パチリと、本当に唐突に目が覚めた。

「あ、起きた?次の部屋に移動するよ」

目を覚ました麻衣に気付いたのか、枕代わりに肩を貸してくれていた綾子がそう言って立ち上がる。―――それに釣られてぼんやりとしたまま視線を上げた麻衣は、今自分で見てきたすべてを理解して目を瞠った。

「・・・真砂子」

「え?」

「生きてた・・・」

ポツリと呟かれた麻衣の一言に、不思議そうに綾子が振り返る。

しかしそんな彼女の様子などそのままに、麻衣は突き上げる衝動に身を任せて口を開いた。

「無事だったよ。あのタイル張りの部屋にいた。怖いって・・・すごく辛そうだったけど、でも無事だった」

「・・・ほんとに?」

「うん。約束したの、助けるって。絶対助けるって・・・!!」

信じられない思いで問い掛ける綾子に、食いつくように麻衣が答えた。

それが本当ならば、まだ間に合うのだ。―――そしてそれが真実である可能性も、また否定できない。

僅かな可能性ではあるけれど、がむしゃらに作業を行うよりはずっと良かった。

目に見えた希望に全員の表情が緩む。

全員がホッと安堵したのを認めた麻衣は、ゆっくりと夢の出来事を思い出し、そうしてその場に自分と真砂子以外の人物がいた事を思い出した。

「そうだ、も一緒だったんだよ!ねぇ、!真砂子は無事・・・」

ちゃん!!」

興奮冷めやらぬ様子でへと問い掛けた麻衣は、しかしその時異変に気付く。

「・・・?」

いつもは穏やかな笑みを浮かべているまどかが、焦ったようにの身体を揺すっている。

どうしたのかと麻衣が問い掛ける前に、慌てた滝川がへと駆け寄った。

「どうしたっ!?」

「移動するからちゃんを起こそうと思ったの。でも彼女、起きなくて・・・」

それだけならまだ良かった。

疲れているのだろうと考える事も出来る。―――実際、は疲れていた。

しかしその顔色が悪いとなれば話は別だ。

うなされているように眉間に刻まれた皺。

苦しげに歪んだ口元。―――その様子は、ただ事ではない。

、起きろ!・・・!!」

パチパチと頬を叩く音と、必死にの名を呼ぶ滝川の声が、辺り一帯に響き渡った。

 

の中の欲望

 

!!」

何度目かの滝川の名を呼ぶ声に、弾かれたようには目を覚ました。

呆然と宙を見つめ、ゆっくりとした動きで瞬きをする。―――そうしてひとつ大きく息を吐き出したと同時に、強張っていた身体から力を抜いた。

それを見ていた滝川やまどかもまた、ホッと安堵の息を吐く。

どうやら最悪の事態は免れたらしい。

「・・・ちゃん、大丈夫?」

目を覚ましてもまだ意識がぼんやりしている様子のに向かい、まどかが心配げに問い掛ける。

に少し眠るようにと勧めたのはまどかなのだ。

確かにの疲れがピークに達していた事は事実だったが、だからといって罪悪感がないわけでもない。―――もちろん、まどかのせいではないのだけれど。

そんなまどかに見つめられていたは、ぼんやりとしたままの視線を彼女へと向けて、そうしてうっすらと口を開いた。

「・・・声が」

「・・・え?」

「声が・・・聞こえたから」

きょとんと目を丸くするまどかを見つめ返して、はポツリと呟く。

どうすれば目を覚ます事が出来るのか解らず、成す術もなく真砂子の隣にいた

聞こえてきた足音に、自分が絶体絶命のピンチに立たされている事を否応なしに理解した。

人の身ではあるが、まだ肉体を伴い、そして自己防衛の手段を持っている真砂子はまだいい。―――けれど生霊同然であるは、無防備といっても過言ではないのだ。

そんな自分があの男たちに捕まればどうなるか・・・―――それこそ夢では済まされない。

どうしようと焦り、それでも夢から覚める手段さえ解らずおろおろしていたの耳に、自分を呼ぶ声が聞こえたのだ。

それが誰の声だったのかは解らない。

しかしその声に導かれては目を覚ます事が出来たのだ。

そしてもう1つ・・・こちらははっきりと覚えている。

「・・・、大丈夫?」

心配そうに問い掛ける麻衣の顔が視界に入り、ぼんやりとしていたはすぐさま覚醒し飛び起きる。

そうして辺りを見回し、全員が全員心配そうにこちらを見ている事に気付いたは、思わず引き攣った笑顔を浮かべた。―――ちょっと休むつもりが、こんな大事になっていたとは・・・。

「あ・・はは。うん、大丈夫。なんでもないから、うん」

「・・・ほんとに?」

僅かに疑いの眼差しを向ける麻衣に向かい更に無理やり笑顔を浮かべ、はさっさと身支度を整えながら立ち上がった。

「ほんとほんと!あー・・・ほら!真砂子!真砂子も無事だった事だし、早く作業に掛かろう!そうだよ、こんなトコで時間食ってる場合じゃないって!!」

「・・・お前が言うか」

「なんか言いました、滝川さ〜ん」

「うわ、お前に滝川さんなんて言われると逆に怖い」

さりげなく突っ込みを入れる滝川を睨みつければ、おどけたように身を竦めてみせる。―――それがの意を汲んだ滝川の優しさなのだと察したは、口元にほんのり笑みを浮かべた。

そんな2人のやり取りを見ていた面々は、どうやら本当にこんな事をしている場合ではないと判断したのか、先に次の部屋に向かっているナルとリンを追いかけるべく荷物を纏め出す。

それを手伝いながら、はぼんやりと残った記憶を思い起こした。

誰かの声が聞こえた時、誰かがの手を引いて声のする方へと導いてくれたのだ。

それが誰なのかをは知っている。

いや、もしかしたら知らないのかもしれない。―――夢で会うナルが本当は誰なのかを、は知らないのだから。

それでも彼がナルでない事だけは断言できた。―――証拠などはどこにもないが・・・あえて言うなら勘、である。

それこそ口に出したら呆れられそうだが。

いつも自分を・・・そして周りの人をさりげなく助けてくれるナルにそっくりの人物。

彼が何者なのか、何故そうするのか、それは何も語らない彼からは察する事は出来ないけれど。

「おーい、!次の部屋移動するぞ!!」

「あ・・・は〜い!!」

滝川の呼ぶ声に、我に返ったは慌てて荷物を担ぐ。

たとえ夢の中であっても、また会う事が出来ればいいなと頭の片隅で思いながら、は部屋の入り口で待つ滝川の元へ駆け出した。

 

 

「壁の薄いところがあります」

地道に測量を続け、そうして漸く事態が進展を見せたのは、と麻衣が夢で真砂子に会ってからしばらく経った頃だった。

リンの言葉に、滝川が工具を肩に担いで振り返る。

「うっしゃ。かかるぞ、少年!」

「はい」

声を掛けられ、同じように工具を手に取った安原とジョンとの3人で、指定された壁を壊していく。

たちは、それを黙って見ている事しか出来なかった。―――今のこの状況で手を出しても、足手まといになるだけだ。

彼女たちに出来たのは、ただ今度こそは道が開けるようにと祈るだけ。

そうして大きな破壊音が響く中、彼らの手によって漸く開けられた穴の中に暗視カメラを突っ込み、中の様子を窺っていたナルは僅かに眉を潜めた。

「・・・っんな、んだこりゃあ!!」

同じくカメラの様子が映し出されているモニターを覗き込んだ滝川が、素っ頓狂な声を上げる。

薄暗いためはっきりとは見えないが、そこに映っているのは階段のように見えた。―――それも数段しかなく、その上には板のようなものも見えて・・・。

「玄関みたい・・・。家の中に家があるって事?」

同じくモニターを覗き込んだ麻衣が不思議そうに首を傾げる。

そんな中で、ただ静かにモニターを見つめていたナルは、しばし考え込んだ末に慎重に口を開いた。

「行ってみよう」

漸く得られたナルの了承に、全員が穴の向こうへと侵入する。

かなりの段差があるため危なっかしいながらも何とか中に入った面々は、その前にしっかりと存在を主張する古い扉を見つけてごくりと喉を鳴らした。

古めかしい扉。―――頑丈なその造りは、まるで侵入者を拒んでいるようにも見えた。

「鍵が掛かってんな、・・・壊しちまうか」

もうここまでくれば遠慮などする必要もないのか、あっさりとそう結論付けた滝川が乱暴に扉に掛けられた南京錠を叩き壊す。

長い間ずっと放置されていたからか、鍵はそれほどの強度もなく、音を立ててあっさりと地面へと転げ落ちた。

そうして各々懐中電灯を片手に、おそらくはずっと閉ざされたままだった扉を開けた。

ギィと軋む音を立てて開かれたその向こうには、濃い闇が広がっている。

まず手前には階段。―――しかしその階段は途中で天井にぶつかって途切れていた。

「あの天井が一階の床部分に当たるわけですね」

言われて見れば確かに、高さ的にはそれくらいだろう。

中途半端な階段は、もしかするとあの続きだったのかもしれない。―――そう考えると、この家の構造にも興味が湧いてくるけれど、今はそれどころではないのだ。

「麻衣、。夢で見た場所ってここか?」

「ううん、こんなじゃなかった。暖炉があって、右側にクローゼットがあって・・・」

振り返った滝川の問い掛けに、麻衣は夢の出来事を思い出すように躊躇いがちに口を開いた。

その傍らで、は僅かに身体を強張らせる。

確かに麻衣の言う通り、自分があの恐ろしい部屋へと連れて行かれたのは暖炉のある部屋だ。―――クローゼットの向こうに続く通路を抜けて、そこへ連れて行かれた。

けれどは、この景色も知っている気がした。

薄暗い部屋の中からここへ連れて来られる途中、通った気がする。―――それこそこの屋敷の造りはどこも似ているため、はっきりとそうだとはいえないが。

それにここが見覚えのある場所であれ勘違いであれ、あの部屋へ行く為には暖炉の部屋を探さなくてはならない。

わざわざこんな不確かな情報を提示する必要はないとそう結論付けて、は無言で麻衣の言葉に頷いてみせた。

「ひょっとして・・・ここは鉦幸の住んでた母屋じゃないか?」

「ありうるな。よし、暖炉のある部屋ってのを探そう」

ナルの推理に頷いた滝川が、全員へそう指示を飛ばす。

それに出来るだけ1人にならないようにと家の中の捜索を始めた面々は、麻衣とが夢で見た暖炉がある部屋の捜索を始めた。―――これだけの人数で捜しているのだ、そう遅くない内に見つけられるはずだと。

そんな中で、はゆっくりと辺りを見回しながら、慎重に足を進める。

やっぱり、この風景を見た事がある気がする。

「え・・・と、確かこっちに行って・・・いや、こっちだったかな?」

「どうしたの、?」

「ああ、うん。暖炉の部屋、こっちの方だったような気がして・・・」

声を掛けた麻衣と共に、は視線の先にあるドアをゆっくりと押し開ける。

そうして目の前に広がった光景に、2人は同時に息を飲んだ。

「・・・あった!」

夢で見たものよりも大分寂れてはいるけれど、確かに見覚えのある部屋だ。

あの時は暖炉にも火が灯り、人の生活の気配がしていたものだが。

「ここだよ!ねぇ、!!」

「うん、間違いない。そのクローゼットの中に通路があるはず」

2人で顔を見合わせながら、力強く頷く。

そうであるはずだ。―――夢で見た光景に、間違いがないならば。

「これか?」

「そう!」

麻衣の力強い声に押されるように、ナルがクローゼットに手を掛ける。

どうかあの夢が偽りではないように・・・と祈りながら、息を殺してクローゼットを見つめた。

そうして開かれたその先にあったのは・・・。

「これ!」

「えらい、麻衣!!」

普通のクローゼットにはありえないだろう長い通路の伸びるそれに、綾子が興奮したように麻衣に抱きついた。

「・・・ほんとにあった」

「ああ、ほんとにあったな」

それとは逆に、クローゼットの通路を見つめ呆然と呟くの隣で、滝川もまた度肝を抜かれたように呆然と呟く。

彼女らが嘘をついているなど思っていなかったが、まさか夢の内容がここまで正確だとは・・・。―――恐ろしいほどである。

それでも道が開けたのだから、いつまでも立ち止まっているわけには行かない。

時間が経てば経つほど、真砂子の身が危ないのだ。

そうして全員は決意も新たに、クローゼットの通路に足を踏み入れる。

それからどれほど歩いただろうか?―――しばらく進むと進行方向に一枚の扉が現れ、緊張しながらもそれを押し開けると、そこにはだだっ広い空間が広がっていた。

「・・・なに、これ!?」

一面が枯れ木で覆われた広い広い空間。

足元はジャリで埋め尽くされている事から、どうやら昔は広大な庭だったらしい。―――そういえば庭師のおじいさんがいたと、安原の報告を思い出す。

「・・・庭と砂利道」

そう、ここは覚えている。

は男に連れられて、ここを通ったのだ。―――正しくは、自分ではないけれど。

「・・・おっ」

かつては緑に覆われていた植木は、手入れをする者のない今ではすっかり枯れ木と化している。

その物悲しい雰囲気にが僅かに眉を寄せたその時、何かを見つけたのか前を歩いていた滝川が小さく声を上げた。

「またドアがある」

滝川の視線の先、枯れ木に覆われるようにひっそりと存在するドア。

それを認めて・・・そうしてぐるりと辺りを見渡したナルは、納得したように頷いた。

「ここが一番大きな空洞辺りだ。・・・なるほどな。あの床の不自然な高低はここを覆うためのものだったというわけか」

だとしても、かなり大雑把な隠し方である。

ここまでするくらいなら、いっその事壊してしまった方が楽だというのに・・・―――そうまでして隠したいものがあるのだろうか。

そんな事を考えながらも、滝川を先頭に見つけた扉を押し開く。

そうしてその向こうの光景を見たと麻衣は、弾かれたように顔を上げた。

ここは知っている。

忘れる事など出来ない。―――ここは、この場所は・・・。

「麻衣っ!!」

弾かれたように駆け出す麻衣に、綾子が制止の声を掛ける。

それを横目に、もまた駆け出した。―――この先に、真砂子がいる。

!!」

しかしのそんな行動は、リンの鋭い声と強い力によって阻まれた。

力強く腕を捕まれ、そのあまりの強さに眉を寄せる。

文句を言おうと口を開いて振り返ったは、しかし目の前にあるリンの険しい表情に飛び出しかけた文句を飲み込んだ。

「あなたは行かない方がいい」

「だけど、麻衣が・・・!!」

「解っています」

言い募るにキッパリと言い放ち、けれどリンは更にの腕を掴んだ手に力を込めた。

それを見ていた滝川が、落ち着くようにとの肩を叩く。

リンも・・・そして滝川も気付いていた。―――ここに近づくにつれ、の顔色が更に悪くなっていっている事を。

きっとこの先に、彼女の言っていた恐ろしい部屋があるのだろう。

出来ればこれ以上近づけさせたくはないが、ここに置いていくわけにもいかなかった。―――何があるか解らないところに、1人置いてはおけない。

「とりあえず麻衣を追いかけよう」

すぐさまナルの指示が飛び、全員が慎重に麻衣が駆け上がって行った階段に足を向ける。

その間も、は腕を掴まれたまま。―――どうやら相当信用がないらしい。

階段を上ると、そこにはいくつかの部屋があった。

その内のひとつに、の視線が釘付けになる。

あそこの部屋だ。

心の中でポツリと呟き、思わずごくりと喉を鳴らした。

あそこの部屋に、浦戸がいる。

そんなに気付く事無く、滝川が一番近くにある部屋の扉を開けた。

「あ、ぼーさん。そこじゃ・・・」

ないと言い掛けて、は目に映った光景に思わず上がりそうになった悲鳴を飲み込んだ。

それに気付いた滝川が、庇うようにの前に立つ。

「・・・いまの」

グッと込み上げてきそうなものを耐えるように、は口元へ手を当てた。

ジワリと目元が滲む。―――あの、今見たものは。

「キャアアアア!!」

現実とは思えない残酷な光景を前に全員が呆然と立ち尽くす中、突如悲鳴が上がった。

それが何を意味しているのかを察して、滝川がをリンへと任せて駆け出す。

「麻衣っ!!」

そうして悲鳴が上がった部屋へ駆け込んだ滝川は、あまりの光景に思わず身を引いた。

「・・・浦戸!?」

およそ人間とは思えないその姿に、滝川は咄嗟に身構える。

しかしリンが一歩早かった。

駆け込んできたリンが、状況を見て素早く指笛で合図を出す。―――それと同時に、何か白い光のようなものが浦戸に向かい飛び出した。

その光は浦戸を牽制するかのように射抜き、それに怯んだのか浦戸の姿がうっすらと消える。

同じように麻衣を拘束していた何かも姿を消したようで、恐怖に身体を強張らせていた麻衣はずるりとその場に座り込んだ。

「無事か!!」

「ぼーさん・・・」

呆然として滝川を見上げる麻衣を強引に引き上げて、滝川は同じく座り込む真砂子をも立たせて焦ったように戸口へと追い立てる。

「麻衣、真砂子!」

「もー、あんたたちは!」

それを迎えたと綾子に連れられるように部屋を出る2人の背中を押して、リンが部屋の中へと視線を向けて呟いた。

「すぐにここを離れましょう。浦戸は滅びていない。少し驚かせただけです」

おそらくはリンの言う通りなのだろう。

既に除霊は不可能だという結論が出ている。

そして浦戸が滅びていない以上、ここはまだ危険なのだ。

「早く、行こう!」

そうして全員は姿の見えない何かに追い立てられるように、先ほどは慎重に進んできた道を全速力で駆け出した。

途中振り返ると、闇の中から浦戸が追いかけてきているような気がして、恐怖に身体を強張らせながら足を速める。

「そこの窓から外へ出ろ!とにかく家の中から出るんだ!!」

ナルの珍しい怒鳴り声に、外に面した窓を開け放ち、転がるように外へ飛び出した。

 

 

静かな空間に、全員の荒い息遣いが聞こえる。

心臓の音が、耳元で大きくなっているような気がした。―――これほどまでに必死に走ったのは、一体いつ以来だろうか?

空は先ほどの恐怖など関係がないとばかりに、輝く星が広がっていた。

それをぼんやりと見上げながら、は深く深く深呼吸する。

先ほどまでの出来事が、まるで悪夢のようだと。

「・・・ったく、お前は〜。1人で・・・行動すんなって・・・」

「・・・うん、ごめん・・・」

荒い呼吸の合間に、滝川が切れ切れの文句を麻衣へと向けた。

それにうな垂れたように謝罪を口にする麻衣を認めて、滝川は大きく息を吐き出す。―――こんな注意をしても、きっと今後の行動は変わらないのだろうが。

「・・・まぁ、おかげで見つけたけどな。―――・・・失踪した連中」

何が?と顔を上げた麻衣にそう告げ、滝川はもう一度大きく息を吐き出した。―――今度はため息だったのかもしれない。

「2階の部屋に積み上げられてた。モノみたいにさ。・・・ノドが痛そうだった」

甦る凄惨な光景に、はギュッと唇を噛み締める。

あんな恐ろしい思いをして、あんなふうに放置されて。

どうしてこんな目に合わなければならなかったのだろう。―――彼らが一体、何をしたというのだろうか。

「その上、手前の部屋にすごい数の骨があってな。・・・犠牲者のだとは思うが。血を抜いた後、焼却炉で火葬にしたんだろうな。・・・丁寧に並べてあった」

「おそらく・・・宏幸氏はあれを隠したかったんだろう。とても1人で処分できる量じゃなかった」

「・・・そんなにたくさんの人が・・・可哀想」

壁一面に書かれた助けを求める声を思い出し、麻衣は泣き出しそうな面持ちで俯いた。

たくさんの人が、浦戸の願いの犠牲になった。―――ただ、それだけの為に。

それでもは知っている。

浦戸の、生への望みを。

搾り出すように、もがき苦しむように吐き出された、『死にたくない』という彼の思いを。

だからといって、彼のしてきた事が許されるわけでは決してないけれど。

「・・・麻衣」

それぞれがやりきれない思いを抱く中、真砂子がうな垂れた麻衣へと声を掛けた。

顔を上げた麻衣へと微笑みかけ、真砂子は麻衣の隣へと腰を下ろす。

「ありがとう、助けてくれて。ゆうべも・・・」

「ゆうべ?」

「来てくれたでしょう?」

そう言って真砂子の差し出した手へ視線を落とした麻衣は、彼女の手のひらにあった見慣れたそれに思わず目を丸くした。

「えええー!!」

さんも。ゆうべはありがとう」

驚く麻衣をそのままに、真砂子はそう言って静かに左腕を差し出す。―――そこにしっかりと繋がっているブレスレットを見て、はやんわりと微笑んだ。

「これ、あんまり効果なかったでしょ」

「そんな事ありませんわ。これは・・・ちゃんとあたくしを守ってくれましたもの」

同じくやんわりと微笑む真砂子を見返して、は困ったように笑う。―――本当にそうならば良いのだけれど。

「なんだ、なんだ?」

穏やかな空気の中、麻衣の大声に引かれて滝川と綾子が慌てた様子で駆け寄ってきた。

そんな彼らに、昨夜の夢の出来事の一部始終を話し終えた麻衣は、興奮した様子で滝川へ銀色に輝く鍵を突きつける。

「あたしてっきり夢だと思ってて・・・。でも、ほんとに鍵がなくなってるの!ほら、ここについてたのに!!」

そう言ってキーホルダーまで突きつける麻衣を見下ろして、滝川は感心したように声を上げる。

「おっどろいたな。嬢ちゃん結構優秀なんじゃねぇか?過去視に透視に幽体離脱ときた。ドンドン芸が増えるなぁ」

「・・・芸って」

不本意そうに睨みあげる麻衣を楽しそうに見下ろして、滝川は小さく笑った。

最初は普通の女子高生だと思っていたのに、この活躍はどうしたものか。―――もしかするとそこらの霊能者より有能かもしれない。

もっとも、その能力を自分の意思で使う事が出来ないのが難点だが。

「おっ、芸といえば・・・。リンさんや、さっきのありゃなんだ?」

「・・・さっきの?」

「麻衣たちを助ける時に、なんか投げるかどうかしたろ?」

突然話を振られて訝しげに眉を上げたリンは、しかし滝川の問いに気付いて小さく頷いた。

「ああ、私の式です」

サラリとなんでもないように向けられた言葉に、滝川は納得したように頷いて・・・―――そして麻衣は訝しげに眉を寄せた。

「しき?・・・って?」

「中国の道士には、妖怪や霊を捕らえて自分の支配下に置く事が出来る連中がいるわけ。それを役鬼(えきき)とか使鬼(しき)っつってな。使役される霊を式という。―――これで合ってるかい?」

「・・・間違ってはいないようです」

滝川の同意に、リンは僅かに微笑んでひとつ頷く。

彼のこんな表情は珍しいと、それを傍らで見ていたは感心したように目を丸くした。―――もしかすると、リンも少しづつこのメンバーに馴染んできているのかもしれない。

そんなリンの肯定に麻衣が感嘆の声を上げるのを横目に、ナルが木々の向こうから少しづつ照らされる朝日を認めて僅かに目を細めた。

「明るくなってきたな。そろそろ中に戻っても大丈夫だろう」

いくら家の中が危険だからとはいえ、真昼間から浦戸が屋敷内を徘徊する事はないだろう。

これまで遭遇した事などないのだし、自分たちを追いかけてこちらまで出てきていたとしても、もう既に自分の住処に戻っているに違いない。

そう結論付けたナルは、壁に預けていた背中を起こし、疲労で重い身体を起こす。

「あ、ナル。なんか落としたわよ」

その際ナルのポケットから何か落ちたのを見咎めた綾子が、素早い動きでそれに手を伸ばした。

普段からこれくらい素早い動きで仕事に取り掛かってくれたらありがたいのに・・・という言葉は勿論口に出さず、は何気なくそちらへと視線を向ける。―――そうして、綾子の手に握られているそれを認めて、思わず小さく噴出した。

「・・・クシ?」

訝しげな綾子の呟きに、ナルが慌てた様子でポケットを押さえる。

しかし既に遅く、同じくそれに気付いた真砂子が目を丸くして綾子の手にあるクシに手を伸ばした。

「あら。これ、あたくしのですわ。手さげに入れて部屋に置いてあったはずですのに・・・」

どうしてここに・・・と全員が意味ありげな視線をナルへと向ける中、思い切り引き攣った笑顔を浮かべた麻衣がぎこちない様子で振り返った。

「な、なーんでナルが持ってるのかなぁ?」

「・・・・・・」

言い知れぬ威圧感さえ感じさせる様子で問い掛ける麻衣に、しかしナルは無言で麻衣を見返した後、何も言わずにそのままその場を立ち去る。

もっとも、本当の理由など言えるはずもないだろう。―――そう思うと麻衣が気の毒ではあるが、可笑しくなってきては堪えきれずに笑い声を上げた。

「なるほどねぇ。ナルがねぇ」

「やあねぇ、テレちゃって」

「そんなに心配だったのねぇ」

「うんうん、いい話ですねぇ」

口々に面白半分で感想を漏らす滝川、まどか、安原を前に、麻衣は笑顔を浮かべたまま不機嫌そうに目を細める。

まぁ、麻衣としては面白くはないだろう。

それでも最近ではナルに嫌われたかもしれないと落ち込んでいる様子だった真砂子を知っている身としては、これはこれでよかったのかもしれないとそう思う。

ナルの弱味を握っている時点で真砂子が断然有利ではあるが、麻衣は職員としてそれなりの時間をナルと過ごす事が出来るのだ。―――これでフェアになったのかもしれない。

そんな勝手な事を考えながら、は目じりに浮かんだ涙を拭いながら、頬を染める真砂子と表情を険しくさせる麻衣を認めて納得したように頷いた。

高校時代、人の恋愛話に首を突っ込んでは盛り上がっている新聞部ホープの少女を見て、一体何が楽しいのかと不思議に思ったりもしたけれど。

「・・・人の恋愛って、結構面白い」

「悪趣味だなぁ、お前は・・・」

「うるさい。ぼーさんだって楽しんでたくせに」

小さな呟きをしっかりと拾われ、憮然とした様子で反論するを見下ろして、滝川は笑顔を浮かべつつため息を零す。

出来る事ならば、他人の恋愛よりもまず自分の恋愛を気にして欲しいところだけれど。

それでも、これまでまったくそちら方面に興味がなかったにしてみれば、かなりの進歩なのかもしれない。

そう、焦ってはいけないのだ。

それがを相手にすると決めた時から、滝川が心に決めた事でもある。

「・・・あー、疲れた。お風呂入ってゆっくり寝たい」

「同感」

口々にそう言い合い、それぞれ屋敷をぐるりと回って玄関へ向かう。

暗い夜は明け、辺りは既に明るい太陽の光に照らされていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

だからなんでこんな中途半端な終わり方を。

このまま最後まで書くと尋常じゃなく長くなりそうなので、次回に繰越。

ようやく次回で最終話です。ほんとに、長かった・・・。

作成日 2008.2.5

更新日 2009.1.12

 

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