大橋からベースとして宛がわれた部屋は、今までで一番の広さだった。

真砂子を含めて9人もの人間がうろうろしていてもお互い邪魔にならないのだから、それはそれですごいと思う。―――まぁ、多少落ち着かない気分ではあるけれど。

そんな庶民的な感想を抱きながら、ナルから指示されるままに機材の設置を手伝っているは、今もまだ夢見心地でぼんやりとしている滝川を恨めしげに睨みあげる。

「ちょーっと、ぼーさん。感動したのは解ったからさ、ちょっとは働いてよ」

有無を言わさず滝川に重いモニターを押し付けつつ、は凝った肩をほぐすべくぐるぐると腕を回す。

は知っている。―――先ほど滝川が、ジョンに通訳をお願いしていた事を。

「そんなに憧れるものかね〜」

自称ミュージシャンなら、ミュージシャン相手に憧れを抱けばいいものの、何故にオリヴァー=デイヴィスなのか。

そこの辺りが、滝川が霊能者としての意識を捨てられないという事だろうか。―――もっとも、ナルと関わり続ける間は忘れようにも忘れられないだろうが。

「ほんとよね〜。まぁ、気持ちは解らなくもないけど、あんなにも骨抜きにされるなんて」

の呟きを聞いていたのか、突然話に入ってきた綾子が楽しそうに口角を上げる。

普段からからかわれている身としては、今の滝川は面白くて仕方ないらしい。

そんな綾子の気持ちも解らなくはないけれど・・・。

「つーか、綾子。あんたも働きなさいよ」

「いやよ。肉体労働は私の性に合わないもの」

さらりと言ってのけた綾子の言葉に、は微かに頬を引き攣らせる。

いつの間にかちゃっかり合流している真砂子も、機材の設置という肉体労働に参加するつもりはないらしい。

というか、何故自分はさも当然のように使われているのだろうか。―――今更といえば今更な疑問を抱いたは、それでも山と積まれた機材へと手を伸ばして。

「いいからとっとと働けー!!」

嫌そうな顔をする綾子にそれを押し付けて、は追い立てるように声を上げた。

 

迷宮探検隊

 

「・・・すごい機材ですね」

文句を言いつつも作業を続けていた面々は、様子を見に来た大橋の気圧されたような声に顔を上げた。

「部屋はこちらでよろしかったでしょうか?」

「はい、ありがとうございます」

中の様子を見ていた大橋が部屋の中に入り、同じく機材の設置をしていた安原へと声を掛ける。

それににこやかに答えた後、安原は笑みを崩す事無く大橋へと話しかけた。

「あの、大橋さん。少々質問させていただいてよろしいですか?」

その言葉に、全員が思わず目を瞠る。

まさか安原が質問するつもりなのだろうか?―――そんな無茶な!とお互い顔を見合わせる。

しかしそんな面々には気付く事無く、大橋は物腰柔らかく頷いた。

「ええ、何でもお聞きになってください」

「ありがとうございます。それじゃ・・・―――鳴海くん、頼むね」

「はい」

笑顔で振り返った安原の声に、ファイルを手にしたままナルが言葉短く答える。

ああ、なるほどと納得しつつ、は乾いた笑みを浮かべた。

「・・・さすが、安原くん」

絶対に敵に回したくないタイプだと改めて認識する。―――まぁ、今のところその心配はないけれど。

「・・・では、依頼内容を確認させてください」

そうして大橋をテーブルに促したナルは、向かい合うように腰を下ろした後そう切り出した。

それに1つ頷いて・・・―――そうして先ほどのにこやかな笑顔を引っ込めた大橋は、戸惑った様子でこの屋敷について話し出した。

「元々この建物は先生の奥様のおじいさま・・・―――先々代が建てられたものでございます。・・・が、奥様も奥様のお父様・・・つまり先代も、ここにはお住まいにならなかったそうです。といいますのも、幽霊が出るという噂がありまして・・・」

この話の展開的には予想できた言葉に、作業を続けていた全員の意識が大橋へと移る。

そんな噂の為、この屋敷は忘れ去られた存在だったのだが、先々月この家で少年が1人行方不明になったという事件が起こったのだという。

持ち主が誰も手をつけない空き家なのをいい事に、近郊の若者たちが出入りしていたらしい。―――まぁ、絶好の溜り場である事は間違いないが。

この屋敷はとても複雑な構造になっている。

深くまで入り込んで迷い、具合でも悪くなって倒れているのではないかと警察も人手を集めて捜索したのだが、その少年は発見されなかった。

それだけではなく、捜索をしていた消防団の青年までもが姿を消したのだ。

その時に何人かが屋敷の中で人魂を見たと言い出す者が出てきた。

それ以前にも、増築工事をしていた時に作業員が消えたという話もあったらしい。

そして、極めつけは先代の遺言。

『この屋敷には一切手をつけるな。朽ちるに任せておけ』。―――その遺言に従って、これまでは放置してきたのだけれど。

「・・・ですが、ここで2人も行方不明になったとなると悪い噂が立ちますし、かといってこれ以上被害が出ても・・・―――それで霊能者の方にお願いしてみようという事になったのです」

「・・・なるほど」

そう言葉を締めくくった大橋に1つ頷いて、ナルはメモを取っていた手を休めてゆっくりと顔を上げた。

「わりに古い建築のようですが、いつ頃の建築ですか?」

「最初の建築は明治10年ごろと聞いております」

「明治10年というと・・・」

「1877年ですね」

僅かに考える素振りを見せたナルに、大橋はそう言葉を付け足して・・・―――そうして何か思い出したのか、更に言葉を続けた。

「ただその後、増改築を繰り返しまして、当時の建物はほとんど残っていないという話です。先々代がここを建てられた当時から頻繁に・・・。先代に至っては、毎年のようにどこかしら手を入れてらっしゃったそうです」

「・・・毎年のように?―――なのにここには住まなかったんですか?」

「そのように窺っております」

なんとも奇妙な話だ。

住む気がないのなら、どうして改築を続けるのか。

今のように放置していても良さそうなものだというのに・・・―――もしかするとリフォームが趣味だったのだろうかと、はとんちんかんな結論に至る。

というよりも、本当のところを言うならば、今は何も考えたくない。

先ほどから嫌な匂いが鼻を突いて、気分が悪いを通り越して頭が痛いのだ。

みんなは平気なのだろうかと視界を巡らせるも、誰一人として気にしているものはいないようだ。―――まぁ、微かな匂いなので気付かないのも当然かもしれないが。

「先々代はどういった方だったのですか?」

大橋から伝えられる違和感のある話に考えを巡らせながらも、ナルは更に質問を投げた。

彼が嘘をついている様子もなければ、嘘をつく理由もないのだ。―――ならばこれ以上問い詰めても仕方がないと思ったのかもしれない。

「美山鉦幸さまとおっしゃいまして、この諏訪一帯に広く土地をお持ちでした。後に製糸工場をお建てになり、慈善事業にも手を尽くされて・・・」

鉦幸は孤児院や慈善病院を設立したのだそうだ。

今とは違い、病院も少なかっただろう昔を考えれば、彼のした事はとても素晴らしい事なのだろう。

もっとも、明治40年・・・―――1907年の恐慌で事業の大部分を手放し、病院なども閉鎖を余儀なくされたらしいが。

結局、鉦幸はその3年後に亡くなったのだという。

「鉦幸氏はここにお住まいだったんですか?」

「さようで」

という事は、実際にここに人がいたのは随分と昔だという事になる。

その後息子は住む気もないのに増改築を繰り返し、現在に至ると。―――そんな経緯を踏まえて、は何のこっちゃと肩を竦めて見せた。

「大橋さんご自身は、ここで何かを見た・・・というような事は?」

「準備の為に一週間ほどおりますがございません。他の者からもそのような話は・・・」

かたや少し足を踏み入れただけで行方不明になる者もいれば、一週間もここにいながらも何もない者もいる。

その違いはなんなのだろうかとは首を傾げる。―――今のところ、考えて解るとも思えないが。

「行方不明者と一緒だった人たちに話を窺えませんか?」

「申し訳ありませんが、出来るだけ内密にとの事なので・・・」

徹底的に情報の漏洩を防ぎたいらしい。

だとしても、関係者から話を聞く事が出来ないのは痛い。―――その場で本当は何があったのかを探る事さえも出来ないのだから。

「・・・では、最後に。怪談の原因についてお心当たりは?」

「さぁ、わたくしには解りかねます」

「そうですか。・・・ああ、この家の平面図が手に入らないでしょうか?」

「生憎とそのようなものはないと窺っています」

さらりと返され、こっそり話を聞いていた滝川たちは揃って顔を見合わせる。

大橋に悪気が無いのは解っているが、これでは大した情報収集にさえならない。

ないないづくしで、思わずため息が漏れた。

「・・・ありがとうございました」

これ以上聞いても無駄だと判断したのか、そう会話を締めくくったナルに一礼して、大橋は静かにベースを出て行った。

そうして彼の気配が完全に消えた頃、緊迫した空気に珍しく緊張していたのか、綾子が大きく息を吐き出しながら感心したように呟く。

「・・・っはー。なんか『いかにも幽霊屋敷』って感じじゃない?」

「だよな。古い洋館にいわくありげな由緒・・・―――と、ナルちゃんどうした?」

綾子の呟きに同意を返して・・・―――そうして滝川は今もまだ黙り込んだまま、何かを考え込むナルに気付いて声を掛けた。

それに引かれるように顔を上げたナルがポツリと呟く。

「気に入らないんだ」

「・・・なにが?」

「長い事無人だった幽霊屋敷。建物は複雑な上平面図も無い。そんなところに泊り込むんだぞ?」

確かに、不安の種はそこかしこにありそうだ。

しかし滝川はナルのそんな言葉に意外そうに眉を上げる。

「おっと、結構弱気な発言」

「慎重と言ってくれ。―――麻衣」

滝川のからかうような声をばっさりと切り捨てて、ナルは麻衣へと視線を向ける。

それに気付いた麻衣が短く返事を返すと、今もまだ納得のいかない表情を浮かべながらもナルは言葉を続けた。

「とりあえずこの辺り一帯に温度計を置いてみる。ぼーさんと行ってくれ。日が暮れたら止めていい。日没後は必ず誰かといるんだ、いいな?」

「う、うん」

ナルの念押しに、麻衣は気圧されたように頷き返す。

確かに不気味な洋館だとは思うけれど、いつも自信家のナルがこんなに慎重になれば嫌な予感は捨てきれない。

「他の者もしばらく日没後は1人で行動しない方がいい。それから松崎さん、護符を書いてください。人数分・・・各部屋の分と・・・」

「おぉい、用心しすぎじゃねーの?」

「無思慮な人間が怠惰のいいわけにするセリフだな」

僅かに呆れた様子で声を掛けた滝川に、しかしナルは冷たくそう言い放つ。

そんなナルの言葉にムッと表情を顰めた滝川は、しかし直後何かを思いついたのか、ニヤリと企むように口角を上げた。

そんな滝川の様子に気付いたのか、ファイルに視線を落としていたナルが訝しげに顔を上げる。

「・・・なんだ?」

「・・・そう、確かに用心しといた方がいいわな」

歌うようにそう言い放ち、勝利者の笑みを浮かべて。

「その態度、『用心して』常日頃から改めねーとバレるぜ。『調査員』のな・る・み・くん」

語尾にハートマークがつきそうなほど弾んだ声に、は盛大に頬を引きつらせた。

悔しいのは解らないではないが、ナルに喧嘩を売るなんて・・・!と思いつつ恐る恐るナルの表情を窺ったは、更に笑みを引き攣らせて後退する。―――今回の件について、絶対に自分は係わり合いになるまいと心に固く誓った。

しかしそんなの様子に気付く事無く、滝川の意思を汲み取った綾子が勝ち誇ったような笑みを浮かべて更に言葉を続けた。

「そーよねぇ。『調査員』にしてはえっらそーだもんねー。アタシたち所長から協力を求められてるわけだしぃ?れっきとした『ゲスト』よねぇ」

「なー。やっぱそれなりの態度で接してもらわないと」

楽しげに笑い声を響かせながらそう付け加えた滝川に、そばにいた麻衣もようやくの行動に気付いたのか、釣られるようにして後退さる。

かなり危険な予感がした。―――きっとそれは、現実のものとなるだろうという確信すら抱きながら。

笑い声を上げる2人を前に、無言を通していたナルがゆっくりと立ち上がる。

そんな彼の周りに黒いオーラが見えるのは、絶対に気のせいではない。

「・・・心がけましょう。―――随分年上でいらっしゃる事でもあるし」

さらりと吐かれた毒に、綾子が痛恨の一撃を食らった。

しかしナルの追撃の手は止まらない。―――こめかみに怒りのマークを浮かべつつも、彼からは想像できないほどにっこりと微笑んで。

「・・・では、作業に掛かりたいのですが手を貸していただけますか?松崎さま、滝川さま」

思わず背筋に悪寒が走り、は咄嗟に自分自身を守るように身を縮込める。

夢の中のナルと同じような笑顔なのにも関わらず、これほど恐怖を感じるのは何故なのか。

それがナルのナルたる所以なのかもしれないと思いつつ、は呆れのみで構成された視線を滝川と綾子へ送る。

案の定、盛大に凍り付いた2人を認めてため息を吐き出す。

ナルに口げんかで勝てるはずが無いというのに、どうしてこの2人は毎回懲りもせずに勝負を挑むのだろうか。

そのチャレンジ精神はいっそ感心するほどだ。―――だからといって、見習いたいとも思わないが。

同じ事を考えていたのか、呆れた様子を見せていた麻衣は、しかし先ほどからまったく何の反応も示さない真砂子に気付いて視線を移す。―――その先で、青い顔をしながら何かに耐えるように胸の辺りで拳を握り締めている真砂子に気づいて、麻衣は慌てて声を掛けた。

「真砂子?・・・どしたの、顔色悪いよ」

心配そうに顔を覗き込む麻衣を見返して、真砂子はゆっくりと目を伏せる。

そうして小さく深呼吸をしてから顔を上げた真砂子は、一言一言噛み締めるように口を開いた。

「・・・なんだか、嫌な気配がしてますの。この家に来てから・・・ずっと。それに・・・―――血の匂いがする気がしますわ」

真砂子の言葉に、麻衣とが同時に反応を見せる。

嫌な気配と、微かに感じる匂い。

「・・・そうか」

「なんだ?」

目を見開いていた麻衣が納得したように呟くと、嫌味な笑顔を浮かべていたナルが訝しげに麻衣に視線を移した。

「うん・・・。玄関のトコで一瞬だけど。あれ、血の匂いだったのかも・・・」

「はぁ!?」

麻衣の言葉に、凍り付いていた滝川と綾子が驚いたように声を上げる。

「こらこらこら、そーゆー事は早く言えよ」

「だって!気のせいかもしれないと思って・・・」

未だに自身の能力に自信が持てない麻衣としては、そう簡単に口にする事は出来ない。

そんな麻衣の心境を読み取ったのか、滝川はチラリとへと視線を移して口を開く。

「・・・で、お前は?」

「え?えー・・・と。確かに変な気配も変な匂いも感じるかな・・・とか」

「おーまーえーは!だからなんで黙ってんだよ」

「あー、気のせいかなと思って」

「そんな顔色悪くしてて、気のせいも何もないだろーが」

いつもよりも若干顔色が悪いの頭をぐしゃりと撫でて、滝川は呆れたように呟く。

前回の緑稜高校の時ほど酷くはないようだが、まったくいつも通りというわけでもない。

「古い屋敷だし、空気悪いだけかとも思って・・・」

「ほんとに、霊能者のセリフか」

コツンと額を小突いて、滝川はジト目でを見下ろす。

まぁ、真砂子ほど顔色が悪いという事もないようだし、前回同様そろそろここの空気に慣れてきたのかもしれない。

どういう原理なのかは解らないが、彼女の言い分を信じるならば、しばらくして慣れれば気分が悪いのはマシになるという事らしいし。

諦め混じりの眼差しを向ける滝川に申し訳なさそうに笑みを浮かべて、は困ったようにぐるりと室内を見回す。

真砂子や麻衣が感じたという血の匂いと気配。

そして2人の行方不明者と、幽霊が出るという噂。

加えて何かの意図を持って増改築を繰り返された古い洋館。

嫌な要素が山ほどあるそんな状況の中で、これからの事を思っては重いため息を吐き出した。

 

 

そうして屋敷の各部屋の温度を測りに行くという麻衣と滝川らと共にベースを出たと安原は、目の前に広がる光景に思わず目を丸くした。

ここに来た当初は気付かなかったが、なんと変わった内装か。

「うわー」

「うわー」

「うわー」

もうそんな言葉しか出てこない。―――ある意味コメントに困る景色でもある。

天井から生える階段。

下から半分が床に埋まっている扉。

そうして天井についた窓。

「シュールだのぅ・・・」

「一体何考えてんだ、この家の持ち主は」

あちらこちらを見回して呟く滝川に、が小さく毒づく。

これはもう呆れるという次元ではない。―――いっそ感心するくらいだ。

「こういう感じの絵がありましたよね」

「おー、あったな。先代やら先々代ってのはゲージュツカだったのかなー」

「芸術家って。こんな家住みづらいだけじゃん。家は普通でいいよ、普通で」

感心したように呟く安原に、滝川とは人事のようにそう返す。

同じく屋敷の中を見回していた麻衣は2人の言葉に顔を上げて・・・―――そうして慌てたように声を上げた。

「ぼーさん、あぶな・・・!」

「おぅわっ!!」

しかし麻衣の制止の声も間に合わず、滝川は何かに足を引っ掛けられて盛大にすっ転んだ。

一体何に足を取られたのかと視界を巡らせれば、廊下に飛び出た柱が一本。

なんでこんなトコに柱が・・・と思う前に、慌てた様子の麻衣が倒れたままの滝川に駆け寄った。

「だっ、大丈夫!?」

声を掛けるも、滝川は痛くて動けないのかそれとも脱力してなのか、転んだ体勢のまま呻き声を上げる。

そんな滝川を見下ろして、安原は爽やかな笑顔を浮かべた。

「あーあ、もう。滝川さんってばはしゃいじゃって、無邪気だなぁ。仕事なんですからもっと緊張感を持ちましょうよ」

「うわー、ぼーさんすごい。芸人顔負けの転び方じゃない。さぁすが〜」

あははははと笑顔を浮かべながらそう言い放つ安原とを恨めしげに見上げて、滝川は力尽きたのかがっくりと床に寝そべった。

それが転んだ相手に言うセリフか。―――心の中で独りごちながら、唯一心配してくれた麻衣を見上げて力なく笑う。

「・・・あいつが所長代理ってのは正解だよな」

「ある意味、ナルより怖いよ」

これがはしゃいでるように見えるっちゅーんかい。と呟けば、麻衣もまた笑顔を引き攣らせながら答える。

ナルはナルで恐ろしいが、本当に怖いのはきっとこういうタイプなのだろう。

そんな2人の感想を気にした様子もなく、安原はさくさくと調査を開始する。

それについて楽しげな声を上げながら屋敷を探検するを見て、麻衣は小さく苦笑を浮かべた。

ってば元気だね〜」

「・・・う〜ん。あれは元気っちゅーか」

先ほどは顔色悪くしていたものの、今はすっかり元気そうだ。―――多少まだ顔色が優れない気もするけれど、これだけ元気なら大丈夫だろう。

そういう意味を込めて呟いた麻衣は、しかし滝川から返って来た苦さを含む声に訝しげに眉を寄せた。

「・・・なに?」

「あー、いや・・・」

あれは元気だというよりも、寧ろ明るく装っているといった言葉の方がしっくり来るような気がした。

確かに顔色は先ほどと比べて多少はマシになっていたが、しかしあの明るさはどこかから回っているように思える。

その理由はなんなのかと問われれば、ひとつだけ思い当たる事があった。

「・・・ぼーさん?」

「ああ、いや。なんでもない、なんでもない」

不思議そうに首を傾げる麻衣の頭を乱暴に撫でながら、滝川は立ち上がって服についた埃を払う。

推測できる事はある。―――しかしそれが推測である以上、滅多な事は言わない方がいい。

そう結論付けた滝川は、今もまだ訝しげな表情をしている麻衣を促して、安原たちが入った部屋へと足を踏み入れる。

そうして部屋の中の様子に全員が再び絶句した。

部屋の中にいくつもの扉。

部屋の中に入ったはずだというのに、まるでそこは廊下のようだ。―――しかも廊下にしても随分と入り組んでいる。

「・・・こりゃまた、ケッタイな部屋ですねぇ」

「・・・迷子になりそ」

室内を見回して呟いた安原は、手近にあったクローゼットを開ける。

そこはなんて事はない、ただのクローゼットだ。―――何処かに通じていれば面白いと思ったのだけれど、と安原は気のない様子で扉を閉める。

「妙な家ですよね。廊下はやたら入り組んでるし、こんな部屋はあるし。なんかRPGやってる気分だなぁ」

「生ダンジョンってトコか。―――麻衣、ちゃんと部屋を順番にメモっとけよ」

「らじゃー」

これでは本格的に迷ってしまいかねないと滝川が注意を促せば、ファイルを持った麻衣が勢い良く返事を返す。

誰だってこんなところで迷いたいとは思わない。―――迷えば一生ベースには帰れなくなりそうだ。

「これがゲームとかアトラクションなら面白いんだけどな〜。実際調査するとなるとねぇ」

もしかするとこの辺り一帯の地図を作らなくてはならなくなるかもしれないのだ。

こんなに複雑な屋敷内を地図に起こすなど、そう簡単な事ではない。―――その必要性が出ない内に調査が終わる事を祈りながら何とはなしにタンスを開けたに、安原が考え込む素振りを見せながら声を掛けた。

「・・・ここで人が行方不明になったの、二ヶ月前だよね」

「あー、そうらしいね」

「その人が迷子になったままだとしたら、もう死んでると思わない?うろうろしてて死体なんか発見したら嫌だなぁ・・・。すごい事になってそう」

本当に嫌そうに呟く安原に、タンスを覗き込んでいたは盛大に頬を引き攣らせた。―――温度計をセットしながら何気なく耳を傾けていた麻衣も、ビクリと肩を震わせる。

確かにその可能性もある。

むしろこの入り組んだ構造を思えば、幽霊の仕業などではなくただ迷子になっただけの可能性も高い。

本当にそうであるならば話は簡単だが・・・―――けれど安原の言ったような出来事が起こる可能性がある事も事実で・・・。

「だっ、大丈夫だよ。うん、大丈夫。なんたってここにはぼーさんがいるんだから。そんなの見つけてもぼーさんがなんとかしてくれるよ、きっと」

「ちょっと待て。お前厄介事人に押し付けんの止めろって言ってんでしょーが」

引き攣った笑みを浮かべながらそう言うを恨めしげに睨み付けて、滝川は手近にあった窓へと手を伸ばす。

「それにンなわけ無いって。俺たちに見つけられるなら、警察がとっくに見つけ・・・って、ああ!!」

「うわっ!なになに!?とうとう見つけちゃった!?」

そうして窓を開けた滝川の驚いた声にビクリと身体を震わせれば、窓の向こう側を見ていた滝川がゆっくりと振り返った。

それに引かれるように、恐る恐るも窓の向こうへと視線を投げる。

「・・・なんで窓のあっち側が外じゃなくて部屋なの?やっぱ変ちくりんな家〜」

「うわー。なーんか、ホッとしたような残念なような・・・」

残念ってなんだよ、と小さく突っ込みを入れて、滝川は今自分が開けた窓へと手を掛ける。

「よろい戸があるって事は、増改築した時にこうなったんだな」

つまりこの部屋の向こう側は、増改築された建物らしい。

「なんかロシアの人形みたい。あれ、なんて言ったっけ?人形の中に人形が入ってて、そのまた中に人形が入ってるやつ」

疲れたように壁に背中を預けてぼやくの声に混じって、甲高い電子音が響いた。

どうやら温度の計測が終わったらしい。―――慌ててチェックに走る麻衣をぼんやりと眺めながら、こんな事で本当に事件が解決するのかと心の中で独りごちた。

「どうだ?」

「4度ちょっと。ここら辺の部屋、全体的に温度が低めだね」

麻衣はボードに先ほどの温度を書き込み、そうして小さく息を吐きながら顔を上げる。

「よし、と。じゃ、次行こう。えーと、ドッチから来たんだっけ?」

そうして顔を上げた麻衣は、それぞれ別方向を指差す3人を認めて「どっちやねん」と思わず突っ込んだ。

もう既に迷いそうになっている。―――本当にこれは危ないかもしれない・・・と改めて身の危険を感じながら、ボードに書き込んだ部屋の順番を確認しつつ3人を先導した。

「・・・ウインチェスター館だな、これは」

次の部屋への扉に手を掛けながら呟いた滝川の言葉に、隣にいた安原が不思議そうに顔を上げる。

「・・・って、ウインチェスター銃の?」

「そ、こういう複雑怪奇な家らしいぜ。家が完成したら悪い事が起こるってんで、果てしなく増改築を繰り返したって話」

「はー、お金持ちの考える事は解んないね〜」

「お前、なんか金持ちに恨みでもあんのか?」

同じく扉を潜り抜けて続きの部屋へと踏み込んだの呟きに、扉を掴んだままの滝川が苦笑を浮かべた。

「この家も訳ありって事?」

「でなきゃ、ただのお笑いだよ。―――お、こっち行けるぞ」

麻衣の問い掛けにさらりと答えて、滝川は新たに見つけた扉を押し開いた。

「笑い取るためにこの家作ったって言うなら成功だよね。なに、この部屋・・・」

新たに踏み込んだ部屋の様子に、もういっそ笑うしかない。

部屋の中に小さな部屋がある。―――それほど大きくは無いが、何のために作られたのか想像もつかない。

「・・・わからん」

「中は特にどうってワケじゃないですね」

躊躇いなく扉を開けて中を覗き込んだ安原の呟きに、も同じく顔を覗かせた。

確かに特になんという事もない。―――普通の物置のようだ。

「ダンジョンならこういう部屋になんかあるんだよな」

「そうそう。宝箱とか小ボスとかね」

「あー、はいはい」

調査そっちのけで談笑する男2人に呆れた視線を向けながら、麻衣はあしらうようにそう返す。

そんな麻衣の反応を見て、もまた同じような表情を浮かべて。

「そーだよね。ここで出てくるとしたら幽霊くらいしかいないよね。後はさっき安原くんが言ってた行方不明者とか?」

とうとうこの状況に飽きたらしいが、一向に調査が進まない原因である滝川たちを横目に笑顔でそう言い放つ。

それに盛大に表情を引き攣らせた滝川とは違い、「ああ、そういうのもありですね」と爽やかに笑う安原を見て、は自分の作戦が失敗した事を察した。―――やはり安原相手では一筋縄ではいかないようだ。

あしらったように見えてもうっかり会話に参加してしまったを見つめて、麻衣はがっくりと肩を落とす。

こんな事で、温度計測はいつ終わるのか・・・。―――そう心の中で独りごちたその時、何の前触れもなく音を立てて扉が開き、麻衣はビクリと肩を震わせて振り返った。

「おや、これは・・・渋谷サイキック・リサーチの方でしたかな?」

姿を現したのは、南心霊調査会の南所長だった。

あのオリヴァー=ディヴィスを助っ人に呼んだ人物である。―――滝川には残念な事に、今はこの場にはいないようだけれど。

ぞろぞろと助手を引き連れて室内に入ってきた南は、ふと麻衣の手元に視線を向けて感心したように頷いた。

「デジタル温度計・・・気温の計測ですか。いいですねぇ、心霊調査の基本ですよ。霊現象の起こる場所というのは温度が低くなるものなんです。お宅の所長さんは若いのになかなか物を知ってらっしゃる」

「この場合、僕の事ですか。やはり」

「そうなんじゃないの?渋谷所長」

うんちくを述べた後豪快に笑い声を上げる南を前に、彼には聞こえないよう安原が呟く。

そんな2人の会話を耳にしながら、麻衣は2人の会話に気付かれないようにと慌てて口を開いた。

「どうも。あの・・・南さんもですか?」

「ええ!デイヴィス博士直伝の方法でしてね」

そう言ってアルコール温度計をぶんぶんと振る南を見て、麻衣が心の中で声を上げた。―――アルコール温度計は振っても下がらない事を知らないのだろうか。

というよりも、温度計測に直伝の方法も何もないんじゃないの?・・・とは心の中で冷ややかに突っ込んだ。―――勿論騒動にしかならないので、口に出す事はなかったが。

「企業秘密なんて言いませんから、盗めるテクニックはどんどん盗んでください。人間、勉強ですよ」

「はぁ、どうも」

そうしてアルコール温度計を棚に軽く立てて置いた南を見つめて、麻衣は困ったように曖昧に返事を返す。

その行動のどこにテクニックがあるというのか。―――そしてどこら辺を盗めばいいというのか。

もはや不信感以外抱けそうもないとそう結論を下したその時、助手の1人が南へ向かい声を掛けた。

「会長、向こう側の部屋に何か感じます」

「ああ、そう」

そう言って置いたばかりの温度計を持ったまま呼ばれるままに去っていく南に、『それで計測終わりかいっ!』と麻衣は心の中で力の限り突っ込んだ。

「まぁ、お互い頑張りましょう。除霊に成功したチームには賞金が出るようですし」

最後にそう言い残し、笑い声だけを響かせて去っていく南を4人は呆然と見送った。

一体なんだったんだ、あれは・・・―――と半ば呆れながら、麻衣はへと視線を移す。

「ねぇ、。あの人ってほんとに研究者なのかな?な〜んか胡散臭いんだけど」

「霊能者に胡散臭くない人なんていないでしょーが」

あっさりとそう返されて、思わず納得しそうになった麻衣はハッと我に返る。

それを言うなら自分たちだって十分胡散臭い部類に入る。―――それはあまりいただけないと周りの人間を思い出すが、メンバーそれぞれがそれなりに胡散臭そうな気もして、麻衣は反論を諦めてため息を吐き出す。

「私、基本的に霊能者って信用しないから」

「・・・って、だって十分霊能者でしょ」

「そこは素直に頷きたくないんだけど」

既に南に興味はないのか、部屋の中にあるタンスを弄っているを見つめ返す。―――本気で嫌そうなのが手に取るように解った。

それはいいけど、勝手に人ん家のタンス漁らない方がいいんじゃない?と言えば、人ん家のタンスを漁るのはRPGの醍醐味だから・・・などと訳の解らない返事が返ってくる。

本気で収拾がつかなくなって来た気がする・・・と麻衣が本日何度目かのため息を吐き出したその時、再びガチャリと音を立てて扉が開かれた。

もしかして南が戻ってきたのだろうか?―――そう思い視線をそちらへ向けると、そこには広間で会った2人の男女。

その人物を見た途端、麻衣はあっと声には出さずに目を丸くした。

確か彼らは家の代表だったはずだ。―――つまりはの親戚なのだろう。

そう思い慌ててへと視線を向ければ、は今もまだタンスを漁ったまま。

「ちょ・・・ちょっと、

もしかして気付いていないのだろうかと声を掛ければ、が顔を上げる前に女の子の方がクルリと踵を返して部屋を出て行く。

それに青年までもが苦笑を浮かべて部屋を出て行くのを見て、麻衣は呼び止めようかどうしようかとへと視線を向けた。

「・・・?」

どうしたの?という問い掛けは、のどの奥に押し込められる。

じっと扉を見つめるの表情は、今まで見た事もないようなもので・・・―――いつもとは違う強張ったの表情に、問いかける事は憚られて。

そうしてどうしたら良いのかと視線を彷徨わせたその時、どこか張り詰めた空気を破るように、滝川がポンとの頭の上に手を置いた。

「さーてと、行くか」

言葉短く告げられたそれに、何度か瞬きしたあとは小さく苦笑を浮かべて。

「そうしよう、そうしよう。あんまり遅くなったらナルにお小言言われちゃうし」

おどけたように笑うを見て、麻衣はさっき目にした光景が夢だったのではないかと一瞬思った。―――ただそう思いたかっただけなのかもしれないけれど。

促されるままに次の部屋へと向かうと麻衣を見つめて、滝川は小さく息を吐く。

先ほどのの変化を見逃したわけではない。

ただ、それを追求するべきではないと思った。―――今は、まだ。

「滝川さんも大変ですよねぇ・・・」

そしてこの人物がの変化に気付かないはずもなく、けれど我関せずとばかりに笑みを零す安原を認めて、滝川もため息混じりに笑みを吐き出した。

「ほんとだよ、まったく」

言ってから、安原と顔を見合わせて、滝川はもう一度困ったように微笑んだ。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

どうしても切れなくて、とてつもなく長くなってしまいました。

その前で切るとこれまた短くなってしまうので、仕方なく。(ここに計画性のなさが)

読み返してみると、主人公余計な茶々しか入れてない気がするのですが。(あらら)

作成日 2007.11.28

更新日 2008.5.26

 

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