真砂子の行方が不明になってから、まだそう時間は経っていない。

今ならば、彼女を無事に助け出す事が出来るかもしれない。

それに真砂子とて一流の霊能者であり、今回の事件の真相も知っている。―――彼女ならば、悪霊を相手にしても時間稼ぎできるかもしれない。

そう信じる事に決めて、は気合を入れるように強く拳を握り締めた。

「ちゅーわけで、どっから壊す?」

「とにかく手近な空白部分からかかろう。安原さん、まどか、手伝ってください」

「はい」

ナルの指示に合わせて、全員が行動を開始する。

「リン、来てくれ」

そんな中、ナルは作業の準備を滝川に任せて、クルリと踵を返した。

「・・・ナルちゃん?」

「原さんの荷物を見てくる。先に行っててくれ」

「はぁ!?荷物ったって・・・」

こんな時に荷物なんか確認してどうするんだよ・・・と滝川の口から疑問が零れる前に、ナルとリンは慌しくベースを出て行った。

その後姿を呆然と見送って・・・―――訳が解らないとばかりに首を傾げている滝川を見かねて、が強引に彼の腕を引いた。

「とりあえずナルたちの事は置いといて、早く準備しよう」

「あ、ああ。・・・そうだな。んじゃ、機材を手分けして持ってこーか」

の言葉に気を取りなおした滝川が、全員に向かいそう指示を飛ばす。

その傍らで、はホッと息を吐いた。

ナルがしようとしている事に効果があるのかはさておき、今は一刻の猶予もならない。

今はただ、やれる事をするだけだ。

「・・・真砂子、無事でいてよ」

何処かにいる真砂子へ言い聞かせるように、は心からそう呟いた。

 

 

しかし思っていた以上に、作業は難航した。

屋敷の空白部分へ行くためには、壁を壊さなければならないのだ。

けれどそんな適当な壁がすぐに見つかるわけでもなく、漸く見つけて壁を破壊しても、そこは先に進む事の出来ない空洞ばかり。

「・・・まずいな。半日が過ぎちまった。―――おい、次は?」

「いま調べてる」

腕時計を確認した滝川が、焦れたようにため息を吐き出す。

時間が経てば経つほど、真砂子の身の危険は増していくのだ。―――すぐにでも助けに行きたいのにそれすらままならない状況に、全員の様子に焦りが滲み出した。

「場所は合ってるんだろうな?」

「測量結果が間違っていなければ、この周辺の部屋が隠しているのは例のX階だ。ただ、破れそうな壁がない。だから捜してるんだ」

「X階・・・1階の下にもう1階あるって奴ですね」

階段の段数や床の傾き具合で上手く誤魔化されているが、そこに空間があるのはナルによって実証済みである。―――もちろん、実際に測定したのは滝川たちだけれど。

ナルの言う通り、見やればリンが機材を使って壁の厚さを測っていた。

早く早く・・・と心の中で祈りながらリンを見つめていると、の傍らに立っていた麻衣が焦れたように口を開いた。

「ねぇ、いちいち調べるよりも手当たり次第に壊した方が早いんじゃない?」

「最終的にはこっちの方が早い」

しかし麻衣の発言も、ナルの一言によってあっさりと一蹴される。

確かに麻衣の気持ちも解るが、そこを壊して中に侵入できるという確信がない以上、衝動に任せて行動するべきではない。―――壁を壊すのが人の手である以上、無駄な体力消耗は避けるべきだ。

それが解っているからなのか、麻衣はグッと口を噤んでリンを見つめた。

今はただ、リンが早く壁を壊せる部分を見つけてくれる事を祈るしかない。

麻衣がそう自分に言い聞かせたその時、焦りを抑えられなくなったのか・・・滝川が傍らに立つ綾子に向けて深いため息を吐き出した。

「ったく・・・。大体、お前は帰るっつってんのになんで風呂なんか入るんだよ」

「ちょっ!その事は謝ったじゃない!!」

「緊張感が足りねぇんだよ、オメーは!!」

「ちょっと!2人ともやめてよ!!」

そうして焦りを吐き出すかのように喧嘩を始めた滝川と綾子を見て、はあわてて制止に入る。

しかしそれでも2人は止まらない。―――そうしている内に、こんな状況だというのに喧嘩を始めた2人に、も苛立ちが募ってきた。

今は喧嘩をしている場合じゃないのだ。

そんな事をしても、今更過去に戻れない以上はどうしようもない。

それに・・・としても、綾子を責める事など出来ないのだ。

綾子がシャワーを浴びに行った事も知っていたし、ナルから1人で出歩くなと言われてもいた。

それなのには、真砂子と麻衣を2人にして部屋を出たのだ。―――本来なら、自分の事など後回しにするべきだったというのに・・・。

後悔と、焦燥感と、苛立ちと・・・そんなものが渦巻く中、もまた聞こえてくる2人の言い合いに耐え切れないとばかりに口を開きかけた時だった。

「・・・あらあらあら」

耳に飛び込んできた気の抜けた穏やかな声に、はきょとんと目を丸くする。

引かれるように振り返れば、そこにはいつもと変わらない笑顔を浮かべたまどかが3人をじっと見つめていた。

「3人とも、落ち着いて。焦るのは解るけど、言い争っても始まらないわよ。それより一刻も早く原さんを見つける事考えましょ。―――ね?」

そうしてパッと笑顔を浮かべたまどかに、3人は目を丸くしつつも顔を見合わせて。

「・・・だな。悪かったよ、イライラしちまって」

「ア・・・アタシも、悪かったわ」

気まずそうな表情を浮かべながらも素直に謝罪する滝川と綾子を認めて、は驚きに目を見開いた。

かつてこの2人が・・・特に綾子が、こんなにも素直に謝った事があっただろうか?

「・・・すごい、まどかさん」

「そ〜う?うふふ、褒められちゃったわね」

尊敬の眼差しを向けるを見やり、まどかは嬉しそうに微笑んだ。

ただそれだけだというのに、何故かホッとする。

やっぱりまどかはすごい・・・と改めてそう思い、は気が抜けたようにその場に座り込んだ。

ちゃん、ずいぶん疲れてるみたいね」

「そんな事ないですよ」

「そうかしら?あなたにはここの空気は辛いんじゃないの?」

座り込んだに合わせてしゃがんだまどかは、気遣うように柔らかな声を向ける。

まどかの言う通りだった。

この家に来た当初から、この家の空気はどこか淀んでいるように思えて、には少し息苦しかったのだ。

それでも時間が経てば慣れてきたし、それほど苦痛には感じなかったのだけれど・・・。

いつからだろうか。―――その空気が、濃くなってきたように思い出したのは・・・。

そう思考を巡らせて、そうしては思い当たった事柄に納得したように頷いた。

あの夢を見た時からだ。―――あの、残酷で悲しい悪夢を見た時から。

それでも測量に参加したのは、じっとしているのが苦痛だったからだ。

動いていれば、思い出さずに済む。

誰かと一緒にいれば、安心する事が出来たから。

「少し休んだら?動きがあったら起こしてあげるから」

「でも・・・」

チラリと滝川たちを見やり、はフルフルと首を横に振る。

徹夜で身体が辛いのは、他のみんなも同じなのだ。―――見ているだけの自分とは違って、壁を破る作業をしている彼らの疲労は想像以上だろう。

そして・・・大きくなっていく不安もまた。

「でも、ちゃんが起きてても眠ってても、作業の進行には関係ないわ」

しかしただ首を横に振るに、まどかはキッパリとそう言い放つ。

それに思わず目を丸くしたは、何度か瞬きした後・・・思わず苦笑を浮かべた。

「・・・はっきり言うなぁ、まどかさんってば」

「うふふ」

可愛らしく笑うまどかを見やって、も小さく笑みを零す。

まどかの言う通りだ。

彼女の気遣いも、そして向けられた現実も、すべては真実なのだ。

「ね、ちょっとおやすみなさい。体力は出来る時に回復しておかないと」

更にそう言い募られ、は反論する事も諦めて小さく頷くと、壁に背中を預けて静かに目を閉じた。

まどかの指摘通り、体力も・・・そして気力も限界だった。

せめて今だけは、何の悪夢も見ずに。

そうして・・・次に目が覚めた時は、真砂子の下へ続く道が開けているといい。

そんな希望を抱きながら、は襲い来る睡魔にその身を委ねた。

 

 

「・・・あれ?」

辺りを見回して、小さく首を傾げる。

自分の周りには、他の誰の姿もない。―――いつの間にこんなところへ来たのだろうと、は薄暗い廊下にぼんやりと立ちつくしながら、もう一度不思議そうに首を傾げた。

自分は確か、滝川たちと一緒にいたはず。

だというのに、どうして彼らの姿がないのだろう?

もしかして置いていかれたのだろうか?―――もしそうなら後で絶対お仕置きしてやると心に固く誓って、行く当てもないままは足を踏み出す。

「ここ・・・どこだろ?」

何故か見覚えがあるような気がした。

それでもこれまで調査としてこの家中を歩き回っていたのだから、見覚えがあって当然だろうと簡単に結論付ける。―――今は、何かを考えることすら億劫だ。

そうしてこちらも何故か見慣れたドアを見つけ、は躊躇いなくその扉を押し開ける。

その瞬間、はギクリと身体を強張らせた。

この部屋を、彼女は知っている。―――思い出したくもないそこは、残酷な儀式が行われていた・・・。

「もう少し・・・もう少しだけ待ってて!絶対助けに来るから!!」

中に入るのさえ躊躇っていたの耳に、聞き慣れた声が届く。

それに引かれるように恐る恐る中へと足を踏み入れると、そこには行方不明になっている真砂子と・・・そしてそんな彼女の前にしゃがみこむ麻衣の姿があった。

「・・・麻衣?」

「え?・・・、なんで!?」

「いや、それはこっちのセリフなんだけど・・・」

思わずいつも通りに言葉を返して、は改めて驚きの表情を浮かべる麻衣と俯いたままの真砂子を見やる。

そうしては漸く理解した。―――これはきっと、夢なのだと。

それがの願望の見せるものなのかは解らないが、これは夢に違いない。

そうでなければ、こうして真砂子の姿を見る事など現時点では不可能だ。

そうしてが1人納得していると、俯いていた真砂子が僅かに顔を上げた。―――やはりというかなんというか、彼女の顔色は酷く悪い。

「・・・さっきまで・・・ここにいたんですのよ、ナルが。ここで励ましてくれたんですの。とっても素敵に笑うんですのよ。―――可笑しいでしょう?」

ナルが、ここにいた。

ここにいて、真砂子を励ましていた。

そんな真砂子の言葉に、の脳裏に幾度も夢で会ったナルの姿が甦った。

ナルによく似た・・・けれどナルではないような雰囲気を持つ青年。

真砂子がそういうのならば、きっとそれは本当なのだろう。―――彼がここにいて、真砂子をずっと守っていたのだ。

強張った面持ちのままそう呟く真砂子に、麻衣は無言で首を振る。

「・・・良かったね」

一言そう告げれば、真砂子は柔らかく微笑んだ。

こんな状況であるというのに、その笑みはとても綺麗なもののようにの目に映った。

しかし次の瞬間、真砂子は絶望したように両手で顔を覆い俯いてしまう。

心配げに彼女の名を呼びながら手を伸ばした麻衣の声に促されるように、真砂子の瞳からはらはらと透明な雫が零れ落ちた。

「・・・これは夢なのね。あたくし・・・ひょっとしたら死んでいるのかもしれませんわ。自分では解らないだけなのかも」

「・・・そんな事言っちゃダメ!!」

真砂子の弱音に、麻衣は焦ったように声を上げる。

ここで諦めれば、それは本当になってしまうかもしれない。―――そんな事は絶対にさせられない。

どうしようかとせわしく視線を彷徨わせる麻衣の背後に立っていたは、呆れたようにため息を吐き出し口を開いた。

「何言ってんの。死んだのを自覚してない地縛霊は今までいっぱい見てきたけど、死んだ事を自覚してる地縛霊なんて今まで見た事ないわよ。―――真砂子だって本当は解ってるんでしょ?」

の強気な発言に、真砂子は僅かに目を丸くしながら顔を上げた。

その頬に残る涙の跡が痛々しい。

「そうでしょう、真砂子」

それでもそう強く言い放てば、真砂子は困ったように俯いた。

「・・・そう、かしら?」

「そうよ。だから真砂子は、ここで自分の身を守りながら私たちを待ってればいいの」

心持ち明るくそう告げれば、真砂子は僅かに微笑んだ。―――それはかなり無理をした笑みではあったけれど、辛い時こそ笑わなければならないともは思う。

それは、そう簡単なことではないけれど。

「・・・そうだ!!」

そんな中、2人のやり取りを見ていた麻衣が声を上げる。

何事かと2人揃って視線を向ければ、麻衣がポケットから何かを取り出した。―――それは薄暗い中でも僅かに光る・・・金属のようなもの。

「これ、お守り!」

「・・・お守り?」

そうして麻衣から差し出されたものを受け取った真砂子は、自分の手のひらに乗るどこかの鍵を見つめて不思議そうに首を傾げた。

どこからどう見ても、普通の鍵だ。

しかし麻衣はやんわりと穏やかに微笑んで、愛おしそうにその鍵を見つめた。

「あたしのお守りなの、昔住んでた家の鍵」

父親がいて、母親がいて、そして麻衣が生まれた家。

父親が死んだ時、母親がお守り代わりに持っていて・・・―――そしてそれは、麻衣へと残された。

「何か物があると、あたしたちの事信じてられるでしょ?自分の事も信じてられるでしょ?真砂子は死んでないし、夢を見てるんでもないよ。ちゃんと鍵の感触がするでしょ?」

言われて、真砂子は受け取った鍵をギュッと両手で握り締める。

それはひんやりと冷たい・・・―――けれどどこか温かさも感じられる気がして。

「みんな、一生懸命入り口を捜してるからすぐ見つかるよ。絶対助けに来る。信じて待ってて」

麻衣の力強い声に、真砂子はゆっくりと顔を上げる。―――その表情は先ほどまでと違い、どこか生気が感じられた。

「必ず来るわね?」

「うん、必ず」

キッパリと言い切る麻衣に小さく息を吐いた真砂子は、僅かに視線を揺らしながら躊躇いがちに口を開く。

それはまるで、口に出す事さえ恐ろしいような・・・。

「・・・あの男がきますの」

「・・・浦戸?」

「ええ。他にも男の霊が2人、わたくしを殺しに来るの。必死で『こないで』って念じているの。それに幻が・・・たくさん人が殺されて・・・とても怖い」

その光景を思い出したのか、真砂子はブルリと身を震わせた。

その感情は麻衣もも理解出来た。―――なにせ2人とも、それを体験しているのだから。

「・・・麻衣?」

そんな中、じっと黙って真砂子の話を聞いていたが不思議そうに声を上げる。

それにどうしたのかと問い返す前に、麻衣はそれを悟った。―――自分の身体が、消えかけている。

「真砂子!諦めちゃダメだよ!!」

きっと夢から覚めるのだろう。―――最後にそう声を掛けて、麻衣の姿はその場から姿を消した。

「・・・麻衣」

まるでその幻を追うように、真砂子が小さく彼女の名前を呼ぶ。

その頼りなげな姿を見下ろしていたは、先ほど麻衣がしていたように真砂子の傍にしゃがみこんでにっこりと微笑んだ。

「不安ならもう1つおまじないをしようか」

「・・・おまじない?」

「そう、これ」

不思議そうに問い返す真砂子に軽い調子で答えて、は自分の左腕に付けられているブレスレットを真砂子の目の前に突き出した。―――そしてゆっくりとした動作でそれを外し、真砂子の左手につけてやる。

「これは霊から身を守ってくれるお守りなんだって。これがあれば、きっと真砂子を守ってくれる。ずっと私がつけてたんだもん、実証済みでしょ?」

最近はその効果のほども怪しくなってきてはいたが、それはわざわざ伝える必要もないだろう。―――大切なのは、信じるという事なのだから。

「・・・でも、さんが」

「何言ってんの、私は大丈夫。今一番心配するべきなのは、真砂子の身の安全でしょ?」

笑ってそう告げれば、真砂子は目を丸くして・・・けれど嬉しそうに微笑む。

「・・・ありがとう」

「どういたしまして。着物にはちょっと合わないけどね」

出来る限りおどけた様子でそう答えて、がもう一度笑おうとしたその時だった。

コツン、とどこからか音が聞こえた。

それは1つだけではなく、断続的に何回も続く。―――それが人の足音だと気付いたのは、その音がこちらに向かい近づいてきている事を察した時だった。

「・・・誰?」

「きっとあの男たちですわ。あたくしを捕まえに来て・・・」

怯えたように麻衣からもらった鍵を握り締め身を縮込ませた真砂子は、しかし次の瞬間弾かれたように顔を上げた。

さん、早く戻って。見つかってしまうわ」

「戻ってって・・・どうやって?」

顔色悪くそう告げる真砂子を呆然と見返して、は小さく呟く。

これはきっと夢なのだろうと、は気付いている。

けれどそこから目覚めるにはどうすれば良いのかを、は知らない。

ここに来たのだって、いつの間にか廊下に立っていたのだ。―――戻るといっても、どこをどう戻ればみんなの下へ辿り着けるのか。

「・・・さん、早く」

「そんな事言ったって・・・」

慌てたようにドアの方を見やる真砂子の声に、もまた釘付けになったようにドアを見つめる。

足音が近づいてくる。

それは、もうすぐ傍まで来ている。

かつて自分をここへ連れ去り、目の前の台の上に乗せ、強引に髪の毛を引っ張って、その喉元に凶器を押し付けたあの男がすぐそこに・・・。

背筋に悪寒が走る。

見つかれば、ただではすまない。

きっと、殺されてしまう。―――ここに連れて来られた、たくさんの人々と同じように。

「・・・さん」

押し殺したような真砂子の声が聞こえる。

ギュッと自分の腕を握る真砂子の手は痛いほどだというのに、どうして目は覚めてくれないのか。

「・・・わたし」

成す術もなく、そうポツリと呟いて。

 

そうして、その扉は開かれた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

だからどうしてこんな中途半端なところで切るのか。(笑)

麻衣と真砂子の逢瀬に乱入。

これまで綾子ばっかりで、真砂子との接点が少ないように感じたので・・・。

せめて今回の事で、少しは打ち解けてくれるといいんですが。

作成日 2008.1.27

更新日 2008.12.15

 

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